ここのところ忙しくてあんまり投稿できなかったです。これからもちょっと不定期気味です
ゆるせ
ここで、テスカ連邦を囲う勢力を整理してみよう。
一つ目、ギャング組織『スーロン』。感染者の青年フォンが組織した感染者集団。目的は感染者の自治区をテスカ連邦に作り上げること。
二つ目、テスカ連邦警察。実質的に、政府の意向を受けて行動する。巨大になりつつある犯罪組織スーロンの撲滅。また、未知の武器『銃』の押収を目的とする。
三つ目、エクソリア共和国の軍事組織『レオーネ』の特別顧問、エール。及び成り行きで同行しているラテラーノ公安四課、通称レンジャー
そして四つ目、
NHIはアンブリエルの要請を受け、アンブリエルを回収するためにテスカ連邦へ向かっている。テスカ連邦で銃が流行り始めていることを知っているかは不明。
銃という武器はラテラーノのみに与えられた力であり、ある程度はラテラーノ外に流れ出るのは仕方がないにしても──それはコントロールされなければならない。それは、戦争のための兵器として優秀であるがために。ラテラーノが、自らが掘り出し、製造した銃で攻撃されることのないように。
そして、テスカ連邦首都マルガに集結し始めている。
そして、エールがテスカ連邦に入国して、三日目の朝。
エールがアンブリエルを起こしに行こうとして、ドアを開けようとすると、ドアと床の間に一枚の紙が挟まっていることに気がつく。
お世話になりました。ラテラーノに帰るので、探さないでください。アンブリエル
「なんだこれ……?」
率直な感想だった。
まあ……アンブリエルをラテラーノに帰すのは約束していたことだ。それが前倒しになっただけだし、これから始めることにあまり影響はない。
本音を言うなら、エクソリアに残って欲しかったが……仕方がない。さよならの一言くらいは欲しかったが……。
しかしあいつ……どうやって帰るつもりだ?
十分な旅費を持ってるとは考えにくい。ラテラーノまでどれだけ国を跨がなければならないか、知らないはずもない。
しかし、確実にラテラーノに帰れる保証がなければこんな紙切れは残さないだろう。
エールは思案した──鉄道はルートが厳しい、航空機も難しいだろう。車のキーは……僕が持ってる。ヒッチハイクでもやるつもりか?
「んー……?」
いや待て、もっと確実な……。
アンブリエルの所属は明らかにただの一兵卒じゃない。軍人じゃないだろう……秘密警察あたりが怪しいと思っていた。
とすれば、仲間に救援を頼んだ可能性はどうだろう?
しかしどうやって? テスカ連邦にラテラーノの部隊、あるいは組織が来ているとでも言うのか? 少なくともそのような無線機器はないはずだ。レオーネでさえその辺りの装備は整っていない。無線機器……。
────無線機器。初日にアンブリエルが入った中古機材店。
「ッ、あれかッ……!?」
国と国を隔てる通信技術はまだ発達していない。ロドスでもあるまいし、そんな長距離通信技術があるとでも言うのか?
