猫と風   作:にゃんこぱん

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A perfect day.

アンブリエルは忙殺されていた。

 

「──ちっがーう! あんた舐めてんの!? 当たる当たらない以前に、マトモな構えをしろっつってんでしょー!?」

「は、はいっ!」

「もう一回!」

 

レオーネに増築された射撃訓練場、レーンに並んだ兵士達が射撃訓練を行なっている。

 

アンブリエルは何と、教官役に抜擢されていた。銃の扱いに長けているのはレオーネではアンブリエルただ一人なので当然ではある。

 

フェイズら開発部が、NHIから鹵獲したAK-47を参考に巨額の予算を注ぎ込んで何とか形にしたAKレプリカ。国家予算を分配されると聞いた時のフェイズの喜び方は、それはもう半端ではなかった。

 

「ちょっとそこのあんた、あたしの話聞いてなかった!? 撃ち終わったらセーフティー掛けろって散々言ってんでしょ! 事故って死にたいの!?」

「い、いえ──」

「あーもう! 確か前も似た様なミスしてたっしょ。あんた今日の走り込み倍にしてもらう様にヤン教官に言っとく。覚悟しとけ」

「ちょ、それは──」

 

当初こそそれなりに丁寧に教えていたが、サンクタであり、高度な訓練を積み重ねてきたアンブリエルにとって、兵士たちの下手さと言ったらなかった。生まれつき銃を扱えるサンクタではないため、当然だったのだが……。

 

兵士とは訓練を重ねることで力をつけるが、順調にいくとは限らない。特に銃の訓練に関してなど、アンブリエルしか経験したことがないのだ。

 

レオーネ自体も、練兵は手探りで続けているのが現状。何せノウハウが薄い。元南部軍から人材を引っ張ってきてはいるが……。

 

圧倒的に、人手が足りない。

 

戦う兵士の数も、それを育て上げる教官の数も、武器も資源も金も時間も。

 

人手不足というのは、どの場所、どの時代にあっても普遍的かつ単純で、それ故に解決が難しい問題だ。

 

という訳で、アンブリエルは今日も力の限り怒鳴り散らすのであった。

 

そして昼食の時間になり、食堂は今日も賑わう。

 

「は──……。疲れる……」

「おっつかれー、アンブリエル」

「ん、チャーミーじゃん。おっつー」

「……その、毎回思うけど。チャーミーって何?」

「何って何よ。かわいいっしょ」

 

それなりに、アンブリエルも日々の中でレオーネに馴染んでいた。黒い天使の輪っかという目立つ風貌のアンブリエルは、名物教官にまでなっている。

 

チャン・リ・ミンというレオーネの事務職員は、何でもかんでも呼びやすい様に省略するアンブリエルにため息をついた。なんだチャーミーって。

 

「短いのよねー、エクソリア人の名前ってさー。ハンとかミンとかティエンとか、発音の問題だろうけどさー、あたしにはどれがどれだかさっぱりだし」

「まあ、それは発音の問題だし……。共通語だとそうなっちゃうのは仕方ないの。そもそもエクソリア語での表記を無理くり共通語で表すの、やっぱり無理があるって」

「言葉って難しいねー」

「ねー……」

 

食事も当然、エクソリアのものであって、ラテラーノのモダンな食べ物ではない。スパイスの効いた食事にも慣れてきた。

 

「あ、てかさーてかさー、食堂のデザートってもう少し豪華になんないわけー? チョコとか出さないのー?」

「アンタね……。私たち事務職員が資金繰りにどれだけ悩まされているか知った上で言ってんの?」

「金ならいっぱいあるっしょー」

「な、い、わ、よ! これでも食費には大分予算を割いてんのよ! 士気に関わるからって言う上からのお達しなのよ!」

「”上”ねー」

 

まあ慣れないとはいえ、それなりに食事は美味しいと思う。

 

「そんな金ないわけー?」

「まーね……。私は結構下っ端だし、そこまで詳しいことを知ってるわけじゃないけど……資金のほとんどはやっぱ装備とか、武器とかに分配されてるのよ」

「ふーん……」

 

まあ、そりゃそうだろうな、とは思う。

 

