猫と風   作:にゃんこぱん

59 / 88
1096年11月某日_P.M 3:32 快晴 視界4キロメートル

エクソリア共和国_鉱石都市『ホークン』_某所



「っ、待ってブレイズ、どこに行くの!?」

返事はない。

常に暑苦しい彼女だが、こうなると話を聞かない──自らの心に従い切るまで、彼女を止められるものは何もない。

ロドス小隊がエクソリアに来て二週間が経っていた。

来た道をずんずんと引き返して坂を登るブレイズにグレースロートはため息を吐きながら登っていく。何に気がついたかは知らないが、せめて一言くらいは欲しいものだが──。

ただ、岩肌の硬い大地を踏みしめてついて行く。やはり暑い国だ。10月の半ばにして、全く気温が下がる様子がない。道理で皆肌の色が黒くなるわけだ。

それにしたって暑さに慣れない自分には過酷な環境であることは間違いないが、慣れてしまった。

そうだ、慣れてしまった──この国に来たのは、確か。

────。

──。

グレースロートは言葉を失った。

ブレイズが乱暴に開いたドアの向こうには、ついさっきまで話をしていた炭坑夫のキャブリニーが磔になっていた。

胸を貫いた鉄の棒が彼の大柄な身体を壁に縫い付けている。地面に染みた血の色は暗闇の中でリアルだ。もう死んでいた。目が濁っていた。

だが、その横に立っていた白い青年は──片腕のない、まるで幻のような、

手や足が冷え切っていく感触がする。

心臓の鼓動が緊張から高まる。

彼はそこにいるのかいないのか、視界の中に捉えていてもわからなかった。それは真実幻なのかもしれない。エクソリアでは蜃気楼などそう珍しい現象ではなく、グレースロートもたびたび暑さにやられて陽炎を見ている。

まさしく、幻だと思った。

優しそうな目元や、苦笑いが似合う口元や、耳まで覆う青い髪の幻影が重なったのは、まさしく本当であることの証明か、それとも幻であることの証拠か。

振り返った顔の中には感情は見えなくて、まるで狼が獲物を見るような目付きだ。口元も引き締まったままぴくりとも動かない。真っ白な髪は前見た時より伸びていた。頭の後ろで括られたそれが、暑さに対する適応のようで、嫌に現実的で実用的だと思った。

「ブラ、スト……?」

戸惑うような声。だがそれが最も白々しい言葉であったことなど自分が一番よくわかっている。

それが──半年以上前に死亡したブラストの姿であると……グレイスロートはすぐに分かっていた。

それを理解したくなかったのは、あまりにも──その姿は、痛みと苦しみを連想させたため。

何があったら、そんな目で──そんな姿で。

磔にされたキャブリニーの側で、事切れた彼の横に佇むブラストは全くの自然体だった。だからこそ異常だった。取り乱しもせず、幻のように、慣れているかのように。

グレースロートには分かっている。彼と話をしたのは十分も前ではない、一分や二分前だ。彼が死んだのは、たった今だ。そしてその横にはブラストがいる。

だって、返り血で汚れている。

「私は、最初から知ってたよ」

ブレイズの声に迷いはない。

「君の中にいる、恐ろしいものを知ってた。だからいつか、こんな日が来るんじゃないかって思っていたよ」

ブレイズは戸惑う様子も見せず、当たって欲しくはなかった予感通りの姿をはっきりと見据えていた。グレースロートは口が動かない。ブラストは何も喋らない。

「やっと見つけた」

それは──邂逅。いずれ起きるはずのことが、その通りに起きた。

「久しぶりだね、ブラスト。随分探したよ。とりあえず一発……いや、死ぬまで殴っていい?」
「ブラスト? ……ああ、書いてあったやつ。つまり、前の僕の名前……じゃあ、君がブレイズか。思い出した」

