命に嫌われている。/カンザキイオリ
少し陳腐かもしれませんが、なんとなくのイメージソングです
適当なツテを介してトランスポーターと待ち合わせた。
「よぉ。あんたが依頼人か?」
「……サルカズかよ」
「んだよ文句言うんじゃねえよ。腕は保証するぜ」
「まあいい──。依頼の説明をする。明日の昼ごろ、時計台前に現れるアリゾナって女に会え。それであいつをウォード家の屋敷まで連れていけ。ウォード家からアリゾナに杖が渡されるようになっているはずだ」
「護衛か?」
「似たようなものだ」
適当な仔細を教えて、ポケットから適当な札を出して渡す。
「──そしてあいつがどこに行くかを決めるまで、最後まで見届けろ。それが僕の依頼だ。いいな」
「変わった依頼だな。あんたがやりゃあいいのに」
「それが出来ない事情が出来る」
「……これからなんかやんのか?」
「まあね。依頼に関して一切の報告は無用だ。……任せたぞ」
トランスポーターは軽い調子で言った。
「トランスポーターは依頼に対して誠実さ。任しときな」
*
「──エール。長い付き合いだから聞いてやるが、貴様、本気でそんなことをするつもりなのか? 気でも狂ったのか? 哀れなヤツだ」
「最初から言ってんだろ。あんたこそ、あんな一本の杖ごときにムキになるなよ」
「お前には分からんさ。あの杖の価値などな──まさか田舎貴族なんぞが隠し持っていたとは思わなかった。この国の信仰を象徴する神聖なものなんだよ、これは」
堂々と飾られたユーロジーは確かに緻密で、高級感の溢れたものではあった。
「だがあんたがそれを手にする資格はないね。それは盗まれてきたものだ。あんたは盗人さ。意地汚い簒奪者に過ぎない──それを返さない限りは」
「どこにそんな証拠がある? 例えそれが本当だったとしても、盗まれるような間抜けに返す訳がない。私なら厳重に保管する。そのほうがこの杖も幸せだろうさ」
そんな訳があるか。
アリゾナなら、その杖でより多くの人を助けられる。だが目の前のゲスはどうだ。自己満足のために腐らせるだけだ。
「僕は本気だ。それともウィンストン家やハーバーウィッシュ家と喧嘩でもしたいのか?」
「生きてはここを返さんぞ……」
「殺してみろ、自動的に連中に情報を知らせる仕掛け、僕が作ってなかったとでも思うか? 今までのあんたの命令は全て記録してある。それと照らし合わせれば、あんたが何をしてきたか、すぐに分かるはずさ」
「私はこのヴィクトリアのために行動してきたのだ、そんなことも理解できん貴様なんぞに──」
「それともここで死ぬか?」
「この屋敷でか? お前も堕ちたな、私は殺せるかもしれんが、お前も死ぬぞ」
「試してみるか? 僕は構わないよ」
ベスタは目の前のエールのただならない圧力を感じてはいた。
「どうする? あと30分もすれば、記録書類はウィンストンのポストに入る。最初から言っているだろう? その杖さえ渡してくれればいい。そうすればみんなハッピーだ。それに僕に渡せっつってんじゃない、元の持ち主に返せっつってんだ」
「……お前を生かしておいたのは、間違いだった」
ぎり、と怒りを見せたベスタに対して、エールは不敵に笑った。
「ああ、いいなその顔。もっと無様に怒ってくれよ。猿みたいにさぁ」
「お前はこの国そのものを敵に回した。私の持つ力を全て使って、お前を始末する」
「だから言ってんだろ? 僕を始末しても無意味だって。殺そうが殺さまいが、その杖を渡してくれない限り、あんたに待つのは特大級の
「……いいだろう。杖は渡してやる。だがお前は、これまでの私の信頼と恩を裏切った」
その言葉を聞いてエールは大笑いする。
「──っははははッ! 笑わせてくれるな! 信頼? 恩? 馬鹿だな、お世辞でもやめてくれよ! いいか? 僕がこれまでお前にいいように使われてきたのはな──この日のためだッ!」
