猫と風   作:にゃんこぱん

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闇夜に生きる周回してたら投稿遅れました。
シナリオ良かった……。Wちゃんはよ


2−3 陽炎の輪郭
1096年7月14日:夏影の底


レオーネの勢力は南部議会に食い込み始めていた。

 

エクソリア南部にも、当然政府は存在する。大統領制を採用しているため、南部には大統領という役職が存在する。

 

だが、エールがエクソリアに現れる以前……バオリアを北部に占領された際、その戦火に巻き込まれて大統領が死亡したことを皮切りに、政府は機能不全に陥っていた。

 

この主な原因は、北部からの侵攻が激しくなっていたにも関わらず、南部の大企業幹部や市長、副大統領ら権力者が互いに利権争いを繰り広げていたから──というのは、当然表沙汰にはなっていない。

 

名目は、次の通り。

 

大統領が死亡した今、誰が南部のトップに立つのか?

 

そんなこんなで争っている内にエールが現れ、全てを掻っ攫ってレオーネを設立。そのまま実質的な南部自体の指導者となり、戦争だけにとどまらず、政治までを一時的とはいえ管轄下に置いてしまった。何しろその時にエールが取った手段が何よりも明快単純だったのが大きい。

 

その手段とはつまり、強力な暴力による支配と、利権によるアメだ。従っている限りは以前とそれほど変わらない利権を与えられる。目の前で市長を捻り殺されれば誰だって恐怖する。次はお前だ、などと言い出してもおかしく無いような人間だ。

 

だが、いつまでもエールにいいようにされたままの権力者たちではない。そもそもその程度で大人しくしているなら、のし上がってきてなどいない。

 

一つ複雑な状態なのが、実質的な今の政府がどこにあるか、という点。南部領がアルゴンただ一つになっていた時期、市議会と市長を中心に南部は動いていた。その流れで、バオリアを奪還した今も臨時政府はアルゴン市議会が担っていた。

 

尤も、エールが市長を始末し、トップに成り代わったのだが……。

 

だがそれは、実質的なトップであって、名目上のトップは空席のままだ。

 

その曖昧な状態が数ヶ月続き、そしてついに押さえつけられていた議員や権力者たちがエールに反撃を始めようとしていた。

 

 

 

 

 

1096年7月14日:夏影の底

 

 

 

 

 

 

年中を通して暖かいエクソリアだが、最近は特に気温の上昇が激しい。

 

どういうことかというと、夏季──つまり、夏が訪れようとしていた。

 

赤道に近いエクソリアに春夏秋冬の概念はないが、平均気温の年中を通しての変化は存在する。大雑把に言うと、暑くなる時期と、あまり暑くない時期がある。無論暖かいことに変わりはないが。

 

流れる汗が鬱陶しい。

 

纏わりつくような湿気と熱気。日陰の涼しさも今は焼け石に水。大した変化はないが、それでもないよりはマシ。

 

「──いっ、命だけはっ! 頼む、全部本当のことなんだっ!」

 

溜息。

 

暑さに対するものか、それとも──さっきから命乞いに忙しい、目の前に這いつくばる男に対するものか。

 

冷たい瞳に当てられ、男は一層恐怖に煽られた。怯えた視線の先に、赤く染まった大剣。

 

「じゃあリ・ハン製鋼がなぜ、お前みたいなクズ連中と繋がっている?」

「し──知らねえっ! 知らねえよ! お、俺はそんなこと知らなかった、ただ頼まれたモンを運んでただけだっ! ブツの中身なんて見ちゃいねえ、珍しいことじゃねえだろッ!?」

「ち……」

「そ……そうだ、スパイ、俺が組のスパイをするッ! 情報も全部あんたに流すッ! だから──」

「必要ない」

 

大剣が弧をなぞって仕事を果たした。

 

「恨むんなら、そうやって生きてきた自分の生き方を恨むんだな」

 

そして、生きている者がスカベンジャーを除いて居なくなった室内は、ついにそのまま誰も居なくなった。

 

──暗闇を歩き、泥と血に汚れ、刃を振るう。

 

それがスカベンジャーの生き方。

 

すでに慣れ親しんだこの人生を、あるいは彼女は恨んでいたりするのだろうか?

