村から出て北東に向かった俺だったが、すぐに呪いの魔力を掴み、容易に呪いの発生源まで来ることができた。
元は、木々で囲まれた自然あふれた地であったことが想像されるが、そこには枯れた木々とひび割れた死の大地が広がるのみであった。
明らかに呪いの影響だった。
……なんだこれは?
順調にここまで来た俺だったが、予想外の状況に思わず立ち尽くしていた。
目の前には、すべてを飲み込みそうな深い闇が渦巻いており、そこから呪いがまき散らされていた。体中にヒシヒシと感じる禍々しい魔力は、確かに強力な呪いの力だった。並みの使い手では、この呪いにあてられただけで命を奪われるだろうというほどの強力なものだった。
しかし、明らかにおかしい点があったのだ。
あまりに呪いの力が強すぎる……。
今回、事前情報では推定討伐ランクAのアンデッドモンスターによる呪いということだった。
これまでに俺はAランクに該当するモンスターを3体討伐したことがある。
いずれも例外なく強力な生命力と魔力を持っていた(キングトロルは魔力はほとんどなかったけど)。
しかし、この呪いの魔力量は明らかにこれまで遭遇したランクAのモンスター以上の力が感じられた。
高い魔力耐性を持つ俺ですらこの呪いの前では息苦しさを覚えるほどだ。
そしてそれは、Aランク以上モンスターの力を持った何者かの手が加えられている何よりの証拠でもあった。
よくよく考えてみると、今回の話は最初から違和感があった。というのもアンデッドモンスターの呪いによって、周囲のモンスターが活性化するなんていう話は聞いたことがない。新種のアンデッドモンスターだから特殊な能力でもあるのかなと思って、そこまで気にしていなかったが、どうもそうではなかったようだ。
……まず間違いなく今回の事件には、まだ表に出てきていない真の首謀者がいることは確実だろう。
Aランクのモンスター以上の力を持っている存在など限られてくる。
しかも今回、その何者かは勇者候補であるイリアを標的にしていることは明らかだろう。
あのイリアの精神的に追い詰められている姿をも見れば、そう判断せざるを得ない。
世界最強と呼ばれ、英雄の子でもある勇者候補を標的にする存在を考えていくと
魔王
その存在が嫌でも脳裏にちらつく。
もしかしたら魔王までいかなくても、その側近ということも十分に考えられるが。
いずれにしても人間サイドに友好的な存在でないことは確かだろう。
だが、首謀者が何者であろうと俺のすることに変わりはない。俺の今の役割はこの呪いをどうにかすることだ。
……しかしこの呪い。大賢者の魔法の巻物がなかったらアウトだったな。
この呪いを信仰系の魔法で打ち消せる僧侶の存在など、現世では最後の勇者候補の存在くらいなものだろう。
過去に大金をはたいて大賢者の魔法の巻物を購入した自分を褒める一方で、もしこれがなかったらと、想像してしまい冷や汗が額から流れ落ちる。
……もしかして、イリアもアンデッドモンスターの呪いに対策がなかったわけでなく、この予想以上の呪いの力に成す術がなかっただけなのか?
そんなことを考えながら、俺は大賢者の魔法が封じ込まれた巻物の封を解き、一気に開いた。
その瞬間、感じたことのないほどの魔力量が巻物からあふれ出てくる。
次に巻物から目も眩むほどのまばゆい光が、呪いに侵されたあたりを浄化するように照らしていく。その光は、膨大な魔力量とは対照的に優しく慈悲深いものだった。
……っ、なんて魔力だ!?
巻物から漏れ出る魔力から只者でないことは予想していたが、ここまでとは……。
大賢者……何者なんだ?
