夏休みも半分が終わった時期。あのプールに行った日から僕は外に出ていなかった。今年は猛暑が続き外に出るだけでも汗が吹き出してくる。
母親も少しは外に出ろと言ってくるがこの気温の中で陰キャが外に出ると文字通り体が溶ける。
運動部はこんな時も外で部活動をしているのだろうか。アルバイトをしている人はこの気温の中で外に出ているのだろうか。
そんな普通の高校生が過ごしているであろう日常を僕は家に引きこもってゲームをしていた。
完全に昼夜が逆転しているので、日が出てきた今から寝る。その前に少しだけのどが乾いたからキッチンに向かい水道をひねって水を飲む。
「今から寝るの?」
「うん」
「あんた、そろそろ生活週間もとに戻しなさいよ」
「…………わかってるよ」
本当にどうして母親という生き物はいつも一言が多いのだろう。きっとこれはどこの家でも共通だろう。
「お母さん今からパートだから」
「知ってるよ」
今から仕事に向かう母。大人には夏休みなんてものはないのでこの季節でも外で働くのは普通なのだろうか。将来のことを想像するだけで嫌になってくる。
10年後、僕はどうなっているのだろうか。適当な会社に就職して適当に死んでいくのだろか。
結婚もしないで歳をとって老後一人ベッドの上で息絶える気がする。
少なくともこのままで行くとそうなる。
「あ、これ届いてたわよ」
「えっ」
そう言って母が渡してきたのは僕が抽選に応募したライブチケットだった。
席を確認してみると結構前でいい場所だった。
でも、この暑さでライブに行くのは正直言って自殺行為かもしれない。
テンションが上がりすぎて熱中症で倒れたなんて洒落にならない。
「これペアチケットじゃない。誰かと行くの?」
「別にいつも通りだよ」
このアーティストのファンクラブに登録している僕はペアチケットでとっても値段がそこまで変わらないから荷物置きのために席をいつも二つ確保していた。
だから今回も例年通りに二つで応募したまでだ。
「そう、せっかくだから誰か誘って行ったら?」
「誘う友達もいないよ」
「それもそうね…………あんたに聞いた母さんが馬鹿だったわ」
それじゃあ、と仕事に向かった。
いくらなんでも息子に友達がいないことを平気で聞いてくる神経はどうかしている。
とりあえず眠気が限界だったので部屋に向かってベッドに入る。
そういえば美竹さんもこのアーティストが好きだったとか言ってた気がする。
この間プールで助けてもらったお礼にチケットをあげてもいいかもしれない。
寝ぼけている思考で美竹さんの連絡先を開きライブに興味があるか聞く。
するとすぐに返信が帰ってきた。
日にちも大丈夫だと言うことなので美竹さんにチケットをあげよう。
どこであげようか考えていると当日は二人で楽しもうと帰ってきた。
…………どうやら美竹さんの中では僕と二人で行くことが確定しているらしい。
画面越しからも美竹さんの嬉しそうな顔が浮かんできたので断ると言う選択肢は消えた。
どうしよう。全然集中できてない。
あの日大庭とプールに行った日から全く連絡をとっていない。
今日は朝早くからみんなと練習だったので朝起きてライブハウスにやってきた。
そして練習にも全然集中できていなかった。
プライベートのことをバンドに持ち込むのはあたしが嫌いなのはみんな知ってるはずなのにその張本人が持ってきてるとは滑稽だった。
「蘭もまだ本調子じゃないし少し休憩しようか!」
「さんせ〜」
ひまりが気を使って休憩にしてくれる。
少し顔を洗ってこよう。頭がすっきりすれば少しは集中できるはずだ。
トイレに顔を洗いに向かった。鏡に写っている顔はあまりにも暗く少しだけやつれている気がした。
蛇口をひねると夏だから少しだけぬるい水が勢いよく流れてきた。
その時ちょうどスマホに通知を知らせる音が響いた。
あたしに連絡をしてくる人なんか限られている。モカたちなら直接言ってくるはずだから、多分お母さんだろう。
そう思いチャット画面を開くとそこに唯一お気に入り登録をしてある大庭から連絡が来ていた。
「あっ」
あまりにもびっくりしてしまい、画面を開いてしまった。
こんなに早く既読をつけるなんてメンヘラだと思われていないか心配になってくる。
肝心の内容はライブのお誘いだった。しかもあたしが好きなアーティストのだった。
今回のライブは倍率が高くてあたしも応募したが落選したのでガッカリしていたのだ。
それをまさか大庭から誘ってくるなんて。
嬉しさのあまり自然と口角が上がっているのがわかる。そこからはどこに集合して行くか、持ち物は何がいるか、そんなことを聞いていた。
(そろそろ、戻らないと)
強引に会話を切り上げてトイレをでた。
