この夜、月は満月だった。
そのせいか、大気にさえどこか怪しげな雰囲気が混じっていて、エフイーターが見上げていた空は透明にゆらゆらと揺れていた。
客間には布団が敷いてある。何から何まで、お世話になりっぱなしで──何か、恩を返したいとは思うが、しかし何が出来るだろう。
窓から空を見上げる。あの空の向こうに何があるのか──感傷に浸る性格でもないのだが、今日一日だけで色々なことがありすぎた。流石のエフイーターでも疲れていないと言えば嘘になる。
ぼーっとしていた。
「眠れませんか?」
「っ──!?」
突如として襲ってきたその声に、一瞬にしてエフイーターは飛び退き、警戒態勢を取った。
視線は相手を捉え、拳は軽く握り、体勢は低く──と、そこに立っていた人物を見て、思わず目を見開いた。
──ロドスのオペレーター装備だ。標準的な、行動隊が着用する青色と黒色のそれ。
「おまえ──ルイン、なのか……?」
「はい。お久しぶりですね、エフイーターさん」
優しげな顔、薄黒色の髪は肩にかかる程度で──ひょこっと飛び出た猫耳。
行動隊B2の補助オペレーター、ルインが儚げな微笑を浮かべていた。
エフイーターがパンダだとすれば、ルインは子猫ぐらいの存在感で、実際身長も小さかった。だがそれでも、その勤勉さや優しさは立派なもので、誰からも愛されていた。
「無事──、だったんだな」
いまいちキレのない、探るような言葉──エフイーターらしくもなく、言葉がつっかえてうまく出てこない。
「いいえ。エフイーターさんの想像通り、わたしは死亡しました」
「………………」
まともな言葉ではなかった。死んでいるのなら、なぜそうやって喋ることができるのだろうか? ありえない。あり得るはずがない。
だが、ついさっきも似たような現象を目にしたばかりだ。
それにルインがそう言うのなら、そうなのだろう。嘘をつくことなど想像できないような、少し不器用なオペレーター。
死んだはずだ。少なくともそう聞いている──そもそも、仲間達が今も生きていたのなら、ブラストがあんな風になるはずがない。それを許すような仲間たちではなかったはずなのだ。
「エフイーターさんに伝えなければならないことがあります。もはや亡霊となったわたしが今、こうやっているのは奇跡です。あるいはエフイーターさんは、これが幻覚だったり、夢なんだと考えるでしょう。それは真実に近いです、特殊な呪術環境下においてのみ、わたしは意識を自覚できていますから、それは性質としては、エフイーターさんのみが認識できる幻となんら区別出来るものではないんです」
──さっぱりだ。
前提条件から分からない。完全にお手上げだ、とりあえず話を聞くしかない。
「最初に言っておきます。わたしの存在は、今のこの街で起こっている現象の中でも特に例外的なものです。夢と同程度のあやふさやと認識してください」
声は聞こえる。影もある。ルインは幽霊のように透けてなどいないし、確かにそこに気配を感じるが──。
「……どうして、あたしの前に現れたんだ?」
「はい。それをお話しします。伝えなければならないこと、いえ、違います、死人に口無しというのなら、そんなことは許されませんから……これはお願いです」
真剣な表情をした死人がそんなことを言っている。この大地では割と何が起こっても不思議ではないが、幽霊にこんな話をされることは流石に初めてだ。
「隊長に関することです。……はい、警戒するのも当然ですよね。ですが聞いてください、エフイーターさんしか居ないんです。この呪術は、外界からのみ干渉することが可能なんです。ええっと、端的に表現すると、今このアルゴンは呪われているんです。おそらくはサルカズ由来の呪術系のアーツによる、超強力な広域呪力場が形成されています」
「……まあ、ツッコミ所は色々あるけどさ。もうちょい噛み砕いて」
「エフイーターさんの行動次第で、あの人を救い出せるかもしれません」
より細かい説明ではなく、ルインは最も効果的な言葉を選んだ。焦っていたためだ。奇跡のような状況は長続きするものではないことを理解していた。
エフイーターは息を呑んで続きを促す。
「今、アルゴンは呪われています。その影響のせいで、死んだはずの人々が蘇って帰ってきたり、わたしのような亡霊が現れています」
