猫と風   作:にゃんこぱん

29 / 88
Take my hand - 2/3

エールは、スーロンのアジトとしている建物にたどり着くことは出来なかった。

 

早い話襲撃に遭った。

 

ボロい信号が青に変わるのを待てず、事故を起こしかねないスピードで走る車はやけに目立った。運が悪く、それが市内を捜索していたNHI捜査員の目に映った。運転席にいた白髪の男はNHIでも現在危険人物として登録されていて、見間違えることもなかった。

 

『本部へ。 オリアナ通りにて”エール”と思わしき人物を発見した』

『本部了解、確かか?』

『車で爆走しているところを見ただけだから確証はないが、可能性は高い。車両は西地区へ走って行った』

 

この状況下においてエクソリアの”英雄”エールの存在が確認された。アンブリエルの方に向かった調査員は消息が絶えた。

 

NHIはこの状況下から、エールたちエクソリア勢力も銃を狙ってテスカ連邦に来ていると推測を立てた。だとすればNHIにとっては不都合になる。

 

特にアンブリエルはラテラーノの機密に関わる数多くの任務を遂行したスナイパーだ。裏切っていたとするならば、絶対に生かしておけない。

 

『了解。優先目標にエール、及びアンブリエルを加える。アンブリエルの方は必ず始末しろとのお達しだ。エールは高い戦闘能力を持つとの情報もある。用心しろ』

『了解』

 

──俺たちNHIは調査局であって、軍隊じゃないんだがな。そうぼやきたいのを調査員の一人は必死で堪えた。無線が通ってる中、迂闊なことは言えない。

 

NHIのやるべきことは、銃の出所を調べ、消すことだ。

 

銃をラテラーノが独占していることは大きな優位性をもたらしている。それを壊させるわけにはいかない。もっとも、こんな大規模な戦闘が予想されるとは考えもしていなかった。

 

一国の革命のために使用されるだけの戦術的優位性を、銃は秘めている。

 

NHIはエールの目撃場所から目的地を推察。現在テスカ連邦で銃をばらまいているギャング組織『スーロン』のアジトの一つだと仮定し、そのルート上に狙撃手を配備。高い組織力と連携力を持った集団の為せる技だ。

 

そして、スナイパーはドラグノフを構えた。

 

銃声が市街へ響き渡る。どうせ銃への理解が薄い国だ。この音が一体何を意味しているのか理解していない人間も多い。

 

斯くして一発の弾丸が撃たれ、車の天井越しにエールの体を貫いた。

 

一発の小さな弾丸だが、まるで鉄球でもぶつけられたかのような、強い衝撃がエールを遅い、ハンドルが狂う。

 

「──っ、ぐッ」

 

いくらエールと言えど、晴天の霹靂だった。

 

NHIが来ている可能性は考えていたが、すでに狙撃準備に入られていた──だと?

 

強い痛みが脳を支配した。

 

「クソッ、最悪、だ……ッ」

 

視界すら赤く染まりそうな熱、服に染みていく血。

 

呼吸の音が変だ。

 

──咄嗟にブレーキを踏むが、スピードが出ていて、なおかつハンドルを上手く操れない。車は歩道と車道を隔てるガードレールに滑るようにぶつかった。

 

「は、っ……、はぁっ……ッ! っつ、痛すぎ、だろ……ッ!」

 

どこから撃たれたのか、それを理解するのは難しかった。

 

だが、もう一発撃たれるであろうことは予想できた。

 

──姿を隠さなくては、どこかにいる狙撃手から、姿を隠さないと。でないと殺される。

 

まだ死ぬわけにはいかない──。

 

痛みを堪え、助手席に積んでおいた応急キットを掴み、ドアを蹴り開く。

 

アーツを使用──空気抵抗を排除。同時に身体に風の補助を纏い、石レンガで出来た建物の並ぶ歩道へ飛び出した。

 

