猫と風   作:にゃんこぱん

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「なあ、ジフ。もしもの話なんだが──もし僕の正体が、救いようのクズだとしたら……お前、なんかするか?」
「何言ってんすかアンタ。今でも十分クズっすよ」

りんごは赤い、くらいの当たり前の常識を話す調子だった。

「いや、これ真面目な方の話だから」
「? 真面目な話っすよ?」
「……。え?」
「いや、え? とか……そういうのもういいっすよ。人から貰ったチョコ、全部ブレイズさんに食わせるのマジでやめた方がいいっす。マジで。いやマジで」
「あいつが勝手に全部食ったんだよ……」

いや別にこの回想は必要ない。こっちだこっち。

「──で、どうなんだ」
「んー……。隊長がガチクズだったら……っすか。まあ犯した罪の度合いにもよるんじゃないっすか? オレだって悪いこと、一度だってやってねえわけじゃねぇっすよ」
「じゃあ仮に……無差別殺人、強盗、裏切り……とか、だったらどうだ?」
「えー……救えねー……」

ジフは──ああ、どんな顔をしていたのだったか。

「まーあれっすよ。償うときは、ちゃんと協力してあげるっすよ」
「……はは。なんだそりゃ」

見捨てると言われなかったことに、柄にもなく安心してしまった。

だが……その罪がもしも、お前を死なせてしまうことなら──どうすればいいのだろうか。

「ま、次の仕事に行こう。お前オリジムシとか素手で行ける?」
「ヤっすよ。ベタつくじゃないっすか」
「じゃあ食うのは?」
「ぜってー嫌っす!」

何気ない日常が続いていた頃の話。

「……いつかあんたが抱えてるモンを、オレたちにも背負わせてくれる日を……待ってるっすよ。隊長」

ああ。いつか話すよ、必ず──。

そして。

その思いが嘘になって、すでに半年ほど経っていた。




1096年7月20日:戦争ごっこ -1

この日は、エクソリア共和国にとっての転換点(ターニングポイント)の一つだった。

 

それは国の未来を左右する一日だった。

 

──人々の知らない、水面下での冷たい殺し合いがこの日の出来事。

 

それは内戦だった。人々が知らない内戦だった。

 

内戦の中の内戦(インサイド・ウォー)とも呼ぶべき壮大な内輪揉めで、その次第が今後の戦争を決める。それは国の未来を決めることと等しい。

 

本来の戦争には到底及ばない規模の、たかだか数十人規模の小さな小さな戦争。

 

それを指して、戦争ごっこだと、誰か言った。

その表現は間違いだったと、ずっと後になって分かることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1097年7月20日:戦争ごっこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正午を回った頃だった。

 

「──返答を頂きましょう。今日が約束の日です」

 

白昼、エールはリン家の屋敷に出向いていた。いつも通り、レオーネの軍服で、右肩の袖をはためかせて。

 

広い敷地だった。

 

ロンディニウム風の建築様式は、昔のことを思い出させて少し苛立つ。

 

そしてレオーネがNuoSE──企業連合の申し出を受け入れるか断るか、その返答が今から行われる。

 

最も、選択肢はないようなものだった。以前より各産業界からの圧力は高まる一方だったし、議員からも色々と面倒な契約を結ばされそうになっていた。

 

実質的に野放しになっていたレオーネを、貴族がコントロール下に置きたいと思うのは当然のことで、ともすればそれは、内戦よりも重要なことだったのだ。手段は選ばれなかった。結果としてバオリア軍病院は何者かの襲撃を受けることになった。

 

「念のため確認しておきますが、この取引を承諾した場合、あなたの権限は大幅に小さくなります。私どもと協力するわけですからね。以前のようなワンマン構造はリスクが大きすぎる」

 

どのような名目を並べたって、要はエールを押さえ込みたいだけなのは分かりきっている。

 

「答えましょう。僕の答えは──────」

 

その言葉が言われるよりも先に、ヴィクトリア風の巨大な鉄柵の門に突っ込んできた軍用車の衝突音が辺り一体に響き渡った。

 

続くように何台もリン家の屋敷に侵入。庭先の庭園を踏み荒らして突入してきたのは──。

 

覚悟を決めた、男たちだった。

 

「行くぞてめえら! フォンを探し出せ! 必ずここのどっかに捕まってるはずだ!」

 

元スーロン構成員が一斉に車両から飛び出し、屋敷の方に向かって駆けていった。

 

目的はおそらく捕らえられているフォンの救出。無論根拠のない行動ではない。

 

