楽しいショッピングから事態は一転して。
まるで性犯罪者に向けるような視線に射抜かれ、脂汗を流す私――パチュリー・ノーレッジ。
「ちょっ、待って、誤解よ?」
手を振りながら弁明するものの、慧音からの威圧感は増すばかりだ。
「……申し訳ないが、誤解かどうかは、一度じっくりと話を伺ってから判断させていただきたい」
今にも飛び掛かってきそうな覇気を醸し出しながら、慧音はジリジリと距離を詰めてくる。
「え、いやいや……貴女、ホントに話をする気があるの? そのまま牢屋にブチ込まれそうなのだけど?」
「ほう……そうされるだけの心当たりでもあるのか?」
「あるわけないでしょうっ!?」
甚だ遺憾である、としか言いようがない。
――……性犯罪どころか、600年かけて、やっと、
「もうっ! 霊夢、魔理沙っ!」
あまりの理不尽に、こんな事態を引き起こした悪餓鬼共を、堪らず怒鳴りつけた。
「どうするのよ、これ? なんとかしなさいっ!」
しかしながら――その程度で動じるような可愛らしさなど、悪餓鬼共が持ち合わせている筈もなく。
霊夢は視線を逸らし、魔理沙はわざとらしく口笛を吹いた。
「こ、こいつら……っ!」
堪忍袋の緒が切れそうになった、その時。
「やめてください」
私と慧音の間に、割って入ったのは。
「――咲夜っ!」
被害者と思わしき子供が、私を庇ったのが予想外だったのか、驚きに目を見開く慧音。
そんな彼女に向って、言葉を続ける咲夜。
「霊夢と魔理沙の悪ふざけを真に受けないでください……パチュリー様に手を出されたことなんて、ありません」
「さ、咲夜……っ」
「……本当か? なんにも、されてはいないんだな?」
当事者の証言にやっと聞く耳を持った様子の慧音が、咲夜に念押しをする。
咲夜は、こくりとひとつ頷いた後――……言い放った。
「ええ――……
……。
…………うん。
「まだ、なにもされていない?」
「ええ、まだ」
慧音の眉間に、どんどん深いしわが刻まれていく。
「……まだ、とは」
僅かに声を震わせながら、重ねられる問い。
「まだ、とは……いつか、があるということか……?」
「……」
その問いに対して。
咲夜は、数瞬の沈黙の後。
「…………」
――黙ったまま、視線を明後日の方向に向けた。
「まあ、そりゃあなー」
場違いな程、明るい声音で。
からかうように言葉を
「嫁に
――いったい、どこでそんな知識を仕入れてきたんだ、この
「よ、嫁……?」
唖然とした慧音の様子には、頓着もせず。
魔理沙に
「まだ祝言はあげていないにしても、一つ屋根の下に暮らしてる上に、自分の子供に『お父さん』なんて呼ばせてるくらいだものね」
ま、前は「祝言上げてないなら
「ひ、一つ屋根の下……子供? お、お父さん……?」
プルプル震えながら、悪餓鬼共の語った内容を譫言のように繰り返した慧音は。
「こ、こんな幼い子供に……」
両目を吊り上げ、勢いよく怒鳴る。
「どんな特殊プレイだッ!」
――ついに、限界を迎えた私。
「もう、いい加減にしてよ!」
血を吐くような声で、叫ぶ。
甚だ遺憾である、としか言いようがない。
「なんなのよ、好き勝手言わないでッ」
だって――……性犯罪どころか、600年かけて、やっと、
「やっと、自然に手が握れるようになったばかりなのにっ!」
「……」
「…………」
シーン、と。
場が、一気に静まり返った。
――……やってしまった。
いい年して、人里の真ん中で何やってるんだろう、私……。
うわ、通りすがりの人と目があったのに、露骨に逸らされた。
やばい、泣きたくなってきた。
――ふいに。
ギュゥッと手を握り締められる。
「……咲夜」
私を見上げる彼女。
その目が、照れくさそうに細められて。
やわらかそうな頬も、ぽわっと赤らむ。
やばい、泣きたくなってきた。
手を握るだけで、ほら。
こんなに幸せなんだもの。
――ぐうぅぅううううう!
