──全くふざけた話ではあるのだが、ギャングたちの狂想は瞬きの間に壊れ落ちることになった。
というのも、裏切り者たちがいたのである。いや、裏切り者というのは適切ではない──。
アルゴンの伝統的な麻薬カルテルにいた人々を強引に吸収合併して、より強い力で従えようとしてきた件のクルビア系ギャング組織ではあるが、それによる内部分裂の危機を考慮していなかった。
表現を変えると、後進国の田舎ギャング集団のことを舐め腐っていたのである。実際クルビアの現代社会を体感してきた彼らからすると、エクソリアの未熟な社会構造は見るに耐えない程度であった。
そのために、洗練された組織構造と、持ち込んできた現代的な武器を持つ自分たちに対し、大した知識も持たないエクソリアの人々がいくら反乱しようと無意味である──と、割と本気で考えていたためにこの事件が発生した。
力で抑圧され、奴隷に近い存在にされていた元カルテル構成員たちはギャングの監視を掻い潜り、示し合わせ、一斉に行動した。敵対組織へのリーク、屋敷への放火、会場への襲撃──。
燃え上がる屋敷を背にして、ギャングらは権威や経済力を示すために屋敷を囲う塀のせいで逃げ場所がなかった。
時間を少し巻き戻してみよう。
──屋敷を囲う外側では、一帯に広がった立食形式のテーブルが無数に広がっていた。その外側ではパーティーに出れないギャングの下っ端たちが警戒を敷いていた。あくびを堪えて、同じ下っ端とくだらない話をすることを警戒と呼ぶのであれば、の話だが。
カルテル構成員はスーツなど着ない。簡素な大量生産方式のTシャツを着た、ごくどこにでもいるような格好をする。
極めてどこにでもあるような小さなナイフで心臓をひと突き。最初の血が流れる時は、嫌にあっさりしていた。
それから大量の爆発物がそこらへんにある民家から投擲されてきた。恐ろしい話だが、これはただの人々からの攻撃だった。元カルテル構成員たちは最初から仕組んでいた──外敵を排除するために、エクソリア人が団結したのである。
そのため、実に鮮やかな手際で、ギャングたちはその命を落としていった。
逃げなければ爆発物に巻き込まれ、逃げれば長槍に貫かれる。戦おうにも──さっきまで酒浸りになっていたギャングらと、静かな逆襲の炎を燃やす元カルテルたちではまるで戦いに対する意識が違っていた。
そして屋敷を囲う塀のせいで、幹部のところにまで情報が来るのは遅くなった。
エールが青年の妹、リィの居場所を交換条件として受け取り、ブリーズを伴ってその場を後にしようとした時のことである。
「ボス! 敵襲です、あいつら──元カルテルの連中が裏切って、ここに襲撃をかけてきていますッ!」
「……そんなことか。さっさと鎮圧しろ」
「それが、数が多すぎて──」
「馬鹿共が、それでもクルビア人か? シラクーザの狼どもを蹴散らした我々の力が、どうしてこんな小さな国の連中に遅れを取る──」
自らへの自信を通り越し、それが当然とさえ認識していたがために、背後の屋敷が大爆発したことを認識するのに数秒かかった。
それから、崩れた柱に巻き込まれたこと事実を認識する頃には、もうとっくに手遅れになっていたのである。
一方エールは──
「お、始まった」
髪を揺らす熱風の真に受けながら、呑気な声で呟いた。横のブリーズはそれどころではなかったのだが。
「──ちょっと、これ、……やっぱり知ってたのね、やっぱり企んでたじゃない!」
「うん」
「うん、じゃないわよ! 何するつもりなの!?」
「何するつもりなんだろうね?」
「ふざけているの!?」
「真面目だよ──」
程なくすると、穂先を赤く滴らせたカルテル構成員たちが門を潜り、突入してきた。
まあボスを始めとする幹部たちは、屋敷の倒壊に巻き込まれるか、負傷するかなどをしていたため──それはほどんど一方的な虐殺であった。
カルテルの一人が、壁のあたりで事の成り行きを眺めていたエールの方を見た。エールが片手を上げて挨拶すると、若いその青年は舌打ちをして残党狩りに加わっていった。