銃器開発部門からは大体いつもフェイズの高笑いが聞こえてくる。金が大量に流れてくるからだろう。

 

「はーだるぅ……。忙しすぎるっしょ、最近さー……」

「それ。バオリアの後からよね、これ……っていうか、あんたはその辺でレオーネに来たんだっけ」

「んー、まあそんなとこー。コネよ、コネ」

 

あの戦争の裏で何があったか知るものはそう多くない。まあ秘密にするほどのものでもないが、話すと長くなるし、面倒だから適当に濁す。

 

バオリア防衛戦後、レオーネは急速な組織の拡大を急いでいた。

 

銃……というよりは、あの時点ではハンドガンのみだったが、何もバオリアはハンドガンだけで勝てた訳でもない。当然の様に死闘で、ギリギリだった。

 

最終的に敵大将の首を奪ったのは銃ではなくスカベンジャーの刃だったことからも、その事実は読み取れる。

 

「てか、チャーミーって何でレオーネに入ったん?」

「あれ、話したことなかったっけ?」

「なくね?」

「そう? えっとまあ色々あるけど……一番はやっぱり、この国の力になりたいからかなぁ」

「へー、あんたそんなキャラなん?」

「何アンタ失礼ね。私にだって愛国心くらいあるっての。てかみんなそう。南部の人間にとって、生まれ育った場所は大切なのよ。フツーよフツー」

「あたしにはよく分かんないけど……でもやってることは結局戦争よー?」

「そりゃあそのくらい分かってるわよ。でも……北部に負けた時のことなんて、考えたくないから」

 

南部の人々が北部に抱く印象は共通している。

 

支配的で、抑圧的。

 

バオリアが北部の支配下にあった時も、北部軍の横暴が目立った。兵士と地元民との摩擦が激しく、かなりの問題になっていた。バオリアは元々は南部領だったが、エールが現れる少し前に北部に奪われていた。

 

「国や家族を守るためってヤツ。立派でしょ」

「そーね、立派だと思うわ。マジ」

 

幸いだったのは、元々この国には正義が用意されていたこと。支配に抗うためなら、暴力は神聖化される。特に問題だったのは、兵士の精神面だ。殺人という罪を国民が許そうとも、内側から責め立てる声は大きい。

 

よって、それを正義が許していることは、兵士達にとっての救済ではあった。

 

「ま、もちろん早く終わってくれればいいとは思うけどさ」

 

レオーネが掲げる目標は、北部に奪われた全領地の奪還。

 

その先には、おそらく北部との和平を目指しているのではないかと推察されるが、それ以上はわからない。

 

スパイシーな鶏肉を頬張る。ラテラーノにいた頃のジャンクフードではなく、何処か暖かい食事だ。悪くない。でも辛い。スパイスが辛い。

 

「まあ……それにはあたしも同感ね」

「あ、てかアンタこそ何でレオーネに入ったのよ。私まだ聞いてないんだけど」

「あれ? 話したっしょ」

「話してないけど」

 

アンブリエルとミン──チャーミーは、出会って三ヶ月程度しか経っていないとは言え、波長が合うのか仲がいい。その程度の話は、とっくに話したとお互いが誤解する程度には仲が良かった。

 

「ま、行き場がなかったってのが理由の10割っしょ。あたしも色々あってさー」

「色々って何よ、色々って」

「そりゃーあんた、色々に決まってるじゃん。この天使の輪っかとかよ」

「あー、うん。聞かない方がいい?」

「いやー、別にー? 別にあんたになら話してもいいけど、長くなるし面倒だから今はパス。それに……」

「それに?」

「ん、やっぱなんでもない」

「……? あ、まさか」

 

チャーミーは少しニヤリとした。

 

「男?」

「──っ!? は、ちょ、ち、違う、違うしっ!」

「何その反応。ギャグ?」

「違うしー! 違う違う、ありえないっしょ! あ、あんなヤツ……」

「ほぼ答えよねそれ。え、嘘。あんた男いたの? うっそでしょ? アンタのこと、私は仲間だと思ってたんだけど」

「何の仲間よ! てか違うし! いないいない、いーなーいー!」

 

食堂の騒がしい一コマ。必死の否定の声も、食堂の喧騒にかき消されて消えていく。

 

