猫と風   作:にゃんこぱん

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ロドスに来るずっと前──まだウルサスにいた頃。

寒い地域だった。初めて殺したのは両親だった。

その後ウルサスを飛び出して──。

十何年も流離続けて、ケルシー先生に出会った。



夢に霞/花に嵐-3

強襲作戦と言えど、複雑ではない。

 

駐屯地には最低限の見張りがいるだけで、防衛などは全く考えていなかった。いや、そうすることで牽制と誇示をしていた。つまりは、舐めていた。

 

南部の脆弱なゲリラに手を出されたところで、痛くも痒くもない、と。

 

事実、そのくらいの戦力差があった。兵士の質はさておき、武器の量も質も、北部の方が圧倒的に上回っていたのだ。北部には、ウルサスの武器が流れていたためだ。

 

事実上の勝敗は、ほぼ決していた。そして弱り切ったアルゴンを北部が陥落させることで、終結するものであると、誰もがそう思っていた──微かな人々以外は。

 

燃え尽きかけていた炎に、新しい薪を焚べるように。

 

「隊長、いいんすか?」

「何がだ? 作戦はもう説明されただろ」

「そうじゃなくて……隊長、殺せるんすか」

 

フェリーンの青年、ジフが隊長であるBlastに問いかけた。

 

ゲリラの拠点、積み上がった物資箱の部屋。作戦開始までの微かな時間。

 

Blastは顔を伏せて答えた。

 

「正直……分からない。Logosさんたちのやっていたことの意味を確かめたいのは本当だよ。でも」

「まー、分かるっすけどね。一人殺せば、もう後戻りは出来ないっすよ」

「分かってるさ……」

「ちゃんとしてくださいよ、隊長なんすから。オレたちはロドスに帰らなきゃいけなんすよ」

「……ああ、そうだったね」

「隊長! まさかこれが任務だってこと忘れてないっすか? この任務がどこまで続くかわかんないっすけど、オレたちには帰る場所があるんすからね」

「分かってるよ……。お前らが僕のことを隊長って呼び続ける限り、僕は行動隊B2の隊長で、エリートオペレーターの一人だよ。ちゃんと分かってるって」

「ならいいんすよ。大丈夫っす、どうなろうと、隊長はオレらの隊長っすからね」

「……やめろよ、小っ恥ずかしい」

「うえ、そんなこと言います? オレだって、隊長がうだうだ悩んでなきゃこんなこと言わないっすよ」

 

Blastはようやく少しだけ笑った。重圧からほんの少しだけ解放されたかのように。

 

アーツユニットの最終調整を終えると、室内に微かな風が吹いた。Blastによる最後の確かめだ。アーツの調子を確かめて、立ち上がる。

 

「作戦通りに行けば、僕らの出番はほとんどないよ。もしもの時のための予備部隊なんだから、戦闘はしなくていい」

「ま、そうなんすけどね。何が起こるかわかんないっすよ。それに──もう本来の任務はどっかいっちゃったっすからね」

「それを言うなよ。今更さ──ケルシー先生には怒られるだろうけどね」

「っすよね──。まあオレらは隊長に従っただけなんで」

「そうなったらお前も道連れさ。僕の意思決定を後押ししたわけだからね」

「うえ、嫌だなあ……」

「一緒に怒られよう。僕、実はケルシー先生に怒られたことないからさ、ちょっと怖いんだよね」

「こんなイカれたヤツが今まで怒られてないの、納得できないっすね」

「どういう意味だこの野郎!」

「ちょ、痛い痛い、離すっすよ!」

 

首を極めるBlastと、抵抗するジフ。

 

だが──二人とも笑っていた。心の底から笑っていた。

 

極めを解いて、Blastはアーツユニットを手にとった。

 

剣と一体化したユニット──様々な敵を斬り伏せてきた相棒。

 

「さて──じゃ、行こうか。みんなを集めろ」

「はいはい、了解っすよ」

 

そうして強襲が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

真夜中。アルゴンの中心ならまだしも、ここはアルゴンの西区画。深夜には数カ所だけ設けられた外灯が砂道を照らしているのみ。

 