「……さっきの、グエンのじいさんの息子も──」
「はい、おそらくは。そしてここからが重要な点ですが、それは見せかけです。本当に死人が蘇っているわけではありません。そういう攻撃なんです、じわじわと真綿で首を締め上げて、毒を打って衰弱させていく──動物を捕まえるとき、罠を使ったりしますよね。餌を置いて、誘き出すんです。その餌が精巧で、魅力的であるほど動物は引っ掛かります。わたしたちのような亡霊は、大切な人を亡くした人々にとっては最も効果的な
多少早口になったが、ルインはそれらの事実を次々と羅列していく。とにかく今はエフイーターに現状を伝えることが最優先だ。
元映画女優は、その人情にあふれた性格故に段々と顔色を変えていく。表情に影が差し、眉を顰め、目つきは鋭くなっていく。
「……なあ、どうしてそんなことが起きてるんだ? どうしてそんなことばかり起きてる? ……なあルイン、おまえはわざわざ蘇ってきてまで、あたしに何をして欲しいんだ?」
「はい──そうですね。あなたは隊長と違って、周りくどいのは苦手でしたね。言います、わたしが現れたのは、あなたに──」
微かな迷いを滲ませて、震える足で踏み出すような言葉、それは。
「あの人を、助けてもらう為です」
ーーー
「……頭の中、今ぐちゃぐちゃになってるからさ。わかりやすく話してくれよな」
「はい、できる限りは。現在この街は一つのアーツ影響下にあります。目的は不明ですが、善良なものではありません。その影響により、死者が蘇っているように見えます」
「ように見える……って?」
「まやかしです。……彼らは、本当の意味で蘇っているわけではありません。会話もできますし、触れれば温度こそありますが──彼らはまやかしなんです。私と同じ陽炎──この国にだけ存在が許されている、過去の形をした空想に過ぎません」
「……じゃあ、何が目的なんだ? 誰がそんなことをしているって?」
「目的はわかりません。誰がやっているかは、大体の目星がついています。あの大木の地──南西にロッカ院という寺院があります。このアーツは、その寺院を起点として発生したものです」
少し、無意識に拳を握る。怒りを向ける相手が現れてくれて、ちょうどよかった。
「そしてここからが重要な点です。隊長がそのアーツに巻き込まれたせいで、記憶を奪われてしまったみたいなんです」
「……それで記憶がないのか。でもどうしてあんな草原に倒れてたんだ? 知ってるんだろ?」
「いえ、それは分かりません。わたしがこうして存在できているのは、この街がアーツの影響下に置かれて、
本当にさっぱり分からない。頭のいいヤツと話すのはちょっと苦手だったりする。なぜなら何言ってるのか分からないから。
「まあ……隊長、1人で無茶ばっかりやっていたので──色々あったみたいです。エフイーターさんが来てくれてよかったです。話を戻しますね──推測が混じりますが、隊長の記憶は完全には失われていません。今は一時的に封印されているだけっていうか、奪われているだけなんです。このアーツの元を断ち切れば、おそらくは記憶は戻るはずです。お願いです、エフイーターさん。あの人を助けてくれませんか」
薄青色の髪と瞳をしたオペレーターはそう懇願するように言った。偶然にも自意識を獲得できたのはルインだけで、彼女がやらねばならないことだった。
「……なあ、ルイン。助けるって言ったけどさ、それはどういう意味なんだ?」
「それは、……それは」
「助けるってさ、つまりあいつの記憶を取り戻すってことだろ? それは……本当に助けるって言えんのかな。助けるってことはさ、うまく言えないけど……困ってたり、危なかったりする人を掬い上げて、ちゃんと自分の足で歩いていけるようにすることだろ? あたしはさ、あいつが記憶を失ったんなら、それでもいいんじゃないかって思うんだ」
ルインは黙った。それも一つの回答であるためだ。
「どう考えたって、このままあいつが英雄を続けていった先にあいつ自身の未来はないよ。あいつは優しい──きっとこの大地で生きるには優し過ぎたし、強過ぎたし、傷つき過ぎた。ブラストの強さはハンパじゃないよ。でも……ブラストは、お前を守れなかったんだな」
ルインは寂しそうに微笑んだ。