「……なんてことを」
怒号、悲鳴、爆発する音、燃える音──門の外からも聞こえてきている。
喉を貫き、頭蓋を砕き、臓物を千切り──命を踏み付ける。それは復讐である。
外敵に支配される屈辱、エクソリアはウルサスのそれに対して百年間戦い続けてきたのだ。そういう背景を踏まえるなら、これは当然の帰結なのかもしれない。
──誰一人として、情けは持ち合わせていなかった。
「……仕事はした。これでいいな」
低い女の声にブリーズは振り向いた。不機嫌そうな──あるいはこれが普通なのかもしれないが──表情のスカベンジャーが立っている。
「ご苦労様。君、だんだん爆発物の扱いが上手くなってきてるんじゃない?」
「あんたがそんな命令ばかりするからな、おかげさまで」
「うん。──次の任務に向かえ、スカベンジャー。それと
「……ちゃんと覚えておけよ。前みたいに忘れられても面倒だ」
──そこから察する事実に、ブリーズはどうにも心が穏やかではない。
「うん。あ、そうだ──スカベンジャー。そのアオザイドレス、結構似合ってるよ」
……実に心中、穏やかではない。
「……冗談でもやめろ」
「そう照れないでよ。せっかくだし、その衣装はもらっていくといい。結構いいやつらしいから、何かあった時に使える」
「……いつか覚えておけよ、エール」
捨て台詞を吐いてスカベンジャーはこつこつと去っていった。絶対こんな格好する必要はなかっただろう……。
「さて、僕らも帰ろうか」
背後では元カルテル構成員が、屋敷の倒壊に巻き込まれたギャングの首を落とし回っていた。
もう戦況はとっくに下火になっていて、壊滅が決定的なのは誰の目から見ても明らかだった──ブリーズは、指を咥えて見ていることしか出来ない。
「……ままならないわね」
「ん、何が?」
「あなたがそうやって罪を背負っていくのを、私は黙って眺めていることしか出来ないから」
「どうにもお節介なんだな、君は?」
「……さっきの人みたいに、私にももっと仕事を割り振ってもいいのよ」
「みんな仕事熱心なんだね。何か理由があるのかな」
他人事のようにエールが言う。やはり何も分かっていない。全てを知っているようで、何も分かっていないのだ。
「改めて感じたのよ。……あなたがどうしてこんなことをしているのか、私はもう知ってるわ。南部だけじゃない、北部も含めて……エクソリアがどうにもならない状況に追い込まれていることも。だから、私だけいつまでも綺麗事を振りかざしていていい訳じゃないって」
戦火の熱が肌を焼いた。この国はどこにいても暑い。この日差しは大地に降り注ぎ、熱に変わる。善人にも悪人にも、等しく降り注ぐのである。
この熱はやがて炎に変わり、何もかもを焼き尽くすとしても──。
「……私はこれまで、人を助けることだけに全てを捧げてきたわ。医者として……これまで歩んできた旅路に誇りを持っているの。それは自信を持って言えるわ、けど──あなたが一人で罪悪に溺れていくのを黙って見過ごせない。だから──そうね」
真剣な表情から一転、口元を緩めて、あくまでも悪戯な表情と言葉で。
「さっきの女の人にしているような命令を、私にも頂戴。どんな汚いことでも結構よ」
「……アリゾナ、いや──あえてここはブリーズと呼ぼう。僕は結構人遣いが荒いんだ。後で文句を垂れるなよ」
「もちろん。でも見返りは頂くわよ、構わないわよね?」
「見返り?」
「ええ。あなたの主治医はあのグエンのお爺さんでしょう? それを変えてもらうわ」
「……ん、んん?」
雲行きが怪しくなってきた。無論比喩である、実際は青空から強い日差しが降り注いでいる。
「──私の全てを持って、あなたをできる限り早く死なせない。私があなたを治療するわ。あらゆる面で……徹底的にやるわよ」
「……タバコはおっけー?」
エールは嫌な予想に顔をしかめた。とても面倒なことになったのではないか……?
ブリーズはにっこりと、可憐な花のような笑顔を浮かべて叫んだ。
「絶対だめー!」
やっぱりじゃないか、クソが!
