猫と風   作:にゃんこぱん

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1096年7月20日:戦争ごっこ -2

防戦一方、というほどでもない。

 

だが状況は最悪だった。似合わない行動が生み出した結果はそのまま自らに跳ね返ってくる。

 

孤軍奮闘、と表現しうる戦いぶりだったのだろう。爆発物トラップは最近学んだ──強くなるための手段は常に探し求めている。特に雇い主の懐は潤っていたので、高価な兵器を使う機会が増えた。

 

一つ、また計算通りに爆発が柱を吹き飛ばす。

 

そうなれば屋敷は自らの体重を支えられず──崩落していく。倒壊するヴィクトリアもどきの豪邸は燃えていた。太陽が見える。

 

──本来なら、いつもの自分ならば、さっさと逃げているのだろう。逃走は可能だ。重装兵の足の遅さなら、亀とレースをするようなもの。敵先鋒兵の数はざっと観察していたところ少ない。生き残るのは無理ではなかった。

 

だが、それでは意味がない。

 

もういい加減、意味もなく生き続けることには疲れた。汚れても生きてきた。だがそれはなんのためだったか……いつの間にか、思い出せなくなってしまっていた。

 

ただ最後は──最後だけは。

 

自分のために、殺そうと決めたのだ。

 

大盾相手に出来ることは少ない。戦車相手にただの刀が勝てないように、重くて硬いことは戦いにおいてすなわち強いということを意味する。

 

敵数は数えてない。馬鹿らしくなるからだ。

 

荒い息を繰り返す。盾で殴られた左脇腹から鳩尾のあたりが痛む。

 

「──Ты стараешься(随分粘るな)Но это все(だが、もう終わりだ)

 

もう地雷は使い尽くした。相手の4、5人は持っていけただろう。だが代償として──終わりの時が訪れようとしている。

 

重装備相手に通じる刀ではないことは、自分が一番よくわかっていた。所詮専門は暗殺だ。戦いじゃない。適材適所というものがあることを知っている。自分を役割で表すとしたら、主力級の人材じゃない。こんな風に戦ったってどうしようもないことくらいわかっている。

 

「……終わりじゃない。あいつを、殺すまでは……」

 

知っている。知っているさ。だが無理だ。出来ない──たとえ手遅れだったとしても、彼女のためにできることがまだあるとするなら。

 

「どけ……どけ……ッ! 私の邪魔をするなッ!」

 

それは、きっと復讐をおいて他にない。

 

「はぁぁぁぁぁあああああああ────ッ」

 

たとえその果てに自分の惨めな死に様があるとしても、もうどうしようもなく止まれなかったのだ。

 

倒壊していく屋敷、燃え盛る炎が白日の下、湿った大地の上。

 

鬱陶しいくらいの湿度、返り血と自分の血。白い大地。土の混ざった砂。遠くにぼんやりと見える緑の大地。鬱陶しいくらいの──。

 

それらは全て関係のないことだった。

 

一人でやる。誰の手助けや、協力などいらない。今までそうやってきた。そういうやり方しか知らない。

 

誰かと一緒にいたり、協力したりするのが嫌いだ。そもそも意思をもつ生き物は全て嫌いだ。それでも欲しかったものが確かにあった。求めていたものがあったことに──全て、今更だが。

 

本当に今更だ、

 

「どけぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ──────ッ!」

 

遅すぎたとしても、ただ──それだけは。

 

この想いが、嘘でないのなら。

 

これだけは、嘘でないはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()の代償は小さくなかった。

 

「北側に伝えろ。計画は前倒し──4ヵ月早めるとな」

「それはお前が決めることではない。それに、貴様には責任を取ってもらう必要がある」

「契約は契約だ。責務は果たしている」

「貴様を疑問視する声が上がっている。不測の事態とか言っていたが、なぜ我々を動かした? そもそも貴様がまともに足場も作っていなかったのではないのか?」

「そのための秘密条約だ。我々はよき友人だ。そうでなければ、待っているのは破滅だ。お互い、な」

「……。貴様は気に食わん」

 

流暢な共通語を話す部隊長は顔を顰めて吐き捨てた。

 

「……Почему я здесь (なぜ我々がこんなことを)

 

気に食わない事ばかりだ。

 

保険だかなんだか知らないが、なぜ他人の尻拭いをしなければならないのか。

 