 

それは、まだ誰も知らない。

 

彼女自身を除いて、まだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かりかり。

 

独特の摩擦音を、無理矢理文字で表現すると、そういう風になる。

 

それにしても、嫌に窮屈な感覚だ。やっぱりまだ感覚が慣れていないのだろう。左手で書くのは、慣れない。

 

インクが紙に染み込んで形作る。無数の文字の行列。

 

ノートに書き込みを続けていたエールは、ふと顔を上げた。

 

じめっとした室内にはやはりというか、スカベンジャーが居て、壁に持たれて目を閉じていた。

 

「……相変わらず、かな。ドア、開いてなかったはずなんだけど」

「あんたが鈍すぎるだけだ。集中していたようで結構だが、警戒心が足りないんじゃないか?」

「……そう、みたいだね」

 

エールは不思議そうに顔を傾げた。

 

以前より、鈍っている。

 

気配を感じる感覚や、勘とも表現するべき能力が、ほんの少しずつ──。

 

「ま、報告を聞くよ。何かわかった?」

 

ぱたん、と。エールは表題のないノートを閉じた。

 

「ハズレ、だ」

 

白い漆喰が、太陽光を反射して薄暗い室内をモノクロに染めていた。室内灯を灯さないせいで、どこか室内には憂いが漂っていた。そういう錯覚。

 

「そう」

 

短い一言。

 

「やっぱり、簡単にはいかないね」

「それで、どうするつもりだ」

「……仕方ない。もう少し裏側に潜ろう。僕は表側から働きかけて見るよ」

「表側?」

「うん。そうだな……揺さぶりを掛けてみよう。リ・ハン製鋼はリン家の持ち会社だ──リン家にアクションを起こしてみる。君は裏側から反応を探れ」

「アクションだと?」

「んー……。どうしよう。そうだね……確か、こんな話を聞いたことがある。リン家は南部でも屈指の名家で、強い資金力と影響力を持っているけど──……。図体が大きい。獲物が大きい分、狙いやすくもあるんだってね。狙うならそこかな」

「ふん。さっさと命令を寄越せ」

 

長話に付き合う気はなかったスカベンジャーは、鼻を鳴らした。

 

そんな表情を見て、エールは薄く苦笑いする。

 

「夜の帳、というバーがあるらしい。見かけは普通のバーなんだけど、実は裏で仲介屋をしているって情報があってさ。そこに潜入して、リン家に関する仕事を引き受けてくれ」

「仕事はなんでもいいのか?」

「うん。なんでもいいから情報を集めてきてほしい。このカードを見せれば仲介してもらえるはずだ」

 

放り投げたカードを受け取って、出て行く。

 

ふと、エールはその背中に声を投げた。

 

「そういえば、これが君の最後の仕事になるね」

 

微かに足を止めた。

 

「やっぱりレオーネに残ってくれたりしないかい?」

「あんたの死に様を見届けようとも思ったが、事情が出来たんでな」

 

もともとただの傭兵だ。特に、エールの私兵的な位置付けにあったスカベンジャーだが、それなりの仕事をこなしてきた。

 

だが元々根無草のドブネズミ。依頼主に裏切られてきたことも一度や二度ではない。

 

レオーネを去るのなら、残念だが止めはしない。事情も聞かない。

 

彼女は優秀だが、替えが効かないわけでもない。その辺りが現実的だった。

 

「ま、最後の一仕事……頼んだよ」

 

返事はなかった。

 

足音が遠ざかっていった。

 

エールはそんなスカベンジャーに、一人肩を竦めて……少し、誰もいない執務室を眺めた。

 

当然、自分以外誰もいない。エールは立場柄様々な立場の人間と会うことが多い。そのため、完全な静寂はそれなりに久しぶりでもあった。

 

────ふと、瞬きをする。

 

デスクの前に、ジフが立っていた。

 