予想以上に早い対応に、スナイパーは二発目を撃つが──それは市街の地面を砕くだけだった。スナイパー視点からして手前の建物に身を隠され、姿を見失う。

 

エールは歯を食いしばりながら貫通した箇所の応急処置を済ませる。

 

正直、こんな昼間から撃ってくることは想定していなかった。最悪だ──。

 

歩道を歩いていた人々はその光景を見て、何一つ理解ができなかった。非現実的とも呼べる出来事が起きているのだ。

 

そんなものを気にかけている余裕は、エールにはなかった。

 

ここで死ぬわけにはいかない。

 

まだやるべきことがある。

 

──今の狙撃手、アンブリエルとかだったら笑えないな。

 

エールにとって、アンブリエルが裏切った可能性というのは確かに存在していた。実際には違う訳だが……。

 

すぐにNHIの増援が来るだろう。その未来を想定し、苦境に立たされていることをエールは理解した。

 

──銃ってのは最高に厄介な武器だ。

 

エールの攻撃圏内は精々が20メートル。近接戦闘としては相当高い優位性を誇るが、100メートルや200メートル、いやそれ以上の射程から一方的に攻撃された場合、成す術がまるでない。

 

剣と違い、見てから避けられない。どこから撃ってくるかも予想しにくい。特に高所からの狙撃は近づくことも難しい。加えて傷が痛む──。

 

「ぐっ、っ……痛いな……ッ」

 

荒い呼吸を繰り返し、焦りの中で思考する。

 

どうすればいい。どうすれば──。

 

一人に出来ることは限られている。一対多数など勝てるはずもない。特に、相手が高度な連携をとってくる場合なら尚更。エールも所詮、一人の人間に過ぎない。

 

ここで死ぬ。確実に殺される。

 

半径20メートル以内に敵が接近してきたら、確実に殺せる自信はある。だが──。

 

敵がそんな風に近づいてきてくれる保証など、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

NHIの狙撃手、ジェイルには精神的な余裕があった。

 

一撃入れた。その事実は大きい。まともな神経をしていたらその場から動けもしない。そのはずだが──ずいぶん根性のある相手だ。

 

『ジェイルよりHQへ。対象に一発ブチ込んだが、まだ生きている。念のため2、3人回してくれ』

『了解。油断せず、確実に仕留めろ』

『了解』

 

戦術的な優位性はジェイルにあった。狙撃の射程圏内にまだエールがいる以上、必ずチャンスはある。それに一撃入れた。あの傷では遠くまでは逃げられない。車はまだ走るだろうが、乗って逃げようとすれば──次は必ず頭を撃ち抜いて殺す。

 

危険なのは、接近されること。だがそれも対処は一応可能だ。当然近距離火器も持ち合わせている。

 

スコープから目を離し、より広い視野で戦場()を観察する。この首都マルガは紛れもない戦場だ。エールたちとの殺し合いの舞台へと変貌した。

 

一方、エールは──。

 

「て、てめえ──エールっつったなッ! な、何してやがる!?」

 

一つの幸運に見舞われていた。

 

その人物は、セイという名前を持っていた。エールには見覚えがある──フォンの補佐をしているはずの男だ。警察と戦闘があった際、スーロンを率いていた男。

 

「……君は、確か……フォンと一緒にいた」

「セイだ! それより何だこりゃあ!? その傷──」

 

混乱するセイ。スーロンとエールは半分敵対的な関係にある。エールに対して強い警戒心を持っていたが、状況が全くわからず声を荒げた。

 

「……NHIにやられた……って言っても、分からないか」

「……? NHI、何だそりゃ……」

「手短に説明しよう。君たちスーロンにとっても無関係な話じゃない。端的に説明すれば、ラテラーノの警察機関だ」

「は、はあ!? ラテラーノ!? どういうことだってんだよ!?」

 

フォンと異なり、セイは直線的な性格だ。謀略などには弱い。さっぱり想像がつかない話だ。

 

