「それで、一体いつまでホークンに滞在しますの? まともなホテルもないような場所に、何日も居たくはないのですが」
「……何日いるの?」
「ホークンを見て回るだけなら二日もあれば十分だ、どうせ何も残っちゃいないからな。別にお嬢様の方は、今すぐに帰ってもらっても構わんがな」
スカベンジャーがハンドルを握る車両は、採掘場の視察のためにホークンの北へと向かっていた。
「冗談はよしてくださいまし。それでは
「世間知らずのお嬢様でもその程度は頭が回るか。本気にして頂ければ、私の仕事もかなり楽になったんだが……」
「……ザラックというのは皆、こうも礼儀に欠けるものですの?」
「はっ、好きに言ってろ。少なくとも私は礼儀のあるなしで苦労したことはない」
「今されているように見えますわよ?」
「こんなものは苦労に入らない。あんたの軽口は可愛いもんだ、お嬢様」
立場的な視点では、メリィはエクソリアの最高権力者にほぼ等しいのだが、スカベンジャーの立場もまた唯一無二だ。エールが絶大な信頼を寄せる懐刀であり、最近ではエールの代行者として各所への指示出しなども行っている。
そのためスカベンジャーは、メリィがこれまで接してきた人々のように、口の利き方に気をつけるということがない。心なしかスカベンジャーも、メリィを揶揄うのが楽しそうに見える。
「……ところでエール。採掘所にロドスが来るってことは、クルビアの連中とロドスが鉢合わせることになるが……問題はないのか?」
「え? あー……ロドス、ロドス……って何だっけ。まあよく分からないけど、多分大丈夫じゃない? 多分彼女も来るだろうし」
「……彼女? 誰のことだ?」
「えっ、知らない……彼女って誰?」
「お前が言ったんだよ。チッ……まあいい。どうにでもなるだろう」
楽しいホークン観光は続きそうだ。
「ジュエンとは古い付き合いでしたの。南部中央学園が、今はもう消滅したステラ軍学校と双璧を成すロゥ家傘下の貴族たちの学校だったことはご存知でしょう? リン家と違って、ロゥ家ではそこまで血筋は問いませんの。優秀だと認められれば、貧しい家の生まれでも入学することが出来たのですわ」
車の移動中というのは余りに暇だ。スカベンジャーとの軽口にもうんざりしたのか、メリィがラジオ役をしてくれている。
「当時、ヴィクトリアとの新たな交易ルートの構築を行う計画があったのです。そして選ばれた学生たちは、この計画に参加することを条件に、ヴィクトリアへの留学を行うことが出来たのです。留学にかかる費用は全てエクソリア政府の支援により賄われ、破格の条件でしたわ。もっとも、南部中央学校の学生で資金に困るような人物など限られていたのですけれど」
ちなみにエールは半分くらい寝ているが、後部座席に座っているのでメリィは気がついていない。
「当然、ヴィクトリアへの留学は誰もが希望しました。最先端の学びはエクソリアにとって何よりも必要なもの。その名誉ある役目を決めるのは当然、能力ですわよね? 最終的に学園内で最も優秀だった2名の学生が選ばれましたの」
「……能力の基準は何だったんだ?」
「学力はもちろん、運動能力、アーツ、一般教養など、多岐に渡りましたわ。そして総合的成績の上位2人というのが、私とジュエンでしたの」
「……」
「何ですの、その目は。言っておきますが、私はこれでも名誉あるロゥ家の跡取りですのよ? その名は飾りではありませんの。例え戦闘になっても、あなたよりは強いと確信しております。もし機会があれば、私のアーツをご覧に入れて差し上げますわ」
「そりゃどうも。その時は是非とも頼みたいもんだ。それでもう1人ってのが──」
「ええ。ジュエンでしたの」
──エクソリアで最も貧しいのは一般的な農家だ。農村で伝統的な稲作などを行っている家庭は、もはや前時代的と言って差し支えない生活をしている。ジュエン・リ・ホウトはその中から成り上がってきた、優秀という言葉では表現し切れない人物だった。
物心つく前から専属の教師がいるような貴族の子息の中に混ざって、ジュエンは常にトップだった。貴族に生まれにはない貪欲さが、おそらく彼女を動かしていたのだろう。
「私がどれだけ努力しても、結局最後までジュエンには届きませんでしたわ。私がこれまでの人生で唯一負けを認めたのは、後にも先にもジュエンだけでしょう。学力でも、アーツ戦闘でも。初めの頃はジュエンを見下していましたが、ヴィクトリアへ留学する頃にはもはや親友と呼んで差し支えはありませんでしたのよ」
そして訪れたロンディニウムにて交易ルートの構築というプロジェクトを手伝う傍ら、2人はヴィクトリアの大学で最先端の研究環境に身を置いていた。
「ジュエンは工学、特に
メリィがエクソリアに帰ってきたのは今年の三月ごろだ。その時期は第一次ホークン争奪戦が起こった時期で、南部エクソリアの消滅はもはや秒読み段階だった。そして同年五月にアルゴンにてレオーネが結成されてからの半年は、エクソリアにとって激動と言って過不足ないだろう。バオリア奪還戦、そして第二次ホークン争奪戦。
「ジュエンがエクソリアに帰ってきたのは約四年と半年前。ホークンにて、大学での研究を元に
車窓越しに見える荒れ果てたホークン。かつてパイプ管だったもの。かつて何かの工場だったもの。かつて人間だった白い破片。腐った死体が放置されている場所もある。
ジュエンがホークンの発展を願って捧げた全ては壊れてしまった。
「……あの子の心境を思うと、胸が痛くなりますの。友人として……ジュエンの危機に何も出来ませんでした。私がエクソリアに戻ってくる頃には、もう全てが決まった後で──」