だが……性能次第では、国をカバーできる範囲で通信が可能かもしれない。ラテラーノへの直接通信は出来ずとも、周辺諸国にラテラーノの組織があって、通信機器を持っていれば可能だ。
そんな組織があるはず──いやあった。
「え……いや、待て、待て待て待て待て……まさか、まさかそんなバカな……」
しっかりあった。エクソリアの周辺諸国で銃に関する調査をしている組織──。
「NHI……ッ! ってことは、まさか……テスカ連邦に来てるのかッ!? あり得る……!」
だとすれば、今は朝食を食べに行っている時間はない。
NHIがテスカに来れば、確実に銃のことを知る。
アンブリエルが裏切り、銃の情報をNHIに流した可能性を考えた。個人的にはあって欲しくはないが、十分にあり得る話だ。
いや、どちらにしても時間の問題か。
部屋を飛び出して走る。時間が惜しい。
銃が流行り始めている現状を、NHI……ひいてはラテラーノが放置するはずがない。元はと言えば自国の技術。ラテラーノから銃、及びその製造技術を引き渡すようテスカ連邦へ要求があるだろう。そうなればまずいことになる。
NHIに、テスカ連邦に銃があることを知られてはならなかった。
NHIは警察機関だ、武力を持ち合わせているか? いるに決まってる。それこそ本場の銃で武装しているはずだ。
まずい、どう出るか読めない。
銃を回収し切るのはもはや不可能だ。ばらまかれた銃は路地裏のチンピラから難民達まで様々な場所に存在するはず。
だとすれば、NHIはどこを狙う? 手出ししてこない可能性もある。ラテラーノに連絡を取り、本国の意向を確認してから動くかもしれない。
だが、いきなりスーロン自体を潰し、技術を潰す可能性もある。
──何が起きる。何が起ころうとしている。
難民達の武装蜂起──フォンがいつそれを起こすつもりなのかも分からないが、難民にはすでに銃が渡っている、とフォンは言っていた。
少なからず国民との間に緊張が走っているかもしれない。
低いとは思うが──何かのきっかけで、それこそ
フロントの挨拶を通り越してガラスの重い扉を開けた。ヴィクトリア風の玄関が今は邪魔だ。
飛び出す──。
時刻は……八時程度だろうか。早朝というほどでもない。大通りに面したホテルの先では、今日もテスカの人々が行き来している。
──フォンの所へ行かなければ。
まずいことになる。難民達の行方がどうなるにせよ、今はそれどころじゃない。
車に飛び乗って乱暴に発進した。急がなくてはならない。
これが願わくば、すべて思い過ごしの杞憂であらんことを。
本当に、心から願う。
Take my hand
昨日の難民達との宴会でエールが早々に潰れたのは、アンブリエルにとっては相当に都合の良いことだった。
無線で決めた通りの場所。テスカ連邦の行政区域にある公園、そこが合流地点。
「──アンブリエルだな。NHI捜査官、ワンズだ。迎えに来た」
「待ちくたびれたっての」
互いの手帳を見せ合い、所属を確認する。そしてお互いの情報通りの所属を確認して、捜査官の男は歩き出した。
「詳しい状況を聞きたい。一体何があった? ウーラ達は本当にエクソリアで死んだってのか」
「まーね。あんた達、見上げた根性だわ。情報漏洩を防ぐためとはいえ……」
「仕方ない。特に、今の不安定なエクソリアに銃の情報を与えてはならなかった。……そうか、死んだのか。そうか……──」
「恨まれないように先に言っとくけど、別にあたしはNHIの所属じゃないから、死んでやる理由はなかった。けど……あんたらの仲間を死なせたのは、多少悪いと思ってる」
「理解している」
アンブリエルがNHIに同行していたのは、その狙撃の腕を買われてのことだった。つまり、戦闘要員ということだ。
だが──エールを仕留めきれなかったのは、アンブリエルのミスだったのだろう。
……あいつやっぱり、あの時殺してればよかった。ちくしょう。
でももうおさらば。嫌いじゃなかったし、ちょっと心揺れたけど……やっぱりラテラーノを選ぶことにした。
「……結局、我々も上の都合で右往左往させられている、という訳か。ウルサスとの取引だかなんだか知らんが……。我々の仲間は、そんな都合のために死んだのか」
「ボヤいても仕方ないでしょ。そんなの、今に始まったことじゃないっしょ」
「公安の連中も苦労してそうだ。……しかし、お前はなぜテスカに居る? エクソリアで消息不明になったと聞いているが」
「エクソリアで捕虜んなって、いろいろ協力させられてたのよー。まあその一環って感じ? そうだ、今この国にNHIの人たちってどれくらい来てんの?」
「十人前後といった所だ。今はここ隣国を集中的に洗ってはみているが……おそらく何も見つからんだろう」