ゲリラの老人、グエンが部隊を前にして話し出す。

 

「──エクソリアは長い間、平和とは無縁でした。百年間同族同士で争い続け、殺し合い、奪い合い……いくつもの命が大地へと散っては見えなくなっていきました」

 

ゲリラ部隊の顔構えは様々だ。強襲という極限状態を前に緊張しているものや、落ち着かないもの、あるいは──使命感に感情を燃やしているもの。

 

静寂に、小さな声が響く。

 

「争いのない国というものを、私たちは知りません。エクソリアという同一の国でありながら、北部と南部はもはや別の国と言って差し支えない。長い間……ウルサスの脅威と、支配に我々は抗い続けてきました」

 

南部は徐々に、しかし確実に敗北を重ねてきている。何度も戦線を突破され、街を占領され──虐殺、暴行、略奪。

 

憎しみの種が、エクソリアの大地にばら撒かれて成長していった。エクソリアに生い茂る緑の如く。

 

「私は今、この年まで死に損ないました。死に損ない続けてきました。私がまだ生きていることに、何か意味があるとするならば──それは、この国のために戦うことなのでしょう。何人もの死んでいった仲間が、この大地に眠り……土に帰っていきました。私はその大地の上に立っています」

 

低い、しわがれた声だ。だが、戦い続けてきた者の声だ。

 

その重さがそれを聞いている人々の精神に染み込んでいく。

 

「我々は戦わなければなりません。たとえそれが、我々の愚かしさの証だとしても」

 

静かに──火が着いていく。

 

炎が燃え上がる。

 

士気が燃え盛る。

 

「この国のために、私たちの家族のために……未来のために。戦いましょう」

 

グエンは駐屯地の方向へ振り向いた。

 

「これより、強襲作戦を開始します。作戦通り、行動を開始」

 

覚悟を決めたゲリラの若者が槍を掴んで駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

予定通り、駐屯地への襲撃が行われた。

 

夜の暗さを爆薬が吹き飛ばし、ゲリラの雄叫びが響く。

 

駐屯地の北部軍兵士は、完全に油断している。南部にそんな体力も、度胸もないとタカを括っている──そういう態度こそが、南部への何よりの攻撃になることを理解していた。

 

よって、完全な奇襲となる──はずだった。

 

「こ、こいつら……一体どこから現れたんだよ!? う、うわあああ──ッ!」

 

駐屯地の宿舎へ突撃していったゲリラが、暗闇から現れた完全武装の集団に襲われ命を落とす。

 

「引くな、俺たちがこの国を守るんだ! うおおおおおおおおッ!」

「バカ、まだ敵が潜んでるかも──」

 

暗闇から放たれた無数の矢がゲリラを貫いた。

 

暗い──。

 

「見えないッ、クソ! これでも食らえッ!」

 

爆薬が火炎とともに吹き飛び、木造の宿舎に火を付けて光を作った。

視界が確保できれば──道はある。そう考えての行動だったが──。

 

むしろ、現実を直視するだけの結果になる。絶望という名前の、現実を。

 

ゲリラが見たのは、完全武装でボウガンを構える、無数の北部軍兵士だった。

 

「じ、情報が──漏れていた、のか……?」

 

茫然としながら、若者は目を見開いていた。

 

「掃射せよ」

「あ──クソ、俺はこんな場所で──死にたく、な──」

 

つまりは、この作戦が漏れていた。

 

あるいは──駐屯地の無防備さは、南部のゲリラを吊り出すためのものだったのかもしれない。

 

だが──それはゲリラには到底判断がつかないものだった。

 

「まだゲリラ共は多い。見つけ出し、一人残らず射殺せよ」

 

夜の中、希望が潰えようとしていた。

 

同時刻、行動隊B2。

 

もしもの時に備え、後方にて待機していた。

 

その異常に気がつくまで、少しのタイムラグ。

 

「……やばいかも。みんな、周囲の警戒。光源を全部消すよ」

 

微かに残っていたライトをBlastが破壊し、辺りが完全な暗闇に包まれる。

 

