猫と風   作:にゃんこぱん

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Play a war game:上

So I thought what I’d was I’d pretend I was one of those deaf-mutes ──────or should I?

 

どうやらCatcher in the rye(ライ麦畑の捕まえ役)気取りもここまでらしい。

 

ならば僕は耳を澄まし、目を開け、言葉を紡ごう。

 

失ったものが何であり、得たものが何であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Play a war game.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……覚悟は決まったのか?」

「今更さ。やっと自分の正体を自覚しただけ。……それより提案がある。最後まで生き足掻くつもりはある?」

「今更だ。元より……。だが、オレはそうでも仲間たちは違う。ほとんどが死んでしまった。士気は、高いとは言えんだろう」

「まさか諦めてる?」

「あまりオレを舐めるな。……ここが瀬戸際だ。皆を奮い立たせ、決戦を始める。お前も、そのつもりなんだろう」

「そりゃあね。ああ、でも一つ頼みがある。スーロンを奮い立たせるその役目、僕に譲ってくれないかな」

 

フォンは怪訝な顔でエールを見るが──。

 

「それと、もう一つ。NHIを全員ぶっ殺した後の話」

「気が早いな。足元を掬われるぞ」

「ま、聞きなよ。前さ、君はこう言ったよね。”共に来るならば、拒みはしない”って」

「そうだな。だが、もう意味のない言葉だ」

「そう。僕は君とは一緒に行かない。悪いが、君の持つ感染者自治区構想なんてまるでバカバカしい。まるでネバーランドだ。生きてるとは呼べない」

「……。何が言いたい?」

「つまり、まるっきり反対なのさ。僕が君たちについて行くんじゃない──お前らこそ、僕に付いて来い」

 

フォンはその頭のおかしい男が本気で言っていることを察して──小さく笑った。

 

何があったか知らないが、この男は少し変わったらしい。

 

「くく……。それで、お前はオレたちに何を求め、何を与えてくれる?」

「まとめて傭兵として雇う。目先、エクソリアでハンドガンとかをぶっ放してくれればいい。そして、エクソリアでの比較的自由な生活を用意しよう」

「……本気か? エクソリアでも、感染者の扱いは変わらんだろう」

「関係ないね。まあ、適当にメディア動かせば大丈夫でしょ。そもそも僕が感染者だ。エクソリアじゃ英雄なんて言われてるのにね。だから今更。それに君ら感染してるし、治療もしてないから後十年も生きられないじゃん。なら戦って死ね。どうせ死ぬなら、戦って死ねよ」

 

清々しいほどのクズだった。

 

ついに自分がクズであることを思い出したエールは、一切の遠慮も配慮もしなくなっていた。

 

だが、一定の真理を付いている。

 

「戦いで死んでくれればこっちとしても助かる。感染者が鉱石病(オリパシー)で死ぬと、新しい感染源になるじゃん? それは面倒の塊なんだ。だからその前に戦争で死んでもらえると、非常に助かる。ちょうど都合よく戦争もある。それなりにいい暮らしを用意するよ」

 

クズかこいつ。

 

確かに今更建前や綺麗事など意味をなさない。生きるか死ぬか、何を選ぶか。

 

「……。いいだろう。どの道オレたちに残された選択肢はそれだけらしい。くく……お前は、まるで死神だ。オレたちの死に方を決める死神のようだ」

「……そりゃ、最悪だね。逆だよ、逆。嫌われてるんだ、死神には。会いたいとずっと思ってるんだが……全く会えない。それに一つ間違いだ。君さあ、残された選択肢はそれだけって言った? そりゃないぜ」

 

肌を流れていた血は乾き、痛みだけが残留した。

 

エールと対照的な、フォンの真っ黒な風貌の先の眼を、何処か笑いながら見遣って。

 

「自分の死に様くらい、自分で決めろよ」

「……ああ。そうだな」

「僕らの死に場所はここじゃない。こんな風に死んでいくのはあまりに優しすぎるとは思わない? もっと汚れろよ。もっと殺せ」

「ふ……。死ぬな、と言いたいのか?」

「本当に死ねるかどうか……試してみる?」

「それは、オレが死ぬか、それともお前が死ぬか、という賭けか?」

「さあ?」

 

フォンはほんの一拍だけ思考する──。

 

