俺は寝室のベッドに腰掛け、側に備え付けられている窓から吹き込む夜風に当たりながらこれからのことを考えていた。
隣のもう一つのベッドでは、スウスウと小さな寝息を立てながらぐっすりと熟睡するアリーの姿があった。
夕食後、アリーは、ウトウトと船を漕ぎ始めていたので、寝室に案内し、そのまま寝てもらった。最初こそ食事の時と同様にそこまで世話になるわけにはいかないと抵抗してきものの、フカフカのベッドを見せた瞬間、途端に抵抗が弱まり、そこに後押しするように「ぐっすり眠れるぞ~?」と囁くと、そのまま折れて寝ることを了承してくれた。アリーはベッドに潜り込んだ直後こそフカフカのベッドに凄く興奮していようだが、すぐに眠りに落ちてしまった。よほど疲れが溜まっていたのだろう。
少々問題があったとすれば、アリーが同じ部屋に泊まることになってしまったことだろうか。元々、アリー用に別の部屋を借りる予定だったが、迷惑でなければ俺と同じ部屋に泊まりたいとアリーの方から言ってきたのだ。
流石に年の近い男女が一緒の部屋に泊まることに抵抗はあったものの、最終的にアリーの希望通りに同じ部屋に寝泊まりすることにした。
あんな不安そうな顔で頼まれたら断れないからな……。
ちなみにアリーは15歳らしい、俺は18歳だから3歳差ということになる。
……さて、これからどうするかな。
正直、アリーを保護したのは感情に身を任せての行動だった為、その先のことを全く考えていなかった。
俺は、神様の言う通り、真面目に魔王討伐を目標に毎日を過ごしている。想像もつかない褒美というのも気になるし、何より魔王討伐をして英雄になるなんて男の夢ではないか。
というわけで、実は俺はチート能力に慢心せず色々と頑張っているのだ。
例えば、毎日なにかしらのクエストを受け、実践経験を積むようにしている。
他にも書物を読み、この世界について知る努力もしている。ライさんに「この世界のことを知らなさすぎる」と馬鹿にされっぱなしも癪だしな。
さらに魔法についての勉強は勿論、肉体も鍛えないといけないと思い、町の戦士系の冒険者の協力も仰ぎながら体づくりだって行っているのだ。
今でこそアマの町に留まっているが、それはあくまでもこの世界に慣れるための準備期間であり、そろそろ本格的な旅に出かける計画も練っていた。
しかし、そんな時にアリーと出会ったというわけだ。
旅にアリーを連れていくことも考えたが、俺にチート能力があるとはいえ魔王討伐を目的とした旅が危険なものになることは必須だろう。旅に同行してもらう場合、それにアリーを巻き込む形になってしまう。
……まあ、これについてはアリーの意思も聞きいたうえで判断する必要があるだろう。
魔女は、かなりの戦闘能力があるらしいから旅に同行できる可能性だっておおいにあるだろうしな。
だが、何よりの問題はアリーが魔女という人間にとっての憎むべき存在であったことだろう。
俺の旅に同行するしないに関わらず、このままアリーを人間の世界に取り残しておくことはできない。理由は述べる必要もないだろう。
今は俺の幻術魔法によって、アリーは周りからは日本人風の黒髪の少女に見えているはずだ。よほど魔法に精通した者でもない限り、魔女とばれることはないだろう。
しかし、俺の魔力量が膨大といっても四六時中魔法をかけ続けるのはかなりしんどい。意外とこの魔法魔力を使うしな……。何より、俺に何かがあり、魔法が解けた場合、全てが終わりだ。
何かアリーが人間界にいても大丈夫なような対策が必要だな。
……まあ、それについては追々考えるとしよう。
とりあえず、明日アリーにどうしたいか聞くところからだな……。
アリーがすんなり俺の手をとってくれることを承諾してくれたらいいけどな……。
俺も今日はクエストを3件もこなしたせいで疲れた、そろそろ寝よう。
そのままアリーを起こさないように窓を静かに閉じ、ベッドに体を倒しこみ、あっという間に眠りについた。
「だ、だめです!これ以上ご迷惑をおかけすることなんて……。」
次の日の朝、早速アリーに一緒に旅についてこないかと提案したのだが、このように強く拒絶されてしまった。アリーは魔女である自分と一緒にいることで俺に迷惑がかかるということを言っているのだろう。
確かに人間界で魔女であるアリーと共に行動することは危険であるといえる。下手をすれば、俺まで殺害対象にだってなり得るだろう。
だが、このアリーの言葉は裏を返せば、迷惑でなければ一緒に来たいということなのだろう。
「……アリー、俺はアリーがどうしたいかを聞きたいんだ。迷惑をかける云々は気にしなくてもいい。」
俺のこの問いに、アリーは「え」と言葉に詰まった後、「……うぅ」と唸り声をだしながら、どうするべきなのかと葛藤している。
その後も、アリーはしばらく考える様子を見せたが、俺はそれをじっと待った。
そして、アリーは、どうするべきか決めたようで、改めてこちらを見つめてくる。
そのアリーの姿は、これまでのおどおどとした様子ではなく、凛とし完全に覚悟を決めたものだった。
「……正直言いますと、佐藤様に付いていきたいです。ですがそれはできません。……昨日は私にとって本当に夢のような日でした。……本当に感謝のしようがありません。このご恩は一生忘れません。……ですがこれ以上、佐藤様に甘える訳にはいきません。どうか私のことは放っておきますようお願いします。だって私は……」
『魔女』なのですから