光は、むしろ敵へ情報を与えてしまうことになる。敵は暗闇に潜んでいるからこちらがわかるが、こちらからはわからない──その状況を潰す。

 

目が慣れるまでに時間が少しかかる。

 

その行動に、何故? などと問う隊員はいない。

 

「身を隠して。おそらく──すぐに来る。各自、確実に先手を取れ。足音が近づいてきたら、間違いなくそれだ」

 

言葉通り、何十もの足音が聞こえてきて──。

 

Blastが先陣を切った。

 

風が切り裂く。

 

戦闘が始まる。

 

こうなってしまえばすでに暗闇は両方にとっての障害物となる。その状況を壊しにかかったのは、北部軍の兵士だった。

 

即席のライトを設置し、戦場を照らし出す。

 

その兵士が最後に見たのは、こちらに迫るヴァルポの青年だった。

 

首が飛ぶ。

 

「僕が崩す! ここを突破するよ!」

『了解ッ!』

 

吹き荒れる暴風がそのまま武器となり、血を撒き散らす。痛みに怯んだ隙を逃さず、Blastは剣を赤く染めていく。ハンスがその後に続き、数的不利を覆して戦線を崩壊させた。

 

逃げていく北部兵には目もくれず、Blastは奥へ──燃え上がる駐屯地へと走る。

 

グエンへと振り下ろされる剣の持ち主を引き裂いた。

 

「大丈夫ですか!?」

「Blastさん……。助かりました」

「状況は」

「見ての通り……情報が漏れていた、いえ……釣り出されたのはこちらという訳でした。すぐに撤退せねばなりません」

「僕らが時間を稼ぎます。ゲリラが全滅したら、この国に未来はないですよ」

「ですが……」

「早く!」

「……生きて、また会いましょう。必ず」

 

指示を出しつつ走るグエンを見送ったBlastは、ジフの苦笑いを見て笑った。

 

「悪いね」

「いいえ。時間を稼いで逃げるだけっすよね。楽勝っすよ」

「敵の主武装はボウガンみたいだ。重装を盾にして近づくよ。ハンス」

「了解です」

 

重装オペレーターだったイミンの抜けた穴を塞いだのはハンスだった。先鋒でありながら、高い防御力を獲得した。

 

矢を防ぐ防具と、軽量化した盾。異質な先鋒だが、確実な強さを持つ。

 

駐屯地へ走る。降り注ぐ矢はハンスが受けて、残りを弾くか避けるかして接近していく。

 

時間稼ぎは派手にやらなければならない。Blastは一際大きな暴風を起こして、炎を煽った。

 

──体の中に、鈍い痛みが走る。強力なアーツが体に負荷をかけているのだ。

 

「みんな、全力で暴れろ」

『了解』

 

撤退戦、時間稼ぎの囮役、開始。

 

目まぐるしく変化していく状況。北部軍の指揮官であるガルフは即座に行動隊B2の意図を読み取った。

 

囮と分かっている。すぐさまゲリラの兵力を削ぎたいところだが──そちらの相手をしないわけにはいかなかった。強いからだ。放っておけば、こちらまで危うい。

 

「全兵力で奴らを叩く。逃げ場はない。囲んで、確実に殺すぞ。精鋭部隊(レッドスカーフ)を出す」

「それほどの相手ですか?」

「侮るな。確実に、潰すのだ。これ以上無駄な抵抗をされても面倒だ」

 

レッドスカーフ。北部軍のエリート部隊。

 

厳しい訓練を耐え抜いた、戦闘のスペシャリストの手段だ。あるいは、北部軍の得たノウハウを全て注ぎ込んだ、切り札とも呼べる存在。

 

その一部隊がアルゴンにて駐屯していたことを、ゲリラは知らなかった。情報戦──北部の得意とする分野。

 

腕部に共通して赤い布を巻いているのが特徴だ。それは誇りでもある。

 

最後に生まれた火種さえも、風にかき消されて消えようと──。

 

「”釣り囲い”をする。奥まで誘導するのだ──D(デルタ)部隊が餌役を果たせ」

「は、了解」

 

赤い布を腕に巻いた近接戦闘部隊が暴れ回る行動隊B2へと接近していく。

 

