猫と風   作:にゃんこぱん

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現実の忙しさから解放された私に敵はいないc


貧困という名の猛毒 -1

 ホークン争奪戦──あるいは占領戦だったかもしれない。元ホークン市長リチェの暗殺、そしてホークンへ集結するレオーネの軍隊と、その面前でホークン市民への演説を行った、北部軍の無謀とも呼べる勇気。

 

 あるいは彼も死ぬことはわかっていたのかもしれない。

 

 ともかくホークンをレオーネが占拠したことでこの地は奪還された──そして、残虐な破壊を受けた街だけが残った。ここは鉱石都市ホークン──血が滲み、灰が舞う呪われた都市。

 

 

 

 

 

 貧困という名の猛毒

 

 

 

 

 

「孤児院?」

 

「ええ。嘆願書が届きましたの」

 

 ことの発端はホークン終戦にまで遡る──

 

「少年兵たちを収容している孤児院があったそうなのですが、経営状況が苦しく……ロゥ家に助けを求めてきたのです」

 

「へー……」

 

 市街地戦に至ったホークンの破壊状況は凄まじい。どちらの軍にも街を気遣う余裕などなかった。爆発と銃撃戦の跡が至る所に残っており、片付けられ損ねた誰かの腕だったものが転がっていることもある。

 

「それを君が?」

 

「お祖父様からの最終試験なのです。この試験に合格することで、私はようやく一人前として認められますの」

 

 エクソリアの貴族社会を牛耳る存在であるロゥ家だが──その跡取りは未だ定まっていない。直系が望ましいのだが、当主であるワン・リ・ロゥの息子は貴族として欠陥品だった。体が弱く、そして精神的にも弱かった。最終的には自ら家を出て、身分を捨てて民間の一企業で働いているらしい。

 

(わたくし)は父とは違うのだと示すいい機会となったのです。上手くいけばそのま当主として認められるかもしれませんのよ?」

 

「へー、すごいね」

 

「何を他人事のように。エール様がその席に座ってくだされば、私もこんな苦労をする必要はないのですけれど」

 

「え? なんで?」

 

「……はぁ」

 

 暖簾に腕押し。

 

 実に11月の半ば。年の終わりが段々と見え始める時期のことだ。尤も、常夏のエクソリアにおいては季節感もあったものではない──が、年末という区切りは確かに存在している。

 

 レオーネは戦争の早期終結させる方針だ。具体的に言うならあと半年以内。それ以上は国力が保たない公算だ。

 

「最近のエール様は張り合いがありませんわね。やはり、鉱石病(オリパシー)というものの影響なのですか?」

 

「多分?」

 

「奇妙な病気ですのね……」

 

「なんかそうみたいだね」

 

 相変わらずエールの右肩の先はひらひらと袖が揺れている。そしてそれを気にするそぶりも見せない。それは生まれた頃からそうだったかのように自然だ。

 

 記憶の喪失──ステインの残した呪いと鉱石病(オリパシー)が混ざり合い、それはただの病気では収まらない症状の進行を見せていた。どちらかといえば現象に近い記憶の喪失。

 

 どうやら記憶を失うと性格も変わるらしい。

 

「しっかりしてくださいまし。あなたはエクソリアの英雄にして、私の最愛なる夫なのですから。その名に相応しくあるべきでしょう?」

 

「……そうだっけ?」

 

「そうなのですっ! もしもまた"忘れた"などと仰るようでしたら、私にも堪忍袋というものがありますのよ」

 

「ごめんって。気をつけるよ」

 

 メリィが少しエールを睨むと、いつものように面倒くさそうな苦笑い──こっちは相変わらずだ。

 

「……。もしもあなたが私を忘れてしまったら、私とて悲しむのですよ?」

 

「そうならないように願うよ」

 

 まるで心のこもっていない言葉にメリィはため息をついた。

 

「エール様は、孤児院というものをどのように考えているのかしら?」

 

「え? あー、うん……特には何も」

 

「……無関心とは、エール様らしくありませんわね」

 

「無関心……じゃないと思うんだけど、それは多分僕が解決するべき問題じゃないと思うし」

 