それは全て、アリスにもう一度会えて、もしも彼女が危機に陥っていたら、今度は助けられるようにするためだ。
だがまあ、それをアリゾナとかいうアホのために使ってやるのも……悪くはない。もうアリスには会えないだろう。元々限りなく低かった再会の可能性をゼロにしてでも、あいつの力になってやりたいと、今は心から思った。
積み上げたジェンガを崩すようにして、これまでの8年間で積み上げた実績や信頼が崩壊していく。
「殺してみろよ。警察でもなんでも使えよ。杖を渡してくれるんなら情報はリークしない。鬼ごっこでもしようぜ、捕まえてみろよ」
「一度発した言葉は裏切らん。杖は渡してやる。だが貴様は必ず始末する。殺せ」
横に控えていた従者が襲いかかってくる。窓を蹴り破って2階から飛び出してそのまま逃げた。
「……必ず殺せッ! 私の前に奴の生首を持ってこいッ!」
*
闘争劇は苛烈を極めた。
何せ市内の警察や裏のギャング組織まで使われた。
当然秘密裏に、ではあったが──それでも、街全体がちょっとした騒ぎに包まれていた。
『──本部より各署へ。凶悪指名手配犯の情報が更新された。本日、最優先でエールという男を捕らえろ。また殺害許可が降りている。繰り返す、各署へ──』
または、とある酒場で。
「おい聞いたか、エールの野郎ついにやらかしたらしいぜ」
「聞いたぜ。貴族に懸賞金掛けられるなんて、マジで何やったんだ?」
「どうする? 行くか?」
「……まあ、行くか。あの野郎ぶっ殺して、その金で一杯やろうぜ」
とかなんとかいう会話もあったし──。
「バカやめとけ。あいつに喧嘩なんて売るやつはアホだ。あいつの強さ知らねえのか、グラスゴーでも連れてこいよ」
「騒ぎに参加する連中じゃねえだろ。エールが自分から喧嘩でも売りに行かねえ限り、連中が戦いに加わることはねえよ」
「じゃああいつ捕まんねえってことか?」
「アホ言え、エールと言えど、何百人──いや、何千人を相手に戦い続けることなんて出来るか。いくら強くたって所詮一人の人間だ。腹も減るしメシは食わなきゃ生きられねえ」
「だな。じゃああいつも今日で終わりか」
「残念だがな。俺は嫌いじゃなかったぜ、あいつ」
「俺もだ」
そんな会話もあった。
「どうする? 助けてやるか?」
「報酬次第だろ。エールには結構取引してきたからな。まあタダじゃやらねえけど」
大体はそんな感じだった。
各地に存在する旧開発エリアの入り組んだ地形を利用しながら、逃げていた。
追ってくる連中を蹴散らしたり撒いたりしながら──それでも、いつまでも逃げ続けることは出来ないと分かっていた。
ケルシーを探している訳ではなかったが、視界の中にあのシルク色の髪があるかどうか、確認は怠らなかった。
地下通路、人混みに紛れ、あるいは表から──。
そして何とか住処に辿り着いてドアを開けた。
……間抜けな面をしている。
「……お前の探し物が見つかった。さる貴族のところにまで流れていてね。全く面倒だった──話はつけておいた。あとはお前が出向いて受け取れ。それで依頼は完了だ」
半分だけ椅子から立ち上がりながら、アリゾナは何をしたら良いのか迷っているようだった。
「……え、ええっと……? 順番に質問させてもらうけど、まずこの二日間くらい何してたのかしら。それと突然過ぎよ。あと──その傷、一体何があったの?」
追手の中に手練れが混ざっていて、腹部へ幾らかの損傷をした。
流れる血も、今は何故だか気にならない。
「悪いがもう時間がない。表側、時計台の場所は分かるな──そこに案内人を手配しておいた。いますぐ荷物を全てまとめて出て行け」
「……まず傷の手当てよ。そこに座って──」
「今すぐ行け、と言った……!」
すぐに立ち去らなければならない。
