────この戦争の舞台は西区。特徴として、地下に幾つかの秘密通路が通っている。それ以外にはさしたる特徴もない。テスカらしい石造りの建物が並ぶ地区。
『状況を報告しろ』
「内部に変化はなし。……いつでも行ける。まだか」
『全員配置に付いたな。突入しろ!』
「了解」
──NHIの混合二部隊18名による突入。裏側のドアから一斉に雪崩れ込む。フルフェイスの防弾装備に、手にしたアサルトライフル。高度な武装だ。一定の射程圏内に限ってはこの銃は神そのものとなる。
内部に突入し、敵影を素早く確認。クリア、先へ走る。
足音が金属音に変わって波を打つ。
「ッ、来たか──走れッ!」
フォンが敵影を捉えて叫んだ。7.62ミリ弾が荒れ狂う。
「クソ、やられてたまるか……ッ!」
ハンドガンをがむしゃらに撃ちながら構成員の一人も工場の奥へ走る。奥にあるのは──地下通路への入り口。
地下通路はそう広くもない道だ、大勢で追いかけていくことは難しい──と、スーロンたちは考えている、と……NHI側の指揮官はそう判断する。
地下通路の存在は
しかし迂闊に近寄ることも難しい。たかがハンドガンで、防弾装備をつけているとは言え、脅威であることには変わりない。中距離からの制圧射撃を、工作機械を盾に凌ぎながら地下通路へと退却していく。
次々と奥に消えていくスーロンの構成員。建物の構造が邪魔をして近寄りがたい──。
「地下通路に突入。一人も逃すなッ!」
すでに、双方には多くの死者が出ている。それが意味するのは、とことんまで殺し合うしかないということ。当然どちらかが全員死ぬまで、だ。
通路はそれなりに狭く、薄暗い。一定間隔に配置された電球が薄暗い明かりを作っていた。三人も並んで歩けない程度のトンネル。
逃げるスーロンと、それを追うNHI。まるで鬼ごっこだ。
有事の際を想定して作られた地下通路だ、入り組んだ一本道とも表現すべきトンネルの中では照準も合わせられない。
先頭を走るフォンが壁の印を確認して壁の一部分を殴る──爆薬に繋がる信管。フェイズ特製のお手軽爆破キットが威力を存分に発揮。地下通路が崩落し、スーロンと、それを追うNHIの部隊が分断された。
これが狙いか。地下通路に誘導し、爆破させて道を塞ぐことで、逃げ切る。それがスーロンの作戦。確かにある程度は賢明。
「……だが、我々の勝ちだ」
フォンが、追手が道に塞がれたことを確認して一息つく。この先は通路が終わり、広い空間に出る。そこからだ──。
だが、階段を登った先でフォンたちが見たのは、自分たちに向けられていた無数のAKだった。
「────これは、」
「残念だったな。貴様らの狙いなど元から読んでいる。大方このまま逃げ遂せるつもりだったのだろうが、全て無駄だ」
完全に読まれていた。
地下通路の出口ですら抑えられていた。
終わり──。
「……当たった、か」
「さらばだクズ共。あの世で仲間たちに詫びろ」
分隊長を務める男が指先に力を入れ、トリガーを引く────。
「
銃声。
命中したのは、フォンたちではなかった。
NHIの真後ろ、背中に一発の弾丸が直撃する。防弾装備が貫通までは防ぐが、衝撃まではカバーしきれない。
「がッ──は」
呼吸が詰まる。これは、何が起きている?