「銃が……ラテラーノ発祥だってことは知ってるかな……。まあ……君は面倒な話は苦手そうだから端折るけど……。つまり、マルガに散らばった銃と、その技術を回収しにきたんだろうね……」

「な、何でそんなこと……」

「元々はラテラーノの技術だ……。ラテラーノからしたら、君たちは技術を盗み出した敵、ってことじゃないかな……」

「ふざけんな! アレは俺たちが一から製造したモンだろうが! ラテラーノなんて全く関係ねえだろ!?」

「君が何を言おうが勝手だが……現実は変わらない。きっと君たちも潰しにかかる、だろう……。彼らは、銃の本場から来てる……扱ってる銃の種類も、質も、それを扱う技術も、君たちとは比べものにならない、はずだ……。強いよ──」

 

セイは、全く得体の知れなかったエールが血を流し、壁に持たれかかって荒い呼吸を繰り返している姿を見て、さらに混乱する。

 

そして、それが本当かも知れない、と信じ始めていた。

 

「そこで、提案なんだけど……。一緒に戦わない?」

「は、はあ!?」

「もう、こっちで争ってる場合じゃない、ってことだよ……。多分、君たちスーロンだけじゃ厳しい、と思うよ。ハンドガン一丁で……勝てるかな」

 

アンブリエルからある程度の銃の種類を聞いていたエールは、そう理解していた。

 

マシンガン──ハンドガンよりずっと強力な掃射性、制圧力、威力に優れた銃器。そんなものまであるとアンブリエルに教えられていた。

 

──正直、セイには判断しきれない内容だ。そして、エールが信用できるとも限らない。

 

「……お前の言うことが本当だとしても、正直俺には判断しきれねえ。俺たちはフォンに着いてきたんだ──。フォンに報告してから」

「──ダメ、だ……。そんなことをやってる時間は、僕にも……君にも、ない……ッ! いいか、そこの歩道……半分より向こう、道路側へ行かない方がいい……。狙撃手がいる。君も撃たれるかも知れない……」

「狙撃手、ってのは……何なんだよ……?」

「そういうものがある。君の知ってる銃は、全体の一割程度なんだ……。長距離、それこそ一キロ以上先を撃てる銃もある……。今、そいつと僕は戦っているんだ……」

「は、はあ……!?」

 

信じがたい話だ。だが、エールのその目は本気だった。以前会った時のような、不気味な微笑みなんて欠片だって混ざっていない、本気の目だ。

 

──少し、気圧される。

 

「だから、手を貸して欲しい──いや。違うな……。もはや君たちに選択の余地はない……。手を貸せ。NHIの連中を倒さない限り、君たちにだって、未来があるかは怪しい……ッ」

「だ……ッ、だけどなッ! お前の言ってることが全部本当だとしても、その後はどうするつもりだ!? NHIって奴らを倒せたとしても、その後もお前は俺たちと協力できるって訳じゃねえ!」

「……おっと、それも……そうだ。……正直、アイデアはない。けど、それはNHIを倒せたら、の話だ……。僕たちが全員殺される確率の方がずっと高い……そいつを前に、皮算用っていうのは、意味がない……だろ?」

 

エールは視界の端、往来の車道に走ってくる真っ黒な車両を目に止めた。その車両はやけに目立った。

 

すぐ近くに停車し、ドアが開いて飛び出してきたのは二人の男。暖かいテスカ連邦でも全身を黒い装備で覆い、二人にとっては初めて見る武器──アサルトライフル(AK-47)を構えていた。

 

エールは警鐘を大音量で鳴らす自らの本能に従って、痛む体に鞭打ってセイを掴み、もたれていた壁の横、服飾店のガラスを破って店の中へ雪崩れ込んだ。一拍遅れて弾丸の雨が襲い掛かる。店内に展示されていた服をなぎ倒し、エールたちを捉えようとするが、床に伏せていたエールたちを殺すには位置が邪魔をした。

 

