猫と風   作:にゃんこぱん

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冥界と豊穣の神 -2

 

 

 

 

 エクソリア南部首都:アルゴン。緑の大地に広がる根無草の都市。テラでは非常に珍しいただの都市──移動都市を持たず、天災に対しては『大移動』という原始的な手段で対抗している。そのため、過去に4回の移転を行ってきた。

 

 北エクソリア開放戦線:レオーネの本拠地──現在は来たる大統領選挙へ向けての活動が続いている。リン家の崩壊に伴う上流階級の空洞化、そしてその空白を埋めるレオーネの活動は不安定ながらも新たな秩序を作っている。

 

 グエン・バー・ハンの当選はもはや出来レースもいいところだった。しかしそれで何の問題もない。エクソリアは共和国──これが『人々の意思』ということは、もう十分なほど示されている。

 

 リン家の傘下にあった貴族の中に反乱の意思は全くなかった訳ではない。

 

 フェリアたちがレオーネ暗部の強襲を受けたのは、その意思を挫くための見せしめ──フェリアたちの画策していたクーデターなど、全てお見通しであったことを示すためのもの。次はお前だ、というエールの明確な意思表示。

 

 

 

 

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 フェリアがトゥ家に戻ったのはその2週間後。

 

「……フェリア……生きていたのか……!?」

 

 トゥ家はかつてシャンバの管理をしていた一族だ。詰まるところ実質的な領主。最も広大なシャンバの領地は分割され、貴族ごとに定まった領地が与えられ、トゥ家はその末席に名前を連ねていた。

 

「ただいま戻りました。お父様」

 

 しかし現在、シャンバは北部に奪われ、そしてトゥ家はシャンバを見捨てた──

 

「もはや、死んだものと……」

 

「……私以外は皆死にました」

 

 今はアルゴンの中で新たな利権を得るために奔走しているが、結果は芳しくない。

 

「レオーネか?」

 

「おそらくは。どこからか、私たちの情報が漏れたようです」

 

「……ともかく、生きて戻ったのは何よりだ。追手は振り切っているんだろうな?」 

 

「はい。私が生きていることは、知られてはいないはずです」

 

 元ステラ軍学校の学生の一部が集まってクーデターを画策していた。そしてそれは──その学生たちの親である貴族の意向に他ならない。目的はレオーネの監視を逃れるため。

 

 フェリアも同様に、このトゥ家当主であるジョシュア・リ・トゥの命令に従っていた。

 

「傷はまだ、完全に癒えてはいません。当面は動きは控えます」

 

「それがいいだろう。ともかく、今は休むがいい」

 

 彼らが企んでいたクーデターとは、突き詰めればエールの暗殺であり、グエンの失脚。もう一度北部との契約を遂行しようとする、旧リン家勢力の動きである。最もそれは始まる前から終わりを告げたのだが──

 

「……はい。ご配慮に感謝いたします」

 

 フェリアとジョシュアの間には主従関係だけがあった。多くの貴族がそうであるように──愛と呼べるものはなく、隷属という鎖だけが彼らを繋ぐ縁だった。

 

 フェリアが部屋を出る時には、ジョシュアは既に机に視線を戻して作業を再開していた。それを冷たい瞳で一瞥だけして、フェリアは足を進めた。

 

 

 

 

 

 

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 フェリアは『千年都市』シャンバにて生まれ育った。

 

 古来から交易の拠点として栄えていたシャンバには、一つ厄介な存在があった。シャンバラ族と呼ばれる民族のことだ。

 

 彼らは何者にも従わず、そして強靭で硬い意思と肉体を持っていた。特に彼らは貴族というものが大嫌いで、シャンバでは衝突が絶えなかった。

 

 トゥ家の仕事は、シャンバを治めていた大貴族とシャンバラ族との折衝にあった──『裏切り者』の一族だったトゥ家が押し付けられた、危険で面倒な役目。他貴族からの嘲りに屈辱を忍んだ。

