初めてここまで本気になったのはいつ以来だろう。
あの日勢いでポチった初心者用のギターを肩に掛けて右手にピックを握って楽譜と左手を交互に見ていた。
ゲームでもここまで集中した事はなかっただろうか。
青葉さんに課題と言われて出されたこの曲も初心者の入門篇らしいがとてもじゃないが難しすぎる。
「…………だめだ。休憩」
ギターをスタンドに立ててからベッドに転がった。
美竹さんに無視をされた日から一言も話せていない。
学校で話しかけようとしても声をかけるタイミングが見つけられない。
コミュ障は一度話しかけるタイミングを逃すと中々話しかけることができない。それゆえに美竹さんとは喧嘩のような雰囲気になってしまった。
「はぁ…………」
大きなため息が無意識のうちに出ていた。
そろそろ再開しようかと思った瞬間にピコンとスマホが通知を知らせる音を部屋に響かせた。
もしかしなくても美竹さんからの連絡かもしれない。
急いで確認してみるとそこに表示されている文字は青葉さんだった。
『課題はど〜う』
『ちょっとずつやってます』
『それにしては返信が早くないかな』
『いや、ちょっと今は休憩終わりにして再開しようとしてるところですよ』
ゲームをしている途中で勉強しようとしたら母親が勉強してるの?と部屋にきて聞きにくるあれに似てる。
なぜ全国の母親は今やろうとしている時に一言狙ったように言いにくるのだろうか。
『どんぐらいまで進んだの?』
『…………三割ぐらいです』
『まあまあと言ったところですな。そんな頑張っている椿ちゃんにプレゼント〜』
そのチャットの後にピコンと画像が送られてきた。
青葉さんも練習中だったのか、そこには休憩中の美竹さんが汗をタオルで拭っていた画像が添付されていた。
「…………練習しよう」
画像を保存してホーム画面に設定してからギターを握りなおした。
「「…………」」
学校にいる時もヨウツベでギターの初心者の練習方法を紹介している動画を観漁っていた。
それにしても異様に左から視線を感じるのは気のせいではないだろう。
盗み見るように視線を動かしたら美竹さんから体に穴が開くんじゃないかと錯覚させてくるような強烈な視線が突き刺さっていた。
スマホの電源を落とすと、ふと圧が消えた。
隣を見てみると何事もなかったようにそこにはスマホをいじっている美竹さんがいた。
さっきからこんな感じでお互いが探り探りで様子を見合っている。
いい加減動きが欲しかったので席を立ちトイレに向かおうとした。
少しだけテンパっていたのか机の中からスマホが美竹さんの方向に転がって落ちていった。
それを親切心で拾ってくれた美竹さんの顔がだんだんを赤くなっている。
…………まずい。
確かスマホのロック画面は昨日青葉さんにもらった美竹さんの画像だったはずだ。
「…………はい、これ」
「…………ありがとう」
お互いが何も見なかったかのような態度をとる。
それの方がお互いの精神的にも肉体的にも楽だったからだ・
「…………自販機行ってくるけど何かいる?」
「…………コーヒー…………ブラック」
それだけを聞いてスクール鞄から財布を取り出してポケットに入れてから教室をでた。
それと同時にあまりの恥ずかしさに校舎を駆けた。
そんな感じで再びやって休日。
僕は羽沢さんの実家でもある喫茶店に来ていた。
理由は簡単だ。今日はスタジオがたくさんで練習ができないから羽沢さんの家に来いとの連絡が青葉さんから入ったからだった。
「おぉ〜、これは…………なぜエレキギターじゃないの?」
この一週間の成果を青葉さんに見せるためにわざわざギターを背負ってこの猛暑の中歩いてきた。
「ほら、どうせ僕友達もいないからバンドなんか組むことないからアコギでいいかなって…………」
「…………うん、そう言うことなら仕方ない」
やけに可愛そうなものを見る目で見られているのは気のせいじゃないだろう。
どうせ僕が仮にギターを弾けるようになってもバンドを組む友達なんかできないからアコギで十分だった。
「じゃあ、とりあえずどこまで弾けるか見せて〜」
今はお昼休憩だから僕たち以外にお客さんはいないから店内でもギターを弾くことができる。
「1・2・3…………」
タンタンと手拍子と共にギターをグッと握った。
「…………どうかな」
ところどころミスはあったけどゆっくりと弾き終わった。
「一週間でここまで弾けたなら大したものよ。モカちゃん感激〜」
よしよしと頭を撫でてくる。
褒められるのは嬉しいが Afterglowのみんなは僕のことを赤ちゃんか何かと勘違いしていないだろうか。
ことあるごとに羽沢さんには膝枕されて、少し動くと上原さんに可愛いと写真を撮られて、宇田川さんはいつもお菓子をくれて、青葉さんはパンで餌付けしてくる。