それはまあ、力も心もあげるって言ったけど、そういう意味じゃ……いや、そういう意味かも……。

 

でもそれにしたって恋愛対象じゃない、絶対ありえない。あんなクズ男に……。

 

「ちょっと何、顔赤くしないでよ。なんか腹立ってきたわ」

「は!? 赤くないし! ちょっとスパイスが効きすぎてるだけだし!」

「何アンタ、恋のスパイスってヤツ? ちょっと気取りすぎじゃない?」

「あんたぶっ飛ばすかんねマジ! 違うったら違うの! てか何が恋のスパイスよ!」

「アンタみたいなテンプレ系とか初めて見たわ。実在するんだ──」

「はああああああああ!? 誰がテンプレ系だって────!?」

 

とても騒がしい日々。

 

だが、心を許せる友人が出来たことは、アンブリエルにとって新しい鮮やかさをもたらした事は確かだ。

 

「で、相手は誰?」

「うっさい!」

 

少々下世話なのが、玉にキズだが。

 

 

 

 

 

 

「────んー……。これもーちょい銃身長い方がよくねー?」

「やっぱそうか? おーけー分かった、じゃあこっちはどうだ」

 

構えて撃つ。サンクタは生まれつき銃を扱える。どんな銃であろうと、一定の成果を出すことは可能だ。

 

──微かに、右にブレる。

 

「ちょっと、これダメじゃん。銃身が曲がってるって」

「んだと? おいおい……こいつ作ったの誰だ? あ、俺だった」

 

フェイズはそんな調子で銃身を観察する。だが目に見えるレベルでの変形は見られないが──。

 

「……まだ技術不足みてえだ。なぁ天使サマ、新しい機械買う金くれ」

「あたしに言わないでよ。つーか金足りないの? いっぱい使えるって話じゃん」

「ま、最初はバカみたいな金くれるっつー話だったし、マジだったから最高だったんだが……全然足りねえ。それに技術も浅え。マジモンに近づけんのは簡単じゃねえ。そして何より深刻なのが、人手だ」

 

広いはずの工房には、所狭しと工具が並んでいた。壁には張り紙。”注意一秒怪我一生。安全には気をつけよう! 指差し確認、ヨシ!”。ヨシ!

 

そして、それなりの人数が作業をしていた。機械を設定したり、設計をしている技術者達だ。

 

この工房は特に、銃器の研究、製造を任されている。サルカズの技術者、フェイズがトップを務めている。エールの肝入りとして、他の武器開発部に比べても多額の予算を配分されていた。

 

「ま、しゃあねえことなんだがな。銃の技術者なんぞエクソリアにいるはずもねえ。あーあ、ラテラーノからエンジニアでも引っ張ってこれりゃ、話も違うんだがなー」

「出来るわけないっしょ。銃の知識を持つラテラーノ人は出国が厳しく審査されんの。まず無理。ボヤいてないで、とっとと狙撃銃開発してよねー」

「あん? いいじゃねえか、天使サマにゃあNHIの連中から奪ってきた()()があんだからよ」

「メンテとかも必要なの。狙撃銃は特に繊細でめんどいし、奪ってきた弾薬もそう多くないんだしさー」

「はっ。まあ俺様に任せとけよ。もっと使える連中を工房(ここ)に回せって()()()に伝えとけ」

「はあ? 自分で言いなさいよー」

「いいだろそのくらい。天使サマから伝えた方が効果ありそうだしな」

「なんでよ」

 

フェイズもニヤっと笑って言った。なんだかよく分からないがとてもムカつく。

 

「なんでって、そりゃあ決まってんだろ? 英雄の愛する堕天使サマなんだしよ」

「は、はぁ……っ!?」

「あれ。違ぇのか?」

「違うに決まってんでしょ。絶対違う。あいつは愛とか知らないから。絶対そう」

「元スーロンの連中は全員そうだと思ってるけどな」

()()って何よ」

「付き合ってんだろ?」

「違うーっ! いい!? あたしとあいつはそんなんじゃないから! 分かった様な顔すんのうざいからやめてくれる!?」

「そんなんじゃねえってな。じゃあなんなんだっつー話だろ」

「そりゃあ決まってんでしょ!? えーっと──」

 