フォンが有事の際のために備えていた救援要請の信号をキャッチしたのだ。それで決定的になった──推測は正しかった。

 

電波減衰が激しく、信号は微弱にしか感じ取れなかったが、フォンが何らかの危機的状況下にあることは明らかだった。

 

そして全ては、自分たちのリーダーを助け出すための行動。

 

「──あれは?」

 

窓際に寄って見下ろすエールとハノルだが、彼らに対する反応は対照的だ。

 

「招かれざる者達、という訳ですね。エール様、これはどういうことでしょうか?」

「……どうして、彼らがここに」

 

最初の想定外は、ここから始まった。

 

本当に知らなった──スーロンが怪しい動きをしていることは知っていたが、こんな大掛かりな行動に出るなど予想していなかった。

 

「……なんのために」

「あなたのところの部隊ですよ? 知らないでは通りませんよ──説明して頂きましょう」

 

スーロンを焚き付けておいてこの言い草はもはや白々しいを通り越していっそ堂々とさえしていた──。

 

「僕は知らないぞ……どういうことだ?」

「では裏切ったというわけですか。守衛隊迎撃用意──エール様。こちらはこれより正当防衛を行います。あなたにも協力を要請します。宜しいですね?」

 

屋敷に強襲を仕掛けてきたのなら、取る手段は一つだけだ。逃亡など論外、真正面から迎え撃つのみだ。

 

そしてレオーネの一部隊が正当な理由なくリン家を襲ってきているのなら、エールはそれを阻止しなければまずい。さもなくばリン家との対立があるのみだ。

 

「いや……断る」

「……今、なんと?」

「お断り、だと言ったんですよ。僕が協力する義務はない」

 

そう、確かにそんな義務はない。レオーネは別に貴族や議会の下にある組織ではないのだ。そして警察組織でもない。レオーネは戦争のみを担う自警組織に近い。

 

「あなたの言葉、間接的に彼らを支援するつもりだ、と受け取りますよ」

「彼らの行動に心当たりがあるのなら、教えてもらいたい」

「ありませんよそんなもの。彼らのことなど()()()()()

 

当然その裏側にある嘘など態度に出さない。だがエールもエールでこう考えていた。

 

──よく分からんがこれはチャンスかもしれない。

 

「──僕は静観します」

「傍観ならばお好きに。ですが──この後、あなたの責任は追及します」

 

そう言い残してハノルは部屋を出た。防衛のための指揮権はハノルが持っている。当主リンも今は家にいる──あの老人を今失うのも面倒だ。

 

「……さて、こいつはどういうことかな。フォン……お前、どこにいる? お前の指示か……?」

 

状況が把握できていないエールには、スーロンの暴挙の理由は分からなかった。だが……この状況下を黙って最後まで見ている気は、今のところなかった。

 

守秘回線を開いて無線を起動────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侵入者発見! 交戦開始(エンゲージ)!」

「ブッ殺せ!」

 

試作品のAKレプリカが5丁──フェイズの権限で武器倉庫から掻っ払ってきた限界の数。それと標準装備のクロッグレプリカ。

 

マズルフラッシュと炸裂音が感覚を焼く。照準精度はサンクタ族と比べるとまるで子供の遊戯そのものだったが、有名な言葉がある──数打ちゃ当たる。

 

反動で腕と肩がイカれそうだ。

 

構わない、ブッ殺せ。

 

「ダメです、連中に近寄れません!」

「ち──開けた空間は不利か。仕方ない、屋敷の中に引き入れろ。狭い空間の近接戦で仕留めるんだ」

 

退却を始めるリン家の守衛隊にスーロンは追撃する。

 

「はっ! 逃げやがったな──構わねえ、このまま中に入るぞ! フォンの救出が最優先だ! 地下を探せ!」

「いくぜぇぇぇぇええええええ!」

 

痙攣する死体から流れる血を踏み潰してそのまま突撃。

 

そしてそれに隠れるようにして動く者が一人。

 

「……なんだ?」

 

機を伺っていたが、スーロンの連中が何故かリン家へ襲撃をかけた。

 

「……なんでもいいか。好都合だ」

 

身の丈ほどある巨大な剣を背負って、スカベンジャーが後に続いた。

 

「……ゴミ掃除だ。必ずブチ殺してやる、ハノル(クソ野郎)

 

呟いた言葉は銃声にかき消されて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せ殺せ殺せ殺せ! ッハハハハ! 流石はフェイズお手製は違ぇな!」

