猫と風   作:にゃんこぱん

23 / 88
私はスズランちゃんを諦めたつもりでしたが、欲求に打ち勝てず源石を溶かしてしまいました。出るまで回したらスズランちゃんは来ました。アケトンおいしかった(理性0)
危機契約が来ますね……。
育成が追いつきません。でもイベントは嬉しい……
張り切って参りましょう……。

フレンド申請してくださった皆さんありがとうございました。フレ枠が一瞬で埋まりました。びっくりした……。


What you lost,what you got -2

あれは──そう。

 

子供の頃の思い出だっけ。

 

その頃の思い出……なんて、良いものが一つだって見つけられなかった。

 

思い出すのは薄暗い部屋。誰もいない一室。

 

部屋の隅で頭を抱え、一人時間が過ぎるのを待つ。その先に何かを求めて、ただ待ち続ける。

 

ただただ、ひたすらに待つ。

 

カップ麺とスナックで育つ。薄汚い部屋で寝る。

 

誰もない場所。その時、あの場所に限っては世界中の人々の気配が存在しなかった。

 

孤独、空腹、虚無感と痛み。

 

転機は学校に通い始め、初めて銃に触れた時。

 

今までの虚しさと痛みを取り返すように、ひたすらに射撃訓練を続けた。他のことなどどうでもよかった。家族はいなくなっていたし、友達だって薄っぺらいものだ。どうだって良い。

 

その頃にはもう、他人に期待することはなくなっていた。もっとも、いつだって本当は"助けて"と叫びたかったのだが。

 

それにすら気がつかないまま、食い扶持を稼ぐために就職。射撃スキルが評価されて公務員へ。それなりにいい職だ。真っ当に育ってきた連中が進学やら就職やらに四苦八苦しているのを横目に、自分だけが優秀なまま卒業できるのはとても気分がよかった。

 

彼らが羨ましかったのだ。家に帰れば家族がいる、その当たり前を知らない。食事の暖かさを知らない。テレビ越しに見る空虚な映像の向こうに、それが存在していると心から信じていた。

 

だが手に入るはずもないもの。決して手が届かないもの。

 

さっさと諦めて、現実を享受し始めてからは、そう悪いものではなかった。

 

金は実は、結構あった。公務員は給料が良い。特に優秀だと評価されて、任務でもそつなくこなしていけば、多少いい一室を借りて、良い食事を食べて、良いベッドで寝られる。気怠げな朝を、多少はマシに起きられる。

 

ただ、自分以外誰もいない部屋だけは、子供の頃から決して変わってくれなかった。

 

何かを成し遂げたかったのか、この現状に対して復讐したかったのか。

 

だがどの理由も、この意思を動かすに足る動機を与えてはくれなかった。

 

何かを求めていたのか、認めてもらいたかったのか。

 

だかどの感情も、この心を満たすに足る潤いを与えてはくれなかった。

 

並べ立てた建前、美辞麗句。

 

人は一人では生きていけない。隣人を愛し、守り、愛する人のために、大切な人のために生きるべきだ。

 

流れた血は大地に帰り、やがて雨へ代わり、また生命へと巡る。神を敬い、恐れ、信じ、また愛する。なのであなたには栄光が与えられるだろう。

 

下らない、笑えもしない。

 

人が生きるのは欲望のためだ。神のために生きてる人間などどこにいる?

 

支配したい、認められたい、与えられたい。

 

金は人の欲望の結晶化だ。食欲を満たし、住処を与え、性欲を満足させる対価。それで世の中回ってるんだから不思議なものだ。

 

だが同時に、とても便利ではある。だって欲しいものは大抵手に入る。

 

不思議なもので、そうやって斜に構えていれば見えてくるものがある。人の醜さと汚さだ。

 

優しさというオブラートを一枚剥がしてその下を覗けば、汚臭さえする。

 

そしてそれが自分の中にあることも、簡単に理解できる。

 

なんのために生きているのか。生きて何をするのか。

 

それが見当たらなかったから、じゃあとっとと自殺でもしてしまえばいいじゃんと思ったこともあったが……死ぬ理由すら見つからなかったので、惰性で生きることにした。

 

満腹のままベッドに横たわり、微睡に身を任せてグースカ寝ると、これが結構悪くない。

 

だが……ずっと一人のままだ。

 

一人のまま。

 

隣に誰かいて欲しいのか? 愛せるかもしれない誰かが欲しいのか?

