衝動的に書き上げました
多分今年最後の投稿だと思います。良いお年を
「クリスマス……って、なんだ」
ブラストは頭を抱えた。
誰も彼も──主に、ブラストが抱えている行動隊B2の面子が騒いでいる単語。
「隊長〜、もっとナウな感じで行くっすよ。クリスマスはクリスマスなんすよ」
「……えーっと。で、何。仕事は?」
「まあそりゃあるっすけど。でも今日はロドス全体的にそんな感じなんすよ? 隊長はちょっとロドス空けてたんで知らないかもっすけどね」
行動隊B2に与えられている部屋では、数名のオペレーターが寛いでいた。それを眺めつつ、ブラストはキーボードを叩く。データベース検索。
「えーっと、クリスマスとは……聖夜?
「や、違うっすよ」
「じゃあ何だ?」
「騒ぎたいんすよ」
「なんで?」
「だってほら、今年ももう終わりっすよ」
「……まあ。そりゃ、確かにそうだけども」
妙なところは生真面目なブラストは、クリスマスを理解しようとして資料を読み込むほど、今のロドスの浮かれた雰囲気とのギャップに理解が及ばなくなっていく。
「去年こんなのやってなかったよね」
「去年はほら、まだ訓練地獄じゃなかったっすか。つかそん時もみんな言ってたんすよ? ただ隊長がオレ達を地獄の底に叩き落としてくれていたお陰で流れたっすけどね、クリスマス」
「……そうだったっけ?」
「そうっすよ」
ジフは去年の地獄を思い出した。
当時はまだ行動隊B2が結成されて間もない時期で、ブラストによる無限訓練が行われていた時期であった。当時のブラストはそれはもう酷いもので、面倒くさがりながら隊全員を相手にひたすら戦闘訓練や基礎訓練をしていた。
一切の手心を加えず、なおかつ精神を抉る言葉を次々と突き刺してくる。
ブラストは、自身の訓練にも、部下の訓練にも手は一切抜かなかった。
“弱いんならもっと考えろ。出来ないんなら出来るまでやれ”。
“君たちは弱すぎる。価値がない”。
“甘すぎる。プライドなんて捨てろよ。何でもいいから僕に傷一つ付けてみろ。何でもやれ──僕の言っている意味、分かる? 転がってないで立て。立てっつってんだよ、出来なきゃゴミだよ?”
「……そんなんだっけ、僕。え? そんな感じだったっけ?」
「お、覚えてないんすか!? ちょ、イーナ! 聞いたっすか今の!」
ソファーに寝っ転がったまま、イーナは怒りよりも呆れが勝った。
「思い出したくない。ジフ、去年あった楽しいことなんて、隊長の悪口選手権ぐらいだったじゃん。やめよ?」
「そうだぜジフ。ルインなんて毎日吐いてたんだからな」
「ハンスはいいっすよね。昔は昔って割り切れるし──でもオレはあの恨みは忘れてないっすよ」
行動隊B2編成当初、ジフたちはそれなりのやる気とプライドを持って臨んだ。ドーベルマン教官の訓練を乗り越えたことが大きな自信に繋がっていたのだ。
それを徹底的に打ち砕いたのが、現在過去の黒歴史を聞かされて顔を覆っているブラストだ。
悪口選手権は1週間に一度開催され、イーナが7回、次いでジフが3回悪口選手権グランプリに輝いていた。特別評価賞にはイミンが選ばれた。
主にブラストに対する敵意と恐怖によって、行動隊B2は絆を深めていた。今でもたまにクソヴァルポとか呼んでいたりする。
「っつー訳で、隊長。クリスマスやりましょ」
「……いや、えーっと、うーん。え、ほんとに僕、そんなんだった……? マジで……?」
「マジでーす」
それでもブラストの訓練を受け続けたのは、積もり積もった苦しみの復讐をするためでもあるが──それ以上に、ブラストが強かったからだ。
最初の頃は、全員で掛かっても触れることも出来なかった。
誰しも、ブラストが自身に課している訓練の風景を見れば絶句する。量と密度がおかしいのだ──そして納得もする。これがエリートオペレーターなのだと。
そんなこんなやってるうちに、へこたれない部下達がブラストの首元に攻撃を届かせ始め、段々と行動隊B2は形成されていった。
