猫と風   作:にゃんこぱん

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"わたしは憎み、そして愛する。
どうしてそんなことができるのか、
君はたぶん聞くつもりだろう。
私にもわからない。
ただそういう気持ちになるのを感じ、苦しむのだ"
──ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルス(詩 85番)より


2−1 Who cares?
もしも夜空から一つ光が消えたとして-1


エクソリア首都アルゴンにて発足した北エクソリア解放戦線、LAoNE(レオーネ)(Liberation Army of North Exalia)、あるいはNLF(National Liberation Front)。反ウルサス、反帝国主義を掲げウルサスの支援を受ける北部エクソリアに対する統一戦線組織。

 

それまでの南エクソリア軍とは一線を画する、()()()()()()()()ことを宣言した、全く未知の勢力。

 

LAoNEはその年の5月、国営ラジオや新聞を用いて北部勢力に対する徹底抗戦を宣言した。人々の驚きもそのままに、同月LAoNEはアルゴンから見て北にある大規模な街「バオリア」を陥落させる。

 

この電撃的なニュースは、統一戦争に対する人々の認識を大きく揺さぶることになった。

 

長く続いた統一戦争は北部の勝利に終わり、やがてまたウルサスの植民地化されていく──という、その常識とも化していた認識を打ち破ることになる。

 

そうして、終わるかと思われていた戦争は、いつ終わるともわからない長い戦争へと変貌していくことになる。

 

 

 

 

 

 

もしも夜空から一つ光が消えたとして

 

 

 

 

 

 

「……あー、で。君は?」

「スカベンジャーだ」

 

まだ設立して日の浅いLAoNE──レオーネは今日もやることだらけだ。

 

トップに立っているのが僕である以上、あらゆる意思決定は僕がやらなきゃいけない。早く僕の代わりに判断していく人材が欲しいが──今はそんなこと言ってられない。

 

紙やら本が散らかった一室。窓からはエクソリアらしい強い光が差し込み、室内を照らしている。

 

乱雑な作りのデスクに座ったまま、僕は目の前の人物をもう一度眺めた。

 

「なるほどね……。まあ、僕から聞くことは一つだけだよ。君は役に立つの?」

「命令とあればな。金さえ払ってくれれば、どんな汚い仕事でも達成してやる」

「ふーん……。売り込み、ってことね」

「お前、力が必要なんだろ?」

 

思案。

 

それはその通りだ。

 

だが──たった1人に出来ることは限られている。1人の精鋭よりも3人のチンピラの方が出来ることは多い。100人に1人じゃ勝てない──いや、僕が言うのもなんだけど……一騎当千なんて下らないロマン主義だ。現実的じゃない。いや、本当に僕が言うのもなんだけど……。

 

だが、それはまともな戦争に限った話だ。突出した個人による単独行動がメリットに働くこともある。潜入、工作……暗殺。

 

「いいよ。今はどんな力も欲しい。君の素性も、ここへ来た目的も問わない。君の力を証明してもらおう。機会を用意する。ちょうどいいことに、チャンスはいくらでもあることだしね」

「──ふん。そのチャンス(戦争)を生み出しているのは、他でもないお前自身だろう。NLFのトップが抜け抜けと」

「さあ、どうだろ。君の希望はただの一兵卒じゃないんだ。僕がわざわざ相手をさせるだけの価値を、力を示してもらうよ」

「せいぜい期待に応えてやる」

 

僕は一応微笑んでみたのだが、スカベンジャーは無愛想に鼻を鳴らすばかりだ。

 

うーん……難しいな。

 

「早速だけど……任務を与えよう。現在の最前線はバオリアを囲う山脈地帯だ。北部軍は早くバオリアを取り返したくて、大規模な奪還作戦を立てているだろうね。次の戦場はウグラ山脈の途切れる場所、バオリア平原になると予想される。今のところ睨み合いが続いてるけど、兵力でも質でも劣るこっちは正面から戦えない」

 

スカベンジャーは無愛想なまま話を聞いている。もったいないな、と僕は思った。笑えばどんな顔になるのか、多少は興味があったんだけど──。

 

