猫と風   作:にゃんこぱん

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猫熊と晴れ-4

「クソッ! 隊長、早く来てくれ──」

 

乱戦が始まる。

 

背中から壁に叩き込まれたエフイーターは、肺から空気を全て吐き出すことになった。そのまま膝を地面に着く。リューエンがゆっくりと歩いてくる。

 

「悪く思うなよ。別に稽古じゃねえ、使えるもんは全部使う。お前への敬意だ」

「くそっ……。やるじゃん──」

「だがもう終わりだ。一つ教えといてやるが──この前の撮影で起きた事故も、俺の仕業だよ」

「お前、本当にどこまでも──絶対許さねーからな〜!?」

「スターとしても、人としても、お前を殺す。……それで俺はやっと満たされる。死ね、エフイーター」

「これで終わると思うな!」

 

痛みを堪えながら立ち上がって大技の蹴りを入れるが受けられる。すぐに別の型を撃つ。

 

「終わりだよ、諦めろよッ」

「悪あがきは欠かさないんだよ! スターは死なない!」

「くそ、どこまでも──」

 

状況はさらに変わっていく。

 

レイが黒服の男たちとの戦闘を繰り広げている間、ジフはスタジオ近くに止めてあったロドスの車両に走った。エンジンが掛かる──。

 

ジフの意図を察したレイが顔を青くした。男たちから逃げ、建物の中のエフイーターに呼び掛ける。

 

「あああああいつ! エフイーターさん! 前へ飛んでください!」

「え?」

 

滑走する車両、さすがに男たちも肝を冷やす──突っ込んでくるぞあのバカ!

 

民家のセットが巨大な重量に衝突して崩れていく。こんな状況でも撮影を止めないスタッフたちはヤケクソになっていた。もうどうにでもなれ。

 

ギリギリで前へ飛んだエフイーターも同様だった。撥ねられて飛んで行った敵の姿に、自分を重ねてさすがに同情する。

 

セットは実際の建物のように作られていない。外側だけのハリボテだ。車はそのまま旋回し、また別のルートを疾走する。

 

混沌とし始めていた。隊長が隊長なら部下も部下──行動隊B2は外見的には真面目そのものだし、そう言った態度で任務に当たるが、瀬戸際にてイカれ始める悪癖があった。隊長のクセが部下にも伝わっていると見える。

 

こうなると男たちもなりふり構ってられなくなる。暴走する車両を止めようとなんとしても手を尽くそうとして、男たちの切り札でもあった手榴弾を投擲した。だが運転手の対応が冷静だったのが運の尽き。投擲ルートを読んでいた。

 

外れた手榴弾の爆発する位置が、致命的だった。セットが組んであったのは外で、近くには事務所兼休憩所があった。宿舎としても用いることが出来、調理も行える。どういうことかと言うと、ガスボンベの隙間に手榴弾が挟まり、爆発した。

 

手榴弾の貫通力がボンベを貫き、大爆発を起こした。火の手が広がる。民家のセットが燃えていく。

 

「監督、監督やばいです、やばいですよ〜! もう撮影とか言ってる場合じゃないです、ここもすぐ燃え広がりますよ〜!」

「……撮影を、続けるッ!」

「ぴ、ぴいッ!」

 

意味不明な返事をするスタッフたち。燃え広がる炎のお陰で照明が要らなくなった──なんて、現実逃避気味な考えを巡らせたのはさて、誰だったか。燃えるセットから脱出しながらカメラマンは撮影を続けた。プロ根性が備わり過ぎている。

 

その状況の中で、リューエンただ一人がエフイーターを見据えていた。冷静に指示を出す。

 

「エフイーターを囲えッ! 最低でもエフイーターだけは潰すぞ!」

「うええ、まだ来るの〜? しつこいなーっ」

 

嘆いても両腕の骨折は治らない。蹴り技主体で攻めるにも限界がある。相当に悪い状況、活路があるとすれば──。

 

背後からエフイーターを狙う男が──突風に思わず顔を覆った。隙を逃さず体当たりで吹き飛ばす。状況に慣れさせる暇もなく、風が切り裂く。

 

「なにこれ」

「あ、ブラスト。さっきぶり」

「……いや、なにこれ」

 

