アマの町から出発した俺とアリーは、次の町『イタの村』を目指していた。
瞬間転移魔法では、一度行った場所にしか移動できない為、新しい地に行くときはどうしても自らの足で赴くしかないのだ。ただ自らの足で知らぬ土地に行くというのは、いかにも冒険という感じがするので個人的には不満はない。
行く手の遥か先の方には、巨大な山脈が連なっており、あまりの高さに頂上には雪が積もっていることが分かる。その山脈の麓に次の目的地がある。
道の左右には木々が疎らに立っており、適度に視界はあり、狭いというほどでもないが、決して広くないといった中途半端な道を突き進んでいた。
まだモンスターには遭遇していないものの、空模様が怪しくなってきており、どことなく不穏な雰囲気が立ち込めていた。
そして隣を歩くアリーもまたそうだ。
「アリー、大丈夫か?」
「……はい、大丈夫、です。」
口ではそう言っているものの、険しい表情を浮かべ、息遣いも粗くなってきており、余裕はあまりなさそうだ。
旅に出発してからまだ30分ほどしか経っていなかったが、昨日までのアリーの体調を考えれば今歩けていること自体凄いことだ。
どうもこれは魔女の特性でもあるらしく、魔女の自然治癒力は人間とは比較にはならないらしい。アリー曰く、やせ細った体も1週間もまともな食事をとれば元に戻るとか。言われてみると昨日よりは肉が多少ついているように見える。
……凄いな魔女っていうのは。
とはいってもまだまだ満足に旅をすることはできないだろう。
「いや無理をすることもない。いったん休憩にしよう。」
「……すみません。」
というわけで、適当な木陰に腰を下ろし休憩をとっていたのだが、俺たちが休憩するのを見計らったのように大粒の雨が降ってきた。
そこそこ大きな木の下で休憩していたので、たまに水滴が落ちてくる程度で、びしょ濡れになる事態は避けられた。
とはいっても冷えてはいけないので、火魔法によりバレーボール程度の大きさの炎球を空に浮かばせ、焚火を囲むように暖をとっていた。
……どうでもいいけど、火を見ているとなぜか落ち着くのってなんでなんだろうな?
ゴオオと音を立て空中で燃える炎、ザーと降りしきる雨音を聞いていると、何とも言えない趣深さを感じる。
アリーは革袋に入った水をコクリと飲み、ふー、と一息をついたところでこちらに話しかけてきた。
「……凄い雨ですね。」
「ああ、これはしばらく動けないな。」
「……そうですね。」
本当は雨程度なら魔法でどうとでも対策を練れるが、それは口にしない。
アリーは、そのままじっと俺を見つめてきて、少し迷う様子を見せたが、すぐに意を決したように口を開き
「佐藤様、出発する前に言っていた仲間を集める件ですが、誰を仲間にするか、あてはあるのですか?」
「……理想は、俺以外の勇者候補と呼ばれている者を仲間にすることだな。」
今、この世には俺を含め3人の勇者候補がいるとされている。
ネットなんて便利なものがないこの世界では、飛び交う情報がバラバラで他の二人の正確な素性は分からないが、皆がそろえて口にしたことのみを整合していくとこうなる。
一人は、イリアという見る者全員が思わずため息をこぼすほどの麗しい女性剣士だということ。その見た目からは想像もつかないような神業ともいえる剣技の前にはどんな魔物も切り刻まれるとか。
さらに彼女は、かつて人間と魔女の戦争後に魔王軍が押し寄せてきた際に、それを抑え込んだとされる正真正銘の英雄様の実の娘とのことだ。
そんな人間界最強と言われる彼女が仲間になってくれればきっと心強い存在になってくれるだろう。
もう一人は、回復に特化した魔法使い、いわゆる僧侶だということ。こちらは常にローブをきており、顔もフードで隠しているため誰も素顔を見たことがないらしく名前や性別すらわからないとのこと。しかしその腕は確かで、数十人の冒険者パーティーで挑んだAランククエストを一人の死者も出すことなく達成したとか。
ちなみに俺は回復魔法が苦手だ。使えないことはないが、簡単な傷を治せる程度だ。というのも他の魔法と違い、回復魔法には信仰心が必要なのだが、神を信仰しない俺には回復魔法をうまく使えないらしい。
実際にこの世界に来るときに神様に会っているが、どうも信仰する気にはなれない。普通の気の良いおじさんって感じだったしな。
……しかし改めて考えると、あまりにできすぎな話だと思う。
この世の勇者候補と呼ばれる存在が、戦士、僧侶、魔法使いときたものだ。全員がそれぞれの得意分野を持ち、集まればバランスの良いパーティーになることだろう。
これも神様が仕向けたことなのだろうか?
