9/4 羅刹と大木
「ホン兄ぃ、兄ぃが新しい自転車買ってくれるって話、どうなった!?」
「チィ! 危ないから走り回るな、本を買ってきてやったんだから!」
「シェンはどこ? ホン、見なかった?」
「二階に行ったよ! 早く降りてくるように伝えてくれ、今日は客人が来てる!」
「客人?」
「そっちで休んでもらってる! それとルィ、飯の準備を手伝ってくれないか?」
──苦労人らしい彼がずっと大声を出しているのは、子供たちの騒ぐ音に邪魔されないためだろう。駆け回ったり、大声を出して笑っていたり、小さなボールを投げ合ったりしている。危なそうだが、子供にとっては大した問題ではないのだろう。
エフイーターはそんな家の中をざっと見回していた。
「騒がしいでしょう」
ケースから眼鏡を取り出して、グエンは穏やかに笑いかけた。
「じいちゃんお帰りー!」
子供の中の一人が、椅子にもたれかかったグエンに突撃して、グエンの膝を椅子にして、嬉しそうに笑った。
「はい、ただいま。学校はどうだった」
「楽しかったよ! 今日さ、ベンドって男の子が転校してきてさ! すごいんだよ、クルビアから来たんだって! なんか暗そうなやつだったけど、頭がめっちゃ良いんだって!」
「話をしたのか?」
普段の丁寧な言葉遣いは、流石に家族の前ではしていないらしいが──穏やかな物腰は、誰に対しても変わっていないようだった。
孫に対する視線は、家族への愛情に溢れていた。少なくともエフイーターの目にはそう写った。
「したよ! じいちゃんが大統領だって話したらすっげー驚いてた!」
「ふふ、そうかそうか。……フィ、お客さんが来ている。挨拶しなさい」
「……! おれフィ・リ・ハン! その耳、ベンドとおんなじだ……ウルスス人だ! すげー!」
「ふっふ〜ん、すげーだろ。あとウルススじゃなくてウルサスだからな。少年よぅ、こんな美人に会えるなんて運がいいぞ〜!」
──どうにも、昔の癖で他人と話すときには上機嫌に振る舞いがちになる。大抵の人間はファンとかだったので、そうするとよく喜ばれたものだ。特にこういう子供相手は得意だった。
最も、エクソリアではあまり映画は流行っていないらしい。
「……ジュース飲もっと!」
少年は年上の魅力に溢れたエフイーターへの気恥ずかしさか、それとも子供ゆえに移り気な性質ゆえか逃げるようにして走り去っていった。子供は突飛な行動が珍しくない。
「しっかしすげーな。じいさん、あんたの家族は一体何人居るんだ? みんなこの家で暮らしてるのか? あんまりこの家、デカくなさそうだけど」
「私を含めて14人家族ですよ。向かいの家に息子夫婦が、その三つ隣に娘夫婦が暮らしておりましてな、夕食などはまとめて一緒に作って、一緒に食べるようにしています」
「14人って、とんでもねーなー……。この国じゃ普通なのか?」
「ええ。子供が6、7人居る家は珍しくありません。よく親戚同士で集まって、力を合わせながら育てていくのです」
「楽しそうだな!」
「ええ。……だだ、その中で大人になれる子はそう多くありません。エクソリアでは、70%の子供が、13歳までに命を落とすと言われています」
穏やかな語り口ながら、不穏な言葉が飛び出した。
「……内戦状態にあるからか?」
「それもありますが、一番は病気です。根本的な栄養が足りなかったり、治療を受けられなかったり──貧困という壁が、子供達の前には立ちはだかっています」
「貧困って、何が原因でそうなってるんだ?」
「一言で言い表すのは困難です。長らく続いた二大貴族による支配下において、我々は足枷と、錘を付けられていました。今ではようやくその枷は緩められつつありますが、その跡はそう簡単に消えるものではありません。例えば字が読めない子供が、どのようにして貧困から抜け出せますか」
所得と学力は、少なくともある程度の相関関係にある。南部の抱える根本的な問題として、学校に通わせられないどころか学校がそもそも無い、あるいは数が少なすぎるということも多い。