そりゃそうだ。なぜなら銃があるのはテスカ連邦であって、他の国ではない。
アンブリエルは、何もエールを裏切ったわけではない。悪感情がある、ということでもない。むしろ逆。
あのまま一緒にいれば、やがて自分は情に流されてしまうかもしれない、という危惧。
そうなって、正常な判断が出来なくなってからでは遅い。早くラテラーノに帰らなくては、という危機感。大体正しい。
そのままワンズの乗ってきた車両へ乗り込んでいく。
このまま何事もなく、テスカを出国し、NHIに合流。そうすればラテラーノに帰れるし、その後はまあテキトーに有給取ってのんびりしよう。どうせ任務に失敗した身だ。
「はー……。散々だったわマジ。そもそもあたしって別に対人戦闘専門じゃないしさー、戦闘要員として期待されても困るし」
「……レンジャー4はエリート部隊だと聞いているが?」
「あたしは別枠なの。超長距離狙撃のスキル持ってるからスカウトされただけだし。射程距離1、2キロのスナイパーの専門は戦いじゃないっての」
「一キロ先を撃てるのか? まさか、冗談だろ?」
「特殊部隊ってのは専門性に特化してんの。ま、見せる機会なんてないだろーけどさ」
「そのスナイパー様の専門ってのはじゃあ、一体何だというんだ?」
「……知らない方がいいよ。あんた、家族かなんか居る?」
「? まあ居るが……」
「家族が大切?」
「なんだ、突然」
「いいから答えて」
「……そりゃあ大事だ。俺がこうして仕事しているのも、家族のためだ」
「そう。じゃあ尚更知らない方がいいわ。失いたくないでしょ、大切な家族をさ」
意味深な言葉に、NHI調査員ワンズはハンドルを握る手に力を込めた。
アンブリエルの生存を報告した後に言い渡された、一つの指令の意味を考えて。
……まさか、本当に?
「じゃー、さっさとこんな国とはおさらばしよーよ。早くラテラーノに帰りたいわー。あたしもう一ヶ月くらい帰ってないんじゃね? 働きすぎっしょー」
ワンズは、ベルトに挟んだ小型拳銃の感触を確認した。すぐにでも撃てるように。
「一つ確認なんだが、お前はこの国に関しての調査をしたか?」
「んー? いや、そんな暇はなかったかなー。ほら、エクソリアの要人と行動してたっつったでしょ。この国じゃずっと一緒にいたからさー」
「なぜこの国へ?」
「
ごく自然体で話す。それが嘘だとは、そうと知らなければ分からない。
「
「そうか。では、
「しつこいって。何を疑ってんのよ」
「いや、ないならば別にいい。いいんだ……」
──微かに、アンブリエルが緊張する。
裏切りを疑われている、と判断するのはそう難しい話じゃない。
だが……自分を切るのか?
「安心しろ、別に疑っちゃいない。そもそも、そんな理由もないだろう」
「あったりまえっしょー? まーいくら疑ってくれてもいいけど、酷くねー? あたし、散々ラテラーノのために働いたってのに」
ワンズの中でわずかな迷い。冷や汗と共に。
だとしたら、今……相当自分は危険な状況にある。いつアンブリエルがこちらを殺しに来てもおかしくないかもしれない。
だが、嘘を言っている気配はない。やはり気を張りすぎているだけだ。
最後に、一つだけ確認をすることにした。そうすれば安心できる、と判断して。
「
「────え? マジ?」
僅かに。
ほんの、僅かに。
アンブリエルの表情が固まったのを、ワンズは見逃さなかった。
NHIの捜査官として、様々な人間の取り調べを行なってきた。当然、嘘の言葉にも慣れている。
どれだけ訓練をしても、人には感情が付き纏う。
嘘をつくと、必ず何処かに綻びが出る。
特にそれは、今のような……命を左右するような状況においては顕著だ。嘘を通し切れなければ、その命が危ういような。
ギャンブルのような、緊張感。
それが出る。
ワンズは、自身の長年の経験から判断した。
車を脇に止めて──。
銃を抜く。
「ちょ、あんた何のつもり!?」
「……悪いな」
引き金を────引いたのは、ワンズではなかった。
銃声が響き、胸を貫かれたワンズが痛みに顔を顰める。視線の先には今この国で流行っている拳銃、グロックの銃口。
アンブリエルが銃を抜き、先制して撃った。
「うぐッ、お前、やはり────」
──この国に来て最初、チンピラを撃退したときに一つくすねておいたものだ。
そしてもう一発、ワンズの脳天を撃ち抜いて、殺した。
「──────くそっ!」
銃声が響いたので、思わず振り向いた人々の視線。
何か考えるより先に、逃げなければならないと判断した。ワンズを運転席から蹴り飛ばして運転席に座る。車を出して逃亡。
──バレてた? 鎌をかけられた?
