不遇キャラを救っていった結果……   作:naonakki

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第12話

 陽の光が静かに照らす大地は、自然溢れる穏やかであった地から、切り刻まれ焼き尽くされたりと破壊の限りを尽くした凄惨なものへと変わり果てていた。

 何も事情を知らない人がこの光景を見れば、大規模な戦争でもあったかと考えるだろう、或いは地獄にでも迷い込んだと錯覚してしまうかもしれない。 

 

 その破壊の中心、魔物の中でも最上位の存在として知られ、人間に災厄として恐れられるデーモンロード、ゴッドスライムの”2体”の死体のすぐそばで仰向けに転がり、荒い息をつく人間がいた。

 

 「……はあっ……はぁっ!」

 

 ……な、なんとか勝てた。

 

 時間魔法という奥の手を使ってAランクモンスター3体に挑んだ俺だったが、予想以上の苦戦を強いられた。

 というのも、魔物側もまだすべての手の内をさらけ出したわけではなかったからだ。

 カオスドラゴンは、それまでよりもさらに一回り上の火力を用いた灼熱のブレスに加え、凍てつく冷気を伴ったブレスを吐きつけてきた。

 デーモンロードは肉体強化魔法により、それまで以上の威力とスピードを伴った攻撃をしかけてきた。

 ゴッドスライムに至っては超級レベルの攻撃魔法はもちろん、回復魔法まで使ってきたりと、倍速となった俺に匹敵するほどの強さを見せつけてきたのだ。

 結果、戦いはこちらの想像を上回るほど長期化し、激戦の末薄氷の勝利を掴んだというわけだ。

 そんな中でも嬉しい誤算もあったが、今はそれはいいだろう。

 

 回復アイテムはほとんどが底を尽き、膨大にあったはずの魔力はほとんどが枯れ果てた。

 魔物によるダメージと魔力切れによる極度の疲労が襲う中、俺は焦りに襲われていた。

 魔物と戦い始めて既に1時間以上は経過してしまった。

 それはこの状況を作り出し、さらにはAランククラスの魔物を召喚することができるほどの何者かがアリーの元へ行って1時間以上が経ったことを意味する。

 

 ……早く戻らないと。

 

 俺は、疲労と魔物からの攻撃によるダメージにより、満身創痍の体にむち打ち、無理やり上体を起こす。

 体力回復アイテムはないが、幸い魔力回復魔法を封じ込めた巻物が一つだけ残っている。俺は、その巻物を解き自身の魔力を回復させる。全快には程遠かったが、いくつかの魔法が使用できる程度には魔力が回復した。

 俺はそれからあたりに張られている結界魔法の解除に取り掛かる。

 魔物や魔法等は透過させ、俺という存在だけを阻むように構築されていたそれを解除するのに当初の見込みでは10秒もあれば十分だと思っていた。

 しかし予想以上に強固な結界だったらしく倍の20秒ほどかかってしまった。

 何者かははっきりわからないが、この結界魔法を使用した何者かは魔法の腕前も相当なものらしい。

 その正体が何かは非常に重要なことではあるが、今はそれを考えるよりもアリーの元へ帰らなければならない。すぐに意識を切り替え、瞬間転移魔法を使用する。

 

 

 

 ……アリー、無事でいてくれよ。

 

 

 

 心の中でそう強く祈りながら、魔法を発動させる。

 自身を中心に光り輝き、一瞬の浮遊感の後、すぐに光が収まる。

 そして目の前に映し出された光景は目を疑うものだった。

 

 

 

 アリーが、今まさにイリアに拳を振り下ろし、その命を奪わんとしていた。

 

 

 

 状況から見てアリーはイリアの剣で切り刻まれたのか、全身に無数の切り傷ができており、そこからとめどなく血が溢れていた。

 白かったワンピースもズダボロで血に染まり真っ赤になっており、足元には血溜まりができている。

 しかし、それだけのダメージを負っているにも関わらず、アリーは倒れることなく、自らの足で大地を踏みしめている。

 もちろん、それも異常な光景だったが真に異常だったのはアリー自身が纏う雰囲気だ。

 アリーの真っ赤な目はまっすぐにイリアを捉え、射殺さんとばかりに殺気に満ちているのだ。

 振り上げた拳は、どれだけの力で握りしめているのか、そこからも血が滴っている。

 