「あなたの身の安全が先よ!」
そんなことを言い出す。
何故だか、アリスのことを思い出す。似ても似つかないが──それは、何故だろうか。
「……は。あんたは、やっぱり変な貴族だな」
ベスタのような男がいれば、アリゾナのような女もいる。この世界は不思議だ。
「元気でやれよ、グレース・アリゾナ」
札束を放り投げた。貯め込んでおいた金はこの作戦のために全て使った──余った金は、アリゾナの旅のために使えばいい。
どこへでも、好きなように生きればいい。
僕はどこにも行けないが、お前はどこにでも飛んでいけるだろうから。
──さよなら、アリス。
逃亡──────。
────。
そしてそうこうしているうちに、やがて一つの家の前に辿り着く。
──貸出中の看板、寂れたシルエットに手入れのされていない錆びついた門。
かつてアリゾナ家がロンディニウムを訪れた際に借りていた、一軒家にも似たそこそこの屋敷。
アリスとよく話をしていたウッドデッキの白いテーブルは雨風に晒されっぱなしで、蔓が絡みついていた。
生えっぱなしの草が膝の辺りまで伸びていた。
あの日から、僕は何か変わったのだろうか。変われたのだろうか。一体何が変わったのだろう。
──背後から、鉄柵の門が軋む音。
振り返れば──黒い基調の警官服。
腐れ縁の警官だ。名前は──7年来の知り合いであるにも関わらず、エールはその男の名前を知らないし、興味もない。
知らなかった。
「……お前、ついにやりやがったな」
腰には、似合わない刀を帯びている。
「貴族に手を出すんじゃねえって……言っただろうが」
「どうしてここが分かった?」
「お前の考えそうなことだ。この場所は、入り組んだ地形や高所の遮蔽物が障害になって見つかりづれえ。そんな場所を順番にマークしてきゃあ、いつかは獲物は食いつく。教えたろ」
「……ああ。そんなこと、言われたことあったっけな。それで、僕を殺しにきたってわけだ」
「投降しろ。上に掛け合って、命だけは助けてやるように頼んでやる」
「僕には必要ない。それにベスタがそんなことを許すかよ。元から覚悟の上だ」
「……何があったかは聞かねえ。だが──お前、こんなところで終わる気なのかよ?」
「さあ。だけど……長くここで生き過ぎた。今は、ちょうど良い気分だ。なんだか満足している」
体から吐く息は荒いが、何故だか充実していた。
ここで終わっても、それでも良い。元々大した意味もない人生だ。アリゾナに出会えて良かったと、今なら思える。
「諦めてんじゃねえ。お前はこの世界を何も知らねえんだ。出来ることがある。お前には──」
「かかって来いよ。まあ、あんたには勝てねえだろうが」
「……大人の威厳ってヤツを見せてやる。お前に戦い方を教えたのは俺だぜ」
「バカだな」
刀を構えて接敵、右から薙ぎ払い──こちらは素手、体力の消耗は激しい。頭はクラクラしている。
──何の問題にもならない。
一気に姿勢を低く。その速度如何によっては、相手の視界から消えたと錯覚する。
「ッ、消えやがった、──!?」
狙うのは頭部だ。それが最も効率がいい。
使うなら足がいい。足の筋力と重さは腕の数倍だ。威力が段違いになる。
刈り取るような真下からの回し蹴りがアゴにヒット。体を戻して肘打ち、刀を持つ手を狙って刃物を地面に落とす。
それでも根性で警官はエールの胸と手首を掴んで背負い投げを決めようとするが──腕力で強引に抜け出す。後頭部に一発。
「あんたが僕に戦いで勝てたこと、一度だってあったか?」
「……ああ。そうだ。お前は戦いにおいての天才だよ。ガキの頃から……大人数人だってボコボコに出来た。だから、お前には助けなんか必要なかったのかもなぁ」