明らかに自分を超える魔法に驚愕する俺をよそに光はあたりを飲み込んでいく。
あまりのまぶしさに俺は目を閉じる。
全身を温かく包み込む光が収まったのを感じ、俺は閉じていた目を開けた。
すると目の前には、驚くべき光景があった。
命が、溢れていたのだ。
先ほどまでの死の光景とは真逆。
大地には鮮やかな緑色の絨毯が敷かれ、その上を緩やかな風が吹き抜け、波状にそれが伝播していく。木々の枝から延びる木の葉も同時に揺れ、葉こすれる心地よい音があたりに鳴り響く。
そしてどういうわけか、さきほどまで空を覆っていた分厚い雲も欠片も残さずなくなっており、太陽が顔をのぞかせ、温かい日の光を地上いっぱいに降り注がせていた。
蘇生魔法
間違いなかった。
信仰系魔法の頂点に君臨する奇跡の魔法。
……いや、信仰系に限らず全ての魔法の頂点といってもいいだろう。
過去に存在した超級魔法の使い手達でさえ、習得不可能とされた魔法だった。
理論上はその存在が提唱されていたが、これが使える人間はいなかった。
それもそのはず。他の超級魔法とは比較にならないほど複雑な魔力構成を求められ、しかも扱う魔力量が桁違いのため、机上の魔法と言われた存在だからだ。
その伝説の魔法は、それに見合うほど強力なものであり、呪いを打ち消した上にその呪いによって奪われた命をも蘇らせた。
……大賢者、本当に何者なんだ?
仮に俺が信仰系魔法が使えたとして、同じ魔法が使えただろうか?
……。
イリアの斬撃を見たとき以上の衝撃を受けた俺は、しばらく呆然とそこに立ち尽くした。
しかし次の瞬間、身が凍り付くような悍ましい声によって俺の意識はすぐさま現実に引き戻された。
「……まさか、あの忌々しい女の魔法を隠し持っていたとは。信仰系の魔法が使えないからと油断していた……。」
姿はなかった。脳に直接響いてい来るような怒りが込められたこの声には、得も言われぬ恐怖心を引き立てさせた。
「佐藤かいと、貴様もイリア共々、まとめて始末してやろうと思っていたが失敗に終わったようだ。……しかし、呪いは消えたが、お前の大事な連れは面白い状態になっているな。……くくく、面白いことを思いついた。」
……俺の、大事な、連れ? 面白いこと?
この声の主は何者なのか、なぜ自分のことを知っているのか、状況は何一つ理解できなかった。
しかし放たれたその言葉の意味だけすぐさま俺の頭にすっと入ってきて、ほぼ反射的に瞬間転移魔法を発動させた。無論、行先はアリーの元だ。
しかし、魔法が発動することはなかった。
……これは、結界魔法!?
周りを見ると、いつの間にか結界魔法が張り巡らされていた。
俺が使う結界魔法にも引けを取らないほどの強力なものだ。これでは結界内にいる限り、瞬間転移はできない。
この状況を前にどうするか考えようとした瞬間、変化が起きた。
周りの空間が突如、歪み始めたのだ。
歪みは全部で三つ。その大きさは直径5メートル,10メートル、20メートルと、ばらばらだった。
なにが起きているかわからず、俺は全神経を集中させ、何が起きても反応できるように目の前を見据えた。
すると間もなく空間の歪みが引いていき、その代わりにモンスターが現れた。
そのモンスターとは、
「ゴッドスライム」、「デーモンロード」、「カオスドラゴン」、
いずれもスライム族、悪魔族、ドラゴン族、その頂点に君臨するモンスターだ。文献で読んだことがあるが、すべて討伐ランクAに該当するモンスターだ。しかもAランクモンスターの中でも特に強いとされているモンスター達だ。
人間にとってはそのうちの一体が現れただけでも災厄が巻き起こるとさえ言われている。
それが一気に3体も……。
あまりにも現実離れした事態に、頭の中が真っ白になり、思考が停止する。
そんな俺に追い打ちをかけるように
「今の召喚と結界魔法で私の魔力も打ち切りか……。やはり呪いが消されたのは痛かったか。あれがあれば、モンスターの大群でお前たちを蹂躙したというのに。まあいい、お前の連れ、アリーを使えば、まだまだ面白くなりそうだからな。それまでは足止めをさせてもらうぞ。……その前に死んでくれるなよ? ……まあお前がここで殺されれば、それはそれで、あの娘が完全に壊れるところを見れるだろうがな、くく。」
声は、そう言い切るとその気配を消していく。
