猫と風   作:にゃんこぱん

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One more light/Linkin Park
この章を書くきっかけになった曲です。
この曲のバックグラウンドを調べてみるのも面白いと思います。


1096年7月20日:戦争ごっこ -3

「ロズッ! ロズワルドッ! おい、起きろ──目を覚ませッ!」

「────ぁ、た、の──ぅ」

 

体を槍が貫いていた。

 

傷が貫通していた。肺から直接空気が漏れ出している。肺の内部に血が流れ込み始めていた。命の気配が段々と希薄になっていた──。

 

「……撤退する。中央まで下がるぞ……ッ」

 

半死半生の仲間を背負って撤退しようとした仲間の一人にフォンは言う。

 

「置いていけ」

「──ッ、だけど、ここに──置いていけねえよぉッ! こんな場所に置いてくなんて──」

「オレたちが生き残ることが優先だ」

「け、けど!」

 

フォンは努めて冷静になろうとしていた。だが抑えきれなかった分の感情が言葉になって宙を舞う。

 

「オレたちは生き残らなければならない──生きて、意味を繋げなければならないッ! 早くしろ、遅れればロズの死が無駄になるッ!」

「──……くっ……そぉッ!」

 

段々と原型を失っていく屋敷の中で、燃え上がる柱や壁、崩れた天井が移動の邪魔をしていた。壁は崩れているが、あまりに高温で向こう側へ突っ切ることはできそうにない。さもなくば燃え尽きてしまうだろう。

 

屋敷の中央に撤退して行くことはつまり、段々と逃げ道を失っていくことを意味していた。長い廊下をかけていくスーロン構成員の数は、突入時よりもいくらか減っている。

これまで戦ってきた中で、最も厳しい状況だった。逃げ場を失い、策も途絶え──包囲されている。

 

攻撃が効かない。重装に紛れている武器持ちの近接戦闘部隊のレベルが高すぎる。その中に混ざるボウガンを崩れ落ちた建材に身を隠して避けていた。迂闊に顔を出すとやられる。

 

「──フォン! どうすりゃいい、このままじゃ全滅するッ! 逃げ場も──もう」

 

周りを見渡す。

 

燃え上がる炎が生んだ蜃気楼の中、黒い瓦礫の合間に見える無数の重装兵。表情の見えない不気味な兵士たちが作る真っ黒な壁が──じりじりと、こちらに迫ってきていた。

 

視界360度どこを見渡してもそうだ。肌を焼く熱気をものともせず、一歩一歩ジリジリと近寄ってきていた。

 

無駄と分かっていてもAKの引き金は引き続けた。

 

無数の衝突音が虚しく響き渡る。だがどうせ傷一つ与えられなかった。

 

──突破は、難しいだろう。

 

「──クソッ! せめて一人ぐらい──が、ぅ、ぁ──」

 

喉を貫く弩。

 

「こんなところでぇぇぇええええええッ! ッ、く、ぅ──あ」

 

体を切り裂く剣戟。命を流す槍先。

 

フォンは思考を止めなかった。

 

今自分がまだ生きているのが、仲間たちが守ってくれているからだと分かっていた。だから思考は止めなかった。どこかに生き延びるための手段があるはずなのだから。できる限りの数を生存させる道があるはずだった。

 

燃え上がった戦場は、白昼の中で地獄だった。

 

自分たちのことを過信していたわけではない。自分たちが戦闘のプロなどではないことは、フォンが一番わかっていた。だがそれでも──。

 

「ウィンズッ! ……クソっ、息が──もう、無ぇのかよッ! こんな、こんな──」

 

これは、こんなものは──。

 

こんな終わり方なのか。

 

こんな簡単に終わっていくものだったのか。

 

何度考えても、もう全滅以外に道はなかった。

 

「──フォン、こっちだ!」

 

仲間の一人が焦った顔で駆け寄ってくる。その表情の中に、かすかな安堵を感じ取った。

 

「こっちにいいものを見つけた、助かるかもしれない!」

「!」

 

彼に続いた。

 

まだ日の消えない炭を踏みつけて駆けていった先、まだ無事な鉄製の扉がある。普段は木造の壁にカモフラージュされているのだが、今は焼け焦げて扉の一部が露出していた。

 