「そうだ。別に僕にとっちゃ他人なんて必要ないんだよ。あんたは今日に至るまで、結局鬱陶しいオッサン以上じゃあり得なかった。これまでのよしみだ、別にこれ以上痛めつけようとは思わないさ。今は機嫌がいい」
「……俺の責任だ。だから、お前の始末は……俺が付けなきゃいけねえ」
地面に落としたのは閃光手榴弾。
「お前のことをよく知っている。何も用意してねえと思ったか」
「こんな目眩しで──ッ!」
視界が奪われる。
だがこの局面で、エールは風を操るアーツを展開──まるで空気の流れを察知して感覚を拡張するようにして、周囲の状況を把握。それに音による認識を加えて、ある程度の周囲の動きを察知した。
視界が回復するまで10秒。それまでは屋敷の中に入ってやり過ごす。後方に走る。
「そもそも俺は、一人で来ちゃいねえッ!」
ボウガンによる掃射が高台から飛来していた。
一本足に刺さる。掠めた矢は数えきれない。
それから先は死闘だった。
時間を追うごとに増援は増えていくが、こちらの状況は変わらない。時間が経つほど加速度的に不利になっていく。
そして────。
「終わりだ、エール」
呼吸を繰り返すが、冷たい感触が全身に伝わっていくだけだ。
ボウガンの矢が4本、切り傷は数えきれず。
警官の構えた刀が、ぐったりと壁にもたれたエールに向けられていた。
「……殺せよ。十分だ」
警官は最後まで迷っていた。
どこかで道を間違えたのだろう。自分もずっとそうだった。
立場上、エールを追わない訳にはいかなかった。だが──……。
「俺は本当に、お前のことを実の息子のように思ってたんだぜ」
「……知るかよ、んなこと。お前はずっと空回ってただけだろうが」
「そうだな。なあエール、この世界じゃ、人は人の助け無しには生きちゃいけねえ。どんな悪人だってそうだ。誰かに助けられながら生きてる。お前がそれを必要としていなくても、お前にはそれが必要なんだよ。俺はお前にそれを教えてやりたかったが、それをするにはお前は強過ぎてなあ」
沈黙したエールの前に立つ警官の後ろには、かなりの数の機動隊が控えていた。
さっきから援護が鬱陶しかった連中だ。今は武器を下げて、エールの首を刎ねる瞬間を待っていた。
「だが……俺が間違っていたのかもな。間違ってばっかだ、息子死なせて、妻にゃ逃げられ……それでも、お前がすくすくと育っていく姿に、多少は救われたもんさ。なあ、ここで本当に諦めちまうのか」
「……いいさ。どの道こんな腐った世界は、こっちから願い下げだ」
警官はその返答に、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「……だが最後には、お前の保護者気取りとして、俺は行動で示すことにする」
「……あ?」
「──すまなかったなぁ。お前を救ってやれなくて」
振り返って──投げたのは、スモークグレネード。
「だが、最後くらいは……お前のために、まだ俺に出来ることが残されていると信じてるよ」
たちまちのうちに一体が煙に包まれていく。
「おい、何をしているッ!? お前のしていることは明確な命令違反だ、分かっているのか!?」
誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「うるせえ黙れ! 俺は最後は間違えねえよッ! 親は子供を守んなきゃいけねえ! やっと踏ん切りがついたんだよッ!」
「この──拘束しろッ! 巡査程度なら殺して構わんッ!」
誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「聞こえてんだろ、ゲホッ──エールッ! 逃げろッ! ここから脱出しろッ!」
名前も知らない誰かの叫ぶ声が聞こえていた。
「────生きろッ! お前の居場所はここじゃねえ、お前の生きるべき世界がどこかに必ずあるッ!」
立ち上がる──。行動は早く、やると決めたなら一瞬で。