この特殊部隊がここにいるのは、ハノルの保険のためだった。直接的な武力で攻められた際の保険。交渉の決裂の結果に対するカウンター。だが保険は保険、使わなければならない状況になった時点で、それは勝利ではなくなる。

 

Я хочу закончить раньше(さっさと片付けて帰ろう)

 

どうせ横の男──ハノルには分からない呟きだ。

 

燃え上がる屋敷を前に、腕を組んで立っていた。通信から得た情報で、相手がそれほどの強敵ではないことは理解した。ならばあとは時間の問題だ。半刻もしないうちに片がつくだろう。

 

少し、熱気に煽られて微風が髪を揺らした。

 

「──Что ты делаешь(何を片付けるって)?」

 

いるはずのない誰かの声が、誰もいないはずの背後から聞こえた。

 

反射的に構えて距離を取る。臨戦態勢を崩さず、相手の正体を確かめた──。

 

Ты понимаешь мои слова(ウルサス語ってこんな感じだっけ)Вы слышите меня(聞こえてる)?」

 

真っ白な髪の先に見えたのは、まるで獣の目付きをした──その、青年は。

 

「……それとも、共通語(こっち)の方がいいか? なあ」

 

ハノルの頭が真っ白になった。

 

どうしてここにいる? あの包囲網からどうやって脱出した。

 

「何か言えよ、……殺すぞ」

 

咄嗟に構えたハンドガンの引き金を引いた。それは計算や計画ではなく──ただ、純粋な生物としての危機意識からの反射的な──。

 

「素人が」

 

サンクタでもなければ、訓練を積んでいるわけでもないハノルの銃弾は目標を掠りもせず、エールの爪先がハノルの鳩尾に突き刺さった。

 

「ご、ぷ……」

「どうして最初から()()しなかったと思う?」

 

腕を地面について倒れ込むハノルを放って、もう一人の部隊長に視線を流す。

 

「人が言葉という文化を持つからだ。お互いに理解し合うための手段があるからだ。だが違ったな──所詮、人の敵は人だった。こんなことになるのなら、最初から殺しておけばよかったな」

 

独り言に近かったのだろう、別に最初から返答は求めてはいなかった。

 

「貴様……あの時の、化け物か」

 

部隊長はエールに見覚えがあった。

 

アルゴンのゲリラに壊滅的な被害を与えるべく計画された戦闘にて、逆に撤退を余儀なくされ、味方損害実に、死者89名重傷者102名を与えられたのだ──それも、たった一人に。

 

たった一人だ。軍には役割があるために一括りでは語りづらいが──単純な戦闘能力だけで評価するなら、北部軍の中で最強の部隊に、完全装備のそれと戦って、生き残るだけでも十分に奇跡であるにもかかわらず、逆に壊滅的な被害を与えた。

 

それは最後の懸念だったのだ。

 

事前情報では何もなかった、その化け物の男が何者で、どこにいるのか。

 

エールがそれだということを、今──そう、たった今知った。

 

最も、それはお互い様だった。

実に半年振りの、相対と呼ぶにはあまりに静かな対立。

 

「なんだ。共通語でいいのか」

 

静かな重圧が一帯を押しつぶすようにして、微かな身じろぎさえ許さない。

 

「──……一応、さ。確認だけはしておこうと思う。質問は一つだけだ。それだけで十分──答えろ」

 

構えた盾の重さを確かめた。訓練を重ねた体は想定通りに動く。そうする準備は完了している。

 

「僕の仲間を殺したのは、お前たちか?」

 

はっきり覚えている。その腕に巻いた赤いスカーフ、よく目立つ。そいつを巻いた射撃部隊のボウガンが、仲間達を差し貫いて殺したところを──目の前で、見ていた。

 

「……これまでに、誰を殺してきたかなど……いちいち覚えておらんわ」

 

冷や汗が流れる。交戦は避けられないだろう。頭部のバイザーを下ろして完全防備になった。

 

突き刺さるような殺意。ひりつく様な緊張感。嵐を前にした様に、どこか呆然とさえする。

 

「……皆殺しだ。お前ら、全員……殺してやる」

 

直感的に正面に盾を突き上げた。初撃を防げたのはほとんど偶然だった。

 

片手に盾を通して伝わる衝撃──アーツによるもの。同時に背後に違和感。

 

