猫と風   作:にゃんこぱん

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(忙しくて更新頻度が低くて)すまない……
備えよう(危機契約#2)


1096年7月16日:盤上を駆けるものたち -2

ワン・リ・ロゥ。それが男の名前。

 

大半の人間がロゥに抱く印象は共通している──黒く、不気味な人物。

 

清潔に整えた髭と、加齢による白髪。同じ白髪でも、エールの漂白したような白さではなく、灰色の混ざったそれ。

簡素でありながら気品のある装飾の礼服に近い正装を着こなしていた。汚れや皺一つなく、それが人物の雰囲気を強めている。

 

だが、目に映る光は暗く、口元に浮かべた微笑さえ──あまりにも自然過ぎるが故に、何か薄暗く見えてしまう。

 

一筋縄ではいかない人物であることは、誰しもが一眼見て理解できる。

 

「──それでは、あの話は真実である……と」

「ふむ? さて、どうかな。ハノル君、私はレオーネから何かの対価を受け取るなどとは一言も言っていないよ。もっとも否定もしないがね。エクソリアの平定と繁栄、それがロゥの血筋に生まれたものの使命……と言うだけさ」

 

聡明な話し振りだった。低い声が、まるで波を揺らすように響いている。

 

「君もそうだろう? 貴族に生まれた者の責務……ああ、これは失礼。君は厳密にはその血筋ではないのだったかな?」

「それは関係のないことでしょう。私はリン家の血盟に忠誠を誓っている──私の血のことなど、些細な問題ですが」

「忠誠! それは素晴らしいことだ。いや失礼、馬鹿にしているのではないよ。私のような年寄りからすると、君の忠誠という輝きが眩しくてね。私にも、君のような部下があればと思わずには居られないのだよ。全く、リンが羨ましい。ああ、本当に」

 

芝居がかったような大層な話し方だ。それこそ小馬鹿にしているとしか思えないが、それを口に出したとてどうなるわけでもない。

 

リン家の若頭、ハノルは冷静に徹した。

 

「──なぜ、レオーネ……エールにそれほど肩入れするのです?」

「おやおや、肩入れなどと……私は誰しもに公平なのだよ。常に……公平であるべきだと考えていてね」

「しかし、否定をするつもりはないのでしょう」

「君は性急だね? もう少し会話というものを楽しんでは如何かな。人と人は分かり合うことの出来る生き物だ。我々は四足歩行の獣ではない、話し合うことが出来るのだ」

「ええ、ですからこうして机を挟んでいる」

 

応接室というのは、貴族の家の中でも特に豪華だ。それは体面というものであり、外側に自らの気品や財力を示すためのものであるからだ。

 

特に、この部屋を訪れるような人物に対しては殊更それを示す必要がある。そのため、飾られている調度品の小物一つとっても、庶民の年給よりも値が張る。大型になればなるほど値札の0の数は釣り上がっていく。

 

エクソリアで作られたものではなく、外側の先進国からオーダーした特注品。これはステータスの一つでもあった。

 

「常に……そう。常に、人々のために。この国の未来のために。私が考えていることはそれだけなのだよ。そうだろう? ハノル君……リンの懐刀よ。発展し、成長し、繁栄する。それが国家の意義であり、あるべき姿なのだよ。違うかね」

「その通りです。ではロゥ家が更なる発展を遂げるために、こういうものはどうでしょう────」

 

どこか白々しく、それでいて言葉の先にまで張り詰めたような会話を遮るものがあった。

 

静かなノックが応接室の扉を叩いた。

 

「入りたまえ」

「失礼致します。ロゥ様、お客様がお見えになっておりますが」

「ふむ? どちら様かな?」

「エール様でございます。お話があるとのことですが、如何なさいましょう」

「ふむ」

 

顎髭に手を当ててわざとらしく首を傾げるロゥを他所に、ハノルは確信を強めた。

 

ロゥ家とレオーネが手を組んだのは本当らしい──。

 

「お通しなさい。ハノル君、悪いのだが聞いての通りだ。私としても、もう少々君との会話を楽しみたいところではあるのだが──」

「お気になさらず。それでは失礼」

「またお会いする時を楽しみにしているよ。──彼にお見送りをして差し上げろ」

「畏まりました」

 

ハノルは席を立ち上がった。

 

リン家に戻り、報告の後対策を考えねばならない。

 