まあそれは置いといて。

 

「だから、特殊工作部隊を作ろうって話があってさ。奇襲暗殺なんでもござれの精鋭部隊。これを使って戦況を有利に進めていきたい。ちょうど君、そういうのが得意なんだってね」

「周りくどい。はっきり言え、誰を殺せば、お前は私を認める?」

「うーん……僕の悪い癖なんだよね──目標は敵指揮官、ヴォン・ギ・リン大佐だ。彼は現在、敵駐屯地にいる。結構厄介そうな人物でさ、早めに潰しておきたいんだ」

「……私を失望させるな。無茶な命令に付き合う気はない」

 

スカベンジャーが言う通り、無茶な任務だ。北部軍は現在ウグラ山脈に確認されているだけで8000人以上いる。その最高指揮官を暗殺するなど──絶対不可能。

 

こちらの兵力が三千程度なのを鑑みても、バオリアを落とせたのは奇跡としか言いようがないだろう。現状攻め込まれていないのは、ウグラ山脈が盾となってくれているからだが──いつ攻勢に出てくるか分からない状況だ。

 

まだ、この戦争に北部は本気を出していない。

 

旅団──1万以下の軍隊程度しか派遣していない。こちらの全兵力が精々1万なのに対して、向こうは──10万を越すか。だからこそ、油断もしている──と、いいんだけどなあ。

 

ただ、こちらにはゲリラがいる。昼は農民、夜は兵士。そんな見えない兵士たち。

 

「攻勢に打って出る。この地図を見て欲しいんだけど……敵司令部があるのがここ、バオリア平原を越えた小さな集落。あるとすればここに敵駐屯地があるとの情報を入手してね。そして主戦場が山脈が途切れるこの場所。障害物となる林が広がっている。ここを正面突破するのは難しいだろう。けど……ウグラ山脈には現地の人しか知らない裏道がある」

「……裏道?」

「うん。特殊部隊をこのルートで派遣し──敵の裏をかく。その混乱に乗じて全兵力を集中、山脈を突破する作戦だ。そしてその特殊部隊に君を編入させよう」

「分かった。敵大将の首を持って帰れば、お前は私を認めるってことだな」

「うん。正式に特殊部隊を編成して、君に相応の地位を用意しよう。君の本当の目的がどんなものであろうと、ね」

 

返答はなかった。

 

まあ北部のスパイでないことはとっくに確認済みだ。それでないのなら──大した問題じゃないな。

 

LAoNE(レオーネ)にようこそ──なんて、言えるほど設立して長いわけじゃないけど。歓迎するよ。ここに入るからには、この場所にルールに従ってもらう。構わないかな」

「馴れ合う気はない。任務の日と集合場所だけ教えろ」

「あれま。まあ成果を上げられるんならそれで構わないよ。予定では一週間後、おそらく正午になるかな。ここアルゴンの本拠地から出撃することになる。もちろんそれまでに敵が攻めてくる可能性もあるから断言はできないけどね」

「それだけ聞ければ十分だ。じゃあな」

「おーい──って。行っちゃった……」

 

彼女、スカベンジャーは能力テストでは十分な成果を残したと聞く。レオーネの能力評価はロドスのそれを参考にしてそれなりに厳しめに作ったテストだが、それをクリアできるなら十分な個としての力を備えているのだろう。

 

『つっても隊長、いーんすか? いきなりあんな人が作戦に参加するって言われても、他の人困るんじゃないっすかね』

 

──さあ、それはどうだろう。特殊部隊は人目に付かず、知られないから特殊部隊足りえるのだろう。だったらむしろ、彼女みたいな……言っちゃなんだが、はみ出し者の方が適正があるのかもしれない。

 

『てゆーか女の人だし。隊長、私のこと忘れちゃったんですか? ひどいですー』

 

極端すぎる。どうしてそうなる……。

 

……ちょっと頭痛いな。

 

『しっかりしてくださいよ、たいちょー。やらなきゃいけないこと、いっぱいあるんですから』

 