 

そんな訳がない。人って、そう簡単に信じられる存在じゃない。気色悪くさえある。無責任な大衆と誰かの笑顔。その下に、一体どれだけの血が流れているのか知らずに。

 

あたしが一体どれだけあんたらのために人を殺したのかも知らないで笑ってる。

 

ただちょっと生命の危機を感じた時……初めて気づいた。まだ死にたくない、と。

 

それがどうしてか分からなかった。

 

あたしはとある奇妙な男と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスカ連邦国。国土面積としてはエクソリアの半分程度、割と小さな国だ。

 

六つの民族からなる複雑な国で、連邦制を採用している。大きな軍事力を持たないが、その反面貿易が盛んであり、六つの独立した民族の文化が入り混じり合った複合的な文化体系を持つ。

 

首都マルガは発展途上ながら栄え、大規模な都市を持つ。だがその闇の部分として経済格差が広がり、流入し始める難民のせいもあって地元民族との摩擦が生じている。

 

アンブリエルはともかく、エールは真っ当に入国できる立場ではなかった。パスポートの期限は切れているし、ロドスもそこまで社会的な信用を得ているわけではない。知名度すら怪しい部分があった。

 

だがここで、アンブリエルの立場が効いてくる。警察手帳の効果は大きい。

 

「──お、アレうまそーじゃん! エール、奢ってちょ」

「……仕方ない。だけどアンブリエル、僕らは観光しにきた訳じゃないよ」

「お? あんたそんなこと言える立場な訳〜?」

「……両替してくる。ちょっと待ってて」

 

そんな訳でエールはアンブリエルの機嫌を取る必要に駆られた訳である。

 

「両替を。ここの通貨は龍門弊でしたか?」

「あんた観光か? ある程度は使えるが、露天じゃまだリンが有効だ。レートは1:210。観光客ならパスポート出してくれ」

「ちょっと事情があって。パスポートは出せないんです」

「無くしちまったとかか? スリには気を付けろよ、特に裏路地なんかはやめときな。それに表通り歩いてたって、そう油断できるもんじゃねえぞ」

「ええ、ありがとうございます」

 

カウンター越しに握らせた龍門弊のおかげで、話をわかってもらえた。

 

テスカの通貨、リン紙幣を財布にしまってアンブリエルの方へ戻る──いない。

 

「……どこ行った?」

 

サンクタは珍しいし、ちょっと目を離した隙に妙なことに巻き込まれた可能性は否定できない。

 

視界の端に、建物の隙間に消えていくピンク髪を発見。走る。

 

追いかけてエールが見たものは、アンブリエルとそれに絡む男数人だ。

 

「──ちょっと、話違うじゃん。どこにも名物屋台なんてなくねー?」

「まあまあ、ちょっと付き合ってよ。マジでいいとこがあるんだって。俺ら地元民しか知らない穴場教えてあげるからさ」

 

……めんどくさ。やっぱ男なんて信用できるもんじゃないねー。

 

アンブリエルの本心だ。

 

後ろから影。エールだ。

 

「ごめん、そいつ僕の連れなんだ。悪いとは思うんだけど、僕らやることがあってさ」

「……兄ちゃんさあ、ちょっと大目に見てくれよ。こっちの娘は自分でついて来たんだ」

「いや、あんたら結構強引だったっしょ。エール、こいつらどうにかしてくんない?」

 

面倒そうな顔を浮かべながら、派手な服の男たちはエールに近づいていった。エールも面倒そうな顔をしてる。

 

「知らねえだろうけどな。俺らのバックには結構大物ついてんだよ。悪いことは言わねえ、ちょっと一日くらいそっちの子俺らに貸してくれよ。旨い店に連れてってやるだけなんだって」

「本心には聞こえないね。それに大物だって? ギャングってこと?」

「……あんま舐めてんじゃねえぞ。ニヤニヤ笑いやがって、観光客だからっていつまでも優しくされると思ってんじゃねえ」

 

──え? ニヤついてるように見えるの? マジで?