──崩壊の音。

藍色を薄めた空、霞掛かった異国の世界。

境界というのは明確な色の違いだ。白と黒が混ざり合わないモノクロの淵、その境目では崩壊が発生している。

生存というのは境界線の証明。生きていることと死んでいること、自らを立証し続けること。それが心臓の役割、言葉の意味。

言葉というのは意志の代弁者であり媒介者だ。無形であるが故に、どんな形でも存在する。それが崩壊の形をしていても、何が不思議だろうか。

言葉で表せ。心で示せ。感情で書き連ねろ。

──ならば。

獣であることが、何より人間の証明なのだ。

風が煽る。

「今の僕の名前はエール。どこにでもいる空想家(シンカー)さ」

その時。

私は全てが崩壊していく始まり(終わり)の音を聞いた。





3−1 想起収束_Begin again.
8/23 to 11/6


 

8/23

 

 

 

 

 

久しぶりに雨などが降った。昨日のことだ。

 

実に一ヶ月ぶりだったと思う。これからはなんかよくわからんが雨季らしいんで、レオーネもそんな感じに合わせてやってくらしいが──これどうするっつーの、マジ。いやマジ。

 

無理じゃね? だってほら、もうボートとか浮かべてんじゃん。しっかり川に沈没しとるが。つか地元民もしっかり適応して水上マーケットやってんじゃん。何面白そうなことしてんの、ワクワクしてきた。

 

アンブリエルはそんなことを思って洪水に沈むアルゴンの街を眺めていた。

 

どっからどういう訳かはわからんけど、とにかく現実。水に沈んだアルゴンは、そのまま大流の一部となってその川をさらに下流へと流していく。

 

それにしてもきったねー川。ゴミが混ざりすぎている上に土やら何やがらで濁りすぎている。ひっでー川、自然豊かでもこれだっつーんならもう風物詩だ。そういう感じだろう。

 

まあ極東でもあるまいし、清流ってよかもう池とか湖とか、そんな感じのノリよね──。

 

「なーに朝っぱらから黄昏てんの、仕事しなさいよ」

「いや、仕事も何もさー……無理っしょ。だって沈んでるじゃん、一階から下。あーいい天気、つかどうなってんのこれ」

「初めての人は驚くか、そりゃ──まあセーレ川の氾濫ね。天災の一種で、この時期になるとこうなんのよ。間違っても泳いで遊ぼうとか考えちゃダメよ」

 

特殊な事例であることは確かだが、南部の人々は確かに天災と”共存”しているのだ。自然とともに生きる緑豊かな南部エクソリアのお国柄であった。

 

「考えるかっての。……あ、でもボートは乗ってみたいかも。ほらみて、あんな感じの──あ、え……ちょ、チャーミーあれ、あれっ! 家流されてね!? えっ!?」

「あーあれ。大工が雑な仕事したみたいね。水流に耐えらんなくて流れてくのよ、時々。で、他の建物にぶつかる前に解体される」

「解体って……流れてるけど」

「専門の人が乗っかってコンコンやんの。ほら、もう来てる」

「うわ、マジだ……」

「で、そのまま下流に流されてくのよ。たまに郊外に出ると、解体された残骸とかあんの。見た事ない? 草原にほったらかされた壁の一部とか」

「あ、あるかも……あれ、そういう事だったんね……」

 

なかなかすごい光景を眺めていた。

 

水位にして1、5メートルを超える氾濫に見舞われたアルゴンの街。水面に反射する太陽の光は今日も眩しい──っつーかこの川のせいでもう街全体が蒸し風呂かサウナみたいになってる。街が水に沈んでるっていうのにちっとも涼しくない。

 

それにしたって、うざったい快晴の下で街が川に沈んでいるのはあまりにシュールが過ぎる。末期じゃん、こりゃ。こんなもん毎年起きてんのか。確かに屋根の裏とかボートが吊るしてあったりはしたけど……。

 

「……仕事すんの? 宿舎からここに来るだけでも一苦労だったんだけど」

「ま、二週間はこれ続くから。その間何にもしないって訳にはいかないでしょ? アルゴンはこんなだけど、バオリアの方はマシ。あっちは農業都市だし、排水技術もちゃんとしてるから」

「……とんでもないとこよね。あーあ、帰って寝たい」

 

残業地獄……とまでは言わないが、あまりにもやることが多すぎる。

 

ここのところのアンブリエルの平均睡眠時間は龍門のビジネスパーソン並だった。働きアリって柄でもないが、やらなきゃまずいこと──いやマジで国の存亡に関わるくらいまずいこと──が山盛りである。