「はい。わたしたちは、隊長を守ることができませんでした。あんな風にわたしたちを失えば、優しいあの人が何を考えて、どこに向かおうとするのか……わからないはず、無かったんですけどね。でも、わたしはあの人に生きて欲しかった。隊長の中に、失ったはずの光を求めていたんです」
懐かしむように。
「わたしの話をしますね。わたしは故郷と家族を天災で失いました。この広大で厳しい大地の中で、帰る場所を失ったんです。でも隊長は、行動隊B2がお前の帰る場所だって言ってくれました。居場所を見失ったら、この場所に帰って来いって。──天災なんかに奪われない、自分たちの居場所なんだって」
嬉しそうに。
「だから、どうしてあの人を見捨てられますか。他人のためにしか戦えない、歪で空っぽで、どこまでも優しいあの人を──どうして、死なせられますか。理由なんてそれだけで十分です、わたしはジフ達とは違います、わたしはあの人に……生き残って、この大地を変えてほしいとは思っていません。わたしはあの人に、生き残って、ただ幸せになって欲しかった。わたしがあの人に与えてもらった温もりを、あの人にも知って欲しかっただけなんです」
他人のために戦うことは簡単ではない。それは単なる優しさから離れて、責任を伴う。他人の人生に責任を持つということだ。
「……今のままの隊長は、確かに全部忘れています。憎しみも悲しみも、全部忘れています。それはある意味では、この上ない救いです。覚えているから苦しいんです。忘れられないから悲しいんです。忘れられるのならあの人はもう……誰も憎まずに済みます。エフイーターさんの気持ちは分かります」
けれど、とルインは言った。
「……わたしたちは失敗しました。わたし達はあの人には相応しくありませんでしたね。わたし達は弱かった。ずっと憧れていました、ブレイズさんのように──肩を並べて戦えないものかと。きっと隊長を救えるとしたら、あの人だけ……」
「ルイン……?」
「エフイーターさん。隊長が記憶を無くしたまま生きていく、そんな未来を完全に否定することは出来ません。ですが、このアーツはこの大地にさらなる悲劇をばら撒くことになります。この大地のどこを死者が蘇ってハッピーエンドになる作品なんて、どこにもないでしょう。悲劇ばかりです──そして、あの人はそれを見過ごせないんです。わたし達はロドスです。隊長の記憶が関係していなくても、この街のアーツを破壊してくれませんか」
段々とルインの姿が薄れていく。偶然から現れたこの奇跡は長続きしない。
「わたしは信じているんです。隊長がいろんな人を助けて、いろんな人に助けられて……最後には、御伽噺みたいなハッピーエンドが来てくれることを──わたしは信じます。あなたに託します。あの人のことを、頼みます」
そう言い残して、ルインはゆらゆらと陽炎のように大気に溶けて、消えていった。
「……でも、本当にそれが正しいのか? あたしには分からない……天秤にかけろってのか。あいつの記憶と、被害者達の悲しみを──このあたしに」
残されたエフイーターはすっきりとはしない表情で呟く。さっきのグエンの息子も──いずれ消えるのなら、意味のない苦しみばかりを残すだけだ。
「なあ、どうしてだ? どうしてロドスに戻ってきてくれなかったんだ? あたしは……そんなに頼りなかったのか?」
仲間だと信じていた。尊敬もしていた。だけどブラストは──。
「……どうして、信念に背を向けた。あの言葉は嘘だったのか? なんであたしを裏切ったんだ、ブラスト……」
記憶──自分であることの証明。
知能を持つ生き物は、自分の連続性を持っている。それは昨日の自分と現在の自分が地続きであると表現される。自己連続性は、どちらかといえば自己同一生、つまりはアイデンティティーの概念とほぼ同一ではある。
ステインはその感覚に支配されていた。
ステインの生涯は、自他との境界に終始していた。
物事には境界線があり、区別されている。そのため、生き物は他の生き物と触れ合ったり、話し合ったり、殺し合ったりすることができる。知能ある生き物にとってそれは喜びであり、苦しみである。
ステインは自己連続性に支配されていた。今日の自分が昨日の自分と本当に同じなのかどうか、それに怯え続けていた。
