猫と風   作:にゃんこぱん

41 / 88
「スーロン」

エクソリアの隣国、テスカ連邦の首都マルガで最大勢力を誇ったギャング組織。組織の構成員は4000人を超えていたらしいが、中核を成すのはたった64名の感染者だった。その中でエクソリアに辿り着いたのは28名、先のバオリア防衛戦を経て現在も生存しているのは21名。感染者の青年フォンをリーダーとしていたが、今は解散しレオーネの第8特殊小隊としてバオリアの各地に散っている。

彼らが裏切る可能性は、常に考慮しておくこと。それにフォンの動向もどこか怪しい。十分に注意しなければ。

彼らの結び付きはかなり強いと見ていい。同じ感染者として各地を放浪してテスカにたどり着いた絆は固い。

それはまるで、いつだかの自分たちを見ているようだった。
──表題のないノートより抜粋。


1096年7月17日:理性と獣性(人か獣か)

ブリーズの処遇に関してだが、結局レオーネ(ウチ)で預かることになった。

 

彼女の医療知識や技術を少し教えてもらったが、ロドスのそれと比較しても十分に優秀であることはすぐに理解できた。事情がどうあれ、今は優秀な人材は喉から手が出るほどに欲しかったのは事実。

 

レオーネ傘下にある国立病院で働くことになり、衛生科へ配属することになった。急遽手配してもらったテストの結果、文句無しの──いや、多少悶着はあったらしいが──合格、十分な経験と知識を備えた医術師として認められ、曹長の階級を与えられたらしい。

 

曹長といっても、衛生科、つまり病院での階級は本隊のそれとは全く性質が異なるので単純な比較は違和感しか残らないが、つまりは優秀だということらしい。

 

らしい、などと人聞きのような表現ばかり使うのは、僕の医療面への理解が浅いためだろう。応急手当ては慣れているが、専門的な部分はさっぱりだし、何よりあのアリゾナ()()()──いや、今はブリーズだったか。とにかくあの世間知らずの箱入り娘がレオーネの基準を大きく上回る成果を出したことが、正直ちょっと信じられない。

 

人は変わるものだろうが……僕は彼女の成長に強い驚きと、敬服を感じざるを得なかった……あるいは、嬉しかったのかもしれない。

 

本当に、彼女はあの日誓ったことへ進んでいるのかもしれないと思ったからか、あるいは彼女も努力し続け、前へ歩いていることを知って、まるで仲間を見つけたような気分になったからか。

 

まあ、どの面下げてって話だが……。

 

僕はどうだろうか。

 

僕はあの日よりずっと強くなった。気の遠くなるような訓練を繰り返して、戦闘に関してならかなり優れている自信はある。だが……。

 

時々思う。僕はヴィクトリアにいた時から何一つ変わっちゃいないんじゃないかと不安になる。彼女は変わった。だが僕はどうだろうか。

 

誰も守れないまま、僕は殺すことばかり得意だった。

 

今もそうなのか……。この力は一体なんのためのものなのか、ずっと考えている。

 

今も考えている。

 

 

 

 

 

 

 

1096年7月17日:理性と獣性(人か獣か)

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何か分かったかな」

「まだスパイを警戒されている。大した情報は掴んでいないが、現時点での内情はある程度分かった」

 

レオーネ最上階、エールの執務室。

 

開かれた窓から涼しげな風が入ってきていた。今日は少し涼しい。

 

壁のコルクボードには無数のメモと重要人物の写真。情報の外部保存──それにしては情報が多すぎないだろうか。スカベンジャーは横目でそれを見ながら話し出す。

 

「結論から言うが、やはりリ・ハン製鋼だろうな」

「詳しく聞こう」

 

デスクの前に立ったまま、エールを見下ろす。手元にペンと紙。

 

「三日ほど前、ゲネラ区のチンピラが持っていたパーツ……あれと似たものが、恐らくリ・ハン製鋼にある」

「生産されてたってことかな」

「そこまでは分からん。作っているか、それとも逆に運び込まれていたのか……連中は何も知らなかったからな」

「……僕の読みでは、あれは多分武器のパーツなんだけど……どう思う?」

「あり得るが、迂闊に決めつけない方がいい。だがもしもそうなら……。分かっているのは、何らかのモノが倉庫に運び込まれていたことだけだ。出発地点もゴールも使われていないはずの物置き場で、複数の受け渡しを介していることだ。流れを尾行した結果、最終的にリ・ハン製鋼の工場まで運ばれていった」

