ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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28話

 楽しいショッピングから事態は一転して。

 まるで性犯罪者に向けるような視線に射抜かれ、脂汗を流す私――パチュリー・ノーレッジ。

 

「ちょっ、待って、誤解よ?」

 

 手を振りながら弁明するものの、慧音からの威圧感は増すばかりだ。

 

「……申し訳ないが、誤解かどうかは、一度じっくりと話を伺ってから判断させていただきたい」

 

 今にも飛び掛かってきそうな覇気を醸し出しながら、慧音はジリジリと距離を詰めてくる。

 

「え、いやいや……貴女、ホントに話をする気があるの? そのまま牢屋にブチ込まれそうなのだけど?」

 

「ほう……そうされるだけの心当たりでもあるのか?」

 

「あるわけないでしょうっ!?」

 

 甚だ遺憾である、としか言いようがない。

 

 

 ――……性犯罪どころか、600年かけて、やっと、

 

 

「もうっ! 霊夢、魔理沙っ!」

 

 あまりの理不尽に、こんな事態を引き起こした悪餓鬼共を、堪らず怒鳴りつけた。

 

「どうするのよ、これ? なんとかしなさいっ!」

 

 しかしながら――その程度で動じるような可愛らしさなど、悪餓鬼共が持ち合わせている筈もなく。

 霊夢は視線を逸らし、魔理沙はわざとらしく口笛を吹いた。

 

「こ、こいつら……っ!」

 

 堪忍袋の緒が切れそうになった、その時。

 

「やめてください」

 

 私と慧音の間に、割って入ったのは。

 

 

「――咲夜っ!」

 

 

 被害者と思わしき子供が、私を庇ったのが予想外だったのか、驚きに目を見開く慧音。

 そんな彼女に向って、言葉を続ける咲夜。

 

「霊夢と魔理沙の悪ふざけを真に受けないでください……パチュリー様に手を出されたことなんて、ありません」

 

「さ、咲夜……っ」

 

「……本当か? なんにも、されてはいないんだな?」

 

 当事者の証言にやっと聞く耳を持った様子の慧音が、咲夜に念押しをする。

 咲夜は、こくりとひとつ頷いた後――……言い放った。

 

 

「ええ――……まだ(・・)、なにもされてません」

 

 

 ……。

 …………うん。

 

 

「まだ、なにもされていない?」

 

「ええ、まだ」

 

 慧音の眉間に、どんどん深いしわが刻まれていく。

 

「……まだ、とは」

 

 僅かに声を震わせながら、重ねられる問い。

 

「まだ、とは……いつか、があるということか……?」

 

「……」

 

 その問いに対して。

 咲夜は、数瞬の沈黙の後。

 

「…………」

 

 

 ――黙ったまま、視線を明後日の方向に向けた。

 

 

「まあ、そりゃあなー」

 

 場違いな程、明るい声音で。

 からかうように言葉を(ほう)ったのは、魔理沙だ。

 

 

「嫁に(めと)れば、(しとね)くらい共にするだろーぜっ」

 

 

 ――いったい、どこでそんな知識を仕入れてきたんだ、この早熟餓鬼(マセガキ)めっ!

 

「よ、嫁……?」

 

 唖然とした慧音の様子には、頓着もせず。

 魔理沙に追従(ついじゅう)するように、霊夢が台詞を繋げた。

 

「まだ祝言はあげていないにしても、一つ屋根の下に暮らしてる上に、自分の子供に『お父さん』なんて呼ばせてるくらいだものね」

 

 ま、前は「祝言上げてないなら夫婦(めおと)じゃない」とか言ってきたくせに、何でこんな時に限って……ッ!?