Blastはすぐさまそちらへと注意を向けた──向けざるを得なかった。

 

──やばいかもしれない。

 

「……遠距離オペレーター、全力で支援。ルイン、支援アーツを。連中の相手をしなきゃいけないみたいだ」

 

通常通りなら、逃げていた。厄介な相手とは戦わない──それが基本原則。だが、時間を稼がなかればならない。

 

戦わなければならない。

 

レッドスカーフが現れると同時に、普通の兵士が退却していく。どうやら──そいつらだけで十分、ということらしい。

 

質の高い兵士が何十人もいる。厄介なことだ。

 

だが、打ち破る──。

 

「覚悟決めろよ、お前ら。もう少しだけ時間が稼げれば、僕らも撤退できる。守ることは考えなくていい。やられる前にやって逃げちゃおう」

 

たった七人の小隊と、三十を超える部隊が相対した。だが──ピリつく雰囲気だけが充満する。

 

炎の燃える音が夜の中でよく聞こえた。

 

C(チャーリー)、構え」

 

狙撃兵がボウガンを構えた。

 

「ハンスを先頭に、僕とカルゴで続く。ジフも続け、アイビス、レイで連中の(指揮官)を狙え。ルイン、最大出力で支援アーツ、頼むよ」

 

ハンスが盾を構えて、走り出す準備をする。

 

緊張が高まる──。

 

「撃てッ!」

「突撃ッ!」

 

ハンスが矢の雨に向かって突撃した。

 

無数の線が夜を貫くが──また風が吹いた。

 

直線が乱れて、矢はほとんどがその意味を無くす。

 

重装兵が剣を受け止め、衝突音が生まれる。

 

数的な不利の要素は強い──囲まれるハンスの上をBlastが飛び越えて、敵部隊のど真ん中に飛び降りて──防御力の低い狙撃兵に一閃。

 

アーツにより延長された、見えない超高圧の剣が、また一人殺した。

 

数的不利の中、乱戦が始まる。

 

個人の質で言えば──Blastは飛び抜けていた。

 

微かな防御の隙間に風という無形の武器が入り込む。

 

──極小の刃がまた頸動脈を切り裂く。防ぐ手立てがない。

 

Blastに鈍い痛みが走る。

 

アーツの使用により、血圧が急激に上昇し、全身に負担がかかる。心拍数が異常上昇する。鼻の毛細血管が血圧に耐えられず、破れた。

 

隊員たちは、その凶悪さをよく知っていた──Blastに対応できないレッドスカーフに対して、数的不利を覆して優勢を保っている。

 

「くッ──D(デルタ)部隊、退却せよッ! 援軍を──」

「悪いね」

 

ルインの支援アーツ──活性化の恩恵を受けてBlastは加速した。

 

活性化はその名前に反して、とても役に立つアーツではなかった。例えばそれは、空間の温度をせいぜい数度上昇させる程度のアーツでしかなかったが──。

 

Blastのアーツと、とても相性が良かった。

 

温度が上昇することで、空気の動きが活発化する──ほんの僅かだけ。

 

だが──アーツを局所的に集中することで、その地点だけ温度を急激に上昇させるアーツを習得したことで、Blastの戦闘力を爆発的に増加させられる。

 

温度が上昇していくことで、Blastはよりたやすく空気を扱えるようになる。

 

風を使った踏み込みの射程圏内は、空気で伸ばした剣の長さを含めて──すでに、遠距離攻撃の範囲を獲得していた。

 

瞬きの間に、BlastがD(デルタ)部隊のリーダーを貫いた。

 

しかしレッドスカーフは烏合の衆ではなく、統率の取れたエリート部隊。動揺は微か、すぐさま撤退を始める。

 

レッドスカーフの後ろから援護射撃の弾幕が張られる。地面に牽制としていくつもの矢が突き立つ。

 

Blastは仲間たちのもとへ飛びのいた。

 

同時刻、北部の司令部。

 

「D部隊、撤退です! 強すぎますッ!」

「クソッ! 何をしている、たかが十人もいないゲリラ共に──ッ!」

「おそらく、敵の隊長格によるワンマンです! ヤツを潰せば──」

「……いや、周囲から削いでいくぞッ! おのれ、梃摺らせおって……!」

 