「っつー訳でクリスマス任務、やりますよー」
「あー、うん……。なんか……去年は悪かったね、うん。ごめんね?」
「よーし了承頂きましたー! ほら隊長、行きますよ!」
「了承したことになったの今の。つか何、どこ行くの? 何やるの? 何も分からないんだが」
イーナは上着と一緒にブラストを掴むとそのまま外に引っ張っていった。
後には、ジフとハンスが残されていた。
「つかイーナのヤツ、隊長とデートしたいだけじゃないっすか。ずりぃー」
「ま、構わないんじゃないか? ほら、俺たちもパーティーの準備を始めよう」
「そっすね。あ、イミンたちから連絡来たっすか?」
「おう。いろいろ買って来てるってよ」
「そりゃよかった。くくく……今日という今日は隊長のヤツをぶっ倒してやんねーと。ハンス、分かってるっすね」
「酒で、だろ?」
「ったりめーじゃねっすか! つかあの人酒くらいしか弱点ねーってどういうことっすか!」
「まあまあ致命的だと思うけどな。ほら、ブレイズさんとさ」
「マジでそろそろイーナがナイフで隊長の脇腹刺す日も近いんじゃないっすかね」
「今日かもな」
ハンスはにこやかに言った。
「っはははは! それありそーっすね!」
笑えない冗談だった。
「どこ行くんだ……?」
「クロージャのところですよ。今日に限って、クロージャがいろいろ仕入れてくれてます」
「いろいろって?」
「プレゼントですよ、プレゼント! クリスマスと言ったらこれですよ!」
さっぱり理解できなかった。
「私が子供の頃、クリスマスの朝に目を覚ますと枕元にプレゼントが置いてあったんですよ。サンタクロースからって。嬉しかったなー、あれ」
「枕元に、ね。つまり、ロドスの子供達に配るってこと?」
「それはレンジャーのおじいちゃんがやってくれますよ。私たちは大人なので、大人の楽しみ方をするんですー」
「楽しみってお前、これ任務じゃん。僕は今日の仕事まだ片付けてないんだ」
「いいですって。ケルシー先生も、今日は大目に見てくれますって絶対」
「ほんとかなー……」
すれ違うオペレーター達も、何だか全体的に楽しそうな雰囲気だった。
ブラストは、初めて味わうような妙な浮遊感を味わっていた。
何だか普通ではないらしい。
「難しく考えすぎなんですよ。みんな、そういうイベントに乗っかって楽しんでるだけなんですから。一年に一回、こういう日があってもいいじゃないですか」
「いや、別に難しく考えてる訳じゃ──」
イーナは何気無く笑って答えた。
「考えてますって。隊長のそういう真面目なとこ、こういう時には面倒だなーって思っちゃいますよ?」
「うーん……。改善の努力はしてみるよ」
「や、別に悪いところじゃないんですからいいですって。とりま楽しみましょうよ。パーっと」
「はいはい。んで、プレゼントって誰に渡すプレゼントなんだ?」
「え。あー、まあ普通は親とかが自分の子供にサンタのフリして渡したり、友達同士で送りあったりするんですけどー……」
「んー……。まあ、分かったような気がする」
ドアがプシューッと開いた。
中に入れば、赤や白でデコレーションされた空間が広がっている。クリスマスカラーというものか。
「おーっ、いらっしゃーい! お二人さんデート?」
「デートの判定どうなってんのそれ。つかクロージャ、何これ。購買部までクリスマスなの?」
「無粋なこと言わないでよ、やだなー。せっかくのお祭りなんだから。あ、イーナ。頼まれてたもの、こっちね」
「さっすがクロージャ! ねえねえ、そういえばさ────」
ブラストが不思議がりながら室内を見回すと、人がいた。後ろ姿だけで誰か判別がつく。
「……Aceさん? あれ、どうしたんですか?」
ちょうど反対側を向いていて、表情は見えないが──棚に並んだファンシーなぬいぐるみを眺めているらしい。
え? ぬいぐるみ?