フェリーンの、どこか気まぐれな雰囲気と、緩んだ口元。見慣れていた部下の姿。

 

そして、この世にはもう生きていない仲間の顔でもあった。

 

ジフは何か口を動かして、喋っているように見えるが……エールには、まるで音のない映画フィルムのような存在感の無さと、無音しか感じ取れない。

 

テスカ連邦の一件以来、部下たちの幽霊に変化が生じていた。以前は頼んでも居ないのにベラベラ喋って居たが……病院で目覚めた時から、彼らの声が聞こえなくなった。

 

何かを喋っているのだ。エールが一人になると、決まって現れて、何かを伝えようとしているのか、それとも意味もなく話しかけてきているのかはもう分からないが──何かを言っていることは分かる。

 

だが、何も聞こえない。

 

触れられもしない。

 

「……なんて、言っているのかな。お前は」

 

独り言。

 

()()()()()執務室に、反響して、消えていった。

 

そうすると決まって、笑うような、気まずそうな顔を浮かべて──。

 

もう一度目を閉じて、開けた時には消えている。

 

亡霊。

 

それはかつて、この世界に誰かが生きて居たことを証明する陽炎の輪郭。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暑い。

 

ひたすら暑い。

 

「──ちょっと! スカベンジャー、聞いてるの?」

「……いや」

「もう!」

 

妙なのに捕まった。素直な感想だった。

 

「っていうかさ、スカベンジャーって普段何してるの? あんまりレオーネでも見かけないしさ」

「……別に、あんたに教える理由はない」

 

一目捉えられたが最後、腕を掴まれ、喫茶店に連れて行かれるまでがワンセット。押しが強すぎた。

 

「いいじゃない。隠すようなことがあるの?」

 

真っ直ぐな瞳に見つめられる。

 

ミーファン。仕事上の関わりなど一切なく、ただ……何かと関わらざるを得ないというか、向こうから来るというか。厄介な人物。

 

バオリア防衛戦ではたまたま戦場で遭遇し、助けて以来やたら絡まれるようになった。

 

何も知らないお嬢様だ。簡単にあしらってやればいい。

 

だが──まるで、過去の()()に今の自分を知られてしまうような、奇妙なバツの悪さが返答の邪魔をした。

 

「あ。そういえばさ、スカベンジャーってどこで暮らしてるの?」

「なんでそんなことを聞く?」

「いや、遊びに行ってみたいなーって」

 

それこそ戦慄さえする。話題がバウンドしすぎだ。

 

「……ダメ?」

「お前は……なぜ私に構う」

 

正直頭を抱えたかったし、実際に珍しく額を抑えて項垂れていた。ギブアップ、降参宣言とも取れる。

 

長い間裏社会で生きてきた。必然的に、スカベンジャーは他人を信用しない習慣が身についていたし、深く関わりあうことも避けてきた。

 

こういう人種はたまに出会う。いわゆる”優しい”人種と言われるような。スカベンジャーに言わせれば甘いだけの連中であり、すぐにでも突き放していた。

 

今回も、そうなるはず……だった。

 

だったのだが。

 

「私があなたのことを、もっと知りたいから……ふふっ、なんてね。この前のバオリア防衛戦、きっとスカベンジャーがいなかったら、私はあの時死んでいたと思う。だから、かな」

 

天敵とも言える。

 

悪意を持って接触してきたのなら、とても容易に対処できる。慣れているからだ。

 

だが、こうも真っ正面から善意と好意をぶつけられると逃げ場がない。どうすればいいのか分からなくなるからだ。

 

「……ずいぶんお荷物になってくれたがな。お陰でずいぶんやりがいがあった」

「うん。迷惑をかけてごめんなさい。それと……あの時助けてくれてありがとう」

 

またこれだ。

 

ミーファンは、黒く滑らかな髪を揺らしてはにかんだ。

 

「まだ、お礼言ってなかったから」

「……別に、成り行きだ。助けたくて助けたわけじゃない」

 

──何か、意地になっているような気がした。

 

