猫と風   作:にゃんこぱん

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畳みかけるようにイベント連射してくるYostarくん好き❤️ 死ね❤️

※間話です。



間章 酔っ払いたちの賛美歌
アンブリエル:9/1 ウラヌスのライフル


最後のペイント弾が破裂して、兵士は倒れた。

 

戦闘終了。模擬戦の結果は──。

 

「アンブリエル教官! どうでしたか!?」

「……おっけ、悪くないじゃん。真面目に訓練続けてたっしょ、偉い偉い」

 

駆け寄ってきた一人の兵士、手にはボウガン。試験的な混成編成は効果を発揮していた。

 

軍事の専門家ではないが、元特殊暗殺者であったアンブリエルの目からしてみれば、もちろん兵士たちの練度はまだまだと言わざるを得ないが、今の模擬戦は一定の形を成していた。

 

「……!」

「でもあんま浮かれんなし。──総員注目」

 

集まってきた連中にビシッと号令をかけてやると、衣服が翻る音とともに一糸乱れぬ休めの姿を取った。アンブリエルも慣れたものだ。

 

「悪くなかったわよー。ただ反省点はいくつかあるし──まあ、わざわざあたしが指摘せずとも、ちゃんと理解はしてるっしょ。つーわけでこれからも慢心せずに行くこと。今日は午後休だけど、各自武器のメンテナンスは怠んなよー。以上」

 

敬礼と共に解散した。アンブリエルも、いつの間にか軍隊の作法が様になっている。アンブリエル自身も軍人としての自意識に従うようになっていた。

 

敬礼の引き締まった雰囲気が崩れると、皆それぞれわいわいとしながら宿舎へと帰っていく。それを見送って──。

 

「お、いたいた。アンブリエルー」

「ん、チャーミー。おひさ〜」

 

友人であり、同じくレオーネの事務局に勤めるチャーミーが小走りで走ってきていた。

 

「久しぶり。帰ってきてたなら一声くらい寄越しなさいよ」

「後で顔出そうと思ってたとこよー。あ、昼だしご飯食べね?」

「いいけど近場でね。仕事ほっぽって来たんだから、早く戻らないと」

「いっそがしいね〜」

 

アンブリエルは他人事のように笑っている。チャーミーはそんな様子に一発ぱしっと背中を叩いた。気安い仲でしか見られない仕草で、アンブリエルの笑顔にはその嬉しさも混ざっていた。

 

「何食べる?」

「そりゃあ決まってるじゃん。肉っしょ!」

「……あんたねー」

 

割と肉食な友人に呆れつつ、結局肉になった。チャーミーはこう言うところで甘い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エールさん?」

「そ。……あのさ、あたししばらくバオリアにいたから、半分くらい今でも疑ってんのよね。あいつ──婚約してるって、マジ?」

「うん。マジだけど」

 

肉を食いちぎった。最後の希望、何かの間違いであることへの期待があっさり過ぎるほど簡単に潰れる。

 

「……なんで?」

「政略結婚ってヤツよ。噂じゃ向こうから持ちかけられたんだって。すっごいよねー、貴族と結婚って。私らには想像もつかない世界ね。改めてあの人のヤバさ感じたわ」

「……いつ?」

「いつだっけな、明後日……いや、明明後日には式が挙げられるみたいよ。特にその辺りのことは指示が降りてないから、特にイベントとかはやらないみたい。残念よねぇ、一言くらいお祝いの言葉を言いたいけど」

 

チャーミーがごちゃごちゃ言っている前で、アンブリエルはがっくりと肩を落とした。

 

「はあぁぁ…………」

「何、どうしたってのよ。目の前でそんな陰鬱な溜息なんてつかないでよ、幸運が逃げてくじゃない」

「もう逃げられた後よー……。何にも残っちゃいないっての」

「はあ? あんた何言って……いや、待って。まさかあんた、エールさんの結婚がショックなの?」

 

一瞬で表情を切り替えたチャーミーがニヤリと笑った。アンブリエルは顔を上げる元気もない。

 

