しばらく色気のない話が続きます
「隊長。おかえりなさい」
「アイビス。終わったか」
設営を終えた簡易宿舎。
エクソリアには一ヶ月ほど滞在する予定だ──街の外れた場所に簡易的な宿舎を設営した。
テントと調理キッド、トイレは近くの林に設備を作ってある。
時刻は4時。
「みんなは」
「街の方に、必要なものを買いに行きました。自分はハンスと組んで留守番中です」
「そう。出来るだけ早く、みんなを集められる?」
「何かあったんですか──ああ、その顔はあったってことですね。了解です、無線飛ばします」
部下の察しが良くて助かると喜ぶべきか、顔に出る僕の習性を嘆くべきか。
優秀な部下達が帰ってきた。
「みんな、おかえり。早速だけど、ちょっと意見が欲しい。あのさ、この国のために命を懸けてもいい人、手を上げて」
買い物袋を下ろした隊員、僕含めて7人の小隊は、誰一人として手を上げなかった。
「そうか、みんな頭が良くて嬉しいな。一応聞くけど、理由は?」
「オレらは戦いに来たわけじゃないって、隊長が自分で言ってた事っすよ」
「てか説明くれません? いきなりなんですか」
「や、ちょっとね」
「紛争に関わるか否かってとこですね。行動隊B5、C1のことで、何か分かったんですね」
「本当に僕の部下は察しが良くて助かるよ」
「顔に出やすいだけですよ。その上分かりやすいんですから」
「はは。じゃあ、この話はやめにしよう──」
と、話を切ろうとしたとき、ジフが一歩前に出て言った。
「でも、隊長が戦えっつったら戦いますよ、オレら」
「──。お前らさあ、いつもはそんなアレじゃないだろ?」
「分かりやすいんすよ。隊長、戦う気っすよね。戦う前の顔っすよ。覚悟決めた感じの」
「あらま、僕ってばホント──隠し事ができないね。例えばそれが、任務から大きく逸脱した内容の命令でも従うって?」
「よっぽど酷いモンじゃなけりゃ、オレは従うっすよ」
「私も同じです」
「右に同じ」
「自分も同様です」
「俺も従います」
「行動隊B2は隊長の部隊です。ロドスと簡単に連絡が取れないエクソリアにおいて、指揮系統は隊長に帰属します」
……いい部下を持ったと、つくづく感じる。
行動隊B2を見回した。
ジフ、アイビス、レイ、ハンス、カルゴ、ルイン。そして、Blast。そして死んでいったイーナとイミン。
「どっすか? 覚悟決まったっすか?」
「おかげでね……。腹は決まった。ちょっと出てくる。各自、武器のメンテは忘れずにね」
立ち上がって街へ向かう。
「やれやれっすね、隊長も」
「まー、いろいろ抱え込みやすい人だからね。大丈夫さ、俺たちは隊長についていくだけだから」
エクソリアの名目上の首都、アルゴン。
遠くに見える緑の地平線と、ジャングルの湿気。
人が多い。喧騒が通りを支配していた。交通ルールなんてあってないようなもので、バイクや自転車がそこら中を行き交っていく。危なっかしいものまであるが、不思議と事故には至らない。途上国の常だ。
この国では戦争が起きている。その事実が、なんだか現実味がなかったが──路地を覗き込むと、痩せ細った少年が壁にもたれて座り込んでいたりした。
貧困。
街を歩く。
硬い砂の道を歩いていると、叫び声と怒号が一角から上がっていた。そっちを振り向くと、道の一角で若い男同士が掴み合っているのが見えた。喧嘩だろうか?
片方が顔を殴り、殴られた方は顔を怒りに染め上げて反撃する。何発か殴りあい、ヒートアップする──前に、振りかぶった腕を掴んだ人がいた。
仲裁しているらしい。あんまり酷いようだと僕が出張ろうかと思っていたが、その心配はなかったみたいだ。
「──だがそいつが俺の財布を盗んだんだよ!」
「そんなことやってねえ! 証拠なんかねえだろ!? ほら、どこに財布があるってんだよ!」
「確かに見たんだよ、お前が絶対やったんだよ!」
──スリや盗みが起こるのには理由がある。
そういう気質なのか、金がないのか。
僕は結末を見届けないまま歩き出す。初めて見る光景でもない。珍しいことでもないのだろう。
「ちょっと二人とも落ち着けよ、やめろって──」
「うるせえ! 誰だか知らねえが、人の事情に首突っ込んでんじゃねえぞ! おらあッ」
──背後から吹っ飛んできた若者に咄嗟に振り向き、僕は目を疑った。
さっき喧嘩してた若者の片方だ。
……なに? なにこれ。
元凶の方を見ると、さっき喧嘩を仲裁していた男が何かを投げたような格好で顔を低くしていた。
「見かねて間に入ってやりゃあ調子乗りやがって……こっちに殴りかかってくるとはな。悪く思うなよ、手を出したのはそっちが先──」
「なにをしているんですか、馬鹿者が!」
「うえ、グエンじーさん!? なんでここに」
老年の男性がさらに割って入っていた。グエンという名前が聞こえたが……ん?