そしてハノルが応接室を出て、玄関へと歩く途中──エールとすれ違う。

 

ハノルはにっこりと愛想のいい笑顔を貼り付けて、エールに挨拶した。

 

「おや、エール様。奇遇ですね」

「ああ……確か、ハノルさん……でしたか。どうしてあなたがここに?」

「おっと、ご心配なさらず。少々ロゥ氏にお時間を頂いていただけですので。ところでそちらのお嬢様は──?」

 

ハノルの視線の先には黄金色の綺麗な髪をした女性。

 

身なりからして高貴な地位にあることがわかる。ハノルはレオーネの重要な人物などは全て書類で頭に入れてあるが、見覚えのない人物だった。

 

目を引くのは、右手に抱えた一つの背丈ほどもある杖──アーツユニット。

 

「……ああ。彼女は僕の知り合いで──」

 

女性は端正な顔立ちを少しだけ悪戯げにして一歩前に出た。それから丁寧な礼と共に名乗る。

 

「アリゾナ家が長女、グレース・アリゾナと申します。彼とは恋人として交際しているわ」

 

エールに走った微妙な緊張と、言いたいことがありそうな顔を確認しながらハノルも返答をする。

 

「それは驚きました、まさかエール様に恋人がいらっしゃったとは──失礼、私はハノルと申します。この国の二大貴族が一つ……リン家に仕えております」

「あら。あなたは貴族ではないのかしら?」

「恐れ多いことです、私如きが貴族などとは。貴族に仕えることだけで、この身には有り余る栄誉ですので。いえ、それにしてもお綺麗だ。エール様が羨ましいですね」

「お上手ね──」

 

この言葉の裏側は、表面の取り繕ったそれとは全く異なっていた。それはこの場にいた三人ともそうだった。

 

「おっと、あまり私がお邪魔するのもよろしくないでしょう。私はこれで。それでは。エール様、アリゾナ様」

「ええ、御機嫌よう」

 

一礼の後、ハノルは先導する召使いの後ろを歩いて行った。

 

表面こそ穏やかなものだが、内心は全く別──焦燥と混乱の中にあった。

 

(────あれは、何者なんだ?)

 

アリゾナ家が長女──その名乗りは、普通ではない。

 

それにあの杖だ。あれは──この国には似つかわしくはない。見たこともない──。素材からして上等だと一目で判別できるほどの高級品だろう。

 

特徴的なものだ。エクソリア的では全くないし、この周辺諸国にも思い当たる要素はない。

 

もっと遠く──アリゾナ家などという家はエクソリアにはない。あったとしても聞いたことがない。

 

(国外の、貴族──だというのか。まさか、そんな訳がない。一体どういうことだ? 恋人だと? エールの?)

 

ただの恋人であれば別にそれほど問題になるわけでもない。レオーネに対する手段としての利用もあっただろう。

 

(礼も──この国の礼法ではなかったが、確かに洗練されたものだった。確実にどこかの令嬢……貴族の、娘?)

 

全く話が変わってくる。

 

それこそ、今までの全ての前提がひっくり返る可能性がある。

 

(エールの個人的な関係者の可能性は? 低いだろう。国外から見た時の、この国の危険性がわかっていないはずがない。だが情報がないということは最近入国したはずだ。一週間も前のことではない、それこそ昨日か今日──)

 

焦燥──そして、繋がる可能性がハノルの脳内で生まれようとしていた。

 

(──レオーネが今まで我々の援助なしにここまでの活動を広げた背景は不透明だ。だがこの国で貴族の影響なしにあそこまでの勢力を伸ばすことは困難……そのトリックは今までずっとわからなかった。だが……)

 

一度考えれば、もうそうとしか思えなかった。

 

(国外貴族による、援助。その目的など分かり切っている──どこから情報が漏れ出した? 一体なぜあれを奴らが知っている? いやそもそも、エールが、レオーネがあのことを知っているのならば──なぜ、今手出しをしてこない。なぜ? 何か理由があるはず)

 

それは、全てを知るものに言わせれば一言だ。

 

勘違い。思い込み。実際にレオーネが国外の貴族と繋がっている事実などどこにもない。そもそもブリーズは家出している身分だ。

 

往々にして思い込みとは不正解だ。だが無理もない話──全てを知ることなど、誰にも許されないことであるが故に。

 

