猫と風   作:にゃんこぱん

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本日二話目。これまでの筆の遅さが信じられないほど書ける。不思議なものです


Fragment:What you lost/got is──

『オレたちスーロンは感染者集団だ。行き場を無くし、ついにはテスカ連邦まで流されてきた』

 

『オレたちは、差別と排斥されない場所を求めていた。だが少なくとも、オレたちを受け入れてくれる場所はなかった』

 

『感染者ってだけで、なぜオレたちは迫害されなきゃいけない』

 

『オレたちは、感染する以前はただの人だった。オレはただのサラリーマン一年目だった。他の連中もそうさ、エンジニアや労働者、自分の店を持ってたヤツもいる』

 

『結局テスカでもオレたちを受け入れてくれる場所は存在しなかった。強制送還させられそうになったり、収容所に入れられそうになったことは一度や二度じゃない』

 

『だが、オレは幸運にも出会うことが出来た。とあるサルカズにな』

 

 

 

 

フォンが夜遅く、テスカの裏路地を歩いていた時のことだ。

 

小さな街灯が照らす暗がりで、地面に倒れた男が数人にリンチにされていた。腹や頭を蹴られ、呻いていた。

 

「おい、そこで何をしている。やめろ」

 

何度も他人に似たようなことをされた経験のあるフォンが、不機嫌なままリンチをしていた数人に言った。

 

まだ18にもなっていないような少年たちだった。

 

フォンの容貌はそう柄がいいとは言えない。威圧感を与えるような冷たい目が印象的だった。そのおかげもあり──

 

「やべっ、逃げるぞ!」

「お、おうっ!」

 

倒れた男に歩み寄る。

 

意外にも、しっかりと成人した男だった。

 

「う、っつー……。お、おお? あれ、あのガキどもどこ行った?」

「追い払った。お前、大丈夫か?」

「ああ……。悪りぃな、助けてもらったみたいだ」

 

手を貸して体を起こすと、特徴的なツノが薄暗く照らされる。

 

──サルカズのツノだ。ヴィーヴィルやフォルテのツノじゃない。一眼で理解できる。

 

「いってぇ──。あのガキども、容赦なく蹴りやがってよー。人の痛みってヤツが分からねえと、この先苦労するぜ、全く……」

「……どうしたんだ?」

「いやな? 俺様の売り込みに興味を示したから色々話してやってたらよ、いつの間にか詐欺師扱いされちまってな? 気の短いボーズが俺様のこと蹴ってきやがったんだよ。あとはもう流れだ、流れ」

 

こんな深夜に出歩いているような子供に一体何を話したのやら。明らかに変なサルカズだ。

 

「……売り込み?」

「おっ、興味あるか? いいね、お前さん見る目あるぜ。助けてもらった礼に話してやる。いや、これマジでやべえからな? 内緒だぜ?」

「早く話せ」

「いや焦んな焦んな。そうだ、俺様のアジトに案内してやるよ。ついて来い」

 

一般的なサルカズの、凶悪なイメージとは違う、変なヤツだった。

 

フォンは大して信用できない男について行くかどうか迷ったが……。どうせ、帰ったってどうしようもない。

 

フォンたちスーロンは難民居住区に紛れて生活をしていた。

 

使われていないエリアがあったため、そこに住んでいたのだ。

 

感染者を雇う場所はない。受け入れてくれる場所もない。

 

スーロンは、結局は表に出ないようなギャングの下っ端として何とか日々を凌いでいた。

 

だが、ギャングにさえ感染者として蔑まれ、殴られ蹴られて──どうしようもない痛みに耐えて、じっと希望を探し続けていた。

 

フォンはサルカズについていくことにした。

 

到着したのは、小汚いガレージ。

 

「俺様の城へようこそ。歓迎するぜ」

 

埃っぽいガレージ。工具が散らかっていて、ケーブルが地面に何本も放ったらかしになっていた。なぜかソファがある。

 

「……ここは?」

「俺様の家。倒産した機械メーカーの所有してたガレージらしくてな、俺様が安く買い取ったんだ」

 

家。通りで、妙に生活感のある空間だ。

 

「ま、おかげで財布はすっからかん。食うに困って、ついに売り込みなんて始めたって訳よ。だが見る目のねえヤツばっかでよ」

「何を売っている?」

「おっと、せっかちだなお前さんは。ま、こいつを見てもらった方が早えんじゃねえか?」

 

