……あぁ、ここに来てもうすぐ3カ月ほどになるのか。
地平線まで見える平原にて、旅人や商人の往来によって踏み固められたのであろう道をトボトボと歩きながら、ふとそんなことを思った。
抜けるような青空から陽の光が降り注ぎ、心地の良い風が吹き抜ける中、俺は何とも言えない気持ちで天を仰いだ。この時の俺の表情は周りからどう映っただろうか?
今の生活をエンジョイしているように見えただろうか? まだ見ぬ未知の世界に期待を膨らませているように見えただろうか?
あるいは……。
俺は隣に視線を移した。
そこには俺と歩調を合わせ、同様に、しかしどこか幸せそうな雰囲気を漂わせながら、空を見上げる美少女がいた。
まず目を引くのは、腰まで届いた銀色の艶のある絹のような髪だろう。それが風でなびくたびに太陽光を反射しキラキラと輝くその様は、まるでそれ自体が完成された芸術作品のようだ。
次に目がいくのは、その真っ赤なパッチリとした瞳だろう。強い魔力を宿す証明でもあるらしいその瞳は宝玉の様に煌めいており、見ているだけで吸い込まれそうになるほどだ。
さらには小さな顔、華奢に見えるその身体を透き通るような真っ白な肌が包んでいる。
そして胸以外は完璧なプロポーションを誇る肢体を包んでいるのは、真っ白なワンピースだ。その服装はどう見ても旅には不釣り合いで違和感はあるものの、そんなことがどうでもいいと思えるほどの美しさ、華があった。
その文句のつけようのない美少女は、俺の視線に気付くと、溢れんばかりの笑顔を浮かべこちらを見返してくれる。
普通の男ならこれだけで、恋の一つや二つに落ちるってものだろう。
しかし
俺には、それがとてもとても……
なるべくその先を考えないようにしようと、微笑みかけてくれる美少女に努めて笑顔を浮かべて見返していると
ズズーン…… ズズ……ン
突如、右の方から地響きが鳴り響いてきた。
!?
急いで音源に視線を向けると、いつの間に現れたのか、巨大な小山ほどある何かがこちらに近づいて来ていた。
……あれは確か、この平原一帯で出現する中で最も強力なモンスターであるドラゴンだ。
向こうもこちらに気付いたのか、ギョロリとした大きな目玉の焦点をこちらに合わせ、敵意をむき出しにし、こちらに迫ってきた。
あのドラゴンは羽が無く、飛ぶことはできないものの、分厚い皮で覆われた肉体は刃を通さず、強力なかぎ爪から繰り出される一撃、そして何よりも広範囲に及ぶ強烈なブレスを使えることから、旅人からも危険視されているモンスターの一体だ。しかし足は遅いというのが唯一の救いだ。それ故にドラゴンと遭遇したとき、普通は逃げるのが賢い選択だ。
そう、『普通』はだ。
その瞬間、隣からさきほどまでのほのぼのした雰囲気から一転、ドス黒い負の感情のようなものが漂ってくるのが嫌でもわかった。それは比喩でもなんでもなく、膨大な魔力が漏れ出ているのだ。無論、隣にいる美少女からだ。魔力に耐性のない者ならこれにあたるだけで気を失うだろう。いや、この場合、失神した方が幸せかもしれないが。
ギギギと、壊れたロボットのようにゆっくりと隣に視線を戻すと、そこには。
「……うふふふ。」
と、何がおかしいのか、透き通るような声で楽しそうに笑いながら、先ほどまでと同様に笑顔を浮かべ、ドラゴンを見据えている美少女の姿があった。ただし、目は全く笑っていない。その突然の豹変ぶりに、正直隣にいるだけでちびりそうなのだが、ぐっと気を引き締め我慢する。
すると、ゆっくりとその美少女は俺の方にその顔を向けてきた。
静かな怒りに包まれたその表情を正面から見て、小さく「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまうが、そんなことには気付かなかったのか、美少女は無邪気に笑いながらこう言ってきた。
「あはは、待っててね? 私たちの時間を邪魔するゴミをお掃除してくるからね!」
ぐっと握りこぶしを作り、元気にそう言う仕草自体は大変可愛らしいのだが、セリフとのギャップでむしろ異様さを感じさせ、恐怖の感情が芽生えてくる。
それに対し、俺はガクガクと震える足で自身を必死に支えながら口を開き
「い……いってらっしゃ、い……。」
と、途切れ途切れにそう答えた。それに対し目の前の美少女は、ポッと頬を赤らめ
「うん! 行ってきます!! えへへ、このやりとり何だか新婚さんみたいだね」
向こうは恥ずかしかったのか、照れくさそうにそう言うや否や、ブンと残像を残して目の前から消えた。一応説明しておくと、俺の目では捉えられないほどの速さで移動したのだ。新婚さんってこんな感じなのだろうか?