いや、これ以上は考え事はやめよう。
向こうにそんな気はないんだから。
「それじゃあ、細かいところはこの大先生であるモカちゃんが教えてしんぜよう」
「お願いします。青葉さん」
「ノンノン。モカ教官と呼びたまえ」
「…………モカ教官」
「うむ、苦しゅうない。ではではまず椿ちゃんは〜」
そこからはさっきミスした箇所を徹底的に教えてもらった。
いつもはのほほんとしている青葉さんだがギターのこととパンのことになると目つきが変わる。
急にカッコよくなるのだ。
それは上原さんたちもみんなそうだ。
…………美竹さんは見たことないが実際は一番カッコよくなっているんだろう。
「椿ちゃん今蘭のこと考えていたでしょ」
「へ!?そんなことないよ…………」
「本当かな〜、よしではこのフレーズが完璧にできるようになったら蘭のお宝秘蔵写真を差し上げよう」
ジャジャジャンジャンジャンー
「へ?」
「できました。報酬をください」
「む、むう。生徒がこんなにも早く成長してくれてモカちゃん嬉しい」
そして次から次へと出される課題を楽々とは言わないが、圧倒的な集中力でこなしていった。
喫茶店も午後の開店時間になったのか段々とお客さんが少しずつ増えてきた。
「じゃあ今日はここまで〜」
「あ、ありがとうございました…………」
練習中は集中していたため全く気がつかなかったが指先にはタコができていた。
「はいこれ、しっかりと生徒のアフターケアも本校は万全だよ」
そう言ってハンドクリームを貸してくれる。ありがたくそれを使わせてもらう。
「にしても椿ちゃん本当に飲み込み早いね〜、特に後半なんか凄かったよ」
「いや、そんなこと」
「ノンノン。椿ちゃんはもう少し自分に自信を持ってもいいんじゃないかな」
「そうかな」
「何事も物事は前向きにがモカちゃんのモットーなのだ」
「あはは、そうだね。僕も少しはポジティブになろうかな」
「うむうむ、その方が人生は楽しいよ」
「お疲れ様二人とも。これよかったら食べて」
カウンターの向こう側から見守ってくれていた羽沢さんがケーキとコーヒーを持ってきてくれる。
「おぉ〜ありがとうつぐ、いただきます」
「僕もいいの?」
「いいよいいよ。椿ちゃんは妹みたいなものだからね」
い、妹。そこはせめて弟と言って欲しかった。
「でも、今日スタジオ使えなかったのは痛いね」
「仕方ないよ。今度のライブでどこのバンドも練習したいだろうし」
「だね〜、それにしてもこの新作のケーキおいしい」
フォークでケーキを口を往復して幸せそうな青葉さんを横目に羽沢さんに尋ねた。
「ライブあるの?」
「うん。今度の三連休の最後の日にね」
「 Afterglowも出る予定なの?」
「うん。まりなさんあ、まりなさんって言うのはライブハウスのスタッフさんなんだけどね。その人に出てくれないかって言われて」
「ヘぇ〜そうなんだ」
まりなさんと言うのはいつもボーダーシャツを着ているお姉さんだろうか。
あの人仕事はしっかりしてそうだけど、家ではだらしなさそうな感じがする。
どこかの戦術作戦部作戦局の課長のように。
「もしかして椿ちゃん興味あるの?」
「そ、それは」
大ありだった。
もちろん Afterglowのみんなの演奏が見たいのは確かだが、何よりも美竹さんの歌っている姿を見たい。
「ふふ〜ん、そういえばまだ報酬を渡していなかったね」
ふふふと不適に笑う青葉さんはガサゴソとカバンを漁るとライブのチケットを取り出した。
「じゃじゃん〜、ライブチケット。今日の報酬としてこれを椿ちゃんには差し上げよう」
「い、いいの?」
「うん。蘭も恥ずかしいだけで本当は椿ちゃんに見にきて欲しいと思うし」
「そ、それじゃあ。ありがたくいただきます」
来週の日付が刻まれたライブチケットを大事にしまってからケーキにフォークを突き刺した。
…………早く来週にならないかな。
そんなことをケーキを食べながら考えていた。
大庭椿
ギターを練習中の男子高校生
青葉教官に厳しく教えられている
友達がいないからエレキではなくアコギを買った
…………悲しいなあ
美竹蘭
テンパった女子高生
流石にあの日に大庭にひどいことしたなと思い謝る機会を伺っていた
大庭がロック画面に自分の画像を使っていたのが嬉しさとびっくりが混ざって複雑な気持ちになったらしい
その後ひまりに頼んで大庭の画像を送ってもらいロック画面にしたようだ
青葉教官
ギターがうまい女子高生
大庭の上達ぶりに素直に感心していた
いつか大庭が完璧に弾けるようになったら山ほどパンを奢ってもらう予定らしい
実際ギターやってる人から見てバンドリで一番うまいギタリストって誰なんだろうか?
やっぱりサッドネスメトロノーム?
あ、次回最終回