猫と風   作:にゃんこぱん

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1096年7月19日:もしも夜空から一つ光が消えたとして -5

元スーロン19名が集まっていたのは、先のバオリア防衛戦以来だった。存命している元スーロンは合計で21人。居ないのはリーダーのフォンとエンジニアのフェイズだけだ。

 

「集まったな。じゃあ伝えること伝えるぜ」

 

レオーネに入った彼らだが、根は未だ地下に隠れるギャングだった。そして元スーロンらは一つの部隊に纏められていたものの、実際には警察のような治安維持が主な任務だったため、各地に散らばっていたのだ。

 

実際のところ、ハノルの指摘は的を得ていた。

 

──暮らしもある程度は保証されている。以前のように、日陰に潜む必要も無くなった。

 

だが市民からの視線は、そう心地良いものではなかった。

 

南部エクソリアには感染者の数が極端に少なかったことは確かで、差別意識が低かったことも事実だ。

 

だがそれは、鉱石病(オリパシー)という病そのものの認識率が低かったことに起因するためであり、鉱石病の認知が進んでいってからも差別意識が低いままであることを意味するものではない。

 

──そもそも肌から鉱石が生えているなんて、普通ではないだろう。

 

それを恐れることの何が不自然なのだろう。感染者と接していたら、自分の腕にも石が生えてくるかもしれないと考えることの、一体何が間違っているのだろう。

 

感染者の流入により、市民たちは選択に迫られていたのだ。

 

鉱石病を──感染者を恐れ、排除するのか。それとも恐怖を克服し、同じ人であることを認めて受け入れるのか。

 

後者になった国は、このテラではひどく稀だ。

 

「まず、フォンと連絡が付かねえことだ。説明するが、今事態は妙なことになってやがる──」

 

そんな中で、元スーロン構成員たちも決断をしなければならない状況になった。

 

エールを信頼すると決めたのはフォンだ。そしてフォンの決定を信頼すると決めたのは自分だ。だからこの国に来た。

 

感染者はずっと楽園を求めている。

 

それは、感染する以前の、平穏で幸せな暮らしを取り戻したいという願いだ。

 

あるいは、これ以上苦しみたくないという思い。感染者というだけで差別されることを認めたくない心。

 

──セイが死んだのがただの事故だと思えるほど、寝惚けた覚えはない。言い残した言葉には何かがあるはずだった。

 

結局のところ、自分たちが争いの中で惨めに死んでいくことを認めたくないのだ。その運命に抗うことが出来るのだと証明がしたいだけなのかもしれない。

 

テスカ連邦での計画は失敗に終わった。予想もしない方向から飛び込んできた爆弾が全てを壊した。

 

感染者の独立計画。それが間違っていたとは、今でも思っていない。

 

「──っつーわけだ。それとウォルグが掴んできた情報に関して共有する。結論から言えばアタリだ。あの野郎、やべーもんに手を出してやがったぜ。プルトンってモンの正体がアレだとしたら──」

 

お喋りなのは男の特徴だった。無駄話に睨みを効かされ、男は肩を竦めた。

 

「……分かった分かった。平たく言えば奴の資金源は──シニョリッジだろう」

 

シニョリッジ──とは。

 

「まあアレだ。国が金──つまり通貨を刷るだろ? そん時に発生する利益のことだ」

 

通貨発行益とも呼ばれるもの。

政府や銀行が発行する通貨、紙幣からその製造コストを除いた分の発行利益のこと。

 

「ガキでも思い付きそうなことだ。金が欲しいんなら刷りゃいいっつー話で、立場や権力のある連中ならまあ、出来ねえ話じゃねえ」

 

その手法は至ってシンプルで、つまり造幣機関を私物化してしまえば良い。

 

そうすれば、無限に取り出せる国家規模のサイフの完成、と言うわけだ。

 

「おそらくはこのシステムが”プルトン”だろう。クソくだらねぇシステムだがな。ハノルの野郎がこいつを運用しているはずだ」

 

他のメンバーが発言した。

 