「Aceさんどうしたんですか。まさかその顔でその猫のぬいぐるみが欲しいってんじゃないでしょうね」
「む……。いや、これには訳がある」
「訳?」
「ああ。実はこれをプレゼントに、と思っているんだが……」
珍しく、Aceはキレのない口調だ。
「……正直、どれを貰ったら嬉しいかどうか、俺には想像がつかん」
「誰にあげるんですか? つか、そんなもん渡す相手とかって居ましたっけ」
「いや、Rosmontisに、と考えている」
「ああ、あの子に? なるほど──しっかし似合いませんね」
かなり屈強なヒゲとサングラスの男がぬいぐるみに対して睨めっこしている光景は、そのAceの悩み具合も相まって、なかなかシュールではあった。
「放っておけ……。俺も自覚してる」
「というかあの子ってそんなに子供って訳でもないでしょう。ぬいぐるみでいいんですかね」
「そこは俺も迷ったが……彼女には、何か明確に目立つものが必要なのかもしれない」
「どういうことですか?」
「あの子の記憶能力の特異性だ。絶えず記憶を無くし続けている──だからあの子はメモに自らの連続性を記録している」
「
「そうだ。自らの内側に保存出来ないのなら、外部記憶に頼るしかない。……せめて、それをもう一つほど増やしてやることは出来ないものか、と考えている。これは俺の願望かもしれないが……」
Rosmontisのことはブラストも気にかけていた。もっとも、忙しさも相まってあまり構ってやれたことはないが。
「だったら……うーん、えーっと……僕も分からないな。正直どれも同じにしか見えない」
並んだぬいぐるみたちの種類は豊富で、どれも可愛らしい見た目をしていたが、そこからどれを選べばいいか、など男二人に分かるはずもなかった。特に、こういったこととは無縁な二人だ。
「──だったらこっちの仔猫のやつなんじゃないですか?」
クロージャとの商売を終えたイーナが口を挟んだ。
「ん……いや、デカすぎないか?」
「やっぱり大きい方が嬉しいってもんですよ! 目立つ方がいいのなら大きい方が良くないですか?」
「よし……これにしてみよう。クロージャ、梱包を頼む」
「まいど〜」
クロージャが作業をしている間、ブラストはふと並んだ商品を見てみた。
通常の品揃えに加えて、どうやらプレゼント用の──何だろう。様々な品物が並んでいた。どことなくワクワクさせるようなものが混ざっていないでもない。
「──何か気になるものがあるんですか?」
「あ、いや……別に、そういう訳じゃないんだけど……。というか、何をしに来たんだ?」
「そりゃあプレゼントを買いにきたに決まってるじゃないですか。それ以外になんかあります?」
「誰に送るものか聞いてるんだが」
「え、えー? あれですよそりゃー、まあ隊のみんなに、みたいな?」
ふわふわした答えが返ってきた。
なんか怪しかったが、それよりも気になっていたことがあった。
棚にあったマフラー。黒いデザインで、どこか寂しげな雰囲気だ。手に取ってみると、滑らかな感触がした。首に巻けば、きっと暖かいだろう。
「ってあれ。そのマフラー……暗くないですか?」
「うん、そうなんだけど……気になったんだ」
「誰かに贈ったり──あ! もしかして私に!?」
「マフラー欲しいの?」
「いやマフラーが欲しいんじゃないんですけどね、別に」
「?」
ブラストは首を傾げた。
それからマフラーを取って、クロージャに言う。
「これ、なんかそれっぽい感じで包んでくれ」
「あれあれ〜? ブラストー、誰にあげるの〜? ブレイズ?」
「あいつマフラーなんて欲しがらないでしょ」
「え、そうかな。っていうかマフラーが欲しいんじゃないと思うよ」
「? いや、だからブレイズに渡すつもりじゃなくて」
「そういうことじゃなくて」
会話が致命的に噛み合わなかった。
ブラストは、自分かクロージャが何か思い違いをしていることまでは分かったが、それ以上のことはわからなかった。
「まあとにかくまいどあり。ブラスト、誰に渡すかはともかく、ちゃんと考えて渡しなよ?」
「? うん、まあ……分かった」
