猫と風   作:にゃんこぱん

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ここで突然のロドス編だ!
うっそだろお前、前回までの話って一応アレで区切りつけたつもりなんだぜ
ちゃんとプロット立てないからこうなるんだよアホが。学習しろ


今更ですが、アンケートの結果を全く生かせていないことに気が付きました。コメディを希望する声に応えてほんわかロドスのみんなの話を挟みます


Interlude: In the Rhodes Island(希望の彼岸にて)

行動隊B2、及びエリートオペレーターBlastの殉死から三ヶ月が経っていた。

 

残されたものたちは、それでも前へ進まなければならない。

 

例え、何があろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude: In the Rhodes Island(希望の彼岸にて)

 

 

 

 

 

 

 

 

メカニックのクロージャは進めていたロドスの増設作業にひと段落つけて、スパナを握ったまま額の汗を拭った。

 

「ふぅ──。こんなもんかなー、全く……あたしったら働きすぎじゃない? もっと休日をもらわないと釣り合わないよー」

 

独り言に答える人間はいない。

 

『お姉さま、先月の出勤率は50%を切っていますよ。サボりすぎです』

「いや、それはちょっと外でやることがあったから……」

 

そう、()()は……いない。

 

『それと、またケルシー先生がお怒りになられています。何か心当たりはありませんか?』

「えっ!? うそ、もうバレてるの!?」

『何をされたのですか? 今までの記録データから、早めに白状した方が被害が少ない傾向が認められています』

「別に、ちょっと音響機器を取り付けようとしてるだけだよ?」

『音響機器ですか? それなら問題ないのではないでしょうか』

「……うん、問題ないね! へーきへーき、大丈夫!」

 

クロージャは音の究極を追い求め、ロドスの一室をライブハウスに改造しようとしていた。ホールで使うような、明らかにオーバースペックなスピーカーを何台も発注し、低重音の究極を実現しようと──。

 

無論、防音設備がそのスペックに追いつくはずがない。もしそんなことになれば、前回の真夜中テレビ事件を超える騒音被害が出る──。

 

『それと、ブレイズさんから素材の発注メールが届いていますよ。後でチェックしておいてくださいね』

「ブレイズが? へー、あの子メールとか使えたんだ……」

『お姉さま、それはブレイズさんに失礼ですよ。確かに以前は、用事があれば直接顔を出すタイプでしたけど……』

「以前は、か……。やっぱり、ブラストの影響かな」

『はい、特に三ヶ月ほど前……つまりその、彼が……』

「そっか……。まあ血塗れのまま作業室に顔を出さなくなったのはいいことだけど……素直に喜べないよね」

『そうですね……。彼が”死んで”から、ブレイズさんは笑顔が減りましたから。心配です……』

「笑顔が減ったっていうか……あの張り詰めたブレイズはもう見たくないなぁ。私、一瞬ケルシーかと思っちゃったもん。怖かったー……」

 

当時を思い出してクロージャは身震いした。

 

ブラストが死んだという情報がロドスに与えた影響は、想像以上に大きかった。

 

ロドスの誇る最大戦力のうちの一人。そして、ただひたすらに優しかった。

 

あるいはこの人ならば──と、思わせるような、そんな人物だった。

 

「ブラストの真似かな。真面目になったし、隊員の面倒もちゃんと見てるし……メールなんて、それこそブラストくらいしか使ってなかったでしょ」

『そうだったんですか?』

「まー、ブラストは変なところで律儀だったからね。戦闘オペレーターのみんながパソコンなんて使うと思う?」

『それはそうですが……』

 

薄暗い部屋にはいくつものディスプレイが灯ったまま、青い明かりで部屋を照らしていた。

 

小さな影が起き上がって伸びをして歩き出した。

 

丸っこいシルエットから声。

 

『どちらへ?』

「気分転換。ちょっと歩いてくる。スリープモードね」

『お気をつけて』

「気をつけることなんてないよー。ロドスだよ? ここ」

『いえ、ケルシー先生に……』

「気をつけてどうにか出来るんなら苦労しないって」

 

吸血鬼散歩開始。

 

別に血を啜ったことはない。エイダ・クロージャ・チャーチ。年齢不詳。

 

 

 

 

 

 

別に散歩が趣味ではない。

 

まあたまに気分転換に──という程度。結局好きなのはパソコンをバラしていじることか、悪戯か、商売か……。

 