「隠し扉だ! この下にシェルターがある!」

 

フォンが閉じ込められていた地下牢同様、狭苦しい部屋には床にハッチがあった。開けば下にはシェルター。有事の際に用意されていた緊急用の避難場所だが、まさか侵入者に発見されることは想定していなかったらしい。

 

「……狭いな」

 

──細い梯子道の下、一メートルほど降りたところに人一人が入れるほどの小さな空洞があった。落とし穴にも似た、土の壁がそのまま剥き出していた簡素な地下室。

 

「ここ以外に」

「全部瓦礫の下だよ、無事なのはここしか見つからなかった」

 

熱の籠ったハッチの取手。隠れた場所の下。

 

「……一人分、いや詰めれば二人分は入るか」

「無茶だ、完全に一人しか入れないよ。そしてフォン、お前が入れ。お前が生きるんだよ」

 

十数人の仲間たちが叫びながら戦っている声が遠くから聞こえた。

 

段々と包囲網が小さくなっていく。

 

崩れ始めた天井の一部から、青空が見えた。

 

あの空の向こうへ飛んで、そのまま逃げたいと思った。だがそんなことは出来ない。翼などない。出来るのは隠れ潜み、嵐が過ぎ去るのをじっと待つことだけ。

 

「情報を伝えるよ。バオリアの西、アルギ山の麓には木材置き場が広がっている。保有しているのはリ・ハン工業。そこの事務室に地下室があるはずだ。その中にリン家の裏帳簿が保管してある」

 

その言葉はまるで、遺言のようだった──いや、分かっている。これは死ぬ前に伝えなければならないことであり、受け取らなければならない情報なのだと……分かっている。

 

分かっている。

 

「ハノルは造幣局を私物化して大量のギル紙幣を刷っていた。偽札じゃない、本物の金が龍門幣換算で最低30億以上はあるはずだ。これはエクソリアの貨幣流通量(マネーサプライ)の実に一割に達する。国をぶっ壊すにも、変えるにも十分な金額だよ。おそらくエールはこの情報を知らない。僕たちしか知らない情報だ。これはエールに対する大きなアドバンテージになる」

「オレにそれを伝えて、どうしろと言う気だ」

 

仲間達は命を散らして戦っていた。

 

それは一体何のためだったか。いつの間にか、生き残る戦いから──時間稼ぎへと変わっていた。もうそれしか出来ることがなくなっていた。

 

誰しもが心で理解し始めていた。これは生きるための戦いではなく、生かすための戦いなのだと。そして生かすのは──。

 

「……感染してから、散々な人生だったけど──けど、フォンに拾われて、いろんな場所を這いつくばりながら旅して、戦って……でも、嫌なことばっかりだった訳じゃなかったよ」

 

どん──と、仲間はフォンの胸を強く押した。押し出した先にはハッチの穴。

 

「楽しかったよ。……ありがとう」

「────! おい、エスタ……ッ!」

 

踏ん張ろうとするが、ハッチに足を取られてそのままフォンは落ちていく。衝撃が体を襲った。痛みに体が鈍って──すぐに出ようとする。だがハッチが上から閉じられ、開けようとしてもロックされていて開かない。

 

「エスタッ! 出せ、おい……ッ! ここを開けろ、聞こえているのか!? おい……ッ!」

 

ガンガンとハッチを叩く。金属音だけが虚しく響く。

 

ハッチの向こうから銃声に混じって仲間の声が聞こえた。

 

「本当にクソみたいな人生だったけどさ、お前みたいなやつと出会えて、仲間達と一緒に生きられた。僕だけじゃない、みんなそうなんだよ。本気でこの世界を生き抜けた。だから後悔はないんだ。ないんだけど──」

 

一旦言葉を区切る。ハッチを叩く手は止んでいた。

 

「でも、フォン。お前はこれまでその能力を僕たちスーロンのために使ってくれていた。だけど……ずっと思っていたんだ。お前には別に、やるべきことがあるんだと思うんだ。お前にしか出来ないことがあると思うんだよ」