「読んでいたと言ったな。だが、運はこちらに味方したようだ」
エールは、NHIが出口を押さえるところまで予想し、先行してスーロンのメンバー数人を出口周辺に潜ませておいた。見つからない場所に。
そしてそれにNHIは気がつけなかった。
戦術に置いて、必勝とされる型がある。
挟撃、つまりは挟み撃ち。正面と、背後。
装備の面で大きく勝るNHIだが、前からも後ろからも弾丸が狙ってくる中で勝てるのか。加えてこの至近距離、掃射しようにも味方が邪魔になる。
尤も、これは大きな賭けであった。読み合いというよりは、まるっきりギャンブルと等しい。だが賭けに勝った。
そしてそれは、この状況下にあってようやく対等な殺し合いが始まることを意味していた。
「この銃は、所詮レプリカに過ぎん。だが──お前達を殺すには十分すぎる」
「何を──調子に乗るなよ、
一発の弾丸が飛び出し、すぐに殺し合いが始まった。
一方、道を塞がれたNHIの混成二部隊はすぐに道を引き返した。スーロンの逃げ道は塞がれている。どの道戦闘になれば圧倒的な火力で制圧出来るだろう。
今は引き返し、すぐに地上に登って、逃げた主力部隊を叩くのに合流するべきだ。
工場へ登る階段の目前、地下通路が目の前で爆発音と共に崩落。
「──な、……クソ、しまったッ……!」
地下通路の前後が崩落。つまり、実質的に閉じ込められた。
すぐに瓦礫をかき分けて脱出を図るが──その前に、連続して響いた爆発音と共に、崩れていく地下通路に巻き込まれ、膨大な質量に押し潰されて大半が死亡、あるいは生き埋めになる。
一方、テスカ連邦のNHI仮司令部。
「──B、C隊からの連絡が取れない……ッ、まずい、どうする──」
無線母機を搭載した車両がNHIの司令部の役目をしていた。そしてそれは、現在は西区のホテルの一角に駐車してある。
「くっ……イーザ、聞こえているか、応答しろ!」
無線の向こうから応答はなし。
「……D部隊、工場に突入して状況を確認してくれ。罠の可能性も高い、注意して進め」
『偵察を向かわせるか?』
「いや、戦力の分散は極力行えん。ツーマンセルで工場内を捜索しろ。何者かが潜んでいる可能性が高い」
部隊に何かが起こったということは、起こした何者かがいる。戦闘中であっても状況を報告することは可能のはずだ。だということは、身動きが取れないか、殺されたか。
おそらくは罠。だが……他に選択肢もない。A隊がスーロンと交戦中だが……その結果如何でこの後の戦況は大きく変わる。
ハンドサインによる突入のシグナルと同時に、ライフルを構えて突入。
工作機械の並ぶ広い作業場にD部隊が入り、そこで見たものは──。
「やあ。待っていたよ」
白髪のヴァルポ。英雄エールで間違いない。
「撃てッ!」
無数の破裂音とフラッシュ。だがエールの肉体を捉えることはない。
「話が早くて結構なことだね。僕としては、のんびり会話でも楽しみたいところなんだが──」
工場内に一気に散らばる敵影を確認して、エールは足に力を込めた。
「
ツーマンセルのユニットが工場内に散らばり、エールに対してクロスファイアの陣形を取ろうとするが、それよりも先にエールは駆けた。
過剰出力のアーツがエールの体を補助し、一瞬で接近。不可視の剣を喉に突き刺して掻き切った。
「こぁ、──っ」
「まず二人……ッ」
完全防備故に、血が吹き出しもしない。鈍い音と共に絶命。
「──ッ! 撃て、近寄らせるなッ!」
銃口が影を追う。金属製の機械に衝突し、跳弾して散らばる。
敵部隊を分断し、一部隊を全てエールが引き受けて──殺し切る。無茶苦茶な作戦だが、崩落した地下通路の向こうはお陰で有利な状況を生み出すことが出来た。
あとは、この連中を殺し切れば──。
「い、居ないッ!? どこに──」
「悪いね。お疲れ様」
また二人。姿を見失ったのはエールの使用したアーツ。
蜃気楼に近い現象だ。空間の光を屈折させて自分の姿を消す──。
無茶をしている自覚はある。エールの得意とするのは極小部に作用させるアーツだ。それだけの空間を歪ませるには、かなりの力を出力しなければならない。それに完全ではない。
殺し合いという極限状態にあるためにNHIはエールの姿を見失っているが、よく観察してみると、違和感のある空間が確かに存在していた。だが全て明かりを消した暗い工場内と、焦りが見失わせていた。人間が消えるはずがないという先入観も大きい。
「撃てッ、弾幕を張れッ! ヤツは必ず何処かに居るッ!」
そして、エールはその無数の銃弾が飛び交う戦場の中で、一発にも当たってはならない。すでに一発狙撃を受けていた。これ以上は失血死する。
それはまるで、限界まで水を張ったコップのようだった。水は今にも溢れ出そうとしていて、もう一滴垂らすだけで決壊する。
あるいは、壊れるのはコップそのものかも──。
