ぱっちぇさん、逆行!   作:鬼灯@東方愛!

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29話

 秋の終り、冬の初め。

 季節に負けることなく豊かな葉の茂る林の中で。

 

「……う゛っ、げっほげっふぉおッ!?」

 

 外見にまったくそぐわない様子で盛大に咳き込みながら蹲ったパチュリー様を眺めつつ。

 ――あ、そういえばこの方は喘息なんだっけ、と。

 そう思い至った、次の瞬間。

 

「ぱ、パチュリー様っ」

 

 自分でもらしくないと感じるほど慌てながら駆け寄った私――十六夜咲夜。

 

「お気を確かに……確か薬はポケットに常備されていますよね?」

 

「う、げ、グフォッ、ん゛」

 

「いや、返事はしなくていいですっ」

 

 焦りながらも努めて冷静にパチュリー様のポケットに手を伸ばす。

 

「失礼します」

 

 必然、近くなる彼我の距離。

 花のような甘い香りが、ふわりと漂う。

 この方は、意外と花が好きなのだ。

 積読している本の間に、こっそりと庭から摘んできた花を挟み込んで、押し花を作っているのを知っている。

 

「ほら、落ち着いて飲んでください」

 

 彼女のポケットから探り出した薬を、水筒を口に添えるのを手伝いながら、喉に流し込ませた。

 ――少しずつ落ち着いていく呼吸。

 

 藤色の髪が汗で頬に張り付いているのを、無意識に指先で掬い取る。

 細められた紫水晶の瞳と、視線が交わった。

 

「……」

 

 意識がはっきりしていない様子の彼女。

 何故か逸らせない視線。

 そのまま、見詰め合いながら。

 思い出すのは――先日聞いた、御伽噺のような現実の物語(フィクションのようなノンフィクション)

 

 愛などこの世に存在しない、と。

 飢えと寒さに身を震わせながら、幾度も考えたけれど。

 

 私は、この魔女に愛されている。

 きっとそれは、疑いようもない『真実』だ。

 

「……いつまで見詰め合ってんのよ」

 

 背中に軽い衝撃。

 振り返ると、そこには。

 

「咲夜とパチュリー、つかまえた」

 

 偉そうに腕を組み、片足を上げた鬼巫女子――霊夢(蹴ったわね、この子)。

 なお、悪口ではない。

 今はパチュリー様から教えて貰った『増やし鬼』という遊びの真っ最中で、霊夢は鬼の役。

 言い出しっぺだからという理由で、健康な子供のお遊びに付き合わされた不健康な大人のパチュリー様は、早々に限界を迎えてしまった、というわけである。

 

「後は魔理沙とアリスね。さあ、行くわよ」

 

 霊夢が顎でしゃくる。

 増やし鬼は、普通の鬼ごっことは少し異なる。

 追い駆ける役の『鬼』が、逃げる役の『子』にタッチした後、鬼ごっこの場合は役を交代するが、増やし鬼は鬼の役は鬼のままで、子の役も鬼となる。

 つまり、鬼が増えるのだ。

 最後の一人になるまで、どんどん増えていく鬼から逃げなくてはならない――その為、別名『ゾンビ鬼』とも呼ばれている。

 

「ええ……でも」

 

 パチュリー様へ視線を戻す。

 ゾンビというより、ただの死体である。

 とても動けそうにない。

 

「……しょうがないわね」

 

 はあ、と。

 大きな溜息を吐いた霊夢は、ひらひらとぞんざいな態度で手を振りながら言葉を続けた。

 

「あんたはここでしばらく休んでなさい――無理そうだったら先に神社に帰っていいわよ」

 

 パチュリー様は一も二もなく頷くと、そのまま木に背中を預けて項垂れた。

 なんだか、この前一緒に観たアニメのキャラみたいだ。

 『燃え尽きたぜ……真っ白にな……』ってやつ。

 

「ほら、咲夜。行くわよ」

 

 霊夢に腕を引かれる。

 今の状態のパチュリー様を置いて行くのは、かなり気が引けた。

 

「霊夢、私も――……」

 

 断りを入れようとした、その時。

 

「咲夜」

 

 呼び掛けられて、顔を向ける。

 まだ青い顔のパチュリー様が、笑いながら言った。

 

「いってらっしゃい」

 

 ――ああ。

 そんな言葉。

 誰かに言って貰える日が来るなんて、ほんの少し前まで考えたこともなかった。

 

 でも、その言葉にどう返せばいいのかだって。

 温かな日々の中で、貴女が教えてくれたから。

 

「……いってきます」

 

 結局、そう返答して。

 私は霊夢の後に続いた。

 

 上手く、言えたかな?

 ちゃんと、笑えてたかな?