 

元スーロン構成員19名による独断行動中の小隊は圧倒していた。

 

軽火器の戦術優位性(アドバンテージ)は携帯性、速射性に関して従来のボウガンよりもずっと優れていた。

 

ボウガンが銃より優れている点は、矢の重さゆえの貫通力である。通常の銃弾では貫通しないような装甲でも、その重さによるエネルギーを武器にしてブチ抜くことが可能。それがこの世界におけるボウガンの強さだ。

 

だが軽装甲相手ならば、銃の方が一歩勝る──。

 

だが。

 

第二次ラインまで後退しろ、とハノルはむしろ笑いながら命令した。

 

「後退ッ、後退しろ! 下がれ!」

「ビビってんじゃねえぞ貴族様よォ!」

 

全ての部屋のドアを蹴り飛ばして開けていくが、フォンはどこにも見当たらない──書斎、調理場──どこにも。

 

「信号の発信場所を特定出来ねえのかよ!」

「今やってるよ! けど電波障害がひどくて測量が上手くいかない──あと30分時間を稼いでくれ! 必ず突き止めて見せる!」

 

元エンジニアのメンバーが機材を展開させながら叫ぶ。フォンの発信機は幸いにも没収されていなかったのが幸いだった。

 

「頼んだぞ……! っしゃあ、時間稼ぐぞテメエら!」

「弾丸は使い切っていいんだな!?」

「ったりめえだろうが! ブチ殺してやれやぁッ!」

 

──その一方で。

 

「……ふむ? ハノルよ、何か起こっておるか?」

「ご心配ありません。獲物が餌に掛かっただけです──これまでのように、全て私にお任せください」

「頼んだぞ。マイ亡き今、お前だけが頼りじゃ」

 

マイ──というのは、マイ・チ・ファン、つまりはミーファンのことだ。

 

そのミーファンを殺したのが目の前のハノルとは知らず、リンは安楽椅子にもたれて煙を吐き出していた。

 

「ご心配なく。彼女の仇は私が取ります。その意思とともに」

「……仇、じゃと?」

「今攻めてきている暴徒共ですよ。彼女を殺したのは」

「……殺せ、一人残らず殺して……儂の前に差し出せ。八つ裂きにせよ……」

 

──リンはすでに、ハノルの言葉を全面的に信用するようになっていた。

 

天下のリン・ギ・ファンも……かつては南部の王とさえ呼ばれた男も、今となっては耄碌し、見る影もない。

 

体は衰え、心は弱り──かつてのような輝きはもう失われ、今ではハノルの手先で踊るのみだ。

 

「全て御心通りに。ご安心を」

 

そう、安心しろ。

 

お前を殺すのは最後にしておいてやるから──心の中で、そう付け加えて。

 

「報告! 第二次防衛線突破されました! この部屋も危険です、退避してください!」

「……何?」

 

想定より十分以上早い。

 

「仕方ない。重装甲部隊を出せ」

「重装甲部隊、全て壊滅しています!」

「……何だと?」

「敵の中に爆発物を扱うものがいます! 既に屋敷内各所に地雷トラップが設置されています、それにやられた模様!」

「…………。……」

 

手際が良すぎる。リン家の内部情報を掴んでいなければそんな芸当は出来ないはずだ。

 

──誰だ? 連中が持ち出してきたのは軽火器のみだ。それは確認している。

 

銃声に混ざって爆発音。天井が揺れてシャンデリアを揺らす。パラパラと木屑が落ちる。

 

「ハノル、何をしておる。さっさと潰さんか」

「いいや、死ぬのはあんたの方だ。リン・ギ・ファン」

 

それは女の声だった。

 

室内には伝令兵とリン老人、そしてハノルの他には誰もいない──そのはずだった。

 

天井の床が蹴破られ、そこから大量の小さな黒い野球ボールのようなものがばら撒かれる。これは──ピンを抜かれた手榴弾だ。

 

──まずい。

 

咄嗟に引き寄せたのは、横にいた伝令兵。腕を掴んで背に身を隠す──要は、人間の形をした盾として使った。彼の最後の言葉は”何を”だった。

 

破裂する無数の破片が運動エネルギーを存分に消費し、調度品で溢れかえった部屋の中を破壊し尽くした。壁に飾られた一枚何百万龍門幣の絵画を何枚もぐちゃぐちゃにする。

 

まるで子供がオモチャで部屋を散らかしたようだった。天井が崩れ落ちて、一人の女が姿を表す。

 