カラフルな装飾の紙袋に包まれたマフラーを受け取ると、イーナが少し不機嫌そうに箱を渡してきた。
「ほら、持ってください」
「これは?」
「ケーキですー。帰りますよたいちょー。パーティーしますよー」
「どうした?」
「へん。いいですよーだ。私には何もないって分かってましたしー」
「ん……ああ、知らせてくれれば、用意くらいしたのに。何か欲しいものでもあったの?」
「……むう。違うんですよ。こういうのはあれが欲しいとかって伝えるんじゃなくて、その人が考えて選んでくれるのが嬉しいんですー。自発的にやってもらうのが一番のプレゼントなんですよーだ」
「ああ、なるほど。それは……来年に期待、だね」
「期待しないで待ってまーす」
来年。遠いようで近いようで──まだ、見えてない景色。
来年は、どんなことがあるだろうか。
「てかもう夜ですよ。雪、降るといいなー」
「雪まで関係あるの? 複雑だな、クリスマスって……」
「あったらテンション上がるじゃないですか!」
「えー。僕、寒いのは苦手だな……」
「狐の癖に?」
「偏見やめろー? 種族は関係ないよ?」
これが楽しくなかったなど、口が裂けても言えなかった。
普段は少し照れ臭くて言えないが、ブラストはこういった些細な会話が好きだった。
あるいは、いつまでもこのまま──などと、思っていたのだろうか。
どうだったかな。
どうだったんだろう。
その時の感情は、まだ覚えているのか。
「ハッピーメリークリスマ──────ッス! いえ────いっ!」
扉が開いた瞬間、軽い爆発音とともにクラッカーが打ち鳴らされた。
飛び込んできた視界は綺麗に飾り付けられ、少し居ない間に変貌を遂げている。
並んだ料理、いつの間にか置いてあるクリスマスツリー。
そして、悪戯を成功させた部下の面々。
かなり驚いた。
「っしゃー! 成功ォ!」
「ほら隊長の顔! めっちゃ驚いてるよ!」
鳩が豆鉄砲を撃たれたような顔──正しく、そんな間抜けな面だった。
イーナが手を引く。
「ほらケーキ、真ん中に置いてください。あとこれ持って、ほら」
言われるがままテーブルにケーキの入った箱を置いて、掴ませるように渡されたのは缶のチューハイ。
全員が帰ってきていた。
「え、あれ……お前ら、配達の任務はどうした?」
「あんなもん最初っから無かったんすよ。サプライズのための仕込みっす」
「え、えええ……?」
理解が追いつかないまま、右手が掴んでいる酒に視線をやる。
というか、全員が酒缶を持っていた。視線が集まっている。
「え、飲むの? 今から?」
「ここまでやったんすよ、降りるのはナシっすからね──ほら、乾杯の音頭!」
並んだ豪華な料理。この部屋まで運んできたの? ってかそのツリーいつの間に用意したんだ? これいつから計画されてたんだ? 許可とか──は、取ってそうだな。抜け目のない部下たちのことだ。
……まあいいか。せっかく用意してくれたんだ。
「……みんな今年一年、お疲れ様。今年もいろいろあったけど、みんなが一人前になってくれて僕は嬉しい──クリスマスはよく分からないままだけど、とにかく」
プシュ。
酒に弱いことを知りながら、逃げられない雰囲気を作った部下たちと、クリスマスに。
「乾杯」
『乾杯!』
かなり酔いが回っていた。
行動隊B2の宿舎では、まだ大騒ぎが続いている。
トイレから出てきたブラストは、少し酔いを覚ますために甲板へと歩いていく。冷たい夜風に当たれば幾らかマシになるかもしれない。
外は暗く、冷たい風が吹いていた。
足音が金属板に反響して、夜に消えていく。さっきまで喧騒の中に居たのも相待って、奇妙な寂寞感があった。
息を吐く。白く広がって消えていく。
遠くを眺めていた。地平線と夜の境目は曖昧になって、酩酊の中で神秘的な気がした。
月明かりが出ている。
「……ブラスト?」
薄い声に振り返る。
自分一人だと思っていたが、先客が闇に紛れていたらしい。
「グレースロート。帰ってきていたんだね」
「少しだけ。明日からは、また遠方の任務」
甲板の冷たい壁に座り込んで、グレースロートは夜に隠れるようにブラストを見上げた。
「どうしたの、こんなところで」
