「もうすぐ花火大会だね~」
近くのスーパーから二人で帰る道すがら、掲示板に貼ってあったポスターを見て彼女がつぶやいた。
市のイメージキャラクターが吐き捨てたくなるほどの笑顔で花火を見ている。
花火はきれいだ。だからこそすぐに消えてしまう無責任な姿にいやな気持ちになる。なんだか肩透かしを食らったような裏切られたような気持ちになるのだ。
「私ね、花火って嫌いなんだ~」
心の中を見透かされたかのような発言に僕はドキッとした。自分の胸の内をのぞかれているような気持ちになった。
「それは…なぜと聞いても大丈夫ですか…?」
「ん~、いやなことを思い出しちゃうからかなぁ」
「いやなこと、ですか。そういえば昔のことをあまり聞いたことがないですね」
「確かにそうだね…。何かの機会があったらきちんと話すよ。お兄さんのこともちゃんと教えてね」
「そう…ですね…」
お互いがお互いに後ろ暗い過去を持っていることを何となくわかっている。僕たちはそういう共犯めいた雰囲気を共有しているつもりだ。いたずらをばれないように遂行しようとする時の面白さともスリルともいえないようなあの気持ちを僕たちは持っている。
会話がなくなり、二人で買い物袋を持ちながら帰路に就く。
夕焼けのまぶしさに目を細める彼女が少し泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。
「今日は予定通りハンバーグでいいですか?」
僕は彼女が消えてしまうような気がして務めて元気よく切り出した。
「そうだね~やっぱり洋食の王様はハンバーグだよね~」
「王様かどうかは主観に満ちているような気がしますが、ハンバーグは確かにおいしいですよね」
「これぞ家庭の味ってやつだよね」
普通であることを追い求める彼女にとって食事も重要な意味を持つのかもしれない。
僕は彼女がなぜ普通でありたいと願うのかは分からないが、彼女が花火について語った時『普通』について話す時の彼女と同じような自傷的な瞳をしていたように感じる。
この夏が僕たちの関係を少し変質させる重要な契機になるような予感がしている。
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そんな彼らの背後に煌びやかな金髪をはためかせる女性がいた。
「ふ~ん、ななみは幸せそうにしてんだね。あたしやふーすけにあんな仕打ちしといて」
予感が、事実に、変わろうとしている。
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「ねぇねぇお兄さ~ん、なんかして遊ぼうよ~」
僕のひざの上でゴロゴロしている彼女、広町七深がだらけきって間延びした甘え声で話しかけてくる。真夏の日差しが部屋の中でさえもとんでもない高温に至らしめている。そんな暑さを気にしないかのように彼女は僕に甘えてくる。
いや、よく見るとかなり暑さは気にしている。薄手のキャミソールと短パンしか身に着けておらず、夏の暑さで火照った頬はなんとも扇情的だ。
「いや、とりあえずちゃんと服着て下さい。仮にも男性と同居しているんですよ」
「ん~別にぃ、お兄さんにだったらおそわれてもいいと思ってるけど?」
いたずらっ子のように舌をちろっと出しながらこちらを見つめる
「そんな顔してもダメです」
「けち~」
他愛ない甘えあい。まどろみのような時間が流れ続けている。
最近は僕も彼女も仕事をおざなりにしがちで、ひたすら二人でだらけて過ごすという生活を続けている。
節約の名目で一日のほとんどをリビングで二人で過ごし、一緒に映画を見たりゲームをしたりという怠惰なありさまだ。食事など基本的な家事だけは雇われの身としてきちんとこなしているが、それ以外で外に出ることはほとんどない。
お互いがお互いの生活圏にいることに安心を抱いている典型的な共依存。食事の時も洗濯の時も買い物の時も、ひたすらに隣にいつづける。それが僕にとっても彼女にとっても最上級の幸せであり求めていたものだ。一体なぜこれほどの短期間で依存関係に陥ったのかは僕自身にもわからない。もともと客と配達員だった男女がひょんなことから一緒に暮らすこととなり、そして恋人の真似事のようなことを続けだんだんとなじんだ、なじんでしまったのだ。