 

 フェリアの心の中に積もっていった黒い感情は──恨みだ。

 

 父であるジョシュアの言う通りにステラ軍学校へ入隊し、良好な成績を残し、そして将校となり戦争で成果を上げる。そうすることでトゥ家の地位は向上する──フェリアは家のための道具となった。

 

 若くして病気で亡くなった母がジョシュアにどのような影響を与えたのかは分からない。

 

 母の死は病気ではなく、実際には他殺だった可能性があった──そのことがジョシュアにどのような影響を与えたのか分からない。

 

 トゥ家の力がもっと大きければ、母を救えた可能性があった──そのことが、ジョシュアにどのような影響を与えたのかは分からない。

 

 フェリアはずっと恨んでいた。

 

 

 

 

 

 

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「突然の訪問、失礼いたします。フェリアと申します」

 

「フェリア? ……あぁ、なんだか聞いたことがあるわね。確か……シャンバの小さな番犬さんだったかしら? ごめんなさいねぇ、リン家の方々とはどうも疎くって」

 

 さるアルゴン貴族の一つ。奥方というのは大概暇なものだ。フェリアの目論見通り、豪勢な客間に通されることが出来た。

 

「それにしても気の毒ねぇ。まさか、あのリン様が野蛮なレオーネなどに殺されてしまうなんて。本当に痛ましいわぁ」

 

 嬲るような、気に触る口調。わざとやっているのだろう、それくらいは分かっている。

 

「あなた方も大変なのでしょう? エールなどに与する屈辱、同じ貴族として胸が痛み入ります。是非とも手を差し伸べて差し上げたいのですけど、私たちも忙しくって」

 

 ──ロゥ家傘下の貴族たちは当たりくじを引いた。リン家が持っていた利権をレオーネと折半して、更に権力を強いものとした。

 

「いいえ、お気遣い感謝いたします。ですが、初めからレオーネに平伏していたロゥ様と比べれば、最後まで抗ったリン様はご立派でしたかと」

 

「……口の利き方、お母様に習わなかったのかしら? ああ……そういえば、随分前に亡くなられていたのでしたね。それでは仕方ありませんわ、あなたのお母様に免じて今の無礼を見逃すことと致しましょう」

 

 貴族はプライドだけで生きている。口喧嘩だけで生きていると言ってもいい。舐められることは命に関わる。

 

 フェリアの心中は穏やかではなかったが、喧嘩をしにきたわけではない。

 

「それで、何用かしら? 風の噂では、あなたは()()に襲われて死んだと聞いていたのですけれど」

 

「幸運にも生き残りました。()()()には、いずれ報いを受けさせるつもりです」

 

「ふぅん……?」

 

 リン家とロゥ家の仲の悪さは、そのまま傘下にも引き継がれている。直接的な殺し合いになっていないだけで、水面下での争いはずっと続いてきた。

 

「本日は、少しお話を伺いたく参りました」

 

「お話、ね。いいわ──そうだ。そういえば、まだお茶も出していなかったわね。持ってきなさい」

 

 薄気味悪い微笑みを浮かべた女が使用人にそう言った。

 

「いいえ、お気遣いなく。私は構いませんので」

 

 ロゥ家傘下の貴族など敵もいいところ。敵に出された飲み物など何が入っているか分からない──自分以外は誰も信用してはいけないのだ。

 

 母は結局それで死んだのだと、フェリアは今でもそう思っている。

 

「話というのは──」

 

 ゴトリ、と。フェリアは手に持っていたケースをテーブルに置いた。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 小国とはいえ、アルゴンは国の首都。膨れ上がった難民により人口は数十万ほどになっており、その分土地も広大だ。人の数だけ影があり、影があれば身を隠せる。

 

 ただのなんでもない宿屋にフォンという男は身を寄せていた。

 