「例の出来レースの話か。あの件、あんたはどう思ってるんだ」
「理解は出来ますわ。しかし他にやり方はあったでしょう。わざわざ戦火を振り撒くようなやり方は、ウルサス流と言えばそうなのでしょうが……酷く趣味が悪いですわね。挙句、負けそうになったら嫌がらせのようにホークンを破壊するだけして撤退していくような……野盗にも劣るやり方ですわ」
「珍しく気が合うな。同感だ」
かつての願いの残骸。
「このホークンでは、生き延びるだけでも精一杯でしょう。そんな中で孤児たちを集めて面倒まで見て……ジュエンには頭が下がりますわ、本当に」
正直、ジュエンはもう死んだと思っていた。第一次ホークン争奪戦において、市民が逃げる暇などなかったと言っていい。捕えられ、過酷な労働に従事させられていたと聞く。ジュエンは工学技術者として北部軍への協力を余儀なくされていたと語った。
第二次ホークン争奪戦の最中、隙を見て逃げ出し、戦火に巻き込まれないために鉱山地帯へと逃げ込んだようだ。そして戻ってくる頃には全てが壊れていた。
「本当はジュエンだけでもアルゴンに来て欲しかったのです。だけど……故郷を離れるわけには行かないと譲りませんでしたわ。子供達を見捨てて行けない、と」
「……バカな話だ。あのガキども、もう長くは持たないだろうに」
「どういう意味ですの?」
「揃って
メリィはどこか納得していないらしい。
「……エール様もあなたも感染者なのに、こうして生きているではありませんの?」
「私も後ろで寝てるバカも、専用の治療は受けている。それでも症状が現れる時はある。頭痛なり耳鳴りなり、人によりけりだがな。それでも薬があるかないかじゃ、生き延びることができる時間はかなり違う。……前から思っていたが、あんたは
──それは死に至る病。
テラにおいて
国を体に例えるならばホークンは病巣だ。
「ふん、まあいい。どうせ嫌というほど知ることになる。感染者を巡る問題で解決したものなど、一つたりとも存在していない。果たして感染者という存在を、あんたが抱えられるのか見ものだな」
「見くびられたものですわね。確かに
「──それ以上はやめておけ。どうせあんたも、発言を後悔することになる」
車両の
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「お初にお目にかかります、レオーネ特別顧問、エール様。ご挨拶申し上げます、工学技師のジェイムズと申します」
「よろしく頼むよ。なんか先に来ちゃったんだって?」
「ええ、先んじて作業を始めております。本来ならこちらから挨拶に出向くべきでしたが、申し訳ない。ちょうど良い機会だと思いまして」
「いいよいいよ、やることも終わって暇だったし」
レオーネのトップの口調が軽すぎてブリーズは不安になった。
ブリーズがホークンに仮設された軍病院でひたすら民間人の治療に当たっていたところ、ジェイムズがエールに挨拶をしたいと言い出す。別件でエールがホークンに来ていることは軍病院にも共有されていたので、ブリーズが運転してエールをジェイムズの仕事場である水道局へと連れて来た訳だ。
「それでどんな感じ?」
「そうですね。現在は交換するべき部品のピックアップを行っているのですが、ハッキリ言って一から作り直した方が早いでしょう。どれだけ早く見積もっても、インフラの復旧には一年を要すると推測されます」
クルビアの有名企業が中心となって結成されたプロジェクトグループは、医療義援団と名はついているものの、その目的はホークンを復興させることにあった。エクソリアには現在ホークンを復興させる余裕などなく、国外に頼る他に選択肢もない。
「いやあ、なんだか申し訳ないね。ほとんどタダで手伝ってもらっちゃって」
「お気になさらず。これは双方にとっても利のある話……公正な取引ですので」
この一件で、エクソリアはクルビア政府に大きな借りが出来る。見返りは当然、この地から発掘される膨大な
これにより、クルビアはエクソリアの
──しかしそれにはある前提条件が付き纏う。
「クルビア政府は巨額の投資を行いました。それが回収されることを、私もいちクルビア人として願いますが、こうしてエール様にお会いして確信しました。取引は果たされるだろう、と」
「ええ? 照れちゃうなぁ」
この南北戦争において南部が勝利すること。半年前までは絶望的とも言えることだったが、今は違う。クルビア政府にこの危険な投資を行わせるだけの可能性を示した。
最もそれだけが理由ではない。もっと単純な理由として、戦争大好きウルサスの支配領域が広がるのはどの国にとっても好ましくないのだ。そしてクルビアが最もそれを嫌がった。それだけの話だ。
取引を受け入れた時点で、エクソリアの内紛は少しずつウルサスとクルビアの代理戦争という一面を見せ始める。それは他国の思惑に翻弄され続けてきたエクソリアの歴史そのもので、決して手放しに希望を見出せるものではない。ウルサスに支配されるくらいなら、クルビアの資本主義に支配された方がまだマシ──その程度に過ぎないのだ。
それでもグエン・バー・ハンは──南部エクソリアはそれを選択するしかないのだ。
「あ、そうだ。聞いてるとは思うけど、採掘場に関してはロドス? っていう企業になんか依頼してあるんだよ。その部分だけは共同でやって欲しいんだけど……」
「把握していますよ。それを聞いた時は少々驚きましたが……これほど
「ある……のかな? まあ、問題ってのは未然に防ぐのが一番安上がりだよ。そうじゃない?」
「大いに同感です。何事も、安く上がるのが一番です」
全くもって、ブリーズも同感だった。エールが言うとまるで説得力がなかったが。