セイは何が何だか分からないまま、エールに襟を引かれて物陰へと隠れた。

 

「連中、だ……。威力は今見た通り、君も、連中の目標、みたいだね……」

「ふ、ふざけんなよてめえ、俺を巻き込みやがったな……ッ!?」

「まあ、ね。でもどっちにしろ、時間の問題だった……。スーロンとNHIの衝突は、ね」

「……ッ!」

 

店内へと走ってくる足音がやけに聞こえる。店内の客が何人か巻き添えになり、女の店員がそれを茫然と眺めてい流。

 

「今は、僕に従え……」

 

──死にたくなければね、というメッセージをその言葉の影に隠して。セイもこうなっては後に引けない。グロックレプリカを取り出して小さく叫ぶ。

 

「く、クソ……ッ、やるしかねえのかよッ……」

 

店内を視認。ハンガースタンドと共に様々な服が店内を荒らしていた。そして、階段の存在。

 

「ついてこい……ッ」

 

今は体の痛みなど放っておけ。エールは階段へ走った。セイも慌てて続く。

 

NHIの二人が掃射するが、その照準が二人を捉えることは出来ず、代わりに店内に破壊の跡だけを残していく。階段を駆け上がった。

 

二回も服の展示品が並んでいた。高級な部類を扱っているらしい──。

 

NHIの調査員──今は戦闘員だが、その二人も追いかけていく。二人に十分な武装がないことは情報から分かっている。精々が持っていてもハンドガン──防弾ベストさえ着込んでいれば火力でゴリ押せる。

 

ハンドサインを交わし、ライフルを構えて階段を上がっていく。用心はするが、逃げられるのも面倒だ。早々に仕留める。そう難しい話じゃない。

 

十分な武装をしていない素人二人にトリガーを引くだけ。

 

階段の途中、NHIの二人に降り注ぐものがあった。光を遮る、大量の──。

 

()()を振り払うが、量が多い。頭に被さり視界が封じられる──それと同時。

 

「おらあああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああぁッ────!」

 

セイが階段の上から跳躍し、二人を蹴り飛ばして一階へ落ちていく。手にはハンドガン、放り投げた大量の衣料の上から何発も打ち込んで、すぐに離れる。

 

落ちた衝撃で動けない二人に、店内の服を大量に放り投げた──。

服というのは、重ねればそれなりの重量になり、なおかつ面積があり、重ねれば視界を塞ぐ。何が何だか分からないまま──服越しに、何かに貫かれて死亡した。

 

エールは自身のアーツユニット──長剣型のブレードを腰に戻し、一息つく。

 

エールの一つの武器は、剣に超高気圧の空気の層を生成し、それを殺傷性のある剣にすること。

 

0.1ミリにも満たない、極薄の風の刃。それが何層にも重ねた布越しに頭部を貫いたのだ。

 

「──つッ、はぁっ、はぁッ──」

「や、やったよなッ! ざまあみやがれ、はははッ!」

 

服をどかし、二人の死亡を確認するセイは、そのまま二人の持っていたアサルトライフルを握り上げて、熱に浮かされたように笑う。

 

一方のエールは、戦闘を乗り切ったことでまた先ほどの傷が傷み出していた。激しく動いたことでまた血が流れ出す。

 

「ラテラーノだか何だか知らねえけどよ! こんなやべえ武器があんのならイチコロじゃねえか! それこそ警察のクソ共だって──ッ!」

「浮かれない、方がいい……。まだ終わってない」

「分かってるよッ! しかしてめえ、やるじゃねえかよ! フォンみてえな機転だった!」

 

鉄火場を乗り切り、セイは完全に興奮状態にあった。

 

とっくに店員の逃げ出した店内で、浮遊感のような感覚に身を委ねている。

 

それでもこれはまだ始まったばかりだ。最初の死線を潜り抜けたに過ぎない。

 

貫かれた箇所から血が止まらない。長引けばまずいことになる。だが──。

 

ここで休んでいる時間もない。

 