分かってる。分かってるさ。

 

頭に添えていた手を離して立ち上がる。

 

分かってるよ。だから……いい加減、この幻聴も幻覚も、どうか消えてくれ。

 

『消えろとは酷いです。私たちはいつでも隊長と共にあります、忘れてはいないでしょう』

 

忘れられない。ただイミン、お前の妙なところで皮肉っぽい性格、どうにかした方がいいよ──いや。

 

もうその機会は永遠に失われてしまったか。

 

「──ッ」

 

頭に走る痛みと共に視界がぼやける。

 

ダメだな……。どうにも視力の低下が激しい。無茶なアーツ運用のツケがようやく回ってきたか。

他の副作用は今のところ確認できてないけど……。どうだろう。僕の気が付かないうちに鉱石病が進行していて、すでにどっか侵されているかもしれない。これは長生きできないな。

 

構わない。ただ……僕にはやらなきゃいけないことがある。それまで死ぬわけにはいかない。

 

「とりあえず……メガネ、いやコンタクトかな……」

 

歩き出す。

 

やることが山積みだ。

 

 

 

 

 

 

例えば、戦争に反対するような世論、あるいは意見。

 

「……ち、あの男に連絡しろ。何? ……いちいち言わなければ理解できないか? その男どもを消すんだよッ」

 

乱暴に電話を叩きつけ、スーツの男は疲れたように息を吐いた。

 

「グズ共が……ッ」

「お疲れみたいですね」

 

あり得ない場所から声が聞こえて、男──ファンは慌てて振り返る。

 

窓がいつの間にか空いていて、カーテンが薄く揺れている。

 

その側に1人の、目を引く真っ白な髪をした男が立っていた。

 

「エール……貴様、何の用だ」

「いえいえ、たまたま近くに来たから寄ってみただけですよ」

 

表面に貼り付けた薄い笑みの向こうが見えない。

 

誰も知らない人がその微笑みを見て──誰が想像するだろうか。その男が戦争を主導し、実質的な現在の南部の頂点に立っているなどと。

 

南部の裏側──裏ビジネスに介入を始めたとの噂もある。

 

エールと名乗っているが、素性はほぼ不詳。突然現れ、全てを支配した。

 

「今の電話は?」

「反戦主義のジャーナリストが取材したいってさ。ち──今の南部の動向に疑問と問題を感じているだとよ。後で詳しい書類を送る」

「はい。明日までにはお願いします」

「明日までだと?」

「ええ。花が咲く前に、芽は潰さなくては」

「……悪魔が」

 

ヴァルポの尻尾を機嫌よさそうに揺らしてエールは微笑みを崩さない。その顔だけを切り取れば、どこからどうみても好青年だ。

 

そして最も厄介なことに──エールはなぜだか人に好かれやすいという、言い方を変えれば……カリスマ性があった。

 

一ヶ月ほど前、エールが突然現れたあの日の会議室。ファンも、ある新聞社の代表としてそこにいた。だが……ファンの経営する新聞社は、そこまでの大手ではなかった。

 

あの市長の異常な死に方は一つの無言のメッセージだ。こうなりたくなければ、従えという──これ以上ないほどシンプルに人を従わせる方法。事実、その後何度もエールの暗殺が試みられたが、その全てが失敗に終わり……暗殺を命令した者のもとには、暗殺者の死体が細切れになって届けられた。その後、暗殺を命令した議員や大臣の元にその家族の写真が届けられてから、エールに逆らおうとする人間はいなくなった。

 

ただ、恐怖だけではなかった。

 

ファンの経営する新聞社は、この一ヶ月で以前の二倍の利益を上げた。発行部数は二次関数的に増大し、急激にシェアを伸ばしている。それは全て、行政の根回しと法改正があってのこと。

 

つまり、すでに行政を支配しているエールはその恩恵を支配下にある会社や人物に与えることで、自らについてくるメリットを提供した。

 

その利益による飴と、恐怖による鞭。

 