待てと叫ぶも、俺の前に3体のモンスターが立ちはだかった。
(アリー視点)
どれほど、そこに蹲っていただろうか。
村のおじいさんが心配そうに声をかけてきた気がしたが、どうでもよかった。
かいとに置いて行かれた。
その事実もそうだが、何よりの心に重くのしかかるのは、
「ギガントゴーレム如きで怖気づいているようでは一緒には連れていくことはできない」
この言葉だった。
思い出すたびに、悔しさと悲しみで目から涙が溢れてきた。
拭っても拭っても、それが止まることはなかった。
そしてその言葉を言われるまでの経緯、それがアリーの心を完全にへし折るに至っていた。
その経緯とは、かいととあのイリアという女の実力が自分の想像をはるかに超えるものだったことが分かったことだ。
アリーの両親は魔女の中でも優れた魔法使いと戦士であった。母親は、複数の超級魔法を操る魔法使いで、魔女族の中でも5本の指に入る使い手だった。そして魔女の血を受け継ぐ父も、魔力こそなかったもののその力と俊敏性は、他を圧倒し、鍛錬によって鍛え上げられたその拳によって、あらゆる敵を倒しっていった。その力はAランクモンスターですら舌を巻くものだった。
人間との戦争を経験した二人は、私に戦いを覚えてほしくなかったらしく、結局、直接戦い方を教えてくれる機会はなかった。
しかし、私には二人の血が流れており、自分もきっと両親のように強くなれるだろうという希望があった。
そしてその希望は、この短い期間に目まぐるしく成長していく自分を見て、確信へと変わっていった。
別にアリーは、人間という存在を侮っていたわけではなかった。
しかし、心のどこかで人間とは魔女よりも本質的に劣る存在なのだと考えていた。
だからこそ、いつしかアリーはこう思うようになった。
このまま強くなっていけば、やがてかいとの横に堂々とたつことができ、誰にも邪魔されず「二人きり」でかいとの目標である魔王討伐を達成できるだろうと。
しかし
かいとの超級魔法もイリアの斬撃とその動きは、両親のそれを遥かに超えたものだった。
アリーは事実を突きつけられた。
このまま努力を続けても、一生かいとの横に並ぶことはできない、と。
きっと、かいとは私を最後まで守ってくれるのだろう。
そう約束してくれたのだから、かいとはそれを反故するなんてことはしないだろう。
しかし、未来、かいとの横にいるのは果たして誰だろうか?
かいとは、この旅で仲間を探すといった。
そのうちの最有力候補の一人は、先ほどのイリアだ。
女の自分から見ても、思わず見惚れるほどの見た目だ。
そしてかいとの横に並ぶにふさわしいだけの力も持ち合わせている。
もしイリアが仲間になったら、かいととイリアは共に力を合わせて旅を乗り越えていくのだろう。
しかし、力のない私はそこにはいない……。今のように安全な場所で留守番だろう。
そんな状況では、かいととイリア、二人の間に恋が芽生えることだって十分に考えられる。
そうなったら、私はどんな顔をしてかいとに守られればいいのだろう?
私は、かいとを愛している。
それは紛れもない事実であり、この気持ちは大人になっても、お婆さんになっても、そして死ぬその時まで変わらない自信がある。
想像してみる。
自分の目の前で、かいととイリアが仲良くする姿を、抱き合う姿を、キスをする姿を。
そして二人が暖かな家庭を築き、自分は寄生虫のようにかいとに守られ続ける姿を。
……いやだ。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
強烈な頭痛と吐き気が襲ってきた。
体中が拒否反応するようにガタガタと震えているのが分かった。
そんな未来になるならば、死んでしまったほうがましだと思えるほどに。
……力が欲しい。
……要は、かいとの横に並べるだけの力があればすべて解決するのだ。
そうすれば、イリアなどという邪魔な存在は必要なくなる。
イリアだけでない。ほかの存在はいらない。私とかいとだけでいいのだ。
悪魔でもなんでもいい……何か力を手に入れる方法がないだろうか?
そこで、ふと私は思い出す。
そう言えば、最近読んだ魔術書にモンスターを体内に取り込むことによって強くなれるという記述があったような……。
……ほう?
そのことを知っているのならば話が早い。
私が手を貸してあげよう。
……魔女の子よ。