気まずさも、気恥ずかしい幸せも。
全部を引き裂くように鳴り響いたのは――……腹の音。
「あ、あうぅ~……っ」
両手で顔を隠して俯いたのは――アリス。
髪の間から覗く耳は、真っ赤に染まっている。
「……おなか、空いたわよね」
別に、恥ずかしがる必要はない。
そもそも、昼食を食べに向かう途中だったのだ。
「ぷっ、ふふ……っ」
なんだか。
気が抜けて、笑えてきた。
私は、小さなアリスの頭に手を置いて、くしゃりと一つ撫でた後。
霊夢と魔理沙の頭を、軽く小突いてやった。
「いて……へへっ」
魔理沙は、小突かれた所を摩りながら、楽し気に笑って。
「なにすんのよ」
霊夢は、間髪入れずに、脛蹴りで反撃してきた。
……やっぱり、可愛くない。
「――さ、行きましょうか」
そう私が言うと、ハッとした様子で慧音が待ったをかけてくる。
「ちょっと待て、まだ話は終わっていな」
「貴女も来ればいいじゃない」
「え」
呆気に取られている慧音に背を向け、歩き出す。
「子供がお腹を空かせているなら、それをどうにかするのが最優先でしょう?」
そのまま、振り返らずに言葉を続けた。
「だって私、大人だもの」
そうして。
やっと辿り着いた――牛鍋屋。
なんだか、千里の道を越えてきたような気分だ。
「よ、よりにもよって、『牛』鍋屋か……」
結局後をついてきた慧音が何かぼやいているが、気にせず暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませー」
感じの良い店員が、笑顔で迎えてくれる。
「大人二名、子供四名ね」
人数を伝えると、眉を下げながら告げられた。
「申し訳ございませんが、昼時で混みあっておりまして、相席でもよろしいでしょうか?」
伝えられた内容に、店内を見渡す。
確かにほとんどの場所が埋まっているが、座敷の隅、小さな卓袱台が置かれた場所は空いていた。
「あそこは、予約席なの?」
指差しながら聞いてみる。
「いいえ、でもあの席は四人掛けなので……詰めても五人が限度かと」
店員の言葉に、ひとつ頷く。
「咲夜」
声を掛けながら視線を合わせる。
「パチュリー様がそれでいいなら」
意図を汲み取った彼女は、よどみなく返答してくれた。
ほかほかと湯気を上げる鍋。
敷き詰められた牛肉に、よく煮えた野菜と豆腐。
それを、
「美味しそうね」
「そうですね」
膝の上から、重さと温もりだけではなくて、うきうきとした気持ちが伝わってきた。
四人掛けの小さな卓袱台。
対して、私達は六人。
皆で座るには、工夫が必要だ。
まず、慧音で一人分。彼女は姿勢が良いし横幅もないほうだが、成人女性の為どうしてもスペースを消費する。
しかしながら、現時点では一番小さいアリスと、いずれ一番小さくなる魔理沙がくっつけば、大人一人分程度で済む。
霊夢は、いっそ感心するくらい堂々と腰掛けており、場所を譲り合う気はないようだ。
よって、残ったスペースは一人分だけ。
もっとも簡単な解決方法は。
「……あんた、そういうのは平気なのよね」
「なにが?」
霊夢が何を言いたいのか分からなくて首を傾げる。
何故か、大きな溜息を吐かれた。
……解せない。
膝の上に乗せた咲夜が落っこちない様に、腰に回した手を引き寄せた。
私の腕に手を添えた咲夜が、座り心地の良い体勢を探すように、僅かに身を捩る。
髪の毛が鼻先をくすぐって、少しくすぐったい。
笑いそうになっていると、先に魔理沙が笑った。
その隣に居るアリスは、何故か頬を赤く染めている。
そんな中。
複雑そうな顔をした慧音が、落ち着きを取り戻した声で問い掛けてきた。
「……貴女とその子は、どういった関係なんだ?」
私は数瞬黙考した後、両手をあわせながら答える。
「冷めたらもったいないし、ひとまず食べましょう」
私に倣って両手をあわせる子供達。
遅れて、慧音もそれに続いた。
「いただきます」
「――……あるところに、一人の魔女が居ました」
空きっ腹が多少落ち着いた頃合いで。
お茶碗とお箸を置いて、咲夜の腰に両手を回した私は、静かに口を開いた。
「魔女には大好きな女の子がいましたが、告白する気は一切ありませんでした」
唐突に始まった物語調の語りで、皆が呆気に取られているのを尻目に、言葉を続ける。
「何故なら、その女の子は人間だったからです」
眼前の銀髪が、揺れる。
「人間として生きて、人間として死ぬことを望んでいる、真っ当な人間である彼女に対して――……化物である自分の浅ましい想いを伝えることは、お互いにとって良くないと、そう考えたのでした」
ゆっくりと、語る毎に。
「百も二百も浮かんでくる、下手糞な愛の言葉は、胸の奥に仕舞い込んで……代わりに、彼女が人間として生を全うするその日まで、たったひとつの誠実さを捧げようと、そう決めたのです」
少しずつ、周囲の空気が変わっていく。
「でも、それは大きな間違いでした」
思い出す。
――真っ赤な、血溜まり。
「愛しの彼女は、最悪な形で命を落としました――……魔女は、その最期を看取ることさえ、出来なかった」