それだけではない。独裁のデメリットは個人に力が集中することだが──メリットは、その国全体が本当に一箇所を向いて行動することができるということ。絶対的な人物がいた方が色々と都合がいいし、効率もいい。

 

つまりは、急速に変化しつつある南エクソリアのエネルギー全てを、戦争に向けられるということ。

 

「ちったあ安心したらどうだ。世論は順調に、戦争を肯定する方向へ傾きつつある。もともと北部への敵対心や憎しみは潜在的だったんだ、勝てるんなら戦いてえに決まってる──全部、お前の望み通りにな」

「全部が全部、僕の望み通りではないですよ。そこまで大層な人間ではありません。皆さんの力添えがあってこそ、ですよ」

「胡散臭えな──」

 

それでも、エールには何か……不思議な引力とも呼ぶべき力が働いているように、ファンは感じてならなかった。

 

それは何か、光のない夜に灯る炎のように……人も獣も虫も呼び寄せてしまう性質のように。近づき過ぎれば危ないと知りながら、それでも近づくことをやめられない。事実、レオーネの内部ではエールは英雄的な尊敬を向けられている。

 

曰く、戦場の守り神。風神だと囃し立てる声もあったか。いつだかそんな記事をファンの新聞社が書いた覚えがある。

 

「バオリアの奇跡、か?」

「奇跡なんて、それこそ大袈裟です」

 

兵力差2万を覆して勝利したバオリア奪還作戦。それを奇跡と呼ぶ人が後を絶たない。

 

「こちらの死者も少なくありません。1000人以上は死傷していましたから。それに……あの程度の不利は、これから何度も覆して行かなければならない。いちいち奇跡などと呼んでいる暇はないんですよ」

「そうかよ。それで、本題はなんだ」

「御社の記者が数名、暗殺されたそうですね」

「その件か。ああ、その通りだ。真昼間から脳天を撃ち抜かれた。酷えことしやがるぜ。それなりに使える連中だったんだがな」

「それに関して、奇妙な話を聞きました。凶器であるはずの矢がどこにも見つからなくて、更にはどこから打ってきたかどうかも不明──」

「そうだ。その通り、おそらくどこかの高台か何かから狙撃してきたんだとは思うが、距離がありすぎる。何せ、一キロ以上離れてんだぜ? あり得ねえ」

「ですが、下手人は周辺人物に見つからずに狙撃をした。であれば……その高台から狙撃したと考える他ないのでは?」

 

エールの静かな声に、ファンは吹き出した。

 

「アホかお前、ボウガンで一キロ先を撃てるかよ。そんなことすりゃ、数メートル、いや数十メートルは誤差が生まれるし……第一そんな飛ばねえよ、ボウガンはどんなに頑張ったって150メートルが限界だ。そして、その範囲に撃てそうな場所はねえっての」

「じゃあ、どうやって殺されたんでしょうね」

「分からねえ」

 

それが分からなかった。現地警察は捜査を断念。迷宮入りした。射程距離一キロなど聞いたことがない──。

 

「まあ、ラテラーノ銃では?」

「……? なんだそりゃ──いや、待て……聞いたことがある、ような……」

「そうか……エクソリアでは知名度がありませんでしたね」

 

現状、ラテラーノだけがその生産技術を握っている銃は、世界的な知名度が著しく低い。特にエクソリアはラテラーノから距離があることもあり、民衆に至ってはラテラーノ、およびサンクタ族に関しての一切の知識がないことすらある。

 

ファンは新聞社を経営していることはあり、知識に関して関心があった。そのため、辛うじて知っている。だが──。

 

「一キロ先に届くってのか? まさか、あり得ねえ。聞いた話じゃ、せいぜい300メートルかそこらだって」

「それは撃つ人の腕前によります。銃の種類にもよるでしょうが、狙撃用の銃で、なおかつ腕前が付いてくれば可能でしょう。その高台周辺の住人に聞き込みを。大きな、弾けるような音が響いていたはずです」