 

訓練教官は暫くお休みか。座学の講師もやらんでもないが──めんど。それより特急でやんなきゃいけないのはAKの技術研究の方だ。弾づまり(ジャム)がひどいし精度も悪い。ついでにコストもクソ。さっさと改善させないと詰むだろうし。

 

訓練兵たちの成績分析とか、銃器指導のマニュアル的なモンも作成途中でほったらかしたままだ。他人が他人を育てられるようにならんと、自分一人しか銃器を扱えないのがホントやばい。どっからアサシンが来て殺される身分か分かったもんじゃないし。黒い輪っかのサンクタがいきなり出てきて”お前殺すから”とか言って銃構えてきても何も不思議じゃない。

 

「……あれ? アンブリエル、あれ──」

「え、何?」

 

三階の窓から午前のアルゴンを見下ろしていたチャーミーだが、妙なことを言い出した。

 

「あのほら、赤い看板の下。人流れてる?」

「……え? あれ……死んでね?」

「……だよね。うつ伏せで流れてるし──え、っと……遠くてよく見えないけど……なんか、あれ……やばい?」

 

街中で死人が出ても、今更飛び上がって驚くこともない。慣れてしまった、が。

 

死んでいるのだとしたら──あまりにも平然とし過ぎだ。おかしい。事故だろうか──そうでないなら、多少は隠したりしようとするものだ。

 

「えっと……どうしよう。どうする?」

「どうするもこうするも──えっと、どうすんの?」

 

出方に戸惑う二人。どうするって言われても……。

 

所々黒ずんで汚れた白い街並みの屋上を、何かが高速で移動していた。

 

パルクールというやつだろうか、高さも形もバラバラな屋上や壁、張り出したケーブルや出っ張りを利用して次から次に──重力などないかのように、空を飛んでいる。

 

アンブリエルは見覚えがあった。というより、レオーネでその姿を知らない者は誰一人としていない。そもそも国民全体で見ても、必ず一度は写真やら何かでその姿を目にしている。

 

「あれ、エール? 何してんの……?」

「え? エールさん? 何あの動き、人じゃないでしょ──え、あの間5メートル以上あったよね、跳躍したの?」

 

真っ白い髪、白い半袖のシャツ、緑の迷彩ズボン。レオーネの割と標準的な服装。他の幹部らが肩とか胸に勲章とかつけている中で、グエンと並んで着飾らない人なのである。その理由はシンプルに暑いからとか聞いたことがあるが……。

 

行き先は──さっき見ていた。今も流されている暫定死体が目的地だろうか。四階以上の建物から簡単に降りていき、死体に集まっていた他の市民たちのボートに着地した。ここからでもエールに驚いている様子が見える。

 

「……何してんの、あいつ」

「え、えええ……?」

 

エールにとっては、困惑するしかない二人など知る由もない。

 

ボートの上に暫定死体の彼を引きずり上げ、状態などを確認して──ずぶ濡れの死体を左肩に担いで、エールはボートから跳躍し、瞬く間に建物の屋上へと飛び去った。

 

そして人一人担いだまま、何処へと消えていった。

 

……え? いや──。

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

9/21

 

 

 

 

 

 

 

洪水が過ぎ去ったのは遥か一ヶ月ほど前。

 

時間が過ぎるのが早過ぎる。それにしたって早すぎんか?

 

……おい、最近あんた、寝過ぎじゃね? 何してんの。

 

そんな思いを込めて眠りこける青年を見下ろした。無論反応はない、普段の無表情が嘘のように、穏やかな顔で眠っている。

 

こんな時間からお昼寝とはいい身分だ。

 

「……起きなって。ほら……何してんの、報告書持ってきたよ。あんたが寝てたら話になんないっしょ」

 

揺さぶる。

 

青年は簡単に目を覚ました。体を起こして欠伸一つ。どうにも人間らしいその仕草はエールのイメージと合わない。そんな人間臭い仕草をするとは……まあ、当然なのだろうが。

 

「ほらこれ。始末書よ。例の件、本当にあの片付け方でよかったん?」

 