 

自分では微笑みを浮かべているつもりだったのだが、エールはだいぶショックを受けた。

 

それなりに大柄な男3人。お世辞にもガラが良さそうには見えない。

 

「痛い目見たくなけりゃ、とっとと失せろ。それともこいつを味わいたいか?」

 

男の一人がポケットから取り出したのはハンドガン。

 

エールはそれを見て驚く。

 

「……それは、なんだい?」

「銃っつーらしいんだがな。こいつは便利だぜ? ボウガンと違ってポケットにだって入る上に、弾も結構入る。その上威力もある。知らねえだろうなぁ、俺らだってちょっと前まではこんなもん見たこともなかった。兄ちゃんさあ、こいつの威力を知りたいだろ?」

 

大当たりも大当たり、こんな早く見つけられるとは思ってなかった。

 

「──ああ、知りたい。実はずっと探してたんだ。いや、面倒なことになったと最初は思ったけど……僕の運も捨てたものじゃないみたいだね」

「なんだこいつ、可笑しなことを言いやがって。舐めてんじゃねえぞッ!」

 

相手が動こうとするよりも先に動く。エールが体得している格闘戦術の基本。

 

一歩だけ踏み込む。アーツの補助など要らない。ハンドガンの対処は正直分からないが、相手がナイフを持っていると想定すれば分かりやすい。

 

片手で手首を掴み、もう片方の肘で顎を殴りあげる。呻く暇もないままハンドガンを持つ腕の関節に肘を落とした。

 

「うッ、ぐッ……い、痛え、こいつ……ッ! ぶっ殺せ──」

「悪いね」

 

蹴り飛ばす──残り二人、慌ててハンドガンを構える二人。

 

片方ずつ、素早く確実に。

 

「てめえ!」

 

発砲音。だがしっかりとした訓練を積んでいない者の射撃。エールはそこまで銃に関する知識はなかったが、だからと言って当たる気もしなかった。

 

狭い路地、姿勢を低くして男へ。

 

ハンドガンを構える両手を蹴り上げて、銃を上に蹴飛ばす。手首を掴み引っ張る。側頭部に肘打ち、続けてもう一発。崩れる男を捨てて、最後の一人へ。

 

発砲するが──エールの顔の横へ逸れて、建物に穴を開けただけだ。

 

特有の匂いがする。銃口から煙が上がっている。

 

「さて、君で最後だけど……まだやる?」

「舐めてんじゃねえぞ、こんなことしてただで済む訳ねえ……ッ!」

「そう」

 

最後の一人が照準を合わせようとする前に──。

 

「くらえっ」

 

男の後ろに居たアンブリエルが路地に転がっていた鉄パイプで男の頭をぶん殴った。そのまま気絶。

 

「……エグいことするね、君。そいつ、頭から血を流してるよ」

「やばっ、やっちゃった……?」

「……まあ。大丈夫でしょ──たぶん」

「たぶんかー……。面倒なことになんなきゃいいけどさー」

 

 

怠そうにアンブリエルはボヤいた。

 

「……あのね、結果的にはオーライだけどさ。知らない人にホイホイついて行ったらダメだって教わらなかった?」

「そんな覚えはないっしょー。結果オーライだし、それにあんたも助けて、くれた……」

 

言葉が途切れたアンブリエルに、エールは不審に思い言葉をかける。

 

「どうかした?」

「……いや、やっぱなんでもないわ」

「そう? まあなんにせよ、手がかりが手に入った」

 

最初に蹴り飛ばした男を壁に起こして、乱暴に揺さぶる。

 

「おい」

「……うぅ、てめえ、何モンだ……」

「君さ、さっき面白いこと言ってたよね。大物、それに銃って。詳しく聞かせて欲しいな」

「知って、どうする気だ……」

「それこそ君の知る話じゃないね。それとも君が()()、味わってみる?」

 

腹に押し当てたハンドガン。正直エールは扱い方も知らないが、脅しとしては十分だ。たぶんこのトリガー引けば弾が出るんだろ、的なノリ。

 