 

「ひ、一つ屋根の下……子供? お、お父さん……?」

 

 プルプル震えながら、悪餓鬼共の語った内容を譫言のように繰り返した慧音は。

 

「こ、こんな幼い子供に……」

 

 両目を吊り上げ、勢いよく怒鳴る。

 

 

「どんな特殊プレイだッ!」

 

 

 

 ――ついに、限界を迎えた私。

 

 

「もう、いい加減にしてよ!」

 

 

 血を吐くような声で、叫ぶ。

 甚だ遺憾である、としか言いようがない。

 

「なんなのよ、好き勝手言わないでッ」

 

 だって――……性犯罪どころか、600年かけて、やっと、

 

 

「やっと、自然に手が握れるようになったばかりなのにっ!」

 

 

「……」

「…………」

 

 シーン、と。

 場が、一気に静まり返った。

 

 ――……やってしまった。

 いい年して、人里の真ん中で何やってるんだろう、私……。

 

 うわ、通りすがりの人と目があったのに、露骨に逸らされた。

 やばい、泣きたくなってきた。

 

 

 ――ふいに。

 ギュゥッと手を握り締められる。

 

「……咲夜」

 

 私を見上げる彼女。

 その目が、照れくさそうに細められて。

 やわらかそうな頬も、ぽわっと赤らむ。

 

 

 やばい、泣きたくなってきた。

 手を握るだけで、ほら。

 

 こんなに幸せなんだもの。

 

 

 

 ――ぐうぅぅううううう!

 

 

 

 気まずさも、気恥ずかしい幸せも。

 全部を引き裂くように鳴り響いたのは――……腹の音。

 

 

「あ、あうぅ~……っ」

 

 両手で顔を隠して俯いたのは――アリス。

 髪の間から覗く耳は、真っ赤に染まっている。

 

「……おなか、空いたわよね」

 

 別に、恥ずかしがる必要はない。

 そもそも、昼食を食べに向かう途中だったのだ。

 

「ぷっ、ふふ……っ」

 

 なんだか。

 気が抜けて、笑えてきた。

 

 私は、小さなアリスの頭に手を置いて、くしゃりと一つ撫でた後。

 霊夢と魔理沙の頭を、軽く小突いてやった。

 

「いて……へへっ」

 

 魔理沙は、小突かれた所を摩りながら、楽し気に笑って。

 

「なにすんのよ」

 

 霊夢は、間髪入れずに、脛蹴りで反撃してきた。

 ……やっぱり、可愛くない。

 

 

「――さ、行きましょうか」

 

 そう私が言うと、ハッとした様子で慧音が待ったをかけてくる。

 

「ちょっと待て、まだ話は終わっていな」

「貴女も来ればいいじゃない」

 

「え」

 

 呆気に取られている慧音に背を向け、歩き出す。

 

「子供がお腹を空かせているなら、それをどうにかするのが最優先でしょう?」

 

 そのまま、振り返らずに言葉を続けた。

 

「だって私、大人だもの」

 

 

 

 

 そうして。

 やっと辿り着いた――牛鍋屋。

 なんだか、千里の道を越えてきたような気分だ。

 

「よ、よりにもよって、『牛』鍋屋か……」

 

 結局後をついてきた慧音が何かぼやいているが、気にせず暖簾をくぐった。

 

「いらっしゃいませー」

 

 感じの良い店員が、笑顔で迎えてくれる。

 

「大人二名、子供四名ね」

 

 人数を伝えると、眉を下げながら告げられた。

 

「申し訳ございませんが、昼時で混みあっておりまして、相席でもよろしいでしょうか?」

 

 伝えられた内容に、店内を見渡す。

 確かにほとんどの場所が埋まっているが、座敷の隅、小さな卓袱台が置かれた場所は空いていた。

 

「あそこは、予約席なの?」

 

 指差しながら聞いてみる。

 

「いいえ、でもあの席は四人掛けなので……詰めても五人が限度かと」

 

 店員の言葉に、ひとつ頷く。

 

「咲夜」

 

 声を掛けながら視線を合わせる。

 

「パチュリー様がそれでいいなら」

 

 意図を汲み取った彼女は、よどみなく返答してくれた。

 

 

 

 

 ほかほかと湯気を上げる鍋。

 敷き詰められた牛肉に、よく煮えた野菜と豆腐。

 それを、愛しい人(さくや)の頭越しに見詰める。

 

「美味しそうね」

「そうですね」

 

 膝の上から、重さと温もりだけではなくて、うきうきとした気持ちが伝わってきた。

 

 四人掛けの小さな卓袱台。

 対して、私達は六人。

 皆で座るには、工夫が必要だ。

 