アイスコーヒーに口を付けるミーファンと対照的に、喫茶店に入っておいて何も飲まないスカベンジャー。出されたものを信用できないのは癖になっていた。

 

「それに、もうすぐ意味もなくなる」

「……? どういう意味?」

「レオーネを去ることにした。どうせいなくなる人間に世話を焼いても、意味などない」

「え、そうなの?」

「……事情が出来たんでな」

 

まるで言い訳をするような自分の言い草に、どこか呆れる。

 

「事情って?」

「……別の仕事が入った。それだけだ」

「え、じゃあまたレオーネに戻ってくるの?」

「……いや。私にとっては、レオーネの仕事(こっち)が一時的な仕事だ」

 

いやに口が滑る。ミーファンのようなただの一兵卒に聞かれて困ることでもないが……。不用心すぎる。

 

ミーファンの視線から逃れるように、ガラスの外を眺めた。

 

「ねえスカベンジャー。仕事って、つまり、その──」

「あんたには関係ないし、知らなくていいことだ」

 

そうやって、スカベンジャーは突き放した。

 

今までそういういい子面をしてきたような連中は、これで大体引き下がる。面倒ごとも終わるし、さっさと仕事を片付けてしまえばいい。

 

「そっか」

 

だというのに、胸にこびり付いて剥がれない、嫌な後味の悪さは──。

 

「でもそういうの、多分向いてないと思う」

「────お前に、何か分かるものか」

 

反射的に拳を握りしめた。

 

誰がなんと言うか、それは好きにすればいいと思う。だが、侮辱だ。例え誰でだろうと、許せない言葉があり、ドブネズミにも過去はあるのだ。

 

「お前には分からない。分かってたまるか……!」

「うん。分からない。分からないけど……でも、私は……嫌だな」

 

これ以上付き合ってられない。

 

乱暴にテーブルを立って、歩き出す。

 

扉を開いて、去り際にちらりと振り返った時のミーファンの表情に、スカベンジャーは感じたことのない、苛立ちに似た何かを感じた。それを理解する必要も、その気もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私、NuoSE(ノース)より参りました、ハノルと申します。この度は貴重な機会を頂きまして、誠にありがとうございます。さて、早速ですが──』

 

ことの始まり。レオーネ本部の最上階、エールの執務室に一人の男が来訪した。

 

『レオーネの特別顧問、エール様にひとつご提案がございまして。北部との戦争では様々な物資、および人員が不足しているご様子。そこで、もしもお困りのようであれば──我々NuoSE(ノース)より、援助を行わせていただく用意がございます』

 

発展途上国のエクソリアには珍しいきっちりしたスーツにネクタイ。クソ暑い中、完全防備のビジネスマンといった風貌。

 

『北部からの侵略に立ち向かわねばならないのは我々企業連合としても、南部の一員としても当然のことです。しかし申し訳ありませんが、無償とは参りません』

 

そのNuoSE(ノース)からの使者の第一印象は、とても面倒くさそう──これに尽きる。少なくとも、エールはその人物から何かいい予兆を感じ取ることはできなかった。

 

『条件がございます。いえ、決して悪い話ではないと考えますよ──北部との戦争に関して、レオーネの幹部に、我々の指定した代理人を何人か加えて頂きたいのです。理由と致しましては、我々とレオーネの橋渡しを円滑に行わせるためです。それと、代理人にはいくつかの権限を与えて頂きたいのです。いえ、簡単なものですよ──これに関しては、後ほど』

 

そして同様に、全くの予想外からの()()であったとも呼べる。

 

『そしてもう一つ。レオーネの第三武器開発部──銃器開発部との共同技術開発の権利を、リン・チェ技研に与えて頂きたい』

 

なるほどなるほど。

 

この場でぶっ殺してやろうかな。

 

本気でそう考えながらも堪えたのは、北部と戦争している中で内側とも戦争することは避けなければならないから。

 

