ライブ当日の朝。
いつもと違い昨日は早めに寝たから寝起きはだいぶ良かった。
洗面台に向かい顔を洗うと、まだ少し寝ぼけている顔に水をかけると一気に眠気が吹き飛んだ。
母はとっくに仕事に行ったのかもうすでに家にはおらず、机の上にはだいぶ熱が冷めた朝食が置いてあった。
電子レンジで温め直し、テレビをつけてゆっくりと食べ始めた。
食べ終わる頃にはすっかり朝日も登り壁の時計は10時を示していた。食洗機に皿を突っ込んで部屋に戻りカーテンを開けると鬱陶しいくらいな日差しが体を包み込んだ。
久しぶりに部屋に日光が差し込んだ気がする。
ライブ開始の時間は13時からなのでまだ少しだけ時間がある。
クローゼットを開けてあまり持っていない、服を全部出してどれを着ていこうか考え始めた。
やっぱりライブだから動きやすさ重視だろうか。それとも母が買ってきたいいブランドの服を着て行った方がいいのだろうか。
普段なら絶対に考えないことを必死にあまり使わない脳みそを使って考えていた。
やっぱり美竹さんの初めてのライブを見るのだからライブTシャツを着ていこう。この間美竹さんと一緒に行ったライブで買ったTシャツに袖を通した。
…………髪の毛もセットしていこうかな。
そんなこんなしているうちに時間はあっという間に過ぎて行った。
最近ちょくちょく通っていたライブハウスに到着した。
Afterglow以外のバンドも出るのかすごい人混みだった。
事前に調べてきた情報によると複数にガールズバンドが出場するようだ。
まあ、それでも僕の目的はAfterglowなのだが。でも実際にガールズバンドのライブに来るの初めてだからすごく楽しみだった。
それにしても客層が女子ばかりじゃないか。
こう言うのはおっさんとかが群がってペンライトを振っているイメージだったのだが。僕の予想と反して周りが女子ばかりなので圧倒てきなアウェー感を味わっていた。
見たところ男の人は数人目視できるかどうかだ。
でも僕は見た目は女に見えるらしいから周りからはどう見えてるか知らないけど。
…………自分で言ってて悲しくなってきた。
スマホをいじって列に並んでいるとようやく開場したのか少しずつ進み始めた。
そしてようやく僕の番がきた。
「あ、椿くん。こんにちは〜」
「まりなさん。こんにちは」
僕のことを唯一くん付けでよんでくれるまりなさんはいい人だ。
まりなさんはバリバリ仕事ができる人オーラが出てる。モカちゃん曰くまりなさんはすごくギターがうまいらしい。
モカちゃんよりうまいとなるとどのくらいなのだろうか。
少しだけ弾けるようになった僕は興味津々だった。
「ん、どうかしたの?」
「い、いやなんでもないです」
「Afterglowは今日はトリだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん、Roseliaとくじ引きで決めてね。友希那ちゃんと蘭ちゃんがどっちも譲らなくて結局はくじ引きで決めてたよ」
「そうなんですか」
Roseliaの友希那さん。あのパッと見怖い美竹さんに一歩も引けを取らなかったとはその人もだいぶ怖いのかもしれない。
「はい、早く行かないとモカちゃんの前取られちゃうからね」
「モカちゃん?」
「あれ、椿くんモカちゃんと付き合ってるんじゃなの?」
そのまりなさんの一言で思考が停止する。
「…………そ、そんなわけないじゃないですか。僕とモカちゃんは教官と生徒です!!」
「えぇ〜ほんとかなぁ。そんなに必死に否定するなんて怪し〜」
「僕が好きなのはモカちゃんじゃなくて美竹さんです!!」
「ふへ!?」
「ん」
よく聴き慣れた声が後方からしたので振り返ってみるとそこにはAfterglowのみんながライブ衣装でいた。
コンビニの袋をぶら下げていると言うことはコンビニに行ってきたのだろう。美竹さんの袋の中にはブラックコーヒーが入っていた。ライブ前にも飲むなんてよっぽど好きなんだろうか。それにしてもライブ衣装の美竹さんはやっぱりかっこいいな。いつもの私服とは違っていかにもザ・ロックと行った衣装で見てるだけでテンションが上がってくる。
「そ、その大庭…………今のって」
あまりの出来事に脳がこの現実を否定したくて急激に違うことを考えていたが美竹さんの声で現実に引き戻される。
「あ、ああ美竹さん。今の好きって言うのは異性としてじゃなくてあくまで友達として僕の中では美竹さんが一番好きと言うだけであって、別に深い意味はなくて、それに僕の友達って呼べる関係はそもそも美竹さんぐらいしかいないからそう答えただけで、まだ知り合って期間が短い青葉さんたちを友達とか言ったら失礼かなって思ったから美竹さんの名前を出しただけだから。それに美竹さんも僕みたいな根暗引きこもりコミュ障陰キャに好きとか言われたら嫌だと思うけど、あくまで友達として行為を抱いてるだけだから!!!別に深い意味なんてないから!!!」