目の前の悪魔を見た。真っ白な髪と、細い体。ヴァルポ族の尻尾も耳も、すべて真っ白。今は血で汚れ、不敵に笑ってこちらを見ている。

 

白く長い髪は、長い間手を入れてないのだろう。伸びっぱなしの白髪を乱雑に後ろに纏めた風貌は……誰が気がつくだろう。この男が死神だということに。

 

何より、光の灯った目だ。

 

以前出会った時は、分厚い布で覆ったような、底知れない何かを感じさせる男だった。だが今は──剥き出しの諸刃のような鋭さと、まるで暴風を内に秘めているかのような力を感じた。

 

「ならば、オレはオレが死ぬ方に賭けよう」

「それなら、僕は君が生きている方に賭けるとするか。何を賭ける?」

「オレが死んだのなら……オレ達の墓標を作れ。お前が生きていれば、の話だがな」

「じゃあ、君が生きていたら?」

「その時は──オレ達はお前に従うことを約束しよう」

 

その言葉は、実質的に──エールの提案を承諾したものだった。フォンもまた、自分たちの生を引き換えに、エールという死神と契約したのだ。

 

「いいねぇ、悪くない……。僕に考えがある。少しスーロンのみんなに話がしたい。集めてくれる?」

「お手並拝見、というヤツか。いいだろう。せいぜいお前を見極めさせてもらうぞ、エール。お前の器、というモノをな」

「お手柔らかにね」

 

 

 

 

 

 

同時刻、NHIの仮本部。

 

テスカ連邦とラテラーノの距離は遠く離れている。この世界の通信技術は国を跨ぐほどには発達していないのが現状であり、NHIもラテラーノ本国との連絡手段はトランスポーターによる手紙程度しかなかった。それには1、2週間程のタイムラグが発生する。

 

よって、この急変しつつある状況下においてNHIはラテラーノ本国との指示を待っている時間は一切なく、アンブリエルの撃った一発の弾丸によって加速度的に動き出した事態に決着をつける必要に駆られていた。

 

NHIの大部分はテスカ連邦に到着したばかりであり、NHIもしっかりとした拠点を押さえることは出来ていない。車から指示を飛ばしていたのが実態だった。

 

NHIは、はっきり言って最初から敗北していたと表現していい。

 

そもそもの目的はラテラーノが独占するべき銃の技術を回収することだった。だが、すでにテスカ連邦にはハンドガン──グロックレプリカがばら撒かれており、すべてを回収するのは現実的ではなかった。事実上不可能と言っていい、ラテラーノは他国へそこまで干渉的出来る訳ではない。

 

よって、当初の目的は最初から達成が不可能だったのだ。

 

そうなると、せめてラテラーノの利益のために次善の策を打つしかなくなる。スーロンが銃の供給元であることはすでに調査済み。よってそれを壊滅させることが出来れば、少なくともこれ以上銃が生産されることはない。

 

NHIは戦闘訓練は積んであるが、軍人には劣る。調査員であって、本職の戦闘員ではない。本来ならば、すぐにでもラテラーノ本国にこのことを報告し、次の指示に従うべきだった。

 

だが、テスカ連邦にてエクソリア共和国南部の”英雄”エールを発見する。スーロンとの接触の目的が銃にあるとすれば、エクソリアに銃が流れる可能性が生じてきた。

 

内戦状態にあるエクソリアに銃とその技術が流れた場合は最悪の事態を招くかも知れない。なぜならば、エクソリアは戦争をしているからだ。

 

ラテラーノは銃に関しての研究を続けてきていた。故に理解している──銃は戦争下で発展した武器であり、エクソリアが独自に強力な銃を開発してしまう可能性を。

 

そうなると、もう銃の流出は致命的なものとなる。ラテラーノの独占は完全に崩壊し、世界中に強力な武器が流れ出る。人道的観点からしても、国益の観点からしても──必ず阻止しなければならない。

 

『本部へ。連中のアジトを突き止めた。西区2N地点、一般の建物に偽装してある模様。内部の状況は不明だが、一部を覗き見た限りでは中にスーロンの勢力が潜んでいる可能性が高い』

「了解。引き続き偵察を続けろ。──総員に命令。聞いた通りだ。我々の持つ全兵力で連中を叩く。2N地点を囲うように配備し、突入の指示を待て。敵に気づかれるなよ」

『了解』

 

通信を切る。

 

