猫と風   作:にゃんこぱん

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今回短め。
危機契約が楽しいですね


What you lost,what you got -3

「フォン、サツが動いた! 何人もやられちまったッ、どうする!?」

 

片付けのされていない、とある事務室の一室に飛び込んできた仲間に目をやる。服に付いた血を確認した。

 

「落ち着け。決めた通りにやるだけだ」

「けど、連中の対策が想像以上に硬かった! どうすんだ、本当にやれんのかよ!」

 

構成員の平均年齢は20代前半──つまり、若者たちが集って出来た組織。ギャングとしての経験も浅く、取り乱しがちだ。

 

フォンとてそれは同じ。だが──強い決意と精神力がある。だからスーロンのボスをやっているのだ。

 

「どの道オレたちに残された道はこれだけだ。どこの国でもオレたちは迫害されて、奪われるだけ──なら、戦うしか道はない。自分たちで勝ち取るんだ、自分たちの居場所を」

「っ、あ、ああ。そう……だったな。分かってる」

 

まるで狼のような目つきをした男だ。

 

短く剃り込んだ髪と、顔面に残された傷跡がより凶暴なイメージを駆り立てるが──実際は、とても理論的で、理性的な人間だ。

 

「……工場の方の警備は強化してあるな?」

「今朝新しく20人回した。どいつも信用できる連中だ、情報は漏れねえよ」

「そうか、ならいい」

 

工場の場所は隠し通さねばならない。少なくとももう少し銃を多く生産し、十分な弾薬まで確保できるまで──。

 

だがそれを警察が突き止めるのも、時間の問題ではあった。フォンとてそれは分かっている。

 

その前に、もっと力が必要だった。武力が、対抗するための暴力が必要だった。

 

「──計画を進めよう。難民達への接触はどうだった」

「大方フォンの予想通りだ。難民居住区だが、かなり様変わりしてやがった。ひでえもんだったぜ、まさか死体が転がってるとは思わなかった」

「死体だと? そこまで飢餓は深刻なのか?」

「格差ってのはひでえな。壁挟んでこっち側は食べもんに溢れてるってのに……。俺たちも一歩間違えれば()()なってたって思うとゾッとしやがる」

「……なら、計画を前倒しにしても良さそうだな。銃の配給を始めたい」

「なっ、もうやるってのか?」

「仕方ない。どの道このままではオレたちも警察に擦り潰されて終わるだろう。混乱が必要だ」

 

それこそ、どれだけの人間が犠牲になろうが知ったことではない。

 

だって仕方ないだろう? そうでもしなければ生きていけないのだ。

 

「もうオレたちは後には退けない。セイ、理解しているな」

「わ、分かってる! もう逃げ回るのはうんざりだ……。なあ、警察の連中とかは知らねえんだろうな、木の皮の味も、地面に捨てられて、泥の混ざった残飯を食う気持ちもさ」

「セイ、オレたちがやるべきは復讐じゃない。間違えるな、これは生きるための戦いだ。殺すためじゃない」

「だがフォン! この国の連中は全員クソったれだ! 事実政府は、難民たちの飢餓にだって何もしてねえじゃねえかよ! 難民居住区をコンクリの壁で覆って見てねえフリをしてるだけじゃねえか、散々労働を搾取しておいて! そのくせ街を歩けば食いもんなんて幾らでもあんのによッ!」

「ものには限りがある。特に今年は周辺諸国でさえ作物が不作に終わっている。見かけ上はどうあれ、自国民を食わすので精一杯だ」

「そんな訳ねえだろうがよ、国民の食う飯の一割でも分けてやれば解決する話だ、それがそんなに難しいことなのかよ!?」

 

熱くなるセイだが、フォンの目は冷静を保っている。

 

「彼らに期待するな。お前は今まで何を見てきて、何を与えられたと思っている。他人の心配をしている場合ではない」

「けどよ──」

 

まだ言い足りないセイだが、それを遮る声がどこかから聞こえた。

 

「──面白そうな話をしてるね。僕も混ぜてよ」

 

──セイは反射的に銃を抜いて叫んだ。

 

「誰だッ! どこにいやがる!」

 

だが室内には高く積まれたいくつもの段ボールがあるだけだ。

 

窓の外もいない。ドアの向こうも違う。

 

「ここだよ、ここ」

 

スーロンの二人が咄嗟にそちらを見る。

 

──いつの間にか、一人の男が窓際の机に座っていた。

 

何より目を引くのは真っ白く、肩まで伸びた髪。緑色の軍服らしいミリタリー調のシャツ。口元に浮かべた微笑み。

 

それだけ見れば、ただの優しそうな軍人にしか見えない。だが──その目だ。

 

その目だけは全く違う。

 

「こんにちは。僕はエールという」

「てッ……てめえ、何もんだ! どうやってここに入ってきやがったッ!?」

「やだなあ、ドアが開きっぱなしじゃないか。次からはちゃんと閉めるといい。いくら君たちの拠点だろうと、警戒はしないと」

 

得体の知れない男。いきなり現れたかのように──いや、実際にいきなり現れたのだ。ドアからだと? ありえない。それをするためには、フォンの目の前を横切らなければならない。自分がそれを見逃したとでも言うのか? フォンは自問した──。

 

そして何より……オーラとも表現するべき圧が空間を支配していた。あるいは……それはほんの少しだけ室内に流れていた風を錯覚したのかも知れない。同じことだ、どちらでも。

 

「お前は、誰だ」

 

フォンは焦燥に駆られていた。

 