自分が真実何者なのかどうか、ステインは分からなかったのである。自分がどうして自分なのか、自分がどうしてここにいるのか。ステインはそれが理解出来なかった。
ステインの真の願いとは、その恐怖から解放されること。
誰かと一つになりたいと願いながらも、決してそうならないように呪われた我が身を呪った彼の人生。民族存続のための奴隷として生まれ落ち、全てを呪ったステインの生涯。
自分ではない誰かがいる。
ステインはその事実が恐ろしくて堪らなかったのである。
9/3 羅刹と大木
逃げていた。
決して逃げ切ることは叶わないと、冷静に考えればわかる事だが──それでも逃げていた。恐れていたのだ。
「はっ、はっ──はぁっ、はあッ……、──」
どうして居場所が分かったのだろうか。
それとも余計なことをしたのがマズかったのだろう。仇討ちなど考えずに、一人で影に隠れてこの国から逃げ出せばよかったのかもしれない。だがステインはこの地以外で生きていくことはできない。ステインはアルゴン以外に生きていける地を知らない。
この血脈は、歪んだ呪いによってこの地に縛り付けられている。決してどこかへ行くことは出来ない。
額から血を流しながら、ステインは走っていた。いつの間にか、あれほど忌み嫌っていたロカ院へと走っていた。生まれ育った場所。呪い苦しんだ地へ──結局のところ、ステインの居場所はその場所にしかなかった。それが運命なのかもしれない。
門をくぐり抜けて、すぐに大木がいつと変わらずそこに在った。なぜだか安堵した。
「鬼ごっこは終わりかな?」
背筋が凍る。後ろには死神が立っていた。
「さて、全く……どうして君は馬鹿だな。リン家の生き残りなんて、別にどうでもいいんだ。放っておくつもりだったよ。犬が主人を殺されれば、怒って当然だろうが……君は事実、奴隷に等しかったはずだ。これでも僕は、助けたつもりだったんだがな」
「はぁっ、はぁっ──お前、俺を始末するつもりか……!?」
「君はリン家子飼いの始末家だったな? いや、君の一族は──というべきか。ただ随分酷い環境だったそうだね。殺人鬼の罵声を浴び、常に貶められ、誰も君のことを認めようとしなかった。だというのに、結局彼らは君という汚れた人間を手放そうとしなかった。必要悪を認めようとしなかったが、結局彼らは君が必要だったんだ。どこにでも掃除をする人間は必要だが、身勝手にも君の一族は奴隷の立場に落とされていた」
いつの間にかそれが男の名前になっていた。本当の名前がなんだったのかどうでも良くなった時、それが男の名前に変わった。
「そして君はその立場に甘んじ続けていたな。一度君の家を調べさせたが、まるっきり貧困層の家だった。リン家の始末家が、まさかあの程度の待遇で使われていたってのは、少々歪んでる。まあそれはいい、一つ質問に答えてもらおう。リン家が崩壊して一ヶ月以上になるが、なぜ今更報復をしようとしたんだ?」
男、ステインは背後の大木に触れた。
大木とは、永遠の象徴だ。実際のところがどうであれ木の命は長い。人のそれと比べれば、それを永遠と感じても不思議なことではない。
だが大木はもはや内側から腐っていた。
「……ッ! お前が全てを滅茶苦茶にした! 何もかもを奪っていった! お前こそが真の侵略者だ、この街から消え去れェッ!」
「何、僕がやらなくとも別の誰かがやっていたさ。そうだろ? 根っこが腐った大木は、遅かれ早かれ必ず倒れる。君にとっては信仰なのかもしれないが、僕にとっては単なる事実だ。切り倒さなくてはならない。……しかし、どうしても解せない。やはり、君にとっては余計なお世話だったのか? あのクソじじぃが恨めしく無かったのか? 散々虐げられて来たんだろう?」
ステインの家は、それこそ先祖12代に渡ってリン家の懐刀であり、掃除機であり続けて来た。権威を保つための汚れ仕事は全てステインが担って来たのだ。そういう風に育てられ、そういう風に生きてきた。
ただ、その仕事は決して評価されることは無かった。本家直属でありながら、分家筋の末端までもがステインを侮り、見下し、恐れてきた。ステインは日陰者だった。素顔を晒すことを禁じられ、他人と話したり、言葉を発する自由でさえ奪われていた。
ステインは奴隷だ。
誰がどのように見たって、ステインは奴隷だった。