無言で紙束を受け取ったエールは、10秒ほど文字に目を走らせた──。

 

「……うん、まあ……多分」

「いや信憑性! 本当に大丈夫なの? あいつ生かしたままじゃん。始末付けなくてよかったん? 後々面倒なことになるかもじゃんね」

「えーっと、まあ……大丈夫でしょ、多分」

「いや態度! 曖昧かっ! そこはちゃんと自信持ちなって! 自分の決断でしょ」

 

寝転がっていたソファーから身を起こして、青年は自身のデスクまで歩いていく。

 

散らかっているようで整頓されたデスクには大小様々なメモ書きが残してある。言語も様々だ。共通語、ウルサス語、炎国語……。それらを見下ろしている。

 

「他になんか指示なければあたしは戻るわ。……そだ、エール」

「……?」

「……週末さ、なんか映画やるらしいじゃん。聞いた?」

「映画?」

「そ。ほら、兵士たちの息抜きのために演習場のプロジェクター使ってさ。何だっけ、なんか炎国のカンフー映画らしいじゃん? それ、一緒に見ようよ」

「……ああ、いいよ」

「え、マジ!? しょーじきダメ元だったんだけど……この頃やたらと走り回ってたけど、それはもう大丈夫なん?」

「……ああ。うん……多分、うん」

「なんか変な感じだけど……とにかく、言質は取ったかんね、ドタキャンしたらアイスクリーム奢りね、絶対だからね!」

 

それだけ言い残してアンブリエルはその場を後にした。軽い足取りと、隠しきれない笑顔で、それはもう楽しそうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

10/5

 

 

 

 

 

 

 

 

ホークン争奪戦の最初の弾丸は、他でもないアンブリエルが放った。

 

戦争の引き金が引かれた。目標は北部軍の重要人物であるイレ・ファ・イーテン。源石を活用した国家構想計画──通称統一計画(リヴァイヴ)を推し進めている強硬派として知られ、最終的な目標は新たな移動都市を建設することだとも言われている。

 

いや、言われていた。

 

劇的な死であった。

 

それは公衆の前で、高騰する源石価格をこれでもかと強調する彼と、彼が熱弁するエクソリアの輝かしい未来の話を丸ごと撃ち抜いた。いやいやながら集められた人も、野望と希望に目を光らせる業界人も、それをしたり顔で眺める支援者も全て──そんなことが起きるなどと知っていたものはおろか、想像さえするはずがない。いや、できるはずがない。

 

スピーチの締めに、支援者である北部貴族らへの謝辞や、彼らを称える美辞麗句を並べ終えて、偉大な大地への感謝をずらずらと吐き出していた時のこと。

 

拍手する準備をしていた人は、凶弾に倒れる彼の脳漿さえ目撃した。スイカが破裂するように、頭蓋骨の破片が散らばるのをはっきりと目撃する。

 

テロ同然のこの行為に対し、北部政府は声明を発表。戦争が始まったのは、その翌日からだ。

 

白昼堂々行われた闇討ちである。

 

下手人ははっきりしていたし、そもそも宣戦布告は行われていたのだ。それでもなおスピーチを敢行した勇気あるイレ大佐はその勇気のままに大地へと還ることになる。

 

斯くして始まったホークン争奪戦の戦場は──他でもない市街地だった。

 

紛れもなく、地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一日ごとに生きるか死ぬかのギャンブルを余儀なくされ続けている歩兵部隊と異なり、アンブリエルが率いる銃射部隊はまだ安全な部類に入る。戦場支援射撃が主な任務であるためだ。

 

サインと共に遠距離から弾をばら撒くのが仕事なので、接敵する機会は少ない。ボウガンにはない距離というアドバンテージのおかげで死傷者は他の部隊に比べれば相当に少ない部類と言えよう。

 

同時に最も個人単位の殺傷比の高い部隊でもある。それはつまり、レオーネの戦闘部隊の中で最も敵を殺している部隊ということ。

 

元々新興の戦術単位であるが故に射兵の数は少ない。遠距離精密射撃が可能なのは未だアンブリエルただ一人であり、増える見込みはない。サンクタでも習得が難しいのが狙撃という技術だ。

 