「だとすると、セイはこれに辿り着いていたってことか?」

「まあ、そう考えんのだが妥当だろ? ヴォルグ、見つけたんだったよな」

「危ない橋を渡ったよ……馬鹿みたいに積まれた万札の束がコンテナでいくつ積まれていたか数えきれなかった。平然な顔をして一般の大型貨物に偽造してあったんだ。全く恐れ入るけど──」

「まあとにかく、やっとヤツの喉元を捉えられたっつー訳だ。とびっきりのニュースの種も手に入れたことだしな。あとはこれをどう使うかだ」

 

やっとそれらしくなってきた。

 

戦うべき相手と、その勝利条件が少しずつ見えてくる。

 

あとは──フォンの作戦と、号令があればこそ。

 

「確認するが、フォンと連絡が取れたヤツは居ねえんだな?」

「さっぱりだ。宿舎も無線もさっぱりで、忽然と消えた──俺たちに連絡がないっつーのはありえねえ。攫われたか襲われたか──死んだ可能性もある」

 

こういう荒事は、以前もそう珍しい話ではなかった。だが所詮それらはギャング同士の抗争に過ぎなかったし、貴族を相手取った経験などない。

 

貴族というのは、普通に考えて巨大すぎる相手だ。

 

「それとエールだ。誰かヤツと会ったか?」

「お前のとこに来てねえのか?」

「すぐにでも来ると思ってたんだがな……。あいつもフォンを探しているはずだ。俺たちに連絡を取るのが普通のはずだが──何かあるのかもな」

「案外ぐーすか寝てんじゃねえの? 女侍らせてよ」

「あの野郎がか? 想像付かねえ。そもそもあいつ女居るって話じゃねえか」

「ああそうだ、その女が刺されて重体ってんなら、エールとフォンが会うとまずいんじゃねえか」

「──フォンがんなことするはずねえが、万が一もしフォンがエールの女を襲ったとするなら……おそらくフォンは死ぬな」

 

以前のNHIとの抗争で、エールは小隊を一人で皆殺しにした。

 

スーロンたちは同じだけの数を相手取り、勝ったものの──こちら側の死者は十名近く出したのに対し、エールは片腕一本だ。

 

「……エールは正真正銘のバケモンだ。フル装備の小隊相手にほぼステゴロで勝てるヤツなんざ、この世界に一体何人いる? 真正面からヤツと戦う事態は絶対に避けねえといけねえ。片腕を失っても……戦闘に関して、ヤツは絶対的だ」

 

そしてフォンは、戦闘に関しては平凡の域を出ない。

 

フォンは戦闘員ではなく司令塔──フォンの強みは、作戦立案や分析、指揮だ。そしてフォンは選択を間違えない。

 

スーロンはかつてよりもずっと小さくなった。全盛の時のメンバーの半数以上はもう死んでいる。だが死なせた責任がフォンにあると考えているメンバーは一人もいない。フォンがいなければ、そもそもとしてここにいる全員はもう死んでいるだろう。

 

「正直、ヤツの力は借りたいが──本当にヤツの向かっている方向が正しいのか、俺は疑問だ。このままヤツについて、レオーネに残ったままで良いのか?」

「だがヤツを信じると決めたのはフォンだろ?」

「だが実際フォンは行方が知れねえじゃねえか! もしかしたらもうエールはフォンを始末してんじゃねえのか!?」

「可能性は低いよ。フォンがそんなことをする理由がない。病院で騒ぎを起こしたのはハノルの可能性が一番高いに決まってるじゃないか」

「だがそれはなんのためにっつー話だろ?」

「その話はもういい。今回はこれからの方針を決めるって集まりだろうが」

 

騒ぎ出したメンバーを沈めて、一人が話し出した。

 

「最優先はフォンを見つけ出すことだろ? んで、話を進めるためにフォンを信用する。ここまでは良いよな」

 

特に異存はなかった。

 