 壁には数十枚の紙と、大判のエクソリア地図。そこには無数の書き込みがしてある。おそらくは炎国語なのだろう、フェリアには読めない。

 

「ここへ来たということは、何か進展があったのか?」

 

「……あなたの推測通りだった。南部には、巨大な源石鉱脈が見つかった……」

 

「ほお? なるほど、源石(オリジニウム)か。となると質もかなりのものだろう。お前がそれを知らなかったことから考えて、おそらくはハノルの独断か。取引は北部から持ちかけられたのか? いや、ヤツの性格から考えて……」

 

 たったそれだけの情報から、瞬時にフォンは思考を巡らせていく──それを警戒するように、フェリアはフォンを睨んでいた。

 

「ともかく、取引が上手く行って何よりだ」

 

「……」

 

「アギリア家はいくつかの兵器製造メーカーを持っている。レオーネ兵器開発部の内部情報は喉から手が出るほど欲しかっただろう」

 

 情報を組み合わせて使い、そして新たな情報を得る。フォンのやり方は単純で、手慣れていて、そしてどこか恐ろしい雰囲気が漂っていた。

 

「もっとも、別の企業にも同様の情報は流しておくがな。連中に出しゃばられても、それはそれで面倒だ」

 

「あのケースに入っていた札束は? あなたのお金?」

 

「いいや。あれらは全て偽札だ。巧妙な偽造はされているがな」

 

 この男と話していると、山ほどの疑問が湧いてくる。

 

「……あなたは、何者なの? 何が目的なの?」

 

「前にも言ったが、オレはレオーネの元別働隊だ。運が悪ければ、お前を殺していたのはオレたちだったかもな」

 

「……レオーネを、裏切ったの?」

 

「いいや。別れただけだ」

 

 フォンはエールを知っている──この国の人々は皆エールを知っている。だが違う、そういう一方的な知っているということではなく、直接話し合うような立場にあったと推測できる。

 

 その点もまた疑問だ。何もかもが疑問だ。何もかも隠されていて、フェリアにはまだ何も見えていない。

 

「……トゥ家に、源石鉱脈の情報が流れて来なかった理由は?」

 

「その時──リン家壊滅以前は相当秘匿されていたはずだ。情報はレオーネからロゥ家経由で流れて行ったのだろう。無理もない。まぁ、そのうちレオーネから一般に公開される日が来てもおかしくはない」

 

 ──話しても問題ない範囲だけを話しているのだろう。ペラペラと喋っているように見えても、その奥にはもっと隠された情報がある。フォンはそれらを全て握っている。

 

「しかしこれでは火種にならんな。ヤツと戦うには心許ない。次の情報が必要だ」

 

「……あなたは、エールを殺すつもり?」

 

「結果としてそうなるかもしれん。だが……オレが望むのは、その先に起こるものだ」

 

 ──この大地に果てしない戦争を振り撒くと、フォンはかつてそう言った。

 

 常人ならばただの酔っ払いの戯言だ。だが、このフォンという男が口にするならば、それは冷ややかな現実味を帯びている。それが恐ろしくもあり、同時に魅力的でもあった。

 

「次の仕事を頼みたい」

 

「……私はまだ、あなたに協力すると決めたわけではない」

 

「それでいい。オレの記憶が確かならば、トゥ家は元々シャンバラ族に関わっていたな。そのあたりの事について、なんでもいい。できる限りのことを調べて来てくれ」

 

「……分かった」

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 それから先も、フェリアとフォンの協力関係は続いた。

 

 グエン・バー・ハンが正式に南部大統領に就任し、そしてレオーネの次の軍事目標は鉱石都市:ホークンであることが噂され始め、新たな戦乱の気配が漂い始めるまで、フェリアはフォンの命令通りに様々な情報を集めていた。

 

 そしてフェリアの負った傷が全て癒えようとしていた──

 

「……フェリア。お前、最近妙なことをしているようだな。何をしている」

 

 ジョシュアの言葉は半ば予想していた。

 

