猫と風   作:にゃんこぱん

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本日二話目。ご注意あれ
何でこんな量書けたんだろうって感じですよね、ええ。
なんでだ……?(率直な疑問)


Take my hand - 3/3

エールとセイも同様に走っていた。

 

安全地帯を目指して──。

 

ここに辿り着くまで、二度の戦闘があった。二つともNHIとの戦闘だ。

 

「……本当に、連中はキリがねえ。また襲って来たりしねえよな……?」

「二度も撃退すれば、三度目を送ろうとは考えないさ。僕なら……もっと兵力を集中させる。今はその準備をしているかもね」

「な、まだ来るってのかよ!?」

「ああ。そして、どこに狙撃手がいるとも分からない。路地裏が多くて助かったよ。表に出れば、どこから銃弾が飛んでくるか分からない。銃の怖さはもう十分に理解しただろう」

「……ああ。アサルトライフル(こいつ)も、俺じゃまともに扱えねえ……」

 

ギリギリだったが、二人はなんとか死なずに済んでいる。だがエールの出血は増して行っていた。

 

意識レベルの低下、手足が冷たくなっていく──など。実際にエールは少し意識が朦朧とし始めていた。耳鳴りもひどい。

 

この状況下でまだまともに話せているのは、奇跡とも言えた。執念との呼ぶべき生命への意志が、まだエールを動かしている。

 

「それで、この先が?」

「ああ。工場だ……。本来なら、お前みてえな部外者なんて、絶対入れないし、そもそも存在を知らせないんだが……。今更そんなこと、言ってる場合じゃねえってことは俺にだって分かってる」

 

入り組んだ路地裏の、古びたドア。なんの特殊性も見られない。風景に溶け込んでいた。

 

ドアを三回だけノックする。

 

「俺だ。セイだ」

 

少し時間があって、ドアが開く。

 

スーロンの一人が顔を出し、セイとエールの姿を確認して中へ入れ、すぐに扉を閉じる。

 

「……くたばっちまったと思ってたぜ、セイ。なんでアジトに帰ってこなかった。そっちは誰だ」

「襲撃を受けてたんだ。それより、なんでお前まで血塗れなんだよ?」

「──オレたちも、襲撃を受けた」

 

薄暗い角から、フォンが現れて言った。

 

「無事でよかった。……それにエール。お前も、な」

「お互い様さ」

「こっちだ。詳しい情報共有をしよう」

 

廊下には様々なガラクタが放置されている。埃は積もっていない。普段から出入りがある証拠だ。

 

先には明るく、広い空間が広がっていた。コンクリの冷たい床と高い天井。何台もの工作機械。それに積み上がった段ボールと。

 

それと、布を敷いた地面に倒れた、血だらけの男たち。

 

「状況は芳しくない。もはや壊滅状態と呼ぶべきか」

「……これは、何が?」

「ラテラーノの部隊……確か、NHIと言ったか。襲撃を受け、なんとか勝ったが……この様だ。主力の兵がほとんどやられてしまった。生き残ったオレたちも、傷が深い」

「……なんてことだ」

「もはや、オレたちは難民どうのとやっている場合ではなくなった。エール、お前の意見を聞こう」

「ちょっと、考えさせて欲しいね……。僕も深手だ、少し時間が欲しい……。どこか、空いてる部屋はないかな」

「……ああ。そういえば、お前の仲間か。サンクタが上の部屋にいる。そこで構わないか」

「アンブリエルのこと? へえ……居るんだ。分かった」

 

鉄の階段を登っていく。

 

普段ならば、工場……なのだろう。幾つも並んだ工作機械、積み上がった材料に段ボール。おそらくは、ここで銃を生産していた、ということだろう。

 

だが今は、重傷を負ったスーロンの構成員が倒れ、呻いているだけだ。無事な人間を探す方が難しいほどに。

 

二階に上がると、幾つかのドアがあった。そのうちの一つを、エールは無造作に開く。

 

──ホワイトボードと、壁に貼り付けた無数の紙。そこには汚い文字で何か書き殴ってある。添えられた図形を見るに、設計室……だろうか?