掌から伸ばした数ミクロンのブレードが、また一人、一人と命を奪う。
「がッ──この……ッ!」
「なっ──」
首を貫かれた隊員が、最後の力を振り絞ってエールを掴む。すぐに片方の手でとどめを刺すが──見逃すほど、NHIの隊員の練度は浅くない。
全方向からの掃射から身を隠し、背後──工場の奥、地下通路にもつながる資材置き場へ。
「逃すなぁッ!」
命を落とした隊員たちの命に報いなければならない。この絶好のチャンスを──絶対に逃さない。
隊長が咄嗟に手にして放ったのは、.44マグナム。強い火力を誇る小型拳銃。
扉に逃げ込む前に、その一発の銃弾は蜃気楼のように歪んだ景色に吸い込まれて──エールの片腕を吹き飛ばした。
「────ッぁ、ぐ」
扉を閉め、鍵を閉めながら、エールは痛みで曖昧になりそうな意識を必死に堪えている。
まるで自動車事故のような衝撃が、腕を吹き飛ばされて尚体に残っている。
それさえ掻き消してしまいそうな痛み。それと、激痛の中で見えた自分の右腕。
床に落ちて滑った一本の腕の切断点はぐちゃぐちゃになっていて、砕けた骨と血管と肉が混ざって、酷い有様だった。
「──はぁっ、はあっ……、はぁっ、は────」
叫びたいのを必死に堪える。今はそんなことをしている場合では──。
傷口も似たようなものだ。半袖が真っ赤に汚れてひらひらと舞っていた。
服を破り、肩から横腹を伝うようにキツく──左手と歯を使って、これ以上ないほど冷静に、冷静に────。
ドアが変形していく。特にドアノブを銃弾で破壊しようと、馬鹿らしくなるほどの銃弾が撃ち込まれていた。
──ダメだ。
意識が朦朧とする。
痛い、痛い。痛い。
アーツはおろか、戦闘など論外。もはや放っていても失血死は遠くなどない。止血がどうのではない。腕一本分の血を丸々失った。
主に右手をアーツの起点としていた。それが無くなった今、以前と同じようにアーツの行使が行えるかは疑問だ。
「はぁっ、はあっ……! クソ、僕は、まだ……終わる、訳には……ッ!」
資材置き場に何かないか──何もないだろう。事前に確認済みで、使えそうなものは全てスーロン側の部隊に回した。
一人で全員片付けるのはやはり無茶だったのか。いや、しかしこれぐらいでもなければ勝利は無理だった。
……いや。よくやった方だろ。
クズにしては、上手くやった方だろう。半分近くを片付けたんだ。あとはフォンたちが向こう側で勝利して、なんとか勝ち残ってくれれば……。
きっと僕はここで死ぬだろうが、それでも。
それでも────。
死にたくない訳じゃない。
いつだって死にたかった。僕が何よりも嫌っていたのは、僕自身だった。早く死ね、といつも思う。今だって思う。
よかったじゃないか。やっと死ねる。
やっと終われる。
やっと、楽になれる。
『ブラスト』
──……思い出しても、意味がない。そんなこと、思い出すなよ。今更意味がない。
『いつか、きっとね? 私たちの戦いが終わって、平和な毎日が送れるようになって』
ああ、いつだったか……。そんなことを言っていたっけな。
『そしたらさ、また遊びに行こうよ。一緒に……行動隊のみんなとかも誘って、全部から解放されてさ』
あの時僕はなんと答えたのだったか。彼女はどんな顔をしていたんだったか。
『そんな日が来るって信じてる。君と一緒なら、きっと大丈夫だって、私は信じてる』
ブレイズは強かった。
『大丈夫! きっと出来る。ね、ほら』
僕は、そんなブレイズのことが嫌いだった。
『だって、この世界は案外優しかったりするから。私が君と出会えたように、君だっていつか』
手を伸ばせ。右腕はもう無いが、まだ左側が残っている。
僕にはまだ頭も心臓も足もある。
使い道のないものが、まだここには残されていた。
棚の段ボール、フェイズとかいうメカニックが、何のために仕入れたのか知らないが、そこにはある。
取れる手段もそう多くない。まして、今の状況ならば。
生きるためじゃない。これは、死にたくないからじゃない。
透き通ったオレンジ色の石。
それは、この世界の元凶にして、僕を作り上げた一因。
あるいは、ロドスが生まれた理由そのもの。歴史で流れた血の理由。
純正
『いつか、また──────』
左手で掴む。拳大の石。高級品。
素手で掴むのは初めてだ。それなりの重さがした。
「ああ。また、いつか」
僕は
食え。
食らって飲み込め。
これはこの世界の歪みの象徴。食い尽くせ。
この身に取り込め。
異変が瞬間的に起こる。
胃に入ったその瞬間から、激痛が和らいで、頭がクリアになっていく。鎮痛剤としての作用もあるらしい。至れり尽くせりだ。
この場所が死に場所として悪いとは思わない。
だが、僕は勝ち続ける。生きる。
この炎がいずれ体も心も焼き尽くして、灰になるまで。
ドアが蹴り破られ、銃弾が室内を焼き尽くす。
蜃気楼が景色を歪ませ、隠した。