「──っ!? いつの間に……ッ」

 

腹部を何かが貫いていた。限りなく細い何かが──しかし、それはあり得ないはずだ。敵は一人、目の前にいる。その上体は超硬異鉄合金の装備で覆っているはずだ。貫通など──。

 

アーツか? 何のアーツだ? 対アーツ性ももつ重装を越えてくるなど──。

 

痛みは一旦放っておく。それよりも目の前の敵を──

 

「遅えんだよ……!」

 

独楽のような跳ね上げがヘルメット越しに頭部へ突き刺さった。痛みこそないが、衝撃だけで視界が大きく揺さぶられる。

 

視界の中で、次の行動をしようとしたエールを捉え、揺れるバランス感覚を押さえつけて大盾を構え直した。重ねた訓練と長い実戦経験を持っているのだ──強敵との戦闘は、これが初めてではない。

 

数度の交錯、しかしエールの格闘術よりもこちらの方が上──そもそも、エールの手には武器がない。

 

徒手空拳と言えば聞こえはいいが、実際ただの無手である。防具も最低限、丈夫な軍服を着てはいるものの、所詮は焼け石に水。装備の時点で明らかに優位性はこちら側にあった。そもそもエールには右手がない。

 

状況は一対一、そこに倒れているハノルを放って睨み合い。こっちはその気になれば援護を要請することができる。万が一自分が負けても、50人を超える特殊部隊が屋敷にはいる。どうとでもなる。

 

それにさっきからエールの動きはぎこちなかった。攻撃に見せかけたフェイントを織り交ぜ、足元や頭部への攻撃を狙うが、途中でやめて他の動きに切り替えたりしている。

 

おそらくは弱点を探しているのだろう。だが──。

 

──無駄なことを。

 

エールが構えを変えた──特徴的な炎国拳法の構えだ。とあるカンフー女優に教わった武術だ。普段使いはあまりしないが、状況次第で使うことがあった。

 

地面を滑る様な特徴的な踏み込みとともに、エールの左腕から渾身の掌底が撃ち出された。右腕分の体重がないため、普通ならばバランスが崩れて威力が減衰するが──掌は残像を残していた。

 

撃ち込みの音は、もはや衝突音だった。

 

「──この程度か?」

 

だが、その程度でこの盾は崩れはしない。そもそも素手でかかってくること自体、舐めているとしか思えない。まあそもそも話し合いという体でハノルを訪れていた以上、武器の携帯は足枷となった。そのためにエールの主武装は封じられていた背景がある。だが戦いに言い訳ももしももない。結果だけが全てだ。

 

「……この程度の相手に、我々は逃げ帰った訳か。これ以上失望させるな……私の部下たちは、この程度の雑魚に殺されたとでも言わせるのか?」

 

弱くはない。だがあの夜──荒れ狂う嵐を生み出した化け物は、断じてこんなものではなかったのだ。

 

フルフェイスの頭部装備は表情を隠し切って、感情の色はわからないが──声だけで判断するなら、それは紛れもない怒りだった。

 

仲間を殺されたのはお互い様だ。

 

「これ以上、貴様が何も出来んのなら──潰すまでだ。覚悟しろ」

 

様子見はお終い、ということだ。本格的な攻勢を始め、片を付ける。この程度なら単騎で問題ない。

 

エールは対照的だった。表情にはもう普段の不敵な表情はなかった。殺意に満ちた両眼がじっと敵を睨みつけて──口を開く。

 

「どうして僕が武器も何も持っていないか分かるか?」

 

さっきの掌底で大体の硬さがわかった。敵装備の大体の観察は終わった。術耐性、及び敵防御力も感触で理解した。

 

「僕には必要ないからだよ」

 

無警戒でハノルを訪れるはずがない。アーツ媒体は服の各所に仕込んでいるに決まっている。

 

エールのアーツというのは、傍目から見れば風を操るアーツだ。だがそれはどういうことなのか。攻撃にも防御にも、いまいち使いづらいだけだ。実際そのアーツは副次的なものに過ぎない。

 

空間への干渉──本質的には、分子運動に干渉するアーツだ。特に気体分子運動への干渉に、エールは適正を示していた。

 

──空気運動を制御し、圧力場を形成。相手の首元への干渉は、フルフェイスシールドがあるため難しい。ではどうするのか?