ロドスの古株にして幹部、あるいはケルシーと並ぶほどの重要人物でありながら、クロージャはロドス中の恐れと警戒を買っている。有能さを覆い隠すほどの所業の賜物だ。ロドスやべーやつランキングにも上位入りしている。

 

「次の作戦指揮はAceさんに任せて──」

 

のんびりとことこ。

 

「ラテラーノとの協定を──」

「医療物資を発注しないと──」

 

気楽なものだ。エンジニアオペレーターは、直接戦いに関わるわけではない。

 

関わるわけではない。関われない。

 

いつだって帰りを待ち──……。

 

そして、待ち惚け。

 

──そういえば、ブラストが注文してたタバコ、届けないままだったな。

 

それなりに長く生きてきた。ブラットフルートは長命だ。見た目よりずっとクロージャは幼くない。

 

出会いも別れも、それなりに経験してきた。

 

ブラストについてクロージャが知っていること。

 

ロドス設立後、すぐにブレイズと同期で入ってきたこと。ケルシーが拾ってきたこと。ウルサスの生まれであり、少々手荒な過去があること。

 

努力家であること。エンジニアオペレーターと協力して、自らの武器を作り上げたこと。訓練の頻度と密度がクレイジーであること。なんかめっちゃ強いこと。

 

アーツ適正はもともと優れていたらしい。ただ、ブラストの強さはほとんどが後天的に身につけたものだ。術師としての能力も突出していたが、何よりも近接格闘に秀でていた。術師の弱点を克服したオールラウンダーを目指していたから、と本人は語っていたが……クロージャは思う。

 

ブレイズと殴り合って勝つために鍛えてたんじゃないかな。案外、ブラストが訓練狂いだったのはたったそれだけの理由なのかも──。

 

気がつけば訓練所のあるエリアへと来ていた。考え事をしていた。

 

廊下の向こうから話し声。

 

「……いい加減認めてもらう。今日でこの()()は終わりだから」

「へえ? 言うじゃない。この前手も足も出なかったのは誰だったかなー?」

「いつまでも私を下に見てると足元を掬われるよ」

「ふーん? いいよ。じゃ、やろうか!」

 

気分屋クロージャは速攻で割り込んだ。

 

「────その勝負、私が見届けよう!」

「……」

「……」

 

訓練所の自動ドアが開く音が、やけに間抜けだった。

 

「クロージャ? えーっと。何?」

「何……って。見たところ訓練でしょ? ちょっと見学させてよ」

「見学って……まあ、私は別に……構わないけど」

「立会人ってこと? でも……危ないんじゃない?」

「へーきへーき。私超天才エンジニアだし、何より……危ない訓練してるんなら、ロドスの一員として見過ごせないかなーって」

 

──フェリーンの尻尾が軽く揺れた。

 

腰に手を当ててため息を吐くブレイズと、無愛想な顔でボウガンをチェックするグレースロート。

 

「それで、訓練ってなんの訓練なの? 前衛と狙撃一人ずつで……」

「もちろん真剣勝負だよ?」

「えっ、でも……勝負になるの? そもそも役割が違うんだし……」

「だからハンデをあげてるの。一撃でも私が食らえばこいつの勝ちって言う風に」

 

グレースロートはむっとしたが、何も言い返せない。事実だからだ。

 

「それって狙撃に有利すぎない? 一回でも当てればいいんでしょ?」

「そうだね。でもある程度距離を詰められたら私の勝ちだから。戦場でもたまにあることだよ。まあクロージャは審判代わりに見ててよ。グレースロート、行くよ。今日は私に勝てるといいね」

「……上等。あんたの吠え面を見るのが楽しみになってきた」

 

第二訓練所に入って行く二人に続いて中へ。この場所の建設にも当然クロージャは関わっている。特に入り乱れた地形を想定した訓練所で、遮蔽物、障害物が多い。それに広い。

 

ただ、入るのは久しぶりだった。真っ白な壁に天井、それと入り組んだ構造の広い場所。

 

グレースロートがボウガンを背負って奥に消えていく。

 

前衛側は三分間入り口で待つ。狙撃側はその間に姿を隠し、狙撃ポイントを見つける。三分経ったら模擬戦スタート。矢の先は潰してあるが、威力がないわけではない。

 

狙撃は一撃当てたら勝ち。前衛は狙撃の半径一メートル以内に踏み込めば勝ち。

 

三分の間に、ブレイズにそう説明される。

 