「……ここを開けてくれ。仲間達が戦っている、オレも行かなければならない」

「この世界は酷い世界だ。なあフォン、いつだか話した僕たちの夢……まだ覚えてる?」

 

──。

 

「バカみたいな量の酒と女に囲まれて、笑いながら夜を明かすんだよ。平和なんていらないけどさ、そんな景色が見てみたかったんだ。グリスはバカにするだろうけど、本心ではあいつもそう思ってるんだよ、知ってた?」

 

暗闇に閉ざされたハッチの中に、かすかな光が差し込んでいた。

 

「でもそれは要らない。僕たちが生きているのは現実であって、夢の世界なんかじゃない。本当に実現してしまったらむしろ白けるよ、そんなご都合主義はいらない」

 

これから来る未来に絶望はない。フォンは生き残る。生かしてみせる。意味は繋がる。

 

「だからフォンに頼むよ。僕たちが生まれ変わって、またこの世界に生まれてきたときのために──楽しく生きられる世界にしておいてくれないか?」

 

──やめろ。やめてくれ。

 

オレにそんなことを託すな。呪わないでくれ。

 

「お前になら出来る。僕たちの英雄はエールなんかじゃない、フォン……お前だよ。本当の英雄はお前なんだ。僕たちは四龍(スーロン)、炎国に伝わる不死の龍たち。僕たちは死んでも死なない。お前の人生と、伴った全ての足跡が僕たちの存在を証明してくれる。だから──僕たちは永遠の存在となることが出来る。だからなるべく目立つ、デカい足跡(墓標)を残してくれよ。世界をぶっ壊すか、思いっきり救ってやるとかさ。なんでもいいから」

「待て、待ってくれ──頼む、行くな。オレ一人残したって、何が出来る──」

「お前なら大丈夫さ。この世界、全部ぶっ壊してやりなよ。めちゃくちゃにしてやったらいい。そのほうが楽しい。だから──先に行っているよ、フォン」

 

──友よ。

 

──銃声が近づいてくる。エスタは立ち上がり、ナイフを取り出して──頭部を貫いたボウガンの矢によって絶命した。後ろに倒れ──背中にハッチを隠して、そのまま仰向けになって死んだ。

 

最後の死に様を持って、ハッチの存在と、そこに隠れるフォンを敵から隠したのだ。

 

反射的に扉を叩こうとした。だが理性がそれを許さなかった。生きねば、生きて、生きて──生きて、それで、──、

 

だから、今は──今は、そう。

 

この暗闇に──この喪失に、耐えろ。

 

耐えろ。耳を塞がず、目を閉じず──ただ耐えるべきだ。

 

仲間の絶叫や減っていく銃声、足音や血の滴る音。叫び、叫び、叫び──……願い。

 

それを一人、暗闇の中で聞いて──耳を塞がずに、ただ。

 

耐えなければならない。

 

耐えろ。声も出さずに──立ち尽くすように、受け止めるように。

 

耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。

 

『お前も感染者なのかよ? ああ、俺もそうだよ。今さっき都市を叩き出されて荒野の上だ。これからどうやって生き延びてきゃいいんだ?』

 

耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ。

 

『……あ? ああ、確かに……じゃあ一緒に行くか? アテなんてねえけど、一人よりか二人の方がマシだよな』

 

思い出せ、思い出すな、思い出せ、思い出すな──。

 

『俺の名前はセイっつーんだ。ヤクの売人(バイヤー)をやってた。腕っ節には自信がある。お前、名前は?』

 

耐えろ。耐えろ。

 

『──フォンっつーんだな。オーケー、じゃあ俺たちは同じ根無草のお仲間っつーわけだな。……とりあえず、あの山の向こうを目指してみようぜ。確か小さな集落があるらしい。俺たちを受け入れてくれるかもしれねぇ』

 

……耐えろ。

 

『どうした? 行こうぜ、フォン』

 

耐えろ────やがていつか、光が差すそのときまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラ空きになった左側を思いっきりかちあげた。大剣の重さが重装甲を無理やり突破し、肩を半ばまで切り裂いた。

 

3秒前にピンを開けておいた手榴弾を至近距離で投擲、振り向いて飛び出す。包囲されないために絶えず動き回る必要があった。

 

