猫と風   作:にゃんこぱん

64 / 88

「どうして?」

そればかりだ。

「どうして?」

そればかりか?

「どうして?」

知りたいことはそれだけか?

「どうして?」

さあ、どうしてだろうな。

「言え」

さて、どうしようかな。

「答えろ、ブラスト」





「……答えろって、言ってんだろ」











羅刹と大木 -1

 

 

 

 

9/3 人間の唄

 

 

 

 

 

 

クソめんどくさい毎日ではあるが、充実していた。

 

まあ後ろめたさはいくらかある。サルカズとて心はある、過去に何かしらの懐かしさや寂しさを感じずにはいられない。だが後悔だけはしていない。そもそも自分程度がどうにかできたものではなかったのだろう。

 

機械いじり以外に、フェイズは何もなかった。だがそのことに劣等感などなかった。ギャング付きのエンジニアになったと思ったら、いつの間にやらレオーネ武器開発部門のトップになんかなっているし、人生分からんものである。

 

──そう、いつの間にかギャング組織四龍(スーロン)出身はフェイズ一人になってしまっていた。フォンの側近だったセイを始めとして、皆死に絶え──フォンは行方知れず。そしてフェイズだけはリン家襲撃に直接参加していなかった。

 

テスカで出会ってから一年程度、仲間意識もない訳ではなかったが、それでも大した感慨を抱くほど、自身は仲間想いではなかったのだとフェイズは初めて気がついた。

 

ただ、言葉にもならないような感傷をふとした瞬間に感じることはある。実際フェイズは、フォンのことを結構気に入っていたのだ。統率力や頭のキレは平凡ではなかったし、行動の節々にはヤツの目指す未来が滲み出ていた。

 

大成するというか──どっちに転ぼうとも、少なくともつまらない終わり方をする男ではないと思っていた。破壊をもたらすか、あるいは新しい時代をもたらすか。その可能性を感じさせていたのである。

 

だが結果的には行方知れず、あるいはもうのたれ死んでいるかも知れない。結末を見届けられなかったのは残念だった。

 

「……で、こいつは何の呼び出しだってんだ?」

 

薄暗い執務室──もっとも、この部屋でエールが書類仕事をしているところなど、フェイズは見たことがないが──の、重たそうなデスクには誰も座っていない。

 

「フェイズ技術少佐に通達。クルビアに渡り、レイジアン工業社に留学せよ……だ、そうだ。帰ってくる頃にはもう一つばかり階級が上がる。は、よかったな」

「……エールはどこだ? 呼び出しといて本人不在とは、どういうつもりだっつー話だろうが」

「ヤツは今、来ることが出来ない。面倒だが、私が代理をする羽目になっている」

 

無愛想で無感情にスカベンジャーは淡々と話した。

 

「事情だぁ? おいおい……どういう訳だ、俺が? クルビアに? 冗談だろ?」

「上層部の決定だ。1ヶ月間の研修という形になる。明後日には発て」

「どうなってんだクソが! 俺様もその上層部とやらの一員じゃなかったのか!?」

「知るか」

「冗談じゃねえ、何のためかを説明しろってんだ! あいつ直々に俺んに説明すんのが筋じゃねえのか!? こんな時期に何考えてやがる、ついに気が狂っちまったのか!?」

 

──こんな時期に、と表現したのも当然で……来るホークン奪還戦に向けて、やることは山積みを通り越している。それは開発部でも同様で、小銃の量産や小型化など、特にフェイズがトップに立って進めていかなければならないことばかりだ。

 

そんな中、フェイズにクルビアに行け、と言うのである。叫んだのも無理はない。

 

「……叫んだら落ち着いたぜ。まあ言いたいことは分かる、敵兵の装備と比べりゃ、こっち側の武装はおもちゃ……は言い過ぎでも、中学生の遊びみたいなもんだ。早急に対処しなきゃいけないってのは分かってる。どっからんな大企業への伝手を得たかもまあ、一旦放っておいてやる。だが無茶苦茶だ! 一ヶ月だと!? せめて一年だろうが!」