「へー。で、今までの戦績はどんな感じなの?」

「50戦中私の50戦勝。今日は51回目」

「えー、そんな差があるの?」

「エリートオペレーターがそんな簡単に負けてちゃ話にならないでしょ?」

「おおぅ、それもそう……なのかな?」

「もう三分経つね。巻き込まれない場所に居て」

「はいはい──」

 

と、言っても……クロージャの前方に広がるのは市街地を模した訓練所。特に高低差が激しく、段差を乗り越えていったブレイズの姿はもう見えない。追いかけるわけにもいかない。

 

クロージャは懐からタブレットを取り出して起動。第二訓練所内の各監視カメラをストリーミング。これで状況が追える。

 

ブレイズは警戒しながら索敵する。想定の狙撃ポイントから身を隠し、壁から微かに顔を出して状況を伺う。無音。

 

グレースロートはすでに高台に身を隠してブレイズを確認している──。

 

ただ、それでもまだ撃たないのは、散々それで失敗してきたからだろう。

 

ブレイズの直感は、音もなく背後から迫る矢でさえ避けてしまう。グレースロートはインチキだと思った。

 

こちらに気付いていない。背後へと狙いをつけて──発射。

 

「──ッ」

 

完全な死角からの一撃を反射的に躱してしまうのはおかしい、とグレースロートは思った。猫なの? 猫だった……。

 

「見―つッけた!」

 

距離25メートル。

 

自慢のチェーンソーを鳴り響かせて突撃してくる。猪突猛進、そうなったら手がつけられなかった──今までは。

 

風を切る──それはまるで、彼の如く。

 

いつまでも子供じゃいられない。強くならなければならない。強く──。

 

ボウガンは連射性がそう高いとは言えない。だが──それを克服することができたら、大きな力となる。

 

ブレイズは簡単に姿を現したグレースロートを確認して笑みを作った。さて、今回はどんな小細工でかかってくるかな?

 

一発飛来。当たらない。

 

一発飛翔。縦に跳躍して回避。同時に一気に距離を詰める、が……。

 

その回避こそがグレースロートの狙い。

 

ブレイズは今までの経験から、跳んでから落ちるまでの間に矢は打てないと考えていた。連射性が低いためだ。その隙を狙って一気に距離を詰めようとしていた。

 

だが、グレースロートはすでに構えていた。グレースロートが訓練の結果獲得した技術、連射。

 

「うそっ!?」

「遅い」

 

ぱこーん、と先端の潰された矢がブレイズの額に直撃していい音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒリヒリする額を抑えて、ブレイズは複雑な気持ちを抑えた。まだ痛い。骨に響いた。

 

「──はい! じゃあボウガンちゃんの勝ちでーす!」

「ボウガンちゃん、じゃない。グレースロート、それが私の名前。……それよりブレイズ、約束は守ってもらうよ」

「っつー……。仕方ない! 約束は守るよ。ケルシー先生にあの任務を提案した上で、君を推薦する。でも、ケルシー先生が許可しなかったら、そこで話は終わりだからね!」

「構わない。これで……私も戦うことが出来る」

 

クロージャはグレースロートの表情──特に双眸の色を見て大体察した。

 

まるで剥き出しの諸刃だ。近づく人間全員を傷つけるような、それでいてとても強力な。

 

正直めちゃくちゃ危うい瞳をしていた。

 

「えーっと、ちなみにどんな話か聞いてもいい? あの任務って?」

「エクソリア共和国への潜入任務」

「え……? ほんとに?」

 

ロドスはその国のために多大な損害を被った。そのため、それ以上関わることは禁止された。これはロドス上層部の判断だ。ブラスト率いる行動隊B2の調査も禁止。これ以上人材を失わせないための、妥当な判断だ。

 

「でも確か、また内乱が過激化してきたっていうじゃん。絶対危ないと思うよ。それにその、ブラストたちはもう……」

「……死んでない。ブラストが、死ぬはずない……ッ!」

「あのね。私もそう信じたいよ。でもね、生きてるんだったらなんでブラストは帰ってこないっていうの?」

「何か理由があるはず。ブラストがただ巻き込まれた程度で死ぬはずない。絶対に……」

 

……この調子じゃ、メンタルケアはあんまり効果がなかったみたいだね。

 

クロージャが思う通り、グレースロートの精神はかなり不安定だ。アーミヤでさえこの状態を改善させることが出来なかったということは、もはや時間が解決してくれるのを待つしかなかった。