思考の海に浮かんだ点と点が、加速するように繋がる。少なくとも、その輪郭を描く。

 

(────ああ。だから、ロゥ家は……レオーネに手を貸したのか。いや、もうそうとしか考えられん。ロゥの考えそうなことだ。あの娘はそのための人質、いや交渉人か代理人。そしてそれがロゥ家に──国外貴族とロゥ家の同盟。その目的もはっきりしている)

 

更に焦燥。

 

ロゥ家の召使いの見送りを早足で過ぎ去る。

 

(……どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすれば、いい? どうしたらリン家は勝てる。どこが弱点だ。どこを突く。クソ……スーロンの連中を利用するか──)

 

火種は今、ここに生まれる。

 

(……。それとも、あのブリーズとかいう小娘を利用するか? エールは脇が甘い──つけいる隙は幾らでもある)

 

火種が風に煽られて消えるかそれとも──更に燃え上がるのか。

 

(最重要項目は、どこの国の貴族か──近隣諸国、テスカなどはあり得にくい……。特定を急がねば……。クソッ、ゴミ共が雁首揃えて────ッ! 支配するのは俺だ、ロゥのじじいもリンの親父も時代遅れだ、俺が────ッ!)

 

貧しい少年時代からリン家に拾われ、そこから成り上がってきたハノルは野心が強い。比例するような高い能力を持っていた。

 

こちら側に引き入れたレオーネの内通者、スーロンをいくらか使って布石を打つ算段を頭の中で終えた。

 

「俺が勝つ……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際のところ、ロゥ家からレオーネへの金の流れなどない。要は(ブラフ)である。

 

それでも権謀術数の中に生きるリン老人やハノルを騙せたのは、協力があったからである──当然、ロゥ家当主であるワン・リ・ロゥの。

 

「よく来てくれたね、エール君──飲み物を用意しよう。何がいいかな?」

「結構です。長話をするつもりもないので」

「ふむ。そちらのお嬢様は」

「頂くわ。エクソリアのコーヒー、まだ飲んだことがないの」

「それはいい。この国の豆は質がよろしい──きっと気にいるよ」

 

仕えがその言葉を聞いて音も立てずに退室した。

 

「調子はどうだね、エール君。リンと話をしたのだろう?」

「……いくつか、聞いておくべきことと、伝えておくべきことがあります。まず一つ──」

「おっと、そう焦らずとも時間はある」

 

エールの言葉を遮ったロゥは、老いた顔で笑みを作る。相手のテンポを乱し、自らのペースで話を進めるための簡単なテクニック。

 

「さっきのハノル君といい、若者というのはやはり急ぎがちだな? 羨ましいことだ、私も若い頃はそうだった……溢れるエネルギーを持て余したものだったね」

 

ブリーズは所在なさげに、エールの隣に座っていた。ソファーに立てかけたユーロジーの無骨さが妙に際立っている。

 

「本当に羨ましいね、この歳になると体のガタが酷くて敵わない……。幾ら財や力を得ようとも、老いには敵わないものだ……」

 

老人と話すことにはあまり慣れていない。無駄話になど興味もなかったが、無理に話を進めようとも無駄だろうこともわかっていた。ロゥののらりくらりとした話し方はそういうことをさせない。

 

「体は労わるものだよ、エール君──歳を取って苦労することになる。特に君は早死にしそうだからね」

 

余計なお世話だ、とエールは思った。

 

「覚えておきましょう。それよりロゥさん──バオリアで何か、変わったことなどはありませんか?」

「変わったこと、とは。これまた変わったことを聞くのだね? 人が生きていく上で変わっていないことなど存在するのかな?」

「僕はあまりこの街に詳しくない──例えば、この国の暴力組織とか」

「ふむ。今は君たちがそれだ」

「そうではなく、古くからこの国に根付く集団や組織について……何か知っていることを教えてもらいたい」

「何も特別なことはないよ。私も長らくバオリアと共にあるが、最近で何か起きたことなど──それこそ、レオーネの台頭程度のものだ。それについては君の方がよく理解しているはずだがね」

 

この屋敷も街の中からはよく目立っていた。木造建築はエクソリアでは貴族などしか用いない。エクソリアの生活様式に対し、コストがかかりすぎるためだ。

 

ロゥはずっと微笑んでいる。それのせいで本心かどうかが分からない。

 