──大剣では、一対多数に対応するのは難しい。そもそも一対一でも楽ではない相手なのだ。もっと根本的な部分を言うのなら、多勢に無勢は普通勝てない。エールのような戦士が異常なだけだ。

 

もっともスカベンジャーも、暗殺が専門と言い張っている割には善戦していた。撹乱し、ひたすらに暴れ回っていた。だが──もうじき限界が近づいていた。

 

ひたすらに必死に吸って吐き出した呼吸は、さっきから血の味しかしていない。

 

「──デカブツ共が、勝ったようなツラしやがって……ッ!」

 

ムカつくんだよ。どいつもこいつも──ああ、見下しやがって。

 

腹が立つ。

 

振り下ろした大剣が重装兵の盾に衝突して火花を散らす。掴む両手を襲う衝撃も構わない。

 

「──はぁああああッ!」

 

心を焦がす闘争心のままに連撃。振り下ろす、かき殴る、薙ぎ倒す──微かに開いた隙は、絶対に逃さない。

 

全体重を乗せた蹴り飛ばし、盾の支点を回すようにして蹴り飛ばして防御を剥いで──鋒で貫け。

 

重さのある大剣が真正面から体を貫いた。

 

「──Не закончится(終わりだ)……ッ! Ура(うぉぉ)ッ!」

 

引き戻そうとした大剣を、目の前の敵がガッチリと両手で掴んだ。死に際の馬鹿力で掴んで離そうとしない。

 

「──Гребаный парень(このクソ野郎が)ッ!」

 

明確な戦闘の空白が生まれる。そしてこれは一対一ではないのだ。

 

近接ナイフを構えて近寄ってきた兵士の一人に気が付かず、胸を刺された。咄嗟にずらしたため心臓には刺さらず、肋骨で刃は止まったものの──

 

近接格闘──掴みから全身を使った投げをモロに受ける。

 

瓦礫だらけの地面に叩きつけられ、揺れる視界に脳が追いつかない。

 

убийство(殺してやる)……」

 

スカベンジャーを投げ飛ばした歩兵がナイフを振り上げた。

 

──もう終わるのか。

 

ここで終わるのか。

 

「……まだ、だッ!」

 

無理やりに体を捻ってナイフを躱し、すぐさま立ち上がり──たとえもう武器などなくとも。

 

最後まで足掻く。最後まで戦う。生きることとは戦うことだ。どれだけ汚れたって、最後は戦って死ぬのが似合いだ。

 

最後まで──。

 

「私は、私はぁああああああああああああッ!」

 

空は高く。

 

暗闇で生きてきたスカベンジャーが、太陽の下で──。

 

だからこそ、いずれ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奥歯で噛み砕き、喉を伝って飲み込むと、それは、

 

──何だか、冷たい味がした。

 

晴天の中、やけに気温が下がっていく。

 

影さえ差すような静けさは──文字通り、嵐の前の静けさだ。

 

制御出来なくなると、もう自分でも何をしているのか分からなくなる。記憶が飛びそうになる。ただ全ての空間が自分のものになるだけ。

 

──で、あるならば。

 

全てを壊してしまおう。

 

「……ああ。クソが」

 

もう過ぎ去ったあの日の風に、もう一度だけ──もう、叶うはずのない、あの日を、ただ。

 

──もう、叶わないことだが。

 

彼女の顔だけが、脳裏にチラついて離れないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、レッドスカーフ所属のストラ・リ・ダン軍曹はその目で目にすることになる。

 

正門の方──階段の下の辺りから、段々と強くなる風が吹いてきて──やがて、風速10メートルを超え、顔を覆い──すぐに、踏ん張ることしか出来なくなっていく。

 

「──Что это(何だこれ)!? Это работа врага(敵のアーツか)!?」

 

風速15メートル。ガタガタになった屋敷全体が軋み始めて、悲鳴のような音を立てた。

 

Не будь глупым(冗談だろ)!? Это опасно(ヤバいぞ)Связаться с капитаном(隊長に連絡をしないと)──」

 

風速20メートル。立っていられない。屈んで耐える。ボロボロになった屋敷の柱が耐えきれずに傾き始めて──

 