「んで、おそらく原因はハノルの野郎だ。ヤツがフォンを攫うなりなんなりして、多分どっかに監禁されてるってのが妥当なところだ。ならとにかく探し回るしかねえ」

「ハノルからの要求とかはねえんだろ?」

「ねえよ。交渉は決裂した。もしヤツがフォンをどっかに監禁して、まだ殺してねえとすりゃあそれは俺たちを動かすためだろう。どっかに誘き寄せようとしてんだ。違ぇか」

「それなら話は簡単だ。こっちから乗り込んでやれば良い。フェイズに頼んどいた武器も届いた。明日、決着をつけに行くぞ。いいな」

「だがどこに行くつもりだ?」

「こっちから出向いてやればいいだろ。ヤツの根城、リン家にだ。連中は大した兵隊はもってねえはずはずだからな──ぶっ潰しちまえば良い。これまでもそうだったろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──すまなかったなぁ。お前を救ってやれなくて』

 

夢を見ているような気がした。

 

『ねえちょっと、ブラスト。聞いてる?』

 

長い夢のようで、記憶のような。

 

『あんたなんなんすか! それがエリートオペレーターなんすか!? オレは認めねえ……認めねえぞ……ッ!』

 

それをぼんやりと、幽霊になって眺めている感じがした。

 

『けど……”それ”じゃ、何も変わらないじゃない────……』

 

『俺、ロドスに助けなかったら今頃どうなってたか──本当に感謝してます、ブラストさん』

 

『……アルカーチス』

 

『ブラスト! 次の任務合同だってさ!』

 

「──る」

 

『あんたなんて産まなければよかった』

 

『私に触らないでッ! 感染者なんでしょう!?』

 

『あたしさ、助けてもらったのがお前でよかったよ』

 

『怖いよ、ブラスト……』

 

「──る!」

 

『あなたの下で戦えたこと、誇りに思います。隊長』

 

『──私と共に来るか?』

 

『はは、なんすか──泣いてんすか、隊長』

 

「エール!」

 

ぱっちりと開けた視界で、アンブリエルと目があった。

 

上から垂れてきている桃色の髪が顔に少しかかってくすぐったい気がする。

 

「や、その……別に、その、アレよ? あたしは起こそうとしたんだけどさ?」

 

バツの悪そうな言い草に、横になったまま時計を確認すると──かなり時間が経っていた。

 

「でもほら、まあ……うん。まあ……」

「……まさか、ずっと膝枕(これ)してたのか」

 

体を起こすと、眠気や疲れが幾らか無くなっていることに気がついた。睡眠はやはり重要だ。寝るだけで問題が解決することはないが、手助けにはなるだろう。

 

「……」

 

沈黙を保ったアンブリエルの頬は少し赤い。それを隠すようにエールから顔を背けていた。

 

「誰か来なかったか?」

「や、誰もー?」

「そうか」

 

平然を装ったアンブリエルと、そんな心には気づかない──いや、差し迫った問題のことしか考えていないエール。

 

──と、エールは顔を流れる何かの感触に気がついた。

 

手を当ててみると、それは透明な水で──泣いていたのか?

 

その頃にはもう、見ていた夢のことを思い出せなかった。

 

何か、大切な夢でも見ていたのだろうか。

 

……なんだったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ほとんど初めてだったのは、外で休むという行為だ。

 

自分がここならば安心して休めると確信できない場所では、絶対に気を抜かない。これはそう決めているという訳ではなく、そうでないと休めない。

 

「こんなところに居たのか。探したよ、無線機はどうした?」

 

虚しさの混ざった休憩は、招かれざる客の存在によって壊れた。

 

「やってもらいたいことが山ほどある。まあさっきまで寝てた僕が言えることじゃないが──」

 

日陰者には珍しく、高い場所にいた。

 

外装に拘った建物で、赤土などによる装飾が特徴的で──何より大きかった。

 

暗くて狭い場所が好みなのに、どうしてこんなだだっ広い屋上にいるのだろうか。

 

それが向かうところ、一番の疑問だ。

 

「……なぜ、ここにいるとわかった」

「アンブリエルのアーツだ。それに別に問題なのはそこじゃない」

 

器用にタバコを咥えて、強い風の中でライターに火を灯す。

 

煙はすぐに吹かれて消えていく。

 

「君が何を考えているのか、僕はなんとなく分かる。だから言うが、それに対処する方法はない」

 

雇われの身分という観点で評価するなら、今の姿勢はゼロ点だ。一体何があろうと、仕事はやり遂げるべきだからだ。

 