「行く、よ……。スーロンのアジトで、安全な場所まで、案内してくれ……」

「ああ。ってか、その傷は大丈夫なのかよ?」

「……大丈夫じゃなくても、今はやるべきことがある」

 

まだ逆境だ。行かなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンブリエルも、目指す場所は同じだ。エールから、スーロンのアジトを教えられていた。スーロンも無関係じゃないことはアンブリエルにも分かっている。当然巻き込むつもりだった。

 

このまま死にたくない。

 

その思いがアンブリエルを動かしている。

 

取った移動手段はタクシーだ。テスカ連邦でも、自動車を用いたタクシーが存在している。これならば市民に紛れて移動できる。無論、完全に安全とは言えないが。

 

「お客さんアレかい? サンクタってヤツかい?」

「……まーね」

「ほお、そうかい! こりゃ驚いた、初めて見たな!」

 

調子良く話す運転手は、アンブリエルの現状など知りもしないのだろう。苛立ちも沸かない。

 

「まー、なるはやで頼むわー……。出来るだけ、かっ飛ばして」

「はいよ! でも、そっちにゃ観光出来るもんなんて何にもないよ? 行くんだったらセントラルの方とか──」

「いいから」

「……まあ、そうならタクシーの運ちゃんが口出す話でもないですがね。でも気をつけた方がいいよ? 西地区は治安が良くないし、特にねーちゃんみたいな可愛い子は一人だと危ない」

「余計なお世話っしょ。だいじょぶだいじょぶ」

 

──もう危ない状況だ。今更どうでもいい。

 

腰に挟んだリボルバーの残弾は六発。弾薬も一箱くすねてきておいた。リボルバーは専門外だが、だからと言って素人じゃない。小型拳銃の訓練も積んでいる。

 

「──っと。交通規制……? 嬢ちゃん、どうやら何か起こってるらしい。この先に行くのは無理だな」

 

確かに、交通封鎖が行われている。警官と警察車両が何台も道路に立ち並び、交差点の一角を封鎖している。

 

「今は西地区に行くのは無理だ。どうする? 中央へ引き返すか?」

「……いや。ここでいいわー。降りる」

「……? そうかい。気をつけてな!」

 

支払いを済ませて、一角でアンブリエルは降りた。

 

運転手の言葉通り、道路が歩道まで含めて封鎖されている。向こう側へ行けはしないだろう。

 

交差点を渡り、封鎖線へ歩いていく。警官の一人が気がつく。

 

「ねー。向こう行きたいんだけどさー」

「申し訳ないですが、現在ここから先の一帯は封鎖中です。市民、および観光客の立ち入りは禁止しています」

「……何か起こってんのー?」

「まあ、詳しいことは話せませんが……。暴力組織同士の、銃を用いた戦闘が発生しているんです。戦闘に市民を巻き込まないために、封鎖中なんです。申し訳ないですが、しばらくは立ち入ることは出来ません」

「ふーん……」

 

──? 暴力組織同士の戦闘? 銃を用いた……。

 

片方はスーロンだろう。だがもう一つは……。NHIか? 可能性はある。

 

まずいことになってきたと取るか、より混乱が広がることを喜ぶべきか。状況がこんがらがっていくほど生存の目は高くなるか?

 

どうする。どうすればいいだろう。

 

スーロンがNHIに勝てるだろうか? 数では大きく勝るだろう。だが……。

 

確実に無理だ。装備と練度の差が大きすぎる。NHIはただの警察機関じゃない。軍隊には劣るとは言え、十分な戦闘訓練を積んだ警察組織だ。

 

スーロンが潰されれば、どうなるだろうか。残るのはエールと自分だけだ。

 

──スーロンに今消えてもらうわけには行かない。絶対にそれは阻止しなければならない。この国からの脱出の目さえ消える。NHIの包囲を突破することは著しく困難になるだろう。

 