勢いのままにまくしたてようとしたアンブリエルだが、言葉に詰まった。

 

あれ。あたしとあいつって……一体どういう関係なんだろ。

 

友達……ではないし。仲間……っていうのも、確かにそうなんだけど、しっくりこない。それに恋人はない。絶対にない。ありえない。あんなクズと付き合うとかまずない。いや、別に……顔は悪くないし、金もあるだろうし、嫌いじゃないし。いややっぱ嫌い。

 

てか絶対浮気する。絶対する。本人にその気がなくても気づけば泥沼になってるタイプ。間違いない。

 

だからといって、他人じゃない。無関係とは真反対だ。

 

だが、その関係にはどういう名前をつければいいんだろう。

 

「──とにかく! 別にあいつとはそんなんじゃないし、あんたはとっととこのライフルを改良すること! まともに使えるヤツを作れっての!」

 

そう吐き捨ててアンブリエルは踵を返してずんずんと去っていく。

 

「はいはい、わっかりまーした。やれやれ、エンジニアの苦労も知らねえで気楽なもんだぜ」

 

肩を竦めて、フェイズはまたライフルを掴んだ。

 

やるべきことも、やりたいことも大量にある。軍の犬ってのも悪くない。

 

 

 

 

 

 

午後二時。

 

今度は書類仕事。事務から上がってきた報告書や重要な書類にハンコを押していくだけの簡単な仕事。

 

急速な拡大が必要となったレオーネでは、組織に関する権限をかなり個人個人に委託している。上層部──エールやグエンなどの確認を通さないことで、より早い仕事が可能になる。企業との提携や兵士の募集等だ。

 

一刻も早い成長が必要なレオーネではこの方式を採用している。当然、個人による裁量が大きくなることでデメリットも生まれる。優秀な人材はより高い活躍ができるが、そうでない場合は通常よりも仕事が遅くなる。あるいは、横領や不正なども生まれやすくなるが、それよりも組織を大きくすることをエールは優先した。

 

と、いう訳でエールの代理を任されていたアンブリエルは、報告書を読んだり、特に重要な書類にハンコを押すくらいしかやらなくてもいい。

 

だが……。

 

「はー……。プレッシャー……」

 

特別顧問とかいうよく分からない役職に付いているエールだが、実質的なトップだ。この椅子に座る人間がレオーネを動かす。

 

エールがアンブリエルをその椅子に座らせたのには別に大層な理由などないのだが……代理とは言え、一つの組織のトップは流石に荷が重い。

 

だが、断ることもできない。

 

「──おい」

「ん? どなたー?」

 

顔を上げると、いつの間にか机の前に一人の人間が立っていた。いつ入ったんだろうか、と思うが、なんだか慣れてしまった。

 

「ベンジャーじゃん。どしたんー?」

「スカベンジャーだ」

「長いっしょ。ベンジャーでいいじゃん」

「……ちっ。まあなんでもいい。あいつはどこだ」

「まだ入院中よ」

「いつまでのんびりしてるつもりだ、あいつは」

「もーちょいよ。で、何の用?」

「連中の始末が終わったとヤツに伝えておけ」

「……みんなさー。自分で言えばいいのに。てか連中ってなに?」

「それだけ言えばあいつは理解できる」

「はいはい、分かったわよー」

 

それだけ言うとスカベンジャーは普通にドアから出て行った。

 

相変わらずよく分からない女。

 

まあエールとは仕事上の関係だけみたいだし、別にいいか──と。何がいいのか全く分からないが。

 

それからしばらく書類仕事をした後、いくつかの特に重要な書類を持って、アンブリエルは執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

──やがて、いつの間にか夕暮れが空を染め上げていた。

 

国立病院の個室。常に満室な病院で、相部屋ではなく個室というのは少々豪華ではあったが、それも仕方ない。

 

面会の許可などは取らなくていい。そういう風にしてある。好きな時に会いにくればいい。その人物に用がある人間など、南部には山ほどいる。

 

──真っ白なカーテンが、窓から入ってくる風に揺れて、今はオレンジに色づいて、不思議な空間を作り出していた。

 