「てめえ、イカれてやがる……」

「知ってる。まあ話しなよ、別に殺すつもりなんてないんだしさ」

「くそっ……。ちょっと前から、俺らのシマで妙なもんが流行り出した……。一般人がいきなり俺らに向けて、そいつをぶっ放したこともあった……」

「君ら、つまりギャングだよね。一般人に嫌われてるんじゃない?」

「俺らは舐められたら終わりだ……心当たりなんていくらでもある。俺らはその出所を抑えて、独占したんだ……」

「へえ。出所って?」

「そこまでは知らねえ……。上の人たちしか知らねえんだ、本当だ……」

「大物って、つまりはその上の人たちってこと?」

「そ、そうだ……。金も力もあるッ、やばい人たちだッ。てめえらのことはちゃんと報告しておく、タダじゃおかねえぞ……」

「そう? そんなことされちゃ困るし、やっぱり殺しておこうかな?」

「クソが、このイカれ野郎が……ッ」

 

沈黙を保つアンブリエルの存在を思い出して、エールは一応補足した。取引のこともある。信用は大事だと思い直して茶化した。

 

「なんてね、冗談だよ。冗談。うそうそ、そっちの方が面倒だし」

 

その発言はまるで、面倒じゃなかったら殺していたとも捉えられる。真意は分からない。それにしたってまるで信憑性も説得力もない発言ではあったが。

 

「君らの組織って、なんて名前?」

「……スーロンだ。覚えとけ、すぐ報復してやる……。殺さなかったことを、後悔させてやるからな……ッ!」

「はいはい、楽しみしてるよ。こんなとこかな──アンブリエル、行こう」

 

どこか茫然としているアンブリエル。

 

「……どうしたの?」

「え? あ、うん──なんでもない」

「そう。じゃあ行こうか、スーロンだってさ、忘れないでね」

「調査すんの?」

「うん。大きそうな組織だし、すぐ見つかるといいんだけどね」

「……あ、その前に露店回んない? あたしお腹減ったんだよねー」

「そうだね、両替もしたことだし──」

 

すぐに調子を取り戻すアンブリエルに、エールはさほど気にした様子もなくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

露店を冷やかしながら回る。

 

「──おっ、うま! やっぱ肉っしょ肉〜! 人生は肉だわ、やっぱ」

 

串刺しにした肉を頬張るピンク髪を横目に、エールは街の様子を観察する。

 

バザーは日常的に行われているみたいだ。ガスボンベも年季が入ってる。確かこれが名物だったか、地元民もこういう露店で食事を取ることが多い……んだったかな。

 

賑わいの中、アンブリエルの天使の輪っかは多少目立つが、それを気にした様子もない。

 

軽い熱気、エクソリアと同じような温暖な気候と露店の熱、それに賑わう人々の騒がしさ。

 

エールもホットサンドを口にしながら歩く。

 

「なるほど、確かに観光にはもってこいだね。いい場所だ」

「それなー。アルゴンも嫌いじゃないけどさ、あたしこっちの方が好きだわー」

「仕方ないさ。アルゴンは正直それどころじゃない」

「そーね。てかさ、ぶっちゃけいつまで続けんの、戦争」

「戦争が終わるまでさ」

「答えになってないけど?」

「分からないんだ。そもそも統一戦争自体は百年間も続いていた。過激化したのはつい最近、ウルサスが介入し始めてからさ。それが終わるのがいつか、なんて正直見通しが立たない」

「そーなの?」

「ああ。ウルサスの介入がなければ、もうとっくに和平が成立してたってよかったはずだ。長い戦争に疲れ切っていたし、いい加減終わるきっかけを北も南も欲しがってた」

 

今こうしている間にも、まだバオリア前線では戦いが続いている。

 

遊んでいる場合ではない。だが急ぎすぎることも、余計な失敗を招く可能性を生む。

 

「スーロンに関して調べよう」

「はいはい、分かってますー。お、てか待って」

 

足を止めたのは露店エリアを抜けてすぐあった中古機材店──つまりリサイクルショップだ。エールにはただのガラクタ売りにしか見えなかったが。

 