「あんたの気になってる男ってもしかして、いやもしかしたらもしかするかもとは思ってたけどさ、まさか──」

「……何よ。悪い?」

「な〜に〜よ〜! もっと早く言いなさいよ、そうしたら私だって色々動いてあげたのにさ──」

 

何が色々、だ。言っちゃ何だが、チャーミーとエールの間に接点などそう無いだろう。余計なお世話になることがわかりきってたから隠してきたのに。

 

そもそもこの憎たらしい女の主食は他人の恋愛話(ゴシップ)なのだ。いいように踊り食いされるに決まってる。誰が話すか、と心に決めていたのだ。

 

決めていたのだが。

 

「ふーん、ふぅーん? そっか、そっかー、そうだったんだ〜、ふーん……」

 

ほれ見ろ、このニヤニヤ顔──苛立つ気力も湧かない。

 

「ってかそっか、もしかして失恋ってこと?」

「……そーよ。はぁ、もうマジ無理。ぴえん」

 

ぴえんじゃないが。

 

「てかあんた、もともとエールさんと接点とかあった訳?」

「あったも何も──まあ、あんたには何にも話して無かったから知らなくて当たり前なんだけどさー。まあ色々あったの。もともとあたし、あいつのこと暗殺しようとしてたんだから」

「……!?」

 

まあ色々──色々有りすぎた。思い返せばこの国に来たことが全ての間違いだったのかもしれないが、所詮ラテラーノの飼い犬だった自分に選択肢も意志もなかった。

 

数奇なものだ。本当に人生は何が起きるか分からない。割とポジティブにこの言葉を捉えるようになっていたアンブリエルだが、今ではネガティブな方向で、やっぱりこう考えるようになった。

 

人生は何が起きるかわからない、と。

 

エールがどこの馬の骨かもわからない様な娘と結婚するなどと、誰が想像出来たのだろうか。それとも自分が甘かったのかもしれない。いつかは、という思いに引きずられてずるずると現状に甘んじていたのだ。これはその代償だ。

 

「色々あったのよ、あいつとは──」

 

噛みちぎった肉は、後悔の味がした──などと、少々気取り過ぎた。冗談じゃない。

 

「で、色々あって好きになっちゃったの?」

「……あんたのそういう野次馬根性っていうか、遠慮のないとこ──なんてゆーの? ほんといい性格してるわよねー……」

「あら、ありがと」

「皮肉に決まってんでしょ。褒めてねえっての……」

「私に取っては褒め言葉だし。……まあ色々あったのは本当みたいだし、その辺を根掘り葉掘りは聞かないけど……これからどうするの?」

「どうするって、何よ」

「言葉通りに決まってるじゃない。諦めるのか、諦めないのか、って話よ」

 

思わず眉を顰めた。

 

チャーミーはさっぱり遠慮せずにズケズケ言う。

 

「何よその顔。あんた、もしかしてこれで全部終わったなんて思ってんの?」

「終わった……っていうか」

「だって政略結婚よ? それって別に、恋愛感情とイコールじゃないじゃん。だったら愛人の一人や二人ぐらい囲うスペースくらいはあるでしょ」

「はぁ……あいつに恋愛感情があるかどうか、怪しいところなのよねー……」

「え。もしかして女に興味無いカンジ?」

 

言外に男色(そっち)なのかと問うゴシップ好きの友人。

 

「や……なんつーの? ロボットみたいな感じ」

「え、無機物に愛が向いてるの? それは流石に予想外」

「ちげーっての! どんなフェチよ! あいつの話よ!」

「何、あの人がロボットみたいってこと? そうかなぁ、まあ……多少は、分かんなくはないけど」

 

エールのことである。

 

アンブリエルはあの、ともすれば気味の悪いほど人間味の薄い男を思い出す。

 

「喜怒哀楽がないのよね。そのくせいっつも余裕綽々って顔して──あ、でもいっつもそうって訳じゃないんだけどさー。命がかかってる時とか、重ための決断をする時だけよ、あいつの仮面が剥がれんのは」