だがそのような平穏も崩れ去ることになる。
『ピンポーン』
滅多に鳴らない広町家のインターホンが鳴った。客人など訪れたことがないのはもちろん、ネットショッピングも注文した商品は全て配達ボックスに入れてもらうようにしている。来るとしたらセールスか怪しい宗教勧誘くらいのものだろう。
「珍しい。僕が出ますね」
「あ~ありがと~」
寝ころんだ姿勢のまま彼女が答える。第一その格好で人前に出られると思っているのだろうか。
「はい、どなたですか」
僕が小さくドアを開け名前を名乗るよう促すと、その人は奥にも聞こえる自信たっぷりな声でこう言った。
「桐ケ谷透子です!広町さんの友人です!」
屈託のない笑顔でそう答えた彼女は見るものの目を奪うような美しい金髪をしていた。同時に僕はこんな話を思い出した。『幸福はそれが失われるまでは知られない』 セルバンテス
今、幸福が消え去ろうとしてることを確かに感じていた。
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「桐ケ谷透子です!広町さんの友人です!」
やっぱりその名前を聞いたとき感じたのはなつかしさだった。青春の中で苦楽を共にした大切な友人。目標にむかってともに努力した戦友。そして何よりも私が最も欲していたものを持っていたがゆえに、私が最も傷つけてしまった人。
「久しぶりだね、とーこちゃん」
「そうね、本当に、久しぶり。ななみ」
自分でも思ったよりもすらすらと彼女へのあいさつが出てきたことに対して驚いたが、やはり口の中は苦い思い出の味がした。
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広町七深にも友人がいたのか、失礼にも最初に思ったことはそんな感想だった。
何事も卒なくこなす彼女は集団の中でも浮いてしまいやすいのだろうとおぼろげに思っていたが、やはり人間関係についてもうまくやっていたのだろう。対して僕はわざわざ訪ねてくるような友人がいないくらいには交友関係が希薄だ。『お兄さん』であるはずの僕がまた先を越されたような複雑な気分だ。
「とーこちゃん、今日は何しに来たの?というか私の居場所、よく知ってたね?」
「ま、あたしの人脈にかかればこんなもんよ。まぁ立ち話もなんだし、ちょっとお茶しようよ。ね、お兄さん?」
「…紅茶でいいですか?おいしいクッキーがあるので」
「気が利くじゃん!それでよろしくゥ!」
「とーこちゃん、相変わらずって感じだね~」
紅茶を淹れながら彼女たちの話に耳を澄ませる。聞こえてきた情報によると彼女、桐ケ谷透子は広町七深の高校時代の同級生らしい。そして二人はバンドを組んでいたという。
「どうぞ。お口に合うかわかりませんが」
「お兄さん、悪いね~急に押し掛けたのにお茶まで出してもらって!」
きれいな金髪に似合う軽快な口調で桐ケ谷透子は話す。
「それでさっきも聞いたけど、とーこちゃんはわざわざ何しに来たの?売れっ子モデルの仕事で忙しいと思ってたけど」
「撮影の合間に近くを通りかかったからさ!ちょっと寄ってみようと思ってね!」
あ、これはいけない。
彼女は嘘をついている。
それも広町七深は嘘であると看破するだろうとわかったうえで嘘をついている。
これ以上は踏み込んではいけない気がする。
聞けば何かが変わってしまう。
「僕はお茶のおかわりに…」
「『お兄さん』にも、聞いてほしいな。私たちの過去の話。なんでもないバンドが何かになろうとした空虚なお話を。ね、ななみ?」
広町七深はあきらめたように優しい笑みを浮かべているばかりだった。
僕はただひたすらに、のどが、乾いた。
次はモルフォニカの過去創作です。
地味に作品も佳境に入ってます。
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