どうして? なぜあたしを始末しようとした?
限りなく極限に近い焦燥。車は走るがどこに行く。
どこへ行けばいい。
どこへ、行けば────。
唐突に車内部のスピーカーから声。
『こちらヘッジ。ワンズ、連絡が遅えぞ。そっちから連絡する手筈だろうが』
────NHIの無線だ。
とすればこの声は、同じNHIの人間。
どうする──スイッチを入れなければこちらの声は届かない。だが……。
『おい、何とか言いやがれ。……まさか、やられちまったのか。おい! 今その車に乗ってんのがワンズだったら早く応答しろ! だがもしも違った場合には……』
焦る。心臓の鼓動が激しい。遠のくような、緊張。
『おい。その車に誰か乗ってんのなら聞け。アンブリエルとか言う小娘なら尚更な。これよりお前を殺人罪、外患罪、及び銃器特殊規制法違反容疑で手配する。言っとくが生きてラテラーノに帰れると思うな。特に、お前の輪っかが黒く染まってた時はな』
──今、あたしの輪っかって何色だろう。
白いままかな。
……多分、違うな。
初めて同族を殺した。
人を殺すのは初めてじゃないはずだろう。何十人も、何百人も殺してきたはずだろう。今更何を怖がってる。
『これよりお前の逮捕に動く。今この国で起こってることもまとめて聞かせてもらう。また、抵抗はお勧めしない。俺たちNHIは第二プランに則り、アンブリエルの排除を第一目標として動くものとする。通達は以上だ。それじゃあな、クソ野郎』
「何で……」
何一つとして理解できない。
嵌められた? いや、そんなバカな、誰が?
何で? 何でバレた?
どうしてこんなことになっている?
────微かでも嘘をついている様子があれば、すぐさま殺せ。
アンブリエルは知るよしもないが、それがテスカ連邦周辺で調査を行なっているNHI調査員に下された指令だった。
それはNHIの上層部からのものではなく、もっと上──国防省からの指令。指示というより、命令。
その命令に従ってワンズはアンブリエルを殺そうとし──死んだ。
……この車に乗り続けるのはまずい。発信器などが付いている可能性があるし、外から見れば一発で分かる。
道路の端に車を乗り捨てて、アンブリエルは街を走る。
──石のレンガが積み上がった、山間の街。
今日も、人々はいつもと何を変わらない生活を送っている。それが何とも滑稽だった。何も知らないのだろうか。
「……切られた」
確かにアンブリエルは嘘を付いていたが、積極的な敵意はない。だがそれにしては殺すまでの判断が早すぎた。明らかに……アンブリエルを救出するというより、まるで
なぜ? 何で?
普通は尋問やら裁判を挟むものだろう。そもそも向こうからしてみれば、自分が裏切っているかなんてかなり不透明だし、そもそも本当に捕虜として捕らえられていただけの可能性だって高い。
これじゃまるで、自分が裏切っていたかなんて本当はどうでもいいみたいじゃないか。
──真っ白い髪の男の姿が頭を過ぎる。
あいつに助けを求めるか?
NHIに標的されたら、逃げ切るのは容易じゃない。戦闘訓練を積んでいるし、そこらのチンピラとは訳が違う。
逃げるって、どこに?
戦うって、何で?
どうして──……?