Я не могу связаться(連絡が付かない)!? Что творится(何が起きているんだ)!?」

 

風速30メートル。屋敷が倒壊を始める。

 

Эвакуируюсь(撤退するぞ)Увлекаться(巻き込まれる)!」

 

スカベンジャーは、この風に構わず戦闘を続けようとした男が風に吹き飛ばされて地面を転がっていくのを見ていた。

 

「……これは、まさか……あいつが」

 

風速35メートル。それはもはや天災と呼んで差し支えなかった。

 

顔を覆いながら空を見ると、上空に飛んでいった木片や石材が竜巻のようにぐるぐると回っている。晴天の空に、だ。

 

空に気を取られている兵士たちの間を駆け抜けていった真っ白な影があった。

 

一人、また一人──忍び寄るなんて甘い表現ではない。閃光のような何かが一人一人と、屋敷から離れようとした兵士たちに接近したと思えば、順番に倒れていった。赤い血が風に流れてすぐに塵になった。

 

この風の中で、それはまるで獣のようだった。暴風の中を、まるで水を得た魚のような自在さで駆け抜けては──。

 

それの前では、重装備など意味をなさなかった。盾の重さを利用して踏ん張っていた兵士も、簡単に裏側に回られて首筋の上と下が切断されていった。首から上が空に舞い上がっていく。

 

そして異常だったのは、その暴風の範囲はリン家の敷地にのみギリギリ収まっていた点だろう。渦巻いて荒まく天災は無差別なものではなかった。

 

広大な敷地──目も眩むほどの大金を注ぎ込んで建設した全ての建物が崩壊していく。

 

それをスカベンジャーは見ていた。

 

ただ地面に倒れ込み、倒壊していく屋敷の中で──ぼんやりと、空を見て。

 

全てが終わるまで、20分も掛からなかった。

 

スカベンジャーが倒壊に巻き込まれなかったのは、紛れもない幸運だった。無差別な天災の中にあって、何者かがスカベンジャーを守っているかのようで。まだ誰かが生きろと言っているようですらあった。

 

──やがて、風が止んで。

 

目を開けた。

 

スカベンジャーは全身のあちこちに深い傷を負って、まだかろうじて残っていた柱の一つに背もたれて座り込んでいた。

 

一メートルも横には、瓦礫が山のように積み上がっているのにもかかわらず、スカベンジャーのいた場所には太い柱の一本も落ちていない。その一帯だけがぽっかりと空いているようだった。

 

「──まだ生きていたのか、君は」

 

返り血で汚れた真っ白な獣が、スカベンジャーを見下ろしていた。

 

「……私を生かしたのは、お前か。エール」

「そんなわけがあるか。ただの偶然だよ」

 

実際にエールは無差別だったし、そもそもスカベンジャーがこんな行動に出ていたことなど知る由もなかった。

 

 

嵐が過ぎ去った後の、リン家跡地は──恐ろしいほど静まり返っていて、ただ二人の話し声だけがそこにあった。

 

「……。お前はいいな。そんなふざけた力があるのなら……もう、何も必要ないだろう」

 

疲れたように、初めてスカベンジャーは笑った。

 

「……お前のような力があれば、私は……こんな無様な姿を晒すこともなかった。私を笑いに来たのか」

 

エールは何も言わなかった。

 

無数の屍が辺りに転がっていた──それを作り出した直後だというのに、エールはなぜだか呆然とさえしているように見えた。

 

スカベンジャーの方を見ようともせず、ただ瓦礫の山と、そこに散らばる赤色のペンキ染みた跡を眺めていた。

 

「お前のような力があれば……全て思い通りだ。どうして()()を持っているのが私ではなく、お前なんだ?」

 

真実、それは神にも等しい力だった。スカベンジャーにとって、力とは神だった。全能の力だ。そういう力が欲しかった。それがあれば、これ以上苦しまなくて済むと思っていた。

 

実際スカベンジャーは納得していたのだ。個人がそういう力を持てるはずがないのだから、現実が少々どうしようもなくクソだとしても仕方ないと。

 