 

テーブルの上に、設計書が散らばっている。

 

その中に足を踏み入れた。

 

「……」

 

椅子を引いて、力なくエールは座った。

 

応急キットは持って来ていた。病院の様な施設には劣るが、一定の効果はある。処方も心得ている。

 

自分の体に穴が開いているというのは、かなりの痛みを伴うし、違和感さえある。

 

「──それで。お前はいつまでそうしているつもりなのかな」

 

壁際で膝を丸めているアンブリエルに、エールは漸く視線を向けた。

 

「僕をNHIに売った……って感じじゃなさそうだね。それに、その輪っかと羽が黒くなってるの──どうも、楽しいことがあった、って訳じゃなさそうだ」

 

アンブリエルは何も言わない。

 

なんとなく空な目で、コンクリートを眺めているだけだ。

 

「やってくれたね。正直、僕はお前をぶっ殺してやりたい。NHIをテスカ連邦に呼んだの、お前だろ? よくもまあそんなことしてくれたよね。お陰で全部パーだ。僕もエクソリアに帰れない可能性が、非常に高い訳だが……」

 

エールは決して善人などではない。

 

直接的に表現するなら、クズだ。それは、エールが必死に隠そうとして来た事実の一つ。だが、その必要もなくなった。

 

「なんでお前は、()()()()にいるのかな。お前、むしろNHI側だろ?」

「……。裏切られたの」

「そう」

 

ことここに至って、エールは軽い笑みを浮かべていた。

 

何もかもおかしくなってしまったのかもしれない。

 

「考えてみりゃ、当然だったのにさ。あたし、ラテラーノで汚れ仕事やってたのよね。国とか政府とかにとって邪魔な連中を消すだけの、チョー楽な仕事」

「ああそう。それで?」

「当然、極秘裏なヤツばっか。そんなの公にされる訳ないし、国の裏でそんなことが行われてるなんて、みんな知らない。もし知られたら、スキャンダルとかじゃ済まないしさ」

 

何もかも終わった様な、そんな顔で。

 

「よくよく思い出せば、あたしがそんな仕事任されてた理由もわかるわー。身寄りがなくて、人間関係が希薄で、技術があって、金で動く。そんな都合のいいヤツがいりゃーさ、任せるっしょ。あたしみたいなヤツ、死んだって誰も気づかないし、困んないから。都合のいいコマってヤツ? 我ながら、よくぞこんな風になったモンよね」

 

こんな風になるまで、気づかなかった。

 

「だから、大人しくラテラーノに帰れるはずがなかったのにさー。ラテラーノにとって都合の悪い情報を山ほど握ってて、向こうからみりゃ裏切ってるかも知んない。そりゃ消すっしょ。当たり前だわ」

 

──そんなことにだって気がつかなかった。

 

今になって、この人生の価値を知った。漸く自分の生きて来た意味が分かった。

 

「──空っぽよ、空っぽ。あたしの中には、何にもなかった。まるでブリキ人形みたいに、言われるまま生きてきて──。っはは、おかしい。こんなおもちゃのお人形にも赤い血が流れてるなんて、バカみたいじゃん」

 

何もなかった。

 

自分が生きてきた意味など、何一つだってなかった。

 

虚しいだけだ。金も豊かな暮らしも。あの苦しみにも、寂しさにも、痛みにも、何一つ意味なんかなかった。

 

そう気がつくと、なんだか無性に可笑しくなってしまって──。

 

笑える。

 

「笑えるぐらいに、もう何にも残ってない……いや。そもそも最初から、あたしには何にもなかった。あたしは何者でもなかったし、何も持っていなかった」

 

本当に、滑稽だ。

 