「っ、マジ、何で……こんなッ!」
身を隠さないと行けない。
土地勘のない国、様々な手段の欠落。まずい状況。
ただ走るしかない。
……もうめちゃくちゃにしてやる。
スーロンでもエールでも巻き込んで全部うやむやにしてやる。それしかない。
だが、その後どこへ行く。
もう、帰る場所などどこにもないというのに。
*
『……命中確認。任務かんりょー』
アンブリエルの仕事は、端的に表現すれば──殺し屋だった。
国際的な治安のための武力行使。
まあつまり、ラテラーノにとって邪魔になる人物……他国の要人やらを始末するのが仕事。それ以外には国内犯罪の鎮圧。まあ、一発で頭を撃ち抜くのが仕事。
レンジャー4は生え抜きの特殊部隊だ。この部隊の役割は複雑で、ラテラーノに関係する各国のバランス調整が主な役目だった。
バランス調整という表現は少々奇妙だ──と、アンブリエルは考えていた。
国の力というのは、大きすぎれば諸国はこれを恐れ、抑え込もうとする。力が小さすぎれば侮られ、攻めいられる。
何事もバランスが大事だ。ラテラーノは国土面積的にもそう広いものではない。だがその軍事力は銃という特殊性を備えていて、そう小さいものでもない。
この世界は金で動く。それが社会のシステム。いいとか悪いとかではなく、そういうものなのだ。そうやって世界は動いている。
金を動かすということは、少なからず国を動かすことだ。政府の動かす金、企業の動かす金、個人の動かす金。
経済活動の自由は個人の権利として認められている。だが、それが国に影響を与えることが少なからずある。
小さなものから大きなものまで。
代表的なものはまさに銃──武器商人たちだろう。ラテラーノにおいても銃は凶器ではあるが、それ以上に娯楽品としての側面が強い。そもそも高価なものだし、全ての人に必要な訳でもないのだ。
例えるならば自動二輪だろうか。個々人でパーツを購入し、カスタムする。サンクタにとって銃とはそういうものに近い。戦争のための道具ではない。
だが武器商人たちは異なる。これを世界中に流通させることができるのなら、とんでもない利益を得られる。だが政府はそれを規制した。当然、それはそのまま国力が外に流れ出るのも同然だからだ。
もしもラテラーノが売った銃でラテラーノが攻撃でもされてみろ、それこそ本末転倒だ。
よって、政府と闇組織での密輸のイタチごっこが始まる。それは麻薬の密輸に似て、靴の裏や、胃の中にパーツを隠すなど、それはもう様々な方法で。
ごく稀に、銃で武装した集団による凶悪事件などが発生する。それは国内か国外かを問わず。アンブリエルにとってはまあまあな頻度で発生する。
──ラテラーノ人が全員サンクタな訳ではない。
レンジャー4には堕天使も少なくなかったが、アンブリエルは天使の輪を汚したくなかった。だから足や手を撃ち抜いて無力化させていた。
だが、標的がサンクタじゃない場合はその限りではなかった。
殺せ、と命じられるまま殺した。
撃てと命令されるまま撃った。
何発も、何発も、100点満点のヘッドショットを一度だって外したことはない。
スコープの先に赤汚い花をいくつも咲かせて、平気な顔で歩く。
レンジャー4はその任務のために、合法的な武力行使及び殺人を許可されている。本人の同意があれば同族殺しも許される。
────アンブリエルもラテラーノ人の一人だ。
別に宗教を聞かされて育ったわけではない、教えてくれる両親もいなかったことだし。
だが、信仰というものが何なのか知らないということでもない。
後ろめたいことでもない。だって国がやれって命令している。罪も罰も国が定めたものだというのなら、アンブリエルのやってきた仕事は何一つだって罪ではない。
殺すたびに、何かを背負わされているような、
相手は何も犯罪者ばかりでもない。時には要人や政治家を撃ったことさえある。
ただ一つだけ、大切に守ってきた何かが汚れていくような、
銃というのは良くないと思う。殺した感触が手に残らない。殺すことに慣れていく。少しずつ、その黒いインクが薄まっていく。
誰かと共に生きられなくても、それでも何かを欲しがったというのに、
汝、隣人を愛せ。
まるで、その一節が自分を丸ごと否定してくるような、生きてきた苦しみを否定するような、
愛を知らない。恋を知らない。
愛を知らなかったあたしは、愛に知られないまま、
曖昧な宗教という心の拠り所が、自分の生きようとした努力を根こそぎ否定していくような、
それこそ、殺せば殺すほどに。
“何処へ往く?”
そして遂に、心まで捧げて尽くしてきた祖国にすら──
“何処から来て”
このまま消えていくのか。苦しんだまま、何も得られず、何も残せず。
“何を成して”
あのアパートの一室に誰も帰らないことなど、一体誰が気にするというのか。
“そして、何処へ往く?”
帰りのチケットはもうない。永遠にない。
ただ走る、走る。
何処へ往く。
何処へ。
まだ知らない。
まだ知らないまま。
まだ。