今日はいつもと変わらない朝。
いつもの様に美竹さんと少しだけ話す日常。
それだけだったのに僕は今人生で初めて死というものを実感していた。
購買にただジュースを買いに来ただけなのになんでこんなことになったんだ。
「おい」
「ひゃ、ひゃい…………」
それは美竹さんのお友達だった。それも物理的に一番怖いとされている、あの長身の人だった。
この間の祭りでも盛大に太鼓を叩いていたし今度は美竹さんに絡む僕を盛大にミンチにしに来たのだろうか。
「ちょっといいか」
「い、いや…………僕これからお昼を」
「別に少しの間だからさ」
「で、でも急いで戻らないと…………美竹さんに」
「蘭がなんだって」
美竹さんの名前を出した瞬間にさらに凄みが増した気がする。
困ったことに僕は美竹さんにコーヒーを買ってきてと頼まれていた。少しでも帰ってくるのが遅いとビンタされる。そしてどこで油を売っていたかしつこく聞かれる。
その時は必死に頭を下げてやっと許してもらえる。
そして今ここでこの人の誘いを断れば今すぐに縄張りである屋上に連れて行かれて他の仲間と共に集団リンチされる。
…………あれ、これって詰んでないか。
僕が唯一生き残れる方法は美竹さんのところに急いで逃げ帰ってどうにか説得してもらうしかない。
そう思った僕は自販機からコーヒーとコーラを買って腕にしっかりとホールドする。
この間までの思考時間およそ1秒。
そして次の瞬間怖い人の脇を勢いよく駆け出していく。
「あ、おい待ってよ!!」
振り返ることをしなくてもわかる。ものすごい鬼の形相をして追いかけてきているに違いない。
僕たち一年の教室は階段を登らないといけないので大変だ。そのせいで毎日朝から憂鬱な気分になっている。そして今はそのせいでとても大変なことになっている。
「はぁ…………はぁ…………」
こんなに全力で走ったのはいつぶりだろうか。小学生ぶりに全力で走った僕の体は脳の処理に追い付かずにいた。
「あっ」
そして体が限界だったのか足がもつれて体が倒れてしまう。後少しで教室に着くところだったのに。
「っと、大丈夫か」
顔から叩きつけられる瞬間。体をギュッと抱きしめられる。
「たっく、いきなり走り出すからびっくりしたよ…………っておいどうしたんだよ」
「い、いや…………」
これから起きることを想像するだけで体が震えてきた。逃げ出した僕には情状酌量の余地はないんだ。このまま美竹さんに最後のお別れをする前に屋上で息を引き取ることになるんだ。
あまりの怖さに涙がこみ上げてくる。
「っぐ、ひっぐ…………ご、ごめんなさい。僕が悪かったから殺すのだけは」
「お、おいおい。何言ってんだよ!!え、え〜っとこう言う時はどうすれば、ひまりやつぐならうまいことやりそうだけど。あ〜もうわからん。ちょっと来い!!」
ついに切れたのか腕を掴まれて屋上に連行され始めた。ああ、ごめんね美竹さん。
僕はこれから残り少ない人生にお経を唱えてせめて天国に行ける様にするよ。
そして階段を登って行き、ついに彼女らの縄張りである屋上に足を踏み入れた。
殺されると思っていた僕は今なぜかギュッと抱きしめられていた。
「もう、巴ちゃんいきなりそんな大きな声出したら誰でも驚いて泣いちゃうよ!!」
「す、すまんつぐ」
「大丈夫〜、よかったらモカちゃんのパン食べる?」
「えぇ!!モカがパンあげるなんて明日は槍でも降るんじゃないの!!」
「全くひーちゃんも失礼ですな。これでもモカちゃんは可愛い子も大好きなのでついつい餌付けしてあげたくなるのは仕方ないことだよ」
…………なんだこの状況
集団リンチされると思っていた僕はなぜか今茶髪の子に膝枕されてのほほ〜んとしてる子に無理やりパンを食べさせられていた。
「や〜ん、それにしても本当にこの子可愛すぎじゃない?これで男の子だなんて信じられないよ」
「いいかいひーちゃん、男だろうが女の子として扱えば女の子になるんだよ」
「何その妙に説得力ありそうでなさそうな発言」
