8/15 羅刹と大木
「は? ストロプメルの大木──って、あの形ばっかデカい大木のことか? あんまり覚えてないけど」
「そうだ。……式の会場についての指定が、ロゥ様から下ってる。ロッカ院でやれ……だってさ」
「おいおいおい! なんで今更になって、っていうかもう箱は押さえているってのに!?」
「キャンセル、キャンセル──ああ、悪夢だ……」
ハンナムは今書いていたスケジュール表をそっと破った。たった今無価値になったので、妙に神妙な顔で、静かに破って丸めて、事務室の開いた窓の外へ放り投げた。
「……ロゥ様は何考えてんだろうな。この調子で行くと、もう二、三件の変更がありそうだ──っていうか、ロッカ院だって!? 本当か!?」
「ああ。何かあるのか?」
「な、何かあるのか? じゃない! キチガイ共が住んでる場所だぞ!? 壁なんてヒビだらけで、本堂の柱なんてほとんど腐ってるらしいんだぞ! 訳分かんねえ儀式ばっかりキマった顔で延々とやってるんだよ、知らないのか!?」
ロッカ院──歴史あるアルゴンの寺院である。かつては栄華を誇っていたらしいが、今では寂れた寺院で──朝から晩まで、坊主頭の気狂いが呪文を唱えているだけの恐怖スポットである。あれでどうして消滅しないのか本当に不思議だとハンナムは思っていた。
ロッカ院の境内には、一つの特徴的な大木がある。樹齢にして200年を越す、トワラン種の一つ。ぐるぐるとした形を描くこの大木は、通常100年も生きられない他のトワランの木と異なり、ついに200年を数えた。
「あの気味悪い寺院が、まさかアルゴンにまだ存在してるなんてゾッとする話だよ。見たことあるか、訳のわからないエクザ文字の彫られた、石造の寺院──」
ハンナムが口にするように、大半の人々はそれが何のためにあるのかを知らない。せいぜい、古い信仰を形作る、時代遅れの不気味な連中程度の認識しか持っていない。
「噂だけどな、命を奪うことの尊さと残酷さを知るためだとかのために子供攫って殺してるって話も聞く。着てる袈裟には臓物の臭いが染み付いてて、街に出た時にはひでぇ臭いがするんだとさ。──でも、どうしてか消滅しない」
人の寄り付かない、石畳の敷かれた寺院である。アルゴン西部の山の麓に居を構えている、どうにも不思議で不気味。それがロッカ院。ロカ院とも言われていて、年寄りの間では人気だが──ハンナムのような若い世代にとって、異常の象徴であった。
それは間違いなく狂気であり、近づきたくない場所堂々のNo.1を維持し続けている。
「……どうしてそんな場所を? 何かの間違いじゃないのか」
「だからそれはこっちのセリフなんだって! 何考えてるんだ、一体どうなってんだ!? 止めたりしないのか、周りの人とか──あの人でさえ放ったらかしにしてるってことか? それとも単に知らないだけか!?」
寝不足の続いているハンナムはここのところ情緒が乱れている。そのせいか多少ヒステリックに額を抑えて叫んでいた。同僚の方もそれを分かっているが、言うことは言わなければならない。あんまり叫ばれるとまた苦情が来る。
「ハンナム。とにかく俺たちの仕事は言われたことを言われた通りにやることだ。現地の視察に向かえ」
「……行ってきてくれ。俺は行きたくない」
「ダメだ、お前が行くんだ。俺はコーディネーターと一緒にメリィ様と打ち合わせしなきゃいけない。実際は大したことないかもしれないし、とにかく実際に見てくるのは重要なことだ」
そういうことになった。
やばかった。
「……赦されよ、赦されよ……おお、静めたまえ、鎮まりたまえ……」
とかぶつぶつ言ってるハゲの薄汚い坊主が、ハンナムを出迎えた。
出迎えた──と言っても、無論これは比喩であって、坊主は門に面した境内の中心に鎮座する、荘厳な大木に向かってずっとそんなことをぶつぶつと言っていた。