「……なんで、気がつかなかったんだろ。何でこんなこと、気が付かないまま生きてきたんだろ」

 

ピエロ同然に踊っていた。

 

まるで、人間ごっこだ。人生の真似事をしようとしていただけだ。

 

「……はぁ。もう……アホらし。今まで生きてきたの、本当にバカみたい」

 

だらり、と。体の力を抜いて、アンブリエルは呟いた。

 

「……もう、疲れた。こんな風に生きていきたくない。生きてて何もいいことなかったし。疲れるだけじゃん。誰も助けてくんないし、散々国のために働いたってのに、最後はジャンクフードみたいにゴミ箱へ捨てられて。……何にもなかった。この人生には、何にもなかった」

 

この世界に、恨みしかない。呪いしかない。よくもここまで生き長らえさせたなって。もっと早く殺していれくれれば、楽だったのに。

 

そして、こうやって壁にもたれて死を待つだけ。生存の目はどう足掻いたってない。外の見張りが、NHIの連中が彷徨いていたのを確認してる。

 

「──でも、それはあんたも一緒よ。エール」

 

初めて、アンブリエルはエールを見た。ほら見ろ、似た様な顔をしてる。

 

「あんたも、あたしと同じっしょ。あたしと同じクズ野郎。あんたさ、自分がなんのために戦ってるか言える? 真っ当な理由じゃないっしょ? 正義とか人々のためとか能書き垂れてたけどさー。胡散臭いのよ、あんた」

 

出会った当初から、ずっと思っていたことだ。

 

エールの能力は高い。それは認める。だが……一体なんのためだというのか。一度だって口にしたことはない。

 

「そもそも、あたしがこうなったのだって、廻り巡ればあんたのせいじゃん。あたし、あんたの正体を知ってんの。あんたが何なのか、あたしが教えたげるわ」

 

まるで嘲笑うかの様に。

 

「──あんたは、あの戦争そのもの。モンスター。おぞましい怪物。しょーじき、南部はあのまま負けてた方が良かったっしょ。その方が死者もずっと少ないに決まってる。でもあんたは始めた。戦争を始めた」

 

薄汚い本性を、アンブリエルは知っている。

 

「嘘でも正義とか言うならさ、それがどれだけの人々を傷つけ、殺すか理解してんの? あんたが戦争始めたせいで、バカみたいな人が死ぬのにさ。今だってそう。銃を持って帰れば北部には勝てるかも知んないけどさー。もっと死ぬよ、絶対」

 

黙ってエールは傷口の処置を進めている。

 

「あんたが戦争始めたせいで、あたしこんなことになってんのよ。あんたが戦争なんて始めなけりゃ、今頃はラテラーノにでも帰ってぐっすりしてたってのにさー? あんたはあたしのせいだっつったけど、あたしに言わせりゃ──全部あんたのせいよ。エクソリア難民だってそうじゃん? あんたのせいじゃん。……全部、あんたが悪いじゃんッ!」

 

笑いながら、アンブリエルは呪った。エールを呪った。

 

「あたしはあんたなんかと出会いたくなんてなかったッ! あんたなんていなけりゃよかったッ! あんたのせいであたしは全部失ったのにッ! なんであんたなんかのせいであたしが死ななきゃいけないのッ!?」

 

それなのに、なぜ。

 

「何で……なんであんた、笑ってんの……」

 

息を吸い込んで、アンブリエルはエールを睨んだ。

 

そして漸く、エールは口を開く。

 

「……昔話でもしようかな」

「……はあ?」

「せっかくだ。いや、全く君の言う通り。僕はクズさ。分かってるよ。どうせ希望はないんだ、付き合ってくれてもいいじゃないか」

「あんた、何言ってんの……?」

「ま、聞きなよ。僕が子供の頃の話さ。ウルサスのチェルノボーグで生まれたのは前も話した通りだろ? あの話の続きを教えてやる」

 

語り出した。

 