8/20
──二ヶ月程度会わなかっただけで、妹の風貌は変わり切っていた。
別人と言われても、さして疑わなかった。別人だと言って欲しかった。
「正確な設備はないから、私の経験的な診断に基づいてあなたの妹の状態を伝えるわね」
リィはさるギャングの組織の建物の中で、死んだように倒れていた。エールからリィの居場所を教えられた後の話だ。
妹の身柄を返してもらうための交渉は、すぐに決着がついた。曰く、もう要らないのだそうだ。それがどういう意味なのか、すぐに判明した。
「肺の三割が結晶化しているの。呼吸機能に深刻な障害が発生しているわ──オレンジの乱用、だけど彼女のは度が過ぎていたみたいね。煙草が肺を汚すのと同じように、オレンジの源石成分がそのまま肺に積もっているみたい。肺を起点とした体への侵食は、深刻って表現を通り越して、……もう」
どうしてこんなことになったのだろうか。
薬物と裏組織の関係は切っても切れない。特に若い女はターゲットになる。
「彼女の平均体温は32度を下回っているわ。酸素をうまく取り入れられなくて、体温調節機能が働いていないの。この炎天下でも汗一つ掻かない──いえ、掻けないの。それにご飯もちゃんと食べていなかったのかしら、痩せ細っているでしょう。私自身の推測を述べるなら、それらの苦しい症状から逃れるためにオレンジを乱用していたのかも──」
ブリーズは努めて淡々と話した。そうでないと、ブリーズ自身の心が掻き乱されてしまいそうなことばかりだったからである。
「……彼女の兄であり、家族であるあなたには、彼女の全てを知る権利があるわ。例えそれが、どれだけ辛くて残酷な話でも。あなたがこれ以上のことを知りたくないのなら、話すのはやめるわ。どうするかしら」
青年はそっと頷いた。
知ることしかできないのなら、せめて知りたかった。
「いいのね?」
言葉がうまく出てこなくて、もう一度頷いた。どれを選んでも結局は後悔するだろうから、それならせめて自分の意思で決めたいと思った。
「……分かったわ。まず初めに、もう彼女の容体に関して。彼女のお腹は、微かに膨らんでいるの」
カーテンで隔てられた向こうの妹の方をちらりと流し見て──その意味をよくよく考えてみた。
「よくあること……って言い方はしたくないけれど、若い女の人がああいう暴力組織の被害に遭うケースは多いわ。自分の意思でずぶずぶ入っていたのかもしれないし、オレンジの依存性を盾にして、逃げられないようにされたのかもしれない。だからきっと、そういうことを要求されても、彼女……拒めなかったんじゃないかしら」
言葉を濁しても、結局事実は変わらなかった。
大体の想像はついていた。ありえないような話ではない。今回たまたま、それが妹に起こっただけだ。
「……だからきっと、家にも帰れなかったのかもしれないわ。お腹の中に子供がいるような状況で、帰りたくても帰れなかったのかもしれない。どの道その命を育てるのに、栄養は全く足りていなかった。そもそも彼女自身が生きるための栄養すらなかったのに、そっちに取られちゃったのね。彼女の体は、指先から順番に壊死しているわ。それに暴力を受けた痕もあった」
今は──治療は可能なのだろうか。
見る影も無くなった妹と、もう一度言葉を交わすことは出来ないのだろうか。
「あなたには選択肢があるわ。それは、彼女をこれからどうするのかということ。彼女の意識が回復する見込みは、もうほとんどない。あるいはもう戻っているのかもしれないけれど、目が見えたり、音が聞こえているのかどうか……だから、代わりにあなたが決めてあげて」
何を?
「ここで終わらせてあげるかどうかを」
どうして?
「私たちの使える資源には限りがあるわ。ベッドの数も栄養剤も、医者の数も。私は医者だから、患者を助けるのが仕事よ。少なくとも助けようとする。けどそれは、助けられる見込みがあればの話よ。助かる見込みのない人より、助けられる可能性の高い人を助けるのが仕事だから」
どうしてだ?