ここでスーロンかエールを始末しなければ、ラテラーノにとって最悪の事態を招くことになるだろう。

 

流れ出た銃は、一体どれだけの人々を殺すことになるだろう。

 

まだ残っていた正義感と、本国の栄光のためにも。

 

……どちらかを始末することが出来れば、最悪の事態は回避することができる。テスカ連邦に散らばった銃の回収はもはや不可能だろうが、世界中にばら撒かれるよりはまだマシ、と言ったところだろうか。

 

早くも本国に帰るのが億劫になってきた。一体どんな謗りを受けることになるか分からない。そもそも本国の背広組は椅子に座っているだけだと言うのに……。

 

それに、一部隊を失ってしまった。

 

ハンドガンだけの連中に、すべて殺されてしまった────……。

 

自分たちに復讐などという感情は必要ない。それは任務の妨げになるだけだ。任務を果たすまで、そのような感情は仕舞っておかねばならない。

 

だが……死んだ隊員の中には、自分の友達も、仲間もいた。

 

……拳を握り締める。

 

任務をやり遂げることが、手向けになると信じて。

 

必ず、スーロンのリーダーかエールを始末する。最低限それだけは必ず果たさねばならない。

 

厳しい状況であることは確かだ。手負いの獣が最も厄介なのだから。

 

仕留める。必ず────……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォン、やべえ……! この建物、囲まれてるかも知れねえ……!」

「なに……?」

「なんか不気味なんだ、周囲に人が誰もいねえ! さっき彷徨いてたNHIの連中も、全員姿を消してる……!」

「……ここがそう簡単に気づかれるとは思えんが、まさか──」

 

得体の知れない敵勢力。全貌が見えない──そもそも、ラテラーノという一つの国家を相手にしているようなものだ。

 

たかがテスカ連邦という小国の、所詮一つの都市のギャング組織に、正式な構成員は百人もいないちっぽけな組織に──。

 

たった68人。

 

感染者として各地を追われながら居場所を探し続ける間に、フォンについてきた総勢たった68人がスーロンのメンバー。

 

それがフェイズに出会ったことで力を手に入れ、ついには首都マルガに君臨するまでに至り、末端まで含めると当初の何十倍にも膨れ上がったが、本質的にスーロンとして存在するのは、その68人だけだ。

 

それ以外の構成員など、フォンからしてみれば使い捨ての駒程度に過ぎない。あぶくのように曖昧で、信用もできず、信念も動機もない、数だけは多いクズ同然の連中。事実、現在も連絡など取れるはずもないし、戦おうともしないだろう。

 

すでに、生存しているメンバーは30人を切っていたし、大半は負傷している。無傷なメンバーを探す方が難しい。

 

どの道所詮はただの感染者で、ハンドガンが精々の小さなギャング。罪のない人々を傷つけたし、奪った。どのような信念があろうとクズはクズ。

 

そんな連中が、ラテラーノの組織までを動かした。

 

「……オレ達は、随分遠くに来ていたんだな」

「フォン──。そうだな、俺達、気付けばいつの間にか……殺される側だったのに、気付けば殺す側に回って、それで今、また殺されようとしてんのか……──」

「……皆の調子はどうだ、セイ」

「いいように見えるか? ここで諦めるような連中じゃねえが、NHIの連中と戦争になったって、戦いになるかどうかは怪しいぜ。認めたくねえが……」

「……。そうか」

「おい、どこ行くんだよフォン」

 

通路から作業場へ足を進める。作業場は、今はスーロンの構成員達が休んでいる。

 

作業場からは、普段の活気とは打って変わって、小さな話し声が無数に響いていた。仲間達が傷を抑えて鉄骨にもたれている。

 

フォンが入ると、全員がそちらを見た。

 

悪人面や、髭を伸ばした男、粗暴そうなフェリーンも、全員。

 

放浪を経て、ただの感染者だったスーロンはやがて変わった。ただの人々だったが、暴力に慣れ、痛みに慣れ、生きることへの躊躇が無くなっていった。

 

最初は優しかったあるループスも、拳を振るうことに遠慮が無くなり、優しさをだんだんと捨て去っていった。それが必要のないものだと理解したから。

 

だが、フォンにだけは皆従う。

 

フォンが自分たちにとっての最善を選んでくれることを信じて、手足となる。そうやってこれまで生き残ってきた。

 

「皆、話がある。これからのことだ」

 