 

いまだにあの日を思い出す。あの手を、あの言葉を。

 

アンブリエルは、あの光を忘れない。

 

「……え。あんた……ガチで好きな人じゃん」

「うっさい、茶化すな!」

「や、茶化してないって。なんかちょっと意外っていうか、納得っていうか……。言っちゃなんだけどさ、あんたって本気で誰かを好きになったことなさそうだったから」

「……まー、そうね」

 

この友人は一見して適当そうなゴシップ噂恋愛話なんでも好きの口の軽い女だが、時たま鋭さに驚く。

 

「あたしも、本気で誰かのことを好きになるなんて思っちゃいなかった。事故みたいなモンよね」

「あら、ちょっといい表現するじゃん。事故ね」

「ん。事故よー、事故。予想できるもんじゃなかったっつーの?」

「ふーん……。いいなー、私も彼氏欲しいなー」

「あんたねぇー……」

 

──それでも、多少は心が楽になった。

 

もしかしたら、このちょっと行き場のない気持ちを誰かに吐き出したかったのかもしれない。

 

「いいじゃん。奪っちゃいなよYou」

「あんたねぇー……!」

「やっちゃえって。てか告白ぐらいはしとこうよ、やらない後悔よりやった後悔!」

「他人事だからって好き勝手言い過ぎっしょ! こ、告白ってそんな……」

「え、何もじもじしてんの。今更んなって純情(ウブ)キャラは無理でしょ。恥ずかしがんなって」

「いや恥ずかしがるとかじゃないし! 無理っしょ、軍紀とかあるし!」

「まっさか〜。我らの英雄に告白してはならない、なんてだぁーれが言ってんのよ。つか、今逃すともうチャンスないよ?」

「はあ? どーゆー意味よ」

 

ニヤニヤしているのが非常にムカついた。

 

「エールさん、まだ婚約してるってだけで結婚までは数日あるじゃん。つまりまだセーフ、言い訳になる。ワンチャンオッケーされて愛人ルートいけるよ。ツーチャンで婚約破棄、んで本命ルートいける」

「いーけーるーかー! ワンチャンもツーチャンもあるかー!」

 

が、少々心を動かされたのも事実は事実。

 

「いいじゃん、これから会いに行っちゃいなよ。あの人今珍しく本部にいるってさっき聞いたし、なかなか会おうと思って会える人じゃないって噂じゃん」

「の割には、神出鬼没だけどねー」

「いいのよんなことは。私が言いたいのは、この機会を逃す手はないってこと!」

「……や、むり、ムリムリムリ! 今からコクりに行くって、無理に決まってんじゃん! 何考えてんの、馬鹿なのあんた!?」

「ビビってんじゃないわよ、んな弱腰だからこんなことになってんじゃん。シャキッと腹決めて行ってきなさいよ、女は度胸でしょうが」

「無理、それだけはマジで無理なんだって! こ、コクるつったって、なんて言ったらいいのよそんなん!」

「だから、普通に好きです、結婚してくださいって言ってくりゃあいいじゃんそんなの」

「あ、あ、あんたねぇ……!」

 

想像しただけで震え上がる。怒りと恥ずかしさでこのまま爆発して死にそうだ。というか結婚してくださいって何だ、それはむしろ向こうが言うべきセリフで──

 

「ガツガツ行きなさいよ、あんた可愛いんだから」

「……あんたに言われても嬉しかねーっての」

「照れんなって、可愛い女の子が嫌いな男なんていないでしょ。それとも後悔を残したまま終わんの?」

「それは……」

「でしょ? マジな話、引きずるよ。このままだとあんた──あの時行動してりゃ良かったって思うようになる。ただでさえ私ら、一年後に生きてられるか怪しいんだから」

 

そういう意味で言えば、私も他人事じゃないんだけど。

 

チャーミーはそう呟いて、微かに憂う表情を浮かべた。

 