「出会える時が来る! ──必ずだッ!!」
最後の力を振り絞って──という訳でもないが。
ただ、体はまだ動いた。
「諸共殺せッ! 早くしろ、逃げられるぞッ!」
「味方の数が多すぎる! 何も見えない──」
何かも分からない苛立ちに突き動かされたまま、エールは走った。
吹き荒ぶ風のように、ただ走った。
*
「来ると思っていたよ。あまり期待はしていなかったがな」
元々、ケルシーがどこにいるかはわかっていた。
警戒体制の中をくぐり抜けていくために邪魔だったボウガンの矢は全てへし折って、強靭な生命力と気力をフードの中に隠して。
あるいは、スラムの知り合いの協力を借りて。
それは停泊中のロンディニウムから荒野に繋がる道路へ通じた場所で、ガラリとしていた。
衝動的にケルシーに襲いかかった。
ブチ殺してやろうと、何故だか思った。
「Mon3tr」
弾かれた体がゴロゴロとアスファルトを転がっていく。
失血と疲労の積み重なった体では、まともに受け身も取ることは出来ない。
「……何なんだよ。ふざけるなよ……今更、どういうつもりなんだよ──」
呟く言葉は自分にしか聞こえない。
何もかもぐちゃぐちゃになってしまったようだ。
あんな男に、自分の感情が乱されていることが腹立たしくて──。
「派手にやったな」
「……なあ、ケルシー先生。どうして人には、他人の助けが必要なんだ?」
「人が弱いからだ。一人で生きていけるのなら、それは獣と大差ない。それを人とは呼ばん。弱さとは、人の根源的なアイデンティティーの一つだ」
エールは痛みを感じていないかのように笑って聞いた。ぐちゃぐちゃな笑い方で。
「そんなことが聞きたいわけじゃない……。なあ先生、分かってんだろう」
「強さを獲得していくほど、同時に内側に脆さを内包してしまう。それが万物の理なのだ。だが脆ければ強い訳ではない。そして強ければ意味がある訳でもない」
終わっていいと思っていた。
だが生きろと言われた。
だが生きるって何だ。何がある。何をすればいい。
「なあ……教えてくれよ。僕は、戦うことでしか生きていけないのか……?」
「究極的に表現するならば、私たち人間は食物連鎖という戦争の輪の中にいる。それは善でも悪でもない。ただそういうシステムに過ぎん」
ケルシーは言葉を続ける。
「そもそもを言うならば、私たちの生に意味などない。怒りも悲しみも喜びも、いずれは消える。やがて消えてしまうのなら、元々存在していないのと何も変わらない────感情論なくしてこの事実を否定することはできん。ニーチェの言葉を借りるならば、だがな」
そんなものは知らなかった。どうでもいいと思う。
「神は死んだ。そして、人もいずれ死ぬものだ。遅かれ早かれ、必ず。生物に限らず、万物はいずれ崩壊するように出来ている」
「……死ぬんなら、別に……最初から、居ないのと変わらない。この世界に、何か意味はあるのか?」
「ふ……。君は何も、意味を求めているわけではない。君は一体何がしたい? 何を求めている? それを理解しているか?」
何を求めているのか、だと。
かつては何かを求めていた。もう一度アリスに会いたかった。だがそれももう捨てたのなら、もう何も残っちゃいない。
「……知らない。そんなこと……。僕は……自分のことだけで精一杯だ。生きのびる事だけで精一杯なんだ──」
「君が生きているということは、誰かが君を生み出したということだ」
「……」
「生み出されたことには、何か意味がある。そして君は生きている。だと言うのに、君はそのことも理解していない。この世界で生きている全ての人間は、その意味を背負っている。望むと望まぬとも、だ」
望まれずとも、アルカーチスという赤子は確かに生まれてきた。
「なんだよ、それ……」