「私に言われてもな……」

「じゃあ責任者を出せッ! どうせまたビァのおっさんが騒いでんだろ!? あのジジィ、大した技術力もねえのに世渡りだけで出世したせいで何でもかんでも思い通りに出来ると勘違いしてやがんだ、せっかくだし俺が引導を渡してやるッ! 試し撃ちさせろーッ!」

 

──エールは一体何をしている。

 

フェイズの言いたいことは、概ねそのようなことだった。スカベンジャーはこうなることを何となく予想して、見事その通りになって面倒くさかった。

 

いつから私はあのバカの秘書モドキになったんだ? そうは思うが、事情が事情なだけに今更人を雇うのも厄介なのだろう。都合がいいこともなくはない。

 

「何騒いでんの。廊下まで聞こえてきてんだけどー?」

「ああ!?」

「うるさっ。……あれ、あいつ居ないの?」

「……諸事情により、しばらくあいつは戻らない。今は私が代理をしている」

「え? ベンジャーが? なんで?」

「知るかッ!」

 

そもそも諸事情ってなーにー? そう気怠げに言葉を吐き出すアンブリエルに、この場をどう誤魔化そうかと柄にもなく頭を働かせる他ない。

 

胡散臭い笑い顔を思い出して、スカベンジャーは空を仰いだ。

 

ああもう、面倒臭い────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つ印象的なエピソードがある。

 

現政党(実質的にはほぼ軍事政権だが)の財務大臣を務めているウィ・リ・グソンという42歳の男がいる。10年以上に渡って南部中央銀行の頭取をしてきた男だが、これほど不遇な運命に翻弄された男はなかなかいないといった程度の苦労人である。

 

エクソリア貴族はリン家とロゥ家の二大貴族を中心として、力関係的にはその下に大小様々な貴族が存在しているわけだが、リン家が崩壊したせいで従来のパワーバランスが崩壊したことは記憶に新しい。

 

従来、政府はその二つの家の支配下にあり、その主導権をお互いの家が争い合ってきた背景がある。水面下で確実に、表面的には大胆なほどに進められてきた北部、その背後にいるウルサスへの緩やかな()()が進められてきたわけだが、これらのいっそ悲壮なほどの生存戦略は一人のヴァルポによってお釈迦になってしまった。

 

国家を売り渡してでも、滅亡するよりはマシ──という、見方によっては真っ当な行動は全て無に帰し、エクソリアは逃げ場のない存亡を掛けた戦争に向かわざるを得なくなってしまった。そんな状況の中で、財政は全てギリギリのラインをとっくに下回って火の車である。

 

国家予算の大半は軍事費に充てられていた。レオーネはそれに加え、独自の収入──基本的には企業からの寄付、という形になっている──を得ている。だがそれでも余裕など欠片もあるはずもなかった。

 

政府関係者はレオーネが好き勝手進めて行く横で、国内政策を限られた予算の中で行わねばならず、綱渡りのような日々を生き抜いていた。

 

特に、ウィ・リ・グソン財務大臣の苦労と言えば筆舌には尽くし難い。無い金を引っ張ってくるために国債発行を繰り返し、不安定化する国内の経済をなんとかなだめ、国際信用的には最下層にあるエクソリアの国債をあの手この手で外国に売りつけねばならなかったためである。

 

レオーネと政府はそれぞれ独立した存在であるために──少なくとも国民からはそう見えていた──あんまり働かない政府に対して国民の態度は冷たかった。エールを始めとするレオーネの華々しい活躍の横で、政府は国民に対して何も行なっていない、というのが国民の言い分である。

 

──そんな無茶な、と事情を知る者は同情した。レオーネに予算のほとんどを引っ張られている状況下で、インフレに怒る国民に何を言われても出来ることはほとんどない。この辺りには、これまでも二大貴族と国民の間に板挟みになっていた政府の悲痛さがある。エールとレオーネの台頭は革命と呼んで差し支えなかったが、こと政府に限って言うなら状況はほとんど変化しなかった。貴族と国民の板挟みになっていたのが、レオーネと国民の板挟みになっただけである。仕事の量は減るどころか、むしろ倍増した。胃痛薬も倍増した。