夕焼けの時間は好きだ。感傷的な気持ちにさせる。

 

それに、とても綺麗だから。

 

どれもこれも真っ白な病室も、今は色を変えていた。

 

そいつの、まるでシーツみたいに白い髪も、今は緩やかなグラデーションに染まっている。

 

体を起こして、何やら分厚い本を読んでいた。集中しているのか、まだアンブリエルには気が付いていない。

 

左手だけで器用にページをめくり、何を考えているのか分からない様な、曖昧な表情で文字を追っていた。

 

アンブリエルは、少しだけその横顔を眺めることにした。

 

顔立ちは、それなりだと思う。長い訓練の結果、遠目には細いと思える体は、実は全て絞り切られた筋肉だ。右肩から先の袖口が、風に揺られてひらひらと舞っていた。

 

哀れだとも、痛ましいとも思わない。どうせ全部自業自得だ。そいつが悪い。

 

穏やかな目だ。何も知らなければ、優しい顔立ちと判断するだろう。

 

棚にはいくつかのフルーツ盛り。側にはファイルの山と、紙束が積み上がっていた。

 

不意に、そいつは顔をあげた。

 

「……来てたんだ、アンブリエル。声くらいかけてくれればいいのに」

「いつ気がつくか試してただけだし」

「そう。試した結果はどうかな」

「んー……。秘密」

 

なんか気に食わないから、言わないことにした。

 

ベッドの横の椅子に腰を下ろす。

 

「はいこれ。ここんとこの重要そうな書類。目ぇ通しといてね」

「うん。みんなの調子はどうかな」

「別に、前も話したっしょ」

「そうだね。だが、今の君の印象が聞きたい」

「……そ。まー、いい感じじゃない? 順調に拡大中ってヤツ? あ、ベンジャーがなんか言ってたよ。連中を始末したってさ」

「一応、彼女にはスカベンジャーっていうコードネームがあるんだけどな……」

「いーじゃん。こっちの方が呼びやすいんだし」

 

──微かに。スカベンジャーという名前が出て、アンブリエルはほんの微かに口角を下げた。言われたって気づかないほど、ほんの少しだけ、不機嫌に。

 

「てか連中って誰? 始末ってことは、あんまロクな話じゃなさそうだけどさー」

「ん、知りたいの?」

「……いや。別にいい」

「そう」

 

ぺら、と。

 

エールは書類を眺めた。本当に真面目に読んでいるのか疑問なほどに、側から見れば適当に流し読みしている様にしか見えない。

 

「ちょっと、ちゃんと読んでる? ここんとこの北部の情勢と、特殊工作部隊の編成に関しての報告書。大事じゃん」

「読んでるよ。僕が指示したことの確認をしているだけさ」

 

スカベンジャーを中心とする特殊工作部隊。表沙汰にはできない任務や、敵地への潜入、工作を主な任務内容とする部隊の設立案は、エールが進めてきたものの一つ。

 

まあ、おそらくは汚れ仕事を中心にやっていくことになるだろう。アルゴンに関しては大方裏側の方まで掌握出来たし、次はアルゴンか。

 

頬には、以前見られなかった特徴が一つ追加されている。

 

黒く浮き出た源石結晶。感染が以前よりも進んでいる証拠。

 

「……ん? まだ()()が気になる?」

「いや、んー、まあ……。大丈夫なんー? それさー」

「頭部や顔に源石が浮き出るのは、感染が相当進んでることの証拠だ。通常は表面積の多い腹部や足に出る。ま、血中濃度が上がってくるとこういうこともある」

「詳しいね、あんた」

「以前は感染者の治療会社で働いていた。それなりに知識はつくし、自分の状態だって理解しているさ」

「ふーん……」

「いくらエクソリア南部が感染者に対して差別意識が低かろうと、こうも目に見える形での異常というのは、僕の立場的には少々厄介なんだが……何事にもメリットとデメリットが存在する」

 

左手で頬を撫でるエールの口元は、上がりも下がりもしない。喜びも不安もない。

 

「何、またなんか悪どいこと考えてんの?」

「悪どいとは失礼だね。実は感染者の受け入れ政策を進めようと考えている」

 

ほら言い出した。唐突にめちゃくちゃなことを言い出す。

 