ハンナムは気が重かった。何せノンアポである。もしかしたらロゥからロッカ院に話は通っているかもしれなかったが、気は重かった。何せのっけから
「……失礼!」
郊外まで送ってくれた三輪タクシーの運ちゃんはとっくに帰った。一時間後に迎えに来る約束なので、見渡す限りのむさ苦しい草原にあと一時間は居なければならない。まさか徒歩でアルゴンまで帰るわけにもいかないので、つまりは帰り道は絶たれていた。
「ご老人、少々よろしいですか?」
ハンナムは外行用の営業スタイルに雰囲気を変えて声をかけた。ぶつぶつと呟き続けている件の坊主に近づくと、とても酸っぱいような、いやに熟成された──いや、表現を選ばずに言えば、臭った。
「南無──世尊妙相具、我今重文彼、名為観世音…………鎮めたもう、鎮めたもう……」
ぶつぶつぶつ、低くしゃがれた、老人の声が廃墟同然のロッカ院に、妙に響き渡って不気味な感じがする。そこに異様な圧力のようなものを感じて、ハンナムは思わずたじろいで立ち止まらざるを得なくなった。
「……汚れ、呪われた錆が、覆っておるの」
と、よく分からないことを突然言い出したので、ハンナムの意識はついて行けず、
「……は?」
間抜けな声を落とした。老坊主の言葉は、もしかしてハンナムに向けられていたものだったのだろうか。
「見やれ、若き人よ」
全くもって聞き取りにくい、どうにも皺がれた老人の声と共に、老人は顔を上げた。その視線の先には、高さにしておそらく30メートルを越えるであろう大木があった。
ハンナムは釣られて上を見た──はっきりと捉えると、その大木は、
「……!? な、何だ、これ……!?」
大木を見上げたハンナムが驚愕したのも無理はない話である。
──それは、末期の病人の肌にも似ていて、無数の血管が浮き出ているようだった。
大木に絡み付いた無数の──そう、数え切れないほどの蔦が、大木を締め上げていた。少なくともハンナムには、意思を持たないはずのただの植物が──大木を、殺そうとしているようで、そういった原始的な嫌悪感や恐怖を否応なく連想させる。
気持ち悪かった。まるで死体に湧いた蛆の群れを見ているようで思わず鳥肌が立つ。何よりそれが大木という静止的な植物に発生しているのが、最も異質で違和感だらけで──首筋を冷や汗が伝った。
「呪いじゃ」
「は……? の、呪い?」
「さよう。……錆の系譜──生まれより、魂に錆を抱える、哀れな一族に因って」
異様な光景だった。無感情では居られなかった──誰しも、その光景を見れば最低でも嫌悪感や気持ち悪さを感じるはずだ。それもそのはず、なぜなら──
「……この大木は、もう腐ってたのか……!?」
──樹高にして50メートルを越え、樹周20メートルにも達する大木は、無数の太い蔦に覆われ、隙間から見える地肌は黒く湿って、ボロボロになっていた。
古く伝統的なエクソリアの人々にとっては、この大木は一種の神聖なものとされ、どれほどの天災を経てもそこにあり続ける神木であった。ハンナムのような若い世代にとっては馴染みなく、またそういった信仰を保つ人々は高齢になっていて、ほとんどが死に絶えていた。
一部のアルゴン南西部からは、この大木が確認される。樹高50メートルを越す大木であるためだ。一種のシンボルとなっていた──瑞々しく、しかしどこか荘厳な姿が見えていた。生命力に溢れていた。だから──まさか、それが腐っていたなどと、夢にも思わなかったのである。
「ソァの恨み、怒り、悲しみ──ヤツは、ついぞ我々を許せなんだ。鬼になり、世を呪い……ついに、スクラッドの樹さえ──今は、朽ちる時を待つのみに成り果ててしまい──」
訳のわからないことを、とっくに頭の禿げ上がった法師がしわがれた声で言っている。