『その対価として、レオーネ、およびエール様に多大な援助を約束します。具体的には軍事用車両五千台の貸与、多額の融資、そして人材です。労働者不足を補うための感染者受け入れ政策は確かに始まりましたが、率直に申し上げて……そこまでの成果は見込めていないのではないでしょうか? 失礼ながら、今のレオーネには彼らを受け入れて、訓練させるだけの時間的、あるいは資金的な余裕がそれほどあるようには見受けられない、と考えております』

 

こういった連中は以前からも来ていた。

 

だが──これほどの規模は初めてだ。チンケな詐欺師連中ではない、本物の刺客だ。

 

『ですが流石にこの場でお返事を頂けるとも考えておりません。勝手ではございますが──今日より10日後、すなわち……7月20日までに──承諾か、拒否か、いずれにせよ、です』

 

という訳で、エールは更なる厄介ごとを抱え込むことになった。

 

『さて、色良い返事を期待しております──()()()()()、よろしくお願い致します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ。実際どうなん? あたしその辺よく分かってなくてさー」

「……。なんでお前、ここにいるの」

「え? そりゃあアレよ、……なんとなく?」

「は──……」

 

当然のようにベッドに寝っ転がっているアンブリエルを、エールは見下ろした。何してんのこいつ。

 

「ってかさー、何ここ? 英雄なんだからもーちょいゴージャスな家にしようよー」

「……セーフハウスの一つだよ。大体僕みたいな立場の人間が目立つ場所に住めるか」

「えー? 目立つ立場じゃん」

「暗殺とか、襲撃とかの危険が大きいってことだよ。寝込みを襲われたら堪ったものじゃない。だから普段はレオーネで寝泊まりしてるんだけど……」

「たまには帰ってきたくなったってこと?」

 

そう目立つ内装でもない。どこまでも普通で、エクソリア式の真っ白い家。だだっ広いと感じさせるのは、インテリアや家具がそれほど置かれていないからだ。

 

だがそれでも、一般的な認識で家族が広々と住める程度には広かった。もっとも、表向きの住所にするために必要なだけで、ほとんど帰ってきてもない。

 

「……さて、もう一度聞こう。アンブリエル、どうしてお前、ここにいるのかな」

「いやー、だってあんたがくれたあたしの部屋、めっちゃ狭いしさー、壁薄いし……」

「レオーネの女子宿舎だ。一人部屋にしてやっただけでも感謝されていいと思うんだけどね」

「いや、てかほら、そん時はまだあたしレオーネにちゃんと協力してなかったから、狭くても文句言う筋合いじゃなかったけどさー。最近あたし働きすぎじゃん?」

 

真っ白いシーツの上をごろごろと転がりながら調子良くアンブリエルは話す。全く使われてないせいか、綺麗なままだ。

 

「で、ちょろっとこの家の鍵あんたの机からパクって来たって訳よ。天才じゃね?」

「……あのねえ。ここは安全の保証された場所じゃない。次からはやめたほうがいい」

「安全〜? ここアルゴンじゃん。最前線のバオリアならともかく、危険なわけないっしょー」

「全く、お前の言う通りだったら僕も少しは楽なんだが──」

 

エールは息を吐いて肩を竦めた。

 

「敵は外側だけじゃない」

 

太陽が沈んだ今の時間。アンブリエルが勝手につけたエアコンは、それなりの性能を発揮して幾らかの熱気を鎮めていた。

 

外は夜の熱気、寒暖差──と言うより、湿気の差だろうか。外と中で急激に変化した気温が、湿った肌を嫌に感じさせた。

 

「あー、あれ? なんか来てたっしょ。何だっけ……オース? や、ノースだっけ。北?」

North()じゃない。NuoSE(ノース)……意訳だが、企業連合のことさ。National union of South Exaliaの頭文字を取ってノース」

 

エールが現れる以前より、エクソリアでは百年に渡る内戦が続いていた。だが特に北部がウルサスの援助を受けてからは戦況の悪化が激しくなり、南部の企業体は一つの連合体を作り上げ、経済を保護しようとした。その結果企業連合というものが出来上がってしまった。

 