「さっきは悪かった。これあげるから飲めよ、ほら!!」
「ムグっ!?」
いきなり口にお茶を突っ込まれてぐびぐび飲まされる。急にだったので思わずむせ込んでしまった。
「あ、大丈夫。落ち着いて飲まないとダメだよ」
トントンと背中を叩かれて呼吸を整える。
もう何がなんだかわからなかった。とりあえずこのまま機嫌を損ねなければ殺されることは少なくともなさそうだった。
「それで君名前は?」
ピンクのフワフワしている人から名前を聞かれる。
もしかしなくてもこの間の祭りの迷子の幼女の姉はこの子だったのかもしれない。
そんなあり得ないことを考えてから口を開いた。
「お、大庭…………椿です」
「椿ちゃんねOK覚えたよ。ほら、RINE交換しようよ」
椿ちゃん。仮にも僕はこれでも男だ。だからちゃん付けはどうかと思う。などと抗議もできるはずもなかった。
うむを言わせずにスマホを開いて連絡先を追加された。
「みんなにも送っておくね♪〜」
ピコンピコンと音がして画面を覗くとそこには新しい友達欄に4人も追加されていた。もしかしなくても僕が人生で交換する連絡先の半分は今日で終わったんじゃないだろうか。
そのぐらいの数がいきなり登録された。
「ではでは、次の質問〜。蘭とはどう言う関係なの?」
「え、えっと」
ここだ。この質問だけしくじらなきゃ僕の命は延命される。
逆に言えばここでしくじれば何もかもパーだ。このまま屋上から校庭に投げ捨てられてしまう。
「み、美竹さんとは仲がいい友達です。たまたま席が近くて話す様になっただけで」
「…………なるほどなるほど、どうやら嘘は言ってない様ですなぁ」
もぐもぐとパンを咀嚼しながらそう答える。その言葉にホッと息を撫で下ろした。
ここでもし美竹さんと付き合ってるなんって言ったらどうなるだろうか。
…………僕と美竹さんが付き合う。な、何を考えてるんだ僕は。
万が一でもそんなことはあり得ない。むしろ僕と美竹さんは舎弟とボスの関係がお似合いだろう。
その時ついに待ち望んだチャイムが学校に響き渡った。
いつもは鬱陶しいだけだが今だけは祝福の鐘の音色に聞こえた。
「っともう時間か。そろそろ戻るか」
「そうだね」
やっと満足したのか僕を解放してくれた。
そして4人の後ろをついていくとじゃあね〜と教室の前で別れた。
やっと愛しの教室に帰ってきたと思い足を踏み入れた瞬間とてつもない覇気に襲われた。
クラスメイトも可愛そうな物を見る目でこちらを見つめてくる。一体なんなんだと思い席に戻るとそこに答えはあった。
「…………遅い」
「み、美竹さん」
「コーヒーは?」
「え、えっと」
屋上で供物として差し上げたなんて言えるわけがなかった。
「どこいってたの。あたし早く帰ってきてって言ったよね…………」
「と、トイレに」
「40分もトイレに居たんだ」
「そ、それは…………」
これはビンタコースを超えた往復ビンタコースだとお覚悟を決めた目を瞑った。
「…………匂う」
「え、何が…………」
「すごいパンとコーヒーの匂いがする」
「え、えっと…………」
「あとはメイク類の匂いと豚骨スープの匂いもする」
それはまるで結婚したばかりの新婚がキャバクラに行った夫に脅迫しているそれと酷使していた。
だらだらと止まらない汗はきっと夏のせいだ。決して自律神経の乱れなんかじゃない。
クンクンと首元を一通りかがれたあとネクタイを掴まれる。
「大庭のバカ!!!!」
バシンといつもより数倍の威力の音が教室に響き渡った。
大庭椿
浮気した男子高校生
顔は街ですれ違いえば可愛いなと思うほどには整っている
ビジュアルは各々の可愛いと思う子で想像してくれ
美竹蘭
鼻が敏感な女子高校生
いつもの様に大庭にコーヒーを買わせに行ったがいつまで経っても帰りが遅く心配だった
やっと帰ってきたと思ったら嗅ぎ慣れた匂いが大庭からして驚いたあまりビンタした
そしてそのまま気まずくなってしまい、また喋り辛くなったらしい