「ってことは……ラテラーノ国の人間がエクソリアに来てるってことじゃねえか!? なんだって……」

「推測しても仕方ありません。理由ならいくらでも思いつきますが、まずはそれを捕まえないことには」

「だが、お前が出張ってくるような案件なのかよ」

「ええ、当然」

 

ラテラーノが絡んでくるなら面倒なことになる。だがそれ以上に、エールは目論みがあった。

 

ラテラーノ銃の有用性は、既存の戦争を変えてしまうかもしれないという、冷たい打算が。それと同時に──それが北部に渡った場合の対処も。

 

エールは穏やかに笑うだけだ。その表情を決して崩さず、ただ行動を重ね続ける。

 

 

 

 

 

 

スカベンジャーの出番は、予想より早くやって来た。

 

エールからの直々の呼び出しを受けて、レオーネの本拠地……鉄柵で囲われた基地に、武装して来ている。

 

──訓練を積んでいる若者たちが大勢走り回っていた。彼らの表情は苦しそうで、訓練の過酷さを物語っている。教官の怒鳴り声がいくつも響いて反響した。

 

スカベンジャーはぼんやりとそれを眺めていた。

 

「やあ。悪いね、急な呼び出しで」

「前置きはいい。何だ」

「せっかくだからって思ってさ。少し早いけど、君のテストをすることにした。まあターゲットの説明だけしようか。目標は、おそらくラテラーノ……サンクタ族かな。区別は付く?」

「あの輪っかが頭に乗っかってる変な種族のことだろう。そいつらか?」

「うん。今罠を張って来た。多分彼らは新聞記者を暗殺すると予想される。予測狙撃ポイントは二つ、それぞれに張り込んで現場を押さえる。理解した?」

「生け捕りか?」

「うん。絶対殺さないでね。聞きたいことが山ほどある。これ無線ね、以降僕はアルファ、君はベータと呼称。君の担当ポイントはここ。細かいところは全部任せる。なんでもいいから狙撃手、あるいは狙撃手っぽい人間を捕らえろ。作戦開始」

「分かった」

 

レオーネはすでに軍用の車両をいくつも所有するに至った。国民の主な移動手段が二輪自動車か自転車であることを考えると、飛躍的な成長だ。資金面が充実しているとも取れる。

 

スカベンジャーはその中から小型のバイクにまたがって出撃した。エールも続いて大型の二輪に乗り込む。

 

作戦開始。

 

この国ではまだ四輪の自動車が普及しておらず、必然的に自動車用の公道が整備されていない。エクソリアの特殊な生活体系も合わさり、人々は二輪を好んで使用した。平均年齢の若い人々は高価な四輪車よりも安価で取り回しやすいバイクを好む。

 

エールもそれに合わせて、街を駆けていく。交通ルールも曖昧な道。

 

敵の武器が狙撃ならば、場所の見当は付く。アルゴンの街で狙撃なんていう芸当が出来る場所、さらに罠として張った新聞記者の場所を狙い撃てるとすれば──商業区域だ。高い建物が並び、乱雑な作りで姿を隠しやすい。その上人々の喧騒があり、大きな音でも目立ちにくい。

 

むしろラテラーノ銃を知らない人々は、それが銃声だと気がつかない。

 

同時刻、見張り台の最上階。商業地区のシンボルは原則ならば立ち入り禁止──しかし、実際に狙撃手らはそこでスコープを覗いていた。

 

目標は某新聞社の若手記者──情報通りならばすぐに現れるが……少々奇妙だ。あまりにもあっさりと情報が漏れてきた。順調すぎて怪しい──。

 

高台の風に紛れて、バイクの音が響いている。それは何も珍しい話ではないが──狙撃手の勘とも呼ぶべき直感が、反射的にそちらを捕らえた。スコープの中に──LAoNE(レオーネ)のトップが見えて、自分たちが罠にかけられたことを理解した。

 

だが何も問題はない。排除すればいい。そもそも記者を暗殺して行ったのは、現在南部を実質支配している白髪の男を殺すための布石。手間が省けた──。

 

銃声が風に紛れて消える。誰もそれに気がつかない。

 

エールは自らの勘に従ってバイクを傾けた。その1秒後、エールが通るはずだった場所に銃弾が突き刺さる。

 

撃ってきた方向には一際高い建物。エクソリア特有の木造と白い壁を組み合わせた作りで、簡素ながら丈夫だ。スコールにも耐えられる。その場所の窓、日中の強い日差しが影を作って奥が見えない。

 

「そこか……ッ」

 

エールが推定した距離は大体二キロ以上。情報以上だ、こんな距離だったら手の出し用がない。更には精密な射撃──!