「……あなたの怒りは正当なものよ。あなたの実家に妹を連れ帰るのも、あなたの正当な権利よ。だけど
──ああ、どうしてこんなことになったのだろうか。
「彼女は苦しみの中にいるわ。呼吸がままならないから、ずっと苦しいままで……朦朧とした意識の中で、もう動かない手足で……何をするでもなく、苦しみの中で彷徨い続けているの」
口を開いた。
今、自分がどんな顔をしているのか分からない。
「……そう。分かったわ」
──ブリーズは立ち上がって、カーテンを開いた。
「ハロセンという揮発性の麻酔薬を、呼吸器で吸引させるわ。眠るような感覚だから、苦しみはないはずよ」
ともすれば、もう死んでいるように見えた。
まだ生きていた。胸は微かに上下している。だがこれから──小さく灯った命を、静かに消す。
呼吸器を妹の口に当てて、ブリーズはいくつかの操作をした。
それからしばらくすると、胸の呼吸は──ゆっくりと穏やかになって、最後には消えていった。
「──ぉ、にぃ────ぃぁ、ん──」
きっと最後に、妹の目がほんの少しだけ開いて、口元からそんな言葉にもならない音が漏れ出した、そんな気がした。
不幸と苦しみの中に彩られ、何も報われないまま死んでいった彼女の人生。
家族のために、妹のために何かできることがあると信じてレオーネに入った。
だが何かをしてあげられたのだろうか。思い出せば、妹は最後までレオーネに入ることに反対していた。意外にも寂しがり屋な妹のことを、どうして分かってやれなかったのだろうか。
「……妹は、優しい人でした」
何をしていいのかわからなかったが、言葉が自然と零れ落ちる。まるで、全く流れない涙の代わりに。
「親父が二年前に戦争で死んで、暮らしが厳しくなっても……いつも笑顔で、友達もたくさんいたんです」
だがその最期を看取ったのはたった二人だけだ。母が関わるなと言った理由が、ほんの少しだけわかった様な気もする。
「確かに、妹が悪いんです。仕事も辞めて、ドラッグにハマっていったのは妹の責任です、でも……何も、こんな体で死ぬことなんてなかったんじゃないかって……」
この一連の出来事を通して──漠然とした何かをずっと感じていた。
「……俺はずっと、何かの怪物の気配を感じています。人間の悪意だけじゃ表しきれない、もっと恐ろしい何かがこの国には潜んでいるような……そんな考えが、ずっと頭から離れてくれないんです。その怪物が妹を選んで、こんな風にしたんじゃないかって」
──これは、きっと何も、妹に限った話ではないのだろう。
同じように死んでいく人々がどれだけいるか、全く知らないわけじゃない。だがそれと納得できるかは別問題だ。
「名前も形もない怪物が、どんどんこの国を壊していくような……そんな予感が、ずっと」
ゾッとする恐怖が離れてくれないのだ。
「……俺は、エールさんが怖くてならない。あの人は……きっと根本から、俺たちのようなエクソリア人とは違う。必要なら手段を選ばないし、恐ろしいほど強靭で、強い心を持っているんだと理解しました。きっとあの人にとって、全ては目的達成のための手段に過ぎないんだと」
エールは元々、誰に頼まれるでもなく自発的にレオーネを起こし、手段を選ばずに拡大させた。
オレンジは、エールが移民を受け入れ始めたことで生まれたドラッグだ。外からそういう知識を持つ何者かが入ってきて、それを作って広めた。
「……あの人は、まるで戦争そのものだ。この大地に吹き荒れる、止まない嵐……あの人は、正真正銘の怪物なんだって……やっと気がつきました」
──エールの功績は大きい。今更姿を消すようなことがあれば、おそらく南部に未来はない。
個人的な強さもそうだが、エールは何よりも強力なリーダーシップを備えていた。人の心を掴んで、それらを全て纏め上げる──極めて強い何かの力を持っていた。
「あの人を悪人だとは思いません。右腕を失ってまで、あの人は南部に尽くしている。けど……どうしてそこまでするのか、その理由が分からないから──俺は、あの人が怖いんです」
ブリーズはその言葉を聞いてから、ゆっくりと口を開いた。
「そうね。けど、あの人は……この大地に潜んでいる怪物と戦うために、自ら選んで怪物になったのよ。化け物を倒すには、同じ化け物になればいいって考えで。……それで、あなたはどうするの?」