貧困に喘ぐ国の多くがそうであるように、そういった余裕がないのである。
「この大地の名前も知らぬまま大地へ帰っていく子供たちを掬い上げるためには、国そのものを変えねばなりません。そしてそれには、長い時間と、人々の努力が必要です──ああ、いえ。何でもありません」
「いやいやいや、そこまで話しといて何でもないは無いだろ。あたしがそこまで無関心な人間に見えるか?」
「いえ。ただ、歓迎の席ではその人自身の話をすることになっています。先のような話題は、我々の習慣にはそぐわないものでした」
と、どうにも律儀というか、そういったものを大切にするグエンと、微妙な価値観の相違に首を捻るエフイーター。異国の文化──。
「父さん、準備出来たよ! ご飯にしよう!」
「ありがとうホン。みんな、座りなさい! 夕飯にしよう」
グエンがそう呼びかけると、走り回っていた子供たちや、リビングの隅でノートを開いていた高校生くらいの少年なども皆集まってくる。大所帯のため、テーブルも一つではないようだった。少しだけロドスの食堂にも似ている気がする。
皆の視線が何となくエフイーターに集まっていた。元ムービースターのエフイーターは注目を集めやすく、大抵の人間は思わず見惚れてしまう。
「彼女はエフイーターさんだ。今日この国に来たばかりで、行くあてがないとのことだったから今日はウチに泊まってもらうことになった。炎国では有名な方だ」
「ども〜。あたしはエフイーター、じいさんの好意に甘えて、今日はお世話になるよ。あ、サイン欲しいならいつでも良いからな!」
茶目っ気たっぷりに言い放つエフイーターと、サイン……? と首を傾げる家族たち。
──皆、日に焼けた肌を持っている。顔付きだってずいぶん違う。国の匂いも、温度も湿度も、言葉のちょっとしたニュアンスも、全く違う。
「エフイーターさんはどこから来たの!?」
まだ幼い女の子が、声変わりも終わっていない純真な声でそう聞いた。
「そうだな〜、ここより──この国より、ずっと遠いところから来たんだ」
この時エフイーターは初めて、自分が違う国に来たことに気がついた。
夕食は豪華だった。この国の一般的な食事がどういったものかはあまり知識がないエフイーターだったが、いくつも並んだ皿に盛られた鶏肉や野菜を見れば、明らかに豪勢だと気がついた。
歓迎の印としては十分すぎるほどで、現金なものだがつい嬉しくなる。味付けもエフイーターの感覚からすれば独特なもので、案外悪くない。
この家の習慣だろうか、大所帯の家族は食事中も頻繁に席を入れ替わったり、立ち歩きながら隣に座り合い、たくさんの会話をしている。
「エフイーターさんは旅行なんですか?」
大人になる一歩手前くらいの少女の一人が隣に座ってきて、興味津々といった顔で身を乗り出してきている。
「いや、違うよ。あたしはね、人に会いにきたんだ」
「知り合いなんですか?」
「まあ、そんなところ……いや、知り合いっていうか──仲間だよ。仲間がこの国に居るんだ」
「えー! もしかして、男の人だったりするんですか!?」
「そうだよ〜」
年頃なのか、どうにもそういう話題には興味が有り余っているようだった。
「もしかして、会いにきたって──!」
「や、期待してるような関係じゃないぞ?」
「え、うそうそ……絶対嘘ですよ!」
「いろいろあるんだよ〜。スイはそういうのに興味があるんだな」
「私、気になってる男の人が居るんですよ。聞いてくれます?」
「いいよいいよ、お姉さんに話してみなさい」
まあ、女の子なら絶対に盛り上がらない話題ではない。エフイーターはその話に付き合ってやることにした。
「私が働いてる工場の、三つ上の男の人なんですけど、すっごくイケメンで優しいんです。いつも優しくしてくれて──」
「うんうん」
まあ、聞いて欲しいのだろうとは検討がついた。楽しそうにその男のことを話すスイ。活発そうな瞳が一言ごとに揺れ動いていた。