「でも、あたしは大庭のこと」
「ああ、いいよわかってる。無理して気を使わなくていいから!!!それじゃあ僕もうフロア行くから!!!ライブ楽しみにしてるから!!!」
もう、今は美竹さんの顔は見たくなかった。
死ぬほど顔が熱い。
美竹さんの静止も聞かずに階段をダッシュで降りて行った。
馬鹿でかい音量がフロアに響き渡った。
それと同時に最初のバンドが登場してそのままライブが始まった。
ライブが始まればさっきの出来事など忘れたかのように大声をあげてテンションぶち上げ状態だった。
美竹さんと行ったライブ以来だったがやっぱりライブはいい。それに初めてのガールズバンドだが大きなアーティストと違って演者と観客の距離が近くていつも以上に興奮していた。
そして盛り上がった状態をキープしたまま次々といろんなバンドが出てきた。
美竹さんと喧嘩したと言われていたRoseliaの友希那さんの演奏はとても凄かった。僕の一個上なのにこんなすごい演奏ができる人がいることに驚いた。
「Roseliaでした。最後の彼女たちいつも以上に張り切っていたからみんなも必死でついて行きなさい」
ワァー!!!とフロアを温めてから裏に帰っていた。
喧嘩していたらしいが友希那さんは案外いい人なのかもしれない。
そしてついに僕の本命のバンドが登場した。
「Afterglowです。まず一曲聞いてください」
1・2・3と宇田川さんがスティックを鳴らすとスウっと美竹さんが息を吸い込んだ。
圧巻だった。さっきのRoseliaも凄かったが初めて聞く美竹さんの歌えは一瞬で僕を魅了した。
さっきまで大声を上げていたのに今は周りと違ってただ美竹さんだけを見ていた。いや、美竹さん以外視界に入らなかったと言う方が正しいだろう。
それほどまでに彼女の歌声は僕の心を掴んでいた。
「That Is How I Roll!でした…………ひまりよろしく」
「も〜今日くらいは蘭が進行してもいいじゃん。せっかく目の前にいるのに」
「…………」
「ごめん、ごめん、そんなに睨まないでよ。それじゃあメンバー紹介行きます〜!!!」
そう言って上原さんが進行を始めた。てっきり美竹さんがするものだと思っていたのに違うのか。そして驚いたことに美竹さんではなくて上原さんがリーダーだったらしい。
普通はボーカルがリーダーじゃないのか。
でも、めんどくさがり屋の美竹さんらしといえばらしい。
「そして最後にボーカルの美竹蘭!!」
ジャジャジャーンとギターを控えめに鳴らしてアピールしている。かっこいい。
それにしても美竹さんすごいな。ギターを弾きながら歌うなんて。僕もモカちゃんに弾き語りを叩きこまれたけど結局できなくてゆっくり弾くだけで精一杯だったのに。
改めて美竹さんの凄さに驚かされる。
「それじゃあ、行くよ!!みんなついて来て!!!」
美竹さんがそう言うとフロアが今日一番の歓声に包まれた。
僕もフロアの熱気に押されないようにピョンピョンと跳ねて大声を出して声を上げる。
その時美竹さんと目があった。パチンとウインクしてくれた。
それだけで心臓の鼓動が早くなった。
声が枯れた。
人生で一番声を上げたせいか声がかすれていた。
自販機で水を買い一気に流し込む。
「ぷはぁ…………美味しい」
砂漠のように乾燥していた声帯にオアシスのミネラルウォーターを流し込んだら少しは楽になった。
ライブハウスに来た頃はまだお昼だったのに気がつけばもう夕日が顔を照らしていた。
夕方だがまだまだ熱い季節なので急いでクーラーの効いている室内に戻った。
「あ、椿くんお疲れ〜。どうだったライブは」
会場の後片付けを休憩していたまりなさんに声をかけられた。
「…………最高でした。ほんとみんなかっこよかったです」
「そっかそっか。それはよかった。それで今はみんな待ってるの?」
「あ、いやそうじゃなくて…………」
そうだ。このままここに居たら美竹さんたちに遭遇してしまう。
今顔を合わせると非常に気まずくなることが予想される。そうならないためにも今日はもう大人しく帰宅しよう。
またあの熱帯の中を歩くのはだるいが美竹さんに会う方が嫌だった。なんと言うか恥ずかしい。
「あ、椿くんよかったら少しだけ後片付け手伝ってくれる?」
「え?僕がですか」
「うん、今日本当はもう一人新人ちゃんがいたんだけど風邪で休んじゃって人がいないんだ。もちろん報酬は奮発するよ!!」
新人ちゃんと言うのはあの人のことだろうか。いつもまりなさんと一緒に仲良く仕事をしていたポニーテールの若いスタッフが頭をよぎった。
「まあ、大丈夫ですよ」
「本当!!ありがとう〜、男の子がいると助かるなあ」
