映画を観る時。
ポップコーンは食べるけど、コーラは飲まない。
実は珈琲派な私、パチュリー・ノーレッジ。
アイスコーヒーをストローで啜りながら、隣を覗き見ると。
「……」
真剣な顔で画面を観つつ、定番のコーラを飲んでいる、私の
たまに、二人の間に置いたポップコーン(塩バター味)に、小さな手を伸ばしては。
これまた小さな口に運んで、モキュモキュと咀嚼している。
「か……」
可愛い、と呟きかけて。
慌てて口を押さえた。
いけない、いけない。
映画を観る時は、私語は厳禁だ。
最近、咲夜と二人で映画を観ることが多い。
引越し蕎麦異変……じゃなかった、吸血鬼異変でも使用した、映像を空中に投影する魔法。
アレを改良して、映画のDVDやブルーレイを大画面で楽しんでいる。
いつもの図書館が、一瞬でシアタールームに早変わり。
やはり、魔法は素晴らしい。
なぜ、映画か、というと。
咲夜の日本語の勉強の為だ。
現在、私達はルーマニア語で日常会話を行っている。
しかし、此処は日本。
今後の生活には、日本語が必須なのである。
引越しを決定した後。
紅魔館の住人は、私主導で日本についての勉強を開始した。
一番最初に日本語を覚えたのは、フランだった。
というか、実はフランはもともとある程度の日本語は話せたし、日本についての知識も、それなりに持っていた。
何故か、というと。
地下の自室に居る間、暇潰しに日本のアニメや漫画を嗜んでいたからだ。
……余談だが、フランは料理漫画にハマった時期があった。
その際、漫画に出てくる料理を実際に食べてみたいとねだられて、片っ端から作ったことがある。
正直、再現した料理の味は、美味しいとは言えない物の方が多かった。
ミス〇ー味っ子なんか、特に……。
二番目に日本語を覚えたのは、美鈴だ。
別に意外な話ではない。
美鈴は中国出身だが、私と初めて会った時から、流暢なルーマニア語を話していた。
私の愛娘は、ああ見えても、とても賢い子なのだ。
三番目は、レミィ。
あの子は、
だから、日常会話はすぐに覚えたものの、漢字やことわざ、四字熟語なんかは、未だに怪しい。
最近は、勉強と称して、フランから借りた漫画を読み漁っている。
小悪魔は例外中の例外で、種族特性として翻訳魔法が使える。
召喚主とまともに会話が行えないのでは話にならないから、これも当たり前の話だ。
その他の使用人達は、だいたい団栗の背比べといったところか。
――……しかし、その中で、咲夜は少しだけ皆よりも学習速度が遅れていた。
後に、『完全で瀟洒な従者』などと称される私の
しかしながら、現在の彼女は、まだ十歳にも満たない幼子だ。
しかも、今までは生きるのに精一杯で、ろくに何かを習ったことがないのだから、無理もなかった。
レミィと話し合った結果。
咲夜の教育は、じっくりと時間をかけて行う了承を得た。
六年後には、どこに出しても恥ずかしくない、立派な淑女に仕立てあげて見せよう。
そんなわけで。
焦る必要は、まったくないのだけれど。
最近の咲夜は、気が付いたら辞書を片手に、日本語の勉強をしている。
急がなくても大丈夫なのだ、と。
そう言い聞かせたって、きっとあまり意味はない。
周りが出来ることを自分が出来ない、なんて。
そんな状況に甘んじられる様な性格ではないことは、知っている。
だからこそ、彼女は『完全で瀟洒な従者』なんて呼ばれるようになるのだ。
でも。
それなら、せめて。
楽しみながら学んでくれたらいい、と。
そう思って、考えた。
その結果が、日本語の映画鑑賞。
観終わった後は、日本語で感想文を書かせている。
「――……ふぅ」
映画を観終わった咲夜が、ゆっくりと息を吐いた。
今日は、日本のアニメ映画の隠れた名作『平〇狸合戦ぽんぽこ』を観た。
「面白かったわね」
話しかけると、咲夜はひとつ頷いて、口を開いた。
「はい……でも、結局、狸は人間に追いやられてしまいましたね」
その声が。
少し、悲しそうな響きだったので。
「そうね……でも、消えてなんかいない」
その銀髪に指を滑らせながら、ゆっくりと言葉を重ねた。
