「ここ…………」
昼過ぎ、商店街に行って美竹さんに連れてこられた場所は、僕の中では裏の社会の人たちが住んでいるであろう和風の大きな家だった。
「大きいね…………」
「別に普通でしょ」
いや、明らかに普通ではない。僕の家は住宅街の中でもそこそこいい場所に住んでいる自信はあったのに美竹さんと比べたらちっぽけだ。
そんな僕の様子を気にすることもなくズカズカと中に入って行く。
慌てて追いかけると中もザ・和風と行った感じの作りだった。こんなに昔ながらの建物は中学の修学旅行で京都に行ったきりだ。
玄関で靴を揃えて中に上がる。
「今日お父さんいないの?」
靴を見た感じ男の人の靴がなかったので美竹さんに聞いてみる。
「確か今日は、外で仕事があるとかで朝からいない」
「へえ…………そうなんだ」
内心ホッと胸を撫で下ろす。あの怖いお父さんがいないだけでだいぶ気が楽になった気がする。
少し進んだ先の部屋に手をかける。
「お、お邪魔します」
「うん」
遠慮気味に入るとそこはいかにも美竹さんらしい部屋だった。
僕の服と漫画が散乱している部屋とは大違いで整理整頓されている。
真ん中に置いてある木のテーブルのそばに置いてあるクッションに腰を下ろす。
「…………やる?」
「うん…………と言っても、どれからやればいいのか」
テーブルの上に宿題と教科書を広げて美竹さんと一緒に取り掛かる。美竹さんの方は少しはやっていたのかページが埋まっているが、僕の方は配られた時のままでまっさらなページしかなかった。
「現文は簡単だから…………それなら少しは教えられる」
「わかったよ。じゃあ、現文からやることにする」
夏休み前に美竹さんとテスト勉強をした時も現文は得意だったから分からなくなったら美竹さんに聞こう。
そこからはただ黙々と宿題を片付けていた。
普段の学校でも頭を使わないのに今日だけでだいぶ思考を働かせて気がする。
切りがいいところまで終わったので少しだけ体を伸ばす。
ふと、美竹さんの方を見てみるといつもとは違ってメガネをしていた。
普段はコンタクトなのだろうか。いつもとは違う美竹さんの姿に違和感を覚えていた。
「ん、何?」
「いや、なんでもない」
ジロジロ見ていたのを気づかれたのか器用にシャーペンを指で回しながらこちらを見てきた。
「…………少し休憩しよう」
時計を見た美竹さんがそう言ったので首を縦にふった。
「どこまで進んだ?」
「ここまで」
ワークを見せるとそれを奪い取ってゴロンと寝転んでパラパラとページをめくっている。
なんだろう。自分の部屋にいるからなのか美竹さんがいつもより大胆に見えるのは。
「思ったより進んでないね」
「そりゃあ、真面目にやってたら僕の脳みそじゃそれが限界だよ」
「まあ、そうだろうね」
寝っ転がったままこちらを見てくる。
「な、何?」
「別に…………」
ワークには興味がなくなったのかスマホをいじり出した。それを見て僕もだらんと体を重力に任せて横になる。
チクタク、と秒針の音だけが部屋に響いていた。
「ねえ、大庭…………」
「ん…………」
「どうして今日、家に来てくれたの?」
いきなり何かと思えばおかしなことを聞いてくる。
「昨日美竹さんが誘ってきたから…………」
「別に断ることもできたじゃん」
「それは…………」
確かに断ることもできた。でもそれをしなかったのは何故だろうか。
美竹さんが傷つくから?
宿題を早めに終わらせたかったから?
