猫と風   作:にゃんこぱん

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熊猫と晴れ-3

頭に血が上っているのは自覚している。これは僕の悪い癖だったが、自覚すると幾分かマシになる。

 

剣を握った。

 

薄暗い空の下、普段誰もいない倉庫街の一角に、十数人の男たちが武器を構えていた。ボウガンが主流、後はナイフと素手……やれるか。いや、やる──。

 

「レイ! ジフ! 直ぐに連中を追いかけろ! 道は僕が作るッ!」

「ッ、了解!」

 

こちらの車両はまだ無事だ、囲っている連中を剥がせば追いかけられる! 連れ去られたエフイーターをここで逃せばいよいよ手がかりがなくなってしまう。それだけは絶対に避けないといけない。

 

この剣は、ただの鉄の塊じゃない。源石との親和性が高く、アーツ伝導率が非常に高い。これは武器でありながら、アーツユニットでもあるということだ。

 

──殺す気はない。でも、腕の一本くらいは覚悟しろ。

 

「そこを退けッ!」

 

突風が吹き荒れた。車に近い連中に接近して片っ端から切り裂く。風で拡張した剣の間合いが防ぐ暇もなく切り尽くす。暴風域にあって、飛び散った血がそのまま宙で周った。

 

ボウガンを向けている男に向けて剣を振る。距離は五メートル以上離れていたが、風がボウガンを両断して、そのまま──。

 

ナイフで突撃してきた男をいなして腹に膝蹴り、そのまま頭に肘を落とす。そこまでこの部隊は強いわけじゃない、いける。

 

「何してる、早く行けッ!」

「隊長、死なんでくださいねッ!」

「お前らこそな!」

 

急発進する車を見送り、僕を囲む男たちを見回した。──数が多いが。

 

「でもごめんね、僕が残っちゃって。これじゃお前らみんな地獄行きになっちまう……よくもうちの可愛い部下(アイビス)をやってくれたね」

「ほざけ、たった一人でこの人数に勝てるとでも!?」

「エリートオペレーターから教わった格闘能力を、見せてやる。行くよ」

「……情報にない連中だ。殺して構わん。やるぞ!」

 

ボウガンの矢を横っ飛びで躱す。敵の中に突っ込んで射線を遮り、こちらの一方的なリーチ……剣よりも長いが、矢よりは短い微妙な間合いを押し付ける。

 

風圧による剣の拡張。僕のアーツの一つ。

 

暴れまくる──。

 

苛立ったリーダー格の男が叫んだ。

 

「何してる! 相手は一人だ! 複数人で同時にかかれ!」

「残念、そうさせないようにしてるんだよね。悪いけど」

 

かまいたちを振りまき、牽制を行いつつ一人一人片付けていく。

 

少しずつ、剣が熱を持ち始めた。少しずつ──。

 

「クソ、私が出る! C隊とB隊は射撃でサポートしろ! 残りの隊でヤツを囲え! 逃げ場を奪え!」

「やべ、それは厄介だ……お前を潰せばいいんだね」

「無駄な行動だがな!」

 

風圧の刀と警棒が撃ち合って音を立てた。男の獲物は重量のある棒──チンピラの構えじゃない。アレはカンフーの一種……。棒術使いだ。厄介だな……。

 

「大義に沈むがいい、どこの誰かも知らんがな!」

「何が大義だ」

 

突風がボウガンの射線を乱し、僕に当たるはずだった矢は大幅にズレていった。男の仲間たちが僕を囲っている以上、僕を狙うと仲間に当たる可能性がある。狙いが絞れられる。

 

「あのね、お前たちが感染者に一体どんな感情があるかなんて知らないけど──」

「黙れ、貴様も感染者だな!? 貴様らは生きているだけで、この国を蝕む害虫だッ!」

 

──確かに、その通りだ。本当にその通りだ。

 

治療法が確立されてない以上、感染者は追放するか収容するか、野放しにできない。感染者の死体が新たな感染源となる以上、感染してしまった時点で運命が決まる。

 

国は感染者への対応に力を取られる。迫害された感染者たちはより集まり、アングラな組織を結成することもあるし、犯罪行為だって増加する。

 

感染者がいて、いいことなんて基本的に何一つだってありはしない。

 

……だから、その通りなんだ。

 

分かってるが……。

 

でもそれが、感染者(僕たち)を無条件で傷つけていい理由になるのか? 僕たちが味わった苦難と憎しみの理由としてふさわしいのか?