「それに、彼らも弱体化は激しいのではないかな? こんな状況では、彼らも面目どころか生活を守るので手一杯だろう。急速に変化する情勢にあって、段々と力が削がれている。聞いた話では……そうだな、君のところのレオーネに志願したものもいる、とも。兵士になると生活が幾らかは保障されると聞いているよ?」

 

知りたかったのはそんなことではなかった。

 

フォンの話が気になっていた。元スーロンでフォンの側にいた男、セイの死に関して……普通ではない何かを感じていたためだ。

 

何かがある──それは、単にリン家などと関連づけても良かったのだが、何かそれだけではないと感じていた。勘だ。

 

「……それだけですか」

「何か知りたいことがあるようだね?」

 

その言葉を態とらしいと感じるのは穿ち過ぎだろうか。

 

「……何か、知っているということですか」

「ふむ──、ギブアンドテイクを提案しよう。一昨日の話と同じ……取引、でだ」

 

ロゥとエールの間にあった取引というのは次の通りだ。

 

ロゥはレオーネに対して莫大な支援をする──と、リン家を騙す。あるいはその仕込みや偽装を行う。

 

そしてエールからロゥに対する取引の内容は、ロゥ家を武力的に攻撃しないことだ。

 

この内容は、一見して不可解である──というのも、半分程度は恐喝であるためだ。つまり武力で痛い目を見たくなければ協力しろ、という取引でもなんでもない脅し。

 

そんな滅茶苦茶が罷り通るのは、警察機関や軍はほとんどレオーネに吸収されているからだ。もっともエールはレオーネからは独立気味で、自らの考えに基づいて行動しているが……。

 

しかし、この脅しが取引になる理由があった。

 

「情報交換……それで引き受けよう。私が君の知りたいことを知っていればいいのだが」

「僕に何か聞きたいことがあると?」

「大いに。例えばそう、そちらの美しいお連れについて、などね」

 

静かにコーヒーカップを口に運んでいたブリーズは、急に話題が向けられて顔を上げた。

 

明るく鮮やかな髪が光で薄く輝いている。

 

「私かしら?」

「そうだとも。エール君とは、一体どのような関係なのだろうか?」

「恋人よ」

 

間髪入れずに、それこそ恥じらいひとつもなかった。恋人ですが何か、という風だった。

 

頭を抱えたい────この女は一体何なんだ。別に恋人でもない……訳がわからない。数年──6年振りの再会はそう感動的でもなかった。サプライズではあったが。

 

もう二度と会うことはないと思っていたし、もう二度と会いたくはなかった。

 

エールは、あの救いようのない過去から逃げ切りたかったのかもしれない。だが──。

 

「おっと、これは──エール君に恋人がいたとは……意外というか、そうでもないような」

「────ねえ、このスッタカタンは今……どういう人なのかしら?」

「おや、それはどういう意味かな?」

「実は久しぶりに会ったのよ。だから今何してるのか、ちょっと分かってなくて」

「恋人なのに、かい?」

「い、いえ……ちょっと事情があるのよ、ええ」

 

気まずそうに誤魔化すブリーズを横目に、ぼんやりと理解した。

 

過去というものは、どれだけ逃げようとも追いついてくる。

 

「いやいや、心配することはない。君の恋人は素晴らしい人さ、道ゆく人に聞けば、皆が知っている──解放の英雄、エールを」

 

想像もつかない言葉だった。それはブリーズにとってはすでに現実離れしていたと表現して過不足ない。あのスラムの青年が、一国の英雄──正直、今だってそうだ。

 

自分が想い続けた人物と、本当に同じ人なのか──それすら思う。だって変わり過ぎている。自分だって成長したし、6年前からすっかり変わった自信はある。だが……。

 

あのチンピラが今、こうして一国の貴族とテーブルを挟んでいる。

 

一体何があったのだろうか。話してくれる気配もない。

 

「その辺でいいでしょう、ロゥさん。僕の質問にも答えてもらいます」

 

──ああ、そんな悩んだような顔なんてしなくてもいいじゃないとか思いながら、ブリーズは真っ白な同族(ヴァルポ)が喋るのを見ていた。

 

悪戯の効果はかなり強いようだった。エールはブリーズを牽制するような視線を向けた。お喋りは勘弁してほしいらしい。

 