「黙れ! お前の言葉は毒だ、薄汚い詐欺師が! お前は盗人で、強欲だ! 全てを騙くらかして奪おうとしている! 必ず報いが訪れる──この名に掛けて、エール……お前を────」
何かに取り憑かれたように、ステインは叫んだ。この夜、ステインは初めて何かを叫んだ。
「呪ってやる──お前の生涯が苦しみと絶望に満ち、救い難い結末を迎えるように呪ってやるッ! 生涯救いのない運命を辿れ、血と泥に彩られた道を歩け! お前は罪人だ、決して許されることのない大罪人だッ!」
その殆ど、ステインは発言に根拠など持っていない。
ただ、あまりにもエールに当て嵌まりすぎたために思わずエールは笑ってしまった。それから得心する。
「……そうか、分かったぞ。君が本当に恐れていたことが何なのかようやく分かった。つまり、自由になることを恐れていたんだろう?」
リンの鎖から解き放たれ、ついにステインは開放されたはずだった。
「──ッ!」
「なかなか人間臭いところがあるじゃないか。ふっ……隷属していれば何も考えずに済む。確かに自由というのはなかなか漠然とし過ぎている。要は自分の頭で何かを考えたくなかった。今更になって怖くなったんだ、これからの人生をどう生きていいか分からなくなったから、手軽そうな復讐に手を出したんだ。だがその先のことは考えていなかった」
あまりに長い奴隷としての時間は、ステインから自己を奪った。ロボットさながらの人生を続けた結果、ステインは命令がなければ何も出来なくなってしまった。
「だから僕が憎いんだろう。そういう意味じゃ、ご主人を奪われて御立腹な忠犬とあまり違いはないな。──だが、僕は軽蔑するぜ」
「お前なんぞに分かったような口を利かれる筋はない。黙れ!」
「君はまさしく奴隷だ。君の体も心も君自身のものではない。なんと無様な姿だろうか? 人の生き方じゃない。君は機械にでも生まれていたほうが良かったな。奴隷であることを受け入れた──君はまさしく、運命の奴隷だ。君はどこにも行くことはできず、君が何かをすることはない。僕は奴隷を軽蔑する。反抗の意思を持たない奴隷は、見ているだけで虫唾が走る。増してやそんな人間に
エールは薄らと笑みを浮かべた。獣が笑うように。
「さあ、最後の足掻きを見せてみろ。人生の清算だ。今から僕は、君の価値を問う。足掻いて見せろよ、さもなくば──君は最後の最後まで奴隷だ。そんなものは死んでいるのと同じだ。僕が殺すまでもない」
「……後悔しろ。お前こそどこにも行くことはない。お前の全ては奪われ、踏み躙られ、塵芥のように消える。俺が──お前を呪うからだ」
ステインは装飾的なナイフを取り出した。呪術用の儀式に使うものだ。
それを首筋に押し当てて、ステインは狂人さながらに笑う。狂ったように。
「……お前の最も大切なものを奪う。この呪術は道連れだ。呪いから逃れることは決して叶わない。お前にとって最も重要なものを自動的に奪う。必ずな」
ステインの
ステインにとって、最も大切なものを自ら捨てる。その対価として、相手の最も大切なものを奪う。
「忘れるなよ。俺がお前を呪う。お前はこの大地において、永遠に呪われた存在だ」
「……! いいねぇ、やってみろよ。君の価値を見せてみろ」
頸動脈を掻き切った。動脈から血が溢れ出て、血液が大地に染み込んで汚していく。
ステインは自らの首を掻き切る時、ほんの少しだけ安堵しているようで──。
「……何も起こらない? やれやれ、期待して損だったか。戻るか」
夜天の元に、全てを呪った男の残骸を残してエールは踵を返した。
寺院を出て、アルゴンへと戻る道を歩き──。
そして、突発的に襲ってきた頭痛に顔を顰めた。いつもの鉱石病由来の偏頭痛だと思ったが、違った。
「──ッ! まさか本当に……恐れ、いったな……ッ! 死して尚、他人を呪うか……。やば、ちょっと──やばいかも……」
そして体を支えきれず、エールはそのまま道端に倒れ伏した。
──。
────。
──────。
そして、全てを忘れた。
前回の投稿からほぼ一ヶ月経ってるってマジ?
・ステイン
リン家に所属していた殺し屋。エールを呪いながら自殺した。
・ルイン
行動隊B2のメンバー。補助オペレーターだった。
・エール
敵を煽りに煽って痛い目を見るまでがワンセット。なかなか学ばないなこいつ……