「……そっちがリン・ギ・ファンか。哀れなもんだ」

 

安楽椅子から倒れたリンは、幸運にも分厚いデスクの影に倒れこみ、負傷は最小限に収まっていた。足の数カ所に破片が刺さっているだけだ。五体満足ですらない伝令兵の死体とは違った。

 

「で、お前がハノルか」

 

背丈ほどもある大剣を背負って、その柄に手を掛ける。そして片手で構えた──冷たい瞳がハノルを捉えた。

 

「……ッ!」

 

問答は不要、ハノルの採った行動は一つ。逃亡だ。

 

話の通じるタイプじゃない。さっきの行動で分かった。重装部隊を潰したのはヤツに違いない。

 

倒れ込んだ老人を流し見てスカベンジャーは呟く。

 

「……逃すか」

 

どうせリンの方はいつでも始末できる。今はそれよりもハノルを始末する。背負ったリュックにはトラップの山。使えるものはなんでも使う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ出したハノルは侵入者対策に用意しておいた隠れ通路を走っていく。まず見つかるはずがない。

 

通信機にがなった。

 

「予定変更──地下牢の男を始末しろ! もう生かしておく理由はない、早くやれ!」

『だ、駄目です! すでに地下への侵入を許して──うあぁぁッ!』

「クソ、役立たずがッ!」

 

ハノルの腰には二つの通信機があった。一つは今使っているもの。もう一つの通信機は──ウルサス語の文字が印刷されている。

 

微かな逡巡。だが──電源を入れて周波数を合わせる。変換キーを差し込んで暗号化。盗聴対策ののち、一言。

 

「計画変更。契約に基づき、出撃しろ。赤旗の兵士たち(レッドスカーフ)……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして()()はやってきた。

 

A(アルファ)隊展開。前進」

 

彼らは百名近い組織であるにもかかわらず、同時に一つの生物だった。歩兵隊が広がっていく様は、まるで手のひらを広げるように自然で、洗練されていた。

 

壊された門から、或いは開かれた四方の門から。

 

リンの有する広大な敷地──ヴィクトリア風庭園から、その数を生かして屋敷を包囲していく。

 

そして隠し扉からハノルが飛び出してきて、屋敷を囲う一部隊にまで駆け寄っていく。

 

「契約により指揮系統を私に委任しろ! 文句ないな!?」

「断る。そもそもこの行動は計画外だ。よって権限は認められない」

「指定対象の殲滅は遂行されるな!?」

「……対象は屋敷内の生存者全てだ。だが我々のやり方に口を出すな。お前は同志ではない、所詮協力者に過ぎん」

 

それで十分だ。リンはまだ中にいるだろうが構うものか。今殺すか、後殺すか、だ。

 

腕に赤い腕章。それ以外は簡素かつ機能的な軍事行動装備。我々は特殊部隊。

 

伸ばした手の先にはリンの屋敷。発令。

 

「対象、屋敷内の全ての生存者。──殲滅せよ」

 

北部軍特殊部隊レッドスカーフ、機密条約に基づき行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

戦況は一瞬で変化した。

 

B(ベータ)展開。装甲兵突入、支援射撃用意。屋敷内にトラップがあるらしい。各自注意しろ。突撃」

 

装甲を固めた兵士たちが盾を構えて屋敷へ入っていく。 その重厚感たるや、一歩一歩が地面を揺らすようだった。まるでウルサスの軍隊を彷彿とさせるような雰囲気。

 

「──ッ、なんだこいつら!? どっから現れやがった!」

「見たことない装備──こんな連中を隠し持っていたのか!?」

 

甲高い衝撃音と銃声が混ざって、耳をぐちゃぐちゃにしていく。爆音ばかりが体の底に響く。

 

「おい効いてんのかこれ、マガジンの中身撃ち切ったんだぞ!?」

 

硝煙を振り払って重装甲兵が前進してくる。

 

стрелок(豆鉄砲か)Приведи бариста(バリスタでももってこい)

「ダメか……! デカブツはアーツが有効だ──ジャック! リーク!」

「伏せとけ! とっておきを打つぞ……!」

 

物理的な防御力を無視するアーツによる攻撃が始まる。先程までの一方的な展開と違い──ここからは、命を掛け合う殺し合いだ。

 

そしてスカベンジャーも、突如現れた尖兵と突発的な戦闘を開始することになる。

 

「邪魔をするな」

 

軽装備の先鋒を相手に近接戦。無駄に広い屋敷のおかげで遠慮なく獲物を振り回せる。

 