放浪の旅は今、ついにこの場所に至った。何人も欠けて、欠けて、欠けて、それでもここまで歩いてきた。

 

「状況が絶望的だということは、皆理解しているだろう。連中──NHIはラテラーノの警察機関だ。連中の扱う銃はオレ達の物とは比べ物にならんほど強い。今日一日で、オレ達は多くの仲間を失った」

 

静寂の中に響く言葉。静かな鉄の空間に、低い男の声が染み渡っていく。

 

言葉の隙間が静けさを生み、無音が嵐のように吹き荒れていた。

 

「……。まだ、戦う意思はあるか」

 

惨状は明らかだった。すでに主戦力の大半を失い、動ける者などほとんどいない現状。敵は高度な武器を使いこなし、数も多い。命懸けでどうにかなるか、ならないか。

 

しばらくの間、誰も何も言わなかった。

 

片耳の吹き飛んだ青年が、その様子に声を張り上げた。

 

「ビビってんのかよ、フォン!」

 

声を皮切りにして、堰を切ったように次々と顔を上げて叫ぶ男達。

 

「こんな状況なんて今更だろうが!」「何回乗り越えてきたと思ってる!」「全員ぶっ殺してやればいい話だろ!?」「諦めるのか!?」「このまま死にたくねえ、お前もそうだろ!」

 

──まだ、終わりたくない。

 

「……」

「フォン、俺たちは……戦う。お前の心配することなんて、何も無えよ」

「セイ」

 

ボロボロでも、まだスーロンの意思は潰えていない。

 

「ああ」

 

ちらり、とフォンは上に目をやった。視線の先には、吹き抜けの階段から下を見下ろす人影。

 

「やってやろうぜ、なあ!」

「ああ! 殺されたやつらの分、きっちりぶっ殺してやらねえと気が済まねえ……!」

 

自分たちで戦意を鼓舞し、士気を高めていくスーロン達に、上の方から浴びせられる一つの声があった。

 

「盛り上がっているところ悪いが、君らだけじゃ無理だ」

 

高まるスーロン達の騒ぎにあって、その声はやけに鮮明に聞こえていた。

 

少し高い声だ。スーロンの大半にとっては、聞き覚えのない声だ。

 

見上げると、二階の手すりの傍に、白髪のヴァルポと真っ黒な天使の輪を持つサンクタが立って、見下ろしている。

 

「気力や決意でどうにかなるなら、君たちはこんなことになっちゃいないだろう。カッコつけた自殺はやめた方がいい。見ていて滑稽だ」

 

──フォンは、その語り口を聞いて目を細めた。何をする気だ?

 

当然、面識があるのはフォンとセイ程度で、紹介などされていない。突然言い出した内容が明らかにバカにするもので、一瞬だけ思考が奪われる。

 

「さっきからここに居やがったみてえだが、てめえ誰だ! 誰か知らねえ野郎にんなこと言われる筋合いはねえよ!」

 

一人が噛み付いた。当然の反応とも言える。

 

「いや何、事実を言っただけださ。正面からぶつかって勝てると思うのは勝手だが、作戦も無しに突っ込む気じゃないだろうね。生半可な相手じゃないよ。君たちチンピラと違って、連中はしっかりとした訓練を受けている」

 

当然、反感が広がる──。スーロンでもない男が突然言い出した内容が、例え的を得ていようと、冷や水を浴びせられて平気でいられるはずもない。

 

だが、その男が纏う奇妙な雰囲気や、背後に控える黒いサンクタの存在が……何か普通ではない。

 

「まあ無理だろうね。連中も次は本気だ。持つ暴力の差が大きいと、戦いにもならない。これは戦争ですらない。そして、生き延びたとしても君たちの居場所はもはやこの国にはないだろう」

 

それに反論しようとして、出来ないのは──本当は皆理解しているからだった。

 

スーロンは一応はギャングの中では最大だが、核となる構成員は少ない。ここ数年で現れた所詮は新興の組織にすぎない以上、この国に深く根付いていない。

 

ギャングなど自分以外は全員敵だ。スーロンに敵対する勢力など山ほどあるし、あぶくのように数を増やした末端構成員の中にすら潜在的勢力が潜んでいる。

 