「……随分深くまで潜ったね。すでにスパイがバレた可能性は」

「ない、とは言い切れない。だがお前の指示が随分的確なおかげで、私は幾らかのリスクを侵す羽目になった。ありがたいことにな」

 

必要になったのは、出来るだけ早く、出来るだけ多くの情報。

 

どう考えたって、潜入捜査なんかが1日や2日で出来るはずがない。特に相手はロゥ家──スパイの警戒なんかもしていない中で、スカベンジャーはかなり際どいラインを攻めていた。もしかしたら既にバレていて、明日仲介屋に行ったらそのまま始末される可能性もある。

 

エールはそのあたりのことを全てスカベンジャーに丸投げした。餅は餅屋だ。もっとも、スカベンジャーは暗殺専門なのだが……人手不足は深刻だった。特にこういう暗い仕事をこなせる人材は本当に少ないし、スカベンジャーは有能だった。早い段階で、こうして情報を集めてきてくれている。

 

「君が優秀な駒で、本当に助かるよ」

「ち……。それともう一つ……あのスーロンとかいう連中を街中で見かけた」

「うん?」

「私の経験から言うが……連中は怪しい」

「……続けて」

「連中は人通りが少なく、窓のない建物に入っていっていた。それがあんたの命令でないなら、何かを企んでいる可能性がある。連中が仲良しで、一緒にのんびり食事でもする仲であれば話は別だがな」

「どうしてそれを僕に?」

「……別に、気まぐれだ。依頼主には媚を売っておかないと、いつ切られるか分からないからな」

 

皮肉げな態度には慣れたものだし、エールは今更そんな言葉にどうこう思わなかった。少なくともスカベンジャーを()()ことは考えていない。昔ならいざ知らず──今は、どうなんだろう。

 

誰かを裏切ることが、今の自分に出来るのだろうか。いずれそうする必要に迫られたとき、自分は誰かの背中に刃を──仲間がそうされたように。

 

今は必要のない思考だ。薄く息を吐く。

 

「……まあ、とりあえず引き続き潜入を続けてくれ」

 

返答の代わりに、灰色の髪が翻った。

 

愛想ないなぁ──などと、場違いな感想を抱くエールだが、一つ思いついたように声を掛けた。

 

「そういえばさ。君が気にかけてたあの兵士だけど──今やってる掃討戦で重傷を負ったらしい」

 

スカベンジャーの足が止まった。

 

あの兵士──脳裏に浮かぶ、人懐っこく、鬱陶しい笑顔。

 

「さっき報告が上がってきたよ。だいぶ派手な戦闘があって、重体の兵士が一名だってさ。今頃は手術中だろう。見舞いに行くといい」

「……余計なお世話だ」

 

後には、肩を竦めたエールが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまるで薄氷の上を歩くような緊張感だった。

 

「──腹部三箇所から出血、多すぎる……!」

「痙攣あり、意識レベル低下……外的アーツによる振戦が確認されている、目を離すなよ!」

 

生きるか死ぬかだった。

 

その天秤は明確で、正常で、残酷なまでに正確だった。

 

バイタル値を示す医療機械は、ウルサス語のロゴが入っている。この上ない皮肉だった。

 

「グエン先生が出払ってるこの時に……! 私たちだけでやるしかないのか……!」

 

氷柱を握っているようだった。焦って強く握るほど、より早く溶けていくような。

 

運ばれていく患者と、焦燥の中にある衛生兵──もっとも、本職を医者とするものたちばかりだったが……不運だったのは、そもそも南部エクソリアには高度な外科技術を持つ医者が少ないこと。

 

そして、傷口からの出血が多すぎる。複数箇所にわたる複雑な傷と意識混濁。

 

はっきり表現して、いつ死んでもおかしくないような状況。そして外科経験の不足。

 

最悪の状況だった。それでもやらねばならない。助けなければならない。

 

それこそロドスの持つような医療技術は持ち合わせていなかった。こういったギリギリ一線を越えるか越えないかの修羅場を潜ってきたのはむしろバオリアではなく、アルゴン国立病院の方で、グエンがその第一人者だったが──現在グエンは医者ではなく指揮官だ。ここにはいない。

 

そこに手術衣で走ってくる人物が一人。

 

「……っ、ちょ──ブリーズさん!?」

「状況を教えて頂戴! すぐに処置をしないと危険よ!」

「き、来て1日のあなたにこんなことは任せられない! 下がっていろ!」

 