まじまじと見ていると、老人と目があった。
院長だった。
「いや、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ……」
さっきの騒ぎとは少し離れた場所、市内の休憩所。さっきの若者はバツが悪そうにどこかへ歩いて行ってしまった。
グエンさんは顎に手を当てて、アルゴンの夕方を見上げている。
「さっきのモンですが、実は南部ゲリラ兵の一人なんです」
! なるほど、彼のような若者が……。
「アルゴンには大体千人ほどのゲリラ兵が潜んでいます。一般人との見分けはほぼ付きません」
「……確か、南部軍はすでに壊滅状態でしたか」
「ええ。このアルゴンが一度奪われたのはご存知ですか? 奪還作戦で、多くの兵士が命を散らしました。南部には軍を維持できるだけの体力が残っていないのです。……では、答えを頂きましょう」
「はい。僕たちロドスアイランド所属行動隊B2は、この国のためにできることを行います。当然、本来の任務であった難民支援とは遠ざかりますが……長い目で見れば、救われる人々がいるはずです。それはロドスの理念とも一致します」
「感謝します、本当に──。しかし、命を落とすかもしれません」
「最大限、死なないように努力はします。それに……僕はエリートオペレーターとして、あの人たちの命に報いなければ」
「ありがとうございます……。早速ですが、ある作戦に参加していただきたいのです」
グエンさんは優しげな声を少し低くした。
早速来た。南部を取り巻く状況はそういいものじゃない──。
「アルゴンは奪還されてから、しばらく状況が不安定です。治安も安定していませんし、どこに北部の兵士が紛れ込んでいるかも分かりません。そこで、この街に潜む敵対勢力を一掃する作戦が建てられました」
「了解しました。しかし──この場所で話し続けていいようなものなんですか? どこかに聞き耳が立てられているかもしれない」
「この一帯はゲリラが自治している区域です。心配はありません。もしもこの場所に誰かが潜んでいるようなら、もうアルゴンはお終いでしょう」
「なるほど──」
夕暮れに染まる一体。どこからどう見ても普通の街並みにしか見えないが──。ゲリラとは一般人の集団だ。これが正しいあり方なのかもしれない。
「それで……敵の場所の目星はついているんですか?」
「はい。というより……公然なんです。北部軍の駐屯地は、アルゴンの街の中に堂々と存在しています。西部に宿舎と駐屯地があります」
「どういうこと……ですか? 敵の拠点がアルゴンに堂々とあるって──」
「手が出せないのです。彼我の勢力差がはっきりしている現状、アルゴンを奪還したとはいえ、おいそれと戦闘を選ぶことができません。そんなことをすれば北部による報復攻撃が我々を焼き尽くすことになります。北部はそれを理解しているからこそ、兵士を撤退させていません。北部の軍服を着た兵士が我が物顔で堂々とアルゴンを彷徨くのを、我々は指を咥えて見ているしかありませんでした──今日までは」
「!」
「はい。北部はすでに戦勝ムードにあり、南部のゲリラが白旗を上げるのを笑いながら待っています。つまりこれは、我々ゲリラの宣戦布告代わりです。我々が、最後まで戦い続けることを宣言する作戦です」
グエンさんは歳を重ねた瞳の中に、強い決意を秘めていた。
ゲリラとは、軍人ではない。人々の中から自然と立ち上がり、泥臭く戦う人々だ。何よりも人々と、国のために。
こういう人間が世界を変えるのかもしれない。
「……グエンさんは、なぜゲリラをやっているんですか?」
「自由のため……いや、この国のためです。エクソリアには移動都市がありません。この国は古来から続く遊牧を生活の基盤としてきました。今でもその生活は続いています。天災の予兆があると、都市を捨てて新しい土地へ移り住むのです。十年周期でそれを繰り返し、その度に新しい街を作り上げ、生活をする。それがエクソリアの人々の生活です。例え戦時中であろうとも、です」
首都でありながら、建物の構造が簡略すぎるのは、そういう理由があったということか? 直ぐに建てられて、天災が来ても直ぐ捨てられるように。
言われてみれば、建物はどれも特徴的だ──現地で取れる材料で組み上げるのだろう。木と砂を材料にした建物ばかりだ。
「ですが……前時代的です。それでは、この国の発展は頭打ちになってしまう」
「ええ。移動都市を建設する計画もありました。特にウルサスの影響が強い北部では、移動都市の建造が始まっているとの情報もあります──。ですが、それは必要のないものです。
「確かに……その通り、なんでしょうね。しかし、現実には力が必要です。移動都市ごと敵が攻めてくるような事態になれば、エクソリアの人々は巨大な都市を見上げて立ち尽くすしかない。国を守れないんじゃないですか」