そう、この国は紛争が続いている。後方での事務仕事が担当のチャーミーでさえ、一ヶ月後、いや……一週間後の生存は保証されていない。バオリアが防波堤になっているため、このアルゴンにまで北部軍はすぐには攻めいって来ることはないだろうが──。

 

「あんたも、あの人も、んで私も。私たちは真っ当な軍人なんだよ。ぽっくり死んじゃうかもしれない、むしろその可能性の方がずっと高い。なら、死に間際の後悔は少ない方がいい、そうでしょ?」

「……急にマジメな話すんなし」

 

もう一度、切り替えるための溜息を吐き出してアンブリエルも呟く。

 

「あたしだって分かってるっての。んなこと……」

「じゃあさっさとしなきゃ。あんたもエールさんも忙しいんでしょ?」

「ん、まーね……また明日になったらバオリアに戻んなきゃいけないし」

「え、それマジ? 何よもう、一ヶ月ぶりの感動の再会だってのにもう行っちゃうの? 慌ただしいなー……」

「しゃーねーことだけどね。……うん、分かった。あたし、これからあいつんところ行ってくるわ」

「……うん。ご飯はあたしの奢りにしたげる。頑張んなよ、アンブリエル」

 

ちょっと照れ臭くなったので、アンブリエルは逃げるように席を立った。それから立ち止まって振り返る。

 

「あんがとね、チャーミー」

「ん」

 

やれやれしょーがねーなって顔で、しかし温かい瞳でチャーミーは頷いた。

 

ちょっとだけウォーミングアップを始めた心臓の辺りが、いやに熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「エール、居る?」

 

高鳴る心臓のせいで体の感覚まで狂ってきそうだった。

 

声が上擦っていないか心配だった。いつも通りを意識して、無遠慮に扉を開ける。

 

「ちっ、わーった、わーったよ! やりゃあ良いんだろ! くそ、人遣い荒ぇな──お? なんだ、天使サマじゃねえの」

 

ツノ付き、所々汚れた作業服──サルカズのエンジニア、フェイズが振り返ってこっちを見ている。

 

「……あんたじゃねーっての」

「んだよ、どいつもこいつものっけから酷えなぁ。ちっ……エール! 話は分かったが、しくじっても文句言うんじゃねえぞ!」

 

何やら話をしていたらしいフェイズが奥に向かってそう叫んだ。

 

「期待してるよ」

「……クソが!」

 

酷い調子だ。奥のエールがいつもの微笑を浮かべている。

 

「あーあー、やってられねえぜ。ったくよぉ〜……」

 

ぶつくさ言いながら、フェイズはそのまま扉をくぐって去っていった。

 

ということで、室内には二人が残される──アンブリエルと、エールの二人きりだ。どうしてだろう、今までもそういうことは山ほどあったはずなのに。

 

どうして、心臓はこんなにも静かにしてくれないんだろう。

 

「なんだか久しぶりだね。僕に用?」

 

カラカラに乾いた口は震えて、うまく動いてくれないが、何かを言ってはくれた。

 

「が、頑張って仕事してきた部下に対して、な……なんか労いの言葉はないわけ?」

「うん? ああ……そうだね。ご苦労だった、アンブリエル」

「ん、ん……ま、まあね」

「報告ならレポートに纏めてくれれば構わないよ。確か今日は午後から休みを出しておいたはずだから、休んでくれればいいのに」

 

検討違いな言葉を言うエール。この緊張は気づかれていないのだろうか。

 

「その様子だと、何か不味いことでも起きた?」

「や、ち、違う。特に何か、起きたってわけじゃない……けど」

「歯切れが悪いね。まあ言ってみなよ」

 

こ、この男……! 言ってみなよ、なんてよくもそんな軽々しく言えんな、と。

 

言いたかった。言えなかった。

 

「あ、あのさ。えっと、その、じ──状況は! どうなってる!?」

 

もう訳が分からなかった。一体何を言っているのだろう。あたしは一体どの立場でこんなことを叫んでいるのだ。戦場で駆けつけた援軍とかのセリフだろう。

 

「……?」

 

ほら見ろ、ほら見ろ! 困惑してるじゃん!