 

「約束は約束。それは守ってもらう。あんたがエクソリアに行かないなら、私が行くだけ」

「ちょ、別に行かないなんて言ってないでしょ!? もし行くってなっても、君一人で行かせる訳ないじゃない!」

「……付いてくるの?」

「気が早いなあもう! 最初っから言ってるけど、ケルシー先生は絶対許可なんて出さないよ!?」

「……それでも、認めさせてみせる。最悪の場合は──」

 

ロドスを辞めてでも。

 

「ッ、あーもう、本当にこいつは……。分かった、分かったよ! はぁ──誰かこの小娘を止めて……」

 

珍しく振り回されているブレイズ。額を抑えて苦い顔をする表情は、ブラストがブレイズの相手をしていた時の表情ととてもよく似ていた。

 

グレースロートがボウガンの簡単なメンテナンスと収納をしている間、クロージャはケースにチェーンソーを仕舞うブレイズに話しかけた。

 

「ブレイズは反対なの?」

「反対っていうか……。もちろん確かめに行きたいよ、私も……、でも──私はロドスのために戦うってもう決めたの。私はロドスのエリートオペレーターブレイズ、それがブラストから託された私のやるべきことだから」

「強いねー……」

「そんなんじゃないよ。私も気を抜くと──」

 

すぐに、ブラストの姿を探してしまうから。

 

音にならなかった沈黙に、クロージャは口を閉ざした。

 

グレースロートが肩にボウガンを担いで背を向ける。

 

「私はもう行く。次の任務があるから」

「ちょっと、お昼ご飯くらい食べに行かないの?」

「別にいい。携帯食で十分よ」

 

合理的──と言えば合理的で、なおかつ単独行動……一人でいるのを好むのは、以前からだ。もっとも──ブラストが近くに居た時はその限りではなかったが。

 

「……あたしも戻ろっかな。じゃあね、ブレイズ」

「あ、素材の注文任せたからね」

「あー、うん。大丈夫、ちゃんとやっておくよ。というか……別にメールとかじゃなくて直接言いにくればいいのに」

「やっぱりクロージャもそう思う? 似合ってないかな……」

「そりゃあもう」

 

──注文書とかはちゃんと書類で残しとけよ……。後からなんかあったときに重要だ。 お前な、エリートオペレーターならちゃんとしたらどうだ? 記録ってのは大事だろ?

 

らしくもないことをしたのは、その言葉を思い出したからだろうか。

 

もしブラストがここに居たら、そんな私になんて言うかな。笑うかな。

 

意味のない思考はすぐに止める。続ければ……また、どうしようもなく胸が締め付けられる。

 

強くならなければならない。今よりもずっと強く。

 

「それじゃ。責任感とかも大事だけど、あんまり気を張らない方がいいよー」

 

クロージャはらしくもなく、気遣いの言葉を掛けた。

 

ブレイズは、いつぞやのブラストのように曖昧な苦笑いを浮かべた。それだけだった。

 

 

 

 

 

 

クロージャは食堂に行かない。偏食だから──と言うのは、半分くらい嘘だ。

 

食堂まで歩いて行くのが面倒だから、と言うのが主な理由。幸いクロージャはロドス購買部を運営している。商品棚からチョコバーでも取り出して食べるのが習慣だ。偏食。

 

チョコをもぐもぐしながら店番をする。購買部は色々売っている──食料品から衣類、家具や──素材なんかまで。無人販売システムはすでに構築してあるため、クロージャが店頭に立つ必要は一切ないのだが……これは趣味とも言える。

 

昼下がり、客が一人。

 

「ういーっす。クロージャ、来たよー」

「お、エフイーター。今日は何をお求めでしょーかっ」

「例の情報──エクソリアの内情は入ってきた?」

 

……誰も彼も、ケルシーの言葉は聞かないらしい。

 

「んー……。やっぱり難しいよ。そもそも内乱状態にあるし、あのあたりはロドスとのパイプが無いからね。調査員もエクソリアみたいな危険な場所に行かせられないし──」

「クロージャでもダメなの〜? うーん……」

「まあ、周辺諸国からの情報と噂を纏めてみたよ。私の伝手でジャーナリストからの情報もいくつか入ってきたけど、でも……ブラストって名前はなかったなぁ」

「そっかぁ〜。クロージャ、エクソリアへの最短ルートって分かる?」

 