エールは今どう動いている。エールなら、スーロンに協力を持ちかけるだろう。今も戦っている可能性が高い。

 

なら、状況を引っ掻き回してスーロンに有利な状況を作り出さなければ。

 

アンブリエルは辺りを見回して、車道へと近づき、手頃な車がないかを探す。

 

あった。丁度よく、停車場から発進しようとしている頑丈そうなデカい車が。それに見たところ運転手一人だけ。

 

アンブリエルはそっちに向かって走る。

 

車道に出ようとしていた運転手は左右を確認して、見るからにこっちへ走ってくるピンク髪の少女に気がついた。

 

大きく手を振り、こっちに駆け寄ってくる。

 

「ちょ、ちょっとー! そこの人、待って、待ってー!」

 

アンブリエルの容姿は整っている。サンクタ特有の白い天使の輪は所々黒く染まっているが、テスカに住む男にとって、それが何を意味するのかなど知るはずもない。

 

普通、警戒などするはずもない。運転手は若い男だった。尚更そうだ。期待する。

 

そのまま近くまで走って来て、疲れた様子のまま男を見上げた。

 

「ちょっと、ごめん。あのさ、ちょっといいー?」

「お、俺にか? なんだ、道案内か?」

「そんなとこ。悪いんだけどさー」

 

アンブリエルは顔を上げて、極々自然な動作でゴツい車に目をやった。そしてなんでもないように話す。

 

「え、てか……この車かっこいーね。すげーじゃん」

「お、おう。そうだろ?」

「あ、てか違う……あのさ!」

 

全開にした窓に、男は肘をかけていたのだが……その腕を、アンブリエルは両手で掴んだ。

 

「ちょっと助けて欲しいんだけどさ!」

 

ボディタッチ。柔らかい手が男の形を包む。

 

「な、なんだよ……?」

「お願い、一旦降りて、こっちに来て欲しいのよー!」

「な……なんだよ、何か事情があるのか?」

「そう、今さ、なんか変な男たちに追いかけられててさー! 全く知らない人たちで、すっごいあたし怖くて、それで!」

「お、落ち着けよ……。ギャングの連中か? 観光客狙いか……」

「お願い! 今時間なくてさ、頼れる人とかもいなくて、それで……!」

 

当然嘘八百だ。慌てた様子も、言葉遣いも全て演技。だがそれなりに迫真の演技だった。何せ、全てが嘘ではない。

 

「突然こんなこと言ってごめん! でも、お願い、あたしを助けて欲しい……っ!」

 

そう言われて、断れる男など……この世界にどれくらいいるのだろう。

 

男はドアを開け、地面に降りた。

 

「車に乗って隠れてろ! どっちからだ!?」

 

さながらヒーロー感覚。美少女に助けを求められるなど、まるで映画だ。

 

「向こうのほう! お願い、助けて……!」

 

息巻いて、無辜の市民は拳を構えた。どんな連中だか知らないが、自分がぶっ倒してやる。そしてその後は……。

 

()()()()()()()()()()()()()にアンブリエルは乗り、ハンドルの調子を確かめた。問題ない。

 

サイドブレーキを下ろす。シートベルトもかけた。クラッチを繋いで発進。

 

「……え?」

 

男にとっては、訳がわからない。だがすぐにアンブリエルのさっきとは打って変わったような横顔を見て気がつく。

 

──だ、騙された!?

 

「めんご〜」

 

──男ってみんなバカなんじゃないの? ちょろ。

 

かなり悪質な詐欺を平然と実行してアンブリエルは車を調達した。特に頑丈そうな、車高の高い車。

 

これでどうするのか。

 

信号を無視して、そのままアンブリエルは警察が固めていた封鎖戦へとアクセルを踏む。

 

すぐに様子のおかしい車に警官の一人が気がつき叫ぶ。

 

「!? そこの車両止まれ! 止まれーッ!」

 

止まらない。むしろ加速──。

 

「……どうにでもれなれっての」

 

半分ほど自棄になったアンブリエルが止まるはずもない。散り散りに車線上から逃げていく警官。

 

がしゃーん!