誰がここまでやれっつったよ。ブラストは叫びたかった。

 

「隊長!」

「……言い訳は後で聞こう。今は──えーっと、カメラ回ってる……? え、誰を倒せばいいんだ……?」

「あたしたち以外の全員さ!」

「エフイーター、その両腕……。あいつか。僕に任せろ──」

「いいや。あいつはあたしが始末をつける。あたしの責任なんだ」

「だがその腕じゃ」

「いいから、あたしに任せて」

「……分かった。他のヤツは僕らが」

 

燃え広がる炎が生み出す強い影が、地面を塗り上げた。

 

リューエンと相対する。

 

「ようやくまともに一対一だね」

「俺の勝ちは……揺るがない、俺が勝つッ! 崩れろエフイーターッ!」

 

交錯──。

 

エフイーターの上段飛び蹴りがリューエンの頭を捉え、そして全てが終わった。

 

「……ほら、あたしの勝ちだ」

 

完全に意識を刈り取るつもりだったが、まだリューエンは意識を保っていた。

 

エフイーターは踵を返す。

 

マネージャーがマシンガンをぶっ放しているのが見えた。完全にマネージャーのことを忘れていたエフイーターが、初めて見るマネージャーの戦闘に目を丸くする。マシンガン……?

 

大勢が決していた。すでに敵の大半は人工林の中へ逃げ出すか、地面に倒れるかのいずれかだった。

 

炎を背にして歩き出した。

 

「……お前が羨ましかった。眩しかった……。お前みたいに、なりたかった……」

 

一度だけエフイーターは振り返った。

 

そしてまた、歩き出した。

 

ブラストが惨状を眺めて呟く。

 

「やっベー……。これどうしよう……大目玉だよな、死傷者何人出したんだろ……。あー、絶対ケルシー先生に叱られるよな……」

「仕方ねえっすよ隊長。生きてるだけでも御の字っす」

「……そだね。ま、何にせよお前らが生き残ってくれてよかった。よくやったよ、レイ、ジフ、アイビス……は、まだ車にいるんだっけ。ま、とにかくご苦労。──それで」

 

ブラストがエフイーターの方を向いて問いかけた。

 

「エフイーター。ロドスへ来るか?」

「……あたしがロドスに行ったら、何ができるの?」

 

ブラストは少し考えて、また口を開く。

 

「きっと……お前が望むことを、全て。ロドスは鉱石病で苦しむ人々を救う。救おうとし続けている」

「でも……救えない人もいるかもしれないじゃん」

「ああ、そうだね。……でも、救おうとする。たとえ全ての人々を救うことが出来なくても、救おうとし続けるんだ」

 

エフイーターはもう一度だけ振り返った。

 

「あたし、ロドスへ行くよ」

「そうか。歓迎する、エフイーター。じゃ、帰ろうか」

 

燃え盛る炎の勢いはやまない。さっきから遠くから消防隊のサイレンがうるさい──やばい早く逃げないと。

 

「マネージャー、今までありがとね。それじゃ」

「……達者で」

「うん。じゃ、行こっか」

「ああ。……よし。みんな、逃げるよッッ!!」

 

カメラの録画ボタンが押され、完成しないはずだった映画の最後のシーンが撮影された。映画に終わりは来る。エフイーターの映画人生はここで途絶えるが──だが、人生は続く。スタッフクレジットの後にだって、人生は続くのだ。

 

 

 

 

「あ、あー。マイクテストマイクテスト〜。お、よしよし……。カメラの向こうのみんな、久しぶり〜! ムービースターのエフイーターさ! あ、もう元ムービースターか。まあ細かいことはいっか」

 

ハリボテの急造撮影スタジオにて、エフイーターはカメラに向かって笑った。

 

「炎国ではいろいろあったからさー、心配してくれた人も多いと思う。さらに感染者になっちゃったからね。まあ、あたしもいろいろ思うところはあるんだけど……。まず報告からしようかな。あたしは鉱石病を治療することにしたよ! まあちょっと、あたしがどこにいるかっていうのは止められているから言えないんだけどさ〜……。まあとにかく、無事だよってことが一つ」

 