「何年か前の話さ。領土を北部に奪われるたびに物価は高騰していく一方で、企業は材料や資金を入手するのが極端に難しくなっていっていた。加速度的なデフレをもたらし、経済は困窮──北部との戦争に負け続けると、そんな泥沼から抜け出すことはより難しくなった」

 

この辺りの知識は最近備えた。それは、そうする必要があったからに他ならない。

 

背負っていたリュックを、広いだけの空間に立てかけながらエールは独り言のように話した。癖のようなものだ。現状を再認識するための。

 

「そんな悪循環を断ち切るためにみんなで力を合わせて何とかしよう──って名目で企業連合が結成されたはいいが、その後の南部経済には大した影響を及ぼすことは出来なかったみたいだ」

「まー、バオリア取られてちゃもう無理よねー」

「そう。結果的に何一つとして経済回復に貢献することは出来なかった。失業する人々も多い中、デフレは止まらなかった訳だ。だが倒産していく企業が多い中、南部連合──ノースに加盟した企業はほとんどが今日まで生き残っている。これがどういう意味か考えてみると、見えてくるものがある」

「それってつまりさ──他の企業を置いておいて、自分たちだけ生き残ったってことじゃん」

「そう。つまり同業他社がデフレに耐えきれず倒産していくほど、製品の独占率が向上していき、結果的に生き残ることに成功した。そしてバオリアを奪還した今、この戦時下にあって奇妙なほど成長を続けるおかしな現象が発生している」

 

冷蔵庫からペットボトルを取り出して飲もうとしたエールは、中に入っていたジュースやら菓子やらスイーツやらを確認してため息をついた。謎の生活感と、自炊用の食材が一切入っていないことがアンブリエルのくつろぎ様を表している。ここお前の家じゃないんだけど。

 

「ま、別に悪いことじゃない。生き残るための戦略としては上々だと思う。ただ……結果的な事実としては、また経済格差が広がったっていう事実は残った。だが共倒れよりはマシさ」

「じゃー別に良くね? 後ろ暗いトコないんなら、さっさとノースからの援助受け取っちゃえばいーじゃん」

「僕もそう思う。本当に後ろ暗いところがないんだったら、ね」

「ふーん……。で、どこ怪しいの?」

「僕も正確に予測出来ている訳じゃないが……現時点では二つかな。一つは、援助のサイズだ」

「ちょっとしかないってこと?」

「逆だね。大きすぎる。不自然なほどだ──特にエクソリアみたいな発展途上国の、それもつい最近まで経済危機に遭っていた連中の出せる規模じゃない……と、考えている。あるいはそれほどレオーネが評価されているとも考えられるが、それも違和感がある。何かありそうだと感じてね」

 

さて、国民のレオーネに対する期待や感情はいいが、企業からの評価となると少し異なる。レオーネがバオリアを奪還したことで経済は回復傾向にあるが、それとこれとは話が別。企業の視点は、そこにどれほどの利益と経費が発生するか、だ。

 

その点に限って言えば、レオーネはそれほど大きな経済効果を南部にもたらしてはいない。レオーネ創立の時に脅して巻き込んだ企業は別として、国内からの影響をそれほど受けたくないレオーネとしては関わりを薄くする方針にしているからだ。

 

「そしてもう一つ……こっちは理論的なものじゃない。僕の勘だ。僕は大体十歳くらいから約十年をヴィクトリアのスラムで過ごしたが、その時に色々鍛えられてね。特に重要だったのは人を嗅ぎ分ける嗅覚だ。ま、僕は大して嗅覚が鋭い訳じゃないし、一目でそいつがどんな人物なのかまでは分からない。だが、これは間違いなくそれだ、と確信を持つ程度のことは出来る」

 

ノースから来たビジネスマン風の男。名前を何と言ったか、いちいち覚えてないが……印象ははっきりしていた。

 

「あれは、ヴィクトリアの貴族連中と同じ臭いだ。人を見下し、自分たち以外は全て食い物程度にしか考えていない、クソどもの臭いがした」

 

貴族。

 