 エールは読んでいた手記を閉じた。雑な文字で書かれたページには、以前のエールが書いた、いや──残した文字列が残っている。それは以前の自分が書き残したもの。あるいは、見ず知らずの他人の苦悩。

 

「国内の問題への対処も、レオーネの仕事ではありませんの?」

 

「何言ってるの。次期ロゥ家当主なんだろ? 君が対処するべきじゃない?」

 

「それは……確かに、そうかも知れませんが……」

 

 孤児院の問題はメリィにとっては『試験』だ。それ以上ではない。

 

「まあ行ってみようよ。僕も行くからさ」

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 元々として鉱脈は繋がっていた。黄鉄が産出する地域は貴重だ。それが産業として発展するのにさほど時間は生じなかった。

 

 しかしそれらの資源はクルビアを始めとする諸外国に輸出するために採掘していたのも同然で、設立された会社の持ち株の大半は大抵サルゴンかクルビアに握られていた。つまり、採掘の権利すら自分たちで持ってはいなかった。資本主義が意味するのはそういうことで、労働環境が改善されないのも同様の理由だ。

 

 過酷な労働。低賃金と、無意味も同然の福利厚生。ホークンは奴隷の街。肉体労働する以外に道が無くなった落伍者たちの墓場。

 

「……ここが、ホークンですのね──」

 

 どれぐらい車を走らせたのだったか。アルゴンからの長旅を終えてメリィは疲れが顔に出ないように堪えた。

 

「それにしても、どうして軍用車両というのはこうもシートが固いのですか? 揺れもひどいものでしたし……はぁ。次のためにもっと高級な車両を用意してもらわなくてはなりませんわね……」

 

 箱入り娘の感想はさておき……ホークンは鉱山に造られた街だ。錆色のダクト、道を覆うレールはそのまま坑道へと続いている。復興の途中であるためか、鉱山労働者たちは破壊された鉱山設備の復旧作業を続けている。

 

「それと、孤児院まではまだかかりそうなのですか? (わたくし)、これ以上は耐えられそうにありません」

 

「……黙って座ってろ。チッ!」

 

 ちなみに車両の運転についてだが──メリィは当然するはずがない。エールは片腕がないので同様に無理。では誰がここまで車両を転がしてきたのかというと、消去法でスカベンジャーとなる。

 

「なんでこんなことまで私が……」

 

「まあ、口の悪い。エール様、側に置く者としてこのようなネズミはどうなのでしょう? もしよろしければ、ロゥ家から使用人を出しますわよ?」

 

「まあまあ、そう悪く言わないで。彼女、実は結構優しいところもあるんだよ」

 

「……もう黙ってろ。お前ら二人ともだ」

 

 ハンドルを握るスカベンジャーの気苦労は絶えない。継続的に失われていくエールの記憶を補完する役割はなし崩し的にスカベンジャーが担うこととなり、本当に面倒ごとには欠かない──

 

「そういえばさ、僕は何しに来たんだ?」

 

「チッ……義援団来訪に備えてホークンの内情を把握しておく必要がある……と言っていたのはお前だ」

 

「そうだっけ?」

 

「そうだ」

 

 恐ろしいほど硬いシートから伝わる揺れは留まるところを知らない。うっかりすると揺れで舌を噛みそうになる。まともな整備からは程遠い剥き出しの大地はその凹凸ぐあいを乗客たちにしっかりと伝えている。

 

「ったく……相変わらず酷いな、ここは──」

 

 駐屯するレオーネの兵士たちもホークンの復旧作業に駆り出されている。口元を覆う布で粉塵の防護を行ってはいるものの、あの布切れでどこまでの防護性能を得られるかは疑問だ。

 

 倒壊した精錬所の塔、道に散らばる鉄くず。激しい戦闘の後が採掘場を覆っている。

 

源石(オリジニウム)が発掘されているのは、もう少し先のエリアでしたか?」

 

「……もっと先だ。だが箱入り娘は見ることもないだろうがな」

 

「あら。もしかしてそれ、(わたくし)のことを指しておりますの?」

 

「勝手に想像してろ。……見えてきた、あれだ」

 

 ガタ。少し大きな揺れが車内を襲った。

 

 

 

 

 

 -

 

 

 

 