「隊列を崩すんじゃないわよ──今! 一斉射撃ッ!」

 

他歩兵部隊の勢いに押されて退却してきた先に待ち構えていた一列の射撃兵が、散り散りになって走ってくる敵兵を撃ち崩していく。

 

──これじゃまるで七面鳥撃ちね。

 

どのみち彼らに逃げ場などない。殺傷領域の線が重なりすぎて、もはや面状攻撃となった。どさどさと、結局彼らは射撃部隊の10メートル以上前で皆倒れた。

 

ホークン、鉱脈の街。それらは今では真っ赤な悲鳴と怒号に染め上がり、地面を汚したのは血液か、それとも悲哀の涙だろうか。その二つに何か違いはあったのだろうか。

 

「全目標の沈黙を確認」

「おっけ、じゃあ次のポイントに走んなさい──敵は待っちゃくれない。街中に敵が潜んでるかもしれないから十分に注意して、でも足は絶対止めんな」

『了解』

 

援軍要請はさっきから鳴りっぱなしだ。

 

銃を担いで走る。走って撃つ。

 

撃つ。

 

撃つ。

 

撃つ──。

 

ぱん。ぱん。ぱん。

 

乾いた音が、乾いた心と感情をそのまま表していた。

 

まだ息のあった敵兵が最後の力で手を伸ばそうと──する前に、ハンドガンの弾を二発頭に撃ち込んだ。そして振り返りもせずに次の場所へ。

 

「目標確認──……子供? どうしてこんな場所に。アンブリエルさん、あれ……」

 

戸惑う若い兵士を置いて、アンブリエルはすぐにAKの照準を付けた。躊躇う心を意識的に無視した。そうすることが優先だと心を騙した。

 

アサルトライフルという、当てるというよりはばら撒くことを意識した武器であっても、アンブリエルの銃撃は正確だ。

 

──片手に棒付きの爆弾を持った少年兵たちは、絶望した表情のまま。青い青い、どこまでも続いていく空を眺めていた。あの空のずっと向こうを願って。

 

「……あの、どうして……子供、ですよ。なんで、なんで撃ったんですか……? こ、子供じゃないですか……」

 

震えた声、兵士の顔が青ざめている。

 

レオーネ(ウチ)に少年兵は居ねーの。……さいっあく。奴ら、こんなガキまで使って……ッ!」

「お、俺……子供、殺すために、戦ってる訳じゃ……」

「寝ぼけんな。ダスト、あたしらは何だ。あたしらは誰だッ! 言え! あんたは誰だ、何者ッ!」

「俺は、俺たちは……で、でも……だって、この子たち……この子達は……」

 

少年少女たちは皆、軍服など着ていなかった。子供用のそれなどあるはずもない。ボロボロになったタンクトップ、浅黒い肌、飛び出した源石。

 

ナイフを握った少年、爆弾を抱えた少女。

 

彼らは少年兵。ホークンの子供たち。

 

「あ、あっち……生き残ってる子が、まだ……まだ居ます! 一人だけだ、俺保護してきます!」

「バカッ! 軍人が自分の意思持ってどうすんの!?」

 

他の小隊メンバーたちも、唇を噛んで俯いているものや、周囲の警戒をしているが──何も言わなかった。言えなかった。

 

他の戦闘音が街に響いて、未だ止んでいない。日は高いままだ。

 

アンブリエルは叫んだが、後を追うことはしなかった。できなかった。

 

──子供を殺したのは、そうするべきだと合理的な部分が囁いたからだ。

 

子供を手にかけるのは気が引けるだろう? 被害者だと考えるだろう? たとえ片手に武器を持っていても、その両腕で守りたくなるだろう?

