レオーネのバオリア基地、車両格納庫の併設された三階建てがバオリア基地の中央部。事務的なワークスペースが集中している場所で、アルゴンの本部と比べるといくらか重要性は下がるものの、バオリア駐屯軍の頭脳となっていた。
だが夜ともなれば昼間の明るさは消え、幾らかの部屋に残業の灯が灯るのみだ。
最上階の一つにも蛍光灯がついていた。エールが使っていた執務室だが、室内には誰もいない。
その一つ上、屋上に小さな赤い光が揺れている。
煙草の火が、煙を照らしていた。
しばらく星の輝く空を見上げていたエールだが、不意に口を開いて話し出す。
「で、収穫は」
暗闇にはスカベンジャーが立っている──執務室にいなければ、大抵エールは屋上で煙草でも吸っていることくらいは知っていた。
「……エール、お前は……知っていたのか」
スカベンジャーには珍しく、ただの苛立ちではなく──それこそ、怒るような声色だ。
「何が?」
「あいつが……貴族だってことを──」
「初耳だね。あいつっていうのは彼女……マイ・チ・ファンのことか?」
「……。なぜ、お前はあいつのことを知っていた。一兵士に過ぎなかったはずだ──」
なぜこれほど自らが動揺──そうだ、動揺しているんだ。訳のわからない苛立ちが、ずっと止まない。
「知っていたというのは誤解だね。別に、君がやけに気にかけていただろう。掃討戦で唯一、こちら側の部隊に強い被害が出たって報告があった。それが気になっていた──こちら側がかなり有利な状況で、北部兵の中にそれほどの精鋭が混ざっていたのかって。けど別にそれほど気になっていた訳じゃない。病院の様子も見ておきたかったし、はっきり言えばついでだ」
スカベンジャーに嘘をつく理由はない。
だが、スカベンジャーにはそうは見えない。あの話を聞いた後では──まるで、最初から全て分かっていたように、シラを切っているとしか思えなかった。
「北部兵の中に、何者かが混ざっていた可能性が高い。あいつの部隊は、おそらく──」
そこまで聞いて、エールは言葉を遮った。
「待って。何者かって──」
「おそらく貴族の手先だ。あいつはリン家当主の孫で、──」
「それを先に言えッ!」
煙草を踏み潰して、エールはすぐに歩き出した。
「おい、何が──」
「君も来い、すぐにだッ! 彼女が死ぬぞ!?」
階段を早足で下り、外へ──緊急用に停めてある車両へと走り、スカベンジャーに鍵を放り投げる。
「片腕しかなくて悪いね──すぐに車を出せ、病院へ行け!」
雇い主のただならない声に、鍵を受け取って乗り込む。
片腕がないと、運転も出来ない──もどかしかった。
「説明しろ、エール!」
「彼女の戦った敵は最終的には投降して、捕虜として病院で治療を受けている! それがどういうことか分からないか!?」
乱暴な発進だった。ギアはすぐに最高速へ。
エールの放った言葉の意味は、北部兵ではない何者かが病院内に潜伏しているということ。
この時期──レオーネが潜在的に貴族と敵対して、水面下で緊張が高まっている。
彼女の隠していた身分、あの一人部屋、人の多さ。
「病院に潜んでいるのなら、もう一段先がある──別の目的がある! でなきゃわざわざ投降などするものか……!」
「……!」
悪い予感がした。いつだか、あの村に向かうときにも味わった──そうでない場合を何通りも考え、ただの杞憂だと自らを落ち着かせようとした、あの嫌な感覚。
それにもう一つ──確か
病院までの道のりは、以前よりは改善されたとはいえこの不安定な情勢による治安の悪さ故にほとんど人やバイクの通りはない。
だがどれだけ飛ばそうと、到着するまでの体感時間は限りなく長かった。
滑り込むような駐車の後、飛び出したエールとスカベンジャーは走る──入口は施錠されていた。今は時間が惜しい、ガラスを突き破って内側へ。
ガラスが破られたことで、警報装置が夜の病院に鳴り響いた。
驚いて飛び出してくる他の医者や、寝ていた患者たちも目を覚ます。彼らに構わずスカベンジャーは先導して走った。目的は彼女の病室以外にない。
その後を追うエールは、薄灯の廊下に素早く目を光らせていた。
そして血痕と、壁にもたれるように倒れていた一人の人物を発見する。スカベンジャーはその人物を認識しながらも、それが彼女でないことをすぐに見分けて先を急いだが、エールは──。
「……おい、冗談だろ……ブリーズッ!」
荒い息を繰り返すブリーズが、腹部から血を流しながら緩慢な様子でエールを見上げていた。
「あら……来てたのね、エール」