「一つには一つ……率直に聞きましょう。ロゥさん、あなたはプルトンという言葉に心あたりはありますか?」

「……ふむ。なるほど……プルトン、プルトン……か。ほぅ?」

 

ロゥの顔色が変わった。面白がっていた口元は笑みを引っ込め、思案するように真横に結ばれた。

 

「知っているとも」

「……! 詳しく聞かせてもらいましょう」

「そうしたいのは山々だが……一つには一つ、だよ。情報の交換とは等価でなくてはならない。君の想像している通り、この言葉は幾らか機密を孕んでいる……。そう簡単に話すことはできないな」

「いいや、あなたは話さざるを得ない──いや、本当はあなたはそんなことはどうだっていい。あなたにとって、そんなものはどうでもいいことだ。そうでなければノースをフロントとするこの国の全貴族を丸ごと裏切るような、こんな真似はしない。事情がどうあれ、僕に付くというのはそういうことだ。違いますか?」

「面白い考えだ。つまり君は、まともな貴族であれば君に協力などしないと言いたいのかな?」

「ロゥさん。どうしてロゥ家は北部軍の占領下にあって、その力をほとんど奪われていないのですか? いや──もっと言うならば、こうです。元南部軍のスポンサーは当然貴族たちで、前提として北部との戦争を実質的に指揮していた。資金源でしたからね。北部軍だってそんなことは承知している。とすれば、その力を削ごうとするのは当たり前だ。だが──バオリアが占領された際、まだ街には貴族たちが残っていたのにも関わらず、あなたたちの屋敷には傷ひとつだってついていない」

「何、大した話ではないさ────貴族の持つ力と価値は重要だ。つまり奪うよりも、そのままそっくり取り込むことの方が、より利益になるというだけの話……。殺すばかりでは金も力も生まれない。違うかな?」

 

返答は沈黙。

 

それが本当かどうか、知る術は今のところないが──さりとて、お互いに信用はしても信頼するなどあり得ない話。

 

緊張をほぐす様に吐いた息の音が、静寂に消えていった。

 

「いい加減本題に入りましょう。別に言葉遊びをしに来た訳じゃない」

「ふむ。もう少し余裕を持っては如何かな? 言葉の余白というものは、楽しまねば損だよ」

「──源石(オリジニウム)が、南部で産出されたそうですね。請負会社はリン家の子会社……隠す気もなく、堂々と労働者の募集をかけているだとか──」

「最近の話だよ。長らく未開拓だったエクソリアに、膨大な源石(オリジニウム)鉱脈が発見されたのは」

 

公にはなっていない。これは権力者にのみ回る情報で────エールの元にこの情報が届いたのは、発見されてから時間が経ってからだった。

 

その推定埋蔵量は膨大であり、積み上がる金の山を幾つも生み出すと予測される。

 

「さてエールくん、君はどのように考え、何をするべきだと思う?」

「……あなたは、ずっとこの事実を知っていたが、これに関わる利益に手は出さなかった。なぜですか?」

「質問には答えてくれないのかな?」

「貴族同士は常に潜在的な敵対関係にあるのなら、この利権は致命的な差となりかねません。合理的じゃない……僕は貴族というものを大して理解していませんが、手を出す余地は無かった訳でもないでしょう」

「ふむ。であれば無理もない──ひとつ教えておくとしよう。いいかな、貴族というのは……常に飽きているのさ」

 

そんなことはない、とブリーズは反射的に言いかけるが、立場を思い出して口をつぐむ。

 

ロゥは揶揄うように語った。

 

「やることと言ったら既得権益を守るか、体面を保つこと程度のものでね──生まれた時からそう教育され、そう育つ……。私はこの生に大して意味を見出していないのさ。ウルサスの強大な力に対抗できるほど、この国も、この国の貴族は強くはない。下らない毎日を貪るように生きる以外に、この退屈を誤魔化す術はない」

 

眼前に座る、まるで獣の皮を被ったような青年には、それは感じたことのない感情なのかもしれないが。

 

青年は獣の様な瞳を理性で覆っていた。

 

人々が彼と出会ったのなら、精悍で優しそうな青年だと感じるだろう。いっそ儚げとも取れるかもしれない。

 

だがロゥは青年の本質を見抜いていた──それは、何処まで行っても若さだ。

 