 

そうやって嘲笑う相手側の意思が透けて見えるようだった。あの子供たちはホークンの子供立ちだろうか。孤児とか、そういう事情があったりするのだろうか。

 

少なくとも、彼らの目の中に、一切の希望は見えなかった。

 

暗い路地にうずくまっていた子供に手を差し伸べたダストは、震えながら精一杯の笑顔を浮かべた。少なくとも彼はそうしようとした。

 

子供は暗い瞳で彼を見上げて──抱えていた爆弾の信管を引き抜いた。

 

「ぇ──」

 

自爆に巻き込まれ、若い兵士が最後に思ったのは──。

 

どうして? ただそれだけの、本質的な疑問だった。

 

「……馬鹿ッ! ダスト、ダストッ!? おい──」

「隊長! 8時方向に敵影──近接部隊、数は約30人!」

「横陣敷いて! 後退しつつ撃ちまくって──弾の残数に注意して。パーズは周囲の警戒に専念、通信機は絶対に守り切んなさい!」

 

──仲間の死を悲しむ時間すらないらしい。

 

「……これ以上勝手に死ぬの、マジ勘弁してよ……!」

 

自分たちが死なないために相手を殺す。

 

その致命的な矛盾と苦しみに中指を立てた。ファッキンラブアンドピース──ああ、なんてクソッタレ。そんなことが一体何を生むのだろう、分かっているけど。

 

正しさは消えた。希望は散った。絶望だけはずるずるとはっきりと現れた。

 

かつてホークンに住んでいた住民たちはどこに消えたのだろう。

 

答えなどすぐに出る、いくつ死体が転がっているのか分からないのだ。

 

──ここは戦場。

 

命と信念と過去と未来が平等になる、この世界で唯一の場所。

 

ある青年が願った理想の果てにある汚れた現実。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……、……。

 

「テール、ダスト……以上、銃器部隊、死者13名」

「確認しました。……少ない方よ、いや……本心。これはあんたを慰めようとか、そういう気持ちで言っているんじゃないけど、事実そう」

「いいよチャーミー、気を遣ってくれてありがと。でも……もう今更、あたしらにそんな資格はないわよ」

「……そうかもしれないわね」

 

もはや、労働者たちで賑わっていたかつての鉱業都市ホークンの面影はどこにもなかった。

 

崩れた壁、煤けた建物、砕かれていないガラス窓はひとつもない。

 

蔓延る死臭、焦げた匂い……血の匂いは固まって、いつしか鼻の奥にこびりついて離れない。ずっとそれだ。

 

およそ一ヶ月に渡ったホークン争奪戦が終結した。

 

これはホークンを奪い返す戦いだったのに──。

 

「いつからかね、相手を殺すことしか考えてない自分が現れたんよ。ガキだろうがなんだろうが、躊躇しなくなった……」

「奴隷同然に扱われて、暴力で縛って……相手を道連れにできなければ殺すって言われていたんだって、少年兵たちは。クソ畜生よ、よりにもよってホークンの子供たちを、自分の国の子供たちを。最低……そんな言葉じゃ足りないわ」

「そのガキどもを躊躇なく殺したあたしらの方が、もっとクソったれよ」

「そんなこと! ……そんなこと、」

 

ない。

 

そう言いたかった。

 

「いいのよ。仲間の一人がガキの爆発自殺に巻き込まれて死んだとき、あたしは……憎んじゃったんよ。まだ自分で考えることもできないガキんちょたちをさ。どうして言われるがままそんなことをしてんのかって。武器を捨てて投降してくれれば、どっちも平和に終われるのにって」

 

擦り切れたように笑う顔。

 

誰もがそんな顔をしていた。疲れ切っていた。奪還を手放しに喜んでいた兵士など、一人でも居たのだろうか。

 

「……弱者憎んでちゃ話になんないわよねー。銃突きつけられて、頼むから大人しくナイフを捨ててくれっつっても、まあ無理な話よね。あたしさ、怖かった。ガキどもが背中にダイナマイト隠しているんじゃないかって……そんな自分の考えが怖かった。軽蔑していいよ、チャーミー」

「しないわよ。前線で命張って戦ったあんたら兵士に、どうしてそんなことをしていいのよ。後方で書類仕事ばっかやってた私が、どうしてあんたのこと責められんのよ」

「……ごめん」

「謝んなって」

「……うん。ちょっと……わりーけど、今だけ顔見ないで…………っ」

 

アンブリエルは友人の胸に顔を伏せて、声も上げずに泣いた。一ヶ月間の間で凍り切った感情をほぐすような、静かな、静かな──。

 

チャン・ミ・リン──レオーネ後方支援部の浅黒い肌をした友人は、そんな堕天使をただ黙って抱きしめていた。

 