「何があった、誰にやられたッ!?」
普段の冷静さは全くなく、焦りからか怒鳴るようなエールの様子に、ブリーズはこんな状況でも嬉しくなってしまった。
「心配……してるの? 珍しいわね──」
「……ッ! 無駄口を叩くなバカ! っていうかここは病院だろう!? 他の連中は何をしていたんだ……ッ! 気が付かなかったのか……ッ!?」
「ほんと……すごいのね、ああいう暗殺者みたいな人って……」
「ッ──ああもう黙ってろ、すぐに医者を呼んでくる! 気を保ってろ、絶対に死ぬなッ!」
私も医者なんだけど──とは思うが、痛みと出血で満足に動けないし、治療器具のある場所へは手が届かないので、奥へと走っていくエールを見送るしかない。
全く散々で、さっきから味わったことのない激痛が襲ってくるが──そんな顔で心配してくれるのなら、怪我人という立場も案外捨てたものではないのかも……と、そう思っているうちは、まだ死にはしないのかもしれない。
──床に捨てられていたクロッグ17を流し見る。今は少し赤く汚れていた。
ブリーズは知る由もない。流線的かつシステマチックなデザインのそれが、この街にたった一つだけ存在するオリジナルであることなど──。
ドアは開けっぱなしだった。
暗い室内、すぐに電気を付ける。
──真っ白だったはずのシーツは、染み出す鮮血に染め上がっていて、……命の色が、流れ出していた。心臓の位置に、刃物が突き立っていて。
ぐったりと倒れ込むようにして、ミーファンはいた。
──あなたの友達になりたいだけだよ、と。
たった数時間前に言われた言葉は、なぜだか脳内を反響する。
窓が空いていた。下手人はここから逃走したのだろう、と冷静な部分が分析した。
犯人を追跡するべきだ、と思った。
「……スカ、ベンジャー?」
まだ息がある。
「来て……くれたんだね」
何を言っていいのか分からなかった。初めてだった──何かを伝えなければならないような気はするが、何を伝えなければならないのかは分からない。
ミーファンは微笑む。影が差していた。
「でも……ごめん、ね」
──どうして、謝るのだろうか。
何度も殺してきた──だからわかった。
刺さったナイフの位置は完璧で、肋骨の隙間を縫うように、確実に心臓を捉えている。
もう助からない──スカベンジャーだからこそ、あっさりと理解した。
「けど……あなたは、一人じゃ……ない。いつか──」
──そんな、寂しそうな顔で。
「……ミーファン」
そう、名前を呼ぶと、彼女はやっと嬉しそうに笑った。
「やっと……名前、呼んでくれた」
手を伸ばそうとして、彼女の手と触れ合った。
冷たくなる感触に、思い出した。まだスカベンジャーと呼ばれる前の、彼女の最後の言葉も、そんな風で。
「あなたの手……あったかくて……優しい。……ありがと、ね────」
いつまでそうしていたのだろうか。
もう──死んでいた。
「……なんだ、これは」
人が一人死んだだけだ。
何度も見てきた。何度も殺した。慣れている。珍しいとも思わない。殺されただけだ。
「……なんなんだ、これは……ッ!」
言葉に出来ない感情の波が、押し寄せてどうしようもない。
するりと、彼女の指は力を失って垂れ落ちた。
彼女に触れていた指を眺めて、声に出さずには居られない。
「ふざけるな……一体なんなんだ、これは……ッ!? どうして謝った、どうして礼なんて言ったッ!」
その感情が無力感というものであると気がついたのは、ずっと後の話だ。
「どうして────ッ! クソッ、ふざけるなッ!」
月明かりのない夜の底。
「ふざけるな────…………」
シーツに蛍光灯の光が反射して、目が眩んだ。
タイトル回収!
・ミーファン
死亡確認!
このシーンのために登場し、このシーンのために死亡。
名前付きオリキャラは扱いが難しいからな、死ぬしかなかったんや
なんでや工藤! なんでディアベルはんを殺したんや!
・スカベンジャー
多分真正面から人の死を悲しむようなキャラではないとは思うんですけど(名推理)
まあ多少はね?
・ブリーズ
酷い目に遭いました。
個人的な方針として、原作キャラは殺せないので死にません。死にはしませんが……。
かわいい。
・エール
ヤニカス
こいつに関してとんでもない設定のガバを発見しました。私はどっかでこいつの年齢を27歳とか書いた記憶がありますが、おそらくこの時点で21〜22歳です。お前の時系列整理ガバガバじゃねえか
そんなわけで年齢は21歳の想定になります。若すぎィ!