出るときに鏡に写っていた自分の顔はここ最近で一番の笑顔だったのは気のせいじゃないだろう。
「大きい」
「うん…………ドームだからね」
ライブ当日。
美竹さんと一緒に僕はライブ会場であるドームに来ていた。
まだ、公演まで時間はあるが美竹さんが物販にも行きたいと言うことで始発の電車でやってきた。
この日に合わせて生活習慣を直すのに苦労した。
「ほら、早く」
「そんなに急がなくても」
美竹さんも久しぶりのライブだからかテンションがいつもより上がっている気がする。
すでに並んでいる人たちが少しだけいたので急いでその列に並ぶ。
「買えるよね…………」
「この人数なら余裕だと思う」
「思うじゃだめでしょ」
「じゃあ、大丈夫」
「その根拠は」
なんだろう。今日の美竹さんは少しだけめんどくさい気がする。
この間のかっこいい美竹さんはどこに行ったのか、オタクモードとでも言うべきだろうか。
そんな感じがする。
そして太陽が登ってきたところで列が動き出した。
僕たちの番が回ってくるとライブTシャツとタオルとその他小物を買ってから中に入った。
係委員の指示に従って案内された席はだいぶ前列でアーティストの顔も見えるかもしれないぐらいに近い場所だった。
「買えてよかったね…………」
「うん…………着替えよう」
荷物を席に置いて二人で物陰で着替える。
「かっこいいよ、美竹さん」
ライブTシャツの美竹さんは完璧に着こなしていていた。ライブに慣れているオーラが伝わってくる。
「そ、そう…………大庭もかっこいいよ」
「…………ありがとう」
素直に褒められるとは思っていなかったので少しだけ面食らう。
そこからは時間まで二人でセットリストは何がくるのか予想したり、コールを確認して時間まで過ごしていた。
僕も時間が近づいてくるとともにテンションが上がって行くのがわかる。この空気の中で盛り上がるなと言う方が難しい。
ワッとドームが一気に盛り上がると同時に派手な演出でメンバーが出てきた。
気がついたら滅多に声を張り上げない、僕と美竹さんが声を張り上げてライブを楽しんでいた。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。
最後のアンコールで一番人気の曲を歌い終わると今度こそライブは終わった。
「凄かった…………」
「うん。やっぱりライブは最高だね」
「引きこもりの大庭がそんなに言うなんて」
「コミュ障の美竹さんがあんなに声を出すなんて」
「それは大庭もでしょ」
「…………そうだね」
ドームからだんだんと人が減って行く。この時が一気に現実に引き戻されて寂しくなってくる。
「帰ろっか…………美竹さん?」
ボーッとステージを見つめている美竹さんに声をかける。
「あ、うん…………帰ろっか」
「どうしたのそんなにステージをじっと見て…………」
「やっぱりあそこに立ってる人はすごいなって」
「それはやっぱりプロだからね」
「そう…………だよね」
「うん」
今度こそ荷物をまとめて会場を後にする。
帰りの電車の中二人で夕日が照らしてくる車内で美竹さんが口を開いた。
「ねえ、大庭…………」
「何?」
「えっと、宿題終わった?」
「…………聞かないで」
「終わってないよね」
「それはそうだけど」
まだ夏休みも半分あるんだから別に終わっていなくても問題ないだろう。
「でも大庭のことだから最終日に答え見ながらやるんでしょ」
「…………美竹さん。最近僕よりも僕のことわかってない」
「そ、そんなことないし…………で、でさもし大庭がよかったら…………明日あたしの家で一緒にやらない」
「えっ」
今、美竹さんはなんと言ったのだろうか。もちろん僕は宿題はまだ何も手をつけていない。
どうせ今年も最終日に答えを写してやることはわかっていた。
それを美竹さんが一緒にやろうと誘ってきた。
ここで断ることもできるが、断ったら美竹さんも悲しむだろうか。
夕日で照らされているせいで彼女の顔は見えない。
「うん…………いいよ」
「じゃ、じゃあ明日商店街に来て」
「わかった」
そこからは会話がなくなったが別に嫌な空気ではなかった。
大庭椿
ライブ会場での美竹さんのテンションがいつもとは違ったので少しだけ戸惑っていた
かく言う自分もテンションが上がり過ぎていたなと家に帰った後で考えていた
そして寝る直前に美竹さんの家に行くと言うことはあの怖いお父さんに遭遇することになると考えると胃が痛くなって寝れなくなったそうな
美竹蘭
練習に全く集中できていなかったが休憩後いつも以上に調子が良かったのでみんな危ない薬でもやったのではないかと心配していた
いつか自分たちもドームでライブができたら最前列に大庭を呼ぼうと決めたそうな