 

ロドスはそれと戦い続けている。

 

だから僕は戦っている。

 

「僕たちが生きていることを否定させない。いいからどけよ」

「私の娘は……貴様ら感染者によって殺されたんだッ!」

「──。そう」

「なぜあんな非道な真似が出来るッ! 貴様らとて、元は──」

「お前に娘がいたように、感染者にだって家族がいるんだよ……!? お前はそんなことも──」

「分からんはずがないだろうッ! だが──そんな綺麗事で貴様らを許せとでも、怒りを忘れろとでもッ!?」

 

剣戟が生み出す熱が、少しずつ大気を加熱していく。

 

──知ってる。

 

その怒りは、よく知ってる。その怒りは忘れちゃいけないものだ。だけど。

 

「でもエフイーターは無関係だ。あんたの怒りに関係がない……ッ、今すぐ武器を捨てろよ。僕はお前らを殺そうとは思わない……ッ!」

「貴様ら感染者がこの国で悠々とのさぼるのが許せんだけだッ! この国を去れ、さもなければここで死ね! 感染者の行った凶悪犯罪が、どれだけの無関係な人々を傷つけ、殺したことかッ!」

「あんたたちは……知らないんだよ。鉱石病の本当に怖いところは、鉱石病の症状そのものじゃない……。人の感情だ。その感情は、剥き出しのまま晒していいものじゃない。憎しみこそを断ち切らないと──」

 

この人々とて被害者──なんて、甘いことは言わない。

こいつらの戦闘は、素人のそれじゃない。訓練と経験を積んでいる形跡がある。もちろん職業軍人じゃない……本職の軍人であれば僕はとっくに倒れているだろうが──。

 

だが、何度も戦ってきたはずだ。その相手が誰なのかは想像するしかない。

 

──大気がだんだんと馴染んできた(熱を持つ)

 

「もう十分だ。しばらく寝てろ」

「掃射しろ、ヤツを殺せッ!」

「もう遅い、十分あったまったよ。吹き飛べ、大気破断(エア・バースト)

 

暴風が吹き荒れて、僕以外を全て吹き飛ばした。建物の壁に衝突したり、彼方の方に吹っ飛んでいく奴もいる。……多分死んでないよな。

 

アーツがここの大気に慣れるまで時間がかかる。これぐらいの大技はなかなか出せないし、使い捨てのカートリッジはあまり予備がない。

 

突風を渦巻かせ、やがて凝縮し、アーツとともに解き放つ。僕のとっておきだ。

 

……疲れたが、そうも言ってられない。

 

「すぐ警察が来る。罪は罪だ。憲法上、感染者にだって人権はある。法の下で裁かれるのが、真っ当な終わり方だよ」

「クソ……」

「でも……あんたは強かった。それだけは認める。じゃあね」

 

最初にやられて倒れていたアイビスを抱えてすぐに倉庫街を抜ける──。

 

「隊、長──、うぐッ」

「すぐ手当てをする。喋らなくていい。──こちらブラスト。状況を伝えろ」

『隊長、よかった無事だったんすね! 今鬼ごっこの最中っす! そうだ、アイビスのヤツは無事なんすか!?』

「死んじゃいないさ。今手当てしてる。それで、どこに向かってる」

『外れの方です! えーっと──アレっすよ! 人工林エリアっす!』

「ってことは──そうか、もともとマークしてたね。確かその先にはエフイーターが現在撮影中の映画のスタジオがあったはずだ。だけど──いや。疑問は後回しか。ジフ、エフイーターの安全が最優先。無茶はしていいけど、絶対死ぬな」

『オレたちだけでエフイーターさんも守れって? ウチの隊長は無茶ばっかりっすよ』

「ジフ、レイにも伝えろ──お前ら二人のコンビは、間違いなく一級品だよ。僕が保証する」

『──そんなこと言われて、張り切らねえ訳にはいかねえっすね! オレらに任せろっすッ!』

「頼んだ」

『あ、でも隊長はどうするんすか』

「何──」

 

目の前の道路に急停車する一台の黒塗り。高級車だ──。

 

窓から顔を出した、メガネを掛けた男が叫んだ。

 

「すぐ乗ってください! さっきテレビに映ってた人たちですよね!?」

「……あんたは?」

「エフイーターのマネージャーです! すぐに!」

「ジフ、アテが見つかった。すぐそっちに向かう。じゃ、頑張ろう」

『了解!』

 