それは、初めて話す身の上話。ケルシー先生にだって話したことはなかった、一つのゴミみたいな物語。

 

「僕はヴァルポだが、僕の両親の種族はウルサスだった。両方ともこれがまたゴミクズでね、どういうことかっていうと、僕は母の浮気相手の子供だったのさ。つまり、ヴァルポの男と浮気してたんだ。母はそれを騙し通して僕を産んだが、僕がヴァルポだってことが分かると大層残念がったそうだよ」

 

──何せ、浮気が最悪の形でバレた訳だからさ。

 

「だが、離婚はしなかった。お互い金がなかったし、僕という荷物をどっちに押し付け合うか、結局決まらなかったからね。父にとって僕は赤の他人だし、母にとってはただのお荷物だ。父は父で、複数の愛人と関係を持っていて、母もそれを免罪符に他の男とやりたい放題だ。崩壊した家庭で子供がどう育つかなんて決まりきってる。でも、僕は割と頑張ったと思うよ? 何せ唯一の親だ。頑張って愛されようとしたし、頑張って愛そうとした」

 

結局、その努力は実らなかった訳だが。

 

ウルサスの寒い日、冷たいレトルト食品。

 

あの冷たさは、忘れたくても忘れられない。

 

「ま、別に親が子を育てなくても子供ってのは勝手に育つ。学校じゃ常に問題児で、何回暴力問題で親を呼ばれたか分からない。その頃には僕と親はほとんど他人同然で、最低限死なない程度の金だけ渡されてポイだ。まあ、ありがたいと思ったよ」

 

──何となく、自分と似ている、とアンブリエルは思った。

 

「父親は製造業を営んでいたんだけど、ある時妙なものに手を出し始めてね。源石(オリジニウム)関連製品の製造を請け負った。それで僕にその仕事をやらせた。小学校の頃だったかな。僕は頭が悪かったから、源石(オリジニウム)ってものが何なのか知らなかった。父だって、十分な防護対策を僕なんかに取らせるはずはない。源石にベタベタ触ってたら、すぐに鉱石病に感染したよ。笑えるぐらい早かった」

 

腹部には、その時に発生した源石結晶が残っている。一生残り続ける。

 

「もしかしたら、それが父の目的だったのかもね。ウルサスが感染者を弾圧しているのは知ってるだろ? 流石にその頃になると感染者ってのがどういうもので、ウルサスでの扱いも知ってた。だから、警察に電話しようとした父を僕は殺した」

 

──イカれてると思うかい?

 

……別に。普通のことっしょ、そんなの。

 

「反射的に、母も殺さなきゃいけない、と思った。ナイフで背中を刺した時の母の顔は、今でも覚えてる。こっちが驚くくらいびっくりしてたなあ。でも仕方ないじゃないか。ウルサスじゃあ感染者イコール死ってことだ。先に殺そうとしてきたのは父だったんだからさ。黙ってれば死んでたのは僕だった」

 

今では、そんなことも笑える。

 

「その後はがむしゃらだったなあ。遠くへ逃げなきゃ、と思ってさ。どこか遠い場所に行きそうなトラックの荷台を見つけて、僕は忍び込んだ。段ボールに入ってね。今思えば、バカみたいな幸運が味方していたんだろう。そのトラックはヴィクトリア行きだった」

「……あんた、めちゃくちゃよね」

「ああ、めちゃくちゃだ。当たり前なんだけど、ヴィクトリアはウルサス語が通じなくてさ、それはもう苦労したし、何回も死にかけて、死にかけて、僕はヴィクトリアの裏路地で育った。それはもう、奪って、奪われて、殴られて、蹴られて……。痛かった、本当に」

 

怪しげな仕事もたくさんしたし、食い物だって大量に盗んだ。食い逃げや強盗、スリ、万引き。どこにだってそういうものがあった。いつ殺されるともわからない中で、エールは育って行った。

 