重量のある刀を軽々と扱い一閃。リーチと重さのある大剣が風を切るが──。

 

弾かれた衝撃と共に帰って来たのは刀だけではない。攻撃は反撃と一緒に返却されてくる。その動きでわかることがいくつかあった。

 

雑魚じゃない。目の前の訓練を積み重ねた兵士だ。飛んでくるボウガンから身を隠すために再び接近戦に打って出る──目の前の敵、つまり敵からすれば味方をボウガンからの盾として位置取る。無茶苦茶だが、近くに手頃な障害物がなかった。そもそも正面戦闘は好きじゃない。

 

Пожалуйста(援護射撃は)!?」

Вы мешаете(お前が邪魔なんだよ)!」

 

事実、絶妙な位置取りだった。数撃の剣戟が続く。

 

Я подхожу(囲え)Она сильная(一人じゃ勝てないかもしれない)!」

 

射線上にスカベンジャーがいるのなら、手段は二つ。相手を動かすか、自らが動くかのどちらかだ。

 

距離を取っていた二人のボウガン使いがこちらに近寄って来た。

 

「……かかったな、間抜け……!」

 

腰のポーチから取り出したスタングレネードのピンを歯で外し、体重を乗せた回し蹴りを正面に叩き込むと同時に投擲。ボウガンから逃れるために横っ飛びになりながら耳を塞ぐ。

 

鼓膜を破るほどの大音量と目を潰す閃光が辺りを押しつぶした。動物性の耳を持つのなら、さらに効果が高い。耳を塞いでいても頭を押しつぶされるような大音量に襲われる。

 

「──Светошумовая граната(音響閃光弾だと)!?」

 

これ一つを買う金で二日は飯が食べられる。ウルサス製の武器はやはり性能がいい。高級品だ──。

 

相手も黙ってやられているわけではないが、目と耳が奪われたのならそれはもう人形と同じだ。

 

3人分の命の灯火が血液と共に流れ出て、そして灯火は消えた。二度と灯ることはないだろう。

 

「……こんなヒラ兵士に使うことになるとはな……一体どうなっている?」

 

潜入していた時には、こんな連中がいるなど知らなかった。そもそも今の言葉は──ウルサス語ではないのか。

 

「……まだ何かあるのか?」

 

隠された何かがあることは明白だった。

 

全てを知りたいなどとは思わない。関係のないことは切り捨てないと、この世界を生きるには知りすぎてしまう。

 

だが──。

 

「……私は、何をやっている」

 

それでもこの場所にいる意味を、未だわからないまま。

 

だがこれ以上逃げ続けるのも、己を許せそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……! フォンの位置を特定した、この場所の真下だ!」

「はあ!? 地下か!? けどそれっぽい入口はどこにも──」

「探すんだよ! もしくはぶっ壊すかだ!」

「クソッ!」

 

さっきのようには行かない。

 

だが銃も全く役に立たないわけではない。牽制にはなるし、重装以外には有効であることは以前変わりない。時間稼ぎは出来ていた。

 

「こっちだ、見つけた! 地下への入り口だ!」

 

南京錠に対し銃弾を何発か撃って、地下へのハッチを乱暴に開けた。鋼鉄の重たく冷たい扉だった。下には梯子が続いている。その先は真っ暗で何も見えない。

 

「フォン! いるのか!?」

 

足元の暗闇に向かって一人が叫んだ。

 

「──ソール、か?」

 

返答。それは紛れもなくフォンの声だ。ハッチからの光では届かない闇の奥から一人分の声。直後に後ろから爆発音が響いた。

 

「──ッ、早くしないと……! すぐに行く!」

 

──……来るな、と。呟いた言葉は爆音の中に溶けて消えて、誰の耳にも届かない。

 

馬鹿な仲間達のことだ。罠とわかっていてものこのこやってきた。こうなった以上は自分ももう用済みだろう。すぐに始末されないのは──想定外の状況があったからか?