 

「あの、その、えっと、えっと! じ──状況は!」

 

だから、何を言っているんだって言ってんじゃん!

 

「状況?」

「そう、状況!」

 

もはやアンブリエルは引くに引けなかった。

 

明後日の方向に全力疾走していたとしても、足を止めれば緊張で倒れてしまいそうだったのだ。

 

「えーっと……」

「状況は!?」

「うん、状況ね。うん……え、何の暗号? 何か符合とか作ったっけ」

「状況は!」

「落ち着きなよ、取り敢えずそこに座るといい。何か飲む?」

「い、要らない、けど……」

 

そんなエールの助け舟に従って、アンブリエルは一旦ソファに腰を下ろした。おかげで少し精神も落ち着いた……気がする。

 

告白する。これから──目の前の男に、好きだと伝える。

 

それがどれだけ困難なことか。まるで外したらこちらが殺される極限の殺し合いをしているような緊張だった。手先までビリビリする。

 

エールもデスクの椅子から立ち上がって、アンブリエルの対面のソファに腰掛けた。

 

近い近い近い近い、ちょっと近い。近いという言葉がゲシュタルト崩壊しそうだ。

 

──別に近くはなかった。客人が来た時の、ごく一般的な距離感だった。だがアンブリエルにとっては、エールの顔が近づくだけでもはや恐怖でしかない。

 

「……なかなかヤバそうだね。しかし状況、状況ね」

 

俯いて赤くなる顔を誤魔化していると、エールが勝手に話し出した。助かったと思った。何がだ。

 

「まあ芳しくはないが、絶望ってほどでもない。偶然も味方している場面も多い、そろそろ大詰めかもしれない」

 

何か話しているらしいが、全て耳から耳へ通り抜けている。アンブリエルはどうやって告白しようか──と、それだけで頭が一杯だった。話を理解する余裕など一ミリもない。

 

「ロゥからの申し出は意外の一言に尽きる。まさかそれほど評価されていたとは──おかげで、これ以上内輪でぐずぐず喧嘩するのは防げるだろう。味方のはずの南部の連中が飽きもせず足を引っ張りに引っ張ってきたが、優秀な部下たちのお陰でなんとかなった。展望は悪くないよ」

 

どうしよう、どうしよう。どうやって切り出そう。どんな言葉で伝えよう。

 

「目下はホークンだな。君も知っての通り、あの場所は必ず墜とす。ホークンを押さえない限り、源石鉱脈は取れない。当然それは向こうも承知だ、厳しい戦いになることは間違いない。今はなんとかして、戦わないで済む方法を探らせてはいるが、それも難しいだろう。恐らく、これまでで最も厳しい戦いになる」

 

直球で好きって言う? でもどうやって、好きですなんてキャラじゃない。きっと口が動かない。てか好きって何、好きだから何なの? そもそも好きって何のためにあるの?

 

いよいよ迷走しているアンブリエルを放って、エールは半分ほど独り言のように語り続けている。物事を口に出すことで整理する、エールの一種の癖だ。

 

「そしてその次──シャンバを取る必要が出てくるか、あるいはその前に講和に持ち込めるか。それがカギだ。シャンバまで取らなければならないとなると、その前に限界が来る可能性が高い。それは僕にとっても同じことだ」

 

──その中に、聞き逃せない単語が混じっていて、アンブリエルの迷走した思考が全て吹き飛んだ。

 

「……げん、かい?」

「ああ。国力が持たない」

「ち、違う。そっちじゃなくて、」

 

アンブリエルはエールのことを真っ直ぐ見ることが出来ない。自分が俯いている自覚もないまま。震える声で問う。

 

「あんたが、限界って……どういうこと」

「……? ああ、まあ……死ぬだろうね」

 

あっさりと言い放たれた言葉が、まるで心臓を貫通したようだった。

 

当たり前のことが当たり前に続いていくなどと、どうして勘違いしていたのだろうか。

 

ああ、どうして──。

 