大体その一言で察して、クロージャはちょっと表情が固くなった。

 

「……えーっと。まあ空港はないから……隣国から入国するしかないけど、でもスパイを警戒して入国制限も行われてるって噂も聞くし、正直ほとんど情報がない。おすすめはしないなぁ」

「車の貸し出しってやってる?」

「話を聞いてくれないのには慣れてるけど……。耳聞こえてる?」

「それとメンテキットもお願い。車両に取り付けてくれると手甲の手入れが楽だし。あ、価格の方は心配いらないから」

「あのねー……。キミがブラストを探しに行きたいのはよーく分かったけど……見つかる保証どころか、死んでる可能性の方がずっと高いのに、どうしてそこまでしようとするの?」

 

エフイーターは呟いた。

 

「あたしね、最初はブラストを探しに行くつもりなんてなかったんだ。怖かったから」

「怖かった?」

「だって、エクソリアに行って本当にブラストが死んでたら……あたしはどうしようってずっと思ってたんだ。正直今も思ってる」

「……なら、行かない方がいいんじゃない? シュレティンガーの猫って知ってるかな……」

「何それ? 猫?」

「掻い摘んで話すと、箱を開けなければ中身はわからないっていう話。箱の中の猫が生きているか死んでいるか、それは箱を開けなければ分からないんだ。逆に言えば、箱を開けなければ……猫は生きているかも、って思える。真実の箱って、大抵の場合は残酷だよ。知らない方がいい。開けない方がいい。ブラストは戻ってこなかったんだ。バッドエンドが決まってるストーリーなんて、誰が知りたいなんて思うの?」

 

知らない方がいいこともある。

 

希望があるかもしれない、と思い続けて生きることは、真実を知らないまま希望を抱いて生きるのは。

 

それが唯一の正しい選択かもしれない。この話の性質の悪い点は、全てを知らなければ正解か不正解かが判断できない点にある。

 

「それでも箱を開ける?」

 

エフイーターの選択はすでに決まった。

 

三ヶ月間、毎日のように悪夢にうなされていた。

 

Blast、と刻まれたドックタグを見せられたとき、エフイータの現実を構成するパズルのピースがぽろぽろと崩れて壊れていった。

 

──助けてもらった。

 

女優の道を断たれたエフイーターにブラストは新しい道を示した。

 

ブラストを無理やり巻き込んで実行した自主制作映画の撮影は、エフイーターの人生でもっとも楽しかった瞬間の一つだ。

 

地上10階から飛び降りた時のブラストの表情と来たらそれはもう笑えた。落下しながら大笑いしたのはいい思い出だ。

 

気がつけば、目で追っていた。足で追っていた。

 

ブラストは矛盾を抱えていた。過去を抱えていた。その傷を見過ごせなかった。

 

人を傷つけるのは嫌いだ、と話していた時のこと。あれがきっかけだったと思い出す。

 

それでも、前へ向けて歩き出そうとする姿を──。

 

「開けるよ。あたしは……前へ歩かなきゃ。例え前へ進めなくとも、進もうとし続けないと」

「もしも、箱の中の真実が残酷だったら……キミはどうするつもり?」

「わからないよ、そんなこと」

 

わからない。

 

もしも──と、想像した。

 

もう何度泣いたか分からない。エフイーターはブラストの部屋の扉を何度も開けようとして、開けられなかった。

 

中にはひょっとしてブラストがいつものようにコーヒーを飲みながら本でも読んでいるんじゃないかって思ったりもした。

 

誰もいない部屋の中を確かめるのが、怖くて仕方なかった。

 

そして、それをしようとしている。震える手のまま。

 

もしも君がまだ生きているのなら、何をしてるの?

 

もしも君が死んだのなら、何を思って死んだの?

 

「……何を言っても無駄、かぁ。でも、今すぐなんて行けないよ。最悪数ヶ月……いや、それ以上待ってもらうことになるかもしれない。今はちょっと、別に集中しなきゃいけないことがあるから」

「え、数ヶ月も?」

「ごめんね、出来るだけ私も頑張ってみる。あ、特別サービスでケルシーには内緒にしておくから」

「分かった。ありがと、クロージャ」

 

去っていったエフイーターを見送りながら、クロージャは浮かない表情だ。

 

──いやー、参ったなぁ。危ういなんてものじゃないよアレは。覚悟決まってる目だった。

 

「……ブラストは厄介事を残してったなあ」

 