「どうやら、散々やりたいようにやってきたツケを払う時が来たってことさ。結局難民達の蜂起も叶わない。感染者というただの被害者から、ギャングという明確な悪に成り下がってしまった時点で結末は一つだ。弾圧する大義名分を世間に与えてしまった時点で排除されることはわかって居たはずだ」

 

NHIによって大きく力を削がれた今、スーロンが好き勝手やってきた代償を払わされる時がすぐにやってくるだろう。警察だってそれを見逃すほどバカではない。

 

「尚のこと、君たちはある程度の力と資金を手に入れた時点でこの国を離れるべきだった。いつの時代も、やり過ぎた勢力というのは消されるだけだ。結果論ではあるが、ラテラーノに目をつけられるよりも早く撤退するべきだったんだ。力を得て、世間に復讐するのは勝手だが、何よりも力の使い道を間違えてしまった」

 

そして何より、スーロンが持つ銃を手に入れようと、この国の全ての勢力が虎視眈々と目を光らせているのだ。

 

尤も、エールが言えた口ではなかったが。自覚しながら話す分、余計にタチが悪い。

 

「古来より、暴力に正義が宿ることは稀だ。弾圧や支配に反抗するものは特にね。往々の場合にして、暴力はやり過ぎてしまう。復讐の女神と表現すれば聞こえはいいが、暴力をコントロールすることは難しく……正当な復讐から、悪徳に変貌する場合がほとんどだ。その行為に正義を与えられない場合は、それがはっきりと目に見えてしまう」

 

国家にとって、戦争は正義でなければならない。さもなくばそれは醜い殺し合いということになってしまい、国民が迷ってしまう。

 

人というのは奇妙な性質があって、自覚なく人を傷つけることは多いが……明確な悪と自覚した上で人を傷つけることは、強いストレスと、罪の意識を生み出すことが多い。

 

これは特に、日常的な暴力とは無縁な大衆に顕著だ。その戦争が国家にとって本当に必要なものであるかはさておいて、無条件に暴力を悪と断じる。このため、為政者はいかにして暴力に正義を与えるかに悩まされてきた。

 

「ま、ゴミクズ共にしてはよくやった方だと思うよ。ただの感染者が一時とは言え一国の天辺まで登り詰めたんだ。それを成し遂げた行動力と力は称賛に値する。──だが、君たちの本質は何も変わっちゃいない。殺してきたんだ、殺されもする。元々はただの被害者でも、何よりもそれを選んだのは君たちだ」

 

あるいは、それはスーロンではなく……自分自身を指して嘲笑ったのかもしれないが。

 

だが、この場所にいる()()()()()をも表現していた。

 

「知っているかもしれないが、僕の名前はエールという」

 

──セイやフォンを別として、その名前は少なくない衝撃をスーロンに与えた。エクソリアの英雄は有名だ。

 

言われてみれば、風貌も完全に一致している。真っ白な、肩まで伸ばした髪を後ろで括り、まるで風のような雰囲気を纏うヴァルポ。

 

まさか、本当に?

 

「この国の隣国、エクソリアで戦争屋をしている。……まあ、今は君たちと何も変わらない。この現状をひっくり返す兵器も力も持っちゃいない。窮地にあるのは僕も同じだ」

 

圧倒的な戦力差を引っくり返したバオリア奪還戦は有名だ。レオーネとエールの台頭を象徴した戦い。

 

あるいは、そんな人物がいるのならば──と、期待をする。本人がそれを否定しようと、英雄にはそういう性質がある。

 

「……。一つ、世間にはあまり知られていない事実を君たちに伝えようと思う」

 

後ろに控えていたアンブリエルは、正直気が気でなかった。士気を高めるための話をすると教えられていたが──こんなんじゃあまり効果がないどころか……。

 

「僕も感染者だ」

 

公表してはいなかった。

 

というよりも、ほとんど意味がないと言うべきか。

 

北部は異なるが、南部にはほとんど感染者はいない。それは南部に移動都市、および源石と、それに関連した製品がほとんど存在しないことに起因する。古くからの生活様式を続けていたエクソリア南部には、感染ルートがほとんど存在しないのだ。

 

当然北部は異なる。ウルサスの傀儡となった政府は国力の増強を推進し、その過程で多くの感染者が生まれ、感染者は戦争に伴う人々のストレスのはけ口にされていた。

 

よって感染者にとって、エクソリアは一つの楽園ではあったのだが、内戦が過激化してきたことに伴い、感染者の流入はほとんど起こっていない。

 