 一方、アリーと比較すると不自然なほどに無傷……いや、頬に僅かなかすり傷を一つつけただけのイリアは両膝を地につけ、胸を両手で抑え、苦悶に歪んだ表情を浮かべている。

 そのイリアは、せめてもの抵抗なのかアリーを睨み返している。

 

 

 

 「あははははははははははははは!」

 

 

 

 突然、狂ったような心の底から馬鹿にしたような不快な笑い声が響き渡る。

 アリーの発したものだった。

 相変わらず、イリアを殺意が込められた瞳で睨みながらもその口端は吊り上げられ、不気味としかいえない表情を浮かべていた。

 アリーは、そのまま振り上げた拳に力を込めて、振り下ろそうとする動きをとった。

 

 

 

 それを見て俺は咄嗟に魔法を唱えていた。

 

 

 

 

 

 (少し前)

 

 

 

 

 

 目の前に現れたイリアを前に、アリーは戦闘態勢をとる。

 アリーは意識を集中させ、肉体強化魔法を構築していく。

 自らを包む膨大な魔力により、見る見る魔法が完成していく。

 その魔法は、これまで習得していなかった上級レベルの領域にまで容易に到達した。

 これまで感じたことのないほどのパワーに、自分自身でさえ、驚きを隠せないが、それ以上にアリーは喜びに包まれていた。

 

 これでイリアを排除できる、と

 

 しかし、一方のイリアはそんなアリーを前に構えをとることもなく、無表情のままじっとアリーの戦闘態勢が整うのを見つめている。

 その余裕の態度はアリーを苛立つかせる。

 

 ……私ごとき、警戒に値しないってこと?

 

 両足に力を込め、怒りをぶつけるように地面が抉れるほどのスピードで地を蹴った。

 超速でイリアの背後に迫ったアリーの姿は、一般の人間からすれば目で追うことすら叶わなかっただろう。

 アリーはそのまま速度を利用した回し蹴りをイリアの後頭部めがけて繰り出す。

 イリアは、それを振り返ることもなく首を僅かに前に傾けることで避ける。

 アリーは、続けざまに二撃目の蹴り、三撃目と攻撃を叩き込んでいく。しかし、いずれもイリアは体を僅かに逸らすといった最小限の動きでそれを躱していく。

 そして四撃目を躱されたところで、イリアが反撃に出た。

 イリアは腰に装着された鞘から光輝く剣を抜刀し、受けていた攻撃を大きく上回るスピードでアリーの心臓へ正確に剣を振るう。

 カウンターを食らう形となったアリーだったが、研ぎ澄まされた動体視力により、ほぼ反射的に体をのけ反らせ、直撃を免れることに成功する。

 しかし、その剣先は、アリーが身にまとう白いワンピース、そして皮膚の浅い部分を切り裂く。

 

 っ!!??

 

 アリーはその場から飛びのき、20メートルほど後ろに着地する。

 顔を蒼くし、ワナワナと震えながら、恐る恐るといった形で自身がたった今切り裂かれた箇所に視線を移す。

 傷が痛かったのではない。

 そんなことはどうでもいい。

 問題は、かいとから貰った宝であるワンピースが斬られてしまったことだ。

 しかも、傷口から出てきた血によって白いワンピースが赤く染まっていく。

 その現実を理解し、体内の魔力がアリーの感情に呼応するように暴れ荒れていく。

 あまりの魔力量にコントロールを失った魔力がそのまま体外に放出され、黒い瘴気のようにアリーの体からゆらゆらと立ち上がる。

 そのあまりの禍々しさと濃度の濃い魔力に、逃げ遅れた村人の一部が気絶していく。

 

 

 

 ユ ル サ ナ イ

 

 

 

 殺意に満ちた目でイリアを睨みつけるアリーと、それを相変わらず何の感情も映さない表情で見つめ返すイリア。

 そのイリアの様子を見てさらに怒りを爆発させていくアリー。怒りに比例するように、どんどんと膨張していく魔力。

 とうとう、アリーを包む肉体強化魔法は上級の領域から超級の領域にまで到達する。

 アリーが再び、足に力を込め一気に駆け出す。その速度は先ほどとは比較にならないもので残像を残しながらイリアまでの距離を一秒にも満たない僅かな時間で詰める。

 今度は後ろに回り込まず、正面から突っ込み、そのまま拳を振るう。

 しかし、イリアはこのアリーの攻撃にも顔色を変えることなく、相変わらず最小限の動きで躱してきた。

 ほとんど理性を失っているアリーだったが、これには流石に驚愕してしまう。

 

 このっ、化け物め……、っ!?