すでにギプスも包帯も外れていた両腕を振って、エフイーターは笑顔を作った。にかっと笑う。

 

「そしてもう一つ。あたしはこれからもスターであることはやめないよ! ああ、もちろん炎国には戻らないつもりでいるし、そっちの映画には出れないかもだけど──映画から離れることはしたくない。また何かに出演したりするつもりでいるし、全部一から自分でやってみるのも面白いと思うんだ! まあ、それはいいとして……」

 

僕は正直ハラハラしながら見守っていた。やばいこと言わないよね……。信じられるか? これ今世界中に配信されてんだぜ? あー怖い、めちゃくちゃ怖い……。この出来事に対する全責任を僕が負うってことでゴリ押ししたんだ、やらかしたら責任は全て僕がとることになる。怖い、超怖い……。

 

「感染者になった今、世界中の人たちに伝えたいメッセージがあるんだ。今からそれを言うよ。あのね──日々辛いこととか、悲しいことが続いても、どうか諦めないで。あたしを助けに来てくれた人がいたように、あたしも誰かを助けるよ。もし辛いことがあっても大丈夫、あたしが助けに行ってあげるから! この世界にヒーローがいるとしたら、それはあたしたちのことさ! それだけ、じゃあまたね〜!」

 

配信が終わった。これ一応、出来る限りの国のテレビに映るよう頑張って交渉してくれた人々のお陰で、超たくさんの人たちがこれを見ているということ。

 

正直想像がつかない。これをやるのに何週間も走り回って、やっと実現した。

 

「……お疲れ、ヒーロー」

「もう〜、そんなヒーローなんて、褒めなくてもいいよ〜! いや、もっと褒めろ!」

「皮肉だよ。はあ、緊張した……」

「なんでブラストが緊張してんの! あはは、あんなの別に、そんなに大したことじゃないって!」

「主に僕の首が飛ぶか飛ばないかに怯えてたんだよ……。まあでも……よかったよ。いいスピーチだった。ありがとう」

「ブラストがお礼言うようなことじゃないって。むしろお礼を言わなきゃいけないのはあたしの方だよ。無茶な頼みを叶えてくれて、サンキューな!」

「それでも、これはエフイーターにしか出来ないことだったと思う。……これで救われる人々がいる。それが僕は嬉しい」

「ふーん……。あのさ、ブラストって何でロドスに居るの?」

 

椅子に持たれたまま、僕はちょっと思考を巡らせた。

 

「なんで、か。いや、大したことじゃないよ。……昔、人に助けられた。だから、僕も人を助けようと思った。それだけだよ」

「え、本当にそれだけ?」

「昔はね。でも今は──仲間がいるから戦ってる。正直なことを言うと、仲間を守りたいだけな気もするよ、今はね。──ああ、もちろん感染者を助けるのも、僕の大事な仕事の一つでもある」

「へぇ──」

「んでエフイーター。お前も、僕の仲間の一人だからね。あんま無茶しないでくれよ。マジで。いやマジで」

「あたしも、君の仲間?」

「何驚いてる。ロドスに来てもう二ヶ月くらい経ってるだろ? それにあの炎国の騒動を一緒に乗り越えたんだ。もう仲間だよ」

「そっか──。うん、悪くないね。よっし、じゃあ早速今日の人助けをやっていこう! ブラスト、今日の任務は?」

「いややっと包帯とれたばっかだろ、安静にしてろよ……」

「あたしにじっとしてろなんて、そんな無茶な命令ある? だって──」

 

エフイーターはやはり笑った。窓の外には青空。

 

「あたしはスターだからね!」

 

にっこり。

 




・撮影スタッフの皆さん
この状況で最後まで撮影をした
明らかに被害者。

・ジフとレイ
オリキャラ。
躊躇なく車で人を轢き飛ばす度胸の持ち主。イカれてる……
使えるものはなんでも使え、躊躇するなという隊長の教えを実行した

・リューエン
エフイーターのことが羨ましかった
死んでないので多分捕まりました。諸々の罪を被ったと思われ

・ブラスト
奔走した。

・エフイーター
なんやかんやあってロドスに加入。

・ブレイズさん
影も形もなかった
すまぬ

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