作業用の広い机に、ゴトリ、と重たい音が響く。

 

特徴的なシルエットだった。

 

「これは……何だ」

「銃さ」

「……銃?」

「ああ。尤もこいつはラテラーノ産のオリジナルに過ぎねえ」

「さっぱり分からない。お前は、これを売ろうとしているのか? これは何のための道具だ」

「ま、そうなるわな。こいつはな、人殺しの道具だ。ただ殺傷性を極限まで高めた芸術品よ。撃ってみるか?」

 

興味が湧いていたフォンは、サルカズの勧めるまま銃を手にとり、言われるままガレージに備え付けてある的へと照準を向ける。

 

「その上部分を手前側に引けば準備オッケーだ。間違っても銃の先を俺様や自分に向けんじゃねえぞ、絶対だ」

「この引き金を引けばいいのか」

「そうだ。だが気を付けろよ? 反動で肘関節がやられちまうかもしれねえ。ちゃんとした撃ち方がある」

「……面倒だな」

「そう言うなって。一発撃てば、お前さんもそいつの虜になるに決まってる」

 

言われた通りに姿勢を取り、引き金を引く。

 

パァン! と。聴き慣れない鋭い音がフォンの鼓膜を襲う。

 

反動も想像以上に強い、腕が跳ね上がった。

 

だがそれ以上に──厚さ三センチを越す木の板を容易に貫いた威力に、驚いた。

 

「……これは、何だ」

「教えてやるさ。そいつが銃だ」

 

サルカズは驚いた様子のフォンに気を良くして語り出す。

 

「銃の原産地はラテラーノ。それだけで、国外でお目にかかることは滅多に無え。輸出が制限されてやがるからな。そいつは俺がたまたま手に入れた一丁だ。だが話はここで終わらねえ。一丁だけあったって意味ねえだろ?」

 

まじまじと銃を見つめるフォン。

 

「──俺様はな、そいつを量産する技術を持ってんのさ」

「……何だと?」

「バラして組み立ててバラして組み立てて……。俺様は天才エンジニアでな、来る日も来る日もそいつを解析し続けて、ようやく一つの設計図を書き上げるに至ったのさ。おっと、勿論弾丸の研究も欠かしちゃいねえぞ?」

「すでに、量産は開始しているのか」

「いんや。残念なことにマネーが尽きちまった。研究と製造のために必要な軍資金はもう無くなっちまった。ぶっちゃけ弾丸の研究はまだ終わってねえんだ。そいつにも金がかかる。そこでお前さんに提案だ。言っとくが誰彼構わずこんなことは言わねえぜ? 助けてもらった恩があるから話してんだ」

 

サルカズは楽しそうに笑って言った。

 

「要は、俺様に投資しねえかって話さ。見返りにあんたに銃をやる」

「なるほどな……。悪い話ではなさそうだ。確かに、そいつは欲しい」

「おっ、話がわかるじゃねえかよ!」

 

微かな高揚をフォンは感じていた。何かを、ようやく何かを掴めそうだと。

 

「だがオレはお前のことを完全に信用しきれない。お前が金を持ち逃げするかもしれない」

「おっと! それもそうだな。だが安心しろ、投資に対する前払いとしてこのオリジナルの銃と弾丸をあんたにやろう。そいつを担保にしてもらえればいい。威力は今見ただろ? 引き金を引く、たったそれだけさ。無論きっちりと扱えるようになるには訓練は必須だがな」

「なるほどな。では次に、本当に量産ができるのか。お前に本当にそんな技術があるかの確証がない」

「なるほど、そうきやがったか! じゃあこいつを見てもらおうか?」

 

もう一丁の銃を机から取り出した。

 

「俺様が実際に作成したハンドガン、グロック17レプリカさ。撃ってみな」

 

オリジナルと比べると、いくつかの相違点があった。荒削りとも言うべきか。

 

だが、しっかりと発砲することが出来た。

 

「すげえだろ? 俺様の十何年の成果ってヤツよ。これで信用してもらえたか?」

「最後に一つだけ」

「まだあんのかよ! 用心深えヤツは嫌いじゃねえが、そんなに疑わなくたっていいじゃねえか!」

「悪いな、癖だ」

 

感染者になってから、人の悪意に何度も翻弄されてきた。用心深くないと生き残れない場面も何度もあった。

 