「”こんなところ”になんていたらダメって言いたいの?」
「いやいや、説教なんて柄じゃない。ただ、寒くはないの?」
ブラストは、酔いの感覚のままグレースロートの隣に腰を下ろして並んだ。
「寒くない訳なんてない。……ブラスト、お酒くさい」
「ごめんごめん。離れるよ」
「……別に、そのままでいい」
短くない時間ここにいたのだろう。
グレースロートの鼻の先が赤くなっていた。
「でも、どうしてこんなところに?」
「大した理由じゃない。そういう気分になった。それだけよ」
冷たい言い方だった。自分一人で完結している、そういう言い方だと思った。
「そう──ああ、そういえばさ。クリスマスって知ってる?」
「……一応。すごい昔、両親からプレゼントを貰ったことがある」
「あれ、君も? 割と普通のイベントなのかな……」
「それは分からない。でも……ロドスの中は、居心地が悪かった」
常に、ロドスから逃げるように遠方への任務を受け、そしてその結果より距離が生まれていく。
ロドスに所属しているにも関わらず──
「……
「拾って、育ててくれたことには感謝してる。でも……怖いよ、ブラスト」
複雑な過去を持てば、それに影響されない訳にはいかない。
その呪いとも呼ぶべき運命から逃れるのは、容易なことではないからだ。
「……寒くないかい」
「寒いよ。でも……ロドスの中には、居たくない」
「そう」
ブラストは立ち上がった。
「少し待っていてくれ。もちろん、中に入りたければそうして構わない」
「え、ちょっと」
どこに行くの、と聞く間もないまま、グレースロートは取り残された。
防寒着は着ているが、それでも寒いものは寒いまま。
ただ、ロドス内の楽しげな雰囲気が、なんだかずっとロドスから逃げている自分に対する当てつけのようで──。
結局、グレースロートは待つことにした。
何分経ったか、時間感覚は定かでは無かったが、ブラストは戻ってきた。
「え、ブラスト、それ──」
手に、クリスマスカラーの紙袋を持って。
「メリークリスマス、グレースロート。君が気に入ってくれるといいんだが──」
クリスマスプレゼントだ、と気がつかないほどグレースロートは鈍くも無かったが、同時に少し信じられない気持ちもあった。
開けてみると、黒いマフラーが入っていた。
「これ……」
「ロドスは君の帰る場所になれず、君は寒いままかもしれない。だけど……君が少しでも、暖まれるといいと思う」
首元に巻いてみると、滑らかな感触で、不思議だった。
「気に入らなかったら、いつでも捨てて構わない。僕は自分のセンスにあまり自信はなくてね」
酔っ払いは気まずそうに笑った。
「……ありがとう」
小さく、呟いた。
「……大切に、する」
「え、ああ……うん。そうしてくれると、僕も嬉しい」
マフラーに顔を埋めて、グレースロートがどんな表情をしていたかブラストはわからなかったが。
ほんの少し、この少女の心に届いたことを嬉しく思った。
ひらり、と。降ってきたのは──。
「雪──」
夜空の月光に照らされて、真っ白い雪が舞い落ちていた。
「明日は寒くなるね。グレースロート、そろそろ意地を捨てて部屋に戻らないと風邪を引くよ」
「いい。もう少し……」
「そう。僕はそろそろ戻ろうかな──」
言い切る前に、グレースロートはブラストの上着を掴んだ。
「……もう少しだけ、一緒にいて」
ブラストは苦笑いして、もう少しだけ一緒にいることにした。
結局その後、ブラストを探しにきた行動隊B2、及びブレイズに発見され、部屋に連れ戻されてアルコールをぶち込まれてブラストは死亡。
騒がしいまま、聖夜は過ぎて行った。
「何寝てんのエール。ほら、起きなって」
エールは目を覚ました。
珍しく眠っていたらしい──。
「仕事。いろいろお偉いさんからラブレターが届いてんの、さっさと返事してやんなきゃめんどいっしょ。……何、どしたの。寝ぼけてんの?」
アンブリエルは呆れた顔で、デスクに紙束を置く。
「……いや。少し昔のことを思い出していた」
「昔?」
「ああ。……少しだけ、昔のことさ」
エールは伸びをした。
仕事はまだある。始めないと。
よかった。まだ覚えている。