英雄に余計な称号は必要ない。感染者はそう長くもない命、エールという英雄の存在はこれからの戦争に必要なものだ。

 

「君たちの苦しみが僕にも分かる……とまでは言わないけどね。ただ、それがどういうものかは知っている」

 

北部は源石の積極的な利用により多くの感染者を生み出し……同時に、移動都市に代表される経済性と強力な軍事力を手にした。

 

だが南部はその機を逃し、古くからの生活様式を守り続けたが故に──統一戦争には敗戦を重ね続け、領地の半分以上を奪われていた。

 

多くの感染者を生み出した方が戦争に有利に立てるというのは、一つの汚れた真実。だが感染者であるエールが南部側に立ち、エクソリア北部及びウルサスに敵対しているというのは、案外皮肉な話ではあった。

 

「だが、僕らは今更ただの被害者には成り得ない」

 

ざわめくスーロンに、言葉が投げかけられる。

 

「今や僕と君たちスーロンは一心同体の関係にある。NHIという共通の敵を抱えているし、これから辿る運命も似たようなものだ。破滅と死が待ってる」

 

勿体ぶった話し方はエールの癖だった。()()にも、よく指摘されたものだ。

 

「だが、それは今じゃない」

 

微かに、締め切った工場内に風が流れているのに気がつく。これは──?

 

「なぜならば、感染者には一つの権利が与えられているからだ。その権利とはすなわち、生き延びようとする権利に他ならない。それは戦う権利だ。自由に生きるために戦う権利が、君たちに与えられているからこそ──」

 

英雄の唄には、炎が廻っている。まるで浸透する水のようで、浮き上がらせるような朝の風のようで。

 

人とは是、その命を燃やして義とする。

 

「戦え」

 

人とは是、道を歩くとしてその命の故とする。

 

古来より、言葉とは力であり、神であった。

 

この世界には、稀に生まれてくる。()()を持つ人間が現れる。

 

「そのための力と知恵は僕が与える」

 

人の心に、炎を灯すことのできる存在。

 

たとえ心に灯った火炎が、体ごと燃やし尽くし、破滅に導こうとも、それに手を伸ばさずには居られない。

 

「戦えッ!」

 

────あるいは、最初に空を見上げたときのような、遠望な風景を眺めた時に、心を動かす感情。

 

微かに生まれた火種。

 

「戦え──ッ!」

 

微かに、火種を小さな風が煽る。

 

炎が生まれようとしている。その生命を燃料として。

 

「死んだ仲間を思い出せッ! その思いを受け継ぎ、前へ進めッ! 思いは受け継がれていくッ、例え死のうと想いは繋がるッ!」

 

フォンもそれを聞いていた。

 

思い出す。仲間たちのことを。死んでいった仲間たちのことを。

 

……埋葬もできずに、すまないな。

 

「この世界でそれだけが永遠だッ!」

 

まるで暴風が渦巻いているようだった。その男は正しく風の化身、荒巻く暴風の具現。ただ、言葉が炎を燃え上がらせる。

 

誰もが拳を、気付かぬうちに握っていた。

 

強く──ただ、強く。

 

「この世界は腐っているッ! 誰も彼もが我が身可愛さに裏切り、利権や経済のために弱者を踏みにじり、僕たち感染者を生み出した源石(オリジニウム)が生み出す利益を享受しているのは、僕たち感染者ではなく国家や巨大企業だッ!」

 

力なき正義は無能であり、正義なき力は圧政である。それ故、正義と力は同一でなければならない。

 

「……そうだ」

 

小さく呟いたのは、誰だろうか。

 

それこそが故、人は力に正義を与えることができなかった。

 

よって人はこそ、強いものを正しいとしたのである。

 

「今でさえ、ラテラーノの利権のためだけに君たちは消されようとしているッ! 今更僕らには正義などと口にする資格はない──だから敢えて言おうッ!」

 

だからこそ、あえて正義を与えよう。

 

「この戦争こそが、君たちの向かうべき運命だッ! この戦争こそが君たちにとっての正しい道であり、正義だッ!」

 

この世界の歴史は、正しいものを強くさせることが出来なかった。

 

正義にこそ力は宿ると言うが、実際はもっと逆で──力は正義に反抗する。力あるものはいずれ廃れるか、腐り落ちるかのいずれかだ。

 