指令が下り、伝令兵が駆けていく。

 

Blastは十分時間を稼いだと判断し、撤退ルートに思考を巡らせていた。

 

だが──北部司令部はBlast小隊の戦闘力を脅威と判断し、なんとしてでもここで潰すつもりだった。

 

たった数名の小隊が、D部隊のリーダーを討つなど……あり得ない。潰さねばならない。ゲリラに生きて帰られると、脅威になる。

 

それは戦場に生きてきた者の勘だった。

 

数的な観点からすれば、こちらが圧倒的に上だ。いかに強けれど、数を相手にするのはそう簡単ではない。それが精鋭部隊なら尚更。

 

撤退ルートを塞いていく。

 

「隊長……やばいっすよ。奴ら、完全にオレらのこと──」

「分かってるよ……。みんな、まだ動けるね」

 

Blastも無傷ではすまない。外傷も多少あるし──内部の痛みがだんだんと増してきている。視界も少しぼやける。このまま無茶なアーツを使い続ければ──。

 

頬から血を流しているアイビスが答えた。

 

「まだまだですよ。生き残りましょう」

「当然。さて、どうするか──」

 

退路が塞がれていく。敵陣に突っ込むのは得意だが、そのまま突破して逃げ切れるとも考えられない。危険だ。

 

逃げ場がない。

 

Blastたちの周りには、一見して誰もいないが──燃え盛る炎によって生み出される濃い影には、すでに敵が潜んでいた。

 

「……むしろ、敵本陣に行くのはどうですか?」

「レイ。イカれ野郎は隊長だけで十分っすよ」

「いや、待て──悪くない、というか……それしかないね」

「ほらもう、隊長すぐこんなこと言うっすもん。あーやだやだ。クレイジーっす」

「完全に全兵力で僕らを潰しにきてる──なら、もう頭を潰して逃げるしかない。おそらく──その燃えてる建物の向こう側だ。崩れて道が出来てるし──さっきの連中はそこから出てきた」

「本気っすか? つまり、逃げるどころか、自分たちから敵に向かってくってことっすよ」

「僕たちを囲うために、兵力は分散している。可能性はある。頭を潰した混乱を逃さなければ、逃げ切れる可能性はあると思う」

「……ま、無茶はいつものことっすよね。今更っすか──」

 

結局最後には苦笑いで従うのかこの部隊の常だった。いつものように──。

 

死ぬ気で──しかし死なない覚悟を決めてボウガンを構えるのだ。

 

「生き残るよ」

 

そう言うと同時に背後からボウガンの矢と共に槍を構えた兵士たちが流れ込んでくる。

 

赤い布は巻いていない──普通兵だが、数が多い。

 

「走れッ!」

 

その方向から逆に駆け出す。逃げ出すような形で燃え盛る駐屯地の向こう側へ──。

 

炎の熱気が汗を生む。ダラダラと垂れ落ちる汗は、果たしてただの熱気によるものだけのものだったか。それとも緊張や、疲労によるものだったか。

 

その先でBlastたちが見たものは──誰もいない広場だ。

 

──赤く染まる建物が、その場所を囲っている。逃げ道はもう一つ──奥へ。

 

破壊された宿舎の山で向こう側が見えない。

 

すぐに、崩れた建物の影に狙撃手が潜んでいる可能性を考える。次に、司令部の場所の推測が外れたのか、と思う。

 

──もしかして、罠だったのか、という疑念。

 

すぐに確信へと変わる。

 

「伏せろッ!」

 

頭上をボウガンの矢が飛び去っていった。

 

続く連撃──ルインの胸に突き刺さり、次々と胴体に刺さる。

 

Blastは自らに手を伸ばすルインの顔に、その手に向かって左手を伸ばし──過ぎ去っていった。

 

同時刻、司令部。

 

Blastたちの読みは当たっていた。つい数分前まで、その場所に大隊長たちが陣を敷いていた。だが読まれた。

 

そして、誘い込まれた。

 