しかし欲を言えば前線をはれる人員が後一人はほしいところだ。
それら一連のことをアリーに説明し終わると、アリーは険しい表情を浮かべ、ブツブツと何か独り言をいっている。
「まさか後2人も集めようとしているなんて……しかも一人は確実に女性。……いっそのこと私が全てを補えば……。そうよ、お父さんとお母さんの子の私になら……。」
よく聞こえないが、もしかして仲間にした者が、アリーが魔女であることを受け入れてくれないかもと心配しているのだろうか?
「一応言っておくけど、アリーが魔女であることについては心配しなくてもいい。仲間にする者にはちゃんと説明するつもりだし、仮にも勇者候補と言われているんだ、分かってくれるだろう。もし、なにか揉め事になったとしても何とかしてみせるからな。」
俺が力強くそう説明するもアリーは深く考え事をしているためか、聞こえていない様子だ。
ちょっとショック……。
しかし、あんな難しい顔をして、よほど心配なことでもあるのだろうか?
アリーは急に顔をバッと上げこちらを見て、真剣な表情をうかべ、こちらを見つめてきたと思うと。
「佐藤様。私に魔法を教えてくれませんか?」
とのことだ。
……なぜこの流れで急に魔法を?
しかし、意図は分からないがアリーが何かを考えた末に出した結論だ、無下にもできまい。
それにアリーから頼み事をしてくれるのは、俺に心を開いてくれている証拠でもあるし、嬉しいことだ。
「一応理由を教えてくれないか?」
「……私、佐藤様の役に立ちたいんです。勿論守ってもらえるというのはとても嬉しいです。でも私も佐藤様を守れるようになりたいんです!」
力強くそう言い切ってくるアリーに照れ臭くなり、少し顔を背けてしまう。
そう思ってもらえるのは単純に嬉しいし、ここで断ったら逆にアリーは、俺に守られているだけという罪悪感に包まれることになるだろう。
なぜこのタイミングだったのかは謎のままだが、まあどうせ暇だし、人にモノを教えることは自分のスキルアップにも繋がるって聞いたこともあるし、いいか。
「……分かった。うまく教えられるかは分からないがそれでもよければ。」
俺の言葉にアリーはパアと顔を輝かせてくるが、そんなアリーに「けど」と言葉をかぶせにいく。
「敬語はやめること。さらに様付けでよぶことも禁止、これが条件だ。」
「……ぇ。」
先ほどとは一転、アリーの顔はピシッと凍り付いたかのように強張り、どうしたらいいのとばかりに狼狽え始めた。
「で、でも、それは……。」
「できないなら魔法は教えない。絶対に。」
「うぅ……。」
困り果てるアリーを見て、ちょっと申し訳ないという気持ちもあったが、こうでもしないと一生アリーに今の感じで喋られる気がしたからな。
アリーは恥ずかしいのか、それとも単純に申し訳ないと思っているのか、顔を赤くし、プルプル震えながらこちらを見つめてきて、必死に口を開き言葉を発しようとしている。
……なぜだろう、凄くイケナイことをしている気がしてきたんだが。
俺、何も悪くないよな?
内から溢れてくる謎の感情に戸惑っていると、とうとう決心がついたのか
「……か、かいと。私に……魔法を教えてくれない?」
……はっ!? 一瞬、意識が飛んだ!?