「な、んで?」

鉱石病(オリパシー)。やはり、こいつがずっと僕の足を引っ張っている」

「うそ……、あんた、今もピンピンしてる──」

 

嘘のような言葉だった。信じたくなかったのかもしれない。そう言って、アンブリエルは顔を挙げると──右目の下に走った黒い結晶を見てしまった。その場所には、以前には何もなかった。頬から迫り上がって来ているような結晶は、まるで同じ人間という生き物に起きていることとは思えず。

 

気がついていなかった、本当だ。一ヶ月も会わないうちに──。

 

アンブリエルはさっきまでの緊張のせいで気がついていなかっただけだ。そんな風に浮かれて、自分のことしか考えていなかった。だから──。

 

──だから、怖くなった。

 

「……なんで、言ってくれなかったの?」

「さあ、それが必要なことだとは思わない。これをわざわざ周囲に知らせて士気が上がるならそうするけどね」

 

話が食い違っている。

 

──思い違いをしていた。

 

エールには、もう後ろなど見えていない。エールが見ているのは未来だけだ。

 

何を舞い上がっていたのだろうか。何を楽しんでいたのだろうか。今のままが永遠に続けばいいなどと弱音を吐いていたのだろうか。

 

告白だと? ふざけるな。自分が決めたのは、そんなことだったのだろうか。あのとき抱いた決意はそんな浮ついたことじゃない。

 

一気に頭が冷え切っていった。同時に自分への怒りも。

 

そんな心境でエールと向き合うと、一つだけ気がつくことがあった。

 

「……ねえエール、あんたさ。髪、伸びたね」

「うん?」

 

今更気がついたように、左手で髪に触れた。言われて見れば確かに……。

 

前髪はそろそろ目に掛かっている。後ろの方は、肩の少し下にまで垂れてきていた。ごっそり纏めて、頭の後ろで括ってある。

 

「そうだね、確かに──」

「髪。あたしが切ったげる」

「ん、いいの?」

 

微笑と共に、エールは聞き返した。

 

「いいよ。ちょっと待ってて、道具とかすぐ持ってくるから」

 

すぐに準備を終えて──。

 

ハサミを入れた。

 

「バッサリ行っちゃう?」

「ん……任せるよ。適当でいい」

「はいはい任せてちょ。かっこよく仕上げたげるから」

 

切る。ぱさっと髪が落ちる。

 

「あんたも忙しいわねー。ちょっとは休んでんの?」

「問題ないさ。幸い、僕にはこうやってお節介を焼いてくれる仲間がいる」

 

切る。丁寧に、丁寧に。

 

「なーにがお節介よ。あんたが身だしなみに気を遣わないからこーやって世話焼いてんでしょうが。感謝しろっての、全く」

 

切る。その業績に相応しい姿になるように。

 

「そうだね。君にも感謝をしなければな。助かっているよ、アンブリエル。ありがとう」

「……何よ、こんな時だけ調子いいわねー」

 

切る。壊れてしまわないように。

 

「本心だよ。……みんなには、苦労をかけている。いつも苦労させて済まないと思っているよ」

 

切る。この想いと一緒に。

 

「ってんならちゃんと態度で示せっての。ほんと、あんたに出会ったのがあたしの運の尽きってカンジ。あーあ、ラテラーノが恋しいわー」

「ひどい言い草だね。そんな君には悪いが、最後までついて来て貰う」

 

切る。

 

どうして、そんな言葉は言えるくせに。

 

「はいはい、あたしはどーせあんたの道具よ。好きなように使えばいいわ」

「それは違う。僕は、君を仲間だと思っているよ」

 

切る。

 

ああ、どうして──そんなことを言うのだろうか。

 

「安心して働いてくれ。未来を掴むと約束するよ、君にも──君の幸せを掴む権利がある」

 

切る。

 

どうにかして、冗談めかしく返せるように。

 

「あんたなんかに言われなくたって、勝手に幸せになってやるっての。余計なお世話ばっか焼いてないでさー、自分の心配した方がいいんじゃね?」

 