「一応言っておきますけど、力仕事は期待しないでください」
「あはは、それ自分で言うの」
「多分、宇田川さんの方が力ありますよ」
本人に聞かれたらしばかれそうなことを口にしてしまった。
そこからはフロアに戻り備品を裏に戻して行った。
さっきはこの場所も狭く感じたのに今はとても広く感じる。
最後のパイプ椅子をしまうとドッと疲れが出てきた。
これは確実に明日筋肉痛になっている疲れだ。僕は将来ライブハウスのスタッフは絶対にできないだろう。
思ったよりも力仕事だったことに驚いてステージに一人腰を下ろしていた。
もう少ししたら上に戻ろうか。
「ギター…………」
ステージ裏にポツンと置いてあるギターが目についた。
まだあったのかと思い、重たい腰を上げて取りに向かう。
「…………少しだけ弾いてもいいかな」
誰もいないからバレないだろう。
男として生まれたからには人生1度でいいからステージの上で演奏してみたいものだ。
青葉さんに叩き込まれたおかげで一曲だけならなんとか弾ける。
スマホで楽譜を表示してギターを握った。
スゥっと息を吸い込んだ瞬間。ガチャっとステージ横から誰かが入ってくる音が聞こえた。
ヤバイと思っても遅かった。
そこに入ってきたのは僕が今一番顔を合わせづらい人だった。
「…………美竹さん」
「…………大庭」
「「……………………」」
なんだこの地獄は。
さっきまでのあのハイテンションな姿を見られていたと思うと異常なほどに恥ずかしくなってくる。
「…………ギター弾けるの?」
「う、うん。一曲だけだけど」
「聞かせてよ…………」
「美竹さんに聞かせられるほどのものじゃないよ」
「ううん。大庭のギターが聞きたい」
ジッと見つめてくる彼女の表情は真剣そのものだった。
そんな顔を見せられたら僕が断れないことは知ってるはずなのに。
「…………わかった。笑わないでよ」
「笑わないよ…………」
タンタンタンとギターを叩いてピックを振るった。
全然うまくない。
それどころか所々間違えている。
それでも初めて聞かせたのが美竹さんでよかったと思うのはなぜだろうか。
国民の誰でも聞いたことがあるようなラブソングをゆっくりと弾いていく。
長く感じるような短く感じるような不思議な時間が終わろうとしていた。
「…………どうだった」
「…………うん、よかった」
「ありがとう…………」
「ねえ、美竹さん」
「なに…………」
「好きです。僕は美竹蘭ちゃんのことが大好きです」
気がついたら告白していた。
その場の雰囲気に流されたのだろうか。
それとも僕自身が望んで言ったのだろうか。
発してしまった今はもうわからない。
たった数秒なのにさっきよりも時間が長く感じる。
「…………美竹さん?」
さっきからなにも反応がない。
すると急にツーっと瞳から綺麗な涙が流れてきた。
一度流れ始めたそれはあの遭難した時以上にポロポロと流れてきていた。
「み、美竹さん大丈夫!?」
「…………バカ、ほんとに大庭はバカ」
流れてくる涙を拭いながら罵倒される。
「あたしから言おうと思ってたのになんで先に言うの。あたしがどれだけ勇気を振り絞ってここにきたかわかってるの」
「ご、ごめん」
なぜ僕は怒られているのだろうか。
一応人生で一番勇気を振り絞ったのに。
「わざわざまりなさんに無理言って引き止めってもらったのに最後まで勇気でなくて。モカたちに無理やり背中を押されたからもう引き返せなくて覚悟決めたのに、バカ」
「…………ごめん」
「バカ」
「ほんとにごめ………ング!?」
バカバカ言い続ける美竹さんに頭を下げていたら、急に押し倒された。
…………僕は今なにされてるんだ。
目の間に泣き顔の美竹さんがいる。そしてやけに唇が暖かい。
「…………ン、あたしも大庭が好き」
長い長いキスの後にゆっくりと口が離れる。
「美竹さ…………ン!?」
さっきよりも深く長いキス。それだけでどうかなりそうだった。
「…………あたし、これ結構好きかも」
「…………う、うん。僕も好きだよ」
「ねえ、もう一回」
「そ、そろそろ人くるから」
「やーだ」
そう言って無理やり唇を奪われる。
美竹さんに押し倒されて無理やりされているこの状況にドキドキしてきた。
「大庭、大好き…………ン」
「…………ン、わかったからもうそろそろ降りてくれると嬉しいな」
「ダメ。これからは大庭はあたしのものなんだから」
「そ、そうですか」
もしかしなくても美竹さんと付き合うと言うことは大変なことなのかもしれない。
そんなことを綺麗な彼女の顔を見つめながら考えていた。
これにて不良少女の美竹さんはおしまいです!!
最後までご愛読ありがとうございました。
感想、評価、誤字報告、大変感謝しております。
気が向いたらafterstoryも投稿していこうかと思います。