「お前は、なぜこんなことをやっている」

「──へえ! よくぞ聞いてくれました!」

 

仰々しく両手を広げて、サルカズは機嫌よさそうに笑う。

 

「俺様が銃を作りたい理由ってのは単純明快だ! 俺様が銃に惚れちまってる、それだけだ。どんな女よりもやべえ魅力がこいつには詰まってる! どこの誰が最初に作ったかは知らねえが、天才だ! こんなにも人殺しに特化した武器を俺は見たことがねえ!」

 

心の底から、楽しそうに。

 

「ボウガンじゃダメなんだよ。ありゃ、狩猟によって発展した武器だ。嫌いじゃねえが、人に向けんのもどうにも収まりが付かねえっつーか。だがこいつは違う。銃はラテラーノで発掘されたって話だがな、俺様は一目見て分かったぜ!? 銃ってのは戦争により発達した武器なんだってな! 人を殺すための最小限にして最大効率の威力、口径、そして無駄を徹底的に排除したデザイン! 完璧だ、完璧なんだよ! ボウガンや剣やら槍なんかよりずっとずっと芸術的だ!」

 

お前にこの芸術が理解できるか、とサルカズは叫んだ。

 

「だが、悲しいことにそいつはラテラーノのクソ神父どもに独占されちまってる。俺様に言わせりゃ、何でこんな素晴らしいもんを世の中に広めたがらねえのか不思議でならねえ。だから俺様が広めてやるのさ」

 

そのあまりに純粋な動機をフォンは理解した。

 

なるほど、この男はバカで、頭がおかしい。

 

だが────。

 

「銃は世界を変えるぜ。お前さんにとっちゃ、銃を見たのは初めてだろうがな。ラテラーノにゃもっと多くの種類の銃がある。連射性、射程、威力、制圧力。数えきれねえほどたくさんある。ゆくゆくはライフルやらにも手を出してえとこだが──その前に、俺様は見届けなきゃいけねえ。そう! こいつは俺様の使命なのさ!」

 

またヒートアップするサルカズは、ずっと叫んだまま。

 

そしてそれを、フォンはじっと見つめていた。

 

「──この一発だ! この一発の弾丸がクソったれな世界を変える時がやってくるッ! 必ずなッ!」

 

だから、フォンはこの男に賭けてみることにしたのだ。

 

「いいだろう。お前に賭ける。あらゆる手段で持って、金を調達する。オレの名はフォン。お前の名前は、何と言う」

「フェイズだ! 人呼んで、メカニック・フェイズってな! よろしく頼むぜ、相棒ッ!」

「ああ、よろしく」

 

その後、スーロンは既存ギャングを軒並み滅ぼし、現テスカにて最大の勢力へと発展していく。末端のチンピラにまで銃を回し、警察にその威力を身をもって教えた。

 

その目的は一つ。

 

自分たちの居場所を、自らの手で掴み取ること。

 

 

 

 

 

 

 

『お前も感染者ならば、選べ。オレ達と共に来るか、オレ達と戦うか。お前が銃を欲しがるのは勝手だが、今は生憎、お前に売る分の銃などどこにもない』

 

何をするつもりなんだ?

 

『どの道、オレ達がこの国でギャングとして生き続けることは出来ない。いずれ警察側にも銃が渡ることになる。この銃という力は、オレ達だけが独占しうるものではない』

 

『オレ達はギャングの真似事がしたい訳じゃない。ただ平和に生きていきたいだけだ。感染する以前のような生活までは望まん。ただ……生きていることを否定されたくないだけだ』

 

『テスカ連邦では、現在難民達対国民という構図が出来上がりつつある。知らないのなら難民居住区に行ってみるといい。分かるはずだ』

 

『もっとも、お前がそこで何を見ようが聞こうが、オレの知ったことではない。人には二面性がある。善と悪。その二つはまるでコインの裏と表のように一体だ。善から悪へ、悪から善へ。容易く変わる』

 

『──オレ達は、難民達に武装蜂起させる。彼らには正当な権利を求めて戦う権利がある』

 

『オレ達スーロンは、彼らに武力を提供する。銃という名のな。今、一部の難民達に射撃訓練を施している』

 

──その結果、どうなるのか理解している?