「……私なりに、トゥ家のために動いているのです」

 

 だからそう言った。

 

「余計なことはするな。お前は、ただ私の命令通りに動いていればいい」

 

 命令──幼い頃から、全ての会話は命令だった。フェリアの意思など関係なかった。

 

 ジョシュアに失望されたくなかった。だから全ての命令に従ってきた。

 

「……申し訳ありません」

 

 だが今では別の人物がフェリアに命令を与えている。

 

 ジョシュアとフォンの違いは、フェリアに選択の余地を与えているか、いないかだ。

 

 フォンは選べと言う。言葉にしなくとも、それを行うかどうかはお前の自由だと、そういうサインを発している。

 

「傷ももう癒える頃だろう。レオーネの作戦本部にお前のポストを用意できる。2日後から、そこで能力を発揮しろ」

 

「……レオーネに? そんな、ですが……」

 

 ジョシュアの命令は──意外なものだった。フェリアは珍しく困惑を表に出す。

 

「口答えするな。お前は私の言う通りにしていろ」

 

「それは……分かっています。ですが、どうやってレオーネの地位を手に入れたのですか?」

 

「……お前が知る必要はない」

 

 意外だったのだ。トゥ家は裏切り者の末裔として、様々なところから嫌われてきた一族だ。シャンバやクロッカなど、遠方からの疎開貴族はただでさえ利権に食い込めず苦労している中で──しかも、トゥ家はリン家の傘下だったのだ。

 

 あれほどまでに直接的にレオーネと対立し、最後にはエールによって壊滅させられた。

 

 ステラ軍学校のレオーネ編入は、レオーネからの最後通牒にも等しい。それをトゥ家が断ったことなど向こうも承知だ。

 

 ──故に、レオーネの上層部である作戦本部に、フェリアの椅子が用意されることなどあり得ないのだ。

 

「すでに話は付いている。お前が殺される心配はない。分かったならば返事をしろ」

 

「……はい。承知しました」

 

 拭いきれない疑問が残りながらも、フェリアは結局その命令に従った。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

「ほお……? ハハ、なるほど。トゥ家が……お前はそれでいいのか?」

 

「……私は命令に従うだけ」

 

「では、オレとの協力関係も終わりか。世話になったな」

 

 あまりにもあっさりとそれを手放すフォンに、フェリアは少し呆気に取られた。

 

「止めないの?」

 

「人の心を変えることは出来ん。人の意思はそいつ自身にしか決められん。お前の道はお前が決めるものだ。そうだろう?」

 

「私は……命令に従っているだけよ」

 

「そうすることがお前の意思ならば、そうしたらいい。だが……クク。気が変わったならいつでも来い。ヤツ──エールがそうであるように、オレもまた人手不足なのでな」

 

 そしてフォンは懐からある物を取り出した。

 

「餞別だ。こいつをくれてやる」

 

「……これは、銃?」

 

「役に立つだろう。持っていけ」

 

 銃はレオーネの武力の象徴だ。

 

 引き金を引くだけでいい。それで人を殺すことが出来る──フェリアも触ったことぐらいはある。

 

「トゥ家──ジョシュア・リ・トゥに、お前は結局オレのことを話さなかった。その点に感謝して、せいぜいお前の今後の幸運でも祈るとしよう」

 

 フォンと別れることに未練がないわけではない。この男の危険さも有能さも薄々は感じ取っている。そしてその内側にいることで得られるであろう利益もなんとなく想像がついている。

 

「……仮に、私が話していたとしても、あなたには何の影響もなかった。違う?」

 

「さてな。それを知りたかったのなら、試してみる他に方法はない。今からでもやってみるか?」

 

 冗談を言って軽く笑うフォンと言う男はどこまで行っても底が知れなかった。そういうところが恐ろしく──同時に、フェリアが求めてやまなかったものでもあった。

 

 だからフェリアはまだ迷っている。

 

 

 

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