アイビスの肩を持ちながら乗り込んだ。運転手のマネージャーなる人物はスーツの腹部に赤い染みが広がっていたが──。

 

「感謝するが──あんた、大丈夫なのか」

「問題ありません、これでも彼女のマネージャーですから……ッ」

「ありがとう。行こう……ところで、どうして僕らを?」

「さっきのテレビ中継を見てれば、嫌でも分かりますよ。そしてこんな場所でハリケーンは普通起こりません。すぐピンときました」

「……あんた、本当にマネージャーか? 素人じゃないね」

「この国のマネージャーは皆強かです。何せ、職務上守るべき人間がいますから」

「すごいね。僕はロドスアイランド所属のブラストだ。よろしくね」

「ササグマプロダクションの女優、エフイーターの専属マネージャーです。よろしくお願いしますよ」

「……ずいぶん変わった名前だね。まさか本名って訳でもないでしょ」

「我々はマネージャーです。それで十分ですので」

「まあ……あんたがそれでいいならいいか。行こう。……よし。アイビス、まだ痛むか」

「平気です……ぐッ」

「やっぱキツイか。でも残していく訳にもいかない。今は休んでろ」

「自分も、戦います……」

「ダメだ。ここから先は僕に任せろ。お前は、さっきあの場所で死ななかっただけで十分成果を挙げたよ。アレは僕のミスだったんだからね」

「隊長、すみません……」

「謝るな。大丈夫、帰ってからそんな口利けないくらいしごいてやるよ」

「はは、それは勘弁ですよ……」

 

高級車がエンジンの音を舞い上げて走り去っていく。相当な危険運転、何度も他の車と衝突し掛けているが、それでも速度を維持したまま走るのは凄まじい技量だ。何者なんだ……?

 

 

 

 

ササグマプロダクションのスタジオは慣れていた。

 

撮影ではよく戦闘シーンも撮る。武器も見慣れてる。

 

違うのは、これが撮影じゃないということ。

 

「で、こんな場所に連れてきて何が狙いなのさ」

 

とある民家のセット。まだ移動都市がなかった時代の、山の民家を再現したセットだ。くしくもエフイーターの変装は、そういう古い時代の服の特徴を取り入れたデザインだったため、まるで当時の再現のようだった。

 

ドアが開く。エフイーターは流石に目を見開いた。

 

「お前……なんでお前がこんな場所にいるんだよ」

「──全部、俺が仕組んだこと……と言ったら、お前はどうする? 一体どういう気分になる? 怒りを覚えるか?」

 

その男は俳優だった。国内でもそれなりに有名なカンフー俳優で、現在制作していた映画でも共演していた。役割は、主演であるエフイーターのライバル役だ。

 

「なんでだ、なんでこんなこと!」

「俺は、お前のことが嫌いなんだよ……。鬱陶しいんだ。俺を差し置いて、いつもいつも……。目立つのはいつもお前だ。お前が……!」

「リューエン、言っとくけど別にあたし悪くないからな。あたしは別に、お前を蹴落としてやろうなんて考えたこともなければ、邪魔してやろうとしたこともない!」

「……そうだな。だったらどれだけ良かったことか……。いっつもそうだ。お前の視界に、俺が入って居たことなんて一回も無かっただろう……! お前がいなければ、どれだけ良かったことか俺はずっと考えてた! お前さえいなければ!」

「……リューエン。あたし、お前の演技……別に嫌いじゃ無かったよ」

 

また人が撮影スタジオに入ってくる。

 

──見覚えのある人々だった。音響スタッフや撮影スタッフ……監督まで。背後に武装した男たちがいるところを見るに、脅されているのか……?

 

「おいリューエン、これは一体どういうことだよ!」

「せっかくだ。まだ最後の撮影シーン、撮り終わってなかったと思ってさ。ほら、最後の対決シーンだよ。せっかくだ、カンフーの腕比べでもしようじゃないか。もっとも──台本通り、俺が倒されて終わりにはならないがな」

 

──スタジオの外で、ジフとレイが聞き耳を立てて様子を伺っていた。何やら妙なことになっている。突入するべきかどうか判断に迷いながらも事態は進んでいく。

 

つまり──このまま撮影シーンを撮り終えようというのだ。

 

「……リューエン。お前じゃあたしに勝てないよ」

「カメラを回せ、監督」

 