 

光源のない牢獄に長いこといたからか、ライトの光が眩しくて目が眩んだ。

 

「なんだこれ、牢屋にぶち込んだ上に手錠!? 待ってろ、今ぶっ壊す!」

 

仲間の一人のアーツによって、鉄製の檻は砕け、通れるようになった。

 

手錠も何てことはない、材質はアルミ系の材質──対アーツ性の合金でないなら、大した手間ではない。破壊。

 

「状況はどうなっている」

「最初は蹴散らしてたんだ、けど──なんか妙な連中が出張ってきている。明らかに精鋭の軍隊にしか思えないよ。とにかく上がろう、脱出するんだ」

 

丸一日ほど拘束されていたフォンは、ロクな時間を過ごしておらず力の入らない体を無理やり動かすようにハッチを登った。

 

「──フォン!」

「ビッツ、敵戦力の報告を」

「重装兵がやたらいる! 銃が通じねえ、近接も強え! クソやばい状況だ! さっさと脱出しねえと潰されちまう!」

「……一点集中で抜けるぞ。全員を集めろ。ここからさっさと脱出する」

「その後はどうする!?」

「その後で考える。行くぞ」

 

極めて冷静に状況を分析し、迷いなく言い放つフォンは──紛れもなく、自分たちのリーダーとして相応しく。

 

だが──状況はより厳しく、暗く。

 

どこかの爆発から生まれた火が、屋敷の壁に着火し──いつの間にか、廊下の隅から火の手が上がっている。断線して消えたシャンデリアによって生まれた暗さを照らし出すようにして、熱気と光が発生していた。

 

崩れた壁の向こうには、何かの部屋が広がっているが──外への道を塞ぐように、ずらりと並んだ高壁のような装甲兵団の列が立ち塞がっている。

 

構えた盾はずっしりと重く、硬く、そしてそのまま敵を打ち砕く武器となる。

硬く揺るがず、そして強い。重装兵は戦闘におけるキーユニットだ。特にこれまでの大きな武器である銃器が通用しないのが最も大きいファクター。

 

「アサルトで牽制続けろ。術で削れ──残り連中で接近、撤退を繰り返して時間を稼ぐ。エールはいるか?」

「エール!? いねえよ、どうしてんなことを聞く!?」

「……そうか。攻撃を続けろ」

 

──日付感覚は曖昧になっているが、おそらく……この屋敷のどこかにエールもいるかもしれない。上手く連絡を取れれば活路が開けるかもしれないが……。

 

ないものねだりはやめて、生き残ることを考えるべきだ。全ての疑問は一旦置いておく。

 

敵勢力に遠距離武器持ちがいないのが救いだ。あるいは必要ないだけかもしれないが。

 

「……どこにいる、エール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏に蘇る。

 

目の前が真っ白になり、思考が出来ない。

 

崩れた柱が地面に衝突して生み出した土煙は──どちらなのだろうか?

 

これは、今見ているのは……どっちだ?

これは記憶か?

 

それとも現実なのか?

 

遠目に見えるのは赤いスカーフ。揃いも揃って、きっちり右腕に揃えて巻いているのは、

 

……馬鹿みたいに目立つ。

 

目の前で誰かが過ぎ去っていく。

 

何かを言う。

 

一緒に見下ろしている。隣に仲間が立っている。違う。それは幽霊だ。もう仲間は死んだのだ。だが見下ろしている。僕を見ている。僕は見下ろしている。

 

……ぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

頭が割れて、中身ごと……下手くそな胡桃割りみたいに中身が飛び散りそうだ。

 

隣の仲間は、何かを言っている。だが聞こえない。古い映画のように、音のないフィルムのような冷たさでは何を言おうとしているのか分からない。見えない。

 

見えない。見えない。見えない。

 

嘘だ。見えている。見えてはいる。

 

聞こえない。聞こえない。聞こえない。

 

本当だ。聞こえないのは本当だ。それだけはリアルのはず。

 

──────ほんの、一つだけはっきりしているのは。

 

仲間を殺した連中を、見下ろしているという事。

 

それは、仲間の仇がそこにいるということ。

 

──揺れている。

 

輪郭と呼ぶにはぼやけすぎた陽炎の影がゆらゆらと曖昧なままで────揺れているのだ。

 

仲間は横にいる。

 

僕は生きている。僕は死んでいる。

 

彼らの仲間であるblastは既に死んでいる。だが僕は生きている。だが同じ人物じゃない、脳みその中身は同じでも、違う人間なのだ。

 

エールとして、仲間の復讐をするのは筋違いだ。あのスラムのクズには仲間などいなかった。そしてblastは死んだ。では──、

 

なぜ、今僕はここにいるのだろうか。

 

──ただ、手をかけていた窓の淵は、軋みの音を散々吐き散らして、最後には破断した。

 

ああ──壊れてしまえ。

 

お前が自ら壊れないなら、僕がぶっ壊してやる。

 





アークナイツイベント来ましたね! logosさんの口調が想像以上でした。スルトガチャは死にました
※今回の解説らしきものはありません
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