そもそも、BlastたちはD(デルタ)部隊を撃破した時点で詰んでいた。その時点で撤退するべきだった。

 

囲い込まれた時点で、生き延びる道がなかった。いくらBlastの戦闘能力が突出していようと、人間だ。消耗するし傷を負う。アーツとて、永遠に使い続けられるわけではない。事実、Blastは重苦しい頭痛に襲われていたし、特に視覚に異常が発生していた。視力の低下。

 

だがその時点で撤退していれば──ゲリラの完全な退却は難しかった。追撃に遭い、ゲリラは今度こそ再起不能なほどに人員を失い、アルゴンは陥ちる。

 

風を巻き起こそうとアーツユニットを握る手に力を込めて──Blastはついに頭に走る痛みに顔を歪めた。

人間の過剰なまでのアーツ適正はそのまま身を滅ぼす。例えば自動車にジェットエンジンが詰めない様に、過剰な出力が体へと強い負担をかける。

 

網膜出血、頭痛、過剰心拍。

 

神経を通る痛み、全身に広がる。

 

体表に露出していた源石がアーツに反応して熱を持った。熱い。痛い。

 

Blastの両眼から赤い血が流れ出した。

 

立っていられない。だが倒れるわけにはいかない。

 

思考能力さえ奪われるような、強い倦怠感と痛み。痛み、痛み、痛い──……。

 

だが、もう自分たちに道はないことだけはわかった。

 

罠というよりは──つまり、負けたんだ。

 

僕たちは敗北したんだ。

 

痛みに額を抑え、目を強く閉じて痛みに耐える。

 

身に過ぎた力だってことはわかっていたが、この状況を切り抜けるために必要な力だったことも確かだ。

 

だが、ようやくツケが回ってきた。五感が痛みに支配されて、だんだんと曖昧になっていくような感覚。

 

だが、Blastは不思議だった。

 

どうして僕の体は、まだ矢に貫かれていないんだ?

 

目を開けて──。

 

「おい……、何、してる……?」

 

自分を守るように囲い、全身を盾にしてBlastを矢から守る部下の姿を、Blastは焼けるような視界の中ではっきりと認識した。

 

肩から胴体、顔、足──無事な箇所を探すのが難しいほどに。

 

ジフが口元から血を流しながら、それでも笑った。

 

「世話が……焼ける、人っすね」

 

ルインが喉を貫かれて、叫びたいほどの痛みに襲われながら、不器用に笑った。

 

「後のこと、お願いします」

 

レイが、だらりと垂れ下がった右腕をほったらかして笑った。

 

「隊長の部下として戦えたことが、私にとっての誇りです」

 

ハンスが、破断した盾を最後まで構えながら、振り返って笑った。

 

「あなたが隊長でよかった。心からそう思います」

 

カルゴが、自らの武器とした剣を最後まで構えながら笑った。

 

「隊長のこと、信じています」

 

アイビスが、貫かれて壊れたボウガンを構えながら、笑った。

 

「私たちは、いつでも隊長の隣にいますから」

 

狙撃部隊がボウガンの矢を装填した。まだ倒れないしぶとい小隊の息の根を止めるため、油断なく照準をつける。

 

「生き延びるっす。オレたちの分まで、生きるっすよ」

 

炎が命を燃やして光り続けて、やがて燃え尽きて消える。

 

Blastには、その隊員の顔が焼き付いていた。

 

いつだか、ケルシー先生と話したことをなぜだか思い出す。

 

I thought what I’d was(僕は目を閉じ)──

 

閉じられなかった。見開いて、呆然と眺めていた。

 

I’d pretend (耳を塞ぎ)──

 

塞げなかった。その声を聞いていた。

 

I was one of those deaf-mutes(口を噤んだ人間になろうと考えた)──

 

噤めなかった。言葉がこぼれ落ちる。

 

「なんで──」

 

Blastは理由を求めた。

 

最後、目の前に迫った死を恐れずに、ジフは代表して答えた。

 

「あんたがオレたちの希望だからっす。あんたならこの世界を変えられるって、信じてるからっす。隊長、ブレイズさん泣かせちゃダメっすよ。はは、何すか──泣いてんすか、隊長」