圧倒されていた。この大木が腐り、木肌を覆った寄生虫のような蔦の網──不気味なんてものではなかった。異様な圧力に、ハンナムは一歩後退りをしたほどだ。
下を見れば、大地に張った大木の根が、その太さゆえに地表に出てきて──蟻が群がっている。根本から腐っているのだ。巨大な何かが揺らいでいる、形のない振動が妙な恐怖ばかりを生んでいる。
「……死してなお、今も呪っておる。是、無有滅道……是大明呪、不垢不浄……祓給え、鎮まり給え──」
確かに──こんなものを野ざらしにしておいたら、何かよくないことが起きる。信仰など興味のないハンナムだったが、それだけはよく分かった。
ロッカ院の廃墟じみた姿は、この瘴気に当てられたものなのだろう。こんなものが庭に生えてたら、とても正気は保てない。正直これ以上こんな気持ち悪い場所に立っていたくない。視界に入れるのも嫌だった、そろそろ吐きそうだ。臭いも酷い──臭いは、坊主から来てるものだとばかり思っていたが、実は違うかもしれない。
──冗談じゃない。
まさか、ロゥ様は──。
「……こんな場所で、祝言をやるつもりなのか……!?」
祝いとか、幸せとか──そういうものがあるのなら、これはまさしく正反対だ。どうかしてる──例えるなら、殺人現場の横でキスでもして、愛を囁くような、そんなキチガイじみた行為だ。
「法師さん、ロゥ様から話は聞いてないのか」
他所行き用に引き締めていたハンナムの口調はとっくに崩れて、素の部分が露出している。今更丁寧さを繕ってもどうしようもなかったし、意味があるとも思えなかった。
「……呪われておるがゆえ──あ奴もまた、そうせざるを得なくなった。……呪縛から抜け出すことは叶わんだか。救えんのぅ……」
「呪縛? ロゥ様のことか?」
「さよう。……あまり、ここにおるでない。
「……って言っても、迎えが来るまで時間があるんだ。俺にも、ここでやらなきゃいけない仕事がある──爺さん、少しここらへん、見てっていいか。式の段取りのために決めなきゃいけないことがいくつかあるんだ」
「愚かじゃな、しかし──しようのないことかのぅ。若き人よ、忠告を聞くがいい」
「忠告?」
「さよう」
シワだらけの顔と、薄汚い袈裟で、末期の病人のような大木を見上げながら、老坊主は言い放った。
「鏡を見込んではならんぞ」
「……聞いとくよ、一応な」
9/4 羅刹と大木
「ねえ、エフイーター」
「ん」
「少し歩くの早いよ。何かあった?」
「……はぁぁぁ〜……。何もないって、さっさと行くぞ」
「行くって、今どこに向かってるのさ」
「どこでもいいだろ、そんなの」
とまあ、いつもは穏やかな瞳が今は鋭く尖って、辺りを睨み回しているような調子だったので、ここまで来れば流石のラストも聞かざるを得ない。
「怒ってるの?」
「……あのな、ラスト。なんであたしが怒る必要があるんだ?」
典型的に面倒くさい怒り方だった。そういうセリフを口にする場合で本当に怒ってないケースは稀である。
「さっきの占い師のこと──ずっとイライラしてる」
「してない」
「してないの?」
「ああ。してない」
明らかにイライラしていた。
前を歩いていたエフイーターが足を止めて、わざわざ体ごとラストに振り返る。目が細くなっていたし、口元もギュッと引き締まっていた。喜んでいる顔ではなさそうだ。
「……少なくとも、さっきのあの野郎に対してはもう怒ってない」
「え、でも──」
「でもじゃない! あのな、いいか?」
エフイーターはぐいっと顔を近づけて、人差し指をラストの顔面まで持ってきて言葉を続ける。
「お前が記憶喪失で、何にも分からないのは仕方ない。けどな! どうしてさっきのあいつの言葉に言われっぱなしだったんだよ!」
「え、──」