「ごめん、ちょっと中入ってみてもいい?」

「うん? まあいいけど」

 

店頭に貼り出された機材の山。機材と言っても、エールには何がなんだか見分けがつかない。

 

「お、これオーウェルのNB系じゃん。いい趣味してんね」

「……それは?」

「んー? あー、あんたにわかりやすく言ったら……中級装置とか? ほら、大雑把に言ったらコンピューターみたいなモン?」

「参ったね、ただの黒い箱にしか見えないけど……」

「特にこの系列は無線通信の母機でさ、結構キャパがあるし、遠くまで声拾えるから高評価なのよー。こういうのって結構ニッチだし、売ってるとこなんて少ないのよねー」

「詳しいね」

「まーね」

 

そのまま棚を物色していくのを、エールは興味深くみていたのだが、いかんせんこの辺りは専門外だ。アーツ系の機材なら多少は覚えがあったが、クロージャでも連れてこない限り理解できないだろう。

 

「うん、こんなとこか。おっけ、満足したわー。で、どこ行くん?」

「何も買わないの?」

「買ってどうすんのよこんなモン」

「……まあ、気が晴れたのならよかったよ。とりあえずは聞き込みから始めよう」

「ま、そんなとこかなー……。めんどくさー」

「君に何かいいアイデアでもあれば聞くけど」

「そんなもんある訳ないっしょ。やっぱ足で集める情報に勝るもんはないって」

「珍しく殊勝だね。やる気出てきた?」

「ダルいからやっといてー」

「ダメ。君だって──いや、よく考えてみたら君はこれ以上協力する理由はないか」

「……あれ、そうじゃん。ぶっちゃけあたしこれ以上働かなくてよくねー?」

 

その通りだった。

 

エールがアンブリエルとの関係を整理してみると一つの事実が浮き彫りになる。

 

──NHI、つまりラテラーノ当局は国外で製造されているであろう銃の製造に関しての調査を行っている。また可能なら、その技術を回収しようともしている。

 

銃は強力な兵器であり、他国に与えたくないのがラテラーノ政府の意向であるためだ。アンブリエルの目的がラテラーノに帰ることである以上、エールへの積極的な協力は望めない。

 

「まー、さっき助けてもらったしさ。多少は働くって。それにあたしはラテラーノの意思とか利益とかどうでもいいしねー」

「そう? 後々君がラテラーノに戻ってから不利に働くかもしれないよ?」

「そんなんマジどうでもいいっしょー。少なくともラテラーノに帰るまで、あんたと一緒にいた方が安全そうだしねー」

「そう。なら好きにするといい」

 

そんな訳で聞き込み調査が始まった。やっぱりさっきのチンピラからもう少し情報引き出しとけばよかったかな、と思いながら、エールは道ゆく人に片っ端から聞き込みを始めていく。

 

「──やめとけ。あんた観光客だろう、連中は見境なしさ」

「詳しく聞かせていただけませんか?」

「全く……。お前さんの安全の為に話すんだがな、スーロンってのはごく最近現れたギャングではあるんだが、妙な武器を使うらしい。それでここ、首都マルガを仕切ってた裏の連中を全部潰しちまったなんて噂も聞く」

「……ごく最近現れた?」

「ああ。俺も詳しくは知らんが……連中はここの地元生まれじゃないらしい。よそ者っつー情報が流れてる」

「つまり、よそ者が妙な武器を持ってこの国に入って来たってこと……ですか?」

「そこまでは分からん。だが……あいつらは加減ってものを知らん。あんなんじゃすぐ、ここの警察が動いて壊滅するに決まってる。コカインはばらまくわ、女さらって売春させるわでひでえもんさ。こんなんなら、程度を知ってた前の連中の方がずっとマシってもんだ。俺の知り合いもな、店にいちゃもんつけて代金は払わねえし、しまいにゃ武器持ち出して脅す始末だ。警官が何人も殺されたってニュースもある。ゴミみてえな連中だぜ、まったく」

「なるほど? ちなみに、どこが拠点か、とかはわかります?」

「……お前さんなあ、一体どこの誰かも知らんが、余計な正義感は身を滅ぼすだけだぜ? すぐ警察が動く。あんたの正義感は嬉しいが、やめときなって」

 