そして
ドガッ! グチュッッ! ブチチチチッ! ギャアアアアアアアア!!!???
平原一帯に肉が千切れ、引き裂かれる音とともにドラゴンの悲痛な絶叫が響き渡った。
そして1分ほどたったとき、
「ごめんなさい! 思ったよりしぶとくて時間がかかっちゃった……。」
まるでゴキブリを倒してきたみたいなノリのセリフをはきながら、またもや目にも止まらぬ速さで移動し、俺の目の前に急に現れる美少女。
いつも思うが、せめて肉眼でおえるほどの速度で移動してほしいものだ。目の前に突然現れるたびに心臓が止まりそうになるんだよな。
ちなみにドラゴンは、もはや原型が分からないほど痛めつけられており、絶命していた。
ドラゴンは手練れの兵士や旅人が10人~20人体制で討伐するのが定石だ。当然、普通の少女が一人で倒せるものではない。本人は、1分もかかり不甲斐ないと思っているのか、シュンと落ち込んでいるが……。
それをやすやすとやってのけたこの美少女は、勿論ただの美少女ではない。
「で、でも、私達を邪魔する存在をやっつけたよね? ねえ? 偉い? 私偉い??」
と、目の前の美少女は、何かを期待するように俺にズイッとその小さな顔を近づけてくる。
ドキドキするかって? 答えはノーだ。というのもその綺麗な顔は、ドラゴンの返り血で半分くらいが真っ赤ときたものだ。そしてその着ているワンピースもだ。真っ白だったが、今の戦闘……いや虐殺か? によって浴びた返り血のせいで現在は真っ赤になっている。真っ白なワンピースを着ていた先ほどまでのこの子はさながら絵画のモデルのような存在感を放っていた。しかし今はどうだ、どう見ても悪魔のそれだ。
だが、それは気にしたら負けなのだ。俺がここですることは一つ。
「……ああ、見てたよ。よくやったな。」
と、心を無にして、なでなでとその小さな頭を撫でてあげるのだ。ちなみに見てたというのは嘘だ。怖くて耳を塞ぎ、目を背けていたからな。
「……あぁ、私、私、もっと頑張るからね!!」
俺が撫でるたびに気持ちよさそうに目を細め、とろけたように甘えた声でそう言ってくる彼女はまさに幸せの絶頂にいるそれだった。
これだけ見ると抱きしめたくなるくらい可愛いのだが……、もうお分かりと思うが欠点が凄いのだ。
大前提で大問題なのが、あらゆる物事において彼女にとっては俺が第一優先なのだ。俺に少しでも害が及ぶと判断すれば全力でそれを除外しようとする。手段はいとわずに、だ。先ほどのドラゴンの惨状をみれば分かりやすいだろう。
「……私、ずっと、ずっとずっとずっと、かいとと一緒だからね」
と、重めのお言葉を放った彼女は、頬を染め、潤んだ上目遣いで俺を見つめ、最後にはとうとう抱き着きついてきた。
女性特有の柔らかさとぬくもりが伝わってくると同時に漂ってくるドラゴンの血の匂いによって、俺の全身の血が引いていくのが分かる。
ああ、どうしてこうなったのか……。
すべては3カ月前に始まった。
勢いで書いた