 

ジグザグとルートを変えながら接近していく。銃弾が頬をかすめて血が流れる。危ないところだった。

 

アーツはなるべく使いたくない。平常なアーツでも脳と体に負担がかかる。一度壊れた器官はそう簡単には治らない。

 

接近していく。人々がバイクの音を避けて脇に避けてくれる──好都合。民衆を巻き込みたくない気持ちは、一応本物だった。

 

また一発。砂の混ざった白い地面がえぐれて弾けた。

 

距離500メートルを切る。

 

もしもエールが相手だったとしたら、すでにこの時点で逃亡するだろう。幸い人が多い。日中だ。顔を知られていないのなら、いくらでも逃げようはある。

 

だがそれでも詰みだ。何せおそらく相手はサンクタ族。目立って仕方がない。特にエクソリアでは知名度がない、なかなか忘れられない容貌だろう。

 

物陰に入る。バイクをすぐに止めて、エールはバザー区域に積まれていた木箱を利用して天井へと駆け上る。そのまま屋根伝いに直線を駆けていく。

 

距離300メートル。だが相手もそれに気がつかないはずがない。だがバイクではバザー区域に侵入できない。人がごった返している中に突っ込めるほどエールは正気を失ってはいなかった。

 

仕方ない──。

 

エールはぼんやりとした視界に目標地点を捉えて──風が吹く。

 

長い300メートルを一瞬で跳躍したエールはそのまま四階建ての建物の最上階へ、風の補助を受けて飛び上がり窓を破る。

 

薄暗くてそう広くない高台、見張り台の最上階。数は3人。手には狙撃用ライフル、この距離は──確実にエールの方が早い。

 

サンクタたちの判断は早かった。

 

すぐさまサンクタ族同士で互いに銃口を向けあい、情報が漏れるのを防ぐための自殺を──。

 

それをされるわけにはいかない。せめて1人でも。

 

エールは三人のうち、最も距離の近かった1人を突き飛ばし、1人のサンクタ族を銃弾から守り──。

 

血が飛び散る。貫通して弾丸は外へ消えた。強烈な痛みを微笑みに近い無表情で掻き消す。

 

三人いたサンクタのうち、二人は限りなく自殺に近い他殺。脳天が吹き飛んでいる。そしてもう1人、エールが死なせなかった1人に顔を向け──。

 

「い、いや〜。い、命だけは助けてくんないー……?」

 

引きつった笑みを浮かべて、命乞いをした。

 

辺りを見回す。

 

襲撃は想定内、そして自分からその背後にいる組織や背景の情報が漏れるのを防ぐために互いに打ち合うことで死亡するよう命令されていたのか。厄介な連中だ。用心深い。勝てないと判断した時点てそうしていた。

 

スカベンジャー(ベータ)から無線。

 

『しくじった、悪い。全員自殺した』

「了解。まあ基地に戻ろう。こっちで収穫は得た」

 

ちらり、と生き残りに目を向ける。

 

ピンク色の髪が特徴的な、見方によってはまだ少女とも呼べる年のサンクタが、まるで怪獣でも見るような目でこちらを見ていた。

 

「悪いけど、自殺しようなんて考えないでね。僕の方が早いよ」

「し、しないって。うう〜……。マジでこっちまで殺しに来るなんてさ、頭狂ってるっての……」

「それ、僕に向けて言ってる?」

「違う違う! あたしはそいつらに向けて行ったの! いくら命令だからって、ほぼ自殺紛いのこと本気でする!?」

「ふーん……。ずいぶんな忠誠心だ。それで、君は死なないんだ」

「あたしはラテラーノの栄光とか名誉なんてどうでもいいの! しょーじき、あんたがあたしのこと突き飛ばして(助けて)くれて感謝してるって!」

「続きは戻ってからにしよう。悪いけど……当分自由はないと思ってね」

「こ……殺さない?」

「保証はできない」

 