 見つけてはいけないものを見つけてしまった。開いてはいけない箱を開いてしまった。それはまさしくパンドラの箱だった。流れ出る厄災は、今はまだ目に見えずとも──いずれはこの河を真っ黒に塗り尽くし、全てを奪っていくだろう。

 

 源石(オリジニウム)鉱脈など見つけるべきではなかったのだ。そしてエクソリアに鉱石病(オリパシー)が流れ出す。

 

 これが大地の意思。大いなる大地の、軋むような試練であり、そして罰。

 

 厄災の流れ出た後に残った、僅かな光を放つ希望。それはまだ見つかっていない。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 

 そこはかつては南部軍第四基地と呼ばれていた。

 

「……メリィ?」

 

 出迎えたのは、太陽の光が染み込んだような髪色の女性だった。若く、そして黒い肌。少しやつれて疲れたような顔で、そう綺麗とは言えない装い。

 

 彼女の名前は、

 

「……! ジュエン? ジュエンですの?」

 

「メリィ……メリィ? 本当に、来てくれるなんて……」

 

「あなたこそ、まさかこんなところで会えるなんて……。ジュエン、あなたの髪……相変わらず、美しい色ですわね。そのおかげですぐに分かりましたの」

 

「ありがとう。またメリィにそう言ってもらえて、私も嬉しい。本当よ」

 

 突然駆け出して、施設の女性と笑顔で言葉を交わすメリィ。エールとスカベンジャーは顔を見合わせた。彼女たち、知り合い? 私が知るか。

 

「とにかく、お久しぶりですわね。ヴィクトリア以来ですから……もう二年ほど経ちますのね」

 

「そう……もう、二年も。ねぇ、メリィ」

 

「なんですの?」

 

「──あなたも帰ってきたのね。私たちの故郷(エクソリア)に」

 

 旧友との再会がもたらすものは喜びばかりではない。なぜなら、その過去の喜びなど、過去の苦しみに比べてあまりに小さく、そして脆いものばかりだからだ。

 

 抱えるには多すぎるものを伴い、背負うには重たすぎるものを纏い、語るには長すぎるほどの物語を携えて──彼女たちは再会した。

 

 

 

 

 

 

 旧南部軍がホークンから撤退した後、駐屯基地は多少はまともな廃墟として使われていた。撤収は素早いもので、高価な機材や武器などは根こそぎなくなっていたが、少なくとも屋根や壁は残っている。

 

 鉄柵に囲われた広大な駐屯基地の大半はすでに荒地に変わっていはいるが、元々そこにあった旧南部軍の影を残している。

 

 破壊され尽くしたホークンでは、まともな屋根のある場所は貴重だ。さっきの女性──ジュエンはホークンに残された戦災孤児を集めて、なんとか面倒を見ているんだとか。

 

 しかしジュエンとメリィが知り合いだったとは知らなかった。彼女たちは積もる話もあるようで、中に入って話している。再会に水を差す気はなかったエールは、面倒くさそうなスカベンジャーを伴って、とりあえずその辺を歩いていた。

 

「……。……」

 

 崩れかけた壁に座り込んだ少年が、どこか虚な目でエールを見ていた。

 

 ホークン争奪戦、後の歴史では第二次ホークン占領戦と呼ばれることになった、あの戦争は悲惨だった。旧南部軍による見せかけだけの第一次ホークン占領戦とは違って、両者は本気だった。

 

 レオーネには余裕など欠片も無かった。北部軍は絶対にホークンを失うわけにはいかなかった。ただ殺し合い、壊し合った。街への配慮などする余裕もなかったし、北部軍はホークンに取り残されていた子供まで使って勝とうとした。

 

 最後には結果だけが残った。

 

 ちら、と少年の方に目をやる。目が合った。

 

「……やあ、こんにちは」

 

 虚ろな瞳がエールを写している。苦痛と絶望が少年の全てを押しつぶし、奪っていった。故に少年の中には何も残っていない。

 

「おまえ、エールだろ。知ってる……」

 

「へぇ。どうして知っているんだい?」

 

「……大人たちが話してた。エールが救ってくれるって言いながら、みんな死んでったけど」

 

「それは申し訳ないね。これからやってくってことで、許してくれない?」

 