 

──撃て、と。号令に従って数えるのも馬鹿らしくなるほどの矢が行動隊B2を貫いて殺した。

 

「そうだ、ロドスのみんなに……ありがとう、ごめんって、先に行くって、伝えておいて──」

 

ただ一人、Blastだけを守って。

 

頭痛がする。

 

目の奥が痛い。

 

一人だけ無事に立っているBlastを視認して、北部兵の懐く感情は様々だ。恐れと、畏敬。命を差し出してまで隊長を守った忠誠と信頼。

 

その命に敬意を表し、最後の一撃を構えて──。

 

頭痛が酷い。

 

何も見えない。でも全部見えていた。

 

何も聞こえないのに、聞こえていた。

 

もう曖昧だ。

 

僕は、結局そうなれなかった。目を閉じられなかった。

 

──炎が燃え盛る。

 

なら燃えるといい。

 

頭が割れる。

 

ぐちゃぐちゃに割れて──。

 

割れればいい。そして死ねばいい。

 

──風が吹いた。

 

「ッ、撃て、撃てッ! すぐに殺せッ!」

 

何か──まずい兆候を感じ取った隊長が号令を叫ぶが、

 

──すぐに暴風が矢を吹き流した。

 

なら割れて、そのまま死ね。

 

痛い。

 

赤い涙が頬を伝った。

 

──暴風が炎を煽り、熱が空間に充満していく。

 

「うああああああああああああああああ──────アアアアアァッ!」

 

一つの獣の叫び。

 

赤い涙を流し、暴風圏の目にいるそいつは、もはや人ならざるような。

 

緑の混ざった黒い、長い髪が白く染まる。

 

極度のストレス、あるいは限界を超えたアーツによる副作用か。

 

真っ白な髪は、まるで何かの暗示のようで、狙撃兵の背中に冷たい汗が流れる。

 

──暴風が剣になり、矢になり、命を刈る。

 

Blast。その名前に相応しく。

 

記録。

 

エクソリア共和国、首都アルゴンにおいて、ゲリラによる北部兵駐屯地への強襲作戦は、北部の罠によってゲリラを一掃する、計画されていた罠だった。

 

ゲリラは完全武装の北部兵との予期しない戦闘となり、死者202名を数える結果となった。軽傷、重傷を含めると、ゲリラの被害は、実に5割に及んだ。

 

だが、驚くべきことに──北部軍にも強い被害が及ぶ結果となった。

 

北部軍特殊部隊レッドスカーフの一中隊の半数が死亡、あるいは重傷。他にも狙撃部隊を中心にして作戦に参加した兵士の三割が被害を負った。

 

死者89名、重傷者102名。

 

当時のゲリラと北部軍の装備の質や、この戦闘は北部軍が完全に意図して発生させたものであるにもかかわらず、特殊部隊の一中隊を失い、さらには多大な死者を出した。

 

生き残った兵士によると、その被害はたった一人のヴァルポによってもたらされたものであるという。

 

混乱と恐怖によるものか、兵士によって多少証言は食い違うが、ただ一つ共通しているのは──真っ白な髪と、恐ろしいほどの暴風だ。

 

この一人のヴァルポの正体に関しては未だ不明。ゲリラの一員であることは確かだ。当日エクソリアに来ていた「ロドス・アイランド」の行動隊隊長との情報もあるが、真っ白な髪という風貌が食い違うため信用性は低い。

 

北部軍の大半は命辛々退却したため、そのヴァルポの行方は掴めていない。

 

生きていれば、間違いなく北部軍の脅威となる存在であるため、早急な調査を続けていく。

 

 




・行動隊B2
無事死亡
また呪い残してる……
ぶっちゃけ最初から死ぬ予定でした

・Blast
やべーやつ
多分一人で90人近く殺してます

・ゲリラ部隊
ギリ再起は可能だと思います

・シリアス
シリアスゥ!

・ヒロイン
出てきません。もうちょっと待ってね

次の話で一旦この章は終わりです。そしたらヒロインも出てくる……はず……です!(無責任な発言)
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