「な……何それ。何する気よ」

「人手不足が深刻なのは君も知っているだろう。元スーロンの暮らしも安定している。現在の南部の象徴が感染者だし、それなりに上手くいくかもしれない」

「え、でも……感染者ってさー、死ぬ時アレじゃん。新しい感染源になるんでしょ? それはどうすんのよ」

「戦争で死んでもらう。死因が鉱石病(オリパシー)でなければ、二次感染は起こり得ないからね」

 

やはりと言うべか、エールは平然と言い放った。

 

「────。レオーネに入れて、兵士にするってこと?」

「そんなところだ。尤も、適切な防護策を取ることが出来れば、鉱石病(オリパシー)の二次感染を防ぐことは可能だ。僕だって過激なことをするつもりはないさ。人から人への鉱石病(オリパシー)の伝染は起こり得ないし、国民に鉱石病の正しい知識を教えることが出来れば、各国の感染者はこの国で、穏やかな暮らしを営むことが出来るかもしれない」

 

スケールが大きい。

 

この男は、いつもそんな感じだ。物事の視点が高い。思いも寄らない、めちゃくちゃなことを言い出す。

 

きっと世界を変えるのはこんな男なんだろう。

 

だが、裏返せば……一人一人の感情を理解していないとも言える。

 

当然だ。一万人を上空から俯瞰したときに、一万の中の一人の表情など分かるものか。

 

ましてやそれが国という単位に拡張されたとき、一人の価値は限りなく平等になる。

 

そうでなければ、戦争など出来ない。一人の痛みや悲しみをいちいち背負っていたら、潰れてしまう。あるいは、もう潰れてしまったのか。

 

「スーロンという前例はある。彼らの様な元ギャングでも、この国ではそれなりに役立っている様だからね。特にフェイズは思わぬ拾い物だった。彼がレオーネに入ったのは、やがて大きな意味を持つだろう」

 

そう。そしてそれを実行し、成功へと導くだけの力……運命じみた流れをこの男は持っている。

 

「兵士でなくとも、この国にはやはり人が足りない。労働者や技術者はどれだけ居たって足りない。経済的な発展は人手が必要だ。それも今すぐに、大量に。まともにやっていたらこの状況は、一年や二年で解決は出来ない」

 

何よりも、個人的な私情を一切排除している。戦争のために、あるいは南部のためにエールは行動し続けている。

 

だからこそ、レオーネはここまで大きくなったし、勝利を重ねているのだ。

 

ただ、最も根源的なエールの動機は、極めて個人的な感情だったのだが……今は、それも捨てた。

 

「国や人々が見捨てた感染者だ。僕が拾ったって構わないだろう」

「……ほんと、あんたってさ……悪いこと考えるのは上手よねー……」

「さてね。これを一口に悪と断じることは難しいかもしれない。視点を変えればこれは正義だ。弾圧された感染者を少なからず救う可能性が高い。当然様々な問題は生じるだろうが、些細なことだ」

 

英雄としてのエールの名声や人気は、虚栄や見せかけではない。

 

個人としてのエールがどれほどクズであれ、エールは本気で人々のために動いている。レオーネで働く人々は、それをどこかで理解しているからこそ──レオーネに所属しているのだ。

 

「それに、君もいる。問題ないさ」

「──え、ちょ、は……はあ……っ!? 何、なになになになにっ!? 口説いたって無駄だからねー!?」

「……別に口説いてないけど。事実を言っただけだ。これでもそれなりに頼りにはしている。君に僕の代理を任せたのは間違いじゃなかった」

 

正面からはっきりとそんなことを伝えられると、アンブリエルはどうしていいか分からなくなる。

 

この話で最も重要な点は、エールは事務仕事と特別顧問代理をアンブリエルに任せたが……情報や指示は全てこの病室の一室から出せる様にしてある、というこの一点に尽きる。

 

それでもまあ、あの椅子に一応は誰か座らせておこう、という考えだった。そもそもエールはそんな重要な頼み方をした覚えはないし、アンブリエルにもそれは伝えていたはず。

 

ただ、アンブリエルが張り切りすぎていただけという、それだけの話。

 