「17か18の頃かな。それぐらいまで育てば、僕も立派な小悪党になって、それなりに生きていける様になっていた。そんなとある日、ある女の人が僕の住んでたところを一人で歩いているのを見た。薄汚れた場所には似つかわしくない、綺麗な人でね。目を引いた。僕はその人をさらって売り払おうと思って、襲ったんだけど──って。そんな目で見るなよ。お前が言ったんだろ、僕はクズだって。その通りだ」

 

あとで分かったことだが、あの人はちょうどヴィクトリアで開かれていた学会の帰りで、貧困区域の視察をしていたらしい。

 

「で、僕は背後から忍び寄って襲い掛かったんだけど──何とあっさり撃退されてしまった。実はその人は訳の分からないペットを飼っていて、僕はそいつにあっさりと負けた」

「ペット? ペットって何よ。犬っころにでも負けたの、あんた」

「犬なんかじゃないさ。もっとヤバい何かさ。まあこれは置いておこう、話には関係ないし。それで地面に転がされた僕はそのまま警察に突き出されるか、殺されるかだったんだけど……その人は僕に何もしなかった。それどころか、手を差し伸べた。私と一緒に来るか、ってさ」

 

人生で初めての瞬間だ。人に手を差し伸べられたのは──あれが最初だ。

 

それがケルシーだ。

 

「僕はその人に付いていって、ロドスという場所で働くことになった。ロドスという会社は、端的に表現すれば、人助けをする会社でね。それはまあ凄いところだった。僕の人生を軽く変える程度には衝撃的だった」

 

懐かしむ様に、エールは笑った。

 

「信じられなかったよ。人を助ける、なんて。そんな価値観があるなんて知りもしなかった。いや、知ろうとしなかった」

 

本当は、ケルシー先生みたいな人になりたかった。だから、本を読むことにした。

 

ケルシー先生みたいに、誰かを助けたいと思った。だから、知識を磨いた。

 

ケルシー先生みたいな生き方をしたいと思った。だから、力を付けた。

 

ケルシー先生に恩返しがしたかった。あの人の助けになりたかった。

 

だが──それよりも大切なものが出来てしまった。

 

「何年か経って、僕はそこで戦闘部隊の隊長を任された。初めて自分の部下を持った。……最初は、とても面倒だった。僕よりずっと弱い連中だったんだ。それを一から鍛えて、教えて、一緒に戦ってって……。正直、足手纏いだと思ってたよ。とても面倒だった。まあでも、ケルシー先生(あの人)が言うんなら……ってね。クズな僕じゃなくて、ちゃんとした、あの人みたいな、強い大人になりたかったから」

 

その通りになろうとした。ケルシー先生ならどうするか、例えばAceさんや、Scoutさんならどうするかって。

 

Aceさんがじゃじゃ馬だった僕を育て上げたことを思い出しながら、僕は行動隊B2の隊長、Blastとして生きようとした。本当に努力した。

 

「いつの間にか、僕は部下たちのことがどうしようもなく大切になっていた。気付いた時には遅かったよ。それが一体どういうものなのか……きっとお前には分からないだろうけどさ」

 

ブレイズも仲間だった。戦友だと思っていたことは間違いない。だけど、行動隊B2がエールに与えた温もりや絆がどれほどのものだったのか。

 

それは、エールしか知らない。

 

奪うか、傷つけるか、殺すか、殺されるか、奪われるか、踏みにじられるか。

 

毎日がその連続だ。ずっとそうやって生きていた。それしか知らないままだったのなら……。

 

大切な誰かが現れてしまった。それも、一度に8人も。

 

ジフ、レイ、アイビス、イーナ、イミン、カルゴ、ハンス、ルイン。

 

どうしようもなく、大切になってしまった。

 

こんな自分でも、誰かを大切に思えることができる。それが嬉しくて、楽しくて。共に過ごす日々が、心を満たしてくれていた。

 

彼らに救われていた。

 