当然の話だった。

 

ブリーズの医療的な技術はテストで見せた通り。だが外科専門でもないことは確かだ。

 

「私なら助けられるわッ! 手術に加えてッ!」

「だが──」

 

そう啖呵を切るブリーズの顔は震えていた。緊張だろうか。

 

だが、絶対に助けるという強い意志を感じるには十分だった。

 

「時間がないのは分かってるでしょう!? 私のアーツと技術なら、この人を助けられる……救ってみせるわ、必ず!」

 

冷や汗を流しながら言うようなセリフではなかったのだろうが、何も全く根拠のない話ではないことは、理解しているが……。

 

「……人手は多いに越したことはない、だが絶対に邪魔になるなよッ」

 

全てを任せられるほどの信頼関係は構築していない。何せ昨日来たばかりの医者だ。技術はあるのだろうが、実績はない。

 

だがただでさえ助けられるか分からない状況の中で、何かの役には立つかもしれない。

 

そう考えていた外科医だが、いざ手術が始まると度肝を抜かれることになる。

 

きっちり消毒済みのアーツユニットを掲げて、最初にブリーズは呟く。

 

「……力を貸して、ユーロジー────Concentration(集中療法)

 

アーツユニットの先端に灯った新緑色の光が、バイタルサインの反響する空間に満ちていった。

 

「……バイタルサイン(TTR)心拍数(HR)が……少し落ち着いた?」

「リラクシングのアーツよ。でもこれは文字通り気休め……本番はここから。気道確保から始めましょう。気切の準備を」

 

それはアーツの影響だったのか。水を打ったような静寂が手術室を支配していた。否──その表現は誤りだ。支配していたのは──アーツユニットに更なる光を灯すヴァルポの女性だ。

 

Remedy diffusion(拡散療法)……Blessed be your name(主の御名において)──volition(我が意を示せ)

 

灯明が浮き上がって、弾けるように空間へ溶けていく。直接アーツの対象としてない他のメディカル(手術補佐)の精神がいくらか和らぐ。緊張が溶けて、冷静さが戻ってくる。

 

故郷のもう滅びた言語で、半分無意識下で呟いた言葉の意味を医者たちが知ることはないが……圧倒するようでいて、かつ荘厳な雰囲気さえ感じさせた姿。

 

「何をぼーっとしてるの! 始めるわよ!」

 

すっかり飲み込まれそうになったが、すぐにその声で我に帰る。

 

目の前の誰かを救う。それが仕事であり、使命であるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、まだ信じられないよ。見てくれ、俺の両手……まだ震えてる……。正直、あんな重体から助けられる訳がないって……悔しいけど、心のどこかでは思っていたんだ」

「そうよね。本当に……アーツだけじゃなかったわ。途中……見たこともない施術法を平然と指示し出すから驚いたけど……」

「結果が全てさ。医者として悔しいが、彼女のこと……認めざるを得ないな──」

 

びっしりと額に浮いた汗を拭いながら、極度の緊張から解放された看護師たちは話していた。手術を預かるはずの外科医でさえ、その中に混ざっている。

 

話題の渦中にあるブリーズはというと、ここにはいなかった。

 

どこにいるかというと、病院の裏口──コンクリートの階段に、汚れも気にしないで座って、日陰の中で深い息を吐いていた。

 

空調機のファンが回って生み出す排音と、暑い外気のじめっとした湿気の中で、それでもブリーズは手先まで凍るような錯覚に陥っていた。

 

ブリーズは旅医者だった。だが今回のような高難易度の外科手術は……恐ろしい話だが、今回が初めてだった。

 

当然、知識は全て頭に入っている。文献や参考記録はかなりの量を見てきた。臨床経験も短くない。それでも本当に手術が成功するかなんて、確信が持てる筈もなかった。

 

その中で出しゃばるようにしてまで手術に参加した。失礼な話ではあるが、ブリーズには彼らだけで手術を成功させられるようには見えなかった。グエンが居たならば話は別だっただろうが……。

 

行動力と技術力、それから今までやったことのない高度な外科手術を、これまで培ってきた技術と知識の全てを持ってぶっつけ本番で成功させた。クソ度胸と、極限の集中。それは文字通り、見ているものにとっては神業だっただろう。

 

「ふぅ────……」

 

外の明るさにまだ目が慣れない。暑い筈なのに、体は底冷えしている気がする。体にはまだ力が入らない。当分立ち上がれそうにはなさそうだ。

 