「黙っていて申し訳ありませんでした。佐藤様にとってだって私は憎い存在であるはずなのに。……でも久しぶりに感じたぬくもりに、佐藤様につい甘えてしまいました。この罪は私の死をもって償う所存です。……元より私はあの路地で死ぬつもりでしたし。」
そう言うアリーの表情は、生きることを完全に諦めているものだった。
この3年間、町の人に恨みの念を当て続けられてアリーは、‘魔女である’、そのこと自体が罪だと思ってしまっているのだ。それこそ死ぬことが当然だと思ってしまう程度には。
「……一つだけ確認するが、アリーは俺の旅には同行したいんだな?」
「……え? ……えぇ、それは、そうですが。」
俺の質問に、アリーは呆気にとられたようにそう答える。
何を言っているんだと言わんばかりの表情で俺を見つめてくる。
「なら問題ない。早速3日後にはこの町を出発しよう。それまでに準備を済ませなくちゃな。」
「な!?……き、聞いていなかったのですか!!?? 私は、『魔女』なのですよ!!??」
俺の緊張感のない言葉に、アリーは初めて見せる激怒の表情で声を荒げてそう言い放ってくる。
昨日までの様子からは想像もできないアリーの変わりようにこちらに一瞬、動揺が走るが、何とかそれを顔に出さず冷静さを装う。
……しかし、やはりアリーは優しい子だ。
俺に迷惑をかけまいとするため、こうやって怒れるのだから。誰にだってできることではない。
「アリーが魔女であることは何の関係もない。それにアリーが魔女だということは知っていたよ。」
「え……知っていたのですか? ……てっきり知らないのかと。で、では、なぜ、このようなことをして頂いて……。」
今度は、アリーが酷く動揺したように、言葉に躓きながらもそう聞いてくる。
「じゃあ逆に聞くが、アリー自身は何か人間に害を与えたことはあるのか?」
「……それは、で、でも私は魔女ですから。」
「アリーは何も悪くないんだろう? 魔女なんて関係ないさ。過去の人間と魔女のいざこざの尻ぬぐいをアリーがする必要なんてないだろう。少なくとも俺は、無実な者が死んでいく、それが許せなかった。だからアリーを助けたんだ。」
俺の発言にアリーは信じられないものを見る目で俺を見つめてくる。
今、何が起きている状況が理解できない、そういった感じに。
「そ、そんな無茶苦茶な。……それに仮に私に罪がないとしても、世の中は決してそれを許しません。そんな私と行動を共にすれば佐藤様にだって危険が及んでしまいます……。」
何とか口を開いたアリーの声は震えており、そう反論してくる。
確かに、それは正しいのかもしれない。
しかし、だ
「……アリーは知ってるか? 最近この町にふらりと現れた、強力な魔法使いの存在を。高ランククエストを何件も単独で達成するような、無茶苦茶なやつなんだが。」
「……確かに町の人たちがそんなことを言って騒いでいるところは見かけました。なんでも、未来の英雄、勇者候補がこの町でも誕生したと。しかしなぜそんなことを? ……え、まさか、佐藤様……」
アリーは、俺が何を言いたいのか何となく察したのだろう、ワナワナと震えながらそう言い、俺に続きを促してくる。
「ああ、それが俺だ。」
「えぇっ!!??」
アリーは、今日一の驚きを見せてくる。そこまで驚かれると若干傷つくんだが……。
というか、アリーを説得するためとはいえ、自分で自分の事を強力な魔法使いとか、恥ずかしくて死にそうだ。
しかし俺は、そんなどうでもいい羞恥を捨て去り、未だ動揺しているアリーの目に自分の目をしっかり合わせ、力強い口調で言葉を続ける。
「……アリー、改めて言う。アリーは何も悪くない。もし、それが許せないと言ってくる連中がいたら、そんなやつらは俺がすべて追い払ってやる。」
「う……嘘です、そ、そんな……そんなことが……」
「嘘じゃない。」
「……。」
アリーは、俺のその言葉に今度こそ反論する言葉を失った。
俺の目を怯えるように、しかし僅かな期待を含んだ目を合わせてくる。
「……私は、本当にこの世界で生きていてもいいのですか?」
「ああ、むしろ死ぬことは俺が許さない。」
「……佐藤様は、私の味方でいてくれるのですか??」
「ああ。」
「もし、佐藤様以外の全員が私を敵だと判断しても?」
「俺が守ってやる。」
「……この先もずっと、ずっとですか?」
「ああ、約束する。」
「……っ」
ツーと、アリーの綺麗な目から一筋の涙が零れ落ち、それを皮切りに大粒の涙が溢れてくる。
「……さ、最後に、聞かせてください。ほ、本当に……本当に佐藤様を信じていいのですか?」
「ああ、決して裏切らないと誓うよ。」
アリーは俺のその言葉を聞いた瞬間、耐え切れなくなったのか、
「……う、うわあああああああああああああああああん!!」
俺の目を気にもせず子供の様にみっともなく、これまで我慢して押さえていた全ての感情をさらけ出すように、大きな声で泣き続けた。
こういう時、俺はどうすればいいのか分からなかったが、俺はアリーが泣き止むまでずっと頭を優しく撫で続けた。理由は特にない、なんとなくそうしたほうがいいと思ったのだ。
「……すみません。みっともないところを見せてしまいました。」
ひとしきり泣き続けたアリーは、腫れた目をこちらに向けて、そう恥じらいながら謝罪をしてくる。
しかしその表情は、どこか憑き物が落ちたように晴れやかに見えた。
そのままアリーは、俺の方へしっかりと向き直り、コホンとわざとらしくも可愛い咳払いし、満面の笑みを浮かべ
「……先ほどの旅への同行のお誘いの件ですが、私、アリーは、喜んで佐藤様の旅に同行させて頂きます!!」