破壊されて、未だ煙の晴れないホークンの街の中で、ただ黙って抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

11/6

 

 

 

 

 

 

 

 

ホークンの奪還宣言が発表され、本格的に行政による源石鉱脈への干渉──すなわち採掘が可能になった。

 

ホークンに対して、北部軍がかなりの兵力を投入してきた理由はそこにある。この都市を抑えることは莫大な源石鉱脈を手に入れることを意味しているからだ。

 

その生命線とも呼べる都市を奪い返すのは、真実容易なことではなかった。勝因はいくつかある。そのうちの一つに、北部軍内部での混乱が発生したことが挙げられる。

 

例えば内部分裂や暗殺、駐屯地のある、ホークンから見て北にある都市「シャンバ」での軍関係者を狙ったテロリズムだ。

 

その裏にいる何者かの存在は最後まで公になることはなかった。レオーネは無関係とされているが、アンブリエルには一目瞭然だった。

 

ホークン争奪戦が始まる一ヶ月以上前から、エールは姿を晦ました。開戦前の演説には姿を表したものの、実際に話をしたのはグエンだった。

 

それがどういうことか、皆薄々は分かっている。それでもレオーネに留まることを選び、戦うことを選んだのは──あの白髪の青年が、正しい道へと導いてくれることを信じているからだ。

 

犠牲を払いながらバオリアを取り返し、そして守ったのは彼だ。無論彼だけではないのだが──それでも、不安定だった南部情勢を安定させたのは彼なのだ。

 

彼を史上最悪の犯罪者だと言う人もいる。

 

それでも彼と直接話をしたことのある人間は──実はレオーネの人間は直接言葉を交わす機会が多い──皆知っている。

 

あの強さを。あの意思の向かおうとする未来の景色を。

 

信じさせてくれるのだ。この最悪な戦場が、いつしか緑豊かな未来に変わってくれると。

 

──その期待と、責任がどれほど重いのか。

 

そのことを考えようともせず、託して満足して、平然と笑っていられる。

 

「……エール」

「ああ。君か、アンブリエル」

 

──たった一言。

 

薄い視線の表情で、アンブリエルはついに理解してしまった。

 

「なんか、久しぶり」

「……ああ。そうだね」

 

一度は全てを預けてくれたエールの本心が、皆が期待する英雄の皮に覆われて、もう触れられないことを分かってしまったのだ。

 

或いは、最初から一度もそんなことはなくて、全て自分の思い上がりだったのかもしれない。せめて自分だけは、エールのことを本当に理解できていると──その思いは、今では嘘になってしまった。それが分かってしまった。

 

「えっと……今、暇だったりする?」

「暇……何か用?」

「や、用っていうか……ほら、なんか最近忙しかったじゃん。だからその、えーっと」

 

だから、うまく話せなかった。

 

「問題ないさ。君の部隊の戦果は聞いている、よくやってくれた」

「え、いや……別に。てか違う、そういうことじゃなくて──」

 

違う、これじゃない。

 

「そういえばほら、ロドス……っていうのが来るんでしょ?」

「どっから聞きつけたのか……」

 

煙草の煙を揺らして、エールは苦笑いした。

 

……違う、その表情じゃない。

 

それはきっと作りものだ。違う、違う。でも口がうまく動いてくれない。言いたいことがちゃんと言葉になってくれない。

 

「えっとほら、ブリーズに聞いたんだけど……古巣なんだって?」

「あのバカ……まあ否定はしない。だが業務上の関係で依頼をしただけさ」

「業務上の依頼って?」

「あまり口外するのも良くないが……源石鉱脈の採掘コンサルタントの依頼だ。北部の安全防護はあまりにも酷いものだった。源石に関して最も信頼できる機関がロドス・アイランド。私情がどうのと言っていられる状況でもないんだ」

 

──違う、こんなことが聞きたいわけじゃない。

 

これは違う。穏やかな調子だが、これは作り物だ。あたしを信頼しているとあたしに伝えるための言葉だ。

 

これは他のレオーネの兵士にしていることと同じだ。安心させて、信頼させて……自分に全て任せろと、そう伝え続けてきたエールの姿だ。

 