「同じようなことを何度も言われます。そのような事態になれば、逃げればいいのですよ。私たちエクソリアの民は、どこにでも街を作り、暮らして行ける。大きな武力を持たずとも──それでいい。この国に移動都市は不要です。力と力で争い続けた先には、踏み荒らされた大地だけが残るでしょう。エクソリアはそうなってはならない」
──。
新しい概念だった。
自然と口から言葉が零れ落ちる。
「逃げれば、いい……?」
「ええ。それも、一つの戦い方です。使命や大義に死ぬことは、立派で尊いものでしょうが、同じくらい愚かで悲しい行為です。私たちエクソリアは死後の世界を考えません。ただ、この大地に還るのみです。逃げれば、生きられる。殺し合いの螺旋に身を投じなくてもいい」
「じゃあ……Logosさんたちは、彼らの死には……一体、どんな意味があったって言うんですか。グエンさん、答えてください」
「何もありません。死に大した意味など」
「ふ、ふざけないで下さいッ! それは侮辱だ、僕たちロドスに対する侮辱だ!」
「あなたは……あの方々の死に、意味を求めているのでしょう」
「じゃなきゃ無駄死にじゃないですか、そんなの認められない! 人々を守って死んだって言うんなら、救われた人々がいるって言うんなら……」
「ええ、確かに彼らは命を賭して人々を守りました。私たちはその事実を永劫忘れることはありません。そして、無駄死にではありません。彼らの死があなたに影響を与え、あなたが何かを為す。そうして初めて、彼らの生きたことを証明することができます。死とは、死んだ人にとっての何かではなく、残された人にとっての何かです。あなたが何を思い、何を為すのかが、本質的な意味です」
「……僕が、何をするのか?」
「はい」
太陽が沈んでいく。
二人の顔を思い出そうとしたが、はっきりとは思い出せなかった。
ただ、あの人たちと一緒に何をしたのかは、ずっと覚えている。
訓練の苦しさも痛みも、任務も、飲み会で大騒ぎしたことも、全部。
全部覚えている。
「そしてあなたは、逃げてもいい。少なくとも、死んでいった彼らはあなたに死んで欲しいとは思っていなかったでしょう。生きてほしいとも願ったはず」
「……全部放り出して逃げるなんて、できるはずがない。僕は……」
「長話が過ぎました。所詮は老人の話です、あまり考えすぎるのもよろしくない。Blastさん、確かに私たちは逃げてもいいですが、戦わねばなりません。北部の勝利によって南北統一が為されてしまえば、おそらくエクソリアも移動都市が生まれることになります。ですが……そのやり方は間違っています。歪みを生む。ウルサスは戦争で大きくなった国です。そのウルサスの影響を強く受けて、真っ当な国にはなることはありません。この国の子供達のために、それだけは阻止せねばならない。Blastさん。それでも戦ってくれると言うのであれば、あなたを歓迎します」
「……。まだ、僕の中で答えは出ません。ですが……戦うことで、何か分かるかも知れない。よろしくお願いします、グエンさん。僕らは少数ですが、強さは保証します」
「心強い。一ヶ月前に命を落とした彼らも、その戦いぶりは力強く……勇猛でした。そうだ、これをお返しします。ロドスに届ける予定でしたが、なかなかトランスポーターを捕まえられず……」
グエンさんに手渡されたのは、二つのドッグタグだった。
鉄のプレートと、千切れたチェーン。
文字が刻まれてある。Logos、Whitesmith。
ロドスの行動隊全員が身につけているものだ。遺体を持って帰れない場合、これだけを持って帰る。もしくは、身元がわからないくらい遺体が損傷しても、誰だか分かるように。
僕も、当然着けている。
「……ありがとうございます。他の、隊員の分は」
「量が多かったので、こちらで保管してあります。後でお渡しします」
「ありがとうございます……」
「北部の駐屯地への強襲作戦は、今夜です」
「今夜? 早いですね……」
「いえ、ちょうどあなたたちが来て下さった。もう待つ意味はありません。こうしている間にも、北部の戦力が増強されていきます。十分な戦力は整いました。反撃の狼煙を、もういい加減にあげていい」
「……はい。分かりました」
立ち上がる。
準備をしなければ。
「Blastさん。繰り返しますが、戦い方は一つではありません。捨てて、逃げるのも一つの選択肢としてあることを、忘れないで下さい」
「分かってます。ありがとうございます、グエンさん」
まだ──答えは出ない。
だが、戦わなければ。
・行動隊B2
イカれ隊長に鍛えられた精鋭。
多分だいぶ強い
・グエンさん
老人に差し掛かった。
ゲリラの一人。
・ゲリラの若者
今後出るかどうかは未定
・エクソリア
名目上は共和国。
緑の豊かな発展途上国……多分。
・Blast
あとちょっと
毎日投稿したいですけど安定しないかもしれないです。頑張ります