「でも、とある任務で二人死んでしまってね。そしてその後ある任務で、エクソリアの内乱に巻き込まれて……いや。僕の下した決断で、僕以外の全員は死んだ」

 

その事実が、どんなものだったのか。

 

「……。君には、きっと理解できないだろうけど。僕の部下たちは、ほとんど僕の全てと言っても過言じゃなかった。さっき僕の事を”空っぽだ”って言ったよね。その通りだ。行動隊B2(あいつら)を失った僕は、どうしようもなく空っぽだ」

 

──この世界を滅ぼすに値する喪失を、エールは抱え続けている。

 

「……何で僕が戦争を始めたのか、だったかな」

 

そこまで話す頃には、エールの顔からようやく笑いが剥がれ落ちていた。

 

空っぽな心を誤魔化すために貼り付けていた微笑みが必要なくなって、ただのエールの顔が現れていた。

 

「僕はエゴイストでクズだからさ。きっとあいつらの死に理由を見出したかったのかもしれない。正直、まともな理由なんてない。僕にはそれが出来たから、やった。それだけだった。最初はそうだった」

「……今は、違う?」

「何を今更って言われるかもしれないけどさ。あの難民たちの姿を見て、僕のやってきたことは、間違いだったんだって気がついた。この世界は嫌いだ、こんな世界は間違ってるってずっと思ってる。けど……人々は生きてる」

 

エールのどうしようもない欠点。徹しきれないこと。

 

この世界を嫌い切れない。憎み切れない。

 

それは、見方によっては優しいと呼べるかもしれない。

 

「……。いろいろ考えたよ。そりゃあもう色々ね。そして、やっと分かった。答えが出た。お前は僕に似てるから──いや、僕がお前に似てるのか。……どうでもいいけど、教えてやるよ」

 

傷の処置を終え、エールは呟く。

 

「……お前は、戦おうとしてこなかったんだ」

「はぁ……?」

「お前は、自らの孤独から逃げて逃げて、逃げ続けてきた人間だ。変わろうとしなかった。お前はその現状を変えようとしてこなかった、弱い人間だ」

「……何よ、分かってるっつーの、そんなの……。分かってる……」

「そして、それは僕も同じだ。僕も、あの喪失を受け入れられなかった……お前と同じ、弱い人間に過ぎない。逃げたって辛いだけだ。苦しいだけだ。そんなことをしたって、この世界は変わらない。変えられない。苦しみから解放されるには、自分が変わるしかない。世界が変わらないから、自分が変わるしかないから」

 

そんなことはアンブリエルにも分かっている。だが、それが出来なかったからこうやって膝を抱えている。

 

「だけど……疑問でもあった。何で僕たちは、こんなにも苦しまなければならないんだろうってさ。なんだってクソみたいな環境に生まれて、必死に生きてきたのに、なんでこんなにも苦しみながら生きなきゃいけないんだ。僕たちは……生きていたいだけだ。僕たちみたいな、生まれながらのクズ共は……まるで、この世界で幸せになれない、いや……なってはならないみたいじゃないか」

 

それだけの罪を犯した。それだけ人を傷つけてきた。だけど──。

 

「僕もお前もクズだ。だが仕方ないだろ? そうでもしなきゃ、生きていけなかった。野垂れ死ぬか、クズになって生きるかしかなかった。おかしいよね、生まれながらにして幸せな子供達なんて山ほどいるのにさ。僕たちにはそんな当たり前の生活も得られない」

 

だから。

 

だから、エールは──。

 

「強くて、幸せな人々が羨ましい。だが、僕らは今更そんな風になれない。僕たちの手はドス黒く汚れて、二度と綺麗にならない。その天使の輪っかみたいにね」

 

だから、ブレイズのことが嫌いだった。僕は、彼女みたいに強くなれない。強く在れない。

 

「だが……それの何が悪い。そうやって生きることの、一体何が間違ってる」

 