にっこり。

 

サンクタの狙撃手──アンブリエルは、やはり引きつった笑みを浮かべた。

この時点では、お互いがお互い、長い付き合いになることなど──まるで想像もしていなかったのだ。

 

だが、未来とは往々にしてそういう性質を兼ね備えている。予測が出来ない──。

 

 

 

 

 

「私の任務は失敗だ。勝手に自殺された。ずいぶんお行儀のいい連中だ」

「さっきも話したけど──1人は捕らえた。まあ仕方ないさ、僕もまさかそこまで訓練された連中だとは思ってなかった」

「……そっちの天使サマが?」

「うん。ああ──名前聞いてなかったね。僕の名前はエール。君は?」

「……」

 

アンブリエルはコンクリで囲われた尋問用の部屋で縮こまっていた。無理もない。

 

目の前には柔和な微笑みを崩さない男が1人、なんならまださっき弾丸が体を貫いたばかりだろうに──服に滲む血もそのままだ。

 

まるでそれが自分への当て付けのようで、アンブリエルは余計怖かった。そばに居る女の表情も怖い。鋭い目つきで、こっちのことを動くだけの肉袋としか思っていないような目つきだ。怖い。

 

壁はコンクリート、扉は重たい鉄。目の前に無骨な机。

 

「あ、あたしはアンブリエル……。最初に言っとくけど、あたしは逆らう気とかないからね、もう全面降伏だからねッ」

「別にとって食べようって訳じゃないんだけど……まあ、聞きたいことはいっぱいあるし。まず……そうだな。目的から聞こうかな。なんのために?」

 

その問いの指す範囲はあまりに広すぎる。エールはわざとそういう風に聞いた。面倒くさがったとも言う。

 

「あ、あんたの排除のため。それと、南部への警告……。世論を操作して、戦意を高めていってるレオーネへの、牽制……」

「なるほどね。で、なんでそれを君たち()()()()がやってる? 答えによっては──」

「あたしが聞きたいくらいだってば! 上の方の話なんて興味ないし、知らない方がいいの! おまけに情報漏洩を防ぐために、捕まりそうになったら自害せよとか命令されるしさー! もう散々」

「ま、そりゃそうか……。スカベンジャー、捕虜の扱いってどうすればいいと思う?」

「殺せばいいだろう。面倒だ」

「それもそうだね」

「わーっ、ちょ、ちょっと待って! あたしこれでも結構役に立つよー!?」

「冗談だよ」

 

笑いながらエールは思案する。

 

厄介なことになったとは思うが、これは──使えるかもしれない。

 

打算と皮算用。計算と想定。

 

誰に何を話すのも、全て戦争のため。

 

その思索の表側に張り付いて剥がれない微笑みに気がついて、エールはまた少し自分が嫌いになった。

 




LAoNE(レオーネ)
エールが興した統一戦線組織。早い話軍隊だと思います
設定のボロはゆるしておにいさん
Liberation Army of North Exalia(北エクソリア解放軍)の頭文字をとって命名、なんかそれっぽくなって安心しました

・エール
一旦限界を超えてアーツを使用した反動が残っている。慢性的な頭痛と幻覚、幻聴。その他の症状があるかどうかは不明。要経過観察。
闇堕ちした……のか?

・スカベンジャー
かわいい……かわいくない? 昇進2イラストで惚れました

・アンブリエル
かわいい……。
かわいいの皮をかぶった暗殺者説を提唱します。ボイス聞くと明らかにラテラーノのやばいとこ知ってそう

毎日更新→不定期更新です。
すみませんゆるしてください、なんでもしますから!
想像以上に苦戦してます。のんびりお待ち頂ければと……
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