 まず、慧音で一人分。彼女は姿勢が良いし横幅もないほうだが、成人女性の為どうしてもスペースを消費する。

 しかしながら、現時点では一番小さいアリスと、いずれ一番小さくなる魔理沙がくっつけば、大人一人分程度で済む。

 霊夢は、いっそ感心するくらい堂々と腰掛けており、場所を譲り合う気はないようだ。

 よって、残ったスペースは一人分だけ。

 

 もっとも簡単な解決方法は。

 

「……あんた、そういうのは平気なのよね」

「なにが?」

 

 霊夢が何を言いたいのか分からなくて首を傾げる。

 何故か、大きな溜息を吐かれた。

 ……解せない。

 

 膝の上に乗せた咲夜が落っこちない様に、腰に回した手を引き寄せた。

 私の腕に手を添えた咲夜が、座り心地の良い体勢を探すように、僅かに身を捩る。

 髪の毛が鼻先をくすぐって、少しくすぐったい。

 

 笑いそうになっていると、先に魔理沙が笑った。

 その隣に居るアリスは、何故か頬を赤く染めている。

 

 そんな中。

 複雑そうな顔をした慧音が、落ち着きを取り戻した声で問い掛けてきた。

 

「……貴女とその子は、どういった関係なんだ?」

 

 私は数瞬黙考した後、両手をあわせながら答える。

 

「冷めたらもったいないし、ひとまず食べましょう」

 

 私に倣って両手をあわせる子供達。

 遅れて、慧音もそれに続いた。

 

 

「いただきます」

 

 

 

 

「――……あるところに、一人の魔女が居ました」

 

 空きっ腹が多少落ち着いた頃合いで。

 お茶碗とお箸を置いて、咲夜の腰に両手を回した私は、静かに口を開いた。

 

「魔女には大好きな女の子がいましたが、告白する気は一切ありませんでした」

 

 唐突に始まった物語調の語りで、皆が呆気に取られているのを尻目に、言葉を続ける。

 

「何故なら、その女の子は人間だったからです」

 

 眼前の銀髪が、揺れる。

 

「人間として生きて、人間として死ぬことを望んでいる、真っ当な人間である彼女に対して――……化物である自分の浅ましい想いを伝えることは、お互いにとって良くないと、そう考えたのでした」

 

 ゆっくりと、語る毎に。

 

「百も二百も浮かんでくる、下手糞な愛の言葉は、胸の奥に仕舞い込んで……代わりに、彼女が人間として生を全うするその日まで、たったひとつの誠実さを捧げようと、そう決めたのです」

 

 少しずつ、周囲の空気が変わっていく。

 

「でも、それは大きな間違いでした」

 

 思い出す。

 ――真っ赤な、血溜まり。

 

「愛しの彼女は、最悪な形で命を落としました――……魔女は、その最期を看取ることさえ、出来なかった」

 

 どうしようもなく。

 語尾が震えて、掠れた。

 

「そして、彼女が最期に呟いたのが、自分の名前だったと聞いた時――魔女は、自分の考えがただの言い訳だったと、思い知ったのです」

 

 笑う、嗤う。

 

「傷付けたくなくて……なにより、傷付きたくなくて。ただ、逃げていただけでした」

 

 笑えない嗤い話を、泣きそうになるのを堪えながら、語る。

 

「下手糞でもいいから、叫べばよかった。『愛している』と、伝えれば良かった。いつか、胸を引き裂くような別れが訪れるとしても――……その最期の瞬間まで、貴女(・・)を幸せに出来る()でありたかった」

 

 眼前の銀髪に、頬を摺り寄せて。

 細い腰を、ギュゥッと抱き寄せた。

 

「だから、今度は間違えないと決めました。魔女は、超常の力に頼り、もう一度彼女との出会いをやり直すことにしたのです……その再会には、五百年以上の歳月を必要としました」

 

 吐息のように言葉を重ねる。

 吐き出すそれは、熱かった。

 

「驚きました。何百年経とうとも想いが色褪せることはなく、むしろ積み重なることで厚さと熱さを増していき……再会出来た彼女のことが、愛しくて恋しくて、堪らなかった」

 

 まさしく――熱情だ。

 

「なので、叫ぶことにしました。『愛している』、『幸せにしてみせる』と――……しかしながら」 

 

 ひとつ、苦笑を零した後。

 眦を下げたまま、続ける。

 