 

そのままパトカーを吹き飛ばして、奥へ──。

 

銃声がエンジンの音に混ざって聞こえる。

 

封鎖された区域に、人影はいない。車だって一台も走っていない──アンブリエルの暴走車両を除いて。

 

だが遠くに、何台もの車両が止まっている。あれは……NHIの車両だ。ナンバープレートがテスカ連邦のものとは違うから、すぐに分かる。

 

突っ込め。全部めちゃくちゃにしてしまえ。

 

どうせ死ぬのなら、派手にやってしまおう。

 

……あの頭のおかしい男にでも影響されたか。まさか自分がそんなことを考えるなど、アンブリエルにとっても意外だった。

 

だが、行動しないものに未来は存在しないことだけは、確かだ。

 

 

 

 

 

 

フォンも同様に、逆境に立たされている。

 

「──ダメだフォン! 撃ち合いじゃ勝てねえ! なんなんだあの武器はッ!?」

 

アジトとしていた建物。そこは街の一角、通りに面した場所だ。

 

ギャングらしく、堂々と表通りに拠点を構える。無論この拠点はいくつもあるものの内の一つ。これは囮の拠点として用意していた場所だ。

 

警察に対し、本命である銃の製造工場の場所から目を逸らすため、フォンはこの建物に常駐し、それなりの構成員も集めておいた。

 

だが──どういうことだ、これは。連中は何者だ。

 

あの銃は違う。スーロンが生産しているグロックレプリカなどではない。

 

まるでフェイズが楽しそうに話していた、ラテラーノの銃そのものだ。ハンドガンじゃ対抗できない。

 

「アジトに入れるな、絶対に戦線は維持しろ。重装盾でバリケードを作れ……!」

 

光明が見えない。助かる道が見当たらない。勝てない敵とは戦ってはならない、それが原則。本来なら今すぐにでも逃げるべきだ。

 

だが……この銃弾の雨嵐がフォンらを逃してくれそうな気配は、存在しなかった。

 

銃撃戦はまだ道路上で行われていた。中距離を保って連射を続けるNHIの隊員に対し、ハンドガンはあまりに無力。

 

警察が銃を使って来たときの対応策として、ハンドガンを防ぐためのシールド装備があったおかげで、まだ戦いは続いている。だが、あまりに不利。あまりに逆境。勝てない。

 

話の通じそうな相手ではない。いきなり撃ってくるような連中だ。頭に天使の輪っかを持つ連中も混ざっている。ラテラーノ人の部隊、だが詳細が全くわからない。わかるのは、本物の銃のスペシャリストだということだけ。

 

──そこに、一台のデカい車が突っ込んでくるのが見える。

 

運転席に、ピンク髪の誰かが乗っているのは辛うじて確認したが──何者だ。

 

その車は真っ直ぐに、NHIの部隊へと突撃していく。

 

乗って来た車を盾にして、NHIはスーロンと銃撃戦を繰り広げていたが、真横に対しての防御はなかった。

 

対車両弾を装填している時間はなかった。暴走車両にいくら弾をブチ込もうと一向に止まる様子がない。それに、乗っているアンブリエルの顔を確認してNHIは理解した。敵だ。それに頭がおかしい。

 

質量同士が衝突する、大音量が戦場に響く。

 

慌てて車両から離れたNHIの部隊だが、()を失うことになる。そしてフォンは、その隙を逃さない。

 

「突撃──ッ! この機会を逃すな、一人残らず殺せッ!」

 

そして混戦が始まる。そのまま走り去ったアンブリエルは、一定の距離を確保して状況を観察。殺し合いが始まっていた。

 

一定まで接近すれば、ハンドガンにも勝ち目はある。それに銃だけに頼っているわけでもない。ナイフやハンマーを握るスーロンの構成員もいた。

 