 少年の隣に座り込んだエールを、スカベンジャーが面倒くさそうな表情を浮かべながら見下ろして、ため息を吐いて歩いて行った。彼女の方は付き合う気はないらしい。

 

「……何しに来たんだよ。おれたちを救ってくれるんじゃなかったのかよ」

 

「まあまあ。少なくとも君はまだ死んでない」

 

「……おれだけだ。死んでないのは──」

 

 ホークンの今を象徴するような子供だ。腕に浮き出た鉱石結晶、ボロボロのサンダル、黒い肌。瞳に映る壊れた街、壊れた未来、壊れた世界。

 

「みんな、あいつらに殺された。採掘場に行って帰ってきたヤツは1人もいない。最後には……爆弾持たされて、殺さなきゃ殺すって言われて──みんな、死んだよ」

 

「じゃあ君だけが生き残ったのか」

 

 ちら、と孤児院を振り返る。メリィの話によれば、数十人ほどの子供がいるらしいが……全員が深い心の傷を抱えている。慢性化した痛みが精神と肉体を壊し、ボロボロになりながら膝を抱えている。

 

 付け加えるならば、彼らはまだ生き残ったわけではない。遠くないうちに命を落とす可能性も残っている。腕に浮き出た結晶はその証だ。

 

「憎いかい? この世界が──」

 

「……憎いに決まってる。父さんと母さんを殺して、おれたちの街を壊して、奴隷みたいに扱って殺した北部の奴らも、こんなふうになるまで助けに来なかったおまえも」

 

「やれやれ。君が死んでから来た方がよかったかい?」

 

「……」

 

「……冗談だって」

 

 ほんとロクでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 ようやっと昔話が終わったらしい。

 

「お待たせいたしましたわ、エール様。つい話し込んでしまって……」

 

「全くだよ。それで、そっちが?」

 

「ええ。紹介いたしますわ。(わたくし)の古い友人であり、現在この孤児院の院長を務めているジュエンですの」

 

 鋭い瞳だった。それは周囲に流されることをやめ、自らの意思で現実に立ち向かう人の目だった。

 

「ご挨拶が遅れてすみません、エール──救い人(ソトラ)よ。ジュエン・リ・ホウトと申します。ジュエンとお呼びください」

 

「そんなに硬くならなくてもいいって。エール……えっと、エール・バー・ハン……いや、違うんだっけ?」

 

「エール・リ・ロゥですわ! まったくもう、遠慮なく名乗って頂いて構いませんのよ」

 

「だってさ。よろしくね」

 

「はい」

 

 絶望が過ぎ去った街にあって、彼女の顔はまだ希望を失っていなかった。それにしてはやけに恭しいエールへの態度だったが、すでに日々の連続性が失われているエールにとっては大した疑問にはならない。

 

「本当に感謝しているのです。これで少なくともあの子たちは、今すぐに死ぬことはありませんから」

 

「ひどい状態だったんだってね?」

 

「食料事情が悪化してからは、特に。病気で亡くなる子が多く、私が子供たちを引き取ってもすぐに数が減っていきます。あの鉱石病(オリパシー)に苦しむ子供たちに、私はなにもしてあげられませんでした」

 

「そう──鉱石病(オリパシー)にかかった子供たちのうちで、誰か死んだ子は?」

 

「幸いなことに、まだ……しかし時間の問題です」

 

 ホークンへの援助は──滞っている。山岳地帯にあるホークンへは交通の便が悪く、近くの都市から距離もある上、援助のための人員が足りていない。というよりも、より重要な問題へと対処せざるを得なくなっているためだ。

 

 リソースは有限だ。そしてそれは、より大きなものの存続のために使用されるべきだ。

 

「……レオーネがホークンを後回しにしている理由について、私は理解しているつもりです。その上で、私はこの訪問に、ホークンに対する支援の意思を見出しています。この認識に差異がないことを祈りますが……」

 

「放っておくつもりはないよ。確か……えっと、なんだっけ……」

 

 どこからかぬるっとスカベンジャーが現れて、普通に何も思い出せないエールの代わりに言葉を繋げた。

 

「数日以内にクルビア企業の連中がホークンへ支援に来る予定だ。どこまで信用できるかは知らんが、この街も少しはマシになるだろうな」

 