何をしようと妹は死んだ。
たった今、目の前で──。
「……戦って、生きていかなければ」
売人の言っていた言葉の意味が、ようやく分かった気がする。
「怪物でも何でもいいから、俺たちは……自分たちの生まれた場所を、守り続けなきゃいけないんです。先祖たちが百年間もそうしてきたように……俺はあの人みたいに強く在れない。それに……大洪水のために準備しなきゃいけないことがたくさんあります。妹が死んだって、天災は容赦なく襲ってくるし、戦争だって終わることはないから──」
誰が死んだって、生きていかなければならない。その苦しみに耐え続けて、耐え続けて……耐えることしかできない。だが、それは人間に限った話だ。
もしもその苦しみを終わらせてくれる何者かがいるのなら、怪物だろうが構わない。人間とはそういうものなのだ。
「……でも、怪物を倒せるのが怪物だけなら──俺は、あの人に従う」
永遠の眠りに着いた妹に背を向けて、青年はその場を後にした。
/
混乱を極める状況の中で、売人は平然と歩いていくエールを発見した。
売人は思わずそちらに向けて駆け出し、大声で注意を引く。
「おい、待て……エール!」
振り向いた顔は、表面上は軽く驚いているように見えた。だが実際は特に動揺などしていないのだろう。口元の薄笑いが癪に触る。
「
燃え上がった屋敷から引火して、他の建物にも炎が移り始めていた。程なく消防が駆けつけるだろうが──この現場は、あまりにも混沌としていた。
「君は誰かな?」
──エールは動揺などしていなかった。あまりにも平然としていた。その風貌が不気味で、穏やかな言葉がどこか恐ろしく、思わず躊躇するが。
「お前こそ……お前こそ誰だ!? 答えろ、お前は何者だ!?」
逆に問い返す。それは──誰も知らなかった、知ろうとしなかったこと。
──反抗するような叫びに、初めてエールは表情を動かした。
薄笑いを消し、それから驚き──そして、口元を歪めた。
「初めてそんなことを聞かれたな。なるほど、それは……とても本質を突いている。では聞き返そう。僕は誰だ? 誰であって欲しい?」
「ふざけたことを抜かすなッ! 貴様は悪魔だ、化け物がッ! 貴様の正体は嘘で塗り固められた虚像に過ぎない!」
「興味深い言葉だな」
──エールは否定しなかった。そうやって表面上の言葉を吐くだけ──だが、本心だったのかもしれない。或いは嘘かも。
「だが何か問題があるのか? 自分で言うのも何だが、僕が居なくなればこの国は詰むぞ? 悪魔だろうが神だろうが、人々は勝利をもたらしてくれるのなら誰だって構わない。違うか?」
「黙れ、この国はエクソリア人の国だッ! 南部の連中は貴様のような、正体の分からん怪物一人に全て委ねて、信じ切っているがな──この状況はふざけ切っている! どいつもこいつも狂っている! だがその元凶はお前だ、いつまでも騙くらかしていられると思うな!」
正体の分からない怪物に委ねているのは、あまりに危険過ぎる。何かを企んでいた時、どうするのか。そもそもそんな状況が許されていいのか。売人はおそらくこの国で唯一狂っていたし、唯一正気の人間だった。
「いつまでも好き勝手出来ると思うなよ……。エクソリアはあんたなんぞのおもちゃ箱じゃない、俺たちの国は──俺たちがなんとかするし、そうしなければならない。出しゃばるなよ、怪物がッ!」
まあ、もっとも……たかだかドラッグの売人一人が叫んだところでくだらない世迷言だと受け取られるのがオチではある。それは分かっていた、分かっていたが黙ったままではいられない。
──叫び終わった後、エールは何も反応を示さなかった。だから一層不気味だと感じたのだが……違う。微かに聞こえるくつくつと喉の奥で笑う声は──
「くっ、ふ、ふふ──っはは、ははは……ッ。いいなぁ。そいつはいい……」
エールは心底可笑しそうに笑っていた。
「何が可笑しい?」
「いや何、全くその通りだ──驚いた。君のような人種がこの国に居たとは、本当に驚いたよ」
笑いを引っ込めて、怪物は息を吐いて──ついに、嘘偽りない愚痴をこぼした。
「君のようなまともな人ばかりだったら、僕もこんなことをしなくて済むんだが。ままならないものだね……お互いに」