天才を諦めた家政婦と普通を求める天才   作:おいしい煎茶

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第二話

 彼女、広町七深の家政婦となっておおよそ一週間。

 もともと住んでいた家を引き払い様々な手続きを終えたところである。今日から本格的に家政婦として働くことになる。正直計り知れない不安がある。何せこの前まで単なる客と配達員の関係に過ぎなかった男女がなぜか一緒に住むことになっているのだ。

 数少ない友人に事の顛末を伝えると「完全にヒモじゃねーか」とうらやましがられてしまった。友人の指摘は最もだ。世間一般的にこの関係はどのように映るのだろうか。

 大学を卒業しながらフリーターをやっている自分にいまさら世間体なんてものが存在するのかと言われてしまうとそれまでではあるのだが。

 

 家具などは引っ越し業者のひとがすでに運び込んでくれているらしい。

 手荷物だけ持って彼女の家、ただし今日から自分の家でもある部屋の玄関をくぐる。

 

「お邪魔します…」

 

 おずおずとドアを開けると目の前に家主、広町七深が腕組みをして仁王立ちしていた。

 

「よくきたね~広町は待ってたよ~」

 

「お世話になります。これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそだよ~家政婦のお兄さん。よろしくお願いするね」

 

 育ちの良さがわかる丁寧なお辞儀となんとも言えない砕けた口調がむずがゆくなった。これから僕は彼女、広町七深の家に住み込む形で家政婦として働くことになるのだ。なんとも変わった状況ではあるが、ことの顛末はなぜ自分でもこうなったのかきちんと理解できていない。

 

「ではさっそく掃除させてもらいますね」

 

 僕は家政婦としての職務を全うするために仕事にとりかかろうとする。

 しかし彼女は僕の腕を突然がしっと捕まえると

 

「よし、じゃあ海に行こう!」

 

「いや、なんで?!」

 

 またしても僕のあずかり知らないところで事態は動き始めているようであった。彼女は自由奔放な性格をしているとうすうす感じてはいたが、その自由度ははるかに僕の創造を超えるものだったようだ。

 

 彼女の車を運転することしばらく、江ノ島についた。

 彼女の家に着いたのが昼過ぎだったため現地に到着したのは夕方だった。車を駐車場に止めドアを開けると、強い海風が吹いた。

 

 彼女の綺麗な髪がさらさらと流れヨーロッパの有名な絵画のようにさえ見え、夕焼けに映える髪色だと茫然と眺めていた。

 

「どうしたのかな、お兄さん?早くいこう?」

 

はい、と答えた声が少しかすれていたのはきっと潮のせいだろう。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 江ノ島周辺を二人で特にあてもなくぶらつく。

 はたからみれば完全に付き合っている男女だろうが、その内実は雇用主と労働者である。しかも会話の内容はなんとも無味乾燥だ。

 

「帰ったらまずはキッチンの掃除からですね」

 

「じゃあ私は残ってるお仕事やっちゃおうかな」

 

「わかりました。6時過ぎには食事できるように用意しておきます」

 

「おっけ~」

 

 ざっくり周囲を観光した後で彼女が砂浜に降りたいというので堤防の階段から下に下った。真っ白できれいな砂の上を彼女が軽快に歩く。砂の上で楽しそうにくるくると回る様子はなんとも幻想的だった。

 

 彼女を何となく眺めながら、自分の数奇な現状と一人で暮らしていた時のなんともさみしい過去を比較する。周囲の天才から逃げ孤独を選んだ僕だが、誰かと生活するのは何となくあったかい気持ちになるものだと何となく感慨深く思った。

 

 車を再び走らせ彼女の家に帰る。

 途中でスーパーマーケットに立ち寄った。夕飯の食材を買うためである。

 

「何が食べたいとか嫌いなものとかあったりしますか」

 

「んー辛い物とか好きだけど、基本的になんでも食べられるよ~」

 

「わかりました、では中華とかにしましょうか」

 

 二人でカートを押しながらふわふわした会話を繰り広げていると子供のころに親と買い物に行った時の記憶が自然と想起された。

 

 それにしても嫌いな食べ物がないとはさすがのお嬢様だ。普通に生きていたら何となく嫌いなものが生まれるものだろう。かくいう僕もレバーがどうしても食べられない。あのなんとも言い難い歯触りと生臭さが受け付けないのだ。

 

「じゃ僕はキッチンの掃除をしてから食事の準備をしますね」

 

「よろしくお願いいたしまーす」

 

 彼女は少しおどけた口調でお礼をしたあと、自分の作業デスクに戻っていった。

 

 自分が捨てたものを拾い上げるような一日になんだか懐かしいような、せつないような、胸が締め付けられるような気分になった。そして家事のやる気を出し、よしっと独り言を言ってみたりした。

 

 キッチンをざっくりと片付けて調理に取り掛かる。そして予定通り6時過ぎにすべての料理が完成した。

 

「できましたよ」

 

「おお~!すっご!おいしそう~!やっぱりお兄さんを雇った私の目に狂いはなかったね」

 

「褒めていただいてありがたいです。では料理が冷める前にたべましょうか」

 

 二人で食事を摂る。会話をしながら食事を摂る。笑顔で食事を摂る…。

 映画で描かれるようなささやかな日常がいかに尊いものであるのか、小さな感動の累積として幸せは存在するのだろうというチープな感想を抱いた。一つ疑問に思うべきは食卓を囲む二の男女が夫婦やカップルではなく、この前まで配達屋と客で現在は雇用主と家政婦という関係であるということだ。

 しかしその異常性すらもどうでもよくなるほどの居心地の良さだった。

 

特に理由もなく海に行ったり、二人で一緒に食事をしたり。

あぁ、幸せだなぁ…

 

 臆病者で社会に挑むことから逃げた僕にも注がれる等身大の幸せにおぼれそうになる自分に自分自身で気が付いていた。

 

 

 

 




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