 

『重要なのは、実際に戦いが始まることではない。難民達が強力な武器を手に入れた、と国全体が理解することにある。そのために警察にも死者を出したし、街に転がってるようなクズ同然の連中にも銃を流した。全ては、銃の脅威性を国に理解させるためのことだ』

 

『それは、むしろ殺すための銃ではない。それは、いわば殺さないための銃だ』

 

──綺麗事だね。

 

『その通り。だが、それがこの国に与える影響は大きい』

 

そして、君たちは一体何をしようとしている。何が目的なんだ。

 

『──難民の武装蜂起に紛れて、オレ達スーロンはこの国から独立する』

 

……何だって?

 

『独立自治区を作る。感染者のな。今、他国から感染者の受け入れを進めている。何千という数を揃え、感染者だけが住む自治区を政府に要求する』

 

──難民達の武装蜂起は、そのための脅しってこと?

 

自治区を作らなければ、難民達をコントロールして戦争を始める、とでも脅すつもりなのかい?

 

『概ねその通りだ。成功する可能性は高いだろう』

 

──本気で思っているのか?

 

『オレは本気だ。本気で、この世界で生きるために必要なことをしている』

 

難民達を都合のいいように利用して? 一歩間違えれば大勢の死者を出す。その後の難民達の処遇は、どう落とし所を作るつもりなんだ。

 

『実際に、難民達に関する法律の整備を進めさせればいい話だ。不当な労働を禁止させ、最低賃金を引き上げ、難民達が市街に家を借りてもいいようにする。それで解決する。無論、全てがスムーズに行くとは思わんが』

 

……。

 

『お前が誰で、どんな力を持っていようが関係ない。お前が早急に銃が必要なことは理解したが、それはオレ達とは何の関係もない。──それとも、オレ達を殺し、銃を全て奪うか? お前には可能だろう。お前はそれを達成するための暴力を有しているだろうことは、すぐに理解できる』

 

『だが、オレ達の人生を、望みを、命を……お前が奪っていい理由はあるのか?』

 

『オレ達のやっていることは正義でも何でもない。大勢が巻き込まれて死ぬ可能性は、かなり高いだろう。だがそれがどうした』

 

『オレ達は他人を傷つけたいわけじゃない。ただ生きていきたいだけだ。正義に味方されずとも、オレ達は生きていきたいだけだッ!』

 

『お前にそれを否定できるかッ!?』

 

『お前にその資格があるかッ!?』

 

『奪うなら奪えばいい。オレ達を殺したければ殺せばいいッ! お前はそのための力を持っているッ、だがオレ達の痛みを、苦しみを、悲しみを否定させはしないッ! 誰にもだッ!』

 

『お前はどうする。お前もオレと同じ感染者だ。共に来るのならば、拒みはしない』

 

『だが、もしもそうでないのならば……次に会う時は、敵同士となるだろう』

 

その問いに、今も答えを出せない。

 

躊躇ってはならない。

 

誰を踏みつけ、殺し、奪ってでもやらなければならないことがあるはずだ。

 

この世界を欺くに値する喪失は、フォンのそれと同様、誰にだって否定させない。

 

だが……。

 

この世界への復讐でもって、これ以上殺し続けるのか。

 

難民達の生きている姿を見て、殺してきた人々を思い出し、死なせてしまった奴らを覚えて。

 

────ブレイズなら、なんて言うかな。

 

僕になんて言うかな。

 

この世界に復讐したかった。

 

大切なものを奪っていった、世界という曖昧なものを否定したかった。

 

ここが分水嶺だ。

 

この選択に、人の死を理由に混ぜることは許されない。

 

曖昧な復讐か、それとも……僕に何か戦う理由があるのか。

 

……まだ待っている。

 

一発の弾丸が、この世界を変えるその時を……ずっとずっと、待っている。

 

血の色に染め上がった希望という名前の未来を描く。

 

そこには誰が笑っているのか。

 

──たとえ誰にも理解されないとしても。

 

──たとえ誰を傷つけ、誰を殺そうと。

 

──たとえ何を奪い、踏みつけ、壊そうとも。

 

──まだ死ねない理由が、僕にまだ残されているというのであれば。

 

命の形をしたチップを盤上に乗せてサイコロを振り上げろ。

 

そして運命の輪郭に未来の軌跡を描け。

 

さあ答えろ。

 

お前の選んだ選択は──。




・フォンとエール
似たもの同士。

・フェイズ
サルカズのエンジニア。お気に入りです


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