「お前、さっきのヤツの話聞いてどう思った!」
「え、えっと……そうなんだな、って」
「そうなんだな、じゃねーんだよ! まさか全部信じてんのかー!? さっきのヤツの言葉、全部受け入れてんのか!?」
「う、受け入れる……っていうか、だって……あの人が、僕を騙そうとする理由はないよ」
「違う! 騙そうとか、騙されるとかそういう話をしているわけじゃねーんだ! あたしが言いたいのは、そういうことじゃなくて……! なんて言うかな、あーもう! うまく言えないけど、えーっとな!」
自分の怒りをうまく言葉に変換できずにエフイーターが唸りながら、なおもラストを睨みつけている。殴って伝えられるのなら、今すぐにでもエフイーターは拳を振るっていただろう。そのくらいの苛立ちだった。
「お前、さっきのヤツのいう通りだとしたら──お前自身の幸せは、死ぬまで訪れないんだぞ!」
「し、幸せ……?」
「お前それでいいのか。そんなんでいいのか……!?」
「いいのか、って言われても……」
「お前のことだろ、ちゃんと答えろ!」
ここまで来ると、エフイーターはラストの胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いだった。ラストとしては戸惑い、たじろぐ他ない。
往来でそんなことをしていれば、いずれは人の注目を集めることになる。なんだなんだと無遠慮な視線を注ぎながら歩く人々の中から、一人の女性が現れることとなった。
「あの、そこのお二人さん、ちょおーっといいかしら?」
青筋を立てた、大変綺麗な金髪をそよ風に靡かせた、平時用の軍医装束に身を包んだヴァルポがそんなことを言ったのであった。
ーーー
そんなわけで、ブリーズはもうお冠もお冠、かんかんである。
「……事情は分かったわ。婿入りを明日に控えて何をしてるのかって──まさか、こんなことになってるとは思わないわよ」
近くに入ったカフェでの、ブリーズが頭を抱えながら発した一言である。
「記憶喪失……って。嘘でしょう? いくらなんでも早すぎるわよ……」
「早すぎる?」
「──いえ、なんでもないわ」
エフイーターの疑問を雑に誤魔化して、改めてブリーズは対面のエフイーターに向き直った。
「こっちでぼけーっとしてるお馬鹿さんは引き取るわ。手間をかけさせたわね、このお馬鹿さんに代わって謝罪と感謝を申し上げます。エフイーターさん、ごめんなさい」
「いや、いいよ。成り行きだし、感謝されるほどのことじゃない。それよりさ、ブリーズって言ったよな──お前、あたしと会ったことないか?」
「──」
ある。思いっきりある。ブリーズの方は覚えていた、何せエフイーターは有名人であったのだ。廊下で見かけて、ロドスにはこんな人まで居るのかと驚いたことを覚えている。
「……気のせいよ」
「いーや! 怪しいぞ、えーっと……あるぞ、多分──ロドス、ロドスだ! すれ違ったことあるだろ、第三区画、トレーニングルームの前だ! 絶対ある、白状しろ!」
「う、い、いいえ? き、気のせいじゃないかしら、おほほほほ……」
誤魔化し方が絶望的に下手くそだった。ブラストと並ぶくらいに嘘が下手過ぎる。ここまでくると悲しくなるレベルである。誤魔化しのための笑顔に浮かんだ冷や汗が頬を滑り落ちていった。
「嘘付くな! お前の顔写真、ロドスに送って確認してやってもいいんだぞ!」
エフイーターが詰問している横で、ラストの方はというと、伝統的なスイーツであるチェーに夢中だった。チェーというのは豆や芋にシロップをかけて煮込んだぜんざい風のスイーツである。これがまたよく冷えていて、年中暑いエクソリアの清涼剤として人気のスイーツだ。
「う、や──やれるものならやってみなさい! ロドスにまで送るのは大変よ、トランスポーターを使っても、往復で一ヶ月はかかるんじゃないかしら!」