 

形状制御、外部装置の補助電源起動。アーツをサポート。

 

面積にして実に1ミリ以下の、見えない圧力場を作る。掛かった力はそう大したものではない。だが圧力というのは面積が小さいほど大きくなる。難しいのは、形状を保ったまま力を加えること。

 

それをボウガンのように射出──鋼鉄の盾に向かって、一直線に。

 

「──見えないだろ?」

 

大した力でなくとも、鋭さは力になる。包丁などはその代表で、力で千切ったり破壊するよりもずっと小さい力で切ることができる。それはこの究極系。

 

最初、男は自分の体に空気の刃が刺さっていることに気がつかなかった。あまりに細過ぎて感覚が反応しなかったのだ。

 

だがすぐに分かる。

 

直径三センチほどの穴が、小さな摩擦音とともに大盾に開いていた。

 

その穴は、自らの腹部に地続きになって開いていた。

 

「──な、にが……」

「舐めていたのはそっちの方だ。さっさと本気になってりゃよかったのにな」

 

布を擦るような摩擦音がどこからともなく聞こえてくる。圧力場が形成されているのだ。

 

「……До свидания(さようなら)

 

血が滲み出して、地面を染め上げていった。砂に血が浸って、太陽の光を反射し始める──。

 

崩れ落ちた男を放って、エールはふらふらと立ち上がって逃げ出そうとしていたハノルを蹴り飛ばし、倒れたハノルの髪を掴んで持ち上げた。

 

「答えてもらう。なぜ北部軍がここにいる」

 

返答次第では、きっと自分の命はないだろう。そう理解した──。

 

「……契約、だから……ですよ。取引が、あった──」

 

緩慢な言葉にイラついて、エールはハノルの頭部周辺の大気圧を極端に減少させた。突発的な耳鳴りと頭痛がハノルを襲う。

 

「何か話している内は殺さない。だから……はっきり話せよ、おい」

「……最初に断っておきます、よ。私は何も、私欲のためにこの国を売った訳じゃない。この国が滅びずにいられる道は、これだけだった──」

 

腕の関節を極めてへし折った。

 

「ぁあああああああああッ! う、ぐぅ、ああああ……ッ!」

「そういうの、要らないって言ってんだよ。答えろ、取引ってのは何だ」

「さ、最初っから全て出来レースだったんですよ! 事の発端は南部エクソリアで源石(オリジニウム)鉱脈が見つかったことだった……その推定埋蔵量は、膨大だった。けど南部には大した加工技術も、掘削技術もなかったんですよ」

 

南部は特に、源石とは無縁の生活を送っていた。長い間天災に野ざらしになっていた大地に鉱脈が発見されてしまったのは──本当に、不幸なことだったのだ。

 

「だけど、どこからか分からないが──ウルサスが……出張ってきたのですよ。あの国での源石需要は高まり続ける一方で、散々感染者をこき使って採掘させたって供給量が追いついていない。だから──」

「だからウルサスは南部の源石鉱脈を欲しがった、と? ウルサスから遠く離れたこの国に?」

「そう……そのために北部に傀儡政権まで作り上げたんですよッ! 偽造されてはいますがね、連中が欲しいのはエクソリア産のコーヒー豆じゃなくて、ただ源石(オリジニウム)を吐き出す植民地に過ぎない!」

 

ウルサスは侵略と戦争を繰り返して発展してきた大国。

 

欲しいものは、どこにあろうと奪い取る。そういう国。

 

「そしてその軍事力に、正面から打ち勝てる力が……この国にないことなど、少し考えればわかることです。北部を媒介にしていようと、ウルサスが背後にいる以上……どっちにしろ泥沼になります。我々は、それを避けねばならなかった……!」

「──それは、南部貴族の総意ってやつか?」

「我々は、滅びてはならなかった。もう一度植民地の屈辱を味わうことになろうと……滅ぼされるよりは、マシでしょう」

「……それは、いつから決まっていた話だ」

「4年前に源石鉱脈が発見され、そしてその一年後にはこの方針に」

 

そしてそれに反対したミーファンの父親は暗殺されることになる。

 