大体こんな感じだ。派手に暴れているらしく、一般の知名度が高い。

 

まあ流石に拠点などは分からないか。予想通りの成果だった。

 

「いえ、別に正義感とかではないんですが……。いろいろ教えていただいてありがとうございます。それでは」

「気を付けろよ!」

「ええ。ご忠告、痛み入ります」

 

屋台のテーブルに座って地元デザートを味わっていたアンブリエルのもとへ戻る。

 

「終わったん?」

「まあね。てか何それ」

「豆パフェだけど?」

「美味しいの、それ……」

「結構イケるわこれ。なんかねー、豆が甘くてさー。いやマジ甘すぎっしょー。あんたも食べる?」

「魅力的だけど、僕はいいかな。デザートは落ち着いて食べたいんだ」

「じゅーぶん落ち着いてるじゃん。で、何か分かったー?」

「それなりにはね。ただ拠点はさっぱりだ。スーロンに接触したいんだけど……」

「やっぱさっきのチンピラ引っ張ってった方が良かったんじゃね?」

「……ちょっと気まずくない? 言っちゃなんだけど、ボコしちゃった相手と歩くのって……」

「それはちょっとわかんないわ──」

 

──と、話していると予期しない音が二人の耳に飛び込んできた。

 

パーン、という特徴的な、弾けるような音。

 

「──銃声。エール、今の聞いた?」

「聞こえない訳ないって。そうか、こういう音がするんだな……。どっちからだ?」

「向こうの方じゃね? えーっと、ほら。ちょうどあの建物の向こう」

「なるほど。首を突っ込もう、何か分かるかもしれない」

「はいはい、いってら〜」

「何言ってるの? 君も来るんだよ」

「いや〜、ちょっと豆パフェ残したまま行くのは違うっていうか──」

「……後にしてくれ。行くよ」

「あ、ちょっと引っ張んなっ、あ、あたしの糖分が〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潜在的にはずっと存在していた治安当局と新興ギャング”スーロン”の対立だが、ここへ来て明確な転換点を迎えようとしていた。

 

暴力組織と治安当局は存在からして相容れない。ぶつかり合うのは時間の問題だった。特にスーロンは裏の世界に一定して存在したルールを無視して荒稼ぎしていたので、警察の動きもそれなりに早かった。

 

事の始まり。

 

警察当局はスーロンに対する警告を重ねた上で、市街地の一角に構えるスーロンのアジトに対して強制的な突入を開始。お互いに武装した上での衝突が始まることになる。エールたちが聞いたのはその始まりの一発が発射される音だった。

 

「──大人しくしろクズども! この国でこれ以上好き勝手出来ると思うな!」

「黙れ犬ども! てめえらがやってることは正義でもなんでもねえ、ただの一方的な排斥だ!」

 

封鎖された街の一角では怒号と叫び声が飛び交っている。

 

銃は強力な武装だが、分厚い鉄の盾を貫けるほどの貫通力は持っていない。少なくとも、男たちが支給されていたクロッグレプリカは小型拳銃。強力ではあっても頑丈ではない。警察も対策をしていた。

 

「てめえら国家が一体俺たちに何を与えてくれたってんだッ! ああ!?」

「貴様らにそれを叫ぶ資格はない! どのような形であろうと、この国の人々を傷つけ、殺していい理由にはならん!」

 

結果的に、銃という遠距離の武器を持ち合わせていながら近距離戦闘が展開されることになる。鉄製の盾を剥ぎ取り、何発も打ち込もうとするスーロン構成員。だが訓練を積んだ警察は強い。

 

重量のある盾で殴り飛ばし、あるいは武器を用いて無力化していく。

 

黙ってやられるスーロンではない。恨み、痛み、──復讐心。

 

そして、最初の死者が生まれる。

 

「死にやがれクソ共!」

地面に倒れた一人の警官の脳天を一発の弾丸が貫く。

 

地面が汚れた。

 

犠牲者が発生してからは、双方ともに引っ込みが付かなくなる。止まらない殺し合いへと変わって行く。

 