「魔女にとっては待ちに待った再会でも、彼女にとっては初対面です。当然、簡単に想いは伝わらず――……まだ幼い彼女に愛を叫び続けた魔女は、同じく事情を知る由もない周囲からも、ロリコン扱いされることになりましたとさ」

 

 数拍、間を置いてから。

 最後まで清聴を続けてくれた皆を見渡して。

 わざとらしくおどけた口調で、語り掛けた。

 

「……私としては、『めでたし、めでたし』って話を結びたいんだけど、どうかしら?」

 

 ――次の瞬間。

 慧音が、勢いよく頭を下げた。

 その勢いに驚いていると、顔を上げないまま告げられる。

 

 

「すまなかった」

 

 

 それは、とても誠実な声音だった。

 

「何も知らず、知ろうともせず、貴女を弾劾しようとした。これは完全に私の落度だ。心から謝罪させてほしい」

 

 思考する間もなく、得心する。

 色んな意味で頭が固いことで知られるこの人は、融通が利かない程真っ直ぐな人なのだ、と。

 

「冷めるわよ――……さっさと頭を上げて食事を続けなさい、慧音」

 

 微笑みながら、そう言葉を掛ける。

 

「しかし……」

 

 躊躇いを見せる慧音に、続けて促す。

 

「貴女、さっきから野菜と豆腐しか食べていないじゃない――『肉』も食べなさいよ」

 

 慧音は、ギクッ! と体を強張らせた。

 

「ね? 遠慮しないで」

 

 優し気な笑みを浮べたまま、さらに『牛肉』を食す事を勧める。

 まだ罪悪感を感じている慧音は、善意で塗装されたその言葉に抗えない。

 

「そ、そうだな……」

 

 真っ青な顔でそう返事をする様子を。

 こっそりと、嘲笑う。

 

 彼女の種族は、ワーハクタク。

 白沢とは、中国に伝わる『牛』のような聖獣だ。

 

 ――……これくらいの仕返しは許されるだろう、うん。

 

 

「……ん?」

 

 ギュゥッ、と。

 咲夜の腰に回していた腕が、抱き締め返された。

 

「咲夜?」

 

 私の膝に座り、背を預けている咲夜。

 必然、見えているのは後頭部で、表情を窺い知ることは出来ない。

 

「どうしたの?」

 

 問い掛ける。

 しばらく、間を空けた後。

 

「パチュリー様――……私のことが、好きですか?」

 

 そう、問い返されたので。

 

「ええ」

 

 私は、ハッキリと返答する。

 もう、告げずに後悔したりは、絶対にしない。

 

 

「愛しているわ」

 

 

 咲夜は、そのまま黙り込んでしまった。

 私からは、彼女の表情もわからない。

 

 ――……しかしながら。

 咲夜の顔を見た子供達の反応はと言うと、

 

 魔理沙は楽しそうに笑い、

 霊夢はウンザリしたように溜息を吐き、

 アリスは、瞳に何故か羨望の色を宿しながら、微笑ましそうに頬を緩めている。

 

 私の腕も、依然として抱えられたまま、離される気配はなくて。

 

「……」

 

 なんだか、すごく幸せだなあ、と。

 自然に、そう思えたので。

 

「……ッ!」

 

 眼前の銀髪に、また頬を摺り寄せると。

 小さな肩が、ビクッとひとつ、大きく跳ねる。

 

 ――……ああ、愛しい。

 

 

 

 

 その間も、慧音は半泣きで牛肉を食べていた。

 めでたし、めでたし。

 




 今回はPCトラブルで大変でした。
 起動するなり自動修復が始まり、再起動を延々とループ。
 セーフモードでさえ起動出来ず、コマンドプロンプトでnotepadって入力して直接メモ帳を開き、そこからなんとか書きかけの小説や書き溜めていたプロットをUSBに移し、今は予備の古いPC(ヒューレットパッカー
ド製でOSがXPの化石だが、購入後14年近く経過した今でも使用に問題はなく、バッテリーの持ちも良い)で作業してます。
 メインPC(富士通製、OSはwin10、購入してしばらくたってからトラブル続きで、バッテリーも一年でへたった)の修理費、いくらかかるんだろう。
 自分で何とか直せないか頑張ってみたけど、もう疲れた。
 ホント泣きそう……。゚(´pω・`)゚。

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