そのため、長い歴史で見ても正義と力が同一であることは稀であった。

 

故に、真の正義を為すには正しいものに力を与える他ない。

 

同時にそれこそ、破滅の始まりでもある。

 

歴史が証明するように、正義こそが永遠ではないからである。

 

斯くして思想家は目を閉じた。だが──。

 

「ここに、君たちスーロンにエクソリアでの安定した生活を約束する」

 

炎は消えなかった。

 

当然だが、スーロンにとっては都合の良すぎる言葉だ。それだけで終わるはずもない。

 

「代償は君たちの戦争であり、血であり、命であり、力だ。当然君たちには一つの選択肢がある」

 

フォンにも話したが、エールにとってはNHIを切り抜けた先が本番だ。バオリア防衛戦に即戦力として投入できる、銃の扱いに慣れた人員がそれなりに必要であるためだ。

 

「ここで選べ。自らの意思で選べ────果てしない泥沼に身を投じて朽ちていくか、僕と共に正義を為すのか」

 

さりとて、彼らがエールが本当に信用しきれるかどうかは……エールにとっても一つの賭けでもあった。

 

彼らの力は欠かせない……というより、彼らの持つ銃は、だが。今は時間がない。エールも同様に、ギリギリの綱渡りをしていた。

 

彼らの火を灯すことができるのか。それはまるで、燃え上がる炎を指して”あの中に飛び込め”と唆すようなものだ。

 

それが出来るかどうか。現状を切り抜けるために、彼らの数と力は不可欠。そしてその先の戦争のためにも。

 

「何も残せないままただのクズとして命を落とすか、共にこの世界で生き抜くか……ッ!」

 

同じ過ちを繰り返すどころか、自覚してもっと酷い罪を重ねようとしている。それは分かっている。

 

分かっているんだ。

 

分かってるけどさ。

 

……。

 

聞こえているか。

 

「選べ、今ここでッ!」

 

僕の声が聞こえているか。

 

「──……、」

「苦しみにも痛みにも犠牲にも意味があったと証明しろッ! それが出来なきゃ僕らはゴミだッ! 価値なんてないッ、だから証明しろ──戦え、戦えッ!」

 

それは何よりも、自分自身への言葉であり、誓いだ。

 

元よりゴミ同然に生まれ落ちた命、それが出来なければ──それこそ、無価値。

 

見えない鎖に雁字搦めにされて、踠き続ける。何より、それを選んだのは僕だ。

 

もう選んだ。

 

選んだ。

 

だから忘れろ。忘れろ。思い出すな。

 

「オレは、あの男に付いていこうと決めている。皆も、自らの意思に従え」

 

長い放浪の旅はいつも選択と闘いの連続で、その度にフォンが先陣を切って生き残ってきた。

 

フォンを信じることを選択してきた。

 

これは、これまでの選択とは違うと……誰もが、どこかで理解していた。

 

「お、俺は戦うぞ……ッ!」

「俺も……どうせ戦うことになるんだ、やってやるッ……」

 

メカニックのフェイズも、英雄を見上げて獰猛に笑った。

 

「……いいねえ、ずっと待ってたぜ……ッ!」

 

あるいは、ここで戦わずに逃げる選択肢もない訳ではない。NHIには土地勘がない。それにそこまで詳細な構成員の情報を得ている可能性も低い。

 

NHIがラテラーノに帰還するまで潜んでいる方が、生存の目は高い。

 

「クソッ……俺は降りるぞ、死んでたまるか……ッ! 」

 

34人の内の、4人が離反を決断した。いずれも、NHIのアサルトライフルの威力を目の当たりにした構成員だ。止める人間もいない。

 

そのまま何処か、地下へと去っていく。

 

逆に言えば、残されたスーロン構成員30人は戦う決断を下した。

 

それを見下ろして、エールは呟いた。火は灯ったか。

 

「……感謝する。この運命の中で、僕たちの銃は紛れもなく復讐の女神となる」

 

静かに、燃ゆる炎が、双眸に灯っていた。

 

あるいは、ずっと以前から。

 

「さて、作戦を説明する。全員よく聞きなよ。これは、全員の命を賭けないと成立しない」

 

賭け金をベッド。

 

チップは当然、運命だ。

 

 




・エール
クズとしての自覚をした。クズはしぶとい

・正義
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はえ^〜すっごい
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