誰からも理解されず、肯定されず。

 

「この世界の誰にだって、僕らを否定する権利があるものか」

 

奪われたから奪う。殺されたから殺す。そんなことは間違っている。でも、だから何だ。

 

「僕たちは変われない。クズはどうやったってクズだ。────間違っているのは、この世界の方だ」

 

間違っているのは、正しいのは、

 

「今更あの戦争を降りるつもりはない。一度始めたことは、最後までやり遂げなければならない。それが、クズなりの矜持ってものだ」

 

やらなければならないことがある。

 

僕たちは、今更何もせずには生きられないのだから、

 

「──顔を上げろ、アンブリエル」

 

この世界で生きるのは、簡単なことではない。

 

「僕たちは生きなければならない。それを邪魔できる存在など、認めるものか」

 

この世界で生きるには、代償を払う必要がある。

 

「こんな場所で諦めることは、僕が許さない」

 

この世界で生きるためには、戦わなければならない。

 

「僕はこの世界を変える。クソみたいな世界を変える」

 

だから。

 

「僕と共に来い」

 

その差し伸べた手は────。

 

「僕の手を取れ。お前の力が必要だ」

 

その、姿を──、その目を、言葉を、

 

「お前が望むすべてを僕が与えてやる。空っぽなお前を満たしてやる」

 

それは、まるで、

 

「これは契約だ」

 

真っ暗闇の道を歩き続けて、夜が空けずとも、

 

「お前の持つすべてを僕に寄越せ……! お前の痛みも苦しみも、その力もすべて僕に寄越せ……ッ!」

 

月明かりは、そこにあるのだと。

 

必死に生きようとする、その手を、

 

「僕と共に戦えッ! この世界を変えるぞッ!」

 

アンブリエルは、

 

「いいよ」

 

取って、

 

「あたしの力も心も、あんたにあげる」

 

戦い続けることを選んだ。

 

アンブリエルは、エールという男に付いていくことを選んだ。

 

「でも一つ条件。もしあんたが間違った道に行こうとしたら……その時は、あたしがあんたを後ろから撃ち抜く。エール、あんたは絶対に地獄行きだろうけどさ……その時は、あたしも付き合ったげる」

「そうだ……それでいい。行くよ、まずは前を邪魔する連中を血祭りに上げてやるところからだ……ッ!」

「オッケーりょーかーい。……全員、あたしが撃ち抜いてやるっての」

 

一度始めた戦争が、どれだけの人々を傷つけようと。

 

誰を傷つけ、殺し、踏みにじろうと、奪おうとも。

 

この選んだ選択が、誰にも理解されないとしても。

 

この選択に、この命を殉じよう。それで死のうと、悔いはない。

 

さあ、クズ共の戦争を始めよう。

 




それっぽいこと言ってますがお前それ開き直ってるだけじゃねえかッ!
その通りです。

・エール
どうでもいい裏設定。
エールの本名は、正式にはアルカーチス・イリイエ・トルスロイと言います。ウルサスはロシアがモデルみたいなので本作もそれに倣いました。それで、ロシアでは父親の名前を本名の一部に組み込む習慣があります。ここでいうとイリイエ……イリヤの息子、という意味になります。
ですが父親であったイリヤとエールの間には血のつながりはなく、エールもその名前を嫌っていました。よってアルカーチス・トルスロイがエールにとっての本名、ということになります。本当にどうでもいい裏設定でした。
何気にアンブリエルへの二人称が君→お前へ変化しています。
きっと女関係のあれこれは両親譲りなんでしょう。血の繋がりがなくとも子は親を見て育つからね、仕方ないね
そんなところで似なくていいから(良心)


・アンブリエル
お 前 が メ イ ン ヒ ロ イ ン で い い ん ち ゃ う か
いいよ。

え? まだテスカ編終わらないんですか?
終 わ り ま せ ん
多分次の話で終わるはず……です。
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