──すでに狂っていた男の、ギラついた目が監督を貫いた。

 

往年の監督はサングラスの奥で考え、口を開く。

 

「回せ」

「監督、しかし──」

「いい。映画を完成させるには、もはや最後のチャンスだ」

「さっすが監督。話が分かるな。さあ、決着をつけようぜエフイーター」

「ぶっ飛ばしてやる」

 

エフイーターの構えは掌。女性のしなやかさを活かす構え。対してリューエンは拳──真っ向から相手を打ち崩す型。どちらが強いというものではない。

 

全ては、使い手次第だ。

 

「い──やぁ──ッ!」

「ふッ──」

 

打ち合いでは無かった。体重、体格では男性の方が勝る──エフイーターにとって、一撃は強いダメージになる。受けるか躱すか。

 

柔の型を用いるエフイーターは受け流しがもっとも得意だ。攻防の流れの完成度は、すでに達人に至っている。

 

水の流れのようにしなやかな掌がリューエンを撃つ。女性分の体重とはいえ馬鹿にならない。しっかりとした衝撃は、使い方次第で十分な凶器だ。

 

「ぐッ──」

「ほらどうした!」

「このッ──」

 

苦し紛れの蹴り上げも読まれていた。エフイーターの攻勢が続く。

 

外ではレイとジフが機を伺っている。なぜか一騎討ちが行われていることでもあるし、スタッフに張り付く男たちを一掃できるかもしれない。だがこのまま時間が稼げるのなら、隊長──ブラストの到着を待つのが得策だ。

 

ボウガンの弦を引き上げ、セットする。いつでも一発目を放てるように。

 

「ほら、そんなんじゃあたしは倒せないよ!」

「クソ、こんなもん使いたく無かったがッ──」

 

リューエンが奥の手を切った。スイッチを押すと民家のセットが大きく振動する──。

 

格闘において足場の重要度は高い。何をするにしても、しっかりとした地面への踏み込みが大切だからだ。これがなければ威力が半減どころか、そもそも攻撃すら行えない。

 

リューエンが仕込んだのは、足場を揺らす機構だ。揺れる地面の中ではいかにエフイーターとて危うい。そして、揺れていない足場があった。リューエンはそれが自分の足元に来るように計算していた。

 

発勁用意──。

 

状況に対応しきれないエフイーターと、はっきりとした足場を持つリューエン。

 

「跳べ──ッ!」

 

真正面からの一撃がエフイーターを貫き、そのまま吹き飛ばす。とっさにガードした両腕が折れた。リューエンとて訓練を積んだ確かなカンフーの腕を持つ。持っていたがゆえに、エフイーターに嫉妬せざるを得なかった。

 

状況を見守っていたブラスト小隊の二人が緊迫した。出るべきだ──。

 

意識がそっちに割かれていたため気がつかなかった。

 

「お前たち、何をしている?」

「ッ、やば──」

 

扉を覗き込んでいたレイが、後ろ側にいた男の存在に気がついた。

 

ジフが横から男の顎を撃ち抜いた。近接格闘術は嫌というほど叩き込まれた。狙撃オペレーターであるジフは、武器を用いない格闘術なんて時代遅れだと馬鹿にしていたが、初めてその存在に感謝した。

 

だが、その存在がリューエンに発覚した。

 

「何!? 外に誰かいる──。おいお前ら、すぐ向かえ!」

 

男たちが武器を片手に外へと走る。照明スタッフが顔を青くした。

 

「あわわわわ……。監督、もう撮影とか言ってる場合じゃないです、どうしたら……?」

「……撮影を続行する」

「監督〜!」

「腹を括れ。今の我々の仕事は、この物語を記録すること。それだけだ」

「あわわわわ……」

 

そんな会話があったとか何とか。




・ブラスト
主人公。
エリートオペレーターだし多少はね?

・数の暴力
普通にやったら数の暴力に勝てるはずないだろ!
何勝っちゃってんだ主人公くんお前……もしかして強いのか?

・マネージャー
そういう概念。
戦場を渡り歩いてきた末に、ようやくマネージャーという自分の居場所を見つけた。

・ササグマプロダクション
このネーミング自分でも気に入ってます

・リューエン
エフイーターの感染を仕組んだ人。黒幕っぽいが……
エフイーターに嫉妬して一連の事件を仕組んだ。

・監督
心臓が鉄で出来てる

・エフイーター
おっぱいで構成された概念
きて
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