人は苦しみと共に成長し、やがて学び、老いていく。しかし青年にはそれが無い。痛みと戦おうとしている様に見えた。だがそんなことは不可能だ。運命に逆らうことは出来ないと、いずれ誰しもが理解する。

 

明らかに長生きするタイプではないし、情報通りならばそう遠くないうちに死ぬだろう。

 

「私にとっては実際、どうでもいいことだよ。栄光や繁栄など全て虚しく、大した意味もあるまい。それを誤魔化すためにリンの奴も必死だ。奴の絵画収集癖を知っているかな? 実に見ものだよ──あんなに虚しいコレクションなど、そう見られるものではない」

「……あなたも、人のことは言えない様に見える」

「ふむ、そう見えるかな? まあいい、重要なのはそこではない。実際私は、君のことを高く買っているんだよ。君についた方が────」

「利益があると」

「────いいや、面白そうだからさ」

 

理想や信念を持つ人間の迎える結末は二種類だ。

 

一つは、何も出来ずに打ち砕かれ早死にする。力や運がない人間は、結局世の中で自分を押し通すことが出来ない。善人ほど早死にしていく。それはまるで焚き木だ。暖かく、人々を魅了するが……夜を越える頃には燃え尽きて、灰になる頃には風に吹かれて何も残らない。大半どころか、ほとんどの人間はこちら側だ。灰になるか、あるいは諦めて長生きするか。

 

身を焦すほどの熱に身を投じられる覚悟を持っていたとしても、燃え尽きずに居られるかは別だ。覚悟だけで何かを変えられるほどこの世界は甘くはない。

 

どの道、世界に挑もうなんて輩は長生きできない。歴史的な偉人ほど、大抵は病か凶刃に倒れるものだ。

 

だが稀に──そう、ごく稀に生まれる。

 

自らを燃やし尽くす炎が、何かに燃え移り──まるで山火事でも起こすように、その熱が広がることがある。

 

それは見える角度によっては大罪人、あるいは英雄などと呼ばれる。それらは紙一重だ。

 

「君はどうなんだ? エール君……君は、真実()()()()なんだね? 君は本当に、火種としての資格を備えているのかな?」

「意味が分からない。一体何を言っているんだ、あなたは」

「分かる時が来るはずさ。君が本当にこの国を変えるにふさわしい何か……そう、()()を持っているのかどうか、それがこれから明らかになる。心配せずとも、向こうからやって来てくれるさ。私はこの特等席でそれを鑑賞したいのだよ。今この街に燃え広がった炎が、雨風に吹かれて消えるか、それともこの国全土を焼き尽くす炎と成り得るのか……」

 

それは、運命が決めることだとロゥは知っている。

 

「……ロゥさん。あなたはまさか、自分が死なないとでも思っているんじゃないでしょうね」

「ほう、これは大きく出たね? だが私が死ぬ時は、すでに炎は十分に燃え広がっているだろう。それならそれで構わない、むしろ歓迎するよ」

「……。知っていることを全て話してもらいます」

「自分で調べたまえよ。私は君の味方ではないのだ、これは取引……この世界は等価交換だろう? 知りたいのならば相応の対価を差し出すべきだ。それを拒むのなら、自らで見つけ出すのがいいだろうね」

 

エールは席を立った。これ以上付き合うのも馬鹿らしい。

 

「ブリーズ、行くよ」

「え、ちょっとエール!」

 

ブリーズはエールの非礼を詫びるようにロゥへ一礼をすると、アーツロッド(ユーロジー)を掴んで駆け出した。

 

それを微笑みながら見送るロゥは、扉を開いたエールの背中に一言。

 

「そうそう、プルトンの件だがね──気をつけた方がいいよ。特に……身内には注意しなければならない。敵が外ばかりに居るとは思わないことだ」

「忠告として受け取っておきます。それでは」

 

扉が低い音を立てて閉じた。

 

 




・ロゥ
南部エクソリアの二大貴族のうちの一つ、リン家の当主とかいう設定がある。おっさん通り越してジジイ
そのうち死ぬんで名前とか覚えなくていいです

・ハノル
リン家の若手筆頭みたいなイメージです
そのうち死ぬんで名前とか以下略

・エール
そのうち死ぬ以下略

・ブリーズ
セリフが少ない
かわいい
身に覚えのない彼女面とかされたい

とりあえず面倒そうな話とかストーリーラインは書き終わったはず。あとは回収していくだけ……だといいですね。マジで。
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