「それで、今度一緒に買い物に行く約束をしていて。でも私、全然おしゃれな服なんて持ってないし、それで──」
「え〜? いいじゃんいいじゃん」
話を聞きながら、自分が目の前の少女くらいの歳の頃を思い出していた。
「でも、彼ぐらいかっこよかったら他にいっぱい女の子もいるし、不安で……」
「男なんて簡単だよ〜、思い切ってキスしちゃえって」
男なんて簡単だったらエフイーターはわざわざこんな国にまでやってきてはいないのだが、それはそれ。
「──で、お父さんは張り切りすぎててその男を連れてこいって言ってるし……お爺ちゃんくらいなんです、優しく見守ってくれているの。はぁ、構ってくれるのは嬉しいんですけど限度がありますよ、ほんとに……」
「お爺ちゃんって、グエンのじいさんのことか?」
「はい、尊敬してます。いつもにこにこしてて、この国のことを本当に大切にしていて……」
話題は移り変わって、いつの間にやら家族の話になっていた。
「叔父さんが死んだって聞いた時のお爺ちゃんの顔、忘れられなくて」
「叔父さんだと──えーっと、グエンのじいさんの息子ってことか?」
「はい、そうなります。長男で、従軍していました。一年前の戦役で亡くなったんです」
一年前──その頃だっただろうか。
エフイーターがあの青年と出会ったのは、もうそんなに前のことになるのだったか。
「その頃はまだ、レオーネもありませんでしたから……叔父さんは南部軍の士官として、部隊の小隊長をしていたんです。ホークンで亡くなりました。爆弾で殺されてしまったので、遺体は持ち帰ることができなかったって聞いています」
この家の暖かさが忘れさせていた事実、今この国は内乱が続いているということ。
何が起こっているのかを知りたい。エフイーターは口を開いた。
「いろいろ聞かせてもらってもいいか? じいさんのこととか、この家族のこととか」
「え? はい……。えっと、そうですね。こんなこと、お客さんに話すべきことじゃないんですけど……思い出せば、この家からも結構人が減っていったなぁ。フー叔父さん、スプちゃん、カルア、ターチさん、それと──」
スイは次々と名前を並べていく。人が減っていった、それは決して引っ越していったとか、出ていったとかそういう理由で人が減っていったわけではないだろう。
「みんなちっちゃかったなぁ、子供はすぐ死んじゃうんです。流行病にやられて、ソンなんてまだ3歳にもなってなかったのに。戦争でもずいぶん死にました、軍のやられっぷりは酷かったです。もう笑っちゃうくらい勝てなくて、八百長でもしているんじゃないかってくらい。それでもずっと戦術的撤退とかいう言葉を繰り返してるんだから、本当にどうしようもないんだなってわかりました」
スイの言葉は結構乾いていて、家族の死ですらもういちいち悲しんでいる余裕もないのだろう。あるいは生まれた時からそれが当たり前だったか。
先進国と比較して、こういった後進国の出生率の高さは群を抜いているが、それでもなお人口が増えないのは死亡率がそれを上回るからである。
それに加えて、ソアの八百長という言葉は的を得ていた。実際それは真実である。
「……だから、お爺ちゃんが一番苦しいと思います。私なんかまだマシで、恋愛のことしか頭にないけど……お爺ちゃんはたった一人でこの家を、いや……この国を背負って、ずっと戦ってます」
──結局、エフイーターはその言葉に対して返すべき言葉を持たなかった。何を言っても表面的なものになってしまいそうだった。
ソアはそれから、思い出したように一言付け加えた。
「あ、一人じゃありませんでした。今は……あの人が、お爺ちゃんの横に居てくれたんでした。知りませんか? あの人──エールさん」
「……!」
顔が思わず強ばるのを止めることが出来ない。スイはそれには気が付かなかったようで、つらつらと話し続ける。
「何度かお爺ちゃんが連れてきたことがあるんですよ。私とも話してくれました。あの人もかっこいいですよね、それにすっごく頭が良さそうだったし、体がすごく大きいってわけじゃないんですけど……そう、まるで包丁みたい!」