 

 ――……霊夢が、また大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 

 その後。

 カブトムシみたいに木の上の方にしがみついて隠れていた魔理沙を発見した私達は。

 木の幹をゲシゲシ蹴りまくり、落ちてきたところを捕獲。

 

「お、おまえらマジで容赦ないなっ! この外道コンビ!」

 

 鬼(ゾンビ?)は三匹に増殖した。

 

 残るは――……ただ一人。

 

 

「こ、こないでーーっ!?」

 

 叫びながら逃げ惑うアリスを、霊夢を先頭に三人で追い駆ける。

 

「きゃあーーっ!」

 

 何故かさっきから半泣きのアリス。

 どうやら、本当に恐怖を感じているようだ。

 

 対する私達三人はというと。

 魔理沙は面白がってわざと怖い顔を作っており、霊夢は真顔だが眼光のみ肉食獣のように鋭い。

 私は完全な無表情だと思う。

 やっぱりパチュリー様のことが気がかりなので、早く終らせて戻りたいのだ。

 

 怖い顔+野獣の眼光+無表情が、自分独りを無言でひたすら追い駆けてくる状況。

 

 ……うん、私がアリスの立場でも、ちょっと怖いかもしれない。

 

「う、うぴゃあーーっ!」

 

 ついに我慢の限界を迎えたアリスが、大声で泣き叫ぶ。

 それでも足を止めない所か、魔力強化までして逃走速度を上げるところは、流石魔界育ちとでも言おうか。

 もう面倒だから時間を止めてしまおうかと思った――次の瞬間。

 

「ぴゃああぁぁ……ッきゃあ!?」

 

 アリスが飛び出していた木の根に躓いて、体勢を崩す。

 倒れこむ先には――尖った岩。

 このままでは、頭が石榴だ。

 ゾンビでも助からない。

 

「――危ない!」

 

 時間停止能力を持つ、私よりも早く。

 アリスの首根っこを引っ掴んで助けた、その人物は。

 

「足元くらい見なさいよ、馬鹿ッ!」

 

 鬼巫女――……霊夢だ。

 

「れ、れいむぅ……」

「う、うわっ! ばっちぃ!」

 

 恐怖と驚きで鼻水を垂らしながら霊夢に泣きつくアリス。

 心底嫌そうな顔をしながらも、無理矢理引き剥がしたりはしない霊夢。

 

 ……なんだかんだ、面倒見の良い友人である。 

 本人は、決して認めはしないだろうけれど。

 

「やれやれだぜ……お、霊夢」

 

 魔理沙が霊夢の袖を指差しながら言った。

 

「穴開いてるぜ」

 

 飛び出した時に木の枝にでも引っ掛けたのか。

 霊夢の巫女服の袖は、結構大きく破けてしまっていた。

 

「ええっ!? うわ、ホントだわ……」

 

 ショックを受けた様子の霊夢。

 その眉間に、少しずつ深い皺が刻まれていく。

 

「……アンタのせいよ、この阿呆!」

 

 アリスの頭に、左拳が振り落とされた。

 まあ、頭が石榴になるよりは、大きなたんこぶをこさえる方がマシだろう、きっと。

 

 

 

 

「ああ、これくらいならなんとかなるわよ」

 

 そう言って繕い物を引き受けたパチュリー様。

(顔色も声音もいつも通りで、内心とてもホッとした)

 着脱式の袖部分だけを受け取り、裁縫針を進めようとした、その時。

 

「あ、あの……っ」

 

 躊躇いながらも声を上げたのは、アリスだ。

 瞳に光るのは、責任感と感謝の気持ちだろう。

 

「……私に、やらせて」

 

 

 

 

「上手ね、誰かに習っていたの?」

 

 アリスの手元を覗き込みながら問い掛けるパチュリー様。

 

「うん……いつもは、お人形用の服だけど」

 

 淀みない手付きで作業を進めていくアリス。

 確かに、運針がスムーズで、縫い目もとても綺麗だ。

 私も最近はメイドの必須技能として裁縫の勉強をしているが……正直、勝てる気がしない。

 

「アリスは器用ね」

 

 そう称賛しながら、アリスの頭を撫でるパチュリー様。

 ……湧き上がる微妙な感情は、努めて気にしないようにしつつ考える。

 確かに、アリスは器用だ。

 そしてそれは、裁縫に限った話ではない。

 彼女は初めてやることでも、大抵はすぐに上手にこなしてみせた。

 

 思えば、アリスが最初にこの神社に訪れたあの日。

 彼女は『魔導書の性能を百分の一程度しか発揮出来ていなかった』と聞いたが。

 

 逆に言えば、百分の一程度は発揮出来ていたのである。

 幼い身で、あれほどの魔導書を暴走させることもなく、制御下に置いてみせたのだ。

 

 それは、紛れもない――輝くような才能だった。

 

 

「調子はどう? ちゃんと直せるんでしょうね?」

「れ、霊夢っ!」

「ちょっと見せて」

 

 アリスから袖を受け取り、縫い目を確認した霊夢は。

 満足そうに笑いながら、言葉を続けた。

 それは、霊夢にしてはやわらかで……優しげな声音だった。

 

「へえ、上手いもんね――……あんた、良い嫁さんになるわよ」

 

 次の瞬間。

 

「~~ッ!」

 

 アリスの顔が、噴火したみたいに真っ赤に染まる。

 ボフンッ、と頭から煙の噴出す音が聞こえた気がした。

 

 

 ――……恋に落ちる音にしては、随分と間抜けだった。




 私は子供の頃、クラスで一番足が遅くて、鬼ごっこの鬼になっても誰一人摑まえることが出来ませんでした……(ノω;`)

 あ、何故かホッピングと登り棒は得意でした。
 ホッピングは百回以上は跳べたし、登り棒は二本の棒を使って両手両足で高速で登ったり出来ましたっ(*´∀`*)ポッ

 インラインスケートとかスケボーもそれなりに上手にこなせたので、バランス系は得意だったのかもしれませんね。

 まあ、その頃から基本インドアだったので、ポケモンのゲームと遊戯王カードを使って屋内で遊ぶほうが好きだったのですが。

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