「……お前に、一体何が分かる」

 

エールと言えど、尽きるところは他人だ。

 

理解されたいなどと誰が願った。誰が頼んだ。

 

分かって欲しいという感情は、あまりにも下らないものだ。なんの役にも立たない。

 

「じゃあ聞くが、君は()()の何を知っている? 君が彼女に関して、何か知っていることがあったのか?」

 

彼女、という言葉が誰を指すのか。

 

それをすっとぼける気にもならなかった。

 

「……知っていたところで、何が変わる」

「変わらない訳がないだろう。スカベンジャー、君は恐れていたな。自らの内側に踏み込まれることを、人の内側を知ってしまうことを。大方”優しい人間”などというカテゴリー分けでも作って予防線にしていた。違うか?」

「なんだと……?」

「そうでなければ、どうして君は彼女を拒み切れなかった? ああいう手合いがこの国でどうなるかなど、想像が付かなかったか?」

 

拒絶とは、恐れの裏返しだ。

 

分からないものを恐怖する。それは生存本能から来る、人として当然の機能。

 

悪党ならばいい。スカベンジャーはそれがなんなのか知っている。どうすれば上手く立ち回れるのか知っている。

 

だが、理解できなかった。

 

「だが遅かれ早かれ、彼女はいずれ殺されていただろうな。君の行動に関係なく──おそらくは後継者争いだとか、その辺の理由で」

「それがどうした……」

「まだ分からないのか? 君が今していることは時間の浪費だ。後悔は役に立たない」

「後悔など、していない」

「してるさ。内容を当ててあげようか?」

 

黙って聞き流すことにした。

 

これこそ聞くだけ無駄──。

 

「──なぜ自分は、彼女を守ることが出来なかったのか……ってさ」

 

ミーファンはあのベッドの上で死んだ。

 

スカベンジャーの目の前で──何も出来ずに、立ち尽くしていた。

 

「違う?」

「……下らない。それを思ってるのは、あんたの方だろう」

「誰しもを守ることは出来ない。僕は……もう、割り切った」

 

ブリーズは一命を取り留めていたが、未だ目を覚ましていない。彼女も血を流しすぎていた。

 

青年は冷たく言い放った。

 

「もしも自分がその場所に居たのなら、守れていたって考えずには居られない。そうだろ? なぜならそのための力は実際持ち合わせていた訳だ。だが出来なかった」

「元々私はあいつとなんの関係もなかった。私に大切な人間などいない」

「そうかもしれない。だがそうなるかもしれなかった。そうなる前に死んでしまった。迷っているんだろう。どうすればよかったのか」

「何が言いたい……」

「最初から言っているだろう? 君には出来ることがある。そしてそれは、ここで項垂れることじゃない」

 

乾いた床に座り込んで、ただ眼下に広がるバオリアを見下ろしていた。

 

横に立つエールとスカベンジャーには、確かに同じ景色が広がっている。だが、見えているものは違う。

 

「聞いたことはなかったが、君の戦う理由はなんだ?」

 

返答はない。普段から人と話すのは嫌いだ。今は尚更そうだ。

 

「それとももう分からなくなった?」

「……お前、今日はよく喋るな」

「働けと正面から言って君が働いてくれるのなら、僕だってこんな周りくどいことはしないさ」

「……だがお前は、さっきまで随分気持ちよさそうに寝ていたがな」

「見てたのか……。起こしてくれてもよかったんだけど」

 

エールの執務室には行っていた。約束の期日は明日で、報告することもあった。

 

半開きになった扉の先に座っていたアンブリエルの表情を見て、スカベンジャーは結局踵を返していた。

 

あの時なんとなく、アンブリエルが何を思っていたのか分かった気がした。

 

「お前の連れは重体で入院しているのに、呑気なもんだったな」

「……刺さるね」

 

結局のところ、集中治療室に運び込まれていくブリーズを前にエールが出来ることは何もなかった。それに普通に考えればアンブリエルの膝枕は関係はないだろう。

 

吸い殻を床に落として踏み潰した。

 

煙草の匂いが風に靡いて、すぐに消えていく。

 