だが──目の前で実物を見せられてしまった。あるはずのないものが目の前にあった。

 

呆れにも似たスカベンジャーの乾いた笑いが聞こえる。

 

「……もう少し嬉しそうに笑ったらどう? 過程がどうであれ、復讐は成就した。仇は全て死んでいる」

「こんなものが復讐と呼べるか。お前のおかげで全てめちゃくちゃだ……」

「一人でやろうとしていたのか? 自殺なら一人でやりなよ。一人で死ぬのが怖かったのか?」

「私には、あんたの方が死にたがってるように見えるがな」

「……そうかもね」

 

スカベンジャーに対する発言の全ては、そのまま全て鏡写になっているようだった。それは自らへの失望にも似ていた。

 

一人で死ぬのが怖かったのは、本当はどっちだったのだろう。それは別に見当違いの言葉かもしれなかったし、二人ともそうだったのかもしれない。

 

「だがこの力など、本質的には陳腐なものさ。問題は規模だけで、君とも大差ない。言っただろう、君は僕と同じだ。この力が本当に大切なものを守るために役立たないところまで含めて」

 

他人を傷つけ、殺すことばかり得意だ。

 

他人を騙し、奪うことばかり得意だ。

 

自分を守り、生き延びることばかり得意だ。

 

誰かを守ったりすることは苦手だ。人と一緒にいるのは苦手だ。

 

自分にとって大切な人を失わせてしまう。

 

本当に大切な人を守れたことがなかった。

 

あの時だって、アリゾナの望みを叶えるためにはそれ以外の全てを捨てなければならなかった。ケルシーに出会っていなければ、アリゾナを助けた後、エールの命はなかっただろう。

 

たかが一つの依頼ですらそうなのだ。それが命を守るためとなれば、一体どれ程の代償を払わなければならないのだろうか。

 

「だが、僕らにしかできないことがある。たとえ手遅れだろうと、残念ながら死に時を逃してしまった」

「……それは何のためだ。何のために戦っている。何のために生きている」

「自分のため以外にあるの? 僕たちは──、」

 

仕方ないだろう。そういう生き方しか、

 

「他人のためには生きられないよ」

 

知らないのだ。

 

「優しくなんてない。せめて自分が救われるために戦うしかない。それ以外にこの苦しみから逃れる方法は無いんだよ」

 

それまでの全てを肯定するためには、それまでの全てに意味を与えなければならない。

 

死ぬ間際にこれまでの人生を否定したくはない。誰だってそうだ。

 

「……お前はこの世界から一つ命が消えても気にしないと言ったな。私もそうだと思っていた」

 

だからどうする、などという話ではない。そもそも何人殺してきて気にする気にしないなど何様だ。

 

だから、誰が死のうと──大切な人が死のうとも、悲しむ理由などないのだ。誰かの大切な人を殺してきた。だから例え、自分の大切な人が死のうとも納得しなければならない。

 

それができないほど自分勝手なわけではないのだ。

 

戦いの中で生きているからこそ、自分自身の中にルールは持たなくてはならない。獣ではないのだ。

 

「……だが、私は気にする。お前は気にしなくとも」

 

なぜだろうか。結局、感謝の言葉の一つも伝えられなかったのに──思い出す。

 

もっと──色々なことを話しておくべきだった。

 

彼女のような人とは、きっともう会えないだろう。たまたま起きた偶然だったのだ。

 

「君はこれからどうする?」

「……もうレオーネに留まる理由はない。私は帰る──ロドスにな」

 

──もういい加減、隠す理由もないのだ。

 

その言葉の効果は覿面だった。無表情だったエールの顔色がすぐに変わる。

 

「……ケルシー先生、か。S.w.e.e.p……本当に結成していたんだな」

「この国の状況報告と、それと……あんたの監視──ってほどでもないがな。ただ、状況は逐一報告していた」

 

ケルシー直属特殊部隊S.w.e.e.pに所属していたスカベンジャーは、命令通りに潜入を行なっていた。かつて同じロドスに所属していたエールがスカベンジャーのことを知らなかったのも無理はない。

 

S.w.e.e.pはほとんどロドス内でも噂だけで、実態を知るものがほとんどいない。存在を知らないオペレーターも多い。スカベンジャーが新入りだったこともあり、面識は一方的なものだった。