スプーンで豆をつついたり、甘くて冷たいシロップを食べて美味しさに目を丸くしたり。なんだこの美味しい食べ物は、すごいな──。
「なめんなよ! クルビア支部からの長距離通信システムを使えば、そのくらい一週間もかからないんだからな!」
一緒に出てきたブレンドコーヒーを試してみると、これがまた非常に苦く酸っぱい。コーヒー大国とさえ言われるエクソリアでは様々なコーヒーの種類が存在する。チェーの甘さが残った舌には二割増しで苦かったが、なんだろう……妙に美味しい。
「ん? っていうか──どうしてロドスまで往復一ヶ月も掛かることを知っているんだ? あたし、ロドスがどこにあるかなんて話したか?」
「……うっ!」
どうやらマヌケは見つかったようだ。
ラストと言えばチェーに夢中で、楽しむことに忙しい。
「み……認めるわ。ロドスを知ってる──けど、行ったことがあるだけで、所属まではしてないわよ」
「……ほんとか?」
「ええ、本当よ。だって、嘘を吐く理由なんてないでしょう?」
嘘である。理由ならばっちりある。少々複雑になるが──。
元々ブリーズがロドスを経由してエクソリアを訪れていたのは、一つには危機契約機構との条約に基づくものであった。紛争続きのエクソリアにて、一人でも多くの命を救うため──という名目だったが、ブリーズ個人の目的としては一つだけ。"エール"の名前を持つ、南部軍事組織レオーネの指導者に会いにきた。
もしもそのエールが、ヴィクトリアで出会ったエールと同名別人であれば、ブリーズはいくつかの任務をこなしてロドスに帰還するつもりだった。そもそもあのヴィクトリアのチンピラが、まさかヴィクトリアから遠く離れた小国で戦争の指揮を取ってるはずもない。望みは薄かったし、ブリーズも半分ほどはついでというか、宝くじでも買うような感覚だった、が。
残念なことに同一人物であったことが発覚、元々の予定を変えてブリーズはレオーネに軍医として参加。
問題なのは、この辺の事情で──ロドスや、危機契約機構との契約上、ブリーズは本来ならばこの紛争に対して中立の立場でなければならなかった、という点である。南部や北部、どちらかに肩入れしてはならないのだ。医療技術者として、紛争に巻き込まれる一般人のみを救うのが使命であった……のだが。
今や、ブリーズはレオーネの軍医で、それはもう色々な面倒に巻き込まれているというか、まあ望んで飛び込んでいったというか。
そしてエールがロドスに所属していたことを知り、事態はややこしくなる。つまりブリーズはロドスから現状に対して口出しされることを避けたいのである。
そんなわけで、ロドスの尖兵(少なくともブリーズからはそう見えている)であるエフイーターに、自分の正体がバレるとちょっと面倒臭くなるかもしれない。
「……ほんとか? あたしの記憶が確かなら──お前が向かって行った先には医療部だったはず」
「そ、それがどうかしたの? 私は医者だし、ロドスと一時的に協力関係にあったわ。何もおかしいことなんてないじゃない」
「あのエリアはな、例えロドスと協力関係にある人物でも──部外者は立ち入れない場所なんだよ」
「えっ、──いいえ、引っ掛からないわよ」
「いいや。あたしがロドスに正式に入る前、あの場所に立ち入ろうとしたことがある。トレーニングルームに興味があって──でも、セキュリティーに弾かれたんだ。後でクロージャに聞いたら、あの近くはコンソールがあるから、なるべく部外者には立ち入ってほしくないんだって言ってた。だからあの場所にいたってことはそういうことしか有り得ない」
「……ううっ!」
「どうだ〜、まだやるか〜?」
がっくりと項垂れたブリーズと、柄にもなく口先を踊らせたエフイーター、それと一心不乱にチェーを味わうラスト。