が、流石に笑った。
「はははっ! ほ、包丁! 包丁って……っ! お、おもしろ〜!」
「え、なんですか!?」
「や、言いたいことは分かるけど、剣とかじゃなくて、包丁って……っ! あはははっ、そうだな、そのぐらいが丁度いいな! きゅうりでも切ってるくらいが丁度いいんだな、絶対そうじゃん! はは、あはははっ!」
「なんなんですか……」
割と本気でムッとした表情を浮かべるスイに、エフイーターは笑いながら謝った。
「ごめんって! いやあ、確かにな、そうだな! その通りだよな〜! そうだな、そうだよ……」
と、段々と急激に勢いを失っていくエフイーターの声に、スイはまた別の種類の不思議な顔をした。
「……そのぐらいが、丁度よかったのにな」
「えーっと、もしかして……エールさんの知り合い、ですか?」
「うん、そうだよ」
「え、じゃあもしかして、人に会いに来たって……」
「そう。……あいつに会いに来た。本当はもっと早く来るつもりだったけど、なかなか上手くいかなかったんだ」
ただならぬ事情を察知したのか、遠慮気味に、しかし奥底では興味に溢れた声でスイはそっと尋ねる。
「……どういう関係なんですか?」
「さっきも言っただろ、仲間なんだ。あたしさ、一時期かなりヤバかった時があって……それまで人生の全部だと思ってたものを失ったんだ。これからどうやって生きていけばいいのか、分かんなくなって……そんな時、あいつが来た。話そうとしたら長くなるから省くけど、最終的には──」
懐かしみながらエフイーターは語った。
スイは興味深々に耳を傾けている。
「新しい生き方を教えてもらった。まあこれに関してはあいつ一人にって訳じゃない。あいつの居た会社がそういうところで、今もそこで働いているんだけど──まあとにかく、全部を失ったあたしに、前の生活よりもずっといい暮らしを与えてくれた。あの場所には感謝してもしきれないよ」
「エールさんに助けられたってことですか?」
「んー……。まあ、それはそうなんだけど、その後の新しい人生を提案してくれたのは会社の方だし。実際に助けに来てくれたのはあいつなんだけど、その後はっきり言われたよ。"仕事だから助けた"って」
「うわー……」
スイが引くのも理解できる。そんな乾いた言葉を平然と言い放つのである。ドライと言えばそこまでだが──。
『だから僕に感謝する必要はない。大体の仕事をしたのは僕の仲間だし、黒幕っぽいやつを倒したのはお前だろ? あんまり僕は仕事してないしな……』
とか言ってた。
「けどまあ、そこじゃないんだよ。最初は分からなかったんだ、あいつが本当はどういうヤツなのか。前は女優なんてやってたからさ、あたしは新しい人生の一歩を踏み出す意味も込めて、自分で映画を作りたいなって思って、半分冗談のつもりでその話に巻き込んだんだ」
「えっと、映画──って、どういうのですか?」
「あんまり見たことない? まあ簡単な話だよ、悪い奴が居て、それを倒す。それだけの簡単な話で、正直あたしはきっとあんまりいいものは出来ないだろうなって思ってたんだ。半分はあたし自身の区切りのための自主制作映画だったんだから、別にそれで良かった。けどあいつ、どこからか分かんないけど資金とか集めてきてさ、制作会社まで巻き込んで……どんどん大事になっていってさ〜」
もう二度と無理だと思っていた。映画に出て、何かを表現することは──名残は残っていて、未練も残ったまま。ロドスの新しい生活はずっと悪くなかったし、望外の幸運だった。間違いなく言える、ロドスに来てよかったって。
「冗談みたいに溢した一言が、どんどん広がって……そうだなぁ、うん、あの時は……嬉しかったな。あいつ、結構奥底は冷たいヤツだと思ってたんだけど、全然そんなことはなかった。あいつは──他人のために、自分の能力と努力を躊躇わないヤツなんだって気がついたんだ。なんだかな、トラブルに巻き込まれて、感染者になって──それで、ロドスに助けてもらって、本当に感謝してる、けど」