あまりのアリーの可愛らしい様子に意識が刈り取られたのだ、恐るべし。
それにまさか、下の名前で呼んでくるとは……。
緩みそうになる頬を何とか引き締め、アリーを見つめ返し
「……よし。じゃあ早速魔法を教えていこう。しばらく雨もやみそうにないしな。」
「うん!!」
それからは、アリーに魔法を教えていきながらの旅となった。
魔法を教えながらになるので、イタの村まで結局予定の倍ほどの2週間ほどかかったが、それまでの間にアリーのやせ細った体の面影もなくなり、健康的な見た目となっていた。
痩せていたころから片鱗はあったが、今の見た目は、まさに可愛いの一言であり、気を緩めるとずっとアリーのことを見てしまうほどだ。まさに美少女と言うに相応しい。
白いワンピースもますます似合ってきて、あの時これを買った自分を褒めたたえたい気分だ。
しかしそのせいで最近はアリーと一緒にいると常に緊張してしまうのが悩みだ。贅沢な悩みだが。
そして、アリーは魔女のおかげなのか、魔法の才能も相当あったようで、この2週間という短い間に早くも中級魔法まで使えるようになってきた。
今では単独でEランク相当のモンスターも倒せてしまうほどだ。
逆にこれまでなぜ、魔法を使えなかったのかと疑問に思ってしまうほどだ。
ただ、アリーはなぜか回復魔法と身体能力向上魔法に特化して練習しているのだ。
回復も肉弾戦も全くの俺はどちらもほとんど使わないので今ではその魔法に関して言えばアリーの方が詳しいほどだろう。最近は独学で魔法を練習しているようだし。
さらには、最近は体も鍛えているようで、この前は蹴りや突きといった、いわゆる肉弾戦を想定した練習をしていた。アリーのような美少女がワンピース姿でそんな練習する様子は違和感しかなかったのは言うまでもない。
しかし、これについても上達が早いもので日ごとに精錬された動きになっているのが分かる。
以前アリーに、なぜ特定の魔法と肉弾戦の練習のみをしているか理由を聞いたが、笑顔ではぐらかされてしまった。
まあ、アリーの好きなようにすればいいと思っているので深堀はしないようにしているが。
とにもかくも、ようやく次の町イタの村が目前に迫ってきた。
目の前にそびえたつ巨大な山脈と比較するとどうしても、こじんまりとしたというイメージが拭えないここイタの村は貧しいというわけではないが、人数もあまりなく、ザ・田舎というかんじだ。
「そういえば、かいと。イタの村にはどういう目的で来たの? アマの町からもっと近いところに町とか村はあったでしょう?」
しっかり慣れた言葉づかいでアリーがそう聞いてくる。
こうなるまで1週間かかったんだよな……。今では冗談も言い合える程度には距離もちかくなってきた。
とてもいい兆候だ。
ただ、もうあの時のたどたどしく喋るアリーをみれないかと思うと少し残念な気もする。
「ああ、アマの町にいた時にこの村に勇者候補の一人、イリアが現れたってうわさを聞いてな。それで来たんだ。」
「……は?」
「……え?」
……ん? 今、アリー「は?」って言った?
いや、流石に違うよな? 聞き間違いだよな?
アリーを見ても満面の笑みを浮かべており、とても「は?」などと言ったようには見えない。やはり聞き間違いだろう、うん。疲れているのだろうか?
アリーは俺が戸惑っている様子を見て、急に我に返り、慌てたように
「……あ! ……えぇと、ごめんね? ちょっと驚いちゃたの。……う~ん、でもまだ勇者候補の方と会うのは早いんじゃないかな?」
なるほど驚いたのか……ならしょうがない。どちらかというと聞き間違えであってほしかったが。
……でもどこに驚く要素があったのだろうか?
「どうして?」
「……え、え~と、その、と、とにかくまだ早いと思うの!」
しかし帰ってきたアリーの答えは何とも要領を得ない内容だった。
アリーもその自覚があるのか、少しバツが悪そうにしているが、それ以上の言葉は帰ってこなかった。
その後もアリーは何かとイタの村に行くのはやめようと忠告してきたが、理由を聞いた途端、黙ってしまうというループに陥った。
結局、じゃあ俺一人でイタの村をサラッと見てくるからと言ったら、「……私も行く」とアリーは折れてしまった。
結局何だったのだろうか?