どうしようもなく。
語尾が震えて、掠れた。
「そして、彼女が最期に呟いたのが、自分の名前だったと聞いた時――魔女は、自分の考えがただの言い訳だったと、思い知ったのです」
笑う、嗤う。
「傷付けたくなくて……なにより、傷付きたくなくて。ただ、逃げていただけでした」
笑えない嗤い話を、泣きそうになるのを堪えながら、語る。
「下手糞でもいいから、叫べばよかった。『愛している』と、伝えれば良かった。いつか、胸を引き裂くような別れが訪れるとしても――……その最期の瞬間まで、
眼前の銀髪に、頬を摺り寄せて。
細い腰を、ギュゥッと抱き寄せた。
「だから、今度は間違えないと決めました。魔女は、超常の力に頼り、もう一度彼女との出会いをやり直すことにしたのです……その再会には、五百年以上の歳月を必要としました」
吐息のように言葉を重ねる。
吐き出すそれは、熱かった。
「驚きました。何百年経とうとも想いが色褪せることはなく、むしろ積み重なることで厚さと熱さを増していき……再会出来た彼女のことが、愛しくて恋しくて、堪らなかった」
まさしく――熱情だ。
「なので、叫ぶことにしました。『愛している』、『幸せにしてみせる』と――……しかしながら」
ひとつ、苦笑を零した後。
眦を下げたまま、続ける。
「魔女にとっては待ちに待った再会でも、彼女にとっては初対面です。当然、簡単に想いは伝わらず――……まだ幼い彼女に愛を叫び続けた魔女は、同じく事情を知る由もない周囲からも、ロリコン扱いされることになりましたとさ」
数拍、間を置いてから。
最後まで清聴を続けてくれた皆を見渡して。
わざとらしくおどけた口調で、語り掛けた。
「……私としては、『めでたし、めでたし』って話を結びたいんだけど、どうかしら?」
――次の瞬間。
慧音が、勢いよく頭を下げた。
その勢いに驚いていると、顔を上げないまま告げられる。
「すまなかった」
それは、とても誠実な声音だった。
「何も知らず、知ろうともせず、貴女を弾劾しようとした。これは完全に私の落度だ。心から謝罪させてほしい」
思考する間もなく、得心する。
色んな意味で頭が固いことで知られるこの人は、融通が利かない程真っ直ぐな人なのだ、と。
「冷めるわよ――……さっさと頭を上げて食事を続けなさい、慧音」
微笑みながら、そう言葉を掛ける。
「しかし……」
躊躇いを見せる慧音に、続けて促す。
「貴女、さっきから野菜と豆腐しか食べていないじゃない――『肉』も食べなさいよ」
慧音は、ギクッ! と体を強張らせた。
「ね? 遠慮しないで」
優し気な笑みを浮べたまま、さらに『牛肉』を食す事を勧める。
まだ罪悪感を感じている慧音は、善意で塗装されたその言葉に抗えない。
「そ、そうだな……」
真っ青な顔でそう返事をする様子を。
こっそりと、嘲笑う。
彼女の種族は、ワーハクタク。
白沢とは、中国に伝わる『牛』のような聖獣だ。
――……これくらいの仕返しは許されるだろう、うん。
「……ん?」
ギュゥッ、と。
咲夜の腰に回していた腕が、抱き締め返された。
「咲夜?」
私の膝に座り、背を預けている咲夜。
必然、見えているのは後頭部で、表情を窺い知ることは出来ない。
「どうしたの?」
問い掛ける。
しばらく、間を空けた後。
「パチュリー様――……私のことが、好きですか?」
そう、問い返されたので。
「ええ」
私は、ハッキリと返答する。
もう、告げずに後悔したりは、絶対にしない。
「愛しているわ」
咲夜は、そのまま黙り込んでしまった。
私からは、彼女の表情もわからない。
――……しかしながら。
咲夜の顔を見た子供達の反応はと言うと、
魔理沙は楽しそうに笑い、
霊夢はウンザリしたように溜息を吐き、
アリスは、瞳に何故か羨望の色を宿しながら、微笑ましそうに頬を緩めている。
私の腕も、依然として抱えられたまま、離される気配はなくて。
「……」
なんだか、すごく幸せだなあ、と。
自然に、そう思えたので。
「……ッ!」
眼前の銀髪に、また頬を摺り寄せると。
小さな肩が、ビクッとひとつ、大きく跳ねる。
――……ああ、愛しい。
その間も、慧音は半泣きで牛肉を食べていた。
めでたし、めでたし。
今回はPCトラブルで大変でした。
起動するなり自動修復が始まり、再起動を延々とループ。
セーフモードでさえ起動出来ず、コマンドプロンプトでnotepadって入力して直接メモ帳を開き、そこからなんとか書きかけの小説や書き溜めていたプロットをUSBに移し、今は予備の古いPC(ヒューレットパッカー
ド製でOSがXPの化石だが、購入後14年近く経過した今でも使用に問題はなく、バッテリーの持ちも良い)で作業してます。
メインPC(富士通製、OSはwin10、購入してしばらくたってからトラブル続きで、バッテリーも一年でへたった)の修理費、いくらかかるんだろう。
自分で何とか直せないか頑張ってみたけど、もう疲れた。
ホント泣きそう……。゚(´pω・`)゚。