「……百年も拮抗していた内戦が、この一年で急変したのはなぜだ」

「分かっていることを……聞く必要はないでしょう。戦争を、終わらせるために……全て、仕組まれていたことです。脚本の決まった、演劇のように……シャンバ、ホークン、クロッカ、ツアグァ、バオリア……計五つの都市はシナリオ通りに敗北し、最後に……アルゴンは陥落する。そのはずだった……だが、お前が現れたんだよ、エール……ッ!」

 

エールを見上げるハノルは、痛みを堪えながらも──憎しみに満ちていた。

 

「そもそも予定通りなら、あいつを始末する必要などなかったというのに……全て余計なことだ、お前は本当に目障りだ……ッ!」

 

最低限は繕っていたハノルの口調が崩れた。もう取り繕う必要もない。

 

──ハノルの口から語られたことで、これまでの疑問が急速に解消していく。つまり最初から南部の敗戦は出来レースだったわけだ。お互いが最初からそうすると決めていれば、勝敗なんてあってないようなもの。そんなものは戦争ではない。

 

「……南部の内部情報を北部に流していたのは、誰だ?」

「いちいち言わなければ、分からないか……? 旧南部軍出身の将校には、全て我々の息が掛かっている……いるだろう、レオーネにも……」

 

レオーネ上層部の半分は旧南部軍出身の人物だ。人材が足りない以上、このリスクを考えながらもそれでも受け入れた。信頼はせずとも、信用は出来たと思っていた。だが甘かったらしい。

 

……北部軍の異常な情報収集能力はこれのせいか。なんてことはない、最初っから内側に敵が居ただけの話──。

 

「……お前はつまり、国を売ったわけか」

「売った、だと? 馬鹿なことを……守ったと言い換えろよ。攻め込まれて滅亡するよりは、マシだろうが……」

「南部貴族が雁首揃えて集まってやったことは保身だけか。お前らのような貴族にとって、所詮国民ってのは預金残高と同じか?」

「お前よりはマシだ。この国を泥沼に落とし込むよりは、な」

「……あの金は、どこから出てきた。北部からの援助か」

「それを話す必要はない、──ッ、ぐぅぅぅッ!」

 

他人の痛覚に訴える方法には慣れていた。どこを捩じ切れば口を開くようになるのか、何度も試したことがある。

 

「いいから話せよ。このまま殺すぞ」

「──ッ、お前こそが本当の侵略者だッ! どこの援助を受けている!? お前の後ろに何かがあることなど分かっているんだぞッ!」

 

ハノルは痛みを堪えながら叫んだ。

 

押さえつけられながら、糾弾するように──だが、それはエールにとっては突拍子もないことだ。

 

「……は?」

「あのブリーズとかいう女のことだよッ! あれは婚約者か? どこの貴族の女だ!?」

「……おい。病院の一件を仕組んだのはお前か?」

「あれは警告だッ! 愛娘が傷付けられれば、お前の後ろにある貴族も弱腰になるだろう!? そもそも源石(オリジニウム)鉱脈を狙っているのはお前も一緒だッ! ウルサスと何も変わりはしないッ!」

 

それは、エールにとってはただの勘違いだった。だがハノルにしてみれば、そうとしか思えなかったのだ。

 

レオーネの異常な成長速度、そして発足からわずか一ヶ月程度でバオリアを奪い返し、今もなお急速に人員を取り込み巨大化している。明らかに後ろに何かがいなければできない芸当だ。

 

「……何を言っている」

「あまりに露骨にアピールしてきたのは牽制のつもりだったか!?」

「……何の話だ」

「あの女のことだッ! 礼法や仕草……あの紋章は、自分が貴族であることを全面に押し出していただろう!? 狙ってくれと言わんばかりに──」

 

────まさか、ブリーズ(あの馬鹿)

 

突然恋人や何だと言い出して何だと思ったら──囮にでもなろうとしていたとでも言うのか? それは何のために?

 

それは一体誰のために?