切る。

 

「ふふ、なかなか言うようになった。少しだけ安心したよ」

 

切る──お願いだからもうやめて。

 

「まーね。ま、せいぜい頑張んなさいよねー。あたしも、あんたに助けられた分きちっと働くからさ」

「……ああ。そんなこともあったね」

 

切る。

 

ああ、今──あんたはどんな気持ちで、その言葉を言ったんだろうか。

 

「そんなこと、ってあんたねー。大変だったじゃん、死にかけたんだし。あんたもよくあれで死なんかったわよねー、マジで冗談だと思ったもん」

「あれぐらいで死ぬ訳には行かないさ、まだ道の途中なんだ」

 

切る。

 

きっと──あんたにとってはその程度でも、あたしにとっては全てだ。

 

「そうねー。ねえエール」

「ん、何?」

「これからも──」

 

一緒に並んで歩いていく未来など、きっと最初からどこにもなかった。

 

あんたがどう思ってるかは知らないけど、あたしはただの道具だ。あんたに使われることを望んだ道具だ。それでよかった。それで幸せだった。

 

引き金を引けと命じてくれればそうする。死ねと言われればそうする。何でもいいから、近くに居て、一緒の未来を見たかった。

 

残していくのなら──主人を亡くした道具は、一体どうすればいいのだろうか。

 

「……ううん、やっぱ何でもない。ほら、終わったよ。これ鏡ね」

「……おお。すっきりしたね、涼しくなった」

 

髪形自体は依然とそう変わってはいないが、前髪を少し切ったり、髪が纏めやすいように手入れしたりして──まあ、有り体に言えばかっこよくなっていた。アンブリエルの主観であるが。

 

「ありがとう。……っと、しまった。こんな時間か──もう行かなきゃいけない」

「いいよ、片付けはあたしがやっとくから。行ってら〜」

「悪いね。それじゃ」

 

そう言い残すと、エールはすぐに行ってしまった。

 

「……ごめん、チャーミー」

 

一人残されたアンブリエルは呟く。

 

「……あたしには、無理だったわ……っ! っ、……ひぐっ、ごめん……っ、ごめんね……っ」

 

どうしてか流れてくる涙の理由も分からないまま。

 

こんな生き方しか選ぶことのできない、自分を呪って泣いた。

 

「ごめん……っ、あたしじゃ……あんたを救えない……っ、ごめん、ごめん、ごめんなさい……っ、助けられてばっかで、救ってもらってばっかで──っ、あたしは──ッ」

 

好きなどという感情で、エールは救えないだろうから。きっと困ったように笑うだけだから。それ以外に何も出来ないから。何も救えないから、何も出来ないから。

 

「……精一杯、役に立つから……っ! あんたの役に立つ道具になるから……っ、だから──」

 

だから、どうか。

 

どうか──。

 

神様。

 

何一つとして、あの人に恩を返せない役立たずのわたしを、どうか許してください。

 





別名:R6Sコラボおめでとうの回
日本版はコラボ来ないかなって恐る恐るしてましたが、無事開催が決まって良かった(財布が死ぬので良くないけど嬉しい)
間話一発目からこれってマジ? ヒロイン度に対して話が重すぎだろ……
ノリノリで書いてたら後半の重たさがヤバくなってしまった。なんでだろう?

・アンブリエル
一ヶ月近くバオリアにいたために婚約話を見逃してしまった。この話はエフイーターが来る数日前の話なんですが、その時にはもうアルゴンからバオリアに戻って仕事しているため全く登場しませんでした。
かわいい。なんか失恋したみたいになってしまった……。
信じられないかもしれませんが、私はクッソ軽いラブコメを書くつもりでこの作品を書き始めました。

・チャーミー
本名はチャン・リ・ミン。
癒し枠。

・エール
鈍感系やれやれ主人公。そろそろ難聴系にもなるかもしれない。
もしかしたらずっと鉱石病由来の頭痛に耐えていたかもしれないし、そうじゃないかもしれない(村上春樹構文)
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