その中で、ただ安堵だけを感じていた。

 

生暖かい風が吹いた。

 

ふとそちらの方を見てみると、エールがいた。

 

再開した時から変わらず、何を考えているか分からないような曖昧な表情で、座り込むブリーズに視線を下ろす。

 

「あら。会いにきてくれたのかしら?」

 

ブリーズは疲れた顔で冗談を飛ばした。

 

「そんなところだ」

「本当かしら?」

 

隣に白髪の青年は腰を下ろして、ブリーズの空元気のような笑みを横目で見た。

 

()()の容体はどうかな」

「……どうしてあなたはこんな場所へ来たのかしら?」

 

病院の裏側の手入れはあまりされていない。フェンスの先には雑草が生い茂って、光と風に擦れる音を立てていた。

 

「君の姿が表の方から見えたからね」

 

左をみると、フェンスの向こう側の歩道からこの場所が見える。

 

一本の飲料缶をエールはブリーズに渡した。

 

冷たい清涼飲料だった。

 

「……気遣いができるようになったのね?」

「貴重な医療術師への、些細なポイント稼ぎだ。お疲れのようだしね」

「誰のせいかしらね」

「耳が痛いね」

「本気でそう思ってる?」

「人間は万物の尺度である──とは、プロタゴラスが示した通りだ。僕の思想も、君のそれも相対的でしかない」

「詭弁ね」

 

プルタブが開く音とともにエールは少し笑った。

 

──そうかもしれない。

 

「馬車の比喩を思い出すわ。あなたを見てると……」

「プラトンの話か?」

「そう、魂の三分説ね。彼に依れば魂は理性(ロゴス)気概(テュモス)欲望(エピテュメース)から成るとされているわ。そしてそれは、二頭立ての馬車とその御者に例えられる」

 

右手の馬は姿が端正で、節度と慎みを持ち、鞭打たずとも言葉に従う良い馬であるのに対し、左手の馬は醜く、放縦と傲慢であり、鞭と突き棒でようやく言う事を聞くという。

 

美しい馬が気概、醜い馬が欲望、そして御者が理性に対応する。

 

「昔のあなたなんかは、正にそうだったわ。欲望と気概、そしてある程度の理性。そういう人間だったことを覚えているわ」

 

ヴィクトリアで暮らしていた時はそうだったかもしれない。かなり前のことだから印象深いこと程度しか覚えていないが……。散々他人を傷つけたり騙したりしたことは確か。

 

「でも今のあなたは極めて理性的、いえ──まるで、理性でしか動いていないように見えるの」

 

プラトンはその著作において、この馬車の比喩をイデアの世界へと至る過程で使っている。イデアの世界とは大雑把に表現すれば、完全な世界ということになる。

 

人々はこの欲望を制御しなければならない、ということだ。

 

「最初は……何か強い野望とか、欲望とかで動いているのだと考えたわ。それを隠すために、そうやって極めて理性的に振る舞っているって。でも……やっぱりそれだけじゃないように見えたの。あなたは、──まるで」

 

真っ白な青年の瞳には、微かな光が灯っている。

 

「獣の様に、私を見るのね」

 

先民(エーシェンツ)はさまざまな動物としての特徴を有する。ブリーズの頭には狐耳が生えているし、尻尾もある。

 

だが、そういうことではないのだろう。

 

それは先民というより、ただの獣だった。

 

「不思議ね。あなたの中に──獣性とでも呼ぶべき暴力性と、ひたすらに理性的な冷たさが共存しているように思えてならないのよ」

「……そんな風に言われるのは、初めてだな」

 

それは、例えば狼や狐の爪や牙が、生存のためにしか使われないことに類似している、とブリーズは思った。

 

誰彼構わず傷つける訳ではない。満腹の獣は人を襲わない──縄張りでも犯さない限りは。

 

「それは鉱石病(オリパシー)によるものなのか、それとも時間の変化があなたを変えたのか……」

「両方さ、多分ね。鉱石病に罹れば、誰だって人生を変えずにはいられない。そして必ず感染したことを心から後悔する時が来る。少なくとも、一度は」

「あなたも?」

「どうしようもないことだが、思わずには居られない。非感染者に出来て、感染者に出来ないことがこの世界に一体いくつあるか……知らない訳ではないだろう」

「……感染者の受け入れを行なったのは、やっぱりエールなのね」

「そうだ。代償として、少々の面倒事(バオリア掃討戦)を押し付けられたが」

「なら、やっぱり運命なのかもしれないわね。入国が大幅に緩和されてなければ、きっと私はこの国には入れなかったと思う」

 