それとも…………
美竹さんと目が合う。
「ただの気まぐれだよ…………」
「そう…………」
さっきまで空気が明らかに変わった気がする。
もちろん悪い意味で。
「やろっか」
「…………うん」
そこからはただ黙々と宿題を片付けて行った。
「終わり…………」
「お疲れ」
やっとの思いで面倒臭い宿題を片付けた。と言ってもまだ数学が残っているが。
だけれど、こんなに早く夏休みの宿題に取りかかったのはいつぶりだろうか。
小学校の低学年の時はやってた気がするけど。
今日はもうすっかり外も暗くなってきたのでそろそろ帰らないといけない。
荷物をまとめて部屋を出る。
「玄関まで送ってく」
「ありがと」
美竹さんの後をついて行き、玄関で靴を履き替える。
「それじゃあ…………」
「うん…………またね」
少しだけ名残惜しい。だけどこれ以上ここに長居していたらなんだか面倒臭いことになる気がしたので早めに帰りたかった。
「ただいま…………おや、大庭くんじゃないか」
ほら、見たことか。
なんとなく嫌な予感がしていたのが的中してしまった。
「ど、どうも…………それじゃあ僕はこれで」
「まあまあ、そんなに急ぐこともないじゃないか。少しゆっくりして行くといい」
「いや、今日はもう十分ゆっくりしたと言うか」
「確か今日は鍋だったはずだ。どうだ良かったら食べて行くといい」
「そ、そんなご迷惑は」
「いいかい大庭くん、断る方が迷惑になる時もあるんだぞ…………」
チラっと美竹さんを見てみると明らかに面倒くさそうな顔してため息をついていた。
「食べてけば大庭…………」
「わかったよ…………ごちそうになります」
「うむ、だったら早速ご飯にしようとするか」
ズカズカとリビングに向かって行ったお父さんの背中をため息をつきながら美竹さんと一緒について行った。
「大庭くんは好き嫌いあるかしら?」
「いや、なんでも食べますよ」
「そう、なら適当に持っちゃうわね」
何故僕は今テーブルを囲って夏なのに鍋を食べているのだろうか。
確かに暑い時に食べる鍋はたまにはいいけど今日はそんな気分でもなかった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
和服姿の綺麗なお母さんによそってもらったお茶碗を受け取る。
それを美竹さんの横で食べている。そして目の前にはとんでもない覇気を放っているお父さんがいる。
熱々の豆腐を箸で突いて喉に運ぶ。
「あっつ!?」
「大庭、水‼︎」
「あ、ありがとう…………」
美竹さんに水をもらって一気に喉に流し込む。完全に舌を火傷している気がする。
「そんな一気に食べようとするからそうなるんだよ」
「ご、ごめん」
「別に心配してないから…………どれ食べたい?」
「じゃ、じゃあ椎茸を」
「はい…………」
美竹さんがよそってくれた椎茸を今度はゆっくりと噛みしめるように味わっている。
味が染み込んでいるのか少しだけ濃い気がした。
「大庭くん…………蘭と随分と仲が良くなったみたいじゃないか」
「い、いや、別にそんなことは」
「そうかね…………当人は自覚なしか」
「あ、あはは…………そうなのかもしれないですね」
「「…………」」
なんなんだこの地獄は。
何故僕は今こんな苦しんでいるんだ。
前にお父さんが酔っぱらった時に言ってた気がする。
お母さんのお父さん(僕のおじいちゃん)に結婚の挨拶に行った時にあれは営業以上の地獄だったと言っていたことをぼんやりと思い出していた。
「大庭くん。そんな遠慮しないでいいのよ。この人こう見えてガチガチに緊張してるから」
「何を言っているんだ」
「あら、余計なお世話だったかしら」
「余計なことは言わんでいい」
「ふふ、ごめんなさいね」
何故目の前で美竹さんのご両親の夫婦漫才を見なければならないのか。
美竹さんは美竹さんで黙々と白菜を食べているし。
もう開き直って鍋に集中しよう。
そう決めてから大人しく美竹さんと一緒に鍋を食べていた。
「それじゃあ、今度こそ帰るね」
「商店街まで送ってく」
「いや、そこまでしなくても」
「少し風に当たりたいから」
「そっか」
すっかり暗くなった夜空に二人で並んでいく。
今日は色々と疲れた。
会話もなく商店街の近くまで来てみると今度ある夏祭りの準備だろうか、たくさんの人が準備をしていた。
「もう、こんな季節」
「そうだね…………なんか美竹さんと一緒にいるとすぐに時間が過ぎてる気がするよ」
「あたしも…………大庭と一緒にいると楽しいよ」
「そ、そう。ありがとう」
「祭りなんて最後に行ったのいつだろう」
「あたしは毎年行ってる」
「それは意外」
「友達に祭り好きな子がいるから」
「へぇ」
「お、大庭が良かったら今度の祭り一緒に行かない?」
「…………いいよ」
「そっか…………ありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ」
もう夏休みも折り返した宵の夏にそんなことを話していた。
大庭椿
猫舌の男子高校生
毎年夏休みの宿題は最終日にやっていたが今年はちょくちょくやって終わらせたようだ
なんだかんだ言って夏休み中も美竹さんと一緒にいることが多いと感じた
鍋の具材は豆腐が好きらしい
美竹蘭
最近大庭と一緒にいることが多くなってきて自分でも少し嬉しいらしい
自然と祭りに自分から誘っていることに驚いた
大庭と一緒に鍋を食べた日から少しだけお父さんが大庭のことを聞いてくることが多くなり少し鬱陶しく感じているそうな