「ま、まあ? べ、別に、頼まれたからやっただけだし。それだけだしっ」

「そう。ありがとね」

「い、いいし別に、お礼とかいらないし」

「そう?」

 

喜怒哀楽の激しい天使を、割と本気で不思議そうにエールは眺めた。今日も妙にテンション高いな、と思った。

 

「──っ、そ、そうだエールっ。その、お礼ついで頼みがあるんだけどさ!」

「……どうしたの。そんな緊張しなくても、君の頼みならなるべく聞き入れるけど」

「あ、あのさ。退院してから、暇……暇な時でいいんだけどっ、その……一緒にパフェ、食べに行かないっ!?」

 

実は、ずっと誘おうと思っていた。チャーミーと一緒でも良かったのだが、せっかくだし財布として使おうと思っていた。

 

本当は今は、パフェ奢ってって自然体で言うつもりだった。でも口が滑った。それだけ。本当にそれだけだ。

 

「悪いが、当分僕に暇はない」

 

そんな些細な勇気は、残念ながらエールには伝わらなかった様だ。

 

「こ……このやろーっ! そこはいいよって言えよーっ!」

「うーん……分かった。次ここに来た時には何か甘いものでも仕入れておくよ。それでいい?」

「あんた、あたしには甘いもん与えとけばいいって思ってんでしょ、そうなんでしょ!?」

「違うのかい?」

「ち、違わないけど、違わないけど!」

 

ああ、なんということだろう。

 

間違ったってこの男には言わない。言えない。絶対に、口が裂けたって言うものか。

 

分かってた。この男は本当に気が利かない。()()()()感情の動きにはさっぱり理解してない。乙女心ってものが一ミリも分からない。知ってた知ってた。分かってた。

 

言えるはずがない。

 

“あんたと一緒に食べに行きたい”なんて、そんな事……絶対に言えない。恥ずかしくて言える訳がない。

 

「じゃあいいじゃん」

「こんな薬品臭い部屋で、スイーツが楽しめるかーっ!」

 

そんな訳で、アンブリエルの忙しい一日は過ぎていくのであった。

 

ガチ目のパンチを軽々とエールに受け止められた。

 

「ちょ、防ぐなっ、あたしの怒りを食らえーっ! このっ、このぉっ!」

「残念。悪いが、君が僕に一撃入れるためには、戦闘訓練が全く足りない」

 

左手一本で器用に捌かれながら、今日もアンブリエルは叫んだ。

 

おお、神よ。やっぱあんたクソだわ、クソ。

 

なんだってこんなバカにあたしが振り回されなきゃいけないのか。

 

それにしたって──側から見れば、これ以上ないほど堕天使は楽しそうだった。

 

孤独だった少女は、いつの間にか笑う様になった。眠い朝に、怠そうに起き上がって、ちゃんと身嗜みを整えて、毎日を過ごす。

 

あるいは、それが天使にとっての救いであったのかもしれない。

 

この命の使い道は決めた。だから、それでいい。

 

この男の抱える過去も暗闇も、意思も道も、きっと……どうすることも出来ない。

 

だけど、せめて側にいると決めた。それで十分だ。

 

「このっ、約束しろーっ! 美味いもん食わせろーっ!」

「はいはい、いつかね。いつか」

「いつかっていつよーっ! はっきりしろー!」

 

ああ、それで十分だ。いつか。

 

そう、いつか。

 

叶わなくとも、道半ばで倒れようとも。側で生き、側で死ぬ。

 

この世界に永遠はない。だからこそ。

 

天使は英雄に、永遠を描き続ける。




A perfect day.
アンブリエルが得たもの。



・アンブリエル
かわいい。

・フェイズ
スーロン共々レオーネに所属した。生き生きしながら銃器開発中。

・ヨシ!
指差し確認ヨシ! ヨシ!! ヨシ!!!
だんだんゲシュタルト崩壊していきます

・レオーネ
拡大中……

・スカベンジャー
また汚れ仕事してる…… ( ´・ω・`)
次からのメインです

・エール
また悪どいこと考えてる……( ´・ω・`)
感染の影響がどうなるかはまた次の章でやる予定です

アンブリエル編終わり!
次の章こそパパっと終わらせます。たぶん……
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