最終的に、中堅どころの映画配給会社に伝を得て一般上映にまで漕ぎ着けられた時、エフイーターは自分がどれほどの人間に助けられて生きているのか理解した。
「救われたんだ〜。なんか、この大地には……困ったり、困難にぶつかった時……誰かが助けてくれるんだって、力になってくれるんだって──教えてくれた。ぶつくさ文句言いながら、最後の最後まで力になってくれるヤツが居るんだって。それだけであたしは十分嬉しかったんだ」
気づかない間に、エフイーターは表情が緩んでいた。
スイはニヤリとして、意地悪げに言う。
「好きなんですか?」
「まあね──いや、なんて言うかな〜。そういう意味での好きとは違うんだよ」
「うそー! 絶対そういう意味で好きなんですよね!?」
「違うって。なんていうか、例えばあいつが何か困ったことになってて、あたしが行動することで助けになれるならそうするし、あたしがちゅーして、あいつがちょっとでも救われてくれるならする。そういう、言わば人間的な好きだよ。恩返しみたいな」
「……それは、流石に苦しいですよ」
「だよなー……。大体あいつ、ダメなところばっかりだし。気遣いが下手だし、他人の気持ち分からないし、頼るのも下手だし、ノリ悪いし、文句多いし、無駄に生真面目だし融通利かないし、平気で別の女の話するし、自分のこと話してくれないし、話し下手だし、一言少ないし、好き嫌い多いし……」
──分かりやすい愚痴は、スイにとっては惚気にしか聞こえないが。
「自分を大切にしないし、全然利己的じゃないっていうか、例えば頑張ってひと仕事終えたら普通は自分にご褒美とか、自分を褒めたりするじゃん。そういうの全く無いんだよ」
「えっと、聞く限りは美徳じゃないんですか?」
「限度があるだろ。放っておくと休日までずっと訓練室に篭りっぱなしか、ずっと仕事してるって感じで──自分のために何かをするってことを知らないみたいに、ずっと。結構前から心配してたし、あたしなりに何か出来ることを探して色々やってたけど……結局、あいつは」
エフイーターのあの青年に対する感情は、恋愛的な側面に限らない。
それは一つの証明なのだ。
「根本的なところで、ぶっ壊れたままなのかもしれない」
エフイーターが、誰かを救うことができることの証明だ。
この大地が、善意に対してどれだけ応えてくれるのかの証明なのだと思う。それはエフイーターの信念でもある。正義がまだこの大地に残っていると確かめたいのだと思う。
「……なんだか、すごい話のような気がします」
「そんなんじゃないよ、子供っぽい意地だって」
「そうなんですか? でも意外でした、あの人にそんな過去があったんですね」
「なあ、スイの目から見てあいつはどういうヤツだ?」
「え? えっとー……すごい人、です。あの人は、過去を語りませんが……姿を見れば、嘘か本当かの見分けは付きますよね。あの人は本気で、この国のために戦ってくれてる。気がかりなのは、私たちがあの人に返せるものが何も無いってことだけです」
「……もし、あいつが居なくなったらどうなる?」
「そうですね、きっと……あの人無しに、これからやっていけるとは思えません。ですから、最終的にはウルサスの保護領地という名目で、支配下に置かれるでしょう。私、あんまり事情には詳しくなんですけど……あの源石鉱脈は、それほどの魔力を秘めています」
「源石鉱脈……? どういうことだ?」
「……あ! えっと、まだ公表されていませんでしたね。すみません、秘密にしてください。怒られちゃいますし、この秘密が漏れてしまうときっと酷いことになります」
その様子から、エフイーターはなんとなくの事情を察した。
エクソリアが置かれている、がんじがらめになった現状のことをなんとなく理解した。そしてその国にいた一人の青年のことを思い出した。
「わかった、広めたりしないよ──」
と、そんな時だったか。