 

数年前、ケルシーはエールをS.w.e.e.pのメンバーとしてスカウトしようとしたことを鑑みると、何だか少し皮肉でもあった。

 

「……なるほどね。そういうことだったのか」

「私を始末するか?」

「そうする理由がない。ロドスはただの古巣だ。敵でも味方でもない。ケルシー先生がこの国に干渉することを許すことはないだろう。放っておくさ──」

 

──それこそ、こちら側からロドスに干渉しない限りは。

 

スカベンジャーはいい加減立ち上がろうとして、痛みに顔を顰めた。

 

「別に無理しなくともいい。心配せずとも人はいくらでも集まってくるだろうから、傷くらいは治療してもらいなよ。そもそももう動けないだろう、君」

「……」

 

他人の助けを必要としないスカベンジャーは助けてもらうことを嫌がって動こうとするが、実際死闘の緊張が解けて、体に力が入らなかったし、ところどころ体に穴が空いていた。急所は避けているため死ぬほどではないが──。

 

「まあ僕も──ぅ」

 

突然エールは額を抑え出した。

 

源石中毒(オリジニウム・アディクション)による神経系への影響が始まったのだ。

 

短時間で急激に血中源石濃度が上昇することにより、心臓や視神経、脳への強い悪影響が発生する。エールにとっては二度目だ。

 

立っていられなくなる。

 

ふらついて、近くの瓦礫に手をついてこらえた。荒い呼吸を繰り返して、視界を取り戻そうともがく。

 

まあ前回の経験則的に、一時間ほどすれば収まると分かっていたのでそれほど驚きではないが──。

 

ただ、ここに一つの誤算があった。

 

全て始末したと思っていたレッドスカーフの隊員だが、一人だけ生き残りがいた。

 

それはフォンと同じくたまたま地下室に避難することができた隊員で、熟練のボウガン使いだった。

 

嵐が過ぎ去って慎重に地上に出た彼は、突然苦しみ出したエールと、近くに座り込んでいた血まみれの敵を発見することになる。

 

──十分な勝算と、かすかな賭け、それと……復讐の思い。

 

それが彼を動かした。

 

ボウガンに矢を装填し──物陰に身を隠し、頭の中でカウントダウン。不思議と緊張はしなかった。

 

彼は二秒間の間に三発ボウガンを打てることで有名だった。特殊部隊の訓練と、自身の弛まぬ努力。それは彼だけではない。仲間達は全て何らかのエキスパートで、苦楽を共にしてきた仲間たち。

 

それらは全て、もう瓦礫の下だ。仲間の首が近くを転がっていた。よく一緒に飲んでいた仲間だった。彼にも家族がいて、北部で帰りを待っている。

 

彼はボウガンを構えた。

 

狙うなら、悶えながら苦しんでいるエールではないだろう。動く目標は当てにくい。まずはもう一人の散々暴れ回っていた女の方だ。

 

弦が弾ける音とともに、三発のボウガンが空を駆ける。狙いはこれ以上ないほど完璧だった。頭部から胸にかけて一発ずつ。

 

気がついた時にはもう遅い。頭は避けれても、そこから避けるのは体勢的に無理がある。

 

──だから、スカベンジャーにボウガンの矢が刺さることがなかったのは、誰かが身代わりになって守ったから以外に理由などないのだろう。

 

灰色の地面に飛び散った血液は誰のものだったのだろうか。答えは一人だ。スカベンジャーの他に、この場所には人がいない。

 

偶然ではなかった。

 

躍り出たその位置は、ちょうど狙撃手の彼とスカベンジャーの中間で、胴体を盾にするようにしていたのだから、明確で曖昧な意思があったのだろう。

 

「ばッ、馬鹿か!? 何をしてる、おいッ!」

 

叫んだスカベンジャーだが、振り向いたエールは、痛みに耐えながらでも──とても苦しそうに、笑っていた。自嘲だった。

 

「……言った、だろ? 僕と君は同じだ……ってさ。僕は、気にするよ。君に目の前で死なれたら、気にするさ──」

 