決して逆らってはいけない者たち。昔、ヴィクトリアで生き延びていた時は、何よりも彼らの目に留まらないことが何よりの優先事項だった。

 

力ない者は、強者に見つかってはいけない。その感覚は今でさえ拭いきれず、微かな震えと、無条件の苛立ちが沸き立つ。

 

「そうすると、連中の狙いが大体どんなものかはっきりしてくる。つまりは戦争の主導権が欲しいんだろう。僕のような外様が気に入らないのか、それともレオーネの武力を恐れているのかははっきりしないし、何か別の目的があるのかもしれない」

 

ノースが要求した条件の中に代理人をレオーネの幹部にすることが挙げられていた。大方その辺りからレオーネに干渉を始めてくるつもりだろう。

 

「だが、断るのも難しい。ノースは今の臨時政府とも当然繋がっているし、最悪の場合は僕がレオーネから弾き出されて乗っ取られる可能性もある。何せ連中は企業連合……調べてみればすぐに分かる。連中の背後に資本家や政治家がわんさかいる──言い換えれば、貴族どもだ。敵対することになる」

 

北部と戦争をしている最中に、背中から刺される事態は避けなければならない。そうなればレオーネ、ひいては南部は終わりだろう。

 

そうさせてはならない。

 

だがノースの言いなりになるのもいい未来は待ってはいない。

 

「内側に獅子身中の虫を飼うか、それとも国内に敵対勢力を持つかの二択ってことさ。全く面倒なことになって来た……」

 

アンブリエルはしばらく話を黙って聞いた後、なんでもない顔で一言だけ。

 

「────で、あたしは誰を殺せばいいわけ?」

 

至極当然のように。

 

エールは少し驚いたようにアンブリエルの方に顔を向けた。

 

「何よその顔。使いなさいよ、あたし狙撃手(スナイパー)じゃん」

「……いや。君もレオーネに馴染んで来ていたようだから、正直使うつもりはなかった」

「はあ!? あんたふざけてんの!?」

 

突然大声を出されれば、いくらエールでも驚く。

 

「あんたね……そんなの余計なお世話ってモンなの! 何のためにあたしがレオーネに来たと思ってんのよ!?」

「急にどうした?」

「どーしたもこーしたも、一緒に来いっつったのあんたじゃん。まさかこのままあたしにフツーのフリさせとく気?」

「……んー、まあ。そんな仕事熱心だったの、お前」

「ちょ、別に仕事が好きな訳じゃないっての!」

「じゃあなんでまた」

「は──はぁ!? いや、それは別に……っ、その、いいじゃん、何でも……」

 

しどろもどろになったアンブリエルの妙な様子にエールは首を傾げた。どうした?

 

「もういいし。寝る」

「そこ僕のベッドなんだけど」

「ちょ、何急に……まさか一緒に寝るとか言い出さないでよねっ!?」

「んな訳ないだろ……。上に予備のヤツが入ってるし、そっちで寝るよ」

「なんだ……ふん」

 

むしろがっかりしたような、ほっとしているような複雑な顔をするアンブリエルを放って上に上がっていくエールだが、一つ地雷を踏んでいった。

 

「必要なことはスカベンジャーに任せてある。生活の心配はさせないとは言わないが、やられっぱなしで終わる心配はいらない」

「あんたさ、マジ人の気持ちわかんないね」

「本当に何なんだ? 僕は何か怒らせることを言ったか?」

「知んないし。ほら、さっさと行ったら?」

「……そうする。それじゃ、おやすみ」

 

返答はなかった。

 

アンブリエルは毛布を被った顔の下で、小さくおやすみ、と呟いた。

 




・スカベンジャー
レオーネに来たのは"仕事"だったらしい。
裏社会の傭兵として生きてきたが、そうなる以前は──?
かわいいというよりかっこいい

・ノース
英語とかは適当です
つよそう

・エール
ヴィクトリアで暮らしていたことがあったらしい
暮らしていたというより、生き延びていたという表現が正しい。

・アンブリエル
かわいい……

不定期更新続きます。すいやせん
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