リビングの広い空間で、皆が重い思いの団欒を楽しんでいた時のことだ。
古い扉が音を立てて開いて、人が入ってきたのである。
「──?」
最初は、気が付かなかった。
最初に気がついたのは、グエンの孫の一人で、19歳のホンという少年。手にしたコップを落として、茶がテーブルに広がった。
「……フー兄ちゃん……?」
一年前に命を落としたはずのグエンの息子が、ごく自然に帰ってきていた。
一見して厳つい顔つき、軍人らしい鋭い瞳と、短く刈り込んだ髪。ホークンへ向かって行った軍装のまま、何もかも一年前のまま。
「……。帰ったぞ、親父」
──アルゴンでは、死んだはずの人間が現れる現象が多発していた。
ーーー
子供から先に動いた。
「にーちゃん……にーちゃん!」
わっと群がるようにして、フーの元へ駆け寄っていった。フーは厳つい顔を少し緩めて、彼らの頭に手をやって軽く撫でた。
「元気にしていたか、チィ」
「当たり前だよ! 久しぶり、にーちゃん!」
「ああ。久しぶりだな」
気がつけば、あれほど騒がしかった一帯は静寂が支配していた。
懐かしい声がする。
「フー、君……なの?」
「ラン。久しぶりだな」
フーの従兄妹のランが、目を見開いて呆然としていた。
しばらく呆気に取られていたグエンが、ここで初めて口を開いた。
「本当にお前なのか、フー……」
それは帰ってきた息子に向ける種類のものではなく、実態のない幽霊に、その正体を問うような声。
「必ず帰ってこいと言われたからな。帰ってきてやったぞ、親父」
「……馬鹿な。お前は、死んだはず……私がこの手で、お前を埋葬した。信じられん、こんなことが……」
その混乱具合は過去に類を見ないほどで、グエンの心境を表していた。
「生き返ったのか、フー……?」
「ああ。呼ばれたんだ」
「誰に呼ばれた? こんなことはありえない、死者が蘇るなど──あってはならんことだ……」
「けど、俺は実際にここにいる。親父、俺ァまたあんたが苦難に見舞われてると思って、手伝ってやるために帰ってきたんだよ」
「……これは、私の幻覚か。それとも妖術か、呪術に違いない。フー、お前は帰ってきてはならなかった。摂理に反してはいかん……」
「何故だ? 親父よ、あんたが一番願ってたことだろ? お袋がどうやって死んだのか、まさか忘れた訳じゃないだろう。ジジィが最後に残した言葉はなんだった? 俺の兄弟も、結構いたハズなのに、今じゃ二人だけしか残ってねェ。俺もガキを残して死んじまったしな。なあ親父、家族が次々に死んでいったのと、あんたが政治犯だったことは無関係じゃない。そうだろ?」
「……私を、恨んでいるのか」
南部屈指の偉大な人物の一人であるグエンは、悔恨の混ざった弱々しい声で呟いた。普段のグエンを見慣れている者が見れば、目を疑うだろう。
「いいや、あんたの歩いている道は正しいと思うよ。民族闘争なんだからな、多少泥沼にもなるだろ。それにさっきから言ってるじゃねェか、俺ァあんたの力になるために戻ってきたんだって」
「……それは、いかん。お前は亡霊だ。一度死に、彼岸を渡った。こちら側に戻ってきてはならん……。在るべき所へ帰りなさい、フー。ここにいてはならん……」
「やれやれ、だ。……まぁ、仕方ねェな。今日のところはずらかってやるよ」
誰一人として声が出せなかった。張り詰めた声と、項垂れたグエンの姿の中で、エフイーターも同様に険しい表情になっている。あれは決して他人事ではない。死んだはずの人間が現れるのなら、それは決して他人事ではないのだ。
「ああそうだ、親父。もう歳なんだから、あんま無茶すんじゃねェぞ」
──それは、どう聞こうとも、死んだはずの息子の声だった。
婚姻式が明日に迫っていた。
イベントの連続開催vs危機契約#4vsダークライ
アルケットの話よかったですね
・グエン
敬語キャラから敬語を外すと誰が喋ってるか分からん問題
・エフイーター
かわいいのモンスター
・フー
やんちゃ系孝行息子
一年前の第二次ホークン会戦で殉職している。