「大切な友達や家族と寄り添いながら、確かに生きているじゃない」
見上げてくる、綺麗な青い瞳。
見詰め返して、微笑む。
すると、彼女も目を細めて、頬を綻ばせた。
……うわあ、可愛い。
それだけのことで。
どうしても、照れてしまって。
視線を逸らすと、咲夜の小さな手が視界に入った。
「あ、咲夜、バターとかついてるわよ」
ポップコーンを食べていたから、汚れてしまったのだ。
机に置いていた布巾を手に取り、その手をそっと包み込んだ。
指の間も、丁寧に拭いてやる。
咲夜は、大人しくそれを受け入れた。
「……よし、綺麗になった」
呟いて、顔を上げる。
当然のように、至近距離にある顔。
睫毛が、長い。
――……うん、さんざん、可愛い可愛いと言ってきたけど。
咲夜の顔立ちは、可愛いというよりは、美しい。
本当に、美人だ。
「ありがとうございます」
静かに。
素直な言葉が、降ってくる。
「……」
受け止めきれず、
言葉を失くす。
最近、咲夜は素直だ。
前みたいに、毛を逆立てて威嚇してこなくなった。
……私が、馬鹿みたいに戸惑って、固まってしまっても。
呆れて逃げたりなんて、しない。
「お邪魔するわよ」
「ッ!?」
急にかけられた声に、息を詰まらせながらも。
瞬時に立ち上がり、臨戦態勢に入った。
……喘息の発作が起きたら、どうする気だ。
私は病弱なんだぞ、と。
眉を吊り上げた後――……驚愕に目を見開く。
「はぁい……いや、ホントにお邪魔だったかしら?」
「紫っ!?」
其処には、妖怪の賢者『八雲紫』が立って居た。
「お母さん! お客様をお連れしました!」
その後ろから、ニコニコ笑顔の美鈴が顔を出す。
美鈴の隣には、紫の式神である『八雲藍』の姿もあった。
溜息と共に、言葉を吐き捨てる藍。
「パチュリー・ノーレッジ……貴女の娘を、何とかしてくれないか?」
非常に疲れ切った様子の藍を見て、首を傾げる。
よく見ると、藍の尻尾の一本が、美鈴の腕に抱え込まれていた。
「モッフモフですよ! モッフモフ!」
楽しそうにそう言いながら、藍の尻尾へ顔を埋める美鈴。
そこに、騒ぎを聞きつけた小悪魔が現れた。
「なんですか、さっきから騒がし、ぅわ!? や、八雲ゆか……っ!?」
小悪魔は、『八雲紫』という圧倒的格上の存在が居ることに気が付くなり、ビクッと肩を震わせた。
日頃の態度は大きいが、戦闘能力的には、その呼び名の通り『小悪魔』でしかないのだから、無理もない。
前回の異変でも、ずっと隠れていたのだ。
そのまま、逃げ出すかと思ったが――……。
「……え、」
私の愛娘――……『美鈴』の姿を視界に収めると。
ピタっ、と動きを止めた。
そして。
「……美鈴さん、何やってるんですか?」
藍の尻尾に頬擦りを繰り返している、美鈴。
その姿を、穴が開きそうな程ジッと見詰めながら、そう問いかけた。
「あ、小悪魔さん!」
美鈴は、悪びれもせず、笑顔で返す。
「モッフモフですよ! モッフモフ! 小悪魔さんも一緒にモフりますかー?」
まだ、あと八本あります! ……なんて。
藍の迷惑など考えもせず、小悪魔に誘いを掛ける美鈴。
「何を勝手なことを!? は、な、せーっ!」
我慢が限界を迎えたのか、怒鳴り散らす藍。
「……いえ、遠慮しておきます」
小悪魔は、静かな口調で美鈴の誘いを断ると。
にっこりと笑いながら、言葉を続ける。
「美鈴さんも、早く離れた方がいいですよ――……ノミがうつりますから」
その言葉に。
一気に、空気が凍りつく。
「……ッな!? だ、誰がノミなんぞいるか!」
しかし、数瞬後。
その凍った空気を、藍の叫び声が砕き割った。
「ちゃんと、薬用シャンプーとリンスでお手入れしているんだからなーッ!」
その叫びに。
しれっと補足を入れる紫。
「フジ〇製薬のク〇ルヘキシジンシャンプーとク〇ームリンス。仕上げのブラッシングは私が」
それを聞いて、ハッと鼻で笑う小悪魔。
先程のビビり様は何だったのか。
心底馬鹿にした口調で、新たな毒を吐き捨てる。
「畜生風情が」
血管がブチ切れる音が、あたりに響いた。
飛び交う罵声を、聞き流しながら。
「……あー」
どうしてこうなった?