自分にはそれをして欲しくはなかった。

 

自分にはそんなものは必要なかった。そんなことをわざわざ伝えなくてもあたしは分かっている。分かっていると分かって欲しい。

 

だから違う。この言葉は違う。

 

「まあ、君にはあまり関係のない話ではあるけどね」

 

違う、関係がないなんて──その通りでも、そんな風に安心させようとするな。

 

そんな風に笑わないで欲しい。

 

「えっと、ロドスって……テスカの時に言っていた、仲間達を死なせたって──」

「ああ。ロドスの小隊の隊長をしていたときの話だよ」

 

違う、こんな話がしたいんじゃない。伝えるべき言葉があるはずだ。伝えたい言葉があるはずだ。

 

「や、うん……あのさ!」

「うん?」

「あ、あたしさ。あの時は……仲間の復讐とか、くだらないって思ってた。けど……今なら、あんたがどうしてこんなことをしたのか、わかる気がするって言うの? ……たった数ヶ月、喉枯れるまで怒鳴り散らしながら育てた連中がさ、この戦いで何十人も死んで……帰還して、死体置き場に夢語ってた新兵の顔見つけてさ」

 

悲しみなど通り過ぎてしまった。

 

そればかり考えて、殺すことばかり考えて。

 

生きるの死ぬの、殺すの殺されるの──そればっかりで。

 

「……だから、あんたが仲間達を失った時に何考えたのか……分かるなんて言わないわよ、けど……」

 

合っているだろうか。伝えるべき言葉はこれでいいのだろうか。

 

「”これ”さ……きつくない?」

 

心に空いたその喪失の感覚は、劇的でも激痛でもなく、静かに──ただ、怖いくらいに無常に、ただ悲しくなる。

 

もう二度と彼らに出会うことが出来なくなることを理解して、ひたすらに痛むのだ。

 

「……そうだね」

 

短く帰ってきたたったそれだけの言葉にどんな感情が篭っているのか、もう分からない。

 

これで良かったのだろうか、いつものように街を見下ろすエールは、それ以上のことは言わなかった。

 

それから何かを言おうとして、屋上のドアが開く音がした。

 

「何をしている、エール。時間だ……行くぞ」

 

スカベンジャーが現れて、エールは吸殻を踵で潰した。

 

「ああ。準備は出来ているね」

「問題ない」

 

スカベンジャーはアンブリエルを一瞥だけして、すぐに背を向けて去っていく。

 

「それじゃ」

 

その言葉一つ残して階段へ向かうエールの背中に、せめて何か言わなければならないと思って──。

 

「エール!」

 

穏やかな顔で振り返った表情に──投げた言葉は。

 

「……なんかあったら、いつでも命令して。なんでも」

 

──違う。違う、違う……これじゃない。

 

これじゃないはずだ。それだけは分かる、でも何を伝えればいいのか分からないのだ。

 

「頼りにしてるよ」

 

微笑と共に、そんな言葉が残された。

 

兵士なら、むしろ喜ぶべき言葉だ。エールが頼ってくれるなら、それこそ誇らしい。偉業の礎になれるのだから。

 

──ああ。

 

そんな言葉が聞きたかったわけじゃないのに。

 

 

 

 




お久しぶりでございます!
八章実装したので初投稿です。ちょっと八章に関して感想置いておきます。八章のストーリーネタバレ注意。

こう……やっぱ薄々そうなんじゃないかなとか思ってたらタルラさんマジタルラさんって感じでした。タルラさんまで死ななくて良かったというか……。割と綺麗に終わりましたが謎が深まるばかりです。とても面白いストーリーでした。ヴィクトリア編が楽しみです。早く実装しろ。して♡
というかタルラさん強すぎて草でした。スルトとソーンズが強すぎる……。


・アンブリエル
ヒロイン味が強い。
言いたいことが言えないこと、あると思います(名推理)

・ブレイズ
冒頭のみ登場。何話ぶりの登場でしょうか、私も良くわかりません。
メインヒロイン復活ッッッ

・話のペース早くね?
そういう試みです。この章は少し語り方を変えてみようという実験的な側面があります。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。