大盾を構えて突撃する構成員を盾に、一気に接近する──。

 

当然AKによる射撃が行われるが、分厚い金属の板を貫くほどの威力までは持っていなかった。

 

アンブリエルも援護射撃を行う。所詮リボルバーだが、やらないよりはマシ──。

 

「死にやがれ、クソがぁああああああッ!」

 

誰かの叫びが聞こえる。

 

道路が赤く染まっていく。見る見るうちに生存者が減っていく。それはスーロンも、NHIも同じだった。

 

そして、銃声が止む頃には……生きている人間は、最初の3割程度にまで減っていた。

 

──フォンが、血で汚れた体を引きずって戦場を見廻して、呟く。

 

「……なんとか勝った、か」

 

アンブリエルは戦闘が終わったと判断し、車をそっちに近づけていく。

 

フォンもそれに気がついて、視線が交錯した。

 

「──さっきは助かった。お前が居なければこっちがやられていただろう。だが……お前、何者だ。サンクタが、なぜオレたちの味方をする」

「さーね。あんたらに死なれちゃ困るのよ、あたしも。それよりあんた、エールってヤツ知らない?」

「エール……。お前、ヤツの仲間か?」

「……さあ、分かんない」

「なんだと?」

「……。さっきの連中はラテラーノの警察って感じの連中。目的は、ラテラーノから漏れ出した銃の回収」

「! ……なるほど、な。想定していなかったわけではないが……。これで終わりなのか」

「あたしもそう信じたいけどね」

 

──広がった死体の山を眺めて、アンブリエルは呟く。

 

「多分、まだいる。今戦った奴らより、ずっといっぱいいる」

 

テスカ連邦に来ているNHIは、ラテラーノ本国にいる内の一部だ。だが銃という重要な案件に対し、 10人などで済ませるはずがない。

 

ワンズは10人程度だと言っていた。だがそれが本当のことだと誰が保証してくれる?

 

30、40……いや、もっと居る可能性が高い。スーロンと衝突したのは、その兵力で持って確実にすりつぶせる確信があるからだろう。

 

「……あんたんとこの全兵力集めて、今のと同じこと、あと何回できる?」

「……。お前が何者かは、今は放っておく。質問に答える。……状況次第だが、もう一度勝てれば……奇跡、と言った所だ」

「つまり、絶望的って訳?」

「ああ。……そうだ」

 

────。

 

────なんだか……。

 

その言葉はわかっていたことだ。相手にしているのは、ラテラーノそのものと言い換えてもいいのだ。

 

「フォン……。生き残ったのは、せいぜい三割だ……。どうする。これからどうすればいい。俺たちは、これからどうすればいい……! セイも帰ってこねえ、あいつも同じように、襲撃に遭ってんじゃねえかって……! クソ、クソォッ!」

 

戦争において、兵力の三割を失うことは、壊滅的な被害だと言われている。たった三割で、だ。

 

三割しか生き残らなかった現状は、一体なんと呼べばいいのか。

 

「……今、ここを警察が包囲してる。あたしはサンクタで、銃の扱いはあんたらの20倍上手い。あたしも連中に狙われてて、あんたらと協力して連中から逃げ切りたい。協力した方がいいと思うんだけどさー」

「……分かった。地下通路を使う。連中の武器を回収して、すぐに逃げる。ついて来い」

 

 




・エール
頑張ってます
狙撃銃には勝てない。人間の限界です

・アンブリエル
この辺りから精神がイカれ始めている可能性が微レ存……?

・アンブリエルに騙された人
騙された……ッ!?
シンプル被害者。廃車確定。南無

・AK-47
実在するアサルトライフル。47というのは西暦1947年のことを表しているらしく、テラではあり得ない名前な名前なんですが……まあ、ええやろ(適当)という感じです。ゆるせ

・スーロン
ほぼ壊滅。

・NHI
スーロンと衝突した部隊は全員死にましたが、まだまだたくさん残っています
今回の敵役。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。