この場所がバレていたということ。あるいは、この男がその気ならば自分たちはとっくに殺されているということ。この男の目的。

 

「だからエールさ。僕の今の名前。ここへ来た目的なんだけど……とりあえずそっちの君。そいつを下ろしてもらえないかな」

「断るッ! てめえみてえな得体の知れねえヤツに、どうしてこいつを向けちゃいけねえんだ!?」

「おっと、それもそうだ。確かに一理ある。ただそれじゃ僕が落ち着かない──」

 

行動の主導権を握られたフォン、そして撃たない理由がないセイ。

 

怪しい行動をしたら撃つ。セイは本気だった。少なくとも、それでこの恐怖は過ぎ去ってくれると判断できる程度に、エールは恐ろしかった。

 

だが──。

 

「かっ──ぅっ!?」

 

セイの呼吸が止まる。喉元を締め付けられるような感覚、息が出来ない──。

 

一瞬の隙をついてエールはセイの腕を掴み、関節を極めながら床に叩きつける。アーツが解除されてセイが咽せ込んだ。

 

「げほっ、げほっ──て、てめえ……!」

「最初にこう言っておくべきだったかな。月並みなセリフで申し訳ないんだけど……君たちの命は僕が握ってる。でも別に殺し合いたい訳じゃない。君たちの情報と、交渉がしたいんだ」

「信じられるかよッ……てめ、離しやがれッ」

 

全く動けなかったセイだが、エールがあっさりと関節技を解除したのですぐに立ち上がる。だが銃は奪われていた。

 

これ()。君たちが作ったのかい?」

「厳密には違うが、概ねその認識で構わない」

「な、おいフォン!? まともに取り合うんじゃねえよ!」

「オレたちが勝てる相手じゃない。セイ、黙っていろ」

「話がしやすくて助かるよ。それで、君がスーロンのトップなのかな」

「そうだ。フォンと名乗っている」

「へえ──。若いね、僕と同じくらいかな」

「……おそらく、そうだろう」

 

黒い髪のフェリーン。この街に溶け込むような、極めて一般的な服装に──頬に浮き出た源石。

 

感染者だ。一目で分かる。

 

「ずいぶん若いね。ギャングのボスだったら、もっと歳とってるイメージがあったけど」

「間違ってはない。そういう連中も居たが──全員オレたちが殺したので、もう居ないな」

()()()で?」

「そうだ。もっとも、簡単ではなかったが」

「なるほどね。ところで、さっきの話についてなんだけど──難民って何のことか教えてくれないかな」

「……お前、この国の人間じゃないのか?」

「無学なものでね」

 

隣国に関しての情報もエールは集めていたが、正直軍隊の強化などでそれどころではなかったため情報をエールは把握していなかった。

 

「……誰でも知ってることだ。この国の人間全てが知っていることなんだがな」

 

飛び出した言葉は、エールの予想を超えていた。

 

「──この国の隣国、エクソリアからの難民だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー。応答せよ応答せよー。こちらアンブリエル。応答せよ──」

『──ぃ──ら捜査局。何者だ。オーバー』

「お、聞こえてるー? 公安4課でーす。そっちはNHIで合ってる? オーバー」

『所属と名前を確認したい。オーバー』

「だからさっきから言ってんでしょーが。公安4課──てかレンジャー4(フォー)っつった方が分かるんじゃね? レンジャー4(フォー)のアンブリエルよ。オーバー」

『了解した。こちらはラテラーノ国家捜査局(NHI)である。そちらはエクソリアにて行方不明になっているとある。状況を説明せよ。オーバー』

「長話には向かない場所で話してんの。悪いけどここじゃ無理ね──あたしを回収してほしい。現在テスカ連邦の首都マルガ」

 

──とても苦労してなんとか地上四階から脱出したアンブリエルは、先ほどエールと共に除いた中古機材店にいた。

 

店主に交渉し、試しに使わせてほしい──と言い、アンブリエルがセットしたのはNHIで使用されている特殊な周波数。しっかりと覚えていて本当に良かったと思った。そしてその周波帯に対応する無線機器があって幸運だとも思った。

 

「悪いけど、銃に関しての捜査は何も進んでない。あたしと同行してたNHIの人たちもみんな死んだ。あたしも装備を失くしたし、一刻も早く回収してほしい。要望は以上よー。オーバー」

『了解した。これよりテスカ連邦に部隊を向かわせる。到着までには一日以上掛かるだろう。定期連絡は可能な状況にあるか。オーバー』

「ない。一日経ったらどうにかしてまた通信を入れる。てかこの通信が通じる場所にあんたらがいてほんと助かったわー。それじゃよろしく。オーバー」

 

通信を切る。店主には聞こえていないはずだし、怪しまれるようなこともない。

 

「……ごめんエール。でもあんたに迷惑かける気はないから許してちょ」

 

ラテラーノ司法省総合公安部第四公安課、通称レンジャー4(フォー)所属。特殊狙撃員、アンブリエル。

 

レンジャー4は表沙汰に出来ないような仕事──テロ対策や凶悪犯罪に特化した組織。実態が謎に包まれており、法律の越権を認められている特殊部隊である。

 

性質としては公証人役場の執行人に近いが──執行人が個人のために行動するのに対して公安は国家の利益のために行動する。

 

たとえ、そのためにどれだけの命が散ろうとも。

 

 

 




・フォン
ギャング"スーロン"のボス。エールとそう歳が変わらない。
感染者の青年。

・アンブリエル
設定がどんどん盛られていく……

・公安4課
この辺の設定は攻殻機動隊からパクってきました。ゆるせ

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