「……認めるわよ。ロドスにも所属はしているわ、でもそれは私にとっては手段の一つ。私の目的のためには、ロドスよりもレオーネに居た方が良さそうだから」
「目的? なんだよ目的って」
その言葉には答えずに、ブリーズはそっとラストの方に目をやった。いつもの自嘲とも微笑ともつかない嫌な笑みはどこかへ消え、信じられないほど純粋な表情で、甘味を味わっている。いっつもこのぐらいの可愛げがあればいいのだが。
「……まさか、お前も?」
「残念ながら、そういうことみたいね」
二人揃って似たようなため息、知らぬは当人ばかりで──その当人も、また面倒なことになっている。
「今、人がここに向かってきてるわ。こっちにも事情があって、そこのお馬鹿さんはレオーネに戻ってもらわなきゃいけないのよね」
「けど、こいつは今、記憶が──」
「関係ないわ」
その冷たい一言に、思わずエフイーターはいきり立って、反射的に机を叩く。
「っ、関係ないってな、お前──」
ブリーズの顔をはっきりと睨んで続けようとするが……ブリーズの、覚悟に染まった顔を見て口が止まる。
「関係ないの。分かっていたことだから──いずれ、そこのお馬鹿さんは全てを忘れるって、私には分かっていた。だから遅かれ早かれ……
「……何言ってっかわかんねーけど、お前……知ってたのか? ラスト──ブラストの記憶がこうなるってこと、前から分かってたのか……!?」
「彼が選んだことの結果よ」
「はぁ!? っざけんなよ!」
ぎりぎりとした歯軋りまで聞こえてきそうな、激情を隠そうともしないエフイーターと、涼しい顔で対面するブリーズ。視線の先に火花が散っているようだった。
ラストは不思議そうな顔で二人を見ている。
「分かっていて放ったらかしていたのか!? こんな風になっちまうまで、放っておいたのか!? こいつは一人で、まるで死人みたいに道端に寝っ転がってたんだ、そんな風にしたのは──」
「もう結構よ。
「なんだと……!?」
「それとも、あなただったらどうにか出来たの? ……行き詰まったエクソリアを、どうにか出来る? このお馬鹿さんが抱えていたのはそういうことよ。歴史上でも稀に見るほどのお馬鹿さん──だから、英雄なんて酷い名前で呼ばれる羽目になっているのよ。そして、そうやって呼ばれてきた歴史上の偉人たちの最期は、どれもこれも──」
冷徹に呟くように話すブリーズの姿は、どことなく普段のエールに似ていた。
「──酷い終わり方ばっかりじゃない。だから、必要なことははっきりしてるわ」
「何が言いたいんだ、あたしは周りくどいのが嫌いだ。はっきり言え」
「なら遠慮はしないわ。──口を挟まないで頂戴。これは私たちの問題で、この国の人々が背負うべき問題であり、私が背負うべき責任であり、そこのお馬鹿さんが向かうべき道の話なの。保護してくれたことには感謝しているわ。ロドスからやってきたのなら、任務があるのでしょう? 必要ならその手助けもさせてもらう。だから──」
そこで初めて、ブリーズは口元を緩めた。
「何も、そんな目で見なくたっていいじゃない……」
そう、諦めたような、寂しい微笑を浮かべた。
そこで初めてエフイーターは、自分の表情に気がついて、それから何かを言うのを止めた。
ラストは相変わらずぼんやりとしていた。
・時系列に関して
この裏側で何があったかってのはまた別の話でやると思います。そのうち時系列設定でガバります(予言)
・ハンナム
オリキャラ。名前の語感が妙に面白いので名前がよく文章に登場します
・ラスト
ある映画の登場人物の名前。
その登場人物は、あるエリートオペレーターそのままだとロドス内では評判だった。
・ブリーズ
かわいい
・エフイーター
あんまり人のことは言えない。
かわいい。