一瞬、そう考えて。
いや、おかしい話ではないのか、と思い直す。
紅魔館の門番である
彼女達は、前の時間軸でも、この館の住人同士として付き合いはあったが。
それなりによく話す『同僚』という域は出ていなかった、はずだ。
でも、今の『美鈴』は、私が育てた。
私の可愛い『愛娘』なのだ。
育ち方が違う以上、前の時間軸の彼女とは異なる点が、多々ある。
――……そんな美鈴と接した小悪魔が、前の時間軸とは異なる感情を抱いたとしても、不思議ではなかった。
「親として、主としては、なかなかに複雑な気持ちになるけれど……」
口出しをするつもりはない。
そういった感情は、止められて止まる物ではないことは、私が一番よく知っている。
そんなふうに考えて。
小さく溜息を吐きながら、隣に視線を移した。
そして――……。
「……」
「……咲夜?」
名前を呼んでも、反応してくれない。
ジィッと、一点を見詰めている。
焦燥感に駆られながら、その視線の先を追う。
「ッ!」
咲夜が、何に夢中なのか。
気が付いて、息を呑む。
先程まで、私と咲夜が観ていた映画は、日本のアニメ映画の隠れた名作『平〇狸合戦ぽんぽこ』。
登場するのは、人間と、狸と、『狐』。
非常に、タイムリーでもあった。
その為、それに心惹かれても、無理はない……ないのだが。
「……もふもふ」
――……やはり、面白くはない。
「……おい! パチュリー・ノーレッジ! 貴女の娘と使い魔を、何とかしてくれないか!」
切実さを感じる、藍の叫び声に。
「黙れ、女狐が」
とても低い声で、そう返した。
「ぷはっ!」
紫が噴き出す音が、部屋に反響した。
――……数十分後。
溜息と共に問いかける。
「それで? 本日は、どんなご用向きで?」
紫は、微笑みながら口を開く。
「今日はね、貴女に会いに来たんじゃないのよ」
そう言うと、空中に開いた隙間から、上品な扇子を取り出した。
その扇子をスッと前に出して、ある一点を指し示しながら、言葉を続ける。
「貴女のお嫁さんに、お願いがあって来たの」
指し示された先……そこに居るのは、私の
「え、私……?」
自分を指差しながら、問い返す咲夜。
「ええ、貴女」
笑顔で頷く紫。
私は、眉を顰めながら口を挟む。
「……この子に危害を加える気なら、容赦しないわよ」
そして、いつでも咲夜を庇えるように、一歩前に踏み出した。
しかし。
「あら、そんな気は微塵もないわ。メリットもないし……私は、意外と子供好きなのよ?」
そんなふうに嘯いて、笑う紫。
そのまま、言葉を続ける。
「そう、私は、子供好きなの……それでね? 特に目をかけている子供が一人、居るのだけれど」
そこでいったん、言葉を止めて。
わざとらしく溜息を吐いた後、続きを口にした。
「その子ったら、友達が少なくて。情操教育の為には、同年代の子供達との関りも必要でしょう? ……まあ、つまりは」
一際華やかな笑顔を浮かべて、言い放つ。
「幻想郷の愛し子――……博麗霊夢と『友達』になって欲しいの」
「……あー」
どうしてこうなった?
一瞬、そう考えて。
いや、おかしい話ではないのか、と思い直す。
この数百年。
私は、以前の時間軸とは、異なる行動を続けてきた。
その結果として、『今』がある。
それならば。
あらゆる事象に変化が生じるのは、必然だ。
「とも、だち……?」
きょとん、と目を丸くして。
私の
今日、美容院行ったんですよ。
銀髪にしてもらいました!
さっきゅんリスペクト(*´ω`*)