 

「だがお前はもうお終いだ……ッ! 誰が後ろについていようが────ッ!」

 

見上げた階段の向こうに、燃え盛る炎の山から煙が立ち上っていた。三階建ての屋敷は、段々と倒壊していく。

 

その中には、無数の敵が今まさにスーロンと戦闘状態にあるが……時間の問題だった。

 

「居ねぇよ」

 

一言だけ、そう呟いた。

 

「は?」

 

今度はハノルが驚く番だ。

 

「最初っから……僕の後ろに貴族なんて居ないと……そう言ったんだ」

「……そんな訳があるか」

「レオーネは誰の後ろ盾もない」

 

急成長を遂げていた理由としては、大きく分けて三つ。

 

一つ目はエールの暗躍だ。ノースの手の入っていない企業を脅したり脅したり脅したりして協定を結び回ってきたこと。

 

二つ目は、レオーネ大将グエン・バー・ハンの存在だ。エールが想像していたよりも、グエンの人望というものがズバ抜けていた。人々に慕われ、親しまれてきた。元レジスタンスのリーダーをしていた頃からだ。そもそもレジスタンスの資金は人々の援助から集まっていたのだ。

 

三つ目は、レオーネに所属する一人一人の努力によるもの。末端の兵士や、教官、開発部や事務課などに所属するエクソリアの人々一人一人が本気で国のために戦おうとしてきたものの結果。

 

ハノルはそれらの要因を無視していた。そもそも最初から考慮していなかった。甘く見ていたのだ。

 

「……まんまとあのバカに踊らされたな。僕も……お前も」

 

それらの要因を勘違いし、ハノルは急いだ。事態が変わり始めたのは、あの病院の一件があってからだ──スーロンを動かし、圧力をかけ……背後貴族の調査を急いだが、何も見つけられず──。

 

狐騙しという訳だ。そしてその罠にブリーズは自分自身を使った。獲物は食らいついた。あとはエールがどうにかしてくれるだろうというブリーズの適度に楽観的な思考は、結局現実のものとなる。

 

「エールとして聞かなければならないことはもう全て聞いた。お前はもう用済みだ」

 

いまだに地に這いつくばったままのハノルを冷たく見下ろして、エールは言い放つ。だが言葉には続きがある。

 

「けど、僕個人として……どうしても知りたいことが、一つだけある。僕の仲間は、半年前……アルゴンのレジスタンスによる北部軍強襲戦で死んだ。そこでドンパチやってるクソ共によってね。なあ、答えろ」

 

ハノルの顔を激情に満ちた視線が貫いた。

 

「どうして僕の仲間は死ななければならなかった」

 

その声は……怒り、悲しみ、失望、そして絶望──全ての感情が入り混じって、逆に平坦ですらあった。

 

「はッ……知るか、そんなこと」

 

ハノルが吐き捨てる。

 

「…………。そう」

 

両腕が変な方向に曲がっているハノルを放って、エールは階段を登る。

 

「お前が正義なんてお題目を掲げてやりたい放題していたのは、よく分かった」

 

ズボンのポケットから取り出したケースを器用に開き、ちょうど小石程度の鉱石を取り出す。オレンジ色に透き通ったそれは、太陽に反射して煌めいた、とても美しい源石(オリジニウム)だった。

 

「だが、代償は払ってもらう」

 

────ああ。

 

理性が足りない。

 

足りないなら補わなければ。内側にないのなら外側から摂取しなければ。

 

ああ────。

 

この身を焦がすほどの炎は、記憶を燃やすこの炎は──どうしたって、他に道がないのだろうか。

 

これしか知らない。これしか出来ない。こういうやり方しか出来ないのだ。

 

「────殺してやる」

 

復讐だ。

 

 

 




・スカベンさん
エールのまどろっこしいやり方に痺れを切らして突撃した図
コミュ力が不足していたためにこんな状況になりました。

・エール
こいつのアーツの設定を考えるのが一番面倒でした。よくわからんがつよいぐらいの認識です。アーツってなんだ?(原点回帰)
過去編での一匹狼ぶりがが嘘のような復讐の鬼。憎しみの連鎖は、やめようね!(標語)

・ハノル
裏設定になりますが、ゆくゆくはなんかウルサスにわたってさらに力を手に入れるつもりとかもあったことでしょう。戦争孤児であり、リンの気まぐれによって拾われた過去を持っています。そしてかつての親を始末し強大なリン家の当主にまで成り上がろうとしていた……みたいな裏設定があったりなかったり。あんまり本編では語りませんでしたが……。
(外見設定はマジで何も考えて)ないです

・特殊部隊
今更ですが行動体B2を壊滅させたはこの部隊です。この部隊もめっちゃ被害受けていたとは思いますがその辺りの事情は尺の都合でカット
特殊部隊って響きがいいですよね。私は実物に関しての理解がゼロなので完全に想像で書いております

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