「期日は明日までだ。何にせよ返答を叩きつけなきゃいけない。連中を潰すために、君には出来ることがある。どうする?」

「あんた、最初はどうやるつもりだったんだ」

「どうって?」

「リン家をどうやって潰すつもりだった」

「理想的な展開は反撃で潰すことだった。向こうから武力行使を行ってくれれば大義名分が出来る──あのリ・ハンの件があっただろう。裏の連中とハノルが繋がる証拠を見つけられれば、そこから崩せる」

 

スカベンジャーが行っていた潜入はそのための調査だった。エールもそのために動き回っていた。

 

結局、バオリア掃討戦を利用されたことにギリギリまで気づけず、ミーファンは死に、ブリーズは重体。

 

人員は掃討戦の方に割かれ、使える人員は少なかった。

 

だが別にそれが無くても、きっとエールはほとんど一人でやろうとしていただろう。その理由があった。

 

ずっと疑っていたことがあった。

 

以前よりそうだった。防衛戦の時も、アルゴンのゲリラによる夜襲の時もそうだった。

 

スパイがいるのは当然だろう。情報戦とはそういうものだ。それを前提に進めるのが戦争。

 

だがそれだけではない。上層部しか知らないはずの情報が北部に流れていた。それはつまり、上層部の誰かが北部に内通している。その疑いの中にはグエンすら含まれている。

 

結果的に、誰も信用出来ない状況が出来上がっていた。

 

「だが結局はこのザマだ。君を責めている訳じゃない。よくやってくれたと思う。だが……結局全て、ハノルの手のひらの上で踊っているだけだ」

「最初から思っていたことがある。どうしてお前は、最初からヤツの首を取ってこいと言わなかった?」

「名分が必要だった。それに失敗した時のリスクが大きすぎた」

「だが失敗したな。言い訳など、後からいくらでも出せるだろう……最初から、殺される前に殺しておけば良かっただろう……!」

 

何のかんの言いながらも命令に従うのみだったスカベンジャーが、初めてそんなことを言った。

 

依頼主の命令に従うのが傭兵だ。そこに傭兵の意見は求めないのが普通だ。

 

「君も変わったな。彼女──ミーファンを殺されたのが、そんなに恨めしいか」

「違う……」

「それを認めることがそんなに怖いか。彼女のことを大切に思っていたと認められないのか?」

「違う……! それ以上喋るな……ッ」

「復讐を考えているんだろう」

「ふざけるなッ! 私は私自身のために戦う……!」

 

スカベンジャーには信念があった。

 

どれだけ汚い世の中でも、ただ生きて、生き抜いてやると。その過程で自らも汚れることに抵抗はない。

 

だから、目の前で誰が死のうと文句など言えるはずもないのだ。

 

「それとも彼女を守れなかった自分自身が腹立たしいか?」

「いい加減にしろ──正義感など下らない。そんなものが何の役に立つ」

「その通りだ。正義感は誰も救わない。結局は力が必要だ。分かっているんだろう。必要だったのは直接的な暴力じゃない。自分一人を守るだけならばそれで十分だ。だが他人を守るのは酷く難しく、そして脆く儚い」

 

ブラストの伸ばした手の先でルインの命は過ぎ去っていった。

 

あの時にどうすれば守ることが出来たのか、今考えてもわからない。

 

「僕はそのための力を求めている。連中を潰せば手に入る。君はどうだ?」

「……必要ない」

「なら、この先もその後悔を抱え続けるか? 復讐しろ、スカベンジャー」

「何にだ……?」

 

決まっているさ、と勿体ぶってエールはぞっとするような笑みを浮かべた。

 

「これまでの人生の全てに、だ」

 

今でさえ表情を表に出さないスカベンジャーだが、この時ばかりは目を見開いた。そして呟く。

 

「お前は、狂っている」

「失礼だな……」

 

それこそ心外とばかりに言い返すが。

 

別に否定しないあたり、ある程度の自覚はあるのだろう。

 

それこそ生まれた時から、ずっと。

 

「復讐とやらで何が変わる……。何か変えられるか」

「……は、そうだ。その通りさ。何も変わらない──変わらないんだよ。この世界に生きてる連中はどいつもこいつも馬鹿ばかりだ。どうしてこうも簡単に争い合うことが出来るのか……どれだけ殺したって足りない。全然足りない」