「死ね、死ねッ!」

「ぐっ……殺せ! やむを得ん、連中の殺害許可を出す! 構わん、やれッ!」

 

──それを、四階建てのビルの上から見下ろす者たちがいた。

 

「ひえー。派手にやってんねー」

「……なるほどね。さて、どうしたものかな」

 

エールとアンブリエルだ。アンブリエルを肩に担いで、身体能力に任せて屋上へ飛んで来た訳である。アンブリエルは強烈なGでまた死にそうになった。

 

「介入するか……いや、しかしどっちにつくべきか。うーん、警察まで絡んでくると厄介だな。きっと警察の目的も銃にあるんだろうし」

「……まー、そりゃそうっしょ。銃に対抗するにはボウガンじゃ少し足りないし、やっぱ警察も銃が欲しいのは確かじゃん。どーすんの、ここで黙って見下ろしてんのもいいけどさ。面倒なことになんない?」

「もうなってるさ。問題なのはこれからだ」

 

殺し合いは続いて行く。

 

段々と増えて行く死体の数を見て、ついにスーロン側が撤退を始める。

 

「クソッ、これ以上やりあうのはやべえ──車出せ、とっとと逃げるぞ!」

「なっ、待て──」

「いや追うな! 負傷者の救護が優先だ! 連中の追跡は別働隊に任せて、我々は撤退する!」

 

スーロン構成員が走って逃げて行く先の公道に何台もの車が停められている。急発進して走り去る車を確認して、エールはそれに向かって何かを投げた。

 

「何してんの?」

「発信器。持って来ていて正解だった」

「いや、届かなくない? ここ4階だし」

「そうでもない。風が運んでくれるさ」

 

いつだかの任務の経験を生かしていて本当によかった。使い道が思いつかなくても、とりあえず持っておくものだ──と、しみじみと思う。

 

この国には似つかわしくない最新式の広域受信式デバイスを取り出し、方向を確認する。

 

「あんた、よくそんなもん持ってんね。エクソリアじゃ売ってないでしょ、そんな高度なモン」

「……まあ、ね」

 

実を言うとロドスから持ってきていたものの一つだった。使えるものはなんでも使うのが主義だが、エール的には少し複雑だった。

 

「さて、ここからは別行動だ。僕はこれからスーロンを追う。君はとりあえず、今夜の宿を確保しておいてくれるか? 車もそこに移動させておいてくれ。荷物も頼む」

「はいはい、りょーかい。じゃ、いってらー」

「それじゃ。あ、くれぐれも危険なことはしないように。チンピラについて行くのは、もうやめてくれよ」

「あれは別について行った訳じゃ──」

 

言い切る前にエールは屋根から屋根へ飛び移って、すぐに見えなくなるような遠くへ消えて行く。本当に同じ人間か?

 

一陣の風がその場には残されていた。

 

残されたアンブリエルはやっとホテルなんかで一息つけると安堵した直後、あることに気がつく。

 

「……ここ、地上四階の屋上じゃん。てか……どうやって降りんの。階段なくね。え、待って。え、やば。……やばい」

 

屋上というより、屋根の上。テスカらしい石作りの屋根は平坦で、足を滑らせたらそのまま死にそうだ。

 

エールはかなり無茶苦茶な方法でここへ登ってきた。

 

地上に戻る方法は──ない。

 

「え、えええええええ…………。なんでよぉ…………」

 

アンブリエルの苦難はまだまだ始まったばかりだ。

 

「ど、どうすりゃいいの……?」

 

頑張ってください。

 

 




・アンブリエル
かわいい……かわいくない?
かわいい(最終的な結論)
過去は全て捏造しました

・銃
この話の中心です。やっぱ戦争っつったら銃だろみたいな軽いノリで登場させたはいいけど想像以上に重くなりそうです。冗談にならないからね、仕方ないね。

・スーロン
ギャング組織
これからも登場する予定です

・チンピラ
ボコボコにされた。かわいそう……
今回の被害者

あと章タイトル変えました。一応物語全体の見通しが立ったので、多少はちゃんとしようと思った次第でござる

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。