カウンターの下に入荷して、そのままにしておいたワンカートンをチラッと眺めた。後で碑石にでも供えに行こうかな。

 

「あーもう、どうするのこれ……」

 

クロージャは変人だが有能だ。

 

得てして、有能な人物のもとには厄介ごとが舞い込むものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

ケルシーに呼び出され、ライブハウス建設計画の分のお叱りを受けた。

 

めちゃくちゃ怒られた。

 

「いや、ちょっとみんなのストレスの解消になればって思っただけなんだよ、ほんとだって!」

 

ギロ、と睨まれる。怖い……。

 

「悪気はないのー! ケルシー信じて! 仲間でしょ!?」

「……その気遣いは別の形で活かせ。それともお前は反省文を書くのが趣味か?」

「そんな訳ないじゃん!」

 

ケルシーはため息を吐いて、自身の医務室の窓を開けた。

 

雄大な大地を見下ろせる。風が心地よく頬を撫でた。

 

デスクの引き出しを開ける。

 

「……え? ケルシー煙草吸ってたっけ?」

「吸いたくもなる。お前のおかげでな」

医務室(ここ)で吸うのは、ちょっとやめた方がいいんじゃない?」

「うるさい」

 

窓枠に肘をついて、煙は風に紛れて消えていく。

 

クロージャはケルシーの後ろ姿を見て、ようやくお怒りモードが終了したことを悟った。

 

「あ、ねえねえケルシー───」

「お前に」

 

ケルシーの一言がクロージャの言葉を遮った。

 

「一つ、知らせておきたいことがある」

「知らせておきたいこと? ケルシーにしては変な言い方じゃない?」

「……正直、私はお前に話すべきか迷っている」

「でも、こうして話してくれているってことは、教えてくれるってことだよね」

「遺憾だがな」

 

懐から取り出した一枚の手紙────。

 

「ブラストのことだ」

「!」

「このことに関しては決して口外するな……ある条件を満たした場合を除いてな」

「条件?」

「お前が他の人間に話すべきだ、と判断すること。それが条件だ」

「え? 何それ」

「黙って聞け」

 

医者らしからぬ喫煙をしながら、ケルシーは一言だけ。

 

「ブラストは生きている」

「……確かなの?」

「間違いない。だが……ヤツはもはや、ロドスのオペレーターではない」

「詳しい説明を……聞いてもいい?」

「ダメだ」

「そっか。なら別にいい」

 

長い付き合いの二人。ケルシーのことをクロージャは信用も信頼もしている。そのケルシーがダメと言うのなら、それは知らなくていいことだ。

 

「で、それをあたしに聞かせてどうしろって?」

「別に何もしなくていい」

「あ、もしかして……迷ってる? ブラストを放って置いてるのは、そういうことでしょ?」

「……まあ、そういうことだ」

 

携帯灰皿に灰を落として、ケルシーはただ遠くを眺める。

 

「繰り返すが、お前は知っているだけだ(何もするな)

「分かってる。余計なことはするつもりないよ。でも……あたしは何もしないけど、それは別に何にも起こらないってことじゃないからね。何かあってもあたしのせいじゃないよ」

「分かっている。遅かれ早かれ……私が止められることではない。もし誰が何を知ろうとも、その責任は本人に帰属する」

 

クロージャはロドスのトップの気苦労を理解して苦笑いした。

 

「でも……ブラストが生きててよかったよ」

「どうだかな。あるいは……それがヤツにとっての最大の不幸なのかもしれんが、な」

 

これからの未来を思って、ロドスの古株たちは揃って似たような顔をした。

 

やることは山積みだ。

 

ロドスとしては、これ以上エクソリアに関わるつもりはない。

 

だが、それでも人の真実に向かおうとする意思を止められる存在など、どこにも居ないのだから。

 

 




・ヒロインの皆さん
ここに書くようなことが何もない
見ての通りです……
工事完了です
ヤンデレよりやべーんじゃないかな? 予め言っておきますが、エールに関わってくるのはだいぶ先になる予定です

・クロージャ
かわいい。いつもお世話になっています……

・ケルシー先生
いっつも苦労してんな……。
Q、手紙って?
A、ああ!

イベントEX難しいっすね
戦友募集中→20412599
どなたでもどうぞ、戦友になってくだちぃ

前回までの話を投稿したことでようやく話を動かせます。やったね
やっと次からヒロインの話を始められる……ここまで長かったです

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