大幅に向上したアーツの運用効率と、出力。今ならば、やれる。
「ッ、いない!? どこに──!」
「アーツで体を隠しているだけだッ! 体はある、撃てッ!」
これまで、風の刃は自分の体の延長線上でしか使えなかった。距離が離れると威力が極端に低下し、風が散ってしまっていた。
だが、今はもう違う。
密室から生まれた暴風により、銃口の軌道は乱れ、どころか体ごと後退せざるを得ない。
視界にいる全ての人間の喉元の空間に干渉。ピアノ線のような薄い圧力場を形成。それで十分だ。人を殺すのに大層な力は必要ない。頸動脈を切断するだけで、十分だ。
銃を落とす。
首元を押さえて、突如として発生した異変に混乱し、そのままに脳への血流が止まる。頭痛と共に死ぬ。それだけ。
「ば、化け物──……」
外で銃を構えていたNHIの仲間達は、その異変に気が付いてより慎重に銃を構えた。
距離は5メートルあるか。
だが、そこは圏内だ。今、そうなった。
男達の、頭部周辺に限って大気圧が極端な減少を起こす。強い耳鳴りと頭痛に顔を抑える。
近寄って、左手を振るえば終わり。
最後の一人。この隊を率いていた隊長だけがエールの他に生存していた。
エールの風貌と、修羅のような目を見て、この戦場で化け物がたった今誕生したことを理解した。
肩から先が吹き飛んだ断面から染み出した血が半身を染め上げ、真っ白な髪まで所々赤く汚れている。
目に見えない竜巻が、エールを囲うように吹き荒れていた。
それは正しく風の化身。自らを燃やし尽くす炎の中にいる。
アサルトライフルを撃ち尽くしたとしても、まるで殺せるイメージが湧かない。そして呟く。
これが英雄、か。
「……貴様は、楽には死ねんぞ」
「そう。それじゃ、またいつか」
左手から放たれた風刃が、男の首を切り飛ばした。
「オラぁッ、死にやがれッ!」
最後の一発を撃ち切って、セイは辺りを見回した。
もう、NHI側の生存者はゼロだ。殺し合いが結果を伴って終わった。
「……勝った。勝ったぞッ! ざまあみやがれ、クソ共がッ! よっしゃああああああッ!」
スーロンも無傷ではない。元々少なくなっていた構成員を更に減らした。
呼応して、歓喜の叫び声があちこちから上がった。皆傷だらけだったが。
だが、勝った。
「まだ
「わ、わかってるって。けど大丈夫だ、向こうもきっちり仕事したに決まってる。な、フォン」
「……ああ。そう信じよう」
そして今は、生き残ったことを喜ぼう。
拳を掲げて、スーロンは叫んだ。
ただ、生きてることを喜んだ。
「──クソ、何が起こっている……ッ!?」
司令部の男、現地のNHIの指揮系統の一番上にいるサンクタは焦燥の中にいた。
全部隊と連絡が取れない。
これが意味することが何なのか、何が起こったのか。
アサルトライフルを始めとする軽火器は、全てを圧倒する暴力だ。油断も慢心もなく、スーロンを殺し尽くせる算段はついていた。
全滅したのか、まさか。
「……だとすると、私はどうすれば────」
「どうもこうもないっしょ。あんたの向かうべき道なんてありゃしないっての」
振り向く。空きっぱなしのドアから、鮮やかなピンク色の髪を持つサンクタが入ってきていた。
黒い天使の輪。優先目標であるアンブリエルだ。一目で理解する。
手に、リボルバーを構えていた。
「一つよ。たった一つ……あんたの向かうべき道は、一つだけ」
司令部を捜索し、潰す。それがアンブリエルに与えられた、最初の命令。
ようやく見つけた。
「なぜ……なぜ祖国を裏切った!?」
「裏切ってなんかないわよ。そもそも最初っから仲間だなんて思っちゃいないしさー。そもそもあたしにはもう、故郷なんて必要ない」
「──黙れ、堕天使がッ!」
ホルスターからハンドガンを取り出し、アンブリエルの脳天を貫く──。
一発の銃声が生まれて、消えた。
「……じゃあね、
去っていく。全てに背を向けて、地平線が描くずっと遠く、遠く向こうへ。
歩いて、生きていけ。
この殺し合いの結果は、この命が証明する。
その後の話。
満身創痍どころか死にかけのまま、エールはスーロンを率いてエクソリアへと帰還。戦場の常識を覆すような新しい武器”銃”を用いて電撃的に戦況を覆す。
北部に対し、対応させる暇を与えないまま強襲を繰り返し、犠牲を出しながらも敵軍の将を討ち取ることに成功。バオリア防衛戦は英雄の働きによってレオーネの勝利で幕を閉じる。
それが一体どんな運命を生み出すのかは、まだ誰も知らない。
まだ、誰も。
期間が空いて申し訳ないです。リアル事情が落ち着いてきたので多少は更新頻度が上がる……かもしれないです
・源石
理性が足りない時にかじるおやつ
・アンブリエル
かわいい
・ブレイズ
メインヒロイン
・エール
右腕を喪失。おやつかじったら強くなった
次でマジでこの章のエピローグです。なんでこんな長くなったんだ?(本気の疑問)