「誰しもその呪いから逃れることは叶わん。君は暴力に優れているな。その力のおかげで今日まで生き延びることができた。違うか?」
「……こんなの、要らなかった」
これさえなければ、アリスと離れることはなかったかもしれない。いや、そもそも出会うこともなかっただろう。そのほうがよかった。
「全ては使い方だ。暴力性を裏返せば英雄性であるように、その力は本来誰かを救うためのものだ。有り余る力には責任が伴う。その責任を果たせないなら、それは重しとなって君を押しつぶす。いつの日か必ずな」
「そんなの……要らない。どうして、僕なんだ……。どうして……」
エールはウルサスの混血としての腕力を得ていたし、天才的な戦闘能力を持っていた。それは恵みでもあったが、同時に呪いでもあったのは確かだ。
これさえ無ければ、きっともっと楽に終われていた。
ケルシーは言う。
「君に必要なものは理性だろう」
「……理性?」
「言い方は色々あるがな。理性とはそれを表す言葉の一つだ。それは夢や目標、あるいは愛や友情、あるいは信仰、あるいは信念──そうだな。私にとっては、それは"道"だ」
それは人生の道標。
大木のように揺るがぬ何か。
「この道の果てに待つ結末に向かって歩き続ける。私はそうだ」
ケルシーの考えは炎国の伝統的な哲学をベースとしていた。それは求道とも言う──人のあるべき姿、歩むべき本当の道を探すこと。
「君も、長い道を歩んでいるはずだ。そうだな──私の私兵として扱うのは、やはりやめておこう。君はロドスのオペレーターになるべきだ」
ロドスは新しい戦力を求めていた。そう言う意味で言うなら、エールなどは強力な戦力になるだろう。
あるいは、エールには導きが必要だと判断したのかもしれない。
「────私と共に来るか」
ケルシーは言う。
「君はまだ結末を迎えるべきではない。君の歩む道は、ここで終わりではないだろう。なぜなら君はまだ生きているからだ」
エールは問う。
「……どこに、繋がっているんだ」
ケルシーは答える。
「それは君自身しか知らない。君は何かを成すべきためにその力を持って生まれた。それを道と言い、運命と呼ぶ」
最後に、エールは独白するような言葉を発した。
「……いつか、あんたの見えている世界が……僕にも見えるのか。……人を許せる日が、いつか来るのか……」
ケルシーは答える。
「君次第だ」
……エールは言った。
「……行く。あんたに……ついていく」
そして、自分の運命を自分で決めた。
「そうか」
ケルシーは倒れたままのエールに手を差し伸べた。
「ロドスでは、オペレーターはコードネームを名乗る。今のままエールを名乗っても構わないが、望むなら好きな名前を名乗るといい」
「……なら、あんたが決めてくれ。僕に……名前を付けてくれ」
「なら……そうだな。Airburst……いや、blast……。Blastだ。君を見て決めた。それで構わないか」
「……blast。……分かった。Blast……いい名前だ。ありがとう……先生」
そしてエールは、この日からBlastとなった。
長い旅の、その始まりだった。
1093年某日、ロンディニウム市某所。
狐は一人を捨て、また歩き出す。
辿り着くどこかを探して。
この思いが、どうか嘘になりませんように。
※過去編終わりです。次からやっと時間軸戻ります。長い……。
アンブリエル編でのエールの台詞と矛盾してんじゃねえかとか思っていても言っちゃいけないゾ! お兄さんとの約束だ!
・エール
クソ重狐
警官のおっさんに負けたのはエール自身が生活に疲れ切っていてあまり生きる意思がなかったからだと思われます。それでももう一度歩き出したのは、きっとまだ助けてくれる誰かがいたからなのでしょう
・警官のおっさん
死んだかどうかは分かりません。死んだんじゃないの〜!?(コックカワサキ)