もう、目の前で誰かに死なれるのは御免だった。あんな思いはもうしたくはない。

 

散々殺しておいて、虫のいい話だ。そんな矛盾した行動原理がエールの抱えていた歪みだったのだろう。人の命などどうでもよかったのに、優しさを教えてもらったがために──こんなことをする羽目になった。

 

もしも誰かの命が過ぎ去ろうと、誰も気にしない。

 

でも、きっと誰しも──大切な人が消えたら、気にしないわけがないのだ。

 

ほんの少しだけ、エールは理性的にスカベンジャーを見殺すことができなかった。それだけの話。

 

狙撃手の彼はそんな事情などお構いなしだ。手間が省けて助かる。

 

次射装填、放て──────

 

 

 

 

「させないっての。エールは死なせない。代わりにあんたが死ね」

 

狙撃手失格だ。敵に攻撃されてからでは遅いのだ。

引き金を引いた。スコープの先に咲いた真っ赤な花を見届けて、次のターゲットに照準を合わせた。

 

ふらふらと立ち上がって瓦礫の山に背を向けていたハノル──その後頭部に中心を合わせた。

 

晴天のアルゴンに銃声が響き渡って、やがて消えていった。命中確認すると同時、アンブリエルはスナイパーライフルを放り出して、物見台の階段を駆け降りていった。

 

「……あの、バカエールっ! 死んだら殺してやる……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

源石中毒のせいで、痛覚は何だかぼんやりしていた。

 

意識も混濁している。視界はモノクロだし、耳は遠い。ただ痛かった。意識が痛かった。

 

「……どうして、助けた」

 

だからだろうか、そんな声が聞こえたような気がして。

 

ほとんど無意識下のような状況で、エールは答えた。

 

「……君には、心を許せる誰かがいる?」

 

脈絡のない言葉だった。返答になっていない。

 

少しの沈黙の後、エールはほとんど独白のように呟いた。

 

「僕は、ずっと探しているよ」

 

空はまだ高かった。

 

唐突に、瓦礫の山の一つが崩れた。

 

スカベンジャーがそちらを見ると、瓦礫の中から一人の男が出てきていた。まだ敵がいたのか──そう考えたが、敵ではなかった。

 

レオーネの軍服を着ていた。第八特殊小隊の識別タグが腕の部分についている。

 

黒髪のフェリーン、フォンだった。

 

荒い息を繰り返していたフォンは、すぐにエールたちに気がつくが──それより目に飛び込んできたのは、瓦礫に巻き込まれていたレッドスカーフ隊員の死体に混ざって点在していた仲間たちの姿だった。

 

殺し方が違っていた。エールではないのだろう。だが──。

 

エールもフォンに気が付いていた。朦朧としていたが──。

 

黙ってフォンは背を向けた。地面を叩く靴の音は、彼の意思をほとんど代弁しているようにも思えた。

 

「待、て……フォン。どこに、行く、つもりだ」

 

フォンは振り返った。

 

その表情は──冷たい決意に染まっていて、静かにエールを見据えていた。

 

「……世話になったな、エール。オレは、お前と違うやり方で──この世界を破壊して見せる」

 

そう言い残して、フォンは姿を消した。

 

そしてエールは倒れ、全ては真っ黒な意識の中に消えていった。

 

 

 




・スーロン
フォンを残して全滅。死亡確認!

・エール
困ったことがあると源石を食べる男。大体これで何とかなるとか思ってます。毎回死にかけるのは主人公の特権。

・スカベンジャー
実はロドス所属だったんだよ!
な、なんだってー!?

・アンブリエル
ずっとスタンバってたらやばいことになってた人。アンブリエルがいなかったら今回の話でエールは死んでました。かわいい!

・フォン
裏の主人公……というよりは、ほとんどエールと似たようなことになりました。
さまざまな面でエールと共通点があります。戦闘に関してはアレですが、分析能力とかが優れています。頭いいタイプのリーダー。

・ハノル
アンブリエルに狙撃されて死亡。あっさり死にました。おそらくリンも倒壊に巻き込まれて死んだんじゃないですかね(適当)


次でこの章のエピローグです。ここまで長すぎィ!



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