結局、エールが過去に追い付かれたのは自らの行いが原因だったという、それだけの話だ。

 

「だからこそ確かめなければならないわ。あなたが()()()なのか……」

「似たようなことを言われたな。だが僕のやることは変わらない」

「大切なことだと思うわ。答えて──あなたが理性ある人間なのか、良心ある獣なのか」

「……どちらも同じだ」

「あなたにはそう聞こえるかもしれない。でも私にとっては全くの別物よ」

「理性も良心も同じカテゴリーだ。だが良心が行動方針を決定する指標であるのに対し、理性とは目的を達成するための手段に過ぎず、同時に感情を内包しない。これが意味するのは、良心そのものは人を助けないということだけだ。意思というのは、それが実行されて初めて意味を持つ。そういう意味で言えば、良心というのは非常に優れている」

 

まるで自らに確認するような話し方だ。

 

問題なのは、とエールは続けた。

 

「他人との関係に際して、良心というものが極めて不確実である点に尽きる。その点理性は優秀だ。理性ある人との関係というのは、つまりは利害関係を一致させるか、或いは利害関係をお互いに了解することだ。この性質がゲーム理論にも似ているのは、根底的な部分として、人は自らの利益、または目的のために行動するという前提があるからだろう」

「そうやって他人を知った気になって安心したいのね」

「確かに安心と言い換えても構わないな。僕が欲しいのは保証だ。僕にとって理性が優れているのは、それに感情の入り込む隙間がない点だ。感情とは人らしさの証明だろうが……君はどうだろう。もし絶対に達成したい目標があって、しかしその目的の達成のために君の感情が邪魔をしたとしよう。そうだな……例えば、誰か大切な人が殺されたとして……復讐を考えない人間は稀だ」

「つまりある目的の達成のためには、感情が邪魔だって言いたいのかしら」

「……そうかもしれないね。こんなもの(心や感情)が無かったなら……人は、まだ楽園で暮らしていたのかもしれない。知恵の果実と引き換えにしたのは、果たして一体何なのだろう」

 

空の青さを見上げて、エールは呟いていた。

 

その様はまるっきり思想家のようだった。この街で暮らしているはずなのに、どこか浮世離れした様な。

 

まさか、いつもこんな暗いことばかり考えているのだろうか?

 

「っと……こんな話をしに来た訳じゃない。マイ・チー・ファン……彼女の容体を聞きに来たんだった」

「一介の兵士にわざわざ英雄さんが来るなんて、お優しいのね」

「……まあ、本当は部下(スカベンジャー)にでも任せようと思っていたんだが……。とにかく、一命は取り留めたのかな」

「山は越えたわ。後は……意識が戻ってくれるかどうか、ね。そんなに彼女に聞きたいことでもあるのかしら」

「ああ。そうだ、君にも聞いて置かなくては──彼女の傷は、どのようなものだった?」

「どのようなもの、って……」

 

思い出すのは大量の赤色。出血の酷さと傷の深さ。

 

「……どれだけ相手を苦しめようと思ったら、あんなことが出来るのかって……そう思ったわ。頸部から頭部に目立った傷は無かったの。でも腹部が酷かったわ──肉が抉られる様だった……」

「やはり妙だな」

「妙?」

「……確かに、戦いに置いて腹を狙うのはおかしくはない。単純に面積があるから狙いやすい……が、結局殺すのに最も効率がいいのは首から上だ。一撃で十分──……。やはり考え過ぎか?」

「ちょっと、何の話を──」

「彼女が目覚めるとしたら、最低でも何時間掛かると思う?」

「え、えっと……どうでしょうね、まあ今日中には目覚めないとは思うわ。明日の午後……どれだけ早くても、それぐらいまでは目覚めないと思うわ。あくまで私の予想よ、エール」

「わかった。ありがとう、それじゃ」

 

それだけ言い残すと、すぐに立ち去っていった。

 

「……何だったのかしら」

 

思想も行動も、まるで噛み合わない。むっとすることばかり言うし、あまり人の話を聞かない。けど──……。

 

もう少し、ここにいても良かったのに。

 

 

 




危機契約やってたら遅くなりました。
やっぱファウストくんは……最高やな(ヤケクソ)

・ブリーズ
なんか強い……強くない?
医療アーツって実際どうやって回復させてるんでしょうね……?
かわいい。

・理性
たりない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。