 

後どれだけ殺せば世界を変えられるか考えたことがある。

 

全員殺すまで変わらないだろう、と結論づけた。

 

「そうだろ? 彼女が死んだところで、一体何かが変わるものか。昨日と今日の景色に何か変化はあったか。所詮腐るほどいる人間のうちの一人、死のうが生きようが──」

 

エールは嘲る。

 

慣れたように、皮肉げに嫌らしく口元を歪めて言う。

 

その様はまるで、スカベンジャーが普段しているような仕草で、まるで鏡写しのようだった。だとするならば、鏡面にそのまま映るのは自分の姿で、本当は分かっているはずの事実──。

 

「その事実が出来ることなど、精々君をそうやって失意の底に叩き起こすことだけだ。そしてそれは必要のない思いで、必要のない感情に過ぎない。忘れろ。これまでそうしてきたように」

 

そうだ。

 

忘れろ。忘れてしまえ。感情は破滅の元だ。理性に従え。

 

己の理性に従え。

 

「命を夜空の光に例えた歌があってさ。人間の死ぬ様を、星の光が消える瞬間に例えるそうだ。昼間に見えず、雲で隠れ、より強い光で簡単に見えなくなる。そしてそれらは所詮景色に過ぎない」

「何だ、いきなり……」

 

突拍子もない語り始めだった。

別にその話に興味があったわけではない。ただ勝手に耳に入ってくるだけだ。

 

「この空に浮かぶ星が一体いくつあるか知ってるか?」

「知るか」

「一説によれば1000億を越えるそうだ。だが肉眼で捉えられるのは精々が1万。そんな数が日々瞬いている──だが、消える光もある。小さな光が見えなくなる。前触れなく、突然に」

「だから何だ」

「そして誰も気が付かない。数千の中に瞬いた光の一つが消えたことに気がつくのは意識していたって困難だ。初めから居なかったみたいに消えていく」

「さっきから……何なんだ、お前」

 

苛立ちの混ざった声で呟く。エールは構わず続けた。

 

どうして変に苛立つのだろう。心という湖に波立つ、表しようのない怒りに似た衝動が沸き立つのはどうしてだろうか。

 

「それはまさに、命の価値を表現している」

 

人の命はより簡単に潰える。

 

殺すより生かすほうが難しい。

 

「ならさ、こうは思わない?」

 

壊すより作るほうが難しい。

 

あまりに簡単に消えるものだから、そんなものは最初から存在していなかったのではないか?

 

「もしも夜空から一つ光が消えたとして、誰が気にするものか──って」

 

どれだけ大切だったとしても、どれだけその価値を信じていたとしても、この世界に生きる人々にとっては違ったようだ。

 

「僕は気にしない。やるべきことは変わらない」

 

()が一つ消えようと、そのことを知ってしまったとしても気にしないと、そう言い放った。

 

「君も僕と同じさ。何が起きようと、やるべきことが出来る側の人種だ。誰が死のうと」

「やるべきことってのは……何だ」

「分かっているだろう。この世界を変えることだ」

 

一際強く、蒸し暑い突風が灰色に汚れた髪をバタバタと靡かせた。

 

風の音が耳を塞ぐ中で、エールの言葉だけがその場所に残って、嫌にはっきり聞こえる。

 

「理性のない傭兵は必要ない。君にまだ理性が残っているなら、昼前までに僕の部屋に来い」

 

風が止む頃にはもうエールの姿はなく、スカベンジャーだけが残されていた。

 

ずっと街を見下ろしていた。

 

その日、スカベンジャーがエールの元を訪れることはなかった。

 




煽りに煽った結果焚き付けることに失敗した事例
人と話すことは難しいからね、仕方ないね。

・エール
急にシリアスになるやんお前……

・スカベンジャー
迷い中……
正直この話はかなり難産でした。キャラが言いたいことをちゃんと言語化出来ないというか……。

・スーロンの皆さん
取引って?
ああ!

・通貨発行益
(wiki調べ)
ガバガバ知識ゆるして

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