「そうそれ! ごめんね、レオーネにはこれ以上の支援を直接行う余裕がないんだよね」

 

「ロゥ家としても同様……ですが、懐かしき我が親友を見捨てるつもりはありませんの。安心なさい、ジュエン。あなたと、あなたが大切に思う子供たちは(わたくし)が救って差し上げますわ」

 

「……ありがとうございます。エール様、それにメリィも……」

 

 ボロ小屋と呼んで差し支えないような駐屯基地を背にして、ジュエンは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 数日後、国際義援団の先遣隊がアルゴンに到着したとの知らせが入った──クルビアの化学企業と医療企業が中心となって、医療だけに留まらない総括的な技術支援を行う。

 

 今回の一件が実現したのはエクソリア政府によるクルビア政府への要請だが、少し視点を高くして見ればクルビア政府の意図は明確だ。

 

 ──『投資』である。

 

 

 

 

*

 

 

 

「ローレンス・ジェネラルラボ、第二支店所属。クルビアより参りました、工学技師のジェイムズと申します」

 

 こう、見るからに胡散臭そうな男だった。エクソリアできっちりとネクタイを締めている時点で相当怪しい出で立ちだ。クルビアの企業職員は営業スマイルが張り付いているものだが、それにしてもわざとらしいスマイル。

 

「軍病院のアリゾナよ。一通り義援団(あなたたち)の対応を任されているわ。それなりに偉い人たちに顔は効くから、私のことは案内役兼各所への窓口だと思って頂戴」

 

「把握しました。よろしくお願いします、アリゾナ氏」

 

「氏、とか付けなくてもいいわ。とりあえずは──この荒れ果てたホークンを、少しでもマシにしてくれるのよね?」

 

「誤解されては困ります。私の仕事は、破壊された水道の補修と聞いていますが」

 

「合ってるわよ。その辺りが分かる人は前の戦いで軒並み死んでしまって、人も物資も全く足りないのよ。だから正直、かなり期待しているわ」

 

 ホークン奪還戦から2週間が経過していた──支援部隊による配給は行われているが、それも十分な量が行き渡っているとは言えない。瓦礫に埋もれた死体は無数にあり、怪我や疫病により

動けない人々もいる。軍病院の出張は自然なことだった。

 

「それで、いちお〜う確認したいんだけど……義援団って、あなた1人なのかしら?」

 

「連絡に不備があったようですね。移動中のトラブルで、義援団の本隊は足止めを食っており、ホークンへの到着は数日ほど遅れる見込みです。私はサルゴンでの仕事を終えてこちらへ向かったため、図らずも先遣したというわけです」

 

 南部エクソリアにおいて最も支援を必要としているのは間違いなくホークンだ。山間部に築かれたこの街は、爆発により崖が崩れたところもある。最悪なことに、水道や発電所などの主要施設まで大きな被害を被っている。

 

「数日後にはホークン(ここ)に義援団が到着するという認識でいいのよね?」

 

「その認識で構いません。それでは、当面の仕事場への案内をお願いします」

 

 

 

 

 荒れ果てた都市に高い日差し。エクソリアの気温は生易しくなどない。外国人が暑さにやられることは日常的なものだ。

 

「話には聞いていましたが、それにしても暑いですね」

 

「水分補給はこまめにすることを勧めるわ。けど、肝心の水道が壊れてるおかげでそれも難しいけれど」

 

「では、ホークンではどこから水を?」

 

「川から汲んで来ているのよ。10km近い道を往復して、毎日毎日」

 

 もっとも、そのような水を飲むことをお勧めはしない。水は泥や微生物で汚れているし、はっきり言って何で汚れているかもわからない。それでも飲むしかない。死ぬよりはマシだ。

 

「軍病院には飲料水の備蓄があるわ。水筒を貸すからそれでお願い。それと……迂闊に出歩くと襲われる可能性が極めて高いわ。日中でも油断しないで」

 

「自衛の手段は心得ています。ご心配なく」

 

「何よりね」

 

 かつては道だったような場所を無骨な軍用車が進んでいった。道端に座り込んだ人々がそれをじっと眺めていた。

 

 

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