 

 一瞬、こちらの動きが止まったことで、その隙をつかれイリアから反撃を食らう。

 冷ややかな感触が腹を走った直後、腹部に激痛が走り、思わず手で押さえる。

 そこからも血があふれ出てくる。

 そして、またも切り裂かれてしまったワンピースを見て、アリーの中で何かが弾け、反撃されることも恐れずイリアに襲い掛かるアリー。

 

 

 

 

 

 (???)

 

 イタの村から少し離れた丘の上、人気のないそこに立つ存在がいた。

 それは、アリーとイリアが戦いを繰り広げる様子を楽し気に観察していた。

 髪をしっかりと整え、細見だが、がっしりとした肉体をタキシードに包んだそれは、一見人間そのものだ。

 しかし額にある第三の目が、それが魔物であることを証明している。

 その魔物は、嗜虐的な笑みを浮かべながら

 

 「……くくく、あのアリーとかいう魔女、あっさりと’あれ’を口にしよったわ。'昔'から相変わらず魔女というのは単純な奴らだ。あれだけの才能があれば、順当に訓練していれば、十分に勇者候補級の力を手に入れられたであろうに、くくく。」

 

 何がおかしいのか、魔物は腹を抱え、必死に笑いをこらえている。

 この魔物こそが、イリアを策略にはめ、呪いの力を使い、かいともろとも殺そうとした元凶である。

 

 「イリアはかなり弱ってきているな。動きがかなり鈍くなってきている。まあ、それでもあの魔女では勝ち目は薄いだろうが。……ふ、まあいい。どっちが勝っても私には好都合だ。」

 

 元々、イリアを殺すために仕組んだこの状況。

 しかし、この魔物にとって人間の苦しむ姿を見ることは何ものにも代えがたい幸福であり、快感であるのだ。

 イリアの苦しむ姿は、この数か月間さんざん見てきた。殺した方がいいのは間違いないが、今この状況では、魔女がどうなるかについての方が興味の対象になっていた。

 魔女が死んだとき、あの魔法使いはどんな顔をするだろうか?

 逆に魔女がイリアを殺したとき、あの魔法使いはどんな顔をするだろうか?

 それを想像するだけで、涎がたれてきそうだ。

 妄想にふけるのはそれくらいにして、改めて視線をイタの村のほうへ向け、再び観察を開始した。

 その魔物はゆっくりと口を開き、

 

 「ふふふ、もっと頑張れよ魔女? おまえが口にしたのは、この魔王軍幹部『アシュラ』の半身なのだからな。」

 

 

 

 

 

 (遠い北の地) 

 

 窓とカーテンを閉め切った石造の手入れの行き届いた部屋に、ゆっくりと気品を感じさせる足取りで入ってくる者がいた。

 その者が暖炉に向けて手をかざすと、魔法により、薪に火が灯る。

 薄暗い部屋に、ほんのりとした暖かな明かりが行き渡ると、部屋に入ってきた者も光によってその全容が照らされる。

 その者は全身を黒いローブで包み、頭までフードですっぽり覆っていた。

 性別も判断できないその者の見た目は身長165センチくらいの細身だ。

 その者が自身に手をかざし、解除魔法を唱えると、途端に全身が光り輝き、部屋をまばゆい光が埋め尽くす。

 光が収まったそこにいたのは、先ほどより、二回りほど縮んだ高さ140センチほどの何者かだ。

その者は、ぶかぶかになってしまったフードを小さな白い手で、脱ぎ去る。

 

 フードの下から、ふわりとウェーブのかかったの艶のある'黒髪'が流れ出してきた。

 くりっとした尻目のおっとりとした印象を与える彼女は、嬉しそうに微笑みながらその小さな口を開き、

 

 「……今日も皆さんのお役に立つことができました。この調子でほかの勇者候補様のお役にも立たなければいけませんね。」

 

 ここで彼女はその幼い顔を曇らせ

 

 「しかし、イリア様は最近よくない噂を聞きますの心配ですね……。もう一人のサトウカイト様はどんな方でしょうか? 今のイリア様とサトウ様の位置情報とこちらの進行ペースだと会えるのは、二か月後くらいでしょうか? お二人とも優しい方だといいのですが……。」

 

 閉め切った窓のほうへ視線をやり、遠くの地を見るように、期待と不安が入り混じった顔でそう呟いた。

 


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