 

グソン財務大臣は疲れたような顔が特徴的で、エクソリア人らしからぬ生気のない顔をしていた。激務のせいで、息もつかない生活を続けていたために、おそらくこの特徴が解消されることはないだろう。

 

そんなグソンには娘が三人、息子が二人いた。ある日息子の一人が、レオーネで従軍したいと言い出した。20歳を回っていないような青年にはそう珍しいことでもない。だがグソンはこれを許さなかったという。

 

「バカな真似はよせ。大義などというものは陽炎のような曖昧なものだ。国家としての存亡と、個人としての生死を混合するのは愚かな行為としか言いようがない」

 

国が滅びても、国民までが皆死に絶えるわけではない。そんなものはレオーネに任せておけばいいのであって、大臣の息子までが従軍する必要はないのだ。それがグソンの言い分である。グソンとしては息子をヴィクトリアに留学させることを考えていたため、従軍など論外であった。

 

「けど、俺の友達はみんなレオーネで従軍してる! 俺だけ戦わないなんて、そんな不義理はダメに決まってる!」

 

息子の方は強情なところがあって、勝手にレオーネに従軍してしまった。ところがグソンはレオーネに連絡し、息子を強引に連れ戻し、軍に入れないようにしてしまった。財務大臣としてのグソンにはそのくらいのことは難しいことではなかった。

 

しかし息子はそれでも強引で、グソンの息子だとバレないために偽名を使い、他人の家の息子に成り切ってついに従軍してしまった。戸籍関係は管理が杜撰で、またレオーネも多忙であるためにチェックが回らず、半分家出のような形で従軍してしまったのである。

 

この時代における人々、特に青年にはこういったナショナリズムが伝染していた。英雄エールを旗印にして、皆国家を守るために戦おうという病にも似た浮き上がるような熱が国家を動かしていた。むしろグソンのようなどこか保守的な考えの方が少数派であったのだ。

 

──国を守るために。

 

百年間も飽きずに南北戦争を続けてきたエクソリアには、そういう民族を守ろうとする防衛意識がそもそもとして根付いていた。それが一気に燃え上がっていたのだ。

 

リン家の腐敗が明るみになったのは新聞の手によるところが大きいが、これもかなり効果的だった。貴族任せにしてきた結果、危うく北部のようなウルサスの植民地になるところだったのだ。それを救い出したエールとレオーネは、まさしくヒーローであった。

 

最終的には、リン家の滅亡は脚色されていた。詳細は省くが、腐敗を発見したレオーネとリン家は衝突し、軍の方が見事リン家を滅ぼした、という筋書きだ。そこにエールのごく個人的な()()が存在していたことなど誰が知ろう。

 

バオリアの一角に渦巻いた竜巻の存在は、エールの武力的な象徴としてまた一つ市民の精神に刻まれることになった。全て脚色されたのち、ではあるが。

 

そんな華々しいナショナリズムの裏で、確かに火種は生み出され続けていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8/某日 人間の唄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──幽霊の噂が、にわかに広まり始めた。

 

大した話ではない。現代的な科学意識の普及していない小国の人々にとって、そういった神秘の混じった幻想はそう珍しくもないし、信仰に近いものとして受け入れられていた。

 

宗教観の薄いエクソリアだが、魂は大地に帰っていくという独特の生死観は誰しもが共通して保持している。夜中に薄い人影を目撃してしまっても、人々にとってそれは祖先の魂である。珍しいものを見たな、程度の感想で終わる。

 

ところが、この噂は事情が異なるようだった。

 

「死んだはずの父が歩いていた」

 

誰かがそう言った。昼下がり、街を横切っていく父親の横顔を確かに目撃したのだと言う。

 

「自殺したはずの恋人が会いにきた」

 

ドラッグの乱用の末、不整脈で命を落とした若い少年が開いた玄関の向こうから訪れたのだという。

 

「いるはずの無い北部兵に襲われた」

 

あるレオーネの兵士はその出来事により腹部に傷を負って入院までした。山際の哨戒任務をしていた兵士は、突然現れた敵により負傷した。そしてその後溶けるように消えていったという。同じく任務に当たっていたもう一人の兵士もそれを目撃している。

 

幽霊にでも襲われたというのか、それともなんらかの現象、アーツによるものか。その後、敵襲を警戒して偵察部隊が付近を調べ上げたが、北部軍は確認出来なかった。周辺全ても同様で、大軍は確認出来なかった。当然、敵兵が巧妙な潜伏を行なっている場合はその限りではない。この事実を受け、現在アルゴン、及びバオリアでは警戒体制が敷かれている。

 

ある新聞社が紙面のタネとばかりにこの事実を報道したことによって、人々はこれを知ることになる。大地から魂が帰ってきたのだ、などと言い出す者までいる。

 

何かが起ころうとしている。

 

この時期に前後して、エールが消息を絶った。……まあ、これに関してはそう珍しいことでもなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某日 羅刹と大木/修羅の歌

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の男が死んだ。

 

自殺であり、同時に他殺であった。

 

最終的な結果のみに焦点を絞れば、自殺であった。

 

だが、男を本当の意味で殺したのは他人であった。そういう意味で言うなら、厳密な意味での自殺など存在し得ず、

 

また、これはどう繕っても殺人であった。

 

ありふれた話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9/4 羅刹と大木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──?

 

 

……?

 

「……?」

 

暑苦しい気温に身じろぎした。それで目を覚ます。

 

浮き出る汗が、嫌な湿気になって宙へ消えていった。ここは──。

 

「あ、起きた」

「……ここは」

 

どこだ?

 

「大丈夫かー? 結構死んだように眠ってたから、このまま死んじゃうんじゃないかって心配してたんだー」

 

……どうなったんだっけ。あれ、なんだっけ。

 

「ここは……」

 

体を起こして、それから明るさと暗さの共存する視界に慣れず、どこか涼しげな風を顔に受けて──眼前に広がる草原を見た。草原?

 

「ここはねー、小屋……なのかなー、今はもうぶっ壊れちゃってるけど、一応日陰にはなるしさ。びっくりしたよ、危うく轢いちゃうところだったんだから」

 

──少し甘い声がする。ゆったりとした懐の深さを感じさせる、女の声が聞こえる。

 

「気分はどう? なんか体調が悪かったりしてない?」

「……分から、ない。君は──」

 

まだぼんやりとする意識で、隣にしゃがみ込む人物に目を遣る。目立つ風貌の女性だった。黒メッシュの入った銀色の髪、オレンジの瞳──ウルサス族の黒い耳。肌色の多い服装だ。目のやり場に困るので視線を流し──その後ろに留めてある、一台の車両を見つける。

 

「……誰だ?」

 

左手で額を押さえた。何かぼんやりと頭痛がする。

 

「……んー? ん、んんんん…………?」

 

そんな様子を見てか、女性はやけに訝しがった。眉を顰めながら首を傾げ、何かを考えているように唸った。

 

それから無意識化で右手を持ち上げようとして──重量のない右腕に、初めて意識を向ける。その時初めて、右肩から先がないことを知る。

 

あるはずのものが無くなっていた。フィルター越しにその事実を俯瞰しているような気持ちで、それはストンと意識に落ちてくる。そうだ、失くしたのだった。

 

それはどうしてか思い出そうとする。そもそも、自然とわかっているはずだったのだ。なぜなら、それは今までの人生の中で無くしたものなので、思い出す必要もなくそういうものだと理解している。

 

「……僕は、誰だ?」

 

────そのはずであった。

 

 

 

 

 





危機契約お疲れ様でした。
うにがつよかった(小学生並の感想)

投稿頻度の改善を目指して頑張ります。
実はアイデアは常に欠乏しております。こんな話が読みたい! などがあればリクエストください。感想も大歓